無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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二十四話 皆が「兵器」で在るならば

「…足りない、な」

 

『提督』として、氏真が働きだしてからそろそろ一ヶ月が過ぎた頃のお話。

実に悩ましい、ある二者択一の『不足』に頭を悩まされていた。

それは、根本的なところでの氏真の『欠点』が露呈してることでもあった。

 

 

…今までの彼の活躍を見て頂いたらわかるように、今川氏真と言う人はむしろ完璧超人のように有能な部類に入る人間だ。

 

元の気質か肉体に引っ張られたから定かではないが、若干ならず軽いと言うかチャラい感じはあるものの、基本的にどこまでもお人好しであり、優しくて別け隔てない性格をしている。

それでいて、個人の武勇は一騎当千の部類に入る超人だ。攻撃力に限って言えば下手な艦娘をはるかに凌駕してしまっている。

頭も非常に良く、普通の人でも難儀するであろうに…戦国武将の為に、本当に零からのスタートラインでパソコンの詳しい使い方や書類作成をマスターすると言う、事務員としては天才の部類に入る人間だ。

 

それでいて、気品と優しさが滲み出る高貴な身の出身らしい他人に警戒されにくい天性の雰囲気を生まれながらに持っている。

コレは『外交』や『交渉』と言う場において、意外と巨大な武器になる。

情報戦としての能力として見た場合、警戒レベルを引き下げる力は、そのまま自分に有利に話を進めるファクターのひとつになるのだから。

 

とは言え、あくまでも彼が有能なのは個人の能力としてのこと。

『上に立つ人間性』…逆に言えば、『部下を使うこと』に関しては二流の類いの人間であった。

 

…根本的な部分で、この人は甘すぎるきらいがある。

織田信長に武将として駄目だしされた経験もあった程の、戦国武将としては欠陥武将だ。

どうにも冷酷にもなりきれず、特に身内が傷つき苦しむのをあまり良しとしない。

裏切りからの横殴りとかなら兎も角も、極論、正式な手続きさえ取れば裏切られたって納得するぐらいの甘さがある。

それは、氏真の器量の大きさと言う美点であり、武将としての無能さと言う欠点でもあった。

 

 

そんな甘ちゃんの氏真が何に悩まされていたかと言うと、簡単に言えば『補給・兵站』と『人員運用』の二点のバランス取りと言うお話だった。

 

 

結論から先に言えば、このままだったら前のパラオ提督の二の舞になるのは確定的な程、資材が足りてなかった。

 

ボーキサイトや鋼材の収支はプラスに傾いているが、肝心の燃料と弾薬の方がマイナスに傾き続けている。

遠征役の軽巡組や駆逐組が頑張ってくれているが、むしろ頑張れば頑張るほど燃料の消費は大きくなる。

弾薬に関しては、いまのところはある程度マイナス気味とは言えラインは維持してはいるものの、それこそ本格的に海域攻略に出るとなればすぐに尽きてしまうのは目に見えていた。

ボーキサイトや鋼材がプラスなのも、航空戦力が加賀だけな上に、金剛ら消耗が大きな艦種の艦娘がいまのところ訓練に終始してるからの、見かけだけの黒字に過ぎない。

本格的に海域に出だして彼女らが傷つくことが多くなれば、そちらも赤字化するのは予想がつく範囲内だった。

 

とは言え、今の軽巡・駆逐組どころか加古のような重巡洋艦までも無理矢理必要以上に遠征させたところで、今度は艦娘が疲労で倒れかねないのも予想がつく。

…と言うか、確実に負担が尋常じゃなくなる位置の、調理等も担当してる浜風と書類の作成や精査担当の秘書艦の睦月がぶっ壊れる。流石にそれは可哀想と言うレベルでなかった。

 

要するに、現状だと遠征要員の人手が足らない上に艦種の数のバランスが妙に悪くて、早晩『詰まる』危険度が高いのは目に見えていたことだったのだ。

 

 

かといって、無軌道に人員を増やしましょう…と言うことには中々出来なかった。

 

まず、根本的に兵站も資材も足りないのに、さらに消耗を増やすのかと考えたら中々むずかしい。

もういっそ睦月と浜風には鎮守府施設内での後方支援にのみ引っ込んでもらい、氏真としては別な遠征要員専門の駆逐艦を何名か呼んでみたいと言う衝動にかられない訳ではないのだが…その場合だと5人はローテを考えて欲しい話になる。

天龍・龍田姉妹の負担も軽減させるべきだろう。軽巡洋艦が別途に最低2名程必要になってくる。

…今の段階で段違いな練度の神通を遊ばせる余裕がない為、神通を後方支援に回すのは流石に躊躇われる話であった。

 

しかし、現状ようやく8人で回り始めた艦隊に、いきなりほぼ同数の7人前後の新人の投入なんかしたら…単純に資材や食糧や日用品などの消耗が倍近くなる上に、既存の艦隊のメンバーと衝突する可能性は目に浮かぶ。

後々には纏まった人数での重巡洋艦や戦艦に航空戦力の加入者、その他ではまだ見ぬ潜水艦なる戦力も必要になってくるだろうから、極端なことを言えば、その衝突は何度も発生しかねないことだった。

 

…さて、外様なり新人が既に出来上がった『グループ』に入る場合、もっともな理由も無いならつまはじきにされるのは世の常だ。

それがほぼ同数のメンバーがそうなると…変な派閥が出来て隊が全く纏まらなくなることは予想がつく。

偉いさんにゴマすって取り入るヤツ、新人同士で固まり先輩の言うことを聞かないヤツ、どちらにもつけず蝙蝠野郎となり潰れそうになるヤツ…氏真は、それこそ直参の家臣団はおろか、竹千代こと家康のより巨大な家臣団でのいさかいや取り纏めの難しさを目の当たりにしてるからこそ、何度も間近で見たそんな光景が頭から離れない。

…困ったことに、良くも悪くもお人好しなせいか、氏真はそう言うことを纏める才覚はまるで欠けていた。

 

…ぶっちゃけ、神通一人の加入だって下手したら艦隊が割れる要素になる危険牌だったのだ。

なんだか気弱でM気質でポンコツな彼女だったからこそよかったものの、少しでも攻撃的な艦娘だったら本格的にヤバかった…と、神通がいきなり加入することを赤城から聞かされた際は氏真は内心焦っていた、とここで述懐させてもらおう。

 

とは言え、人員が足りずに困ったことになった以上、早晩の人員補強自体は必要になってくる話だ。

その辺りのバランス取りの難しさ、基本的に艦娘に甘すぎる氏真には、中々荷が重い話でもあった。

 

 

そんな氏真はポツリと呟く、でも僕もしっかり決断しないとな…あの娘達は『兵器なのだから』、と。 

 

そう漏らした氏真に、いきなりポカンと何かに叩かれたような衝撃が頭頂部に走る。

何事かと氏真が思い頭を触ると、何かちっちゃい人形のようなものを掴んだ。

…それは…

 

「…『妖精さん』?珍しいな、どっかから入ってきたのかな?」

 

妖精さんと呼ばれる、謎の生き物であった。

 

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…さて、今まで何の説明も無しに「妖精さん」についてちょくちょく台詞や説明文の一説で語っていたが。

 

その正体はと言うと、良くわかってはいない、

何となく鎮守府に居て、何となく艦娘の力になってくれる、手のひらサイズのちっちゃい妖精としか言えないものである。

 

ただ、艦娘の装備品なり工匠等にくっつくように存在するその妖精さん。

その在り方は…まるで、艦娘が船の化身ならば、妖精さんは船のスタッフの化身のようなものだ。

ただひたすらに、純粋に艦娘のサポートをしてくれる、その妖精さんの魂は…かつての大戦で散った御霊の化身だったのかも知れない。

 

だからこそ、艦娘も妖精さんに無条件に心を開いたりするものも多い。

ここでは加賀がその典型である。はっちゃけた加賀に妖精さんも呆れることも少なくはないが、基本的に航空部隊の妖精さんも加賀はけっこうベッタリだったりしたし…逆もしかり、だった。

 

 

「…なるほど、その格好なら…加賀ん所の妖精さんだね。もしかして、『兵器だ』って娘に言ってることに怒ってるのかい?」

 

例えば、今この場で抗議するかのように、ぺしぺしと手で氏真を叩くようなパイスーを着た妖精さんも、そんな一人だった。

 

 

そんな氏真は、…微妙にやらかしちゃったかな、と思いつつも、己の見解を口にする。

最初に、怒らないでくれよ、と前置きしながらもいきなりこう告げた。

…あの子ら、加賀を含めて艦娘は『人間』にはなれない、どう足掻いてもあの娘らの在り方は道具か兵器としての在り方が根本に来ている、と。

 

妖精さんはそんな氏真の言葉に、怒りか悲しみかショックを見せる表情をするが…氏真は、そんな妖精さんを無視して更にこう続けた。

 

 

「…もし、艦娘が『人間』だったと言うならば…たぶん、金剛ちゃんが既にこの世に居ない。と言うか、下手しなくてもパラオの前の提督さんが『事故死』なりなんなりの形で早い段階で艦娘達になぶり殺しにされてるね、間違いないよ」

 

…え?と言う表情を見せる妖精さんでは有るが、氏真は諭すように言う。

それが、『人間』の汚さなんだ、と。

そして、更にこう続けた。

 

「普通の人間なら自分が助かるために他人を犠牲にするような場面でも、加賀含めあの娘ら『艦娘』は…根っこが船としての在り方から離れられないんだろう。あの娘らはどこまでも『護るもの』『自分が傷ついても誰かを助けるもの』としての思考が最初に来てしまう、『自分が助かるために見捨てる』って選択肢が選べなくて、端から見たら危なっかしいぐらいにね。それは一番近くで見てる君達も思うことだろう?」

 

一瞬だけ考えこみ、そして妖精さんは無表情で無言のまま頷く。

そんな妖精さんの頭を氏真は優しく撫でながら、最後にこう告げた。

 

「…毛色が違うのは、見たところせいぜい加賀と加古ちゃんぐらいかな?それでも…『白』か『黒』かを選べと聞かれたら、あの子らも間違いなく自分が滅びても『白』を取るのは間違いない。それは良いこととか悪いことじゃなくて、軍艦っていう『兵器としての在り方』…もしかしたら、あの娘らの本当の望みであり、君達妖精さん含めた彼女らを最初に建造した人らの純粋な願いがひたすらに綺麗に純化した『最高の願い』かも知れない。ならば、僕ら上に立ち彼女らを纏める者は、その願いの重さからどこまでも逃げたらいけない。悲しませて、裏切ったら許されない…!」

 

 

…それだけが、加賀の『父親』であり続ける為の義務であり、加古ちゃんや金剛ちゃんの涙を、睦月ちゃんやあの姉妹の絶望に染まった顔を見た者が背負わなきゃいけないものだから、ね…

 

 

そう言って、まっすぐに宣言する氏真に、妖精さんは圧倒されていた…

 

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しばらくして、妖精さんは氏真にただただぺこりと頭を垂れる。

 

まるで氏真が、『道具』としてしか心と感情の有る艦娘を見ていないかと勘違いしてしまったことを詫びるかのように。

どこまでも、艦娘の深い心の底にまで寄り添おうとする氏真の思いに感謝するかのように。

そして、彼なら自分達の大好きな、艦娘のことを託して良いと願うかのように。

 

 

そんな氏真は、妖精さんに向かって、こっちこそ言い方が軽率過ぎた、と謝罪し頭を下げる。

そして、妖精さんと提督が頭を下げあう奇妙な光景がしばらく続いた後、氏真はふと、こう提案する。

仲直りの印に、何か甘いものでも買ってあげるよ、妖精さんでも良いから他人に相談したいことも有るし、と。

 

今度は実に楽しそうな表情を見せながら、妖精さんは氏真の頭に乗っかると、髪の毛を操縦桿のように掴み外に行こうと促すのであった。  

 

 

「……って!痛い痛い!髪の毛を引っ張るな、コラァァァ!!」

 

 

 


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