無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
はぁ…と、永倉新八こと杉村は頭を抱えながらため息を吐く。
そして、どうしてこうなった、と小声で呟いた…
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杉村が何故場末の酒場に居そうなサラリーマンのテンションよろしく落ち込んでいるのか。
ソレを語るには、時系列をきちんと追って語ることにしよう。
ことの発端、つまり杉村の暗殺騒ぎが起きた時。
時間としては丁度浜風の解説が挟んで杉村の正体当てが入りつつ、氏真と杉村の二人の剣の達人が本身を抜きながら向かい合い、まさに一触即発の状態に陥ったタイミングから話を始めるとしよう。
丁度その時、氏真達が驚いているなかで、えっちらおっちらと後ろから走る足音が聞こえて来る。
その足音の正体はと言うと、全力失踪して尚、涼しい顔で侵入者を追っかけて来た神通と…
「ちょ…ま……神通さん足……早……吐きそ……ぐ、ええ……」
…神通の体力に付いていけず、追い付いたは良いが満身創痍でゲロインと化しそうな龍田の二人で有った。
ゲロインはアカンとばかりに、氏真は仮にも杉村に命を狙われているのも無視して、あわてて死にそうな表情で倒れかけた龍田に駆け寄ろうとして背を向ける。
そんな実にしょうもない理由から、仮にも剣客集団最強の腕を持つ女相手に絶好な斬り殺される機会が来た、と見えた金剛と浜風は顔面蒼白になるが…当の、杉村はと言うと。
はぁ…と呆れながら、こう呟いた。
とんでもないお人好しですね、そう言う『斬ったら駄目な相手』って二度現世で出会いましたが…本当に苦手です、と。
そして刀を鞘に杉村は納めると、斬った防護壁の修繕費いくらでしょう…と震えながら、両手を上げる。
そして、こう続けた。
「…これは『暗殺者』としては約定破りなのは承知の上ですが…そもそもの依頼からして、一人の人間に私達全員が振り回されてる気がします。先ずは矛を納めて、本気でお互いの事情を全部話し合いましょう。私が信用ならないなら、なんなら身体検査した後に私の刀を折ってくれて構いませんよ?」
そう言って苦笑いする杉村に、死にかけの龍田以外の全員の艦娘と氏真は、なぁにこれぇ、と棒読みの王様みたいな表情で返すしかなかった。
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30分後、執務室内にて。
「……なるほど、成り代わりも事故と強硬策が重なった事態で、貴方の秘密も蓋を開けたら『戸籍の無い戦国武将でした』ってことですか…」
杉村は疲れ果てた表情で相づちを打ちながら、氏真と龍田と浜風から『秘密』と『パラオ泊地の経緯』に対して詳しい事情を聞かされていた。
そして、ババ引いちゃったなぁ…と、軽く漏らしながらも、真面目な表情になった杉村が重ねて確認する。
貴方、本当に国から依頼されて正式に提督に採用されたんですね、と。
然り、と氏真が応対し、委任状を赤城と言う艦娘から受け取り静脈や血液も取らされた、と返すと…一瞬、杉村はいぶかしむ。
そして、そのままこう続ける。私…国から頼まれた仕事だったハズなのにもう訳がわかりません、と。
どう言うことか、と突っ込まれた杉村は、彼女が『仕事』を受けた経緯を少しずつ語ることとなった。
実は、話はほんの10日前に遡る。
杉村自身がある事情から棚ぼたで作った数ヵ月前に上映し主演した自主製作映画が…まあ、電波過ぎる内容と自分の拙い演技力のせいで商業的にこけてからと言うもの。
一から俳優として勉強し直そうと俳優養成所に通いつつ、剣術道場の師範なり警備員なりの、新撰組出身の彼女らしい手慣れたバイトをしながら学費と生活費を稼ぐと言う、実に慎ましい暮らしをしていた。
とは言え、映画の赤字の負債とは中々返せるものではなく、赤貧生活を送る羽目になっていたと言う。
ソレをたまたま知った、二日だけの付き合いかつ元とは言え、杉村の主人だった国家機関御用達のある陰陽師の男が、その事を気に病みある話を持ち掛けた。
その陰陽師の男曰く、自分達日陰の呪術師の連中にも持ちかけられている『任務』が有る。
簡単に言ってしまえば、南国のある島の通信が遮断された軍事施設の提督が、凶賊に襲われて現地の艦娘と共謀されて謀殺されたらしく、その犯人を生死は問わないが始末して欲しい、と言うことを。
その依頼の解決に成功したならば、それこそ赤字の負債だけでも吹き飛ばしてお釣りが出る程の解決料が出るだろう、と言うことも付け加えながら。
文字通りの『渡りに船』と言う話に喜ぶ杉村ではあるが、うますぎる話に不安になりいくつか確認を取る。
それはそもそも自分が関与して良い話なのか、その依頼は正しい筋からの依頼なのか、『裏』に頼むような仕事は危険ではないのか、と。
一方のその陰陽師の男はと言うと、声のトーンを少し落としながらもそれらの質問にこう答えて言った。
「……依頼自体は国からの正式に来たもので間違いはないよ、依頼のことを確認したら公文書で返ってきたし印も有るから。仕事のことは、すまん…正直、俺も民生の人間に依頼するとしては事が大仰過ぎで怪しい依頼だとは思うし危険な依頼だとは思うんだが…俺のツテでは、剣術以外出来ないお前にこなせそうで、お前の窮状を何とか出来そうな依頼は…これしか取れなかったんだ…」
『陽向』に生きてるお前を『日陰』に引きずり出すような真似をして、本当にすまない…と、謝罪しながら、その陰陽師の男は付け加えつつ。
そんな杉村は、顔を上げてくださいマスターさん、と返し、更にこう続けた。
「…また、暗殺者まがいの仕事をするとは思いませんでしたが、この国を揺るがす賊徒をのさばらせるわけにはいきませんから!今度こそ、この国を守ってみせます!あの平和を本当に愛していた二人の願いも背負ってますしね!」
そう自慢気に話す杉村に、もうマスターでもなんでもねえからマスターは止めろ…と、苦笑いで陰陽師の男は返したと言うことだった。
「…で、蓋を開けたら真実は真逆だった訳ですよ。いきなり依頼人に殺されかけたあげく、やって来たと思ったら平和を守るどころか平和を破壊する寸前で…と言うか、施設を物理的に破壊しちゃって…これじゃ皆に顔向け出来ません!!」
…そうして、依頼を受けた経緯を話した後、杉村は頭を抱えながら突っ伏して泣き出してしまう。
本当にごめんなさい、いっそ斬り殺してください、と言いながらである。
うーん…と、そんな精神的にボロボロな杉村の対応に困る一同ではあるが。
ふと、浜風が思い付いたように言う。
…ちょっと待ってください、これって…!と。
そうして、こんなこと続けるように言った。
「…『真偽が公式で確定して無いのに、いきなり公文書を出した』…?『そもそも、成功するかわからない裏のルートの暗殺者に明らかに出所がポケットマネーと思えない箇所から、前金からしてわざわざ大金を出せる』…?これって…もしかして、『依頼人か依頼人の手駒が国の金庫とかのデータベースに私的にハッキングしてる』ってことじゃ…」
え、と浜風の推理に固まる一同。
言われてみたらあり得なかった話ではなく、更に言うと可能性が非常に高い推論である。
そもそもが、民生の一般人として生きていた杉村に、いきなり仮のものとは言え憲兵章と偽の陸軍用の身分証明書や制服等を個人的に支給可能な相手が依頼主なのだ。
自らか部下を使ってかは定かではないが、そう言った違法そのもののダーティな手を使っていたであろう事は想像にかたくなかった。
そんなことを無言で聞いていた神通は、いきなり口を開き、こう切り出した。
取り引きしましょう、と。
そして、こう続けるのである。
「金や名誉の為だけに暗殺者に身を落としたのなら容赦する気は有りませんでしたが、流石に『壬生狼』ですね、その本質は侠客そのものと言うものですか…おっと失礼、話が飛びました。それはそうと、貴女の話と浜風の話を統合するにあたり、本当の『賊徒』が見えてきたようです。なのでこうしましょう、貴女の破壊行動と暗殺未遂は見逃してあげる代わりに、貴女は依頼人の情報を海軍の大本営の方に吐いて、受け取った前金分のお金を放棄して一旦我々に差し出してください。これで手打ちにしましょう」
そう言って、にやりと笑いながら司法取引を持ち掛けた。
貴女にそんな権限が有るのかと浜風が突っ込むが、こう言う重要参考人の扱いも「要人護衛」の範囲内です、と意に介さず神通が答える。
…ヘタレな人とは言え、神通本人が本来大本営直属の軍人だけに、独断でこう言った権力を振るえる程度には自由に動ける偉い艦娘だったりもした。
一方の杉村はと言うと。
もし、嫌だと言ったら?と無表情に聞き返す。
手を付けてないとは言え前金が無くなること以上に、司法取引と言う汚い手を持ちかけられ、確かに良い気分にはならなかったのだから仕方ない話でもある。
だが、神通は笑いながら逆に質問するように言った。
…じゃあ、なんならこの場にいる全員を斬り殺して、あそこに停まっている陸軍の船に逃げ込んで日本に帰れば良いでしょう、と。
はぁ…と、神通の言に苦笑いする杉村は、こう漏らした。
貴女達みたいな人を斬れないのをわかって言うのはズルいですよ、と。
そしてこう付け加える、話し合いに持ち込めるんだったら、最初から斬らなきゃ良かったのになぁ、と。
そんな視線の先には…廊下に転がっている、杉村がベニヤ板のようにバラバラにした、軍事用の防護壁の残骸が有った。
杉村が懸念した通り、軍事用の特殊な鋼材で出来た板なのだ。
本来はベニヤ板のようにバラバラにできる代物ではない、一枚数百万円…下手したら、一枚数千万円はかかる代物に違いない。
それが、1枚や2枚ではなく、十数枚はダメになっている。「不問にする」と神通は言ったが、ただですむ話にはならないだろう。
そのため、確かにアレどうしようか、と氏真が苦笑いして返すと…横から金剛が問題ナッシン!と割り込んできた。
問題ナッシングな訳無いでしょ、と龍田が突っ込むが、金剛はチッチッチと指を振りながら、恐るべきことをいきなり言い出したのだ。
「一昨日に大本営からプレゼントされました『高速修復材』を壊れた防護壁にかけてあげたら、おニューみたくピッカピカにリフォーム…むしろリメイクされるハズデース!!」
…嘘だろQ太郎!?と言う突っ込みが、その場にいた艦娘全員から返ってきたと言う。
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「…アレは、確かパラオに来てすぐのことでしたネー」
金剛は、頼まれもしないのに、自分の過去をいきなり語り出す。
そして、こう続けるのである。
「…実はちょっとした不注意でフェイバリットのウェッジウッドのティーカップを割ってしまったことが有りましてネー…スッゴくハイクラスの品で、割れたカップを諦めることがインポッシブルで…妖精さんにお願いしても『陶器は専門外』ってダメって言われましてネ、それで最終手段で思い付いたのがバケツでシテ。ウェッジウッドをバケツにインしてみたら…アンビリーバボーなことに、ティーカップがリバイバルしたんデース!!」
…金剛のやらかした思い付きの顛末。
割れたカップをバケツにぶちこんだら綺麗に直っていた、と言うことである。
気になった金剛はそのバケツを一つくすねると、ある程度修復可能か不可能か、と言う法則を試したりした。
・修復可能なものは無機物のみ、生命体やそれを切り取っただけの有機物は修復不可能
・修復する為にはきっかりと「材料」が必要、部品が欠けたまま修復したら欠けたまま再生される
・足りない分の材料は化合前の物質で原則OK、例えば割れたガラスの欠けた部分を埋めるために別なガラス瓶を一緒に入れると、割れたガラスは綺麗になり別なガラス瓶は割れたガラスの修復に使用した分だけ小さくなってしまう
・この応用で、二つの溶け合った液体や溶接して混ざり有った金属等を分解する、と言う特殊な応用も可能
etcetc…
こんな具合で、とにかく、高速修復材の力を使えば、カッターナイフのように綺麗に切断されている切断面に塗り込むだけで、バケツ1杯も使わずに修復作業は終わるだろう、と。
お前なにやってんだ、と龍田と神通に、勝手な資材の使い方した事を反省の色なく語る金剛が顔面パンチングリレーされ、
浜風も、確かにアレは艤装の修復と癒着を早める代物だから応用も利かなくはなかったんでしょうが…と呆れるが。
一方の氏真は、ちらと杉村に視線を向けるとこう言った。
…まあ、反省してるなら、左官の真似事でもしてみるかい?と。
杉村も、しょうがないですね…と言おうとした瞬間、遠くからいきなりガシャッと鈍い音を響かせながらガラスが割れる音が聞こえる。
そして、大量の規則正しい足音が一斉に階段を上がって執務室に向かう音が聞こえた。
何事か、と艦娘達は焦るが…当の氏真と杉村はと言うと。
顔を見合わせて、そして情況を理解した。
「…私をここに送った陸軍隊の人らは、例の屑中将の手駒だったみたいですね。どうやら提督さんや金剛さんだけでなく、私も口封じにやる算段で向かってきてるみたいですね、もう気配でわかりますよコレ」
「ああ、全く…ここまで汚い手を使われたら、いっそ清々しい気がするよ。コイツらからも話聞かないといけないから極力殺ったらダメなのが腹立つが…」
そう言って、二人の剣士は刀を抜く。
そして、お互いに、一言だけ言葉を交わした。
「じゃあ、そう言った事みたいですし…」
「やりますか!お互いイライラすることばかりみたいだったしね!!」
そんなことを叫びながら、二人の剣士は飛び出して行った、と言う。
…その後、起こったことを簡潔に語れば。
死傷者は0、無傷の男女が2名、その他重軽傷者が23名と言う内訳で。
その重軽傷者の返り血でパラオ泊地の鎮守府の渡り廊下が真っ赤に染まったと言う。
その重傷者のうちの本土に搬送され軍病院で手当てされたあるもの曰く、「日本刀怖い侍怖い…」と震えながら精神崩壊する程に恐怖を植え付けられ、マトモに会話ができるものですら、当初は命乞いばかりで会話にならない程のトラウマになってしまった、とか。
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さて、そんな訳で話が冒頭に戻る。
神通が持ち掛けた「司法取引」で、何とか杉村の身の安全は確保され。
表向きの来訪の理由よろしく、「憲兵」としてパラオのスタッフに登録され保護される事になっていた。
これで、逆恨みの屑中将が手を出すことも口封じの追っ手を差し向けることはできないだろうし、むしろ海軍側からの監査要請が入ることは確定的だろうから、例の中将が失墜するのも時間の問題となっただろう。
それから、詫び代わりの左官の真似ではないが、刷毛や鉋で高速修復材を自らが斬ったガラスや防護壁の切断面に塗り込めては、パーツが折れたプラモデルを接着剤で治していくが如く作業で直していき。
そして、返り血で真っ赤になっている3階の洗浄とペンキでの壁の塗り直しも、3日をかけて杉村一人でこなしきった訳であるが…
それはそうと、もう一つ杉村は氏真から別な形での依頼を受けたのである。
それは…
「面!メェン!メェェン!どうだ、俺の素振りは!?」
「…まだまだ甘いですよ、脇が開いてますし腰も腕もブレブレです。全く、もう…貸してください、竹刀の持ち方なら一から教えてあげますよ」
そう、以前に天龍達に氏真が語っていた「剣術指南役」。
神道無念流の免許皆伝にて、天然理心流の試衛館の剣術師範役、更には東北帝国大農学部(今の北海道大学)の剣術師範代として教鞭を振るった経験もある彼女なら、確かにぴったりの仕事で有った。
そうして、教え子の天龍から竹刀を受け取った杉村は、何がどうなったらこうなるんだろうか、と頭から雑念が離れないながら。
そんな雑念を振りきろうと、一心不乱に美しく、その竹刀で素振りを開始するので有った…