無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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二十話 神通と剣士達の夜

…この提督さんは困った人です  

 

神通はアレからと言うと。 

簡単に艦隊の皆に自己紹介を行った後、氏真の護衛役として執務室の門番のようなものを兼ねて夜邸哨戒の仕事をしていたのだが。

消灯時間内での異常が無いか、艦娘達の寝室や食堂等を見回りつつ、こんな愚痴をこぼしていた。

 

…氏真さんも、艦隊の方々も悪い方ではないのは何となくわかります 

…外様で新参の私に気を使ってとても優しくしてくれてるのは、よくわかるんです

…金剛さんは気まずそうでしたけど…まあ、これは私の方からゆっくり話し合う案件ですしね

…後、浜風は何か拗らせてる匂いを出してるので、これはこれで説教する必要がありますが

 

こんな感じで、とりとめの無い思考を頭に浮かべつつ、独り言を小さく吐く。

しかし、その独り言の内容が一周し、その頭痛の種に直面すると、一際大きなため息を吐きながらこう漏らしていた。

 

「…何で提督公認で、皆して私の頭を撫でようとするんですか……そりゃあ私も女ですし、お世辞でも『可愛い』って言われたら悪い気はしませんが……実は、ちょっと那珂ちゃんの方向にあこがれたりしなくはないですが……違う、違います。何か間違ってますよぅ…」

 

こんなことを吐き、涙目になりながら、である。

 

 

そう、これに関しては氏真と龍田が主犯である。

パラオの艦隊に向けた神通の自己紹介の際に、彼らが横からポツリと漏らしていたのだ。

神通はなでなですると、反応が可愛かった、と。

 

実際問題、神通は『悪意』『敵意』に対しては容赦ない性格をしており、赤城が解説した通りそれらを向ける相手には冷酷非情に対応する。

正に『海上の仕事人』、そう言われるほどに戦闘中は容赦無い戦乙女である。

そして、戦闘が関わる事柄には殊更ストイックな性格でもあり、部下達からも上司からも、畏怖と尊敬を集める軍人らしい軍人ではある。  

 

しかし、逆に『好意』に関する耐性が0であり、本人は必死で否定していたが…

普段の彼女はと言うと、いじめてオーラが滲み出ている、ややならずM気質な気弱な乙女でもある。

おかげで、その隠しきれないいじめてオーラと氏真達の失言のせいで、自己紹介してからすぐに皆から弄られ…

と言うか、何故か駆逐艦達からですら、マスコットや動物園のふれあいコーナーに良くある小動物よろしく、なでなでされまくりながら神通は可愛い可愛い連呼されていた。

特に、睦月と天龍がやたら気に入っていたらしく、暑苦しいだろうにまるで気にせずくっついていた、とか。

 

最終的に、混乱しちゃいます…いやマジで!と、泣きが入った絶叫をあげながら逃走した、と言うのが、顛末であった。

 

 

そんな訳で、謎の疲労感に着任当初から初日から負けそうになる神通ではあるが、仕事は仕事ではある。

 

ふぅ、と一息をつき気合いを入れ直し、神通は哨戒任務を続けることにする。

後は確認しなければ為らない箇所は執務室だけだ、後は警戒は怠ってはいけないが仮眠を取るだけだし、と思い直しつつ、神通は素のヘタレの顔から戦闘中のしっかりした表情に切り替える。

 

そして、そのまま、神通が何気なしに廊下の窓を確認した際…『ソレ』は起きた。

 

 

「ん……!?何か、飛んだ……!」

 

その廊下の窓ガラス越しから視界に入った先に、何か光る物体が飛んだのが見えた。

あわてて神通が見てみると、明らかにLEDのような光が、放物線を描き吹っ飛び落下する様が確認できる。

落下した光源をよく見ると、その光源は二つくっついており、その漏れている光からはうっすらと顔のようなものが確認できる。

 

更に神通が目を凝らしてよく見ると、その顔からは眼帯のようなものが視認できた。

闇に紛れて見えにくいが、それでも黒っぽい服を着たスタイルの良い肢体もわずかに目視可能である。

 

「アレ、もしかして……天龍さん!?ちょっ、何が起きて……く、とりあえず急行しないと!」

 

神通は『刺客』の噂を聞いていることも有り、これは一大事だと、食堂の窓から飛び出して天龍が吹き飛ばされた先に急行することにした…

 

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「天龍さん!?大丈夫ですか!!」

 

神通はこう絶叫しながら、天龍が吹き飛ばされた場所に全力疾走で向かう。

そこにあったものはと言うと…

 

「ああ、神通さんか……大丈夫は大丈夫だが面目ねえ、俺の情けないところ見られちまったなぁ…」

 

こんなことを良いながら、むくりと起き上がる天龍と。

 

「…むぅ、やっぱり手加減が難しいな、龍田ちゃんに怒られそうだ。ゴメンよ、怪我はないかい?」

 

頭を掻きながら、ばつが悪そうな表情を見せる氏真の二人の姿である。

 

 

緊急事態かと思って急行したら、こんなほのぼのした空気に出くわし、思わずずっこける神通。

説明してください、てか護衛対象が勝手に動かないでください、そんで消灯時間の哨戒の隙をついて勝手に寝室から出ていかないでください天龍さん、と、それはそれは低い声のトーンで二人を問い詰める。

 

神通の怒った威圧感に若干二人はすくみながらも、天龍は神通に事情を弁明することにした。

 

 

簡単に纏めたら、天龍の話はこう言うことである。

 

「借り受け」と言う形であり、金銭か物資でいずれ大本に借りを返さないといけないが。

資材の補給を大本営から受け取ったパラオ泊地は、ようやっと艦隊の『初動』をこなせる様になった。

 

何せ、今まで『物資補給の為の燃料すら無い』状態で、氏真が命がけでモンハンしてようやっと艦娘一人を修理するのが手一杯で、艦隊動かして遠征に出掛けたり海域支配からの資材供給と言う真似が出来なかったのだから仕方ない話ではあるが…今まで、『艦隊』として動く任務は全くなかった。

だが、資材を補給され、提督としての権限を最近になりようやっと氏真に譲渡された今なら話も変わってくる。

それは艦隊としての仕事が増えると言うことであり、当然、金剛が復帰するまでの実質的なリーダー役であり、駆逐艦を纏めるのが上手い天龍自身にも仕事が増えることは予想がついた。

 

ならばこそ、天龍は弱いままの自分が嫌で、そのことについて悩んでいた。

特に、何か頼りないマスコットみたいながら、同じ軽巡洋艦でありながらその戦闘力は天龍より遥かに高いだろう神通を目の当たりにしたから尚更である。

とは言え、いくら普通に砲雷撃戦の訓練をしても、神通に追い付かないだろうとも天龍は自覚していた。

 

その為、近接戦闘に活路を見いだし…と言うか、自分が帯刀していることを思い出し。

氏真に、秘密特訓と言う形で剣術の稽古をつけてもらう様にお願いしてた、と言うことだった。

 

そして、訓練場に置いてあった竹刀二振りを用いて剣術の訓練をしていたのだが。

先ずは氏真が天龍の実力を見るため軽く手合わせとなった際…加減されている上に竹刀とは言え、どこぞのテニヌよろしく氏真に人間ホームランされてしまい天龍が宙を舞ったのを神通がたまたま目撃したのだろう、と言うことだった。

 

 

「…そう言うアツい気持ちは私も大好きですから、消灯時間内の脱走は不問にしますが……でも、『軍艦』の私たち艦娘が砲を使わず接近戦で斬り結んでどうするんですか…ってか、ソレ斬れるんですね、深海棲艦…」

 

そんな事を聞かされた神通は天龍に向けて呆れた視線を向けながらこう告げる。

だが、当の天龍はと言うと、胸を張って、この俺様の超天龍剣は深海の野郎どもを真っ二つにする名刀だぜ!と自慢気に返す。

名前ダサッ!?と神通は突っ込み、真っ二つにしたの僕だけどね、と氏真は天龍に呆れ軽くこけるものの。 

天龍はと言うと、ドヤ顔のまま、何で二人とも倒れてるの?とポカンとしていたと言う。

 

 

さて、一方でそんなずっこけたままな氏真はと言うと、伝授がうまくいかなくてゴメンね、と天龍に謝りながら、遠い目で独り言の様に呟いた。

 

「……うん、でも…僕ら塚原先生から教えを受けた連中って、多分まともに系統だった剣術を教わって無いよな、少なくとも僕はそうだった……」

 

え、と天龍と神通は顔を見合わせるが、氏真はそんな彼女達を無視しながら、こう続けたのである。

 

「そりゃあ、刀の持ち方抜き方は必死になって覚えたしソレだけは塚原先生も教えてくれたけど…どこぞの野伏せり(野盗・盗賊の事)をいきなり斬れだの、野犬の群れに放り込んで喰われ殺される前に始末しろだの、馬上槍が出来る槍兵や薙刀持ちの兵を脇差し一本で返り討ちにしろだの……『最終試験じゃ』とか言われて朝比奈さんと竹千代の従者だった酒井さんと塚原先生の三人がかりで襲って来て、全員から一本取ってみろって言われた時は流石に死ぬかと思ったな……」

 

 

良く生きてたなアンタ…と、氏真の塚原卜伝による地獄の特訓を聞かされた天龍は、思わず称賛混じりの突っ込みをいれる。

五年がかりでその『最終試験』を乗り越えたから、『一の太刀』にようやっと目覚めたんだよ…と苦笑混じりで氏真は返すものの。

 

はぁ、とため息を吐きながら、氏真は握っていた竹刀を眺めつつこう閉めた。

 

「そもそも、こんな軽くて丈夫な『竹刀』は生まれて初めて振ったよ。僕たちは青竹とか樫の枝とか、それこそ訓練に本身の刀をぶん回すのは日常茶飯時だったし…きっと君達の時代だと、安全で系統だったもっと洗練された『剣術』が有るんだろうし、僕達なんかの剣術より『ソレ』を習うべきだと思うよ」

 

そう言って、そんな剣術を知ってる人が来てくれたら嬉しいんだけど、と漏らした後は、なんとも言えない表情で氏真は無言になる。

天龍と神通も、そんな氏真に対して、何も言えなかった。

 

 

なお、余談ではあるが。

 

そもそも、現在の細い竹の筋を何本も集めて紐なりで固めた様な「竹刀」と言うものは、ほんの200年ほど前に完成されたものである。

ソレ以前の「竹刀」とは「袋竹刀」、つまり青竹に軟らかい布を何重にも巻き付けたシンプルなものである。

ソレすらも普及したのは道場が栄えて剣術用の防具も普及した江戸時代以降、そもそも袋竹刀も新陰流の上泉信綱が安土桃山時代から広めたとされているものであり…その過渡期に既に壮年だった氏真は、袋竹刀ですら見たことは有っても振ったことはほとんどなかったことは予想がつく。

本人の言うように、ソレ以前となると…本身を使うか、切り出したままの木刀や青竹で防具も無しに殴りあうような命がけなものである。

 

氏真が、「安全な剣を覚えろ」と言う理由は、塚原の新当流の流れを組む剣の習熟の難易度以上に、天龍の身を案じるために終始する話でも有った。

 

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同時刻、陸軍用、搬入船。

 

「……ぶぇっくし!!」

 

陸軍用の憲兵隊用の輸送船内で、杉村は大きなくしゃみを発する。

そして、その自分のくしゃみで寝ぼけ眼で目が覚めた彼女は、ふわぁ…と欠伸をすると、こう呟いた。

…ああ、誰か私の噂をしているのかな?と。

 

そう言って、目が冴えて無性に気が昂った杉村は、自分の刀の手入れを開始する。

 

彼女がパラオに到着するまで、残り二日と四時間半。

まるで、いずれ訪れる『その時』の力を研ぎ澄ます為の、静かで妖しい剣士の姿で有ったと言う…


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