無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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十八話 大本営からの使者達の襲来

「…嫌な仕事です」

 

橙色と黒を基調にした衣装の、少し外にはねた真ん中分けの長髪の少女が、少しならず顔をしかめながら隣にいるもう一人の少女に向かい、何気無しに告げる。

 

もう一人の、赤と白の弓道着の長髪の少女は、少し肩を落とすとこう返した。

 

「…まあ、確かに面倒極まりないとは思いますが、これも『お仕事』の一貫です。こう言う仕事をこなすのも我々に課せられた義務である以上、それに文句を付けるのは筋違いです」

 

そう、淡々と告げる彼女は、微笑みを崩さないまま視線をある陸地に向ける。

それは、ミクロネシア諸島の南国にある島の一角、パラオの帝国海軍海外駐屯地…

要するに、パラオ泊地に向けて、である。

 

それは、物資輸送船の護衛を兼ねて今海上を走って会話している二人の艦娘達の、目的地でも有った。

 

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同時刻、パラオ泊地にて。 

 

 

「…私で良かったのかしらぁ、大事なお客様がいらっしゃるんでしょ~」

 

こんな事を今更言い出してる龍田はと言うと、氏真に向かい上目使いで質問する。

それに対して、氏真はこう返した。

今こそ君の力が必要なのだ、と。

そして、龍田ちゃんにあまり構ってあげられない部分が多かったのに、いきなり力を借りようとしてごめんよ、と続け頭を下げる。

そう言う言い方はズルいわよ、と龍田は呆れた視線で氏真を睨みながら返した。

 

 

そう、あの氏真自身が提案した大本営の元帥じきじきによる『影武者』作戦中、氏真はと言うと龍田に対してあまり構ってあげることは出来なかった。

 

実際問題、『影武者』としての仕事はと言うと予想外にハードかつ地味である。

正直なところ始末書なり借金含めた予算の概算なり『初動』に必要な弾薬・鋼材・ボーキサイト・燃料なりの書類作成に追われて、慣れないパソコンに悪戦苦闘しながらも書類を山ほど作ることしかなかった。

大本営からの正式な使者が来るまでの13日間…2週間弱迄と言う短いスパンである程度報告書を作る、と言う過密スケジュールであり、氏真はこの期間中はほぼ食事とトイレ・風呂以外は執務室にカンヅメだったと言う。

 

そしてその都合、書類作成が得意な睦月や浜風、コードをいくつか知っている為にお茶汲み担当を兼ねた金剛にばかり頼ることになっていた、と言うのが氏真の実状だったとか。

 

残る四人についてだが、やたらプライベートで氏真になついていて超が付くほどマイペースに『娘』として接する加賀と、もう後顧の憂いが無くなってしまった為に呑気に畑仕事とか庭の掃除などを(適度に昼寝してサボりつつ)こなす加古、そして氏真達のツッコミ兼駆逐艦と加賀の保護者役を引き受けてる天龍…と、ある程度の役割があるなかで、今一つ龍田だけ役割が見いだせず、余計に氏真からハブられているのではないか、と心配になっていた。

そんな折での突然の協力要請、そして「大本営の使者」に対する応対の単独での補佐と言う大役に、龍田は内心喜びつつも、何故に自分が…と言う疑念が、頭から離れなかったのだ。

 

 

しかし、氏真はと言うと。

心配にさせてごめんね、と謝りつつもこう言った。君にしか出来ない領分だから、と。

そして、こう続けるのである。

 

「…先ず、『先方に非礼がない様にすること』、『礼儀作法をしっかりすること』、『それらの所作に不自然さと不快感を与えないこと』。対人関係を円滑にこなす基本中の基本なんだけど、コレがどうして、中々難しい。こう言う礼儀作法に慣れてない人間は勿論だが、慣れてる人間ですら中々ふとしたことでやらかしたりするからね……僕も晩年に竹千代困らせて品川に飛ばされたりしたし」

 

そう言って、旧友のことを少し思い出して氏真は苦笑いするが。

それはそうと、と話を戻してこう言った。

 

「『ソレ』をこなせるのは、悲しいかな金剛ちゃんと君しか居ない。しかし金剛ちゃんは大本営の人らに対しても負い目があるだろうし、何よりあの娘を会談に応対させたら先方の反応が悪くなる危険も高い。その辺り、几帳面で礼儀正しくて、何より清潔感のある美人な龍田ちゃんが適任なのさ」

 

こんな気障な台詞を吐かれ、龍田は顔を赤くしつつ、照れ隠しに天龍ちゃんには同じ台詞を言ったらだめよ~と困った顔で返すしかなかったとか。

…氏真からしたら、誉め言葉含め、ひたすらに単純な説明だった訳だが。

 

 

さてそんな事を言っていると、ボゥ、と言う汽笛が聞こえてくる。

その汽笛が聞こえた方角を見ると、そんな彼らに向かい1隻の船とその護衛であろう二人の艦娘の影が見えてきた。

 

アレが、大本営の使者なのだな、と氏真と龍田は納得しその姿を何気無く眺めているとその内の一人の艦娘が高速でこちらに向かって来る。

何事か、と龍田ならず氏真も驚くが、その30ノットは出てるであろう橙色の服を着た艦娘は、良く見ると主砲を向けながら接近していた。

 

そして、開口一番にこう橙色の服の艦娘は絶叫しつつ、御免なさい!本当に許してくださぁい!と泣き叫びながら、その主砲を発射した。

そうして、訳もわからぬまま艦娘の主砲の一撃に巻き込まれた氏真と龍田は黒煙の中に消えてしまった。

 

そして、その主砲から放たれた砲が炸裂するのを見届けたもう一人は、何処からか召喚していた自分の艦載機に向けて、微笑みを崩さないままこう一言だけ呟いた。

 

「…『提督の偽者の始末』、完了です。記録はビデオに取りましたね、艦載機の皆さんお疲れ様でした。では直ぐに帰還してください

 

そう言って、そのもう一人の赤い艦娘は自分の艦載機を矢に戻して格納する。

そして、橙色の方の艦娘に視線を向けると、こう告げた。

 

「では、最終奥義『神通が独断でやったこと』にされる前に、きちんと話し合いに向かいましょうか」

「何で貴女はいっつも鋼のハートで通常運航なんですか!てか私が独断でってどういうわけですか赤城さぁん!?」

 

 

そう、橙色の真ん中分けの方が、川内型二番艦であり『華の二水戦』の異名をとる軽巡洋艦の『神通』。

赤い弓道着で黒髪ロングの方が、一航戦のもう一人の方の、WW2初期での日本の切り札だった正規空母『赤城』。

 

彼女らは、大本営で艦娘として建造された時期が近く、その縁で仲の良い二人であり…

そして、加賀とは別な意味でゴーイングマイウェイな赤城のフォローを、濃い姉と妹の世話で鍛えられた神通が世話を焼くと言う組み合わせである。

 

「…いや、だってほら、明らかに怒ってるあの人たちの原因は間違いなく貴女のせいですし、神通」

「うわぁぁぁん!!ただでさえ苦労ばかりなのになんでこんな目にぃぃい!?」

 

…例えば、赤城が笑顔で黒煙が晴れた先を指差しながら、何故かピンピンして怒ってる氏真と龍田の姿を見つつ神通が泣き叫ぶ現状みたいな、であった……

 

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「あの、えと…本当にごめんなさい……なんて謝ったら良いかわからないですが……本当にごめんなさい!!」

 

そんな風に土下座する神通と、その姿を見ておろおろする氏真と龍田の図が完成している。

それは、赤城と神通が港に上陸した際に、いきなり発砲した事情を神通から聞かされた際の出来事である。

と言うのも、実はこんな事情があったからだ。

 

 

先の影武者作戦は、海軍からしたら確かに渡りに船と言う奇策ではあるが、遺族に対しての筋が通らない手であることも事実でもある。

何より『艦隊に恩義を与えれば勝手に提督が影武者に成り代わって良い』と言う前例を作ってしまうと言う事は、極端に言ってしまえば海軍そのものが成り立たなくなってしまうことが非常に大きかった。

とは言えいくらなんでも、艦娘やひいては海軍そのものを無償で助けてくれた人間に向けて、『死ね』と断ずるのも、それはそれで筋が通らないことだった。

 

そこで考えられた手は、一旦『影武者を始末した』と言う偽の記録を作り、『新たに任命する提督』として氏真をでっち上げる、と言う手筈である。

そこで、書類上は『輸送船護衛』と『パラオに編入』と言う形で偽装工作要員を送り、その偽装工作要員に、精密射撃が得意な神通と艦載機を動かすのが得意な赤城に白羽の矢を立てた、と言う具合だった。

 

そんな訳で、実はあのときに神通が発砲した弾丸は通常の弾薬ではなく、少量のかんしゃく玉と大量の発煙物質で造られた、殺傷力0の単なる発煙筒でしかなかったのだ。

おかげで、煤だらけにはなったものの、氏真と龍田は無傷で済んだと言う訳である。

 

 

しかし…まあそれはそれとして、軍からの勅命であり神通自身の意思ではなかったとは言え、いきなり人に向かって発砲すると言うのは流石に神通の良心が咎めると言うレベルではなく。

おかげで、普通に頭を下げ非礼を侘びる赤城の横から神通の開幕土下座からの謝罪と言う事態になり、事情を知るにつれ赤城と神通に怒るに怒れなくなった龍田と氏真は困惑してしまった、と言う具合だったと言う。 

 

 

とは言え、流石にずっと土下座させるのもいかがなモノか、と言う話である。

特に今回のことに関しては、これは神通が悪くない為、龍田はどうしよう…と思案していると、見かねた氏真が神通を抱き起こして無言で頭を撫でながら、子供相手のように大丈夫だよ、と何度も優しく語る。

そして母性本能をくすぐられたのか、龍田とついでに赤城も、それに釣られてついつい神通の頭や背中を撫でながらあやす作業に加わっていく。

 

しかし、そうやって落ち着きを取り戻し正気に戻った神通は、初対面の男に子供扱いされてるのがわかり別な意味で赤面し、赤ちゃんみたいに扱わないでください…物理的に火照って来てしまいます…と氏真をタップしながら抗議する。

だがそんな氏真はと言うと、その抗議を意にも介さずこう返した。

 

…そうは言ってもだな、『娘』の加賀は兎も角も、享年が喜寿で実際の生年月日が400年ぐらい前の僕からしたら、何処からどう見ても可愛い孫か曾孫にしか見えないからなぁ、と。

 

 

なにそれこわい、と赤城と神通が真顔になるなかで、説明しなきゃいけないことが増えた龍田は頭を抱えながら渋い顔を隠さなかった、とか。


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