無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
「…私たちは、どうしたら良いのよ…」
一人の少女が嘆く。
「俺がしるか!」
もう一人の少女が怒る。
二人の少女は同じような服を着ているが、その雰囲気は正反対だった。
一人は天使の輪を模したパーツを頭に浮かべており、真ん中分けにセミロングの髪型を整え薙刀を持っている。
もう一人は鬼のような角を模したパーツを側頭部に付けており、眼帯に日本刀のような刀、とヤクザの鉄砲玉の様である。
そして、その正反対な少女達は、姉妹だった。
彼女らは「龍田」と「天龍」、天龍型と呼ばれる…自称「世界水準を越えている」というが旧式の、
その軽巡洋艦を模した艦の艦娘である。
旧式であるが故に、彼女らは件の泊地では…言い方が酷いが「お荷物」扱いを受けており、
それが故に、かの最悪の集団特攻のチームからは除外された為、生き残ってしまった艦娘のその数少ない野良艦娘であった。
が、生き残ってしまったが、だからどうしたというのだ。
この鎮守府には生き残りは天龍姉妹を含め僅か6人。
軽巡洋艦2隻、戦艦1隻、重巡洋艦1隻に残り2名は駆逐艦。
…敵に数機ほど空母か戦艦が来たら、その瞬間に「擂り潰される」戦力差である。
否…仮に敵がイ級なりロ級1隻でも呼んできたら、それだけで詰むだろう。
この鎮守府には弾薬がほとんど残っていない。
燃料・鋼材も然りだ、空母がいないのでボーキサイトは関係無いが、それも0に近い。
補給が死んでいるのだ、ガス欠ですぐ戦えなくなるだろう。
SOSを何度も大本営に出しているが…なしのつぶて、である。
恐らくは見捨てられたのだ、と艦娘達も薄々予想が付いた。
このまま、じわじわと水を与えない植木のように枯れて死ぬか。
派手に花火を上げて戦場でネズミ花火の様に燃え尽きるか。
天龍と龍田の二人は、既に地獄の2択を頭に浮かべて居た。
そんな時である。
緊急用の通信が彼女らの詰所に響いたのだ。
その連絡相手は、「睦月」…睦月型と呼ばれる駆逐艦のネームシップ、同じく生き残りの野良艦の一人だった。
何事かと睦月に質問した天龍は、睦月からこんな回答を得たのだ。
…不審者、発見にゃし!と。
不審者ってなんだよ、と天龍と龍田は顔を見合せた。
――――――――
…それから10分後、鎮守府の港にて。
確かに、その男は「不審者」だった。
明らかに年代物の和服を着て。
腰には二振りの日本刀。
長髪にした髪は髷を結っており、頭丁部には烏帽子を着けている。
明らかに剃刀で整えた眉が妙に印象的。
顔は整っており所作も端正その物だが、平安貴族と侍を足して割ったその容姿は…なんだろうか。
独特の、「ガイジンが描くサムライ」みたいな間違ってる感があった。
ましてや、現代人からしたら、単なる劇団員か異常者の2択であり…少なくとも、軍事施設には場違いな人間であった。
あまりのその男の世界観の違いから、天龍姉妹が放心する中で、最初に口を開いたのは睦月である。
曰く、こんな話だった。
たまたま、港に使えそうな資財でも無いか睦月が漂流物を調べに出掛けたら見慣れない人間が居る。
最初は海軍関係者かと思い近づき声をかけようとしたら、なにもかもがおかしい。
思わず誰何(「すいか」、何者かを問うという意)したところ、こんな回答を貰う。
「僕は死んだんだ、死んだはずなんだが…閻魔の裁きで、若返った姿で黄泉反ったのか跳ばされたのか、気が付いたらこんなところに…」
…そんな男の言に、睦月は流石に意味がわからない。
とりあえず、軍関係者でもなさそうだがスパイでも挙動不審過ぎておかしい。
単なる狂人としては言動が正常である。
睦月には、彼の相手は、荷が重い話だった。
故に、天龍と龍田ならこの男の処遇を何とか出来るかと、ぶっちゃけたら「投げる」気満々だったのだ。
「…だから、私たちをどうしたいのよぅ…」
龍田が、睦月の雑さに困惑しつつ。
しかし、それはそれとして…この男の意味不明さも気になることも事実である。
龍田がこの男に質問しようとした瞬間、しかし、一歩早く逆に質問をしたのは不審者の男であった。
「なんなんだ、一体…なぜこの場にはおなごばかりなんだ?君たちはなんなのだ?そもそもここは、何時何処で…見たことないモノばかりだが、日ノ本ですら無いとでも言うのか?」
ふざけてんのか!と天龍が不審者の胸ぐらを掴むが、不審者は怒りを込めた目で、ふざけてるなら僕はもっと気の利いた歌でも詠むわ!と返す。
…本当に、その不審者は困惑している様子であった。
まるで、世界線レベルでの迷子、その物であった。
その不審者の姿を見て、龍田は呆れた視線を不審者に向けつつ言う。
自分たちは艦娘という、WW2の戦艦の魂を宿す海軍の人型起動兵器ということ。
本来はここはその艦娘を運用する前線基地のようなものであること。
しかし、無能な司令官のせいで、この泊地がボロボロになったこと。
…そして、そんな機密事項を他人に漏らしてもどうでもいいと思えるぐらい、詰んだこと。
「…詰んだ戦地に行くのは、僕の宿業かね」
龍田の話を聞く不審者は、ポツリと漏らす。
どうしようもないな、と不審者は思う。
気の毒だが…自分には関係無い話なんだから。
そんな関係無い気の毒な連中に…果たして、その前任の司令官以上に「無能だった」自分が、救いたいと願ってしまっていることに。
…本当に、分不相応に「どうしようもなくお人好し」、彼はそんな男である。
そんなおり…ふと、不審者はちらりと洋上に目を向ける。
そこには、小さな…しかし、距離を考えると、イルカのごとき巨大な生命体の影が見える。
その、謎の魚影について、何気なく睦月に不審者は質問した。
その返答は…
「っ…!!はぐれイ級!?て、天龍さん!どうしたら…」
そう、はぐれと呼ばれる、深海棲艦の泊地近海にまぎれこんだ一匹だった。
その睦月の言に、抜錨だ!と騒ぐ天龍。
弾薬も無いのに無茶よ!と涙目で制止する龍田。
おろおろする睦月。
そんな彼女らを見て、その不審者は、もう1つ質問した。
アレが、君たちの敵か、と。
そうだ、と龍田が答えた瞬間に、その不審者は天龍から隙を見て刀をいきなり取り上げる。
いきなり何しやがる!と天龍が怒鳴るのも意に介さず、その不審者はぶん!と刀を洋上へ振り下ろし…
「…海を…斬りやがった…」
「何よう、あれ…」
「まるで漫画みたいにゃし…」
その海ごと、イ級をモーゼの奇跡が如く真っ二つにする。
まるで、漫画やアニメの世界の様な、非現実的な「必殺剣」であった。
その剣は…まるで、森羅万象を一刀に斬り伏せる、魔法のようである。
だが、その様を見て、不審者は自嘲するかの様にため息をついた。
「塚原先生ならもっと格好よくいっただろうけど、僕ならこんなもんか…だいぶ鈍ったねこりゃ、剣と和歌なら蹴鞠より自信あったのになぁ…」
…もっと本来は不審者は強いらしい、そして上には上があるらしい。
そのあたりをたまらず天龍が突っ込んだ結果、その不審者は悪びれず答えた。
「…秘剣、『一の太刀』。この『今川氏真』、まだまだ剣聖の領域には、届かないのさ」
そう、不審者―――
否、戦国時代の大名でありながら、父の織田家への敗北から建て直せず今川家を潰し、しかし江戸時代から明治まで今川の家を残した礎を築いたこの男。
彼の物語は、ここから、始まった。