無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
そんなこんなで加古に連れられて食料庫に付いた一同ではあるが。
彼女の案内で、段ボールが山積みになっている食料庫の一角に案内された。
そしてその段ボールをどけると、確かに四角く区切られた床下収納のスペースが有るのがわかる。
そして、そこにある戸を思い切り加古は引っ張ったら、出てきたのは四方70センチ程の鍵付きの箱である。
鍵が錆び付き箱自体も劣化の後がそれなりに見られている。
確かに、加古の推理通り前の提督より更に前任の提督だった人間が隠していた金庫に違いがなかった。
そして、いざ開けるにしても、今まで暗証番号がわからず半分無視してた、と加古は釈明するが。
しかし、今は…こじ開けるにしろ、銃弾なり爆雷の様に金庫の中身まで被害を出す可能性も無い…
そんな「解錠」が出来る戦国武将がいる、と嬉しそうに加古は付け加えるので有った。
さて、そんな訳で。
ふん!と、氏真は刀で横からズバンと金庫の戸をスライスする。
スマートと言うとスマートながら、力業の極みで金庫の施錠を突破するのである。
そこから出てきたのは…
「……なんだいなんだい、紙ごみの束じゃないか」
氏真から見て、資料ですらない紙ごみの束…ではなくて。
「いやコレ札束じゃねえかコレェ!紙ごみじゃねえよ!!」
そう、着服してたのか予算の備蓄だったのかは定かではないが。
天龍の言う通り、それらは紙幣の束である。
総額としたらざっと2000万前後と言う辺り、前者なのか後者なのか本当に判断が付かないものだった。
そんな天龍と札束の山を見比べて、当初は興味無さげにしていた氏真ではあるが。
金剛と龍田から、コレは現代のお金だよ、と教えられて心底驚いていた。
なお、余談ではあるが。
氏真の没年としては1615年、そして現在日本史として最古の「紙幣」として記録されているのは1623年に刷られた「山田羽書」と言う、地方の特殊な通貨である。
日本で刷られた紙幣としては、既に14世紀中頃に後醍醐天皇が刊行したと言う資料もあるにはあるが、こちらは現存していない辺り、実在してたかどうかも怪しいものである。
どのみち、氏真が生きていた頃の「お金」とは貴金属からなる硬貨であり、「紙幣」とは彼の想定の外にある未知のものだった。
…このあたりは、彼が鎮守府からある程度動いていたらすぐに解ける勘違いではあるのだが。
氏真が艦娘をほっとけないばかりに「パラオ泊地内から動いていなかったこと」。
コレが、そもそものお金とか資材とかの問題以前だったと言うことに、漸く気付くことに時間はかからなかった…
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「…まさか、お金の概念が変わってるなんてしらなかったな、じゃあ…もしかして、伝令のやり方もだいぶ変わってたりするのかなぁ…」
氏真は、ヒラヒラとその札束から抜いた一万円札をなびかせつつ、感慨深げに言う。
良く考えてみたら、伝令役も居ないのに、遠く海を離れたこの地と日之本の国をどうやって連絡しているんだろう…と。
そして、加賀の肩に乗っていた「妖精さん」の一人をつまみ上げ、もしかして君らの能力か何かかい?と微笑みながら尋ねだす。
その様子を見て、心底訳がわからずキョトンとするパラオの艦娘達ではあるが。
その内、浜風が珍しく真面目な顔で、それもだいぶ顔を青ざめさせながら話を聞くことにした。
「…あの、すみません、本当にすみません…一つだけ聞かせて下さい……氏真さん、もしかして……『電話』って知らないですか?」
何それ、とぼんやりとした表情で返す氏真。
あああああああ!!そりゃそうなるわ!!と言う、艦娘達の絶叫が、パラオに響いていた。
…そうなのだ、19世紀の天才のエジソンが発明して20世紀前後に漸く普及させた電話をはじめとして。
パソコン、携帯、テレビ等々と言う「電気」に対する知識がない。
と言うか、ガスですらまともな理解をしているとも思えない。
それこそ水に対しては大昔から日本は発展的であるがゆえに上下水道に関してはそれらほどでもないが、水道管から綺麗な水が出て、風呂やトイレ等のことですら氏真は心底驚くことばかりで有った。
なにせ、捻れば湯が出る、なんて給湯器等、今の今まで見たことがなかったのだから。
氏真はあくまでも戦国時代の一武将である。
そう、彼の根本的な勘違いしてた箇所でもあり、それに対する知識もそれを使う度胸が無く、氏真からしたら「自分風情には使う権限がない」と勘違いしてたこと。
そう、氏真は「文明の利器」に関しての知識が、殆どなかったのだ。
まあ、誤解無く言えば、本当に最低限の電気についての「知識」は教えられているのだが。
それこそ、スイッチを切ったら電気が切れてスイッチを入れたら明るくなる。
コンセントからは家電なり何なりのエネルギーが流れていて、そのために触ったら危ない、ぐらいの幼稚園児並の知識しか聞かされていなかった。
…おかげで氏真からしたら、蝋燭の油が進化したのだな、と言う認識でしかなかったと言う。
さてそれから、氏真との致命的な齟齬が発覚したこの件で。
正直コレは睦月の失態なのだぞ…と前置きして、睦月は頭を両手で抱えながら話し出した。
「氏真さんには資料整理する時に電話やパソコンとかにも聞かれたけど、睦月は『知り合い相手に通信する機械』『物を書いたりするちょっとした調べものをする装置』としか話をして無いのだよ…だって、司令官用のロックを解錠できる電子パスワード睦月は知らないから、艦娘用の一般用のコードしか知らなくて、ブラックボックスの部分は開けられなくてワープロとしか使えないし……おかげで、大本営に直線アクセス出来るラインやこの鎮守府のコネクションを啓示出来る算段なんて付かないし……本当、ごめんなさい!!」
こう言って、心底反省した表情で睦月は氏真に頭を下げる。
…そうなのだ、この金策騒ぎについての根本的な問題点は、氏真に知識がないこと、の一点。
氏真にも勿論非があるが、知ってて教えなかった睦月にも非がある。
艦娘達が非現実的な存在であるがゆえに、仲間内での連絡に使う通信や索敵用の電探も、氏真から見たら一種の艦娘特有な超能力と勘違いしてたことも拍車をかけていた。
そんな感じで、続々と氏真の誤解が解けていくなか、金剛はポツリと漏らす。
私、元秘書官だから、提督用のパスワードコード知ってマース!と。
そう、そして、現在のパラオにおいて唯一。
睦月の懸念事項かつどうしようもなかった最後の関門を、金剛の復帰と言う形で、偶然ながらもようやっと突破できたのである。
そんなことを聞かされた氏真は……
「ぶ、文明の利器って凄ええええええ!」
と、何処かの中国製タコ親父のみたいな台詞を吐きながら、嬉しそうに絶叫するのである。
そう、何故ならば、コレで…氏真が打てる「手筋」が大幅に増える。
この鎮守府内の建て直しに舵を切るにしろ、艦娘達と逃げ出す為の算段にしろ。
ようやっと、ようやっと次の手を打つ手段が見え始めたのだから氏真もテンションが上がってやむ無しでもあった。
…と言うか、そもそも飛車角落ちどころか、実質桂馬や香車一枚の手筋で金剛一人救出してた氏真の剣がそもそもワケわからんのではあったが。
「…なんだか、新しいイタズラ思い付いた時の私と同じ顔してますね、父さん」
青い娘からのその時の氏真の評価は、大方、こんな感じだったとか。