無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~ 作:たんぺい
…ああ、アイツは、今までの深海棲艦とは違う。
氏真は、その刀を静かに深海棲艦の姫、戦艦棲姫に向けて一人ごちる。
そして、内心こう続ける。
…今までの深海棲艦からは、まるで舞台装置じみた意思の無さを感じていたが。
…コイツはまるでそれとは違う、あんなハリボテのような奴らではない。
…怨念をそのまま力に変えてる類いの敵か、正負問わずとも情を力にするのは三河に良くいたな。
…そして、その手のヤツこそ、面倒くさい。
…加古ちゃんの手前でああ啖呵を切ったが、僕はアレに真正面から勝てるかね…
そんな感じで、内心分析しながら氏真はぼやいていたが、そんなおりいきなり赤い閃光が氏真に向かい飛んできた。
慌てて身を翻すと、氏真の着物を掠めながら砲撃の衝撃波と水しぶきが彼を襲う。
その正体は、戦艦棲姫の随伴するかの様な超巨大な化外の様な武装…いわば「深海棲艦の艤装」から、一気呵成に放たれた主砲の砲撃であった。
その一撃を喰らいかけ、チッと舌打ちした氏真は、自嘲するかの様につぶやいた。
「…出来るかどうかじゃない、勝つしかない!」
戦艦棲姫は、そんな氏真の言葉を聞いてか聞かずかは知らないが。
妖しく、美しく、彼に向けて笑みを浮かべていた。
「でりゃぁぁああ!」
そしてそれを合図に氏真が珍しく声をあげ、氏真がもっているその刀を戦艦棲姫に向けて降り下ろす。
さっき殺されかけたお返しとばかりに、その一撃を以てその深海棲艦を海ごといつもの様に割ろうとする。
ゴウン!という、金属が抉れる様な風切り音をあげて、その「走る剣撃」は深海の姫を切り裂こうと飛んでいく。
だが、こんどばかりは、いつもの雑魚深海棲艦とは様子がまるで異なっていた。
その左手を戦艦棲姫は半身になって平手で前を翳すと、その見えざる斬撃波に真っ向立ちはだかるかの様にそれを文字通り「受けて立つ」。
その強烈な斬撃波衝撃波を食らった瞬間…戦艦棲姫は、その一撃を受けて後方に吹き飛ばされながら顔をしかめるが、しかしその一撃を受けてなお、まだまだ余力を残した態度で「受けきった」。
それこそ、氏真の必殺の一撃たる「一の太刀」を受けた際、その左手から薄皮こそめくれ青白い血をたらりと流し、戦艦棲姫は全くの無傷とはいかなかったが…
まるで今までの深海棲艦とは違い、戦艦棲姫は堪えていない様だった。
そして、フフフ…と言う、妖しく笑みが夜の海に響いたので有った…
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…くそっ!アタシだって、重巡洋艦なのに…!
氏真と戦艦棲姫の一騎打ち。
それを横から見ているしかない加古は、上にある様な気持ちで歯がゆい思いをしていた。
加古は、それこそ今すぐにでも氏真に加勢してあげたかった。
ただでさえ加古は経験が浅い上に、装備もほとんど強奪後の輸送用と言う非戦闘用装備とは言え、だ。
何故ならば、氏真はそれこそ無関係な人間、一種のボランティア精神で艦娘に力を貸してくれているのに過ぎないと加古は確信しているのだから。
はっきり言えば、氏真があんな命がけで、しかもほとんど生身であんな化け物を相手にする理由なんて無いのだ。
しかし…今、加古がこの場にノコノコ突っ込んで行くのは、流石に死ぬ為にむざむざ行くのと大して変わり無い。
氏真が引き付けてくれているとは言え、それでも飛んでくる砲弾の流れ弾や、時に自分に狙い飛んでくる砲弾をかわすのに精一杯だ。
不用意に接近したら、下手したら氏真にぶった切られる危険すら有った。
それでも、それでも加古は氏真に何かしてあげたかった。
このままだと、氏真は勝てないと、加古はわかっていたから。
それは艦娘として、「兵器」としての直感であり、「少女」としての観察眼からで有った。
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……っ!硬すぎる!
氏真は、内心で戦艦棲姫の防御力に舌を巻いていた。
氏真が戦艦棲姫に撃ち込む度に、かの姫は涼しい顔で掌でガードする。
或いはその両脇に侍らせた化外どもを盾にして、或いは受けきることは諦めて体全体で耐えきって。
氏真の斬撃をまるで意に介していなかった。
そうして、そのまま氏真に隙ができたと見るや否や、その化外どもから放たれる主砲を使い彼に向けて攻撃を仕掛けていく。
それを何とか身を翻してはかわす、と言うのが今までの戦いで「出来上がってしまった」流れで有った。
そして、その流れは…あと十分、否、五分もせず崩れるだろうとも予測が付くと言うおまけ付きで有った。
何故ならば、理由は単純である。
「絶対防御」の戦艦棲姫と「絶対回避」の今川氏真、まるで決着が着かない様にしか見えない。
だが、かわすことは受けることよりよほど体力面でも精神面でも消耗が大きい、いつかは必ずその攻撃は当たらざるを得ないだろう。
そして氏真は、あくまでも生身でしかない。一撃貰えば死ぬしかないのだから、ゴールは見えてしまっていた。
そして、とうとう…
「シズメェ!ハムシガァ!」
「しまっ……ぐぁ!!」
砲にばかり気を取られた氏真に向かい、戦艦棲姫の拳が氏真の腹を捉える。
それこそ氏真は超人的な武人であるが故に、反射的に受け身こそ取れ、普通なら腹に風穴が空いておかしくない一撃を「跳んで」威力を逸らしたものの。
それでも氏真は体がバラバラになりそうなダメージを受けて、海面に投げ出された。
そして…そんな氏真に向かい、戦艦棲姫の化外どもの砲が彼に向けてチャキッと言った音と共に向けられる。
戦艦棲姫は、ついに「詰めろ」をかけに、勝負に出たのだ。
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…ああ、僕はまた勝てなかった
氏真は、朦朧とする意識の中、思う。
…加古ちゃんの叫び声も聞こえる、ああ、そうかゴメンね、僕なんかに期待させちゃって
…ゴメンね、みんな、僕はまた何も成せなかった。女の子を泣かせる、今川の出来損ないだ。
…ああ、でも、なんだか懐かしい感覚だ。まるで塚原先生の地獄の特訓の、殺されかけた後みたいだ。
心の中で、氏真がさまざまな人に謝罪する中で、彼の心に最後に浮かんだのは剣の師の姿である。
なんだかおかしくなり、そのまま、氏真は走馬灯の様に塚原卜伝との生前の記憶を思い出していく。
…塚原先生、か、そう言えば、こんなこと言ってたな。
…「剣を振るう内はまだ二流、剣と化して漸く一流」って、そうしてこそ「一の太刀」だって。
…まだ、わからない。未だにその領域には届かないかも知れない。
そんな言葉を思い出していくうちに、氏真の頭が急速に冷えていく。
正に「死」が迫ると言う精神的な理由と、海に投げ出されたと言う物理的な理由からではあるが。
その二つの要素が、「軽い」氏真をクールに、そして…ドクンドクンと妙に高鳴る心音が、彼のハートを熱くしていく。
…コレ、なのか?
…妙に、心と右手が熱い。でも、気持ち悪いぐらい頭が冴えている。
…まるで、自分が一つの凶器に成った気分だ。
…おかしい、おかしいな、今の僕は死にかけのハズなのに!
ニヤリ、と氏真は口元を吊り上げる、その刹那。
戦艦棲姫が砲を撃とうとした瞬間、その出来事は起きた。
一陣の風が舞い、戦艦棲姫は何故か急に視界がずれる。
アレ…?と思った時は、もう既に遅かった。
否、もしかしたら、戦艦棲姫は正しい認識さえできてはいなかったのかも知れない。
何故ならば、彼女は既に、氏真に「斬られていた」のだから。
そうして、間抜けな表情のまま、ごとりと戦艦棲姫の首が落とされる。
まるで、「斬る」と言う過程すらぶっ飛ばして「斬殺した」と言う結果だけを残すかのような、残酷でおぞましき一閃だった。
これぞまさしく、「一の太刀」、初太刀で全てを滅する塚原の望んだ理想の剣で有った。
「漸く、漸く本当の『一の太刀』を手にいれて、あなたの入り口に立った気がします、塚原先生…」
氏真は、感慨無量と言う表情のまま、そう呟くとそのまま海上にばたんと倒れる。
加古は慌てて、力尽きた氏真が水面に沈む前に、回収に向かい氏真をドラム缶の上にのせたので有った…。