無能転生 ~提督に、『無能』がなったようです~   作:たんぺい

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プロローグ

…概ね、幸せだった。

男は、己の半生を振り返る。

 

裕福な家に生まれた。

優しい部下を持った。

才色兼備の嫁をめとった。

出世したダチの脛をかじって老後を過ごせた。

親とそのツテで、文武を人並み以上に修められた。

…そして、その当の自分は、家を没落させた。

 

まあ、自分の責任だけで家を没落させた訳ではない。

アレは「詰んでた」。

アレを再興させれたら、世が世なら自分は天下人だっただろう。

そして、あの時代、確かにあの詰んだ家を持ち直せるだけの人間は…

自分の記憶した限りでも両の指で数えられる数だが、確かに居たのだ。

 

そう、自分は悪ではない。

だが、どうしようもなく、必要な力が足りなかった。

持たざる者、「無能」であった。

 

 

「…ということは、我も知ってる事だ」

 

頭を抱えながら、異形の男が彼に言う。

 

異形の男。

その肌は赤銅色をしている。

唐由来の豪華な衣を羽織って居る。

そして、関羽も裸足で逃げ出す長い髭。

勺に烏帽子と、「彼」が生きた時代の更に数百年前の貴族の様な装飾品を身に纏う。

そして、異形の男を鬼やら天狗やらが取り囲む。

…そう、その異形の男は「閻魔大王」、倭国の死の守護神である。

 

閻魔大王は、死した人の罪を裁く為の存在だ。

生きた時代の罪を灌ぐ為、あらゆる者を等しく裁き、次なる輪廻の道を説く。

閻魔大王は、正しく公正な裁判官だと思えば良い。

それが故に、今、その閻魔大王は困った事になったのだ。

 

その「彼」―――閻魔に裁かれている男は、確かに天国に行く器ではなかった。

少なくとも、死して贖罪すべき罪はあった。

だが、どうしたら良い罰になるのか、そもそも罰を与えるべきなのか。

閻魔大王は、判断がつかなかったのだ。

 

 

ここで、例え話をする。

 

一人の男が居る。

親を無くし、職を誰かの策略で理不尽に奪われた。

更に貯金も尽きた…その男がパン屋からパンを盗んだ、としよう。

パン屋に何の咎は無いのだから、当然、男は窃盗の罰を受けるべきだ。

だが、その男にどんな罰を裁判官は与えるべきなのか?

 

「生きるために仕方なく犯罪に手を染めた」、それが前提条件なら、執行猶予を付けるのがまあ普通だ。

罰金を命じたとしても、パン泥棒が払える目処を付けるまで猶予を設けるはずだ。

だが、困った事に、今回の場合「即決で罪を裁く必要がある」「執行猶予という甘い判断は出来ない」という縛りが付くとしたら…

どんな咎をパン泥棒に与えるべきなのだ?

まさか、どうしようもない事の為に、牢屋にぶちこむ何て真似は出来ないというのにだ。

…閻魔大王は、実際にこんな感じで頭を悩まして居たのだ。

 

 

そんな折、一人の鬼が閻魔大王に進言する。

…かの者を咎を灌ぐ術が無いのなら、徳を積ませたら良い。と。

 

天狗も同調しこう言った。

…為れば、救いの手を求める世界に送るべきだ。と。

 

なるほど、と閻魔大王は笑いながら告げる。

そして、厳かにこう言った。

 

 

「貴様を、今から『救いの担い手』に命ずる…『滅び』から、乙女達を救え!それが、貴様の今からの使命だ!」

 

 

そうして、閻魔大王の一声を受けた瞬間に、地獄の扉が開く。

その地獄の門の中から現れた黒い渦に、かの男は呑み込まれていった…

 

 

 

―――――――――

 

一方、時も世界も違う「どこかで」。

 

 

その鎮守府…正確には泊地、本土を離れた、海軍直轄の日本軍駐屯地、というべき地の話をする。

 

その泊地の指揮官は、有り体に言えば無能だった。

 

部下を大事にしない訳ではない。

上司をないがしろにする訳ではない。

知識も勇気もあった。

ただ、ひたすらに戦況と戦術の読めない、猪武者であった。

兵糧や補給を軽視し、さらに言えば突撃すら能がなかった。

平たく言えば、指揮の才能が0だった。

 

そして、数多の艦娘と共に、最期はバンザイアタックで幾つかの敵艦を道連れに、海の藻屑と化したという。

 

 

なんでそんな無能を指揮官に据えたかというと、陸軍中将だかの甥であり、仕官学校を出て直ぐに適当な役職をこなさせて箔を付ける為だったとか、政治的な話が有るわけだが、それはそうと。

兎に角、その泊地の戦力は、ボロボロになった。

数名の生き残りが「野良」状態で泊地を彷徨いており、しかし深海棲艦は未だ生き残りが山ほど居る。

 

海軍からの、その泊地の扱いは「放棄」の一択だった。

なにせ、取り返すにも復興させるにも、予算も人手も足りなすぎる。

泊地と信頼を失うことは海軍にとっても痛かったが、しかし得る物も何一つ無い。

 

 

そんな「詰んだ」泊地に、その男は気が付くと降り立っていた…


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