トラウマの原因が覆されたら、その世界はどうなるか。 作:袖野 霧亜
「由比ヶ浜さん、今日は家に帰れないと思うことね」
「雪ノ下さん、お願いだから言い方をもう少し考えてくれないかな」
由比ヶ浜の誕生日当日の朝。ホームルームも終わった我らが2-Eに突如として現れた雪ノ下雪乃は、あろうことか大人のお持ち帰り宣言をかましやがった。ナイスツッコミだぞ葉山。お前がいなかったら大惨事だったぞ。
ていうか、アイツ今雪ノ下のこと名字で呼んでたな。場所で気でも使ってんのかな? 何のかは知らんけど。
「えー……っと、私、どこに連れていかれるのかな……?」
「ちょ、雪ノ下さん! 結衣にナニしようとしてんだし!」
「あら、何故そんなに取り乱しているのかしら? ただのお誘いじゃない」
「お、お誘い……⁉」
あらー、あんなにハデハデな……誰だっけ、まぁいいか。金髪縦ロールがめちゃくちゃ取り乱しちゃってるじゃん。見た目完全にビッチっぽいのに。
「は、隼人! まさか、隼人も雪ノ下さんのそれに……!」
「大丈夫、優美子、誤解しないでほしいんだけど、ただの誕生日パーティーの誘いだからな? 結衣、今日誕生日だろ?」
「えっ、う、うん。あー、なるほどね? ビックリしちゃったよ……ホントに」
「……それならそうと早く言うし! も、もちろん? あーしはわかってたけどね! もちろん!」
そんな顔面真っ赤にして言われても説得力が皆無なんだよなぁ。なにあの子、もしかしてとんでもなく清純派ギャルだったの? ギャップ萌えが過ぎるんじゃないのか?
「それで、どうかしら由比ヶ浜さん。もし先約があるなら別の日にセッティングするけど」
「あー、えっと……」
「いいよ、結衣、行ってきな」
「え……、いいの?」
「いいから、あーしらとは明日にでも祝ったげるから。今日は雪ノ下さん達と楽しんできな」
へー、意外といい人だな。人って見かけによらないってこういうことを言うんだろう。好感度高いですね、これは。なんで実況者みたいな立ち位置になってんだ、俺は。
「礼を言うわ、三浦さん。この借りは必ず返すわ」
「雪ノ下さんが言うとなんか違う意味に聞こえるんだけど……」
「気のせいよ。じゃあ、由比ヶ浜さん。また放課後に奉仕部でね」
「うん、またねゆきのん」
長い黒髪を翻し、教室から出ていこうとする雪ノ下……だったが、なぜか急旋回して俺の席にスタスタと歩いてきた。
何、どうしたの、なんかあった?
「比企谷君、おはよう」
「お、おう、おはよう」
「……じゃあ、また」
「おう、また部室でな」
それだけのやりとりをするためにわざわざ来たのかコイツ。去り際に「よし、噛まずに話せた」って小さい声で呟きながらガッツポーズしてるのが見えたけど、知らないふりしといてあげよう。いったら絶対壊れるだろうしな。
「あれ、雪ノ下さんいたの?」
「おう、折本か。どこ行ってたんだ?」
「数学の教科書持ってくるの忘れたから刻に借りてきたんだ~」
「は? 忘れるなんて概念あるのか? 置き勉してないのか?」
「比企谷には関係ないかもしれないけど、今日までの宿題あったかんね?」
「ほーん、そうなんか」
「興味なさすぎでウケる!」
高校受験までは頑張った数学だが、学年が上に行くたびに訳が分からなくなり、ついには刻にお手上げだと言われてしまう始末になった。みたか、これが俺の実力だ、エッヘン。
「じゃあ今日の宿題は」
「当然やってない」
「だよね、ウケる」
緩い会話を朝のHRが始まるまで続けた。
そして、午前の授業をすべて終わらせた後、気付いてしまった。
「……由比ヶ浜の誕プレが、無い」
誕プレはちゃんと八幡の家にあります(公式からのネタバレ)