トラウマの原因が覆されたら、その世界はどうなるか。   作:袖野 霧亜

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川崎沙希 ~⑤~

「これは、どういう事かしら?」

 

 集合場所、ホテルの真下。

 俺こと比企谷八幡は由比ヶ浜の衣装替えを終えた雪ノ下の前で正座をしていた。

 そして、その雪ノ下は俺の目の前で今まさに氷結系高位魔法か何かを放てるんじゃないか、くらいには冷たい空気を放ってる。

 いや、よく見たら雪ノ下の後ろで実際吹雪いてない? ここだけ温度下がってない?

 

「いや違うんですよ。俺の説明聞いてくれませんか?」

「いいわ、私が、比企谷君に、エスコートしてもらえる理由を、懇切丁寧に三行で説明しなさい」

「材木座が家を出る時点で草履の鼻緒が千切れてるのに気づいたんですよ。替えの物は無いのか聞いたらちょうど外向けに履けるものがそれしかなく、仕方ないからローファーで来たとか言ってコードチェック以前の問題でなんかもうすみませんでした」

「ごめんなさい。比企谷君は何も悪くないからそんな土下座なんてしないで頂戴。ホントに、お願いだから」

 

 怖いんだもん。なんだよ今の威圧感。そこらの魔王とか目じゃないんだけど。

 

「ほ、ほらヒッキー。ゆきのんもこう言ってるしさ、ね? だから土下座するのやめよ? なんかアタシたちが悪者みたいに見えるからさ」

「ユキノシタ、モウ、オコッテナイ?」

「なんでカタコトだし! 大丈夫だって、ね、ゆきのん!」

「そうよ比企谷君。貴方に頭をそこまで下げられると私の頭が地面に減り込むわよ」

「なんで二人ともそんなに頭を下にしたがるんだし! もー!」

 

 由比ヶ浜に無理矢理腕を引っ張られ立たされる。目の前に映った雪ノ下が怒ってないのを確認してようやく一息ついて元のテンションに戻すことに成功した。

 絶対、雪ノ下を怒らせないようにしようと自戒して。

 

「では行きましょう。私の意志が砕け散る前に」

「そうだね。えっと、エレベーター……」

「あっちよ。ついてきて」

 

 そう言うとコツコツとヒールの音を響かせながら歩いていく。

 それを追うように俺達も動き始める。

 

「つーか、なんかあれだな。様になってるよな、雪ノ下」

「だね。歩き姿とかチョーきれーだし」

「この歳であそこまでなるもんかねぇ。よっぽどいいところの育ちなんだろうな」

「ヒッキーってゆきのんと同じ小学校だったんでしょ? 何か知ってること無いの?」

「無いな。実際、高二になるまで話したこともねぇし」

「ふーん。なんか以外。もう少し接点があると思ったのに」

「無いんだな、これが」

 

 そんな風に由比ヶ浜とひそひそ話していると前にいる雪ノ下がエレベーターの前に止まって俺達に聞こえるくらいの小さい声で話かけてくる。

 

「いい、二人とも。ここから先は誰が来てもそちらを見ない。エレベーターの中では扉の方を向いて、少し上を見上げていて。それと、あまり話をしないようにね」

「う、うん! わかった!」

 

 なんかよくわからないが、そういうマナーとかあるんだろうか。普段だったら横向きだったりスマホ片手に下を向いたりしてるから不思議な感覚に陥りそうだ。

 

「大丈夫よ、どうせすぐに慣れるわ」

「なんでだ?」

「これ、社会人のマナーだもの」

 

 さらっと言ってるけどお前も学生だろうよ。まぁ、家の都合だろうけどなぁ。高校生でも企業主催のパーティーみたいな場所に連れて行かれるんだろう。

 

「さ、行くわよ」

 

 いつの間にか来ていたのか、数人を乗せていたエレベーターの扉が開く。

 出る人を優先に、全員出たのを確認して乗り込む。ちょうど待っていたのは俺達三人だけだったからゆったりと乗れる。

 エレベーターに乗った後、特にどの階にも止まることなく着いた。

 もし他の人がいたら何かおかしなところがないかソワソワしてしまうから、正直助かる。

 店の近くにまで来たところで雪ノ下は足を止め深く、それはもうとても深く深呼吸をし始めた。

 

「おい雪ノ下。さすがにそれは不審者に見えるぞ」

「えぇ、わかっているわ。でも、今、この瞬間だけは、勘弁してもらえないかしら」

「お、おう。わかった」

 

 怖い。雪ノ下の目つきが極限にまで追い詰められた肉食獣のそれだ。

 さすがに人の目に留まるところでやってたら店の中に入ることができなくなる。そうなると……あー、名前は忘れたけど、とにかく件の女生徒の情報を集めることが難しくなる。

 

「ふぅ、もう大丈夫よ。行きましょう……。じゃあ比企谷君、腕を腰の辺りまで上げて、そうね、よく偉ぶってる人が偉そうにしている真似をしてもらっていいかしら」

「ん、んん? こうか?」

「そう。そのまま手を少し前に出して……それで軽く握りこぶしを作ったら男性が女性二人をエスコートするときの立ち方よ。では由比ヶ浜さん。比企谷君の腕に背中側から手を置いて。ちょうど肘と手首の真ん中辺りよ」

「え、っと。こう?」

「えぇ。それで問題ないわ。比企谷君、あとは任せるわ」

「は、何がだ?」

「あとは貴方が私達をお店まで連れて行くの。しっかり前を見て、変な挙動をしないようにね。大丈夫、自信満々に、とまでには言わないけれど、このお店に入っても何ら問題ないですと言わんばかりの表情をしていればいいわ」

「……真顔でいいか」

「もちろん」

「そうかい。んじゃ、行くぞ」

 

 ゆっくりと歩き始め、店の入り口、開け放たれた重そうな木製のドアをくぐるとすぐさまギャルソンの男性が脇にやってきて、すっと頭を下げた。

 何かを聞くわけでもなく、スッと腕で指し示された方、一面ガラス張りの窓の前、その中でも端の方にあるバーカウンターに俺達を導く。

 席の案内を終えた男性はまた軽く頭を下げ、入り口に戻っていく。

 それをほどほどに見届けた俺達は固定された少し背の高い丸い椅子に座る。そんな中、俺は他の人から見たらわからない程度に目線をきょろきょろと泳がせる。

 さすがにこんな場所なら高校生が働いてたらわかるだろうと思っての行動だったんだが、どうやら空振りのようだ。さすがにやりすぎると怪しまれそうだし、やめておこう。

 そう思って目線を前にやるとキュッキュッとコップを拭いていたバーテンダーが手を止めてじっとこちらを見つめている。あら? 俺の顔に何か付いてるのかしら。そうなら恥ずかしいから早めに落としたいな。

 

「………………」

「………………」

 

 え、ホントになんで俺の事そんなにガン見してくるの? 目つきが鋭すぎて怖いんだけど。

 そんな俺に気付いたのか、雪ノ下にはぁとため息をつかれる。いや、仕方なくない? 今何の時間かわからないんだもん。

 

「初めまして、川崎沙希さん。奇遇ね、こんなところで」

「……雪ノ下と由比ヶ浜、それに比企谷か」

「…………は?」

「いつまで経っても話しかけないからまさかとは思ったけど、貴方クラスの人の顔を覚えて無かったのかしら」

「え、ちょっと待て。じゃあこいつが」

「えぇ、この人が件の子よ」

 

 




APEXが楽しいです(((((((殴

どうも、盛大に投稿をさぼっていた霧亜です。
リアルが少し忙しくなったりゲームの楽しさを思い出してずっとやったりごちゃごちゃしてたらこんなことになりました。ごめんなさい。謝れて偉いねわて様! 

というわけであと二話で川崎沙希編は終了です。また次回もキリンになって待っててくださいねっ。

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