トラウマの原因が覆されたら、その世界はどうなるか。   作:袖野 霧亜

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川崎沙希 ~③~

 エンジェル・ラダー天使の(きざはし)

 ホテル・ロイヤルオークラの中にあるそのバーに川崎が働いているだろうと最後の望みに賭け、集合場所であるホテルの前で俺は立っていた。

 慣れない親父のジャケットを身にまとい、袖に隠れた腕時計を覗かせ時刻の確認をする。

 現在、午後八時二十分を刺す頃。

 普段なら家でゴロゴロしている時間だが、今日ばかりはそういうわけにはいかなかった。

 今回の依頼と小町の同級生の大志からのお悩み相談を一気に解決するためにあまりにも少なすぎる情報を基に奉仕部プラスαで探し、紆余曲折の末にようやく見つけたのがこの店だ。

 途中でどこからか現れた材木座が参戦してきてあれこれ言いくるめられメイド喫茶に行くことになるという余計な道草食わされたが、メイド体験でメイド姿の折本が見れたからオールオッケーになるな。

 ついでに、由比ヶ浜がシフト表に川崎の名前が無いことを確認してある。つまりただメイド喫茶に行っただけという遠回りをしたのだった。

 もちろん、材木座はあとで三木に絞られてた。

 

「ゴメン、待った?」

「戸塚か。いや、今来たところだ」

 

 一番最初に集合場所に来たのは戸塚だった。

 スポーティーな印象を与える装いに、ニット帽を浅く被り首にはヘッドホンといった感じだ。

 ……うん、似合ってるな。

 

「あ、あまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいから」

「お、おう、悪い」

 

 ギュッとニット帽をつかんで顔を隠すようにする。その姿にもグッとくるものが……いや違うんです戸塚は男だから。そこを間違えたらいけません。いやそれ以前に折本にしばかれるから。

 

「むっ? そこに居るのは八幡と戸塚殿ではないか」

「おぉ、来たか材木、座?」

「材木座くん……その恰好……」

「ん? 何かおかしなところでもるか?」

 

 おかしくはない。ただ、見慣れてないだけだ。

 

「お前、なんで和服なんだ?」

「む、そこに気づくとはさすがだな八幡」

「いや、だれでも気づくだろ。どしたその恰好」

「いやなに、雪ノ下嬢が大人しめの服を着てまいれと言っておったであろう? だから我なりの身なりをしてきたのだが……どうだろうか」

「おや、別に普通に似合ってるとしか言えねぇけど……バーで和服っていいのか?」

 

 俺のイメージだと、新成人が調子に乗って来ちゃいました~ってくらいのものだと思うんだが。

 

「ふむ、そうか? しかし我はもうこれくらいしか持っていないからな……また美咲殿に絞られる……」

「まぁもう諦めろ。もしくはその恰好では入れることを期待しとけ」

「しかし、初めてきたがこんなにも立派なところであるなら、それなりに厳しいであろうな」

「……それは確かに言えてるな」

 

 おおよそ一高校生が入らないような雰囲気醸し出してるもんな。正直ちゃんと身なりを整えてきた――正確には小町に見てもらったんだが――けど、それでも門前払いをされそうな感じがある。

 正直もう帰りたい。もう依頼とか置いといて帰ろうぜ? あ、ダメ? そうですか……。

 

「……あ、ヒッキーたちだ! お待たせー!」

「おう由比ヶ浜か。そうだな、すんげぇ待ったわ」

「そこは嘘でも今来たところだとか言うところじゃないの!?」

「そんな気遣いを俺に期待するな、諦めろ、無茶を言うな」

「もー、かおりんにもそんな感じなの? 普通だったら好感度下がりそうなんだけど」

「なめるな、アイツは普通じゃない」

「自分の彼女に対して酷くない!? いいのそんなんで!」

 

 しょうがないだろ。実際、学校の共通認識でカス野郎のレッテル貼ってた中学時代の俺に対してあれこれ調べ上げた挙句、俺の嘘告白まで受け入れて……あれ? 俺と折本の出会い方からして普通じゃなくない? ナニコレなんていうご都合主義ラノベ?

 

「もう、ダメだよ八幡。そんな意地悪しちゃ」

「そうだぞ八幡よ。女子(おなご)には優しく接しなくては」

「そうだな戸塚、俺が悪かった」

「あれ、八幡? 我には何もなし?」

「つーか由比ヶ浜、その恰好どうした」

「あれ八幡、我のこと無視?」

「え? 何かおかしい?」

「おかしいところしかないだろ。なんで友達と遊びに行く服装なんだよ」

 

 うなだれる材木座を放置し、由比ヶ浜の服装の確認をする。端的にいうと裾の短いジャケットに短パンを合わせたものだった。

 明らかに雪ノ下が指定した大人しめ、というものとは明らかかけ離れた格好だ。

 

「だって大人っぽい格好で来てってゆきのん言ってなかった?」

「根本的に間違ってんじゃねぇか。雪ノ下が言ってたのは大人しいな? 大人っぽいと大人しいは違うぞ」

「え、ウソッ」

「いやまぁ、俺も知らんけど。それ言ったらたぶん戸塚もダメそうだしな」

「え、わ、彩ちゃんかわいい!」

「もうっ由比ヶ浜さん。かわいいは誉め言葉じゃないんだからね」

「ごめんごめん、怒らいないで彩ちゃん。ていうか、そっか。だからヒッキーそんなにかっちりした格好だったんだ」

「まぁな。ホントだったら俺も戸塚みたいに完全にラフな格好で来るつもりだったんだが……」

 

 出るときに小町に見つかってお着替えをさせられたんだよなぁ。ちなみにこのジャケットは親父のヤツ。意外と着れるもんなんだな。こうしてみると、自分て成長した気持ちになれるよな。知らんけど。

 

「最初声かけるときホントにヒッキーかなーって確認しちゃったもん。全然雰囲気違ったし」

「由比ヶ浜さんもそう思ったよね。今の八幡、すごくかっこいいよ」

「どうでもいいけど、その言い方だと普段の俺残念に聞こえるな」

「いやいや八幡よ、さすがにそれはないだろう。お主、学内ではトップクラスに人気があるからな?」

「は? マジ? 初耳なんだが」

「はっはっは、そう照れることはないぞ八幡。あれだけキャーキャー言われておればさすがに……え、マジで気づいてないのか?」

「おう、まったく知らんかった」

 

 そうか、そんな噂が立ってたのか。普段から常に折本たちと喋ってるから、他の声とか視線を

気にしたことなかったからな。

 おや? どうして皆してため息ついたり頭痛が痛いみたいなポーズとったりしてるのかな?

 

「ま、まぁいい。一先ずそれは置いておこう。そして後で美咲殿に教育を施してもらおう」

「おい待て。後半のはいらんだろ」

「ううん、八幡。絶対してもらったほうがいいよ」

「さすがにヤバ過ぎるよヒッキー……」

 

 解せぬ。なぜここまで言われなくちゃならんのだ。もしかしてそんなに酷いのか? え、マジ? 三木にお願いしておこうかな。

 

「ごめんなさい、遅れたかしら?」

 

 暗がりから我らが部長の声が聞こえた。

 そちらを見ると、白いサマードレスに黒いレギンスを履いた雪ノ下の姿があった。

 

「わ、ゆきのんかわいい……!」

「ありがとう由比ヶ浜さん。メンバーはこれでいいのかしら?」

「あぁ、さすがにメンバーが多すぎると面倒だろ?」

「そうね。……さて」

 

 雪ノ下は一歩距離を置き、俺達をじろじろと見始めてきた。

 なにこれ、何を見られてるの?

 しばらくして何かが終わったのか、ふぅと一つ息をついて、

 

「合格」

 

 俺に指をさし、

 

「不合格」

 

 由比ヶ浜に指をさし、

 

「不合格」

 

 戸塚に指をさし、

 

「貴方は誰かしら? 今回の依頼に関わりがある人かしら」

 

 最後に材木座が指をさされた。

 

「あぶねぇ……セーフだったか」

「えー、これじゃダメなの?」

「八幡の予想通りだったね」

「ねぇ、我だけおかしくなかった?」

「冗談よ財津君。けれどごめんなさい。さすがにその恰好の人がバーにいるのは違和感を覚えるわ。ほかの場所なら何とかなったかもしれないけれど……」

 

 確かにそうだな。アニメでたまにバーで荒れてるおっさんのシーンとか観るけど、そういうところでこんな格好のやつとか観たことないわ。あってもスナックとかだな。和服繋がりだしいけるだろ、たぶん。

 

「むぅ、では我もダメそうだな。では八幡と雪ノ下嬢のみで行ってまいるか?」

「それはダメよ。折本さんに悪いし、二人きりだと壊れるわ。私が」

「わざわざ倒置法を使ってまで誇るなよ。ていうかいい加減慣れてくれない?」

「無理よ。今この状態でギリギリなのよ」

 

 ダメかー。雪ノ下も三木の教育受けたほうがいい気がしてきたな。今度ついでにお願いしておくか。

 

「仕方ないわ、財津君、貴方もダメもとで連れて行くわ。それと、財津君が門前払いされた場合備えて由比ヶ浜さんには私の家にあるドレスに着替えてから同行してもらうわ。戸塚君は申し訳ないけれど、さすがに男性用のは持っていないの。貴方なら女装しても行けると思うけれど……」

「ううん、さすがにやめておくよ」

「ごめんなさい。今度は貴方の分の衣装を揃えて置いておくわ」

「そこまでしなくていいよ!?」

 

 ふふっと笑う雪ノ下と慌てる戸塚の図。なんだろうな、とても絵になってる。

 

「なぁ、八幡。我、雪ノ下嬢にちゃんと名前覚えられてないんだろうか?」

「それはない。あいつは学校の生徒全員のクラスと名前把握してるからな。ただのあだ名だろ」

「そういうものであるか……」

 

 うーんと腕を組んで悩んでる材木座は置いておいて、話を進めるか。由比ヶ浜を着替えさせに行くみたいだしな。

 

「そしたらせっかく戸塚に来てもらったし、一緒に飯食ってるわ。その間に由比ヶ浜を着替えさせてきてくれ」

「わかったわ。では行きましょう由比ヶ浜さん」

「え、うん。でもこんな時間にお邪魔してもいいのかな……」

「大丈夫よ。私、一人暮らししてるから」

「何者ゆきのん!?」

 

 そんな会話を残して、雪ノ下達は暗闇に消えていった。なんかこんなナレーション残すと不穏に聞こえるな。

 

「して、何を食す?」

 

 材木座がポンと腹を叩いて聞いてくる。

 少し悩んだが、答えは一つだった。

 

「ラーメンだな」

「賛成」

「うむ、では行くとしよう。ここら辺にいいラーメン屋があるぞ」

「お前、三木に隠れてラーメン食ってるのか」

「……絶対内緒だぞ」

 

 そう言って材木座はシーッと指を立てる。

 その姿がやけに似合っていたため、三木にチクることを心に決めた。




 今回は意外と長めだったね! ビックリしたよ!

 というわけで霧亜さんでした! 次回も首を長くして待っててね! ちょっと執筆スピード戻ってきたからさ! 

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