トラウマの原因が覆されたら、その世界はどうなるか。 作:袖野 霧亜
結論から言って作戦は成功した。あの子に向いていた悪意がほとんど俺に向けることが出来た。そう、ほとんどだ。残りはまたイジメをしていたようだが、驚くことに返り討ちにあっていた。それからはあの子への悪意は無くなっていった。俺の方は変わらずあったけど。
なんていう思い出に逃避していたらいつの間にか俺の前に立っていた折本が手をひらひらと俺の目の前で振っていた。
「おーい比企谷ー? なんで固まってんのウケるんだけど」
いや、ウケねぇから。つーかコイツよく調べたなそんなどうでもいいこと。コイツほど行動力あるやつそういないだろ。
「比企谷ー? 無視するとかウケないからなんか反応くんない?」
いや、それにしてもなんで折本は俺なんかの告白受け入れたんだ? まさか俺にも春が!? んなわけないのは自分でもわかってる。あれ、なんだろう目から汗が出てきた気がする。
「比企谷ー?」
いや、ひとまずこの状況をなんとかしなければ。まず折本に今の告白は嘘だっていうのは話したから無効になっているはず……だよね?
「……」
もし、万が一折本がそれを許さなかったら俺は折本と付き合うことになる。いや、別に文句ないよ? 好きか嫌いかで言われたら好きだとゲフンゲフン。とにかく俺はこの場から脱出することを──
「おりゃ」
「っ!?」
ガシッと俺の両脇が掴まれそのままこちょこちょされる。
は? こんなもん効くわけ……。
「比企谷、無視はよくないと思うよ」
「……」
……効くわけ、
「あれ? まさかこちょこちょ効かないのかな?」
「…………っ」
…………効くわけが、
「こちょこちょこちょこちょ」
「…………う、ぐっ」
まぁ効きますわ。無理だろこんなん。初めてされたけどすごい。マジやばい。俺のボキャブラリーもヤバイけどこちょこちょってこんなにヤバイのか。
「おっ、やっと反応した。てか脇効くんだねウケる」
「やっ、ウケねぇ、から……。ちょ、あのもう離してくれませんかね?」
「いやー、思いの外効いてるからめっちゃウケるんだよね」
「いやっ、だからっ、ウケねぇか……!」
いやマジで本当に止めてくんない? 結構キツいから。
「ほらかおり。いい加減にしときなさいって」
ここで仲町さんが折本を引き剥がしてくれる。た、助かった……。
「私もやってみたいから」
「へっ?」
今度は仲町さんが脇をくすぐりにきた。いや待てなぜそこでお前も混ざってくる。ふざけるなぁ!
「う、くぅ、やめろっ、つーの」
「お、おぉ……。やっばいわこれ。ハマりそうだわ」
いやハマらないでくださいマジで。ていうかやるなら俺にじゃなくてそっちでやってくださいお願いします。
「いやー、なんでか私達全員これが効かなくてさ。……いけないこれめっちゃヤバイ楽しすぎる」
「ヤバイっ、のは、お前のボキャブラリーっ、だろうが……!」
『ね、ねぇ千佳。私達も……』
「ま、待って。もう少し……、あと少しだけっ!」
「あと少しも何もねぇよ……。頼むからそろそろ離してくれ。いや離してくださいお願いします」
そろそろガマンが出来なくなってきた。これ以上されたら……。
「いいじゃん比企谷ー。私もまだし足りないしさー」
そう言うと折本が俺の後ろに回り込んで更にくすぐりにきた。あ、もうダメだこれ。
「んっ、くぅ……!」
あまりのくすぐったさに身をよじってしまう。たぶん顔も真っ赤になって目に涙を溜めてるかもしれない。ろくな抵抗も出来ずなすがままにされるだけだった。
「「…………」」
「ふっ、んん、はぁ……。ふぁ?」
どういうわけかそっと折本と仲町が離れる。な、なんだ? あまりに俺の出す声がキモすぎて耳が腐りそうになったのか? ヤダなにそれ泣きそう。
「お、終わった、のか?」
「…………え、あぁうん! もう終わりだよ!」
「そ、そうだね! ていうかこれ以上やったら変な気分に……」
最後の部分は聞き取れなかったがとにかくもうくすぐりは無いことがわかるとほっとした。あれ以上されたらと思うと───、
『えいっ』
「ひゃっ!?」
不意打ちで脇をつつかれた。ちょ、あのすごい変な声出たんだけど。めっちゃ恥ずかしい!
『お、おぉ……。これはなかなかクセになりそうな……』
『そのくらいにしときなって。ひき、ひき、ヒキガヤ? 君がホントにヤバいことになってるから』
いやホント、助けていただきありがとうございます名も知らぬ方。ていうか本来何の話してたんだっけ?
「ん、んんっ! 話戻すけど結局かおりと比企谷君は付き合うの?」
「え? 付き合わないっていう話で終わったんじゃないんですか?」
「なんで敬語になってるんだしウケる」
「いやウケねぇ、あーもういいやそれで」
今は折本の口癖に構っている場合じゃない。この状況の打破をしなくては。
「あたしは比企谷と付き合ってもいいと思ってるけど?」
「じゃあ付き合うことに決定なのね」
「いやなんでそうなるの? 俺に拒否権は無いのか?」
「「無いでしょ」」
理不尽とはこのことを言うのかと思った。小町にもこんな仕打ちされたことあったわ。無いって言いたかったなー。
「念のため聴いておくけど理由は?」
「比企谷がかおりのこと好きだから?」
「そんなわけ──」
「へー、好きでもない相手にそうやって誰にでも告白するような人なんだ比企谷君ってー」
「……何が言いたい」
「いやー? べっつにー? あーあかおりかわいそー。せっかく好きな人からの告白が嘘の告白だなんてなー」
『うわー、比企谷サイテー』
『人でなしー』
『チキンラーメンー』
おいこらなんだお前らその棒読み。ていうか最後のやつ悪口じゃないじゃん。いや、別に悪口を言ってほしかったわけじゃないよ? ホントだよ? ハチマンウソツカナイ。
「しょうがないかー、比企谷君ってかおりのこと嫌いなんだもんねー」
「え、そうなの?」
笑ってはいるが少し悲しそうな顔をする折本。え、なに? 俺が悪いの? いやそもそも別に俺は折本のこと嫌いじゃないしむしろす──なんでもない。
「比企谷、あたしのこと嫌い、なの?」
うぐっ、上目遣い止めて罪悪感がハンパないから!
「き、嫌いではないぞ?」
若干目をそらしつつ答える。いや無理だからね? 折本レベルの美少女の上目遣いだよ? 耐えられるわけないじゃない!
「無駄に捻くれてるよね比企谷君って」
「捻くれねぇよ。俺ほど正直者はいない。むしろ正直すぎて勝手に行動に出ちゃうくらいだ」
「ならかおりに告白したのも比企谷君がかおりのこと好きだからってことだよね?」
あ、やべ墓穴掘った。
『たしかに正直者だね』
『かなり捻くれてるけどね』
『比企谷 は 『捻デレ』 を 憶えた!』
もうやめて! ハチマンのライフはもうゼロよ! ていうか捻デレってなんだよ。ツンデレヤンデレの最新バージョンなの? 誰得だよ。
「なんだ。比企谷ってやっぱりあたしのこと好きなんじゃん。ウケる」
「いやウケねぇから。……はぁ、わかったよ。付き合えばいいんだろ」
「しぶしぶなら諦めるけど」
「俺と付き合ってくださいお願いします」
反射的に腰から90゜折り曲げて懇願する。
「ん、これからよろしく比企谷!」
「ただ、頼みがある」
「なに?」
「それは──」
俺が言った頼みに折本はしぶしぶながら了承し、仲町さん達はやれやれこの捻デレはと言った感じになってしまった。解せぬ。