トラウマの原因が覆されたら、その世界はどうなるか。   作:袖野 霧亜

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由比ヶ浜、クッキー作るってさ 〜③〜

「…………なぜ、ここまでミスをしてしまうのかしら」

 

 机に項垂れている雪ノ下を尻目に、俺と葉山は由比ヶ浜が作ったクッキー? を見下ろす。

 何故こうなった? は俺達が聞きたいくらいだよ。恐らく雪ノ下が試しに作ったであろうクッキーの隣にお妙〇んの料理の完成系? が置かれている。

 何コレ? 殺害目的で作っちゃったの? その人にどれだけ殺意抱いてるの? いいえ、善意デス。彼女は勤勉なる心を持って取り組んでいたのデス! そう、それは愛! 愛が籠っているこのクッキーが不味いわけが──

 

「うがががががががががが」

「比企谷!? なぜ唐突にそれを食べたんだ!」

「今すぐ吐き出しなさい! それとすぐに口直しの紅茶を!」

 

 ──愛があっても私に向けられた愛で無くては無意味だったみたいデスね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、無事正気を取り戻した俺は今後、由比ヶ浜からの依頼をどう解決するかに頭を悩ませていた。

 雪ノ下曰く、丁寧に教えているつもりなのにも関わらず、指示した通りに作業が出来無かったことに加え、アレンジと称して桃缶や甘過ぎないようにとコーヒーの粉を投入していたらしい。また、卵の殻は取り除かずにそのまま、と。

 それに比べるのは悪いが雪ノ下のクッキーホントに美味ぇな。お店に出せるレベルじゃねぇの? えっ、レシピの手順通りやってるだけ? 由比ヶ浜もそれさえすればちゃんと出来る? ホントかなぁ〜? 

 

「さて、由比ヶ浜さんの依頼なのだけれど」

「「由比ヶ浜(結衣)が二度と料理をしない事で解決」」

「即答!? しかも私が料理しない事が解決策になっちゃうの!?」

 

 今しがた一人川を渡りかけたようなものを作るやつにこれ以上料理させてたまるか。寧ろ渡された人を守る為の処置なんだから諦めてくれ。

 そういえばコイツは誰に渡すつもりなんだ? そこん所聞いてない気がする。

 

「待ちなさい二人共。それは最終手段よ」

 

 他に手の打ちようが無いから最終手段を決行しちゃ駄目ですか? 無理だろ、ここから食えるまでに料理スキルを上昇させるなんて。やれたとしても雪ノ下が付きっきりで教え続けなくちゃならない。

 しかしそれだと雪ノ下の負担と俺と葉山の胃袋へのダメージが深刻なものになってしまう。

 依頼はきちんとこなす、それがプロです。え、そうなの? 

 

「つーか、誰に渡すつもりなんだ? 依頼内容俺と葉山は聞いてないんだけど」

 

 あっ、という葉山の声が上がり全員がそちらに目がむく。

 おい? まさかお前、知ってたわけじゃないだろうな? その上であの雑談をしてたんだな? 目をそらすな吹けもしない口笛をするな汗を拭けそして雪ノ下から漏れ出てるこの威圧をどうにかしろ頼むお願いなんか室内の温度下がってる気がするの。由比ヶ浜なんて見てみろ。何が何だかわからなくてあわあわしてるぞ。

 

「隼人君」

「はい」

「土下座なさい」

「え、そこは正座じゃなくて──」

「顔を上げてたら頭を踏み抜けないじゃない」

「まずは説明をさせて貰えると助かるかな」

 

 あ、また長くなりそうだなこのくだり。

 

「雪ノ下、葉山への折檻はまた後でにしてくれ。依頼が長引いちまう」

「……それもそうね。葉山君、寛大な比企谷君に感謝しなさい」

「結局この後で何かされることは確定じゃないか」

「何か?」

「アリガトウヒキガヤタスカッタヨ」

「おう礼はいらんからはよ誰にどういうつもりで渡すのか説明しろ。三行でな」

「優美子に

 クッキーを渡して

 伝えたい感謝の気持ち」

「真面目に答えんなよふざけやがって」

「俺にどうしろって言うんだ」

 

 さて、優美子って誰だ?

 あっ、嘘ですごめんなさい一度話した事あります。あれは確か三木がアイツのグループに引き抜かれそうになった時だったか。ま、その話はまた別の機会にって事で。

 しかしアイツか。確か苗字が三浦とか言ったか? 人に感謝の気持ちを伝えたいからわざわざここまでの事するなんて何したらそんな事が起きるんだ? 

 

「まぁ何となくわかったわ。んじゃまぁさっさとやるか。雪ノ下。もう一回しっかり教えてあげてくれ」

「言われなくてもそのつもりよ。あと、一応私が部長なの。貴方が指示したら私の立つ瀬所か何もかもなくなってしまうわ」

「あ、スマン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか形にはなったわね」

「うん、でも味は雪ノ下さんのと比べると……」

 

 あれからしっかりと雪ノ下に作り方を叩き込まれた由比ヶ浜は、とうとうまともなクッキーを作り出すことに成功した。その間に由比ヶ浜が諦めかけたり雪ノ下の叱責があったり由比ヶ浜がMじゃないかと思わせるような紛らわしい事を言ったりちょっとイケナイ感じになりかけたりしたが無事に人が食べても問題無いレベルになった。

 いやはや、雪ノ下には恐れ入った。まさかあの状態からここまで人を成長させるとはな。

 

「いや、これで十分だと思うよ。重要なのは気持ちだし、あまり上手に作るよりこれくらいの方が手作り感があっていいんじゃないか?」

 

 由比ヶ浜はそういうものなのかな〜と少し不安げに首を傾げる。

 しかし由比ヶ浜よ。一番最初のクッキーと見比べてみろ。天と地の差はあるから。そんな奴が雪ノ下が作ったクッキーくらい美味いもの出してきたら疑われるぞ。

 ならばどう納得させるか、もしくはどこまで上達の手伝いをするのか観察でもしておくか。楽な方に楽な方に行こう。

 

「仕方ないな。雪乃ちゃん、結衣を連れてちょっと席を外してもらってもいいかな?」

「いいけれど、何をするつもりなのかしら?」

「少しね」

「……わかったわ。いいわね由比ヶ浜さん?」

「えっ、あ、うん。いいけど……」

「ありがとう二人共。準備が出来たら連絡するよ」

 

 さて、ここから葉山は何をするつもりだろうか。二人を追い出してまでする準備とか……、いややらんとしてる事はホントはわかってるよ? でも何を目的にするのかまでは……。

 

「さて比企谷。君にも手伝ってもらうよ」

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数分後、雪ノ下達を呼び戻し机の上に置いてある二つの皿に盛られた手作りのクッキーを見て食べてもらうことになった。

 一つは葉山の綺麗な手作りクッキー。もう一つは俺が用意した不細工な手作りのクッキーだ。

 一目瞭然で葉山の方が圧倒的に良いものであるのは揺るぎない事実だ。それは雪ノ下も由比ヶ浜も承知している。なんなら由比ヶ浜は「隼人君の凄いね! 比企谷君のは……」って反応しちゃってるし。正しい反応かもしれないけどそんなに露骨に出さないでほちぃ。雪ノ下を見てみろ。「これが比企谷君の作ったクッキー……」って目を輝かせて……。あの、雪ノ下さん? それはそれで違うとワイトは思います。

 

「ふぅ、ま、葉山のと比べるとこんなクッキーとか見向きもしねぇよな。わり、捨てとくわ」

「あ、ちょっ、待ってよ比企谷君! 別に大丈夫だよ! ほら、不味いわけでも無いし!」

「そうだね。まぁ、このクッキーは比企谷じゃなくて結衣が作ったものなんだけどね」

「「えっ?」」

 

 そう、これは俺が用意した由比ヶ浜が作ったクッキーだ。決して俺が手を加えたりした訳でもない。百パーセント純正、由比ヶ浜お手製のクッキーである。

 出来たて特有の温度とかでバレると思ったんだが……、葉山の言う通り由比ヶ浜にはわからなかったようだ。さすが葉山、自分の所のアホの子の扱いには慣れている。雪ノ下? そもそもアイツ葉山のには一切触れなかったぞ。

 

「……隼人君?」

「待ってくれ雪乃ちゃん。その高らかに振り上げた拳と結衣の作った木炭を下ろして! さすがの俺でも無理だ! 死ぬ!」

「大丈夫よ。私の腕力じゃ貴方にダメージを負わせることは至難の業だから」

「それって私のクッキーなら容易いってこと!?」

「結衣! よく容易いなんて難しい言葉を使えたね! 偉いぞ!」

「そんな事で褒められても嬉しくなーい!」

 

 また俺が空気になったんだけど。えー、もう俺いらない子じゃない? 流れに乗れないんだけど。助けて折本ー。お前のウケるが聞きたーい。

 

 

「──なんか比企谷に助けを求められてる気がする」

「ヒキガヤニウムが枯渇してきてるだけでしょ」

「何それ! ウケる!」

 

 

 ──あれ、なんか回復した気がする。やはり持つべき者は折本だな。アイツの事を思い出すだけで元気が出てくる。あ、惚気とかじゃないよ? 

 

「と、とにかく! 結衣は比企谷がクッキーを捨てようとしたら止めたろ? それはどうしてだ?」

「え、だってせっかく作ってくれたのに捨てるのはなんか違うなって」

「そうだな。じゃあ更に付け加えてこれは感謝の気持ちを込めて作ったクッキーだとしよう。結衣が渡したい人はそれを無下にしてこのクッキーを捨てるような酷い人なのかい?」

「そ、そんな事ない! 優美子はそんな事しない……しないかなぁ?」

「いやそこは断定してやれよ」

 

 可哀想だろ三浦が。いつもどんな仕打ち喰らってるの? ホントに友達ですか君等。

 

「い、いや優美子なら大丈夫だから。安心して渡してみろって」

「……そうだね! ありがと隼人君! 雪ノ下さん。後は一人で頑張ってみるよ!」

「そう? なら成功を祈っているわ」

「うん! ありがとね! それじゃ!」

 

 そう言って由比ヶ浜は元気よく家庭科室から出ていった。いいね、俺にも分けてくれその元気。折本達とつるむのは体力が必要だから半分くらい分けてくれないかしら。

 

 

 その後、雪ノ下達と片付けをしていたらもの凄い勢いで扉を開き「片付けするの忘れてたー!?」とやかましく再登場した由比ヶ浜を向かい入れどうにか俺が入部してから初の仕事は無事終わりを迎えた。

 




ネタマシマシシリアス抜きラブコメ要素皆無なここ最近のお話。そろそろいちゃつかせたい。

はい、というわけでいつの間にか文章が最長の約3800文字となっております。長いね。少し遅れた(いつもの)けど許して欲しい……。頑張るから……。

とりあえず次は後日談的な何かを投稿する予定です。イチャラブ? ………………俺が一番我慢してるのでもうちょち待って欲しぃ……。

とりあえず次回もゆっくりしていってね!

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