須賀京太郎が逆行するお話   作:通天閣スパイス

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プロローグ(後)

 『宮永咲』。麻雀を少しでも知っているなら誰でも聞き覚えがあるであろう、日本、いや世界で五指に入る程の麻雀の打ち手である。

 

 彼女の名前が初めて世に出たのは、彼女が高校一年だった時のインターハイだ。

 当時は無名だった清澄高校の大将として麻雀の団体戦に出場し、風越、龍門渕等の強豪を撃破して『魔境』と呼ばれる長野地区の予選を勝ち抜き。全国大会では惜しくも白糸台に敗れたものの、初出場で全国ベスト4という記録を打ち立てたのである。

 その年の個人戦はとある要因で散々な結果に終わっていたが、翌年からは団体、個人戦ともに彼女の無双とも言っていい快進撃が開始して。彼女の姉であり、彼女と同じくらいに優れた打ち手であった『宮永照』を彷彿とさせる圧倒的な強さを全国の舞台で知らしめていた。

 

 その後、高校を卒業した彼女は、姉と同じように麻雀のプロリーグに参加。

 宮永姉妹、そして彼女達の世代で多く見られた優れた打ち手達を牽引役として、以降日本の麻雀界のレベルと熱気は急激に上がっていくのだが……それはまあ、置いておいて。

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、咲。いい加減に機嫌を直せって」

 

「…………怒ってないもん」

 

「いや、怒ってんだろ? なあ、確かに、寝惚けてお前の手を掴んでたのは悪いと思ってるけどさ……」

 

「だからっ、怒ってない! そうじゃなくて……そうじゃなくてっ、もー! もー!」

 

「うぉあっ!? いって、いきなりポカポカ殴ってくんなって、この!」

 

「うっさい京ちゃんのバーカ! ばーか! どーせ手を握ったことなんてなんとも思ってないんだろこんちくしょーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女も、高校に入るまではただの可愛らしい少女であったなぁ、と。

 

 頬を紅潮させて俺をぽかすか叩く彼女を見ながら、そんなことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。俺が謎のタイムリープを果たしてから、少し経った後のこと。

 

 俺が手を握ってしまったからだろうか、半ば狂乱していた咲の攻撃を逃れ、手近にあったジャケットと鞄――どちらも、俺が学生時代に使っていたものである――をひっ掴んで咲の家を後にして。

 昔の記憶と照らし合わせながら歩き、視界に映る風景が記憶のそれと変わらないことを確かめてから、散策がてらに家路を歩いていた。

 

 咲の家から俺の家まで、大体徒歩で二十分程度。

 その短いとも長いともつかない距離を歩きつつ、懐かしい風景――学生の時に見た景色そのままを見て。

 

 

 

「……ホントに。俺、昔に戻ってるんだなぁ」

 

 

 

 ポツリと。そんな言葉が、思わず口から漏れ出ていた。

 

 正直に言えば、俺は、今の今まで夢見心地だった。と言うより、いきなりのことで思考が追い付かなかった、とでも言うのだろうか。

 それが咲の家を離れ、一人になって考える余裕が出来てからは、どうしても現状についてのことに思考が巡らせてしまう。

 先程の咲の手の感触が、涼しい空気の感触が、この現状はまごうことなき“現実”であると、俺の思考に突きつけてくるのだ。

 

 夢。これが夢なら、話は早い。死ぬ寸前の俺が見せている妄想、それで話は片付く。

 しかし現状、五感が正常に稼働しているこの現実は、どう考えても夢ではない。夢だとしたら、あまりにもリアルすぎる。最先端技術のVRだ、と言った方がまだ信じられるだろう。

 

 そして咲の姿、見覚えのある風景を実際に見てみた限り、昔に戻っているというのもまた確かなようで。

 ジャケットのポケットに入っていた携帯を取り出してみると、その画面には『20XX/09/16』、俺が中三の時の年月が表示されていた。

 

 ここまで証拠が揃ってしまえば、俺は昔に戻っているのだと、無理矢理にでも自分を納得させた。

 

 

 

「しっかし、ねぇ。昔に戻ったっつったって……俺に何やれっていうんだか」

 

 

 

 独り言を呟きながら、ぶらぶら歩く。

 

 これが小説とかなら、俺はこういう場合、未来知識を活かして活躍したりするんだろう。

 未来で生まれる技術を先取りしたり、災害に備えたり、はたまたハーレム作ったりなんかして。俺が以前読んでいたタイムスリップものの小説では、大体そんな感じで主人公が無双していた。

 

 じゃあ、そんな主人公達と同じような目に遭っている俺も、彼らに右へ習えするのか。

 正直に言って――――不可能だ、そんなことは。

 

 

 

「未来知識って言っても、一般人の俺じゃ、そんな大したことは知らねぇし。戦争とかだって、この国じゃあ俺が死ぬまではなかったし、災害は個人でどうにか出来るレベルじゃない。

 

 ……まあ、創作物はあくまで創作物ってことかな、うん」

 

 

 

 そもそも、俺に英雄願望なんぞはないし。

 未来のことを知っているからといって、わざわざ面倒なことに首を突っ込むつもりは、俺にはこれっぽっちもない。

 一瞬脳裏をよぎった『未来から来た人間の責任(笑)』なんぞは、そこらの溝にでも投げ捨てることに決めた。

 

 未来知識や蓄積した経験なんて、自分のために使うくらいでいい。

 ちょっと勉強とかで楽をして、将来を楽に出来る。大好きだった妻と、また会える。諦めた初恋を、もしかしたら成就させられるかもしれない。

 俺にとって、過去にやって来たというのは、そんな感じだ。

 

 ……まあ、気楽でも別にいいだろう。多分。

 変に気負うくらいなら、そっちの方がよっぽど俺に合ってる。

 

 

 そんなことを考えながら、俺は歩みを進めて。

 気がつくと、もう家の近所にある公園の横を通りかかるところまでやって来ていた。

 

 

 

「お。……懐かしいなぁ、ここ」

 

 

 

 幼い頃、この公園でよく遊んだ記憶を思い出して、懐かしい気持ちになる。

 思わずちょっと寄り道してみると、未来では既に取り壊されてしまっている遊具などがあって、懐かしさがさらに増してきた。

 

 そういえば、親が死んでから実家の近くには寄ってなかったから、この公園に来るのは単純計算で半世紀ぶりになるのか。

 ならこんなに懐かしいはずだと、内心一つ頷いて。公園でわいわい遊んでいる子供達を避けつつ、奥の方へと足を進めていった。

 

 奥まで来ると、ちょうど公園全体を見渡せる位置に、一つのベンチがある。

 それに腰かけよう、と思った瞬間、ふと視界の端に自動販売機を捉えて。どうせなら飲み物でも飲むかと、下ろしかけた腰を再び上げて、某飲料メーカーのロゴが側面に描かれている自動販売機へと近づいた。

 

 財布から百円玉と十円玉を二枚取り出して、それを投入口の中へと入れつつ、ラインナップを見つめる。

 やはり、ここはコーラだろうか。でも紅茶も捨てがたいし、一息吐くのならお茶もいいかもしれない。勿論コーヒーという選択肢もある。

 

 うむ、ううむと少々悩んで、指をボタンの前で左右させて――――

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ」

 

 

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

 

横から伸びてきた手によって、強制的に中断させられた。

 

 その手があるボタンを押すと同時に、ピッと電子的な音が響いて。ガタンガタンと音を鳴らしながら、取り出し口にペットボトルが落ちてくる。

 それを手に取ったのは、先程の手の主――シンプルな装いの衣服を纏い、どこかぽわぽわした雰囲気を持つ紫色の髪の少女。

 彼女は俺へと向き直ると、その手に持ったペットボトルを俺へと差し出していた。

 

 俺はいきなりのことに、思わず少々呆然としていて。

 目の前の彼女は誰だとか、なんで勝手に押されたんだとか、ひょっとして俺は怒るべきなんだろうかとか。そんなことを考えながら、彼女をじっと見つめていた。

 

 数秒ほどの間、俺たちは無言で見つめあって。やがて彼女はこてん、と首を可愛らしく傾げると、手に持ったペットボトルを小さく左右に振りながら、口を開いた。

 

 

 

「……いらないの?」

 

「えっ?」

 

「……」

 

「……あー、えっと、はい。いただきます」

 

 

 

 少女の手から、ペットボトルを受け取る。見てみると、それは『新発売!』とパッケージに大きく描かれている紅茶で、後にベストセラーの仲間入りを果たす人気飲料だった。

 俺も結構好きな味だから、嬉しいことは嬉しい。……嬉しいのだが、他人が勝手に選んでしまったということで、どうも素直には喜べなかった。

 

 そんな俺の心境を知ってか知らずか、少女は財布を取り出して小銭を自動販売機に投入すると、俺と同じ飲料を購入しようとしていた。

 ……声をかけようかとも思ったが、どうも面倒そうな予感がビンビンして、俺はそっと彼女から離れる。

 

 確かに一言言ってやりたい気持ちはあるが、自動販売機で他人が買おうとしている時に勝手にボタンを押すような奴は、どう考えても子供か変人だ。

 彼女の年齢は見た限り高校生くらいだったし、子供でない以上変人確定である。経験則上、変人は見て見ぬふりをするのが一番なのだ。

 

 自動販売機の近くのベンチではなく、そこから少し離れた場所にあるベンチまで行って、そこに腰掛けて。

 とりあえずさっきの少女のことは記憶から追いやってしまおうと、紅茶を飲もうとペットボトルに口をつけて、

 

 

 

 

「……」

 

「何?」

 

「……いや。なんでわざわざこっちに座ったのかなぁ、と」

 

 

 

当たり前のように俺の隣に腰掛けてきた少女に向けて、つい問いかける。

 すると少女はきょとん、と呆けた表情を浮かべた後、何やら考えるように顔を上に向けて。「何となく」という、なんとも言えない答えを数秒後に返してきた。

 

 そうか、何となくですか、そうですか。

 ……やっぱり面倒くさそうな人じゃないですか、やだー。

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 彼女が、口を開く。

 

 いっそ無視してしまおうかと考えかけて、さすがにそれは失礼すぎると思い直して。彼女に視線と顔を向けると、言葉の続きを待った。

 

 

 

「今日――――は。ここには、旅行で来たんだけど」

 

「旅行? でもここら辺、観光地って訳じゃ……」

 

「昔、ここの近くに住んでたから。観光のついでに、もう一度見にきた」

 

 

 

 へぇ、と相づちを打つ。

 

 確かにそういう理由でもなければ、わざわざこの辺りまで来はしないだろう。自分で言うのもなんだが、我が地元は残念ながら一般的な田舎の住宅街である。

 どうも彼女の姿が記憶に引っ掛かる気が先程からしていたが、その辺りに原因があるのかもしれない。

 

 

 

「で、もう帰ろうかと思ってたけど。その前に、貴方の姿を見かけて」

 

「……見かけて?」

 

「その。……ちょっと、気になった」

 

 

 

 そう言って、彼女は下を向く。

 恥ずかしがっているのか、耳を少し赤くして、顔をうつむかせている彼女の姿は、控えめに言っても可愛らしい。

 

 もしこれを端から眺めていたり、俺の精神が身体通りの若い青少年のものだったら、俺も彼女に見とれるぐらいはしていた。

 しかし俺は、彼女がちょっと変人だと知っていて。可愛らしいとは思うが、ドキドキ等の胸の高鳴りは全く沸き起こってこない。

 

 正直な話、そんな態度を見ても、その。

 困る。

 

 

 

「……変な意味じゃない。一目惚れとか、そういうのじゃなくて。

 その、興味を持ったというか。いや、いきなりとかじゃ……そうじゃなくて……」

 

 

 

 何やらぶつぶつと、誤魔化すように呟いている少女。

 しどろもどろという形容が一番相応しいだろうか、ぐちゃぐちゃな言葉を無理矢理紡いでいるのだという様子が、ありありと見てとれる。

 

 

 ……ああ、もう。

 めんどくさい。ホントにめんどくさい。

 

 いきなり過去に遡って、正直こっちもいっぱいいっぱいなのに。今のこれが現実だということすら、まだ完全に受け入れきれている訳ではないくらいなのに。どうして俺は、こんな少女に絡まれているんだろうか。

 別に怒りの感情が沸いてくる、という訳ではないけれど。それでも辟易とした感情を、彼女に対して少々抱かずにはいられない。

 

 が、それでいて、しかし。

 

 

 

「――――名前」

 

「……えっ?」

 

「ですから、名前。何か話があるのは、分かりましたけど。

 それよりもまず、貴方の名前を聞かせてもらってませんよね?」

 

 

 

 彼女をついつい構ってしまったのは、俺の生来のお人好しが原因だろうか。

 妻や咲には「それがいい」と言われた俺の長所の一つではあるのだが、それでもこういう時には、もう少し冷徹になってもいいかもと思ってしまう。

 

 名前を聞かれた少女は、一瞬驚いた表情を浮かべると、すぐに綻んだ笑顔を見せて。「うん」と一つ頷くと、俺の目をしっかりと見つめて、自分の名前を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「照。私の名前は――――宮永、照」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 ………………えっ?

 

 

 

 

 




Q.続き書くんだよ、おう早くしろよ

A.ぶっちゃけ息抜きに書いてるだけなので、基本亀更新です。何でも(ry

Q.照チャー挙動不審すぎね?

A.伏線。照がこの時おかしい理由はある。

Q.逆行前の京太郎の妻って誰なん?

A.シロとかじゃね?(すっとぼけ)

Q.百合はよ

A.SOA。

Q.入水はよ

A.SOA。

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