浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

98 / 101
平成がもうすぐ終わりますね。年号が変わるだけでもかなり大きな変化に感じます。ここから先どのような時代になるのでしょうか。


第96話 勝ち負けの時間

おかしいとは思っていた。二学期に入ってから一度もその顔を見なかったから。

 

クラスが違うわけだから、そんなに会う機会がないことは確かだ。けど、竹林がE組を抜けた時なんかは、俺らの様子を見にくるだろうと考えられる。

 

違和感を感じながら、俺は別に深く考えなかった。何かが変わることは別に珍しいことではない。アイツの中で何か変わるきっかけがあったんだろうという認識で捉えていた。

 

けどその存在が、まさかシロのもとにいるとは思ってもいなかった。

 

 

「………」

 

 

叫んだ俺を見たまま、黒崎は反応しようとはしていない。白装束を深く被り直して顔を隠したから表情すらもわからない。

 

 

「…どういうことだって聞いたんだよ。なんでお前が…」

 

「そんなに、おかしいことか?」

 

 

もう一回聞こうとすると、今度は反応があった。

 

 

「シロと一緒に行動した。それだけの話だ」

 

 

平然とそう話した。何もおかしくない、とでもいうみたいに。

 

けど、そんなはずはない。こいつがシロに協力するというのは考えづらい。他人を捨て駒のようにして使う男を、黒崎は信用しない。そうじゃないと今までの黒崎の行動に説明がつかなくなる。

 

何を考えてやがる。

 

 

「…本当にそれだけか?俺からすれば…」

 

「もう話しかけるな。じきに終わる」

 

 

殺せんせーの方を指差して語っている。決着がつくとでも言いたいのか。

 

 

「ぐぬぬぬぬ…恐ろしい団結力と正確さ。かなり訓練されているようですね…」

 

 

たしかに、見るからにピンチだ。さっきの状態からの変化といえば、俺が包囲網から脱出した程度だ。殺せんせーが追い込まれている事に変わりはない。

 

 

「1人だけ抜け出せた事は素晴らしい事だとは思うよ。だがね、それだけだ。虫が1匹出てきたところで何も変わりはしない。ここから打開する策なんてあるはずがないだろう?」

 

 

偉そうに語るな、シロの奴。前々から思っていたが、コイツはA組の奴ら同様に他人をあざ笑うところがある。捨て駒を容赦なく使ったりと本当に性格が悪い奴だ。

 

だけど残念だったな。

 

 

「あるに決まってんだろう、バカが」

 

「なに…?」

 

 

俺の言葉の意味が分からなかったのか戸惑いを感じる。もしくは警戒か。何か起こった時の備えでも考えているかもしれない。

 

けどもう遅い。俺やここにいるE組のみんなに気を取られすぎたな。

 

 

「うわ!」

 

「ひいっ!!」

 

 

次から次に悲鳴が出てくる。それはE組を囲っている場所から聞こえる。つまり、シロの手下たちの声だ。

 

 

「な、なんだ…?次から次にやられていってる…?」

 

 

そうとしかいえないだろう。この状況で関係ないやつがやられるわけが無いだろうが。

 

パリン、という音と共に光が弱くなる。殺せんせーの動きを封じていた光が少なくなった。

 

 

「これなら…動けます!」

 

 

狙撃してくる人数が少なくなったのと、動きの制限が緩んだところで殺せんせーが動き始める。その場から消えたかと思いきや、シロの手下だったであろう連中が縄についた状態で現れた。

 

 

「ふぅ、なんとかなりました。助かりましたよ、霧宮くん」

 

「問題ない。漸く出番が回ってきたところだ」

 

 

草むらから霧宮が出てくる。引きずっているのは、恐らく霧宮が倒したであろうシロの手下だ。

 

最初から霧宮は控えさせていた。シロはまだ霧宮に会っていなかったし、何かあったときに相手の意表をつく事になるんじゃないかと思ったからだ。現にいま出来たしな。

 

それにしても、妙だな。

 

 

「もう無駄ですよ。それとも何か手があるとでも言うつもりですか?」

 

 

全てを終えて殺せんせーがシロを追い詰める。流石にこれ以上はないとは思うが…

 

 

「フン、蝿が集る教室とは随分うざったいね。だが根本的な見直しが必要なのは確かだ。ここは引き下がるとしよう」

 

 

そう言ってシロは背中を向けた。やはりもう手はないか。

 

それよりも、コイツはイトナをどうするつもりだ。いまイトナは網の中で意識を失っている。このままにしておかないのは確かなはずなんだが。

 

 

「あぁ、くれてやるよそんな子は。どのみちあと2〜3日が限界だろうしね。残り少ない人生をその子らと一緒に過ごすと良い」

 

 

やっぱり、助ける気はないと言うことか。コイツにとってイトナは駒でしかないんだろう。使えないと分かれば速攻切り捨て、その後の心配も情もかけない。俺の嫌いなタイプだ。

 

シロはそのまま離れていく。引き止める奴はいなかった。みんなにそれだけどうでもよかったんだろう。実際俺もそうだし。

 

それよりも気になるのは()()()の方だ。

 

 

「待てよ黒崎。テメェこれで帰るつもりか?」

 

 

同じく離れようとする黒崎に声をかける。ここまでやっておいて帰らせるつもりはない。聞きたいことは山ほどある。

 

 

「…任務は失敗した。これ以上ここにいる意味はない」

 

 

話すことなんてない、とでも言っているみたいだな。弁明も言い訳すらもせずに帰るつもりか。

 

 

「お前…」

 

「……フン」

 

 

俺に喋らせないと言うことなんだろう。黒崎は早足で奥の方まで行ってしまった。制止の声もお構いなしだ。

 

 

「…何を考えているんだよ」

 

 

その一言に尽きる。今の黒崎の様子から、何がしたいのかが全く分からない。何のためにシロについたのかも分からないし。

 

 

「オイ学真、いつまであの野郎の事を気にしてやがる」

 

 

黒崎の様子を気にしていた俺に、寺坂が声をかけた。

 

 

「何はともあれシロに付いている事に変わりはねぇんだ。そんな野郎の事を気にする必要ないだろ」

 

「オイ寺坂…」

 

 

俺が怒ってしまうのかもしれないと思ったんだろう、磯貝は寺坂を止めようとしている。そして寺坂は気にしていない。

 

 

「あんな奴よりも、気にしないといけないことがあるだろうが」

 

 

そう言って指指しているのは、道の端で横になっているイトナだった。

 

そうだ。いまはコッチの方が大事だ。昨日のシロの話によれば、触手は定期的にメンテナンスをしないといけない代物で、それなしだと宿主が暴走してしまう。

 

そしてこれは推測だけど…多分あの触手はイトナの生命力を吸い取っているような気がする。見た感じ、あの触手はどちらかというと植物に似ている。つまり根っこから養分を取りながら成長しているような感じだ。根拠があるわけでもないけど、イトナが混乱した時の触手の動きはそんな感じだった。

 

大きな疑問に気を取られて、目の前の大きな課題を見過ごしていた。俺としたことが寺坂に教えられるとはな…

 

 

「殺せんせー、イトナくんはどうなの?」

 

 

みんなが思っていた疑問を、渚が代表して喋った。さっきシロはあと2,3日が限度と言っていた。マズい事であるのは確かだけど、触手についてあまり詳しく知らない俺らには判断のしようがない。

 

イトナに近づく殺せんせーはかなり難しそうな顔をしている。殺せんせーから見てもヤバい状態なんだろう。余裕を見せない表情のまま、殺せんせーは説明を開始した。

 

 

「触手は意思の強さで動かすものです。イトナくんに力や勝利への執着がある限り触手は離れません。そうしているうちに肉体は衰弱していき、最後には…」

 

「死ぬ、てことか?」

 

 

前原の言葉に、殺せんせーはうなづいた。

 

思った通り、あまり余裕がない。しかも期間はあと2,3日…ノンビリしている時間がない。早く触手を引き抜かないと取り返しのつかない事になる。

 

けど、さっき殺せんせーが言った通り触手を引き剥がすことは簡単じゃない。イトナが触手を縛り付けている状態なわけだから、無理やり引きちぎろうとしてもイトナ自身にダメージが出る。力ずくという選択はないと言ってもいいだろう。

 

 

「触手を引き剥がすためには、彼のそうなった原因を知らなければなりません」

 

 

つまり、触手を引き剥がすためにはイトナ自身が触手との結合を拒まないといけないというところだ。触手を縛り付けているイトナの感情、つまり勝利への執着を緩めてもらわないと引き抜くに引き抜けない。だからイトナが力を求める事になった原因を知ろうとしているんだろう。

 

けど、それにも困難がある。イトナが俺らに心を開けてないことは、どこからどう見ても明らかだ。聞こうと思っていてもあまり話そうとしないだろう。引き出そうとするあまり刺激を与えて暴走させたら元も子もないし。

 

 

「そのことなんだけどさ」

 

 

八方塞がりでみんなが悩んでいる中、不破が携帯を持ちながら口を開けた。

 

 

「律と一緒に、イトナくんがケータイショップばかり襲う理由を調べていたら、堀部イトナは、この堀部電子製作所の社長の息子だった」

 

 

不破の言う資料が俺らの携帯にも届く。開くと不破の言っていた会社が倒産しているニュースが載っていた。

 

 

「世界的にスマホの部品を提供していたけど、一昨年負債をかかえて倒産、社長夫婦は息子を残して雲隠れだって……」

 

 

そうか。なるほど、読めてきた。

 

これがイトナが力を求める理由か。自分にとって最も身近な父親が、それこそ力のある会社に負けて、キツい思いをする事になったのを目の前で見たんだろう。

 

だから力を欲した。誰にも負けずに、蔑まれることのないようになるために。

 

親父がいつも言っているような話を思い出す。『強者になれ、さもなくば屈辱を受けて終わる』と。イトナその屈辱を受けた状態なんだろう。

 

 

「ケッ。それでグレたってわけかよ」

 

 

微妙な空気の中、寺坂が耳の穴に小指を入れたまま話し始めた。

 

 

「みんなそれぞれ悩みがあるだろうが。重い軽いはあるかもしんねぇけどよ…」

 

「…お前がそんな事をいうとはな」

 

「うっせぇよ霧宮。誰が何を言っても良いだろうが」

 

 

霧宮の言葉を軽く聞き流しながら、吉田と村松の肩を叩いている。叩かれた2人は、寺坂の意図を察したのか何も言わずに互いに向き合いながらニヤついている。

 

 

「とりあえず俺たちに預けさせろ。コイツの事は俺らがなんとかする」

 

 

 

 

寺坂の発言に従い、俺たちはイトナを寺坂たちに預けた。さっきまでイトナを捕まえていたネットを、タオルを下敷きにした状態で頭に巻きついている。少しでも触手の動きを弱めるためだ。

 

そうして目が覚めたイトナと一緒に、寺坂、吉田、村松、そして狭間は村松のラーメン屋に行っている。なんでそんなところに行っているのか。

 

それは俺にもよく分からない。

 

 

「イトナが目を覚ましたところで何を言うかと思えば、『どーすっべこれから』だもんな…あそこまで言っておいて何も考えてなかった事にビックリだよ」

 

「ま、あのバカに作戦があるわけじゃ無いでしょ」

 

 

カルマの言う通りなんだよな…口では大きな事を言いながら、計画性も考えも全くない。マジで無計画すぎるんだ。だからシロにいいように使われたというわけだけど。

 

 

「ちなみに、学真くんだったらイトナくんにどうしてたの?」

 

 

桃花が俺に質問をしかけた。何をするかが気になったんだろう。こういう時、いつもの俺だったら真っ先に動くからな。

 

とは言ってもな……

 

 

「分からん。イトナのケースは初めてだし」

 

 

今回に限って言うと、俺にはどうしたらいいのかが分からない。何しろイトナの望んでいる事は、俺の価値観と全く違う。

 

競争相手を捻り潰すほどの強者になるという考えは好きじゃない。強くなることそのものが悪いとは思わないけど、力を得るだけだと実績だけ手に入って他には何も得る事はない。仲間のいない強さというのは脆いだけであり、必要なのは他人を助ける強さだというのが俺の考えだ。

 

けどいまのイトナは、何が何でも力が欲しいという状態だ。どんなに強い相手でも屈服させるほどの強さを欲している。それは俺があまり好まない強さだ。

 

強者になる事を目指したという点では竹林と一緒だけど、少し違う。竹林の場合は、目的は親に認められるという事で、そのための方法として強者になる事を望んでいた。だから親に認めてもらう方法は他にもあるという事が言えた。

 

イトナみたいに強者になる事を目的としている場合はなんとも言えない。気持ちには同情できるけど、実際その経験をした事がないし、それを間違っているというには根拠が少ない。そもそも間違っているという自信もない。

 

だからイトナに対してしてあげられる事がない。

 

 

「あ、寺坂くんたちが出てきたよ」

 

 

渚の声を聞いて、思考が現実に引き戻される。村松のラーメン屋から、吉田がイトナの肩に手を置いて出てきた。その後ろに寺坂と狭間が続く。そのあとしばらくして村松が出てきた。

 

 

「あの光景からすると、今度は吉田のところにでも行くのか?」

 

「…なんかただ遊んでいるだけに見えてきたね」

 

 

渚の言う通りだ。アレじゃ街の中で遊びまわっているだけだ。本当に解決する気あるのか?

 

 

「…まぁ、ついて行くしかねぇか」

 

 

俺たちは寺坂たちの後を追った。しばらくして吉田の家にいる。バイクによるサーキットコースだ。そこで吉田とイトナがバイクに乗ったままコース上を走り回っている。当然吉田が前だ。

 

 

「どうよイトナ!このスピードで嫌なことなんて吹き飛ばしちまえ!!」

 

 

勢いでなんでも解決しちまおうぜ理論ですか…寺坂ほどとはいわねぇけどかなりバカな方だよな、吉田って。っていうかそんなにスピード出して大丈夫なのか?慣れている吉田ならともかくイトナが放り飛ばされるんじゃ…

 

 

《バッサァァァ!!》

 

「あ…」

 

「バッカ!早く助けてやれ!ショックで触手が暴走したらどうするんだ!?」

 

「いや…これぐらいなら平気じゃね?」

 

 

案の定だ。急カーブのところでイトナが吹き飛んで草の中に埋もれている。そりゃあんな無茶な運転したらあぁなるよな。

 

村松のラーメンを食べて、吉田のバイクに乗って…本当に遊びまわっているな。あの中で頼れるのは狭間ぐらいだけど…

 

 

「シロの奴に復讐したでしょ。モンテクリスト、これを読んで黒い感情を増幅しなさい。最後は復讐を辞めるから読まなくていいわ」

 

「難しいわ!まわりくどいし!」

 

「なによ。黒い感情は大切にしないと…」

 

 

狭間も狭間で問題だな。本を読むことが好きなのは知っているけど、それゆえかかなり独特な感性を持っている。それが悪いというわけじゃないけど、寺坂の言う通り難しくてまわりくどい。

 

 

「もっと簡単にアガれる奴ないのかよ!コイツ頭悪そうだし…」

 

 

このまま見守るのも退屈な気がしてきた。もう少しシッカリとしてほしいもんだ。

 

 

「……ん?」

 

 

イトナの様子が変だ。俯いたままだけど、なんか疼いているというか…少しおかしくなり始めてる。

 

 

「まさか、触手の暴走か!?」

 

 

そう思った矢先、イトナの頭から真っ黒な触手が出てきた。俺の予測が当たっているみたいだ。

 

 

「俺は、お前らみたいな考えなしとは違う…!今すぐあいつに勝って、勝利を……!!」

 

 

ていうかマジでヤバイぞ。夜中とはいえこんな目立つところで触手を出されたら…

 

 

「…おい、寺坂の奴なにやってんだ!?」

 

 

杉野が指差す方を見れば、イトナの前に立ちはだかる寺坂がいた。

 

 

「おうイトナ。俺も考えたよ。今すぐにアイツを殺したいってな。けど、いまのお前にアイツを殺すなんて無理だよ。

 

…無理のあるビジョンなんか捨てちまいな。楽になるぜ」

 

 

これは明らかに、イトナを挑発しているんだろう。少し前に寺坂が言っていた、ビジョンという言葉が出てきたところを見ると、恐らくイトナが言っていたセリフなんだろう。

 

 

「うる…さいっ!!!」

 

 

挑発は効果覿面だったようで、イトナの触手が寺坂に襲いかかる。鞭のようにしなやかで強力な触手は、寺坂の腹を弾き飛ばそうとしていた。

 

 

《ガシッ!!》

 

 

迫り来る触手を、腕と足で挟むようにして掴んだ。触手のリーチで腹にも当たったように見えるけど。

 

 

「2回目だし弱っているから捕まえやすいわ。吐きそうなくらい痛いけどな」

 

 

そういえば一回止めたんだっけ。カルマの無茶振りに近い作戦で。アレで慣れるとは思えないけど、まさか捕まえるとは。さすが耐久力だけはある男だな。

 

 

「吐きそうといえば、村松のラーメンを思い出した」

 

「あぁ!?」

 

 

寺坂の言葉に村松が反応している。けど自分が不味いと認めるほどのラーメン屋だからな…食べたことは無いけど相当不味いんだろう。

 

 

「アイツ学校でタコから経営の勉強もされていてよ。将来に活かそうと思ってるんだ。今はマズイラーメン屋で良い。いつか自分が継いだ時にはもっと美味い店にしてやるってな。吉田もおなじよ。いつか使えるかもしれないってな」

 

 

経営、か…勉強してないわけじゃ無い。親父から教えられた中のうちの1つだ。強者として必要な知識だったからだろうけど。それを村松や吉田が勉強しているとは思わなかった。まぁ、殺せんせーからすると、大人になるとき使うだろうからということなんだろう。

 

 

「なぁイトナ。たった1回や2回負けたぐらいでグレてんじゃねぇ。いつか勝てれば良いだろうが。あのタコ殺すにしたってな。今勝てなくていい。100回200回負けても3月までに1回殺せば俺らの勝ちよ。親の会社なんざ、その時の賞金で取り戻せば良い」

 

 

寺坂の主張は、とても楽観的ではある。

 

「いつか」というのは次回が保証されているのが前提の話だ。後がない失敗をすれば、取り返しのつかない事にだってなりうる。

 

けど、いまのイトナは少し神経質になりすぎている。殺せんせーとの勝負に負けた事だって、取り返しがつかなくなる事ではない。失敗したとしてもチャンスは回ってくるし、その失敗から対策を練る事だってできるから、寧ろ前進したとも言える。

 

父親の話もそうだ。過酷な状態であるのは確かだけど、どうしようもない状態ではない。その状態をどうにかするための手段はまだ残されてはいる。それこそ寺坂の言う通り、殺せんせーの賞金首でなんとかしても良い。

 

 

「耐えられない。次のビジョンが見えるまで、俺はなにをして過ごせば良い」

 

 

イトナが不安そうに尋ねる。恐らくずっとそうだったんだろう。今までシロに殺せんせーを殺すためのビジョンを授けられ、そのためにメンテナンスや訓練をしてきた。だから何のビジョンもない状態が苦痛でしかしょうがないんだろう。

 

 

「…はぁ?今日みたいにバカやって過ごすんだよ。そのために俺らがいるんだろうが」

 

「……ッ」

 

 

何言ってるんだみたいな感じで寺坂が言った。さっきと同じくかなり楽観的な主張だ。

 

けど、そうだ。それでいいんだ。

 

イトナには肩の力を抜いてくれれば良かったんだ。強くなろうとする向上心が悪いというわけじゃないけど、少し落ち着いてもらえれば良かったんだ。

 

まぁ、それが分かっていても俺はそれを説明できるほどの伝え方は出来ないけどな。

 

そういうのは、寺坂みたいな奴が言ってこそだ。

 

 

「……俺は、焦っていた、のか…?」

 

「おう。…だと思うぜ」

 

 

イトナの触手がペタン、と地面に落ちる。それに遠くだから見えにくいけど、イトナの表情はさっきよりも落ち着いているみたいだ。

 

 

「顔から執着の色が消えましたね。今なら君を苦しめていた触手を抜き取る事ができます。1つの大きな力を失うと同時に、君は多くの仲間を得ます。明日から学校、来てくれますよね」

 

 

イトナたちの近くに殺せんせーが近づいている。イトナの触手を抜き取るためのピンセットを持ちながら。どうやら、いまのイトナから触手を引き抜く事は出来そうだ。

 

 

「…勝手にしろ。俺はもう疲れた。この触手にも、兄弟設定ももうウンザリだ」

 

 

 

 

 

 

翌日、いつも通りの始業のベルが鳴る。だが、このE組校舎で変わっている事が1つだけある。それは、1人の新しい生徒がいる事だ。

 

 

「おはようございます。気分はどうですか?」

 

「最悪だ。何しろ力を失ったんだからな。だが、弱くなった気はしない。いつか必ず殺すぞ、殺せんせー」

 

 

堀部イトナが、いよいよE組に加わった。こうして俺たちは新たな仲間が増えたのだった。

 

 

 

 

 

《ピロリン》

 

携帯から音がなる。伝達事項が来た証だ。

 

携帯の画面を明るくさせる。そこには先ほどの通知の内容が表示されていた。

 

それを見て、律の仕事っぷりに感心する他ない。頼んでから終わらせるまでの時間はかなり短かった。

 

さて、イトナの件は終わった。

 

次はお前から話を伺うぞ。

 

 

黒崎の住所を特定したという律のメッセージが載っている携帯の画面を暗くして、いつも通りの朝礼を迎えた。

 

 




イトナがクラスの一員になりました。ここから先は彼の活躍も楽しみにしてください。

次回からは2学期最初のオリジナルストーリーです。この作品のもう1人の主要人物である黒崎くんに関する話となります。名付けて『黒崎編』、是非楽しんで頂きたいと思っております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。