痛い。
頭の中がズキズキしている。定期的にリハビリを受けなかったら、触手が脳を絞め殺すとシロは言っていた。このまま行けば俺は触手に殺される。
俺がシロと一緒にいるのは、勝利を求めたからだ。勝つための努力はずっとしてきたし、作戦も完璧に遂行されていた。毎回アイツに勝つつもりで挑んだ。
それなのに俺はいつも負ける。
「…ウゥ…!…ッ!」
目の前に1つの店がある。携帯電話を取り扱っている店だ。暗いせいか中はよく見えない。客がいるのかどうかさえも分からない。
『近道はないんだぞ。日々勉強を繰り返し、誠実に努力をし続けた人が強くなるんだ』
「…………嘘つき」
◇??視点
殺せんせー暗殺に失敗したイトナが、暴走したまま街中を走り去ったらしい。予測通りとしか言えない。敗北のショックから直ぐに立ち直る事はそんなに簡単な事ではない。触手の性質を考えればそうなる事はすぐにわかる。
『椚ヶ丘地域のケータイショップの窓が粉々に割れた状態になっていました。従業員に話を伺うと昨日の営業ではガラスは特に割れていなかったと話しております。それに対して警察は…』
テレビには、携帯電話を取り扱う店が襲われたというニュースが流れている。ガラスが割れており、商品である携帯電話が粉々になって地面に散らばっている。人間の被害があまりない事が不幸中の幸いだ。
「ふーむ、あの子ならやりかねないな。力を手に入れたきっかけな訳だしね」
同じニュースを見ていたシロがそういった。
携帯電話の店を始めとしたショップは、強盗の襲撃を防ぐために強化ガラスを使っている事が多い。それを破壊する事が出来るのは触手ぐらいしかない。
加えて襲われている店は携帯電話の店だ。イトナの事情は聞かされている。それを考えると、イトナがケータイショップを襲う動機は充分にある。
「呑気に言っている場合か!アレはお前の奥の手だったのだろう!?ソレがこのような事をしたとなれば、地球を救うどころか破滅しかねない!!」
一緒の部屋にいる男が騒ぎ立てる。政府の役人でありその中でも上司の役職になっている男だ。権力も強く、出来ることも多い。シロの暗殺計画に協力していたのは殆どこの人だと言える。
騒ぎたくなる気持ちは分かる。『殺せんせー』を仕留めるための切り札が、いまや街中で問題を起こしまくっているのだ。政府がその手助けをしたのだと民間に知られれば、国全体の信頼失墜につながる。それは何としても避けたいだろう。
「ご安心を。別にあの子自身が切り札と言うわけではありません。切り札なのはあの触手です。他に適合者がいればなんとかなります。
ですが突き放した私にも責任がある。責任を取っておきますよ」
その言葉に嘘を感じた。このシロという男は責任を全く感じていない。明らかに何かを企んでいる。この男はイトナを利用して殺せんせーを殺すことしか考えていない。
◇学真視点
イトナが暴走しながら走り去った次の日。俺らは全員であるニュースを見ていた。テレビがあるわけじゃないけど律がテレビとして活躍してくれている。ホント、色々な面で役にたつよ。
街中の店が襲われたみたいだ。ガラスも誰かに壊されたように派手に割れている。
けどこういう店のガラスはそう簡単に割れないように作られている筈だ。それを破る事が出来るという事は……
「殺せんせー、これって…」
「ええ。間違いありません。触手でしかこんな事は出来ません」
殺せんせーも同じように思ったみたいだ。触手持ちが言っているしその情報に間違いはないと言えるだろう。そして殺せんせー以外の触手持ちといえば、イトナぐらいしかいない。
つまりこれはイトナがやったという事だろう。触手が暴走して、次々と物を壊していっているところか。
それにしても気になる事がある。
「さっきから被害に遭っているのは携帯電話関係の店ばかりじゃねぇか?」
「うん。私も思った」
不破も同じことを思ったみたいだ。
さっきから被害に遭っているのは決まって携帯電話関係の店だ。1つ2つならまだしも、ここまでそれ関係の店ばかり襲っているのは普通じゃない。間違いなく何かある筈だ。考えられるとすれば、それに何かしらの問題が起こったという線だが…
「イトナくんを探し出します。そして担任として彼を保護します」
殺せんせーが動き始めた。イトナを助けるつもりだろう。その意見には特に異論はない。
強いて言えば気になる事がある。昨日の件を通してハッキリと分かった。イトナを連れてきたシロは、目的の為に時間も経費も犠牲も躊躇わないタイプだ。誰かが死んだとしても目的が達成されたとなればそれで充分と感じる。
そういう奴は手段を選ばない。普通ならしないようなエグい事を平然とやる可能性がある。
出来る限り慎重になった方が良いだろう。一手だけ入れておくか……
◇イトナ視点
全部まやかしだった。努力すれば結果が必ずついてくるという父さんの理論も嘘だった。
父さんは携帯電話の会社を作った。最初の頃は小さな会社だったが、やがてはでかい規模になった。努力すれば必ず結果が返ってくる、というのはそういう生き方をしてきた父さんの言葉だ。
だけど父さんの会社で働いていた従業員は、父さんの会社よりはるかに実績がある会社に移った。労働者を失った父さんの会社は、大きな借金を抱えてしまった。父さんはその借金に追われることになり、その結果俺は別のところの家に行く事になった。
努力すれば良いという理屈は通用しない。必要なのは力だ。力がなければ何もかも奪われておしまいだ。
強くなるための方法が分からず路頭に迷っていた俺に、シロは方法を教えた。
それでも、勝てなかった。何回も挑んで、負けた。敗北が続いて、とうとうシロにも見捨てられた。
力が欲しい。綺麗事も遠回りもいらない。負け惜しみの強さなんて反吐が出る。
勝ちたい。
…勝てる強さが欲しい。
「やっと人間らしい表情を見せましたね。イトナくん」
ここがどこなのかさえも分からずにフラフラとしているところを、ソイツに話しかけられた。
「…兄さん」
「殺せんせーと呼んでください。わたしは君の担任なので」
「おうイトナ。拗ねて暴れてんじゃねぇぞ。今までのことは水に流してやらぁ。だから大人しくコッチに来い」
標的が、目の前にいる。その後ろには、それと一緒に纏わり付いている奴らがいる。何か言っているみたいだが、何を言っているのかが分からない。
いや、分かるつもりはない。
「うるさい…!勝負だ……次は、勝つ………!」
俺の目的はただ1つ、目の前の標的との勝負と勝利だ。それ以外はどうでも良い。学校とか友達とか、そんなのはいらない。
「ええ。ただしここだと周りの人に被害が出ますから、安全な場所で戦いませんか?そして終わった後にはみんなでバーベキューをしましょう」
「なに……!?」
なにを言っているんだ。呑気に敵を誘う奴があるか。俺はコイツを殺そうとしているというのに…!
「そのタコしつこいよ〜。ひとたび担任になったら地獄の果てまで付き合わされるから」
「当然です。目の前に生徒がいたら教えたくなるのが先生の本能ですから」
教師…?
違う。お前は俺の兄で、俺が殺さないといけない相手だ。そんな奴を教師と呼ぶ必要なんて…!
《バシュゥゥゥン!!》
「!?」
「なに…!?」
目の前が煙に覆われる。標的も意表をつかれたみたいだったが……なにが起こってるんだ?
「これが第2の矢。イトナを泳がせたのも計画のうちだよ、殺せんせー」
この声は…シロ…!?
まさか、アイツがこの煙を?
言われてみると、触手が少し溶けている。この煙は、対触手のやつか。
「…!!」
「さぁ、最後の奉仕だよ。イトナ」
何かに引っ張られる。網のようなものに入れられたみたいだ。しかもこの網、触手を溶かしてくる。
「追いかけてくるんだろう?担任の先生」
かなりの力で引きずられる。車の音がするから、車で引っ張られているんだと分かった。シロは最後に俺を餌にして標的をおびきよせようとするつもりだ。
力も全く働かないまま、ただ引きずられていく。どこへ連れて行かれるのかも知らないまま。
◇
身体中が痛い。頭の中も痛い。
俺は網に入ったまま、道の真ん中に置かれている。明らかにあの標的のための罠だ。
「…哀れだな」
…誰だ?
聞いたことがない声だが…
「力がないゆえに何も出来ない時ほど屈辱的なものはない。弱者は良いようにコケにされる。お前の父親も、今のお前も」
俺の横にでもいるのか。首も動かせないためソイツの顔を見ることは出来ない。
「だからこそあの教師はお前を助けようとするだろう。たとえ罠だと分かっていても。それを知っているからこそシロはこのような手を使う」
シロの関係者か。俺を見捨てた後の代わりなのかもしれない。俺があまりにも弱いから…
「……もっと救いようは、あったはずなんだがな」
よく分からない言葉を出してから、ソイツはそこを離れた。足音が小さくなっているのが分かる。俺の様子を見ただけなのか。
「イトナくん!」
また誰か来た。今度は知っているこえだ。あの標的だ。まさか本当にここに来たのか?
「これは…対先生物質でできたネット…!?」
「その通り。そしてここが君の墓場だ」
暗い夜道が急に明るくなる。ここら一帯をライトで明るくしたんだ。標的の動きを一瞬止める光を発するものを。
「にゅ…やぁぁぁ!!」
コッチに向かって何かが飛んでくる。それは対触手弾だ。コイツだけじゃなく俺にもダメージが残る。
標的は逃げる様子はない。迫り来る弾幕を撃ち落としているみたいだ。自分にも危険であることを承知の上で。
「……ッ!」
俺は無力だ。無力だから保護者にも見捨てられた。そして標的であるはずの相手に助けられている。
どうしてここまで弱いのか……。
◇学真視点
律の言っていた通りだな。殺せんせーを囲った状態で攻撃をしているみたいだ。
コイツらは全力で殺せんせーを仕留めに行っているんだろう。かなり集中しているな。後ろに俺たちがいることにも気づいていないし。
「作戦開始だ!」
木の上で銃を撃っている白装束の男を蹴り飛ばす。そのまま落下して下に待機していた杉野たちが持っている布に落ちる。そしてそのまま布を巻いて簀巻き状態に拘束した。
他のところでも同じようになっている。カルマや前原、岡野を中心とした身体能力に自信のある奴は木の上に登って、俺がやったように男らを落下させた。
突然の登場に、男たちは動揺している。そのせいか大きな隙が生まれた。それによって殺せんせーはイトナを捕まえているネットを根本から外した。
これで一件落着か。
「去りなさいシロさん。生徒たちを巻き添えにすればあなたの計画は台無しになる。当たり前の事に気づくべきです」
シロに退却してもらうように殺せんせーは言った。それもそうだ。いま意識が衰弱しているイトナの方が大切だし、シロに構っているヒマはない。
イトナを捉えているネットは対触手成分でも入っているみたいで触手を溶かしている。このままではイトナの体がまずいことになる。
木の上に登っていた連中も降りているみたいだし、これ以上木の上に登る必要はなさそうだな…
「
なに……?
《ドゴン!!》
「ぐあ!?」
後ろから何者かに押された。木の上という足場の少ない場所にいたせいか、そのまま足を踏み外す。高いところから空中に投げ出されたみたいな感じだ。
「ヤバ…ッ!」
焦ってはいるが空中では抗うこともできない。このままだと地面に落下してしまう。そもそも下にはみんながいるし、巻き込まれて……
《ガシ!》
うお…!?
地面に落ちると思いきや空中で止まった。というより止められたみたいだ。何かが俺を捕らえているみたいだけど…
「あ、危なかったですね…」
殺せんせーの声…ていうことは、殺せんせーの触手か。どうやら触手を伸ばして俺を止めてくれたみたいだ。なんとか大怪我をしなくて済んだみたいだ。
「ってそんな事考えている場合じゃねぇか」
俺がさっきいた場所の方を見る。つまり木の上だ。そこには思った通り誰かがいる。シロみたいに白装束をしているみたいだが…
「さぁ、再開だ。今度は群がるハエごと駆除するよ」
シロが右手をあげる。すると周りの木が光り始める。どうやらまたあの光みたいだが…
「っ!!?」
「気づいたか。さっきの光とは違うことに…」
……?さっきの光と違う…?同じに見えるが…
「少し光を改良してね。完全に動きを封じる事は出来ないが、制限をかける事はできる。常に20%の状態になると言えば分かりやすいかな?速い事には変わらないが、そこまで落ちたならここからは赤子の手を捻るようなものさ」
銃声がなる。少なくとも10個はある。まさか何人か潜ませていたのか。
「…くっ…!!」
殺せんせーが俺たちを囲むように分身を作りだす。服とかで銃弾を落としている。
なんでそんな事をしないといけないのか。銃弾ならかわしていたはずなのに。
「…ん?」
地面に銃弾が転がっている。殺せんせーが落としたやつか。
いや、それよりも…
「…本物の銃弾に、対先生弾がつけられている……?」
…そういうことか。本物の弾丸だから
だから俺らを取り囲んでいるわけだ。俺たちに被害が出ないように殺せんせーが動いているわけだから。
「どうしよう…このままじゃ…」
桃花の言う通り、まずい事になっている。上手いこと弾丸を落としてはいるけど、かろうじてという感じだ。分身もいつもより質が悪い。スピードが落ちているから再現できていないと言うことなんだろう。
このままだと殺せんせーの体力が尽きるのを待つばかりだ。体力がどれだけあるかは分からないが、無限じゃないのは確かだ。そうすると殺せんせーだけじゃなく俺たちにも被害が出る。
いずれにしてもこのままじゃいけない。
「ふぅ………」
「…?学真くん?」
息を吐く。今の声は恐らく桃花だろう。何をしているのか気になったんだろうな。
この状況を打破する方法なら1つある。俺らのうち誰かがこの包囲網から抜け出すことだ。そして銃を発砲している奴のうち数人見つけ出して倒せば、あとは殺せんせーでなんとかなりそうだ。
銃弾が飛び交っているわけだから抜け出すのは簡単じゃない。大怪我になりかねない。
「…木の上に6人、地面に5人、遠方に3人か」
スナイパーの位置を特定した。そんなに人数が多いわけじゃないから特定はそんなに苦じゃない。『見れ』ばどこから発砲しているかが分かる。
それに加えて、発砲も不規則ではない。ある程度決まったように動いているみたいだ。取り囲んでいる状態だから、一箇所に集まらないようにしているということなんだろう。
だとすれば抜け出せる。
通常の銃撃戦とかだったら不可能だけど、どこから銃弾が来るのかさえ分かれば可能だ。
俺が目標に定めた方向に目掛けて、全力で足を進めた。
「…!?学真くん!!?」
悪いな殺せんせー。説教なら後で受けるから、今はとりあえず見逃してくれよ。
目を瞑った状態で走り始める。これ以上視覚に惑わされることがないように。自分の記憶だけを頼りに銃弾をかわしながら、1番近い相手のところまでたどり着く。
撃たれた感触はない。うまく切り抜けたようだ。あとは恐らく目の前にいるであろうスナイパーに拳をぶつけるだけ…
《ガギン!》
…!?なんだ、この感触は…
目を開けると、俺が叩こうとしていたスナイパーはコッチを見たまま息を切らしている。少し驚いているみたいだ。
そして俺の拳を止めているのは、金属の棒だ。確か、棍というやつだったか…?
《ブン!!》
「うお!?」
その棍が俺を叩くように振るわれる。間一髪で避けきれたみたいだ。
後ろに下がって正面を見ると、スナイパーとは別にその棍を持っている男が立っていた。しかも体、さっき俺を木の上から突き飛ばした奴と同じだ。まさか俺がたどり着く前にここまで来たというわけか?
素早くコッチに来たからなんだろう。ソイツの被っている頭巾が脱げていた。しかもさっきの棍を振る動作で完璧に外れ…
「な……!?」
嘘だろ…?
「…頭巾が外れていたか。終始隠すつもりでいたが」
頭巾が外れかかっているせいか、ソイツの顔を見ることができた。ソイツは頭巾が取れかかっている事に今気づいたみたいだ。
そして俺は、ソイツの顔を知っている。
直接的な繋がりがあったわけじゃない。けど、ある意味その顔は印象に残っている。
なぜだ…どうしてお前が、シロのもとにいる…!
「どういう事だ……
黒崎ィィ!!」
少し前からシロのところに1人いたわけですが、その正体は黒崎くんでした。
なぜ黒崎がシロのもとにいるのか。次回以降楽しみにしていてください。