浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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小説を書き続けていると、書いている途中に使いたいネタというものが浮かび上がる事がよくあります。しかし全部使うとなると話としてメチャクチャになる恐れがあるんですよね。ですから極力使うのは避けています。じゃあ使わなかったネタはどうするのか。飲み会で使うんです。

今回は結構長くなっています。


第93話 ケイドロの時間

「久しぶりだな、親父」

 

 

E組校舎の校門の前で立っている男に呼びかける。分かったとはおもうけど校門の前に立っているのは理事長でもある俺の親父だ。

 

親父がここに来ることは実を言うとそんなに珍しい事じゃない。E組の監視という名目でここに来ることはよくあるし、いまのE組には殺せんせーという超生命体がいる。教員として殺せんせーを受け入れている以上はその様子をよく見ておかないといけないだろう。

 

けどいま来たのはE組や殺せんせーが目的じゃない。もしそれが目的ならとっくに校舎の中に入るし、校門の前に立つ意味はない。

 

 

じゃあ何が目的か。それは間違いなく俺だ。親父がここにくる理由なら心当たりがある。

 

 

「随分勝手な事をしてくれたものだね」

 

「…急になんの話だ」

 

 

いつものパターンだ。親父は俺と雑談のような話は特にしない。伝達事項か、警告か…あるいは教えることがある時のみしか話すことはない。兄貴となんか恐ろしい会話をしているのを見た事はあるけどな。

 

誤魔化すように喋ってはいるが、何のことだかは予想がついている。とぼけているだけだし、親父もその事は重々承知しているだろう。

 

 

やがて親父は口を開いた。

 

 

「…竹林くんにあのスピーチをさせて、ベスト経営者表彰の盾を渡したのは君だね」

 

 

……やっぱりその話か。いずれは来ると思っていたよ。

 

スピーチを()()()というのは少し違うが、いまそんな事を言ったとしても意味がないだろうな。ここはスルーしといた方が良さそうだ。

 

 

「…なんでそう思ったんだ?」

 

「くすねて来たと竹林くんは言っていたけどね。それはほぼあり得ないと認識した。理事長室に来た時は盾を持って帰る様子も無かったしね。あり得るとすれば、あの盾の存在を知っている誰かが理事長室に忍び込んで取り出したという事のみだ。それが出来てかつ竹林くんに壊させる事が出来た人物とすれば、君しかいない。

 

因みに言い逃れは不可能だよ。壇上に残された破片から指紋は取得済みだ。竹林くん以外に君の指紋が発見されている。状況証拠も物理的証拠も揃っている」

 

 

…それは予想外だった。まさか指紋まで取るとは思ってもいなかった。

 

変な話、指紋を採取するやり方ならこの人も知っているだろう。色々な分野で能力値が高いから、今さらそれが出来ると言われても何もおかしくない。

 

けどそこまでやるとは思っていなかった。隠すつもりも無かったから最初の推理だけでも白状はするつもりだった。

 

まぁ恐らく、証拠は完璧に揃えると言うやり方が身にしみているんだろう。警察沙汰になった時は証拠があった方が有利になる。それに備えて証拠は出来る限り揃えているんだろう。あらゆる状況になったとしても対応できる策を用意しておく。これもコイツの強さの一つだ。

 

 

「……あまり余計な事はしないことだ。さもないとコッチは手段を選ばなくなる」

 

 

脅しのつもりなんだろう。これ以上好き勝手されると迷惑だから、俺を止めに来たんだ。理事長なら生徒1人を退学させることなんて容易にできる。

 

 

「………ハッ」

 

 

思わず笑いが溢れてしまった。いまの親父の脅しが少し滑稽だったからだ。

 

まずそもそもコイツは退学という手段は取らない。先生として一流である事は確かだ。自分の生徒は徹底的に教育するというのがこの人の流儀だし、自分の損得だけで生徒を辞めさせるという事はこの人は出来ない。

 

けど俺が笑ったのは、別の理由があったからだ。

 

 

「……アンタ、ようやくその顔を見せたよな」

 

 

おかしい顔をしているわけじゃない。寧ろ普通の顔だ。真剣な目で俺を見ているし、少し圧をかけようとしているようにも見える。気合いを入れるとかなら誰だってその顔になるだろう。

 

俺にとっては、親父がその顔になった事が珍しいんだ。

 

 

「普段のアンタは、常に余裕のある表情をしている。強者である事の現れなんだろうな。笑っているようにも見えるアンタの顔には、感情がこもってないようにも見えた。

 

けどいまのアンタは違う。余裕はほとんど見当たらない、まさに真剣な表情だ。

 

俺はアンタのそういう顔が見たかったんだよ」

 

 

球技大会の時に思った事がある。磯貝とカルマがバッターの目の前に立っていた時の話だ。

 

ラフプレーにも近いカルマたちの行動に対し、親父は余裕の表情を崩さずにいた。

 

 

そしてそのまま投球が始まって、進藤のフルスイングをカルマたちが間一髪で避けた時。

 

 

親父の顔から余裕が消え去ったのが見えた。

 

 

自分の洗脳教育と強者的な理論が始めて通用しなくなり、漸く度肝を抜かれたんだろう。殺せんせーの異常すぎる策が親父の教育を上回った瞬間だったからだ。

 

それを見て初めて、自分の父親の人間らしいところを見た気がした。あのバケモノもあんな表情をするんだと、この時初めて知った。

 

 

だから俺は目標を持った。いつかは自分の手で親父の本当の顔を引きずり出したいと思っていた。

 

そしていま親父がそういう表情になっている。それが何よりも嬉しかった。

 

 

「…言っておくが、俺は好き勝手やらせてもらうぜ。夏休みの時にハッキリと決めたんだ。俺はE組のみんなと一緒に努力し続けていくと。そしてアンタや本校舎の生徒を打ち負かせる」

 

 

宣戦布告というやつだ。E組にとっての本当のボスに挑戦状を顔面に叩きつけているようなものだ。喧嘩する気満々だ、という事でもある。

 

俺はそのつもりだ。先ほどの警告もノーサンキューだ。例え何を言われたとしても俺は自分のやりたい事をやめるつもりはない。

 

 

 

「アンタが求めているような強者になるつもりはない。他人から蔑まられたまま強者の首を刈り取る…それが俺の望みだ」

 

 

親父の目は全く変わっていない。最初の時と同じ目をしている。俺の言葉を聞いて何を思ったのかも全く分からない。

 

本当に感情が読めない奴だ。行動や価値観は理解できても、心の内側は全く分からない。十年以上親子として過ごしても、それは分からないままだった。

 

 

「E組のみんなと、か…それは果たして君にできるのか?」

 

「なに……?」

 

「…どうやら君はE組の事を高く評価しているみたいだ。けど過大評価が過ぎる。E組が本校舎の生徒を打ち負かせる事はまず出来ない」

 

 

親父の気迫がだんだんと高まっていく。相手を威圧している時の感触だ。親父はこういう風に相手を迫力で威圧する事がある。

 

俺がE組を評価している、というのは間違っていない。けど過大評価とは思えない。俺はE組の生徒と本校舎の生徒を打ち負かせる事が出来ると思っている。

 

それを過大評価だという事は…親父はそう思っているという事だろう。E組の生徒ではそんな事は出来るはずがないと…

 

 

「出来ないかどうかは…やってみないと分からないだろ」

 

「…………」

 

 

再び黙っている。言葉が返せない、という線はない。この人のことだし口論は得意なはずだ。

 

それをしないという事は……そうする意味がないということか。

 

 

「……なら結果を出すことだ。次の中間テストで…果たしてどこまでできるのか」

 

 

親父はそう言って校舎から離れていった。

 

結局何がしたかったのかは分からない。俺を止めに来たというのなら、もう少し何か手を打ってくる気はするが……

 

 

「学真くん!!」

 

「……桃花?」

 

 

後ろから俺を呼んだのは桃花だった。振り返ると桃花がコッチに向かって近づいてきている。それも走りながら。

 

 

「だ…大丈夫?理事長先生に何か言われたりとかは…」

 

「……いや、特には何にも言われていない。竹林がスピーチの時にした事についての文句を言いにきたみたいだった」

 

「そっか…良かったぁ……」

 

 

心配してくれたんだろう。退学とか休学みたいな処置をされるんじゃないかと思ったってところか。遠くから見ていてハラハラしたのかもしれない。自分の心配が杞憂だった事が分かって落ち着いたみたいだ。

 

 

「あ、それでね…えっと……」

 

 

何か言いたげな様子だ。少し困惑しているようにも見える。という事は、多分そういう事だろうな…

 

 

「…一緒に帰るか?」

 

「あ……うん」

 

 

そうして桃花と並んで帰っていった。一応帰り道は同じだしな。

 

 

その様子を後ろから覗いている影を感じるが…特に気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

「夏休みの暗殺計画は参考になった。若者の発想は流石だねぇ……」

 

 

暗闇の中、1人の男が紙を巡りながら喋っている。その紙は国が残していた夏休みの暗殺計画の紙である。殺せんせーの命を狙う1人、シロは準備を刻一刻と進めていた。

 

シロの前には、イトナが座っていた。頭から触手を生やしており、それを操って大きな物を持ち上げていた。一種のトレーニングである。触手を自由自在に操れるように、シロとイトナは研鑽を積んでいる最中だった。

 

 

「気は熟した。我々も動くよイトナ。あの憎たらしい怪物の命を今度こそ取るんだ」

 

 

いよいよ動き始める時間だ、とシロは判断している。夏休みの間は動く気配すら無かったが、ここに来て彼らは計画を立て始めていた。

 

 

「やるよイトナ。期待の新人くんも、出番を待ちわびている頃だろうしね…」

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

親父がE組校舎に来た日の翌日。いつも通り俺たちは授業を受けていた。どの教科も1学期の時に比べてかなり難しくなっている気がする。数学なんかベクトルだぞ。頭が痛くなりそうだ。

 

まぁそれでも殺せんせーの授業のお陰でなんとかついてこれるけどな。不思議と印象に残りやすいコントとか始めるから、ある意味大変と言えば大変なんだが……

 

まぁそんなわけで俺は大丈夫なんだが…暫く授業を受けていなかったコイツとかは大変だろうな…

 

 

「大丈夫か?霧宮」

 

「問題ない。殺せんせーから貰ったプリントで基礎は硬めてある」

 

 

机に置いてあるプリントを持ってそう語る。いやほとんど不正解なんだけど…

 

と、言うわけで…いま霧宮はこのE組校舎に戻って来ている。暫く入院していたが、どうやら退院することが出来たみたいだ。学校が始まって数週間という話だったからな。

 

それで今日まで授業に来れなかった霧宮のために殺せんせーがプリントを作って来てくれた。『これで大丈夫!入りにくい頭にニュルッと入るタコ式問題集』とかいうふざけたタイトルをつけるあたり流石だなと思っている自分がいるわけだが…

 

 

《ガラガラガラ…》

 

「ふぅ…どこもジャンプが売り切れてしまってて遅れてしまった」

 

 

教室の扉から、今の今までジャンプを探していたらしい不破が入ってきた。なんだそのふざけた遅刻理由は。まぁこの教室なら許されそうな話ではあるんだが……

 

 

《ガチャン》

 

 

突然の金属音。

 

まるで鍵を閉めたような音が聴こえて、その音源の方を見る。それはいま教室に入ってきた不破の方であり、そこには殺せんせーの姿があった。それも警官のコスプレをしたまま…

 

 

「遅刻ですねぇ…逮捕する」

 

 

しかも悪徳警官か。黒いサングラスをかけ、ガムを噛みながら不破に手錠をかけたらしい。

 

 

「…何をしているんだよ」

 

「ヌルフフフ、皆さん最近体育で楽しそうな事をしていますね」

 

 

最近の体育…あぁ、()()か。

 

 

「体育…?」

 

「あぁ、お前居なかったもんな。実は……」

 

 

 

 

 

 

「二学期に取り入れる火薬以外の暗殺技術として、フリーランニングというものを取得する」

 

 

体育の時間、俺たちは校舎から遠くの方で烏間先生の話を聞いていた。今回の体育は珍しく校庭ではない。今日から全く雰囲気の違う訓練をするという事らしい。

 

 

「フリーランニング…?」

 

「そうだな…例えば三村くん。今からあの一本杉に行くとすればどれくらいかかると思う?大体でいいから考えてみてくれ」

 

 

烏間先生が指差しているのは、遠くの山の上に立っている一本杉だ。あそこに行くためには、まず目の前の崖を降りてからあの山を登る必要がある。行く途中の道はかなり通りづらく、その山はかなり細くて登りづらい。普通ならあそこにはたどり着けない。烏間先生とかなら可能かもしれないけど。

 

 

「…1分で行ければ良いところですかね……」

 

 

三村の推測は1分だった。割と標準的な方だと思う。崖を降りるのさえ時間がかかりそうだし、川やら障害物を避けて通るとなれば、それぐらい時間がかかりそうなものだ。

 

だが、意味ありげな笑みを浮かべている烏間先生を見るとそれは違うという事らしい。まさかもっと速くたどり着けるということか…?

 

 

「それでは、時間を測っておいてくれ」

 

「え……?」

 

 

烏間先生からストップウォッチを渡された。唐突で少し驚いたんだけど…

 

そんな事を機にするはずもなく、烏間先生はネクタイを外した。アレか。不破流に言うなら本気モードというやつ。

 

 

「これは1学期に行った訓練や山登りの応用だ。自分の身体能力を図る力、周りの環境の危機に気づく判断力や注意力。これが可能になれば、どんな場所であったとしても暗殺が可能になる」

 

 

話しているうちに烏間先生が後ろに傾いていく。俺たちの方を向いたままユックリと。つまりそれは崖の方に落ちて行くと言うわけで……

 

 

………え?

 

 

 

 

「え、マジで!!?」

 

「学真。時間時間!」

 

「えっ…あぁ」

 

 

思わず手を動かす事を忘れていた。杉野に言われてストップウォッチのボタンを押す。押した時にはもう既に烏間先生は山の麓に来ていた。どうやってあそこまで来たんだ?

 

すると烏間先生は目的とは違う山に向かって飛ぶ。そしてその山に足をつけて、思いっきり飛び上がった。壁ジャンプ、というやつか?赤い帽子の人気キャラクターじゃあるまいし…

 

 

そしてそのまま烏間先生は目的の一本杉に捕まる。それと同時に俺はストップウォッチのボタンを押した。

 

 

「…時間は?」

 

「さ、3秒06……」

 

「…?あまりにも速くないか?」

 

「すみません。最初の数秒間測っていませんでした……」

 

 

そんな不思議そうな顔をしないで……メチャクチャ恥ずかしくなるから……

 

それにしても…すげぇ通り方をしたな。崖から飛び降りたと思ったら一瞬で山の麓までたどり着いた。そして高いジャンプを繰り返してあんな高いところまでたどり着いた。

 

正に忍者みたいだ。俺も小学生の頃はそういうのに憧れたものだ。中学生になったときからそんなことは現実には起こりえないと思っていたが、まさかこんな形で忍者っぽいのが見れるとは思わなかった。

 

 

「しかしこれも火薬と同様、相当な危険性を含む。この裏山なら誰かにぶつかる可能性は低く、地面がクッション代わりになるため訓練にはうってつけだ。他のところで試したり、俺の教えた技以外の使用は厳禁とする。良いな」

 

 

はーい、と景気のいい返事が返ってくる。みんなはあの烏間先生の動きに釘付けだ。あんな風に動けたらカッコいいだろうと思っている人も少なくないはずだ。

 

しかし注意事項はその通りだ。危険な技というのは見ただけで分かる。軽はずみに試していいものではないな。

 

 

「それでは基本の受け身から……」

 

 

 

 

「フリーランニングか。珍しいものを始めたものだな」

 

 

霧宮はすっかり感心している様子だ。まぁ始めてそれを知る時は誰だってそうなるだろう。

 

 

「それで?そのフリーランニングがどうしたんだ?」

 

「ヌルフフフ、それを使った面白い遊びをしてみませんか?」

 

 

面白い遊びと来たか。そう語る殺せんせーは凄く楽しそうにしている。こういう時って凄いことを思いつくからな、俺らのところの担任は……

 

 

「それはケイドロです」

 

「ケイドロ、か……」

 

 

これまたポピュラーなものを持ってきたな。警官チームと泥棒チームに分かれて行う、鬼ごっこの一つだ。一応ルールは把握している。

 

 

「皆さんは泥棒チームとなって裏山の中を逃げ回ってください。裏山であればどこへでも逃げて良いです。警官は先生と烏間先生2人。制限時間は1時間。もし1人でも逃げ切れれば先生が烏間先生の財布で皆さんのお菓子を買ってきます」

 

「おい!!?」

 

「ただし、全員が捕まったら宿題は2倍!」

 

「ちょっと待てよ!殺せんせーから1時間も逃げられるかよ!」

 

「それは心配なく。先生が動くのはラスト1分間のみ。それまで先生は牢屋で待機しています」

 

 

…なるほどね。

 

つまり最初の59分間は烏間先生から逃げ、ラスト1分間は殺せんせーから逃げ切れれば良いのか。

 

場所が裏山ということは、逃げ回るというよりも隠れながらやり過ごすことも戦略としてありということだろう。足場が悪いのを活かして通りにくいところに隠れることも可能か。

 

それにしても、勝手に財布を使われることになった烏間先生は本当に不憫だな…

 

 

「それならいいか。良し!全員で逃げ回ってみせようぜ!!」

 

 

おー!という掛け声とともにE組の生徒全員が気合を入れる。遊びでもあるがこれも一種の訓練だろう。やらないわけにはいかないな。

 

 

「ちなみに、退院したばかりの霧宮くんは不参加ですからね」

 

「……承知した」

 

 

 

 

 

『ゲームスタートです!』

 

 

律の合図とともにケイドロが始まった。俺たちはもう既に裏山の中に入っている。いくつかのグループには分かれているが、広い裏山の中ではバラバラになっているだろう。

 

 

「ケイドロなんて久しぶりだな〜。久しぶりで楽しくなってきたわ」

 

 

杉野が結構楽しそうだ。杉野以外も多分同じ気持ちだろう。遊び感覚で体を動かすこともここのところ無かったし。

 

俺は因みに渚、茅野、杉野、カルマ、神崎、奥田と一緒に行動している。この後も更にバラけるつもりだが、状況が分かるまでは固まった方がいいだろうと思ったからだ。

 

 

「ところでさ、殺せんせーが動くまでは烏間先生だけなんだよね」

 

「…そうだね」

 

「こんな広い場所で生徒を見つける事なんて出来るのかな?」

 

 

茅野の言っていることは何となく分かる。この裏山はバカみたいに広い。動ける範囲も大きいし、木の上とか崖の上とか、高さまで考えればとんでもない範囲になる。

 

そんな中生徒を見つけることはかなり難しいだろう。まして隠れる場所も結構あるし、見つけるのもかなり難しい。俺だったらまず無理だろう。

 

 

『千葉さん、速水さん、不破さん、岡島さん、アウト〜』

 

 

 

もし相手が、烏間先生でなければな。

 

 

 

「……え!?」

 

「速…ッ」

 

 

律からの報告を聞いて、全員が驚いた様子だ。始まってからまだ1分も経っていない。こんな短時間で4人も捕まるとは思ってもいなかっただろう。

 

 

「…やっぱりな……」

 

「…?どういうことですか?学真くん」

 

「いや…烏間先生ならこれぐらいはやりそうだなと思っていたんだよ。人外の生物がいるから忘れがちだけど…あの人も相当バケモノだしな」

 

 

忘れてはならない。烏間先生も充分バケモノなんだ。象が倒れるほどの毒ガスを吸っても立って歩くほど。そんな烏間先生なら、普通に考えれば無理な事でも平然にやりこなしてしまう可能性がある。

 

恐らく…生徒を見つけたのは野生的な観察力と直感なんだと思う。烏間先生は内側にそういう野生を隠してそうだ。戦うときもそれっぽい表情をしていたしな。

 

 

『菅谷さん、ビッチ先生、アウト〜』

 

 

次から次に泥棒が捕まっていく。気づけば誰も居なくなった、とかになりそうだな。……縁起でもねぇ事言うんじゃなかった。

 

 

「ヤバい、どんどん殺られてく…」

 

「殺戮の裏山ですね…」

 

「逮捕じゃなかったっけ?」

 

 

怯えている茅野と奥田に、渚が冷静に突っ込む。いや全くその通りだな。演出は流石に怖いけど…

 

 

怖いけど……

 

 

 

「展開がホラーみたいで怖くなった?」

 

「言うな!!」

 

 

 

 

「あ、でもこれケイドロですから……」

 

「そうだよ!牢屋の泥棒にタッチすれば解放できる!サッサと助けて降り出しに戻してやるぜ!!」

 

 

意気揚々と杉野は牢屋に向かう。捕まったみんなを助けに行ったんだろう。

 

けど、それにも問題がある。

 

 

「あ…!」

 

 

どうや気づいたみたいだな。牢屋で待ち構えている奴に。

 

何しろ、殺せんせーはラスト1分間まで牢屋から動かないと言っていた。逆に言えば59分までは牢屋にいると言うことだ。

 

牢屋にいる仲間を助けるためには殺せんせーの目を盗む必要はあるんだが、それこそ無理難題だ。それが出来たらとっくに殺しているしな。

 

 

「…こ、この2人の先生のコンビ無敵すぎ!!」

 

 

『寺坂さん、吉田さん、アウト〜。続いて狭間さんと村松さんもアウトです』

 

 

次から次に牢屋行きの泥棒が告げられていく。満員状態の焼肉屋みたいだな。

 

さてどうするか。このままじゃ敗北待った無しだ。それどころか10分でゲームオーバーになる可能性が高い。もはや時間の問題だ。

 

 

「攻め入る隙があるとすれば、殺せんせーなんだが…ん?」

 

 

何やら牢屋で動きがあった。岡島が殺せんせーに何か渡しているみたいだが…

 

遠いからよく見えないが、結構小さいし恐らく写真だろう。殺せんせーはその写真を受け取って…胸ポケットに入れた。何が起こるんだ…?

 

 

「……」(チョイ、チョイ)

 

(今だ杉野ーー!)

 

 

殺せんせーが『とっとと行け』というように触手を振る。岡島は早く来いという合図を出していた。

 

アレまさか…買収されたのか。まさかさっきの写真っぽいのって…巨乳グラビアの写真か。

 

酷い警官を見た。牢屋に捕まっている仲間を助けて、俺たちはサッサとその場を離れた。

 

 

 

 

「…それで、この後どうするんだよ?」

 

 

暫く離れたあと、杉野からそう言われる。振り出しには戻ったが、問題が解決したわけでもない。烏間先生は今も泥棒たちを捕まえている頃だろう。もっともいまは殺せんせーに怒りの電話をしている頃だろうけど。

 

 

「…烏間先生を引きつける」

 

「引きつけるって…」

 

「そうすればその間は捕まる人は出てこない」

 

 

苦肉の策だが、そうするしか方法がない。残り時間は恐らく55分だ。そうでもしないとあっという間に全員捕まってしまう。殺せんせーが出てくるまでとは行かなくても、30分ぐらいは稼いでおきたい。

 

 

「でも、それってできるの?」

 

 

茅野が言っているのも最もだ。わずか5分で10人も捕まえている人だ。その人から逃げ切るのは至難の業だ。

 

 

だが、問題ない。

 

 

「大丈夫だ。むしろこれぐらい難易度が高い方がやる気が出るってもんだ」

 

「……おい、なんか嫌なもの立ってないか?」

 

 

火事場の馬鹿力という言葉を知っているだろうか。人は追い詰められるほど信じられない力を発揮するらしい。

 

結構楽しくなってきた。煮えたぎってきたとでも言うべきか。無理難題なこの状況に喜んでいる自分がいるのが分かる。今の俺なら行ける。

 

 

「よっしゃ行くぜェェェ!!!」

 

 

勢いのまま裏山の中を走り出す。烏間先生を見つけ出し、しばらくの間粘り続けるリアルファイトの始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『学真さん、アウト〜』

 

「学真が死んだ!」

 

「「「この人でなし!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇいまどんな気持ち?カッコつけてアッサリ捕まってどんな気持ち?」

 

「……もうやだ死にたい…」

 

 

まさか再び牢屋に来ることになるとは思わなかった。あんだけカッコつけてアッサリ捕まるとかカッコ悪いにも限度がある。穴があったら入りたい気分だ。

 

 

烏間先生が見えた瞬間、俺は烏間先生から逃げる方向に向かって走り出した。烏間先生なら俺の存在には気づいているだろうし、コッチが見えた瞬間に逃げれば丁度良いだろうと思っていた。

 

ところがさっき背を向けたはずの烏間先生が目の前に現れていた。それと同時に肩に強い衝撃を感じ、アッサリ捕まったことを思い知らされていた。『お前はもう捕まっている』とでも言われた気分だ。

 

 

どうしようか。これ以上殺せんせーの監視から逃れる術って…

 

 

「実はね、殺せんせー」

 

 

…ん?

 

同じく牢屋で刑務作業(という名のドリル)をやっている桃花が話し始める。ていうかお前も捕まっていたのか。

 

その語っている桃花の様子は、儚い感じを装っているようだ。悲劇のヒロイン、という方がシックリくるかもしれない。

 

 

「弟が重い病気で寝込んでいてね…今日ケイドロをやるってメールしたら『絶対勝ってね』って…捕まったって知ったら、あの子きっとショックで……」

 

 

…おい。

 

それはどこまで真実だ。そんな怪しすぎる作り話で殺せんせーが「行け」逃してくれるはずが…え?

 

 

「本官は泥棒は見ていなかった。行け」

 

「…!ありがとうございます!」

 

「サッサと行け!」

 

 

……なんだこれ。

 

 

よく分からないが逃してもらえるみたいだ。背中を向けて何故か泣いているようにも見えるが……

 

 

 

 

 

そうして見事に牢屋にいた全員は脱出できた。再び山の中に潜り込む。

 

 

「助かったぜ矢田」

 

「あんなんで行けるもんなんだな」

 

「えへへ…」

 

「彼氏の方は全く役に立ってないけどな」

 

 

ウッセェ寺坂。地面に埋めるぞ。

 

 

「それでどうする?殺せんせーからアドバイスは貰ったが…」

 

 

村松が言う通り、牢屋から脱出する際にアドバイスを貰っている。烏間先生に見つからないコツと…上手く逃げ切るコツを。岡島たちを助ける時も言われているから、二回聞いていることになるんだが…

 

 

「アレ殺せんせーには通じないんだろ?」

 

「まぁ、教えている本人だしね…」

 

 

…そう、殺せんせーじゃあのやり方は通じない。1分あれば裏山全体を回れるだろうし……

 

 

「そうか。殺せんせーが探せない場所に行けば良いんだ」

 

 

俺の言葉を聞いてその場の全員が不思議そうな顔をしている。俺が何を思っているのかが気になっているんだろう。

 

俺は携帯を取り出して操作する。それは一斉ラインというやつだ。E組全員で先生たちに一泡吹かせる策ならある。

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

 

50分前後かかったいま、ケイドロは未だに終わる気配すらない。それもそのはずだ。牢屋に行った筈の泥棒たちが脱走し続けているからだ。

 

烏間が捕まえ続けても、殺せんせーの緩すぎる警備により、泥棒たちは簡単に牢屋から抜け出すことが出来ていた。まるでコンビニのように少しの間入っては出て、入っては出てを繰り返している。

 

 

「あのバカタコはどこにいる出てこい!!」

 

「暇だから蕎麦を食べに行くと言ってました」

 

 

ついに烏間の怒りが限界値に達した。大きな銃を二丁持ち、牢屋の周りを徘徊している様子は某警官をイメージさせる。

 

烏間と殺せんせーは教員としての相性は良い方だ。教え方に工夫を凝らす烏間に、それを用いて興味を惹かせる遊びに変える殺せんせーは、生徒にとってこれ以上なく楽しくさせてくれる授業が展開されるのだ。

 

だが性格上の相性となると必ずしも良いと言うわけではない。かたやルーズすぎるターゲットに、かたや怪物とまで評されている役人だ。コンビネーションはもはや成り立っておらず、もはやボロボロであった。

 

 

「これでは訓練として成り立たん。次に逃げられたら俺は降りるぞ」

 

「ええ、もう逃しません」

 

 

グチをこぼしながら烏間は再び森の中へ入ろうとする。能天気な殺せんせーに対して異常な殺意が向けられていた。

 

 

「ですが烏間先生。ここから泥棒たちのレベルは上がっていますよ」

 

「なに……?」

 

 

殺せんせーは得意げに語った。何か企んでいる事は間違いない。その言葉だけではどういう事なのかがわかりづらいのだが、それをその場で知る必要は無かった。

 

 

 

 

 

(どういう事だ……?生徒たちの気配を感じることが難しくなった)

 

 

森に入ってしばらく経ったところで烏間は気づいた。さっきまではすぐに生徒の気配を察知出来た筈なのだが、いま現在は生徒の気配を感じられなくなっている。

 

 

(なるほどな…奴に逃げ方のコツを教えて貰ったのか)

 

 

その理由は、割と単純だった。牢屋から脱出する際に殺せんせーがE組の生徒たちに教育を施していたのだ。烏間が木の乱れや足跡などで生徒たちの場所を察知していること、そして見つけるのを困難にさせる移動の仕方などを教えていた。

 

生徒たちはその教えに倣って烏間からうまく逃げられるようになっていた。基本的に4人組で行動し、周りを注意深く観察している。そして烏間の姿を捉えた時に、全員でバラバラに散らばるように動いていた。

 

 

こうなってくると、全員を捕まえる事は厳しくなる。最初の頃に比べて大きな成長だ。

 

そのことに烏間は喜びさえ感じている。先生という職業ゆえに、生徒の成長を喜ぶのは自然なのかもしれない。

 

 

現場で指導をする烏間に、全体から見た情報を教える殺せんせー。全く違う視点から教えてもらうことで生徒は大きく成長していく。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 

生徒を何人か捕まえていくうちに、見渡しの良い場所で4人の生徒が立っていた。前原、片岡、木村、岡野…いずれも機動力の高いメンバーである。

 

彼らは烏間を待ち伏せていたのだ。そして烏間とスピードで勝負しようというのである。4対1の形ではあるが、それぐらいのハンデがない限りは烏間と対等にはならないのである。

 

 

(……面白い)

 

 

「左側の崖は危ないから近づくな。そこ以外で勝負だ」

 

 

 

その生徒からの挑戦状を受けることにした。烏間の指示に従い、4人の生徒はバラバラに散らばる。気を伝って進んで行ったり、岩の上を飛びながら移動したりと、かなり難しいコースを簡単に通っていく。

 

 

(ほう、良い動きをするようになった。だが、まだまだだ)

 

 

一気に加速する。E組随一のスピードを誇る木村でも、彼を追い抜くことはできなかった。

 

木村、片岡、岡野を順調に捕まえていき、そして前原を捕まえる。こうして4人との勝負を終わらせた。

 

 

「随分粘ったものだな。だがラスト1分。奴が動き始める頃だろう」

 

 

携帯の時間を見ながら烏間はそう呟く。いよいよ殺せんせーが動き始める時間だ。残りの生徒はせいぜい10人程度。殺せんせーなら1分で確保できる人数だ。

 

 

「ふっふっふっ…この勝負、俺たちの勝ちっすよ」

 

「なに……?」

 

 

息を切らしながら、前原が勝ち誇った様子になっている。

 

 

「だって烏間先生は殺せんせーに乗って移動なんて出来ないでしょ?」

 

「当たり前だ。そんなヒマがあればとっくに殺している」

 

 

流石にそれは有り得ない。烏間が殺せんせーに乗る事は有り得ないし、もしそれを行うものなら烏間は迷いなく殺せんせーを殺すだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、ここから1分でプールまではいけませんよね」

 

「…!しまっ……!」

 

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

前原たちを囮にして、烏間先生を遠くに移動させることが出来ればそれで良い。そうすれば烏間先生は絶対にここには来れない。

 

裏山全体の中で、殺せんせーが唯一探せない場所がある。それはプール。それも水の中だ。水に弱い事はもう既に分かっている。

 

渚と杉野、カルマと俺はプールの中に入っている。もし殺せんせーが中に入ってきたとしたら、触手が水を含んで動きが制限されることになる。そうなれば、4人がかりで殺せんせーにナイフを突き刺すつもりだ。水の中なら仕留めれる自信はある。

 

現に今殺せんせーは陸で立ち往生している状態だ。こうなったらもう何もできない。そのまま1分を過ごして行くことになる。

 

 

…え?お前の息は続くのかって?流石にそれぐらいの体力はつけたよ。

 

 

 

 

 

『タイムアップーー!泥棒チームの勝利でーす!!』

 

 

終了の合図がなる。全員を捕まえることが出来なかったから泥棒チームの勝利だ。悪いな烏間先生。お菓子を美味しくいただきます。

 

 

「…はぁぁ、1分は流石にキツかったな」

 

「できなかったら最高のネタになっていたんだけどね」

 

 

ネタになってたまるか。そういうのはもう懲り懲りだ。

 

 

 

「それにしても不思議〜。息の合わない2人なのに、教える時は凄く連携しているよね」

 

 

倉橋がそう思っているのも最もだ。殺せんせーと烏間先生は普段は息が合っていない。それどころかいつも烏間先生が怒っている気がする。

 

けど今回の訓練では凄く連携していたように思える。烏間先生が実践形式で教えて、殺せんせーがアドバイスをするというように。

 

 

「ヌルフフフ、それが先生というものだからですよ。目の前に生徒がいたら教えたくなる。それが先生という生物です」

 

 

…そういうものなのかね。

 

 

「汚職警官が。本当は泥棒の方が向いていたんじゃねぇの?」

 

「にゅや!?そんな事有るわけないでしょう!!先生のような聖職者が泥棒なんて…」

 

 

寺坂の悪口に対して異様に反応しているところを見ると…そんな風に見られるのが本当に嫌だってところだろうか。メンタルも弱いし、そう思われたら結構傷つくんだろうな。

 

 

 

まぁそんな事態が起こるとは思えないんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学真くんって実はフラグ建築士一級なんじゃない?」

 

「……なんの話だ」

 

 




学真の弱点
・ドジ属性
・庶民感覚のズレ
・追い込まれると妙にカッコつけたがる
・怖がり
・フラグ建築士

こんな感じですかね。


次回は殺せんせーが悲しくなるの時間です。

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