浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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暑い日が続いております。こういう時に夏の始まりを感じますよね。ただし暑すぎると外に出る気も失せるのも事実でございます。私も家でずっと過ごしています。意味のない夏休みにはしたくないですね。


というわけで夏休みがそろそろ終わりそうな学真くんたちの話です。今回からしばらくはショートストーリーを挟んで行きます。どうぞお楽しみください。


第84話 謝罪の時間

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夏休み終盤。大きなイベントが終わり、夏休みが始まった頃のモチベーションが無くなり始める頃である。脱力感とダルさにより何もしたくないという気持ちを持ち始める。夏休みの宿題が大量に残っていたとしてもそれをやる気にはならない。ただダラダラするだけの時間になる。

 

暗殺旅行と言うE組の大きなイベントが終わり、2学期を待つばかりとなったこの期間。E組の学生である浅野学真。彼はいま自分の部屋で…

 

 

 

隅っこで膝を抱えたまま時間を過ごしていた。

 

 

 

 

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「…おーい。いい加減に元気出せよお前」

 

 

杉野が隅っこで座っている俺に声をかけてくれる。なんて優しいお方だろうか。彼はきっと神に違いない。

 

 

「ちょっと待て!色々とおかしくなってねぇか!?」

 

「ああ、おかしいのは承知している。俺はもうダメだ。三途の川が見える」

 

「ここはお前の部屋の中だっての!!頼むから意識を取り戻してくれ!」

 

杉野は相変わらずツッコミが上手いよな。友人として尊敬するよ。

 

 

 

「…何アレ、漫才?」

 

「面白いし、ほっといていいんじゃない?」

 

 

その様子を渚とカルマが覗いている。正確にはカルマはテレビゲームをしているからコッチを見てはいないのだが。

 

 

 

 

 

 

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暗殺旅行が終わり、生徒はそのまま家に帰ろうとする。この後は2学期を待つのみだ。夏休みの宿題を終わらせたり思う存分遊んだりして過ごすことになる。

 

そんな中1人だけ明らかに元気が無くなっている男がいた。その男こそ浅野学真である。暗殺旅行の最中に比べて明らかに元気がない。周りの生徒も気になっていた。

 

友人の異変に違和感を感じていた杉野は後日彼の部屋に訪れる事にした。渚とカルマを連れて部屋に来る。そして彼の部屋に入ることが出来た。

 

だが見ての通り彼は意気消沈している。お菓子を出したりテレビゲームの準備をしたりとしているので全く動かないと言うことはないが、やる事が無くなると隅に行ってジッとしているのである。

 

 

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「いや…来てくれた事は嬉しいんだけどよ…どうしても落ち込んでいる状態からは抜け出せなくて…」

 

「おう…自分から話してくれるとは思わなかった」

 

 

杉野たちに今の俺の状態を伝える。さっき言った通り俺はかなり落ち込んでいる。これじゃダメだと思っているんだけど切り替える事が出来なかった。

 

 

「…やっぱり、あの肝試しが原因か?」

 

 

杉野の質問にうなづいて答えた。

 

それは間違いない。

 

 

俺は矢田の胸、更に言えばその膨らみを鷲掴みしてしまった。女性の胸を鷲掴みするというセクハラをしてしまい、恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになる。

 

矢田は間違いなく怒っているだろう。胸を掴まれたわけだし当たり前なんだけど。

 

 

「でも…学真くんは悪かったと思っているみたいだし、謝れば矢田さんは許してくれると思うけど…」

 

 

渚が最もらしい事を言ってくれた。誠心誠意を込めて謝罪すれば、矢田なら許してくれるだろう。

 

 

帰るときまで俺はそう思っていた。

 

 

 

「いや、俺もそう思ってたんだけどよぅ…いざ謝ろうとして矢田の前にいこうとしたら…逃げられるんだ。それもダッシュで」

 

 

 

矢田は俺を見た瞬間に逃げ出してしまう。明らかに俺を避けているって事だ。顔を見るなり振り返ってダッシュで逃げられる。その時のショック、なんとも言い難いものだった。

 

 

「さ、避けられてる…?」

 

「多分だけど…矢田は俺の顔を見るのが嫌なんだ。そりゃ女の胸を触るような変態野郎には近づきたくないだろうけどよぅ…」

 

「…学真くんって落ち込んでいる時はとことんネガティブになるね」

 

 

ネガティブとかそんな事言ってる場合かよ…

 

この後どうすれば良いんだ。学校が始まれば、嫌でも矢田と会う事になる。そうするとかなり気まずくなる。そんな中で暮らす学校生活なんて耐え切れる訳ない。

 

 

《ピンポーン》

 

 

「…?誰か来たみたいだな。俺見てくるよ」

 

「おう、頼む杉野」

 

 

杉野が玄関に向かう。部屋に残っているのは俺とカルマと渚だけだった。

 

 

「それでどーしたいの?学真は」

 

 

カルマが当然の問いかけを出してきた。結局俺は何がしたいのか。俺自身もよく分からなくなっているし、周りから見るともっとおかしく見えるんだろうな…

 

 

「…謝罪したい。こんな感じで関係が微妙になるのは嫌だ」

 

 

矢田とは仲直りしたい。アイツに限らずE組のみんなは良い人だ。できればみんなと仲良く学校生活を暮らしたい。その気持ちは間違いない。

 

けど1つ問題がある。矢田に謝るきっかけが作れない。会えば避けられるしそもそも矢田に会う機会もない。全く作戦が思いつかなかった。

 

 

「じゃあしてくれば良いんじゃない。一応電話番号は知っているんでしょ?」

 

「うっ……」

 

 

…そうか。電話という手段があった。そうすれば謝罪の言葉を言う事は出来そうだ。

 

けどそれで良いのか?謝る時は顔を合わせてするものだと思っていたから…なんか違和感がある。電話で謝るだけで済んでいい話だろうか。

 

 

まぁいまは緊急事態だからその方が良いと言う事なのかもしれないけど…

 

 

 

《バァン!!》

 

 

 

 

へ…?

 

 

 

 

「い、今のって…銃声……?」

 

 

 

渚の言う通りだ。いま聞こえたのは間違いなく銃声だ。それも殺せんせーを暗殺するような銃じゃなくて本物の…

 

しかも、音がしたのは扉の方だった。

 

 

まさか…

 

 

 

「杉野!!」

 

 

 

玄関に通じる扉を開ける。リビングにいたから扉を開ければ玄関が見える構造だ。

 

そして見えたのはバッタリと倒れる杉野と…

 

 

 

黒いスーツを着た男だった。

 

 

 

 

 

 

 

「…フン、口答えをするからそうなるのだ」

 

 

 

スーツの男は銃をしまった。コイツ、まさか杉野を撃ったのか…?

 

 

 

 

「テメェ…!何者だ…!」

 

 

 

 

男を睨んで問いかける。杉野に銃を発砲するなんてふざけた事をしやがって…!

 

 

 

 

「人は『龍帝』と呼ぶ」

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

…………ハ?

 

 

 

 

 

 

「数多の悪代官を刑務所に送り、数多の犯罪者に裁きを与え、人の世界に平穏をもたらす。我が名は『ブラキオス』!通称ブラキ刑事だ!」

 

 

 

 

 

……

 

 

この鬱陶しい口上と話し方とダサいネーミング…

 

 

 

 

 

 

 

 

「…黒崎、だよな……?」

 

 

 

 

「…………ッ!!」

 

 

ピシッと固まり始めやがった。図星かよ。

 

 

 

 

「し、知らん!そんな男の名前は!我が名はブラキ刑事だ…」

 

「…何やってるの?黒崎くん…」

 

「…こ、このブラキ刑事の邪魔をすると言うのなら、公務執行妨害で…」

 

「最近の刑事ドラマにでもハマった?」

 

「…………」

 

 

あ、言葉を失った。

 

 

倒れている杉野を見ると、ピクピクしているが怪我をしている様子はない。銃弾なんかどこにも無かった。

 

って事は、音だけだったみたいだな。爆音と緊張感でショックで気絶したと言うところか…

 

 

「なんだ?今の音は…」

「もしかして銃声だったんじゃ…」

 

「ぬっ…!民間人が集まってきただと…?なぜ…」

 

「いやお前のせいだよ」

 

 

結局何がしたいんだよコイツ。正直コイツの1人劇場とか見たくないから早いところどこかに行って欲しいんだが…

 

 

 

「チッ…こうなったら手っ取り早く要件を済ませる…!」

 

「…?要件…?」

 

要件ってなんだ?

 

 

「浅野学真!キサマをこのブラキ刑事の名の下に連行させてもらうぞ!」

 

 

 

……はぁ!?

 

 

「おいちょっと待て!何の話だ!」

 

「…質問に答える暇はない!サッサと行くぞ!」

 

「いやおい!ちょっと待て!!」

 

 

一生懸命止めようとしたけど、黒崎は俺の話を全く聞かずに俺を担ぎ始める。結構力がありすぎて俺は手も足も出せなかった。

 

 

「おいコラァァ!!俺の話を聞けぇぇぇい!!!」

 

 

 

全く説明もされないまま、俺は黒崎に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

黒崎が学真を連れて行ったところを、渚とカルマは後ろでただ見ていた。学真を助けなかった理由は、目の前で起こっている事に理解が追いついていないからと言うものと、別に気にする必要ないかと割り切っているものだった。

 

 

「杉野…大丈夫?」

 

 

渚はとりあえず廊下で横になっている杉野に話しかけた。その声に杉野は意識を取り戻す。

 

 

「うう…何だったんだよ…」

 

 

頭を抑えて、頭が無事である事を確認する杉野。彼もかなり混乱している様子だった。

 

 

「と、とにかく…何があったのかを教えてくれない?さっき黒崎くんと一緒にいたみたいだけど…」

 

 

渚の問いかけに、杉野はハッと何かを思い出したかのような表情になる。

 

 

すると突然杉野がしゃべり始めた。

 

 

 

「おい!何なんだよアイツ!!」

 

 

 

かなり興奮しているみたいであり、杉野はかなり大きな声が出た。あまりにも大きかったためカルマは耳を塞いでいる。

 

 

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杉野が扉を開けた時である。

 

 

扉を開けると黒いスーツを着た男がいた。髪はローションで思いっきり固めており、サングラスをかけている。ぱっと見ガラの悪い不良にしか見えなかった。

 

 

「おい坊主…浅野学真を出せ。中に居るはずだ」

 

 

男が突然学真を要求してきた。その瞬間杉野は構えた。まさか学真に何かしようとしているのではないかと。そう考え、素直に男の要求に従わなかった。

 

 

「学真を呼び出して何をするつもりだ」

 

 

杉野は尋ねた。学真に何の用だと。

 

 

男は黙っている。杉野の質問に対して何と答えるつもりなのか、杉野は警戒しながらその様子を見ていた。

 

 

 

やがて男は話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさい!!」

 

「えぇ!!?」

 

 

 

 

うるさいと短く言われ、腰から拳銃のようなものを取り、杉野に向けて発砲した。

 

 

《バァン!!》

 

 

 

大きな銃声。杉野はいま撃たれたと思い込み、そのまま意識を失った。実を言うと大きな音を鳴らすスイッチを押しただけなのだが…

 

 

=======

 

 

 

「質問にも答えねぇわ銃みたいなもので発砲してくるわ…メチャクチャじゃねぇか!!黒崎って奴は話を全く聞かないのかよ!」

 

 

杉野が言う事は最もである。話を全く聞かないで発砲するなんて事は正気の沙汰じゃない。完全におかしいと渚もカルマも認めていた。

 

 

 

「まぁ…黒崎くんは予定が狂ったら力押しで突破しようとするし…」

 

「いわゆる脳筋という奴だね」

 

「ロクな友達いねぇな!!」

 

 

 

限度を超えるスケールのデカさに、杉野は絶句する以外の行動は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

話を全くしてくれない黒崎に連れて来られたのは公園だった。時間的にもう遅いから誰もいない。ガランとした公園だ。

 

 

 

その公園で何故か俺は木に縛りつけられていた。

 

 

「…おい!いい加減話せよ!なんで俺はロープで縛りつけられているんだよ!」

 

「フン、これ以上危険な事をさせないためだ」

 

「じゃあお前も縛られろよ!!」

 

 

結局なんだと言うんだ。ろくすっぽ説明もしてくれねぇし。

 

 

「その状態でしばらく待っていろ。俺はここから離れる」

 

「ハ!?こんな状態のままでいろと言うんですか!!?」

 

「では」

 

「オイ!ちょっと待て!!」

 

 

 

……あの野郎、どこかに行きやがった。

 

 

 

 

冗談じゃねぇぞ!!何が嬉しくて公園で縛り付けられなければならんのだ!

 

遅いから誰もいないと言ったけどそれは公園を使っている人の話だ。通行人はいるんだぞ。これはアレか、公開処刑か。

 

何とかしてこの縄を解かないと…もし知り合いにこんな姿を見られたら…

 

 

「あ…えっと……」

 

 

え…?

 

 

そ、その声って……

 

 

 

 

 

「…が……学真くん…………」

 

 

 

 

……あぁ…

 

 

「矢田……」

 

 

 

 

 

 

 

終わったァァァァ!!アッサリ知り合いに見つけられたァァ!!しかも何でよりによって矢田に見つけられちまうんだァァ!!

 

 

 

もうダメだ…おしまいだ…生きていけるはずが無い…俺は死ぬんだ…

 

女子の胸を触るというセクハラ行為に加え、真夜中に木で縛られる嗜好に走ったと言う人間に思われてしまった…2学期ではゴミのような目で見られる生活になってしまう。あぁ、今にして思えば1学期の時に不審な目で見られていたのもいい思い出だったな…

 

 

「あ…そ、その…違うの!!その…学真くんがそうなったのは…私が原因というか…」

 

 

え……?

 

 

 

 

 

少し前。リゾート島から帰ってきた時の事である。

 

帰り道で矢田は浮かない顔をしていた。

 

 

「桃花ちゃん。大丈夫…?」

 

「あ、うん……」

 

 

一緒に帰っている倉橋にも心配される。倉橋から見ても矢田の様子はおかしかった。

 

そしてその理由にも心当たりがある。神崎から与えられた情報がその理由では無いかと思った。

 

 

「…学真くんに胸を掴まれたんだっけ?」

 

 

矢田の顔が赤くなる。改めてその話を聴くと恥ずかしい気持ちが出てしまうみたいだった。

 

 

「不慮の事故だったんだけど、ね…学真くんは全然悪くないんだけど…」

 

「けど?」

 

「凄く気まずい」

 

 

やっぱり…と言っているような顔を倉橋はしている。不慮の事故とはいえ胸を触られて、一悶着あったのだからそうなるのも仕方がないのかもしれない。

 

 

「この件は終わらせようとしても、いざ学真くんを見ると恥ずかしくなって…つい逃げてしまう」

 

 

矢田の気持ちは凄く分かるのだが、このままではまずいのは明らかである。しかし会うだけで恥ずかしくなってしまうと出来る事があまりにも無いようにも思える。困っている友人のためにどうしたらいいんだろうと倉橋は考え続けていた。

 

 

「浅野学真がどうした?」

 

 

突然声をかけられた。声のする方を見ると、椚ヶ丘中学校3年D組の生徒、黒崎裕翔が立っていた。

 

 

「あ、黒崎くん」

 

「リゾート島旅行は終わったみたいだな。それで、何かあったのか?」

 

 

期末テスト前のテスト勉強会で既に面識がある3人はそれなりに話す機会があった。特に倉橋は黒崎とメールアドレスの交換も済ませている。

 

矢田は黒崎に今までの経緯を説明した。胸を触られた件は流石に倉橋に説明してもらったのだが、殆どの話は伝えた。

 

 

「…ほう、なるほど…」

 

 

肩書きや強弱を基準に物事を判断しない黒崎には、学真には悪いところがない事は上手く伝わった。

 

 

 

そう、思っていた。

 

 

 

 

「話の風上にも置けないな。女性の体に触れ、あろう事か謝罪の一言も無しとは」

 

「………え?」

 

 

戸惑いを矢田は抱えた。完全に学真が悪いと認識されているみたいだ。不慮の事故である事は伝えたのだが。

 

 

「そういう事なら俺も手伝おう。ここから向こうに進んだところに人気がない公園がある。そこに学真を連れて行く。もちろん逃げられないようにする」

 

「あ、いやだから学真くんは…」

 

「フッ…心配はいらない。スマートに完璧にあの男を連れてきてみせる」

 

 

矢田の話を全く聞かないで黒崎はどこかに行ってしまった。その場で立ち尽くしている矢田は、頭の中が真っ白になっている。

 

 

「…どうする、桃花ちゃん」

 

 

倉橋に言われてどうしようかと考えたものの、黒崎に言われた公園に行く以外の選択肢は無く、矢田はそのまま公園に向かった。

 

 

 

 

 

「…と、いう事があって」

 

 

 

ふむふむなるほどね。つまり矢田のために俺をここに連行して来たというわけか。

 

いやふざけんじゃねぇぞ!!色々とおかしいだろうが!!

 

まずあの野郎矢田の話を全く聞いてないじゃねぇか!頓珍漢な解釈をして変な返事をしやがって!『心配はいらない』じゃねぇよ!お前は気にしろよ!

 

そしてこれのどこがスマートだ!!刑事のコスプレで一悶着あった上に公園で縛り付けるって!俺は脱獄した凶悪犯か何かかよ!

 

 

あの野郎覚えておけよ…

 

 

 

「そ、その……」

 

 

 

矢田がどうすれば良いのかが分からずに困惑している。まぁこの状況でやるべき事なんてそんな簡単に分かるはずもない。

 

 

「矢田…」

 

 

ここは俺が助け舟を出すべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずコレ解いてくんね?腕が凄く痒いんだよ」

 

「あ!う、うん…」

 

 

まずは縄を解いてもらった。木に縛られたせいで固定されていた腕が物凄く痒い。掻くことも出来ないしそれどころか話を進めることも出来ない。

 

 

「あぁ…嵐のような出来事だった…」

 

 

 

漸く自由になれたよ。わずか数分だけでこんなに辛いもんなんだな。ガムテープで硬く拘束された上にカルマの拷問を受けた殺し屋の凄さを身を以て知った気がする。

 

 

さてと…

 

 

 

「矢田…」

 

 

声をかけたら今度は矢田は逃げようとしなかった。まぁさっきまで色々とあったから、今度は逃げようとは思えなくなっているのかもしれない。少し卑怯な気もするけど、今のうちにしておくべきだ。

 

 

「…この前はすまなかった。お前に嫌な思いをさせてしまったな」

 

 

頭を下げる。漸くこの言葉を言うことが出来た。謝罪と言うのは口に出して言わないといけない。それは鉄則と言えるものだ。

 

 

 

「…ううん。学真くんは悪くないから。私もごめん。少し恥ずかしくって…」

 

 

良かった。許しは得られたみたいだ。怒られるかもしれないとタカをくくっていたけど、杞憂だったようだ。

 

 

「大丈夫だ。そりゃ気まずいだろうし、逃げたくなるのも仕方ねぇよ」

 

 

一安心して話す。少し気持ちよくなったせいか清々しい気分になった。

 

 

「ところで学真くん…」

 

 

…ん?

 

 

「どうした?」

 

「あの…えっと……」

 

 

…矢田は何か困っているみたいだ。もしかして何か言いたい事でもあるのか?

 

けど矢田は焦っている。落ち着かない状態で考えようとしても上手くいかないだろうな。

 

 

「慌てなくて良い。ゆっくりで大丈夫だぞ」

 

 

落ち着かせようとして矢田にそう話した。ゆっくりでも大丈夫と言えば、少しは落ち着くと思ったからだ。

 

矢田は少し落ち着きを取り戻したようだ。そのせいか頭が働くようになり、少しずつ話してくれた。

 

 

「……えっと、肝試しの時…」

 

 

……………

 

 

「えっと…肝試し……?」

 

「うん。洞窟の中で肝試しをした時の事なんだけど…」

 

 

…マジか。肝試しの話が出てくるとは思わなかった。出来ればあの話はもう忘れたいんだが…

 

 

 

「その時さ…学真くん言っていたよね。…私がいたからって…」

 

 

……ああ…そういえば言った。矢田がいたから強がってましたって。

 

カルマに仮面で驚かされていた時にパニクって口に出してしまったんだっけ。

 

 

「それって…どういう意味なのかなって……」

 

 

うぅ…あの言葉の意味と来たか。いや、正直意味があったわけじゃない。クラスメイトが近くにいたから強がっていたのも事実だし、贖罪のつもりで言っただけなんだ。

 

 

「…恥ずかしかったんだよ。怖がりであるのを知られるのが。幻滅されると思ったから」

 

 

一生懸命言葉を選んで話した。言葉を選んでと言っても嘘はついていない。

 

 

「そっか…うん、そうだよね……」

 

 

俺の答えを聞いて矢田が呟いた。なんか落ち込んでいるようにも見える。

 

 

「終わった〜?」

 

 

 

……倉橋…?

 

 

 

「そうか。お前もさっきまで一緒にいたんだったな」

 

「うん。さっきまで黒崎くんと話してたんだよ」

 

 

なるほど。ここにいないなと思っていたら裏で黒崎と一緒にいたのか。

 

 

 

「その黒崎はどこだ?」

 

「もう帰っちゃった。用事があるとか」

 

 

…チッ。帰ったのかよ。1発文句を言いたかったのに。

 

 

 

「桃花ちゃん、仲直りは済んだ?」

 

「う、うん…」

 

「それじゃ、また明日からいつも通りだね」

 

 

相変わらず明るいな。見てて凄い和む。倉橋ってこういう時に気持ちを楽にしてくれるよな。

 

 

まぁともかくこれで全部終わったみたいだ。倉橋の言う通り明日からはいつも通りにギクシャクする事なく過ごせる。

 

 

 

 

 

 

そう、いつも通り…

 

 

 

 

 

「バイバーイ、またね」

 

「…じゃあね。また学校で」

 

 

「お、おう。またな」

 

 

 

 

公園で倉橋と矢田が帰っていった。俺はその様子を後ろから見守っていた。

 

 

 

そして2人の姿が見えなくなった時、俺も自分の家に向かった。

 

 

 

 

 

帰り道

 

 

 

俺は少し考え事をしていた。

 

 

 

それはさっきの矢田の反応だった。

 

 

 

『そっか…うん、そうだよね……』

 

 

 

あの時矢田は少し落ち込んでいるようにも見えた。何か嫌なことでもあったんだろうか。それともまだ何か困っていることでも…

 

 

 

 

 

 

いや、違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当は

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を特別視していなかった事がショックだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

『矢田がいたから強がっていた』の意味を尋ねて、その答えは『怖がりである事を知られるのが恥ずかしかったから』だった。それはつまり矢田とかは関係なく他の人でも同じだったと言うことになる。

 

 

 

それで少しだけショックだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

分かっていたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢田が俺に好意を持っていた事は。




矢田さんの気持ちには気づいていたみたいです。学真くんはそれにどう向き合っていくのか。この夏休み回の最期のテーマになっていきます。それでは次回もお楽しみにしていてください。

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