浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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夏休みに入って暫く経ちました。作者にとって夏休みとは地獄です。就活関係の仕事は夏休みにシッカリやらないといけないので。そんな中カップルを見ていると微笑ましいのか妬ましいのか、よく分からない感情が込み上がって来ます。今回はそんな気持ちを思いっきりぶつけました。




第83話 肝試しの時間

「暗殺肝試し…?」

 

 

お化け姿になった殺せんせーが提案した企画は、暗殺肝試しというタイトルである。

 

 

「先生がお化け役を務めます。もちろんお化けは殺してOK。今回の暗殺旅行にピッタリの締めくくりでしょう」

 

 

お化けを暗殺できる肝試し…略して暗殺肝試しである。このE組でしか出来ないイベントであり、普通では体験できない楽しさを実感できるイベントになる。

 

 

「面白そうじゃん。動けなかった分動いてやるぜ」

 

「ええ〜。でも怖いの嫌だな〜」

 

「まぁでもお化けは殺せんせーだろ。余裕余裕」

 

 

生徒たちは結構楽しそうにしている。暗殺教室で過ごした経験のせいか、いろんなことを楽しむようになった。この破天荒なイベントも楽しもうとさえ思っているのである。

 

 

 

 

 

たった1人を除いて。

 

 

 

 

「…なぁ殺せんせー」

 

「にゅや?」

 

「どうしたんだ学真?」

 

 

学真が殺せんせーに話し始めた。その時の学真はかなり深刻そうにしている。いつもとは全く違う雰囲気を感じた杉野は学真の様子を見に来た。

 

 

そして学真は殺せんせーに話そうとしていた事を打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おれ体の調子悪いから部屋に帰って良いですか?」

 

「お前さっき全然大丈夫って言ってたじゃねぇか!!」

 

 

 

それは欠席願いを出そうとしているようなものだった。確かに学真はかなり怪我をしているが、全く問題ないと言っていたのは他の誰でもない学真であるため、その言葉は九割がた嘘である事が明らかだった。

 

 

 

「いや…体は大事にしないといけないと思うんだ」

 

「いつも大事にしないお前が言ったところで説得力ちっとも感じねぇよ!!」

 

 

 

もはやおかしい。ここに来て学真が弱気になるのは絶対何かある。無理難題であったとしてもこなしてみせようとする学真にはあり得ない。

 

 

 

その時杉野の頭に1つだけ仮説が浮かんだ。学真がここまで弱気になる理由について。

 

 

 

 

 

 

「学真、まさかお前…

 

 

 

 

 

お化けとかの類って苦手なのか?」

 

 

 

 

学真は始めて冷や汗をかくという感覚を覚えた。

 

 

 

「い…いやぁ!?別にそんな事は全然ないんですけど!!お化けとかそんなのでビビるほど小心者じゃねぇし!!」

 

(あ、動揺している時の喋り方だ)

 

 

動揺しているのがバレバレな喋り方である。一緒にいる事が多い杉野は一瞬でそれが分かるレベルに達していた。

 

 

 

「だったら参加しなよ。みんな参加するんだから、学真くんだけ参加しないのはダメだよね〜」

 

「!か、カルマ…うぐぐ…!」

 

 

学真はカルマに連行された。悪魔のツノと尻尾が生えているように見え、文字通り悪魔の笑みを浮かべていた。

 

 

そして意地の悪い顔をしているのはカルマ以外にも存在していた。

 

 

 

後頭部の後ろに『カップル成立!』と大きく書かれている超生物が…

 

 

 

 

 

◇学真視点

 

 

 

…八方塞がりというやつかよ。

 

 

カルマのせいでここから逃げる事も出来なくなってしまった。

 

 

 

これじゃあほんとうに参加しないと行けなくなるじゃねぇか。

 

 

 

 

 

 

あの肝試しに。

 

 

 

 

 

 

 

========

 

肝試し。驚いたり怖がるようなイベントを経験またはそのような話を聞いたりしてスリルを感じさせるイベントである。

 

スリルを感じるとは『寒気を感じる』という事もあり、今では夏の風物詩になっている。

 

スリルを経験した人間が感じる事は、そのスリルを楽しく感じるか、怯えまくって泣きたくなるかの2つに分かれる。

 

 

 

そしてこの男、浅野学真は後者の方。いわばお化け怖いである。

 

目で見た事を記憶するという能力のせいか、元々不気味な見た目が嫌いであり、ムカデやガと言った生物は見ただけで頭痛を感じる男であった。しかし父親である浅野学峯の恐怖を経験し続けたため、それだけでは恐怖を感じる事は無かった。

 

 

 

だがしかし、オカルト系はそうも行かなかった。

 

目で見た事を記憶する彼は、無意識に目で見る事に頼るようになってしまい、しまいには目で見えない事に対して恐怖を抱いてしまう始末である。お化けやオカルトという目で見えようが無いものには小さい頃から怯えていた。

 

 

 

極め付けは小さい頃の経験である。

 

 

まだ5歳にも満たないころ、夜中にトイレに行こうとしていた時だった。そしてトイレをしてほうっとしながら窓を見ていた。

 

 

 

その時彼は、窓の外から部屋の中を覗こうとしている女の人の姿が見えた。

 

 

 

そしてその瞬間彼は気絶して倒れてしまったのである。

 

 

 

 

もちろん見間違いである。その日はたまたま風が強かったせいもあって家の外にあった紙が飛び交っていた。その中で怖い女性が書かれてある紙が窓に張り付いてしまった。

 

だがまだ5歳だった彼は冷静に考える事が出来ずに怖い女性が窓から覗いていた記憶だけが残り、それがトラウマとなってオカルトというものを怖がるようになってしまったのだ。

 

 

 

========

 

 

 

参加したくない。本音を言えば逃げ出したい。けどここで尻尾巻いて逃げたら、俺がお化け怖いである事を証明してしまうようなものだ。

 

 

もしそうなったら……

 

 

 

『学真くんって中学生にもなってお化けが怖いのかしら?

 

 

 

 

 

お可愛いこと』

 

 

 

 

 

頭の中にその光景が浮かび上がる。いつも優しかった矢田の蔑んでいるような表情が。もしそんな表情で見られたら、俺の中で色々な物が粉々になって崩れ落ちる。

 

 

それだけは絶対に避けないと行けない!

 

 

 

「最近ハマった漫画に早速影響されているね」

 

「………何言ってるの?」

 

 

 

 

 

肝試しのルールは大体説明された。肝試しはこの海底洞窟の中で行う。俺たちは男女2人ペアになってこの洞窟に入ること。暗闇だからライトを忘れずに…とのことらしい。

 

そしてペアはくじ引きで決まった。殺せんせーが何本か糸を持ち、その中から俺たちが一本ずつ選ぶ。そして糸に書かれている印が同じ人とペアになる。

 

ペアは次から次に決まる。そりゃ糸を選ぶだけだからな。俺も同じように選んだ。そして俺のペアになったのは…

 

 

 

 

矢田だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかの矢田とかよ…嫌なわけではないけど出来れば避けて欲しかった。

 

ていうかアイツの仕業とかじゃねぇだろうな。糸を取る瞬間にすり替えて目的の糸を引かせるとか。アレ?ありそうな気がする。

 

 

 

「じゃあ…そろそろ行こう」

 

 

前のグループ(前原と岡野)が入ってから暫く経つ。もう俺たちが行かないといけない。それは分かっていた。

 

 

 

でも…行きたくない。

 

 

 

『ここ(洞窟の影)から先は地獄だぞ』という声が聞こえる。引き返せるなら今しかない。この先に進んだらもう後戻りが出来ない。

 

 

けど戻ることも出来ない。みんなで参加してる空気になってしまってる以上そんな事許されるはずがない。

 

 

 

「学真くん…?」

 

「あ、ああ!今いくよ!」

 

 

 

心配そうに矢田が尋ねてきたのが聞こえて、声を震わせながら足を踏み出す。俺の足はアッサリと地獄との境界線を乗り越えた。それに気づいた時にはもう既に先へと進む道しか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「暗いね…洞窟の中が全く見えないよ」

 

 

先に進めば進むほど暗さが増して来る。入り口が遠くなっていくから当然なんだろう。暗くなっていくにつれて心細さが増して来る。いや、怖くはないんだけど…凄い不気味だ。怖くないんだけど。

 

 

 

どうにか心の中にあるモヤモヤした感情をどうにかしたい。このまま進んだら変な事になりそうだ。

 

 

あ、そうだ。

 

 

 

 

 

 

「そ、そうだな…見えなくなる()()()に暗いよな…」

 

 

 

 

 

 

 

ヒュオオオ…

 

 

 

 

 

 

「えと…大丈夫?学真くん…」

 

「すまん、放っておいてくれ…」

 

 

あまりにも重々しい空気をどうにかしようとしたけど寧ろ気まずくなった。どうしようこの空気…

 

 

 

 

 

《ポン…》

 

 

 

 

 

へ……?

 

 

 

 

 

《ポン…ポン…ポン、ポンポンポン》

 

 

 

 

これって…三味線…?

 

糸を強く弾いている音が聞こえて来るんだけど…

 

 

 

 

 

「ここは血塗られた洞窟…」

 

「イヤァァァァ!!!?」

 

 

 

急に出て来やがったァァァァ!

 

 

 

 

沖縄のそれっぽい服を着た殺せんせーが三味線を持ってスーッと現れた。蝋燭という仄かな明かりが恐怖を際立たせている。見慣れているその顔を始めて怖いと思うようになった。

 

 

「なにも見えない()()()()()この洞窟で多くの武士がお()()りしました」

 

「頼む!そのギャグを回収しないでくれ!」

 

 

あの野郎聞いてやがったな!改めて聴くと恥ずかしくて死ぬ!しかもなんで付け足してるんだ。もう泣き叫び(cry)たい。

 

 

「離れ離れになった2人がこの場で生き絶えたという。決して離れ離れにならないようにそのまま進みなさい…」

 

 

今度はスーッと消えた。いつもみたいに突然現れないから余計に心臓に悪い。

 

 

「な、なんか思ったより本格的だね…」

 

 

矢田も少し驚いたみたいだ。テッキリ遊びの延長線かと思っていたけど殺せんせーはマジで驚かせようとしている。

 

 

「フッ…だが恐れる必要はない。あの話は多分作り話だ」

 

「…多分どころか確実だと思うけど」

 

「必要以上にビビらせようとする魂胆だろう。アイツはこの先もああやってコッチをビビらせてくるつもりだ」

 

「うん…一応肝試しだし…」

 

 

敵の狙いが分かっている以上焦る必要もない。じっくり対策を練っていけばいいだけの事だ。

 

 

「さぁ行くとしようか。戦場に」

 

「そっち今来た道だよ」

 

 

 

 

 

洞窟だからかもしれないけど、ここは凄く足場が悪い。道は整備されているものの、通れるようになっただけで通りやすくなったわけじゃない。そのせいで時間がかかるし…なんというか現実味を感じる。

 

 

「さぁ来い。この手で本当に成仏させてやる」

 

 

俺は殺せんせーを警戒している。マッハ20の速度を持っているあのタコの事だ。突然目の前に現れて驚かしてくるはずだ。その手で来た瞬間返り討ちにしてやる…

 

 

 

「ここはかつての武士が病によって倒れたところ…」

 

「うおおおお!!?」

 

 

…チクショウ。なんで今日は不気味に現れるんだよ。

 

 

「なかなか治らない殿方を治すために女性は色々と手を尽くした。その時彼女がした方法は、彼の側で一緒に寝ることだった。だが男は眼が覚めることもなく二人は永遠に寝ることになった。その跡がこれである」

 

 

…2人が永遠に寝続けただと…それって棺桶の中で心中したという事か…?

 

 

おい、冗談じゃねぇぞ…ここで棺桶とか出してくるんじゃねぇだろうな…

 

 

ビクビクしながら殺せんせーが指差しているところを見る。そこには殺せんせーの話に出てきた2人の…

 

 

「は?」

 

 

 

いや待て

 

 

 

 

 

なぜにベッド?

 

 

 

 

 

 

それもダブルの。

 

 

 

 

 

 

「さぁ、さっさと寝ろ」

 

「何がしてぇんだボケタコォォ!!!」

 

「にゅやぁぁ!!?あ、危なっ!!」

 

 

 

 

銃を使って発砲する。あのタコは慌てて逃げ出した。

 

 

「あの野郎…何がしたかったんだ」

 

「まぁ…多分ゲスい事を考えていたよね」

 

 

矢田の言う通りだろう。あのタコは多分この企画で誰かをくっつけようとしているんだろうな。このホラー企画で吊り橋効果を狙っているんだろう。もっともくっつけさせようとしているあまり怖がらせる要素は皆無だけど…

 

 

「…もう出るか」

 

 

アイツの考えが分かった以上そんなに怖く無くなった。ホラー要素皆無なら怖がる心配もない。さっさとこの洞窟を抜けるとしよう。

 

 

「ねぇ、学真くん。1つ思ったんだけどさ…」

 

 

すると矢田が話し始めた。何か気づいたことがあったのだろうか。なんか殺せんせーについての情報が…

 

 

「ひょっとして…学真くんホラー苦手?」

 

 

 

 

 

心臓を貫かれるような錯覚を生まれて初めて感じた。

 

遠くから射抜かれた矢が見事に当たったような感じというような。

 

 

 

 

「い…いや、別に…」

 

 

 

ひたすら誤魔化す。まさか終盤に来てバレるとかになったら情けないどころの騒ぎじゃない。こんなところでバレるわけには…

 

 

 

 

 

「うぎゃああああ!出たァァァァ!!!」

 

 

 

 

へっ?

 

 

何が起こった…?

 

 

 

 

「ヒィィィ!目がない!!

ぎゃあああ!なんかヌルヌルに触れられた!!

ウワァァァ!日本人形!!

アァァァァ!水木しげる大先生!!」

 

 

…この声って、殺せんせー?もしかして…

 

 

「殺せんせー、結局自分で楽しんでいるんじゃ…」

 

「祟りか…?」

 

「…え?」

 

「もしかして祟りじゃねぇか?洞窟を好き放題使ったから、誰かの怒りに触れたんじゃ…」

 

「……えっと…」

 

 

コレ…ヤバい事になって来たんじゃねぇか?洞窟の中にいる俺たちも危ないんじゃ…

 

 

ーーポン

 

 

肩を叩かれたような感触がした。正確には肩に手を置かれた感触だ。

 

ソーッと後ろを向いた。俺の思い違いであって欲しいと思いながら。

 

 

 

けどやっぱり現実というものは、期待とは別の展開になってしまう。

 

 

 

 

 

般若

 

怖い顔をした鬼の事だ。

 

 

その般若の顔が俺の目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎゃあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

今の声は多分大声だった。けどそれを気にする余裕は無かった。目の前で起こっている事態に対して冷静に考える余裕もない。

 

 

「ごめんなさいごめんなさい!粋がっててごめんなさい!本当はお化けメチャクチャ怖いんです!矢田がいたから強がっていました!神さま仏さま女将サマァ!お願いですからお助けくださいィィィ!!!」

 

 

 

座り込んで頭を抱えながら謝罪の言葉をならべる。こうなった以上は神頼みしかない。

 

 

 

 

「やっぱり怖いの苦手なんだね〜」

 

 

 

……へ?

 

 

この声って……

 

 

 

 

 

 

恐る恐る後ろを振り返る。よく見ると俺がみた般若は体がある。しかも俺たちと同じジャージを着ている。

 

 

 

 

 

 

声と服装、そして体型から1人の男が浮かび上がった。俺はその浮かび上がった男の名前を言う。

 

 

 

 

 

 

 

「…カルマ………?」

 

 

 

 

 

「大当たり〜。まぁ仮面をかぶっている事ぐらいは見ただけで気づいても良かったと思うけどね」

 

 

ソイツは顔を手で掴む。そして般若の仮面が取れた。仮面が取れた顔は思った通りカルマの顔だった。

 

 

 

 

「まさかこんな仮面が使える時が来るとはね〜。一応準備していて良かったよ」

 

 

 

嬉しそうな顔をしてやがる。カルマは手持ちのバッグに般若の仮面を入れた。あのバッグは確かあのからしとかわさびとかが入っていた奴だ。って言う事はアレはいたずら用の小道具が入っているのか。

 

 

 

「…カルマ、テメェ…!」

 

「そう怒んないでよ。ちょっとからかっただけだし」

 

 

からかっただけとかよく言えたな。そんな気持ちで鼻にからしをぶち込んだりしているのかよ。

 

 

「っていうか奥田はなんでそこで見てるんだ」

 

「…えっと、カルマくんが学真くんを見て『ちょっとからかうからまってて』と言われたので…」

 

 

なんだその意味不明な理由は。それを聞いて止めようと思わなかったのか。思わなかったんだろうな。奥田だし。

 

 

「それじゃ先に行ってるからね〜」

 

「あ、お疲れ様です…」

 

 

カルマと奥田は先に進んで行った。その時のカルマは『あー面白いモノ見れた』とでも思っている様子だ。あの野郎覚えておけよ。

 

落ち着きを取り戻して矢田のいる方を見る。

 

「…アレ?」

 

その時に違和感に気づく。矢田はなんとなくボーッとしていた。困っているというよりも呆然としているというか…心ここにあらずという感じだ。

 

一体どうしたんだ。何か気になるような事でもあったのだろうか。けどいま起こったのは俺とカルマの会話くらいだと思う…

 

 

 

あっ……

 

 

 

 

『ごめんなさいごめんなさい!粋がっててごめんなさい!本当はお化けメチャクチャ怖いんです!矢田がいたから強がっていました!神さま仏さま女将サマァ!お願いですからお助けくださいィィィ!!!』

 

 

 

 

もしかして…

 

 

 

 

 

ドン引きしている…?

 

 

 

 

 

そうだ。そういえばそうだ。カルマの会話で気にしてなかったけど、ビビりまくっていた俺は情けない言葉をベラベラと言ってしまった。

 

あまりにも滑稽な俺の姿を見てドン引きしたのなら辻褄が合う。

 

そして俺に落胆したんじゃ…

 

 

 

 

 

 

 

うん…

 

 

 

 

 

 

 

ヤバい。

 

 

 

 

 

 

どうすれば良いんだ、オレ……

 

 

 

 

========

 

学真の推測には、1つ大きな間違いがある。それは『学真の姿を見て落胆した』と言うところである。

 

矢田が呆然としているのは間違ってない。もっといえばそうなった原因が先ほどの学真のセリフである事も間違ってない。

 

 

しかし、矢田が感じた事とは別の解釈をしてしまった。決して彼女は学真に落胆していない。男が怯えまくっている姿は情けなく見えるかもしれないが、それは見る人によって変わる。特に矢田はそれぐらいで落胆しない。

 

 

 

矢田が印象に残っているのは1つのフレーズである。

 

 

 

『矢田がいたから強がっていました』

 

 

 

これは矢田がいた事で学真が見栄を張ったという事である。つまり学真が矢田を特別に意識していたと言う意味にもなる。

 

その時の学真は恐怖心でいっぱいになり、贖罪の言葉として言っただけなのだが、そう言う意味にも聞き取れ、矢田はかなり戸惑っていた。

 

 

 

 

その事実を、学真は全く理解していなかった。

 

========

 

 

 

…とにかく、多分この肝試し大会はもう終わる事になる。ここでずっと居続けるのも問題だ。

 

 

「…おい、矢田」

 

「…えっ、うん…なに!?」

 

 

声をかける。流石に聞こえなかったなんて展開は無かったみたいだ。

 

 

「とにかく戻ろうぜ。多分この肝試しも終わりそうだし…」

 

「あ、うんそうだね!じゃあ行こっか!」

 

 

 

先に進もうと提案したら、矢田はそれに従ってくれた。少し慌てているようだけど、そんなに俺から離れたいのか?

 

 

 

いや、待て。

 

 

人が通る場所と言ってもここは足場がいい訳じゃない。思いがけないところに岩があったり滑りやすい坂があったりする。そんなに慌てたら転んでしまう。

 

 

「あっ!」

 

 

…思った通り、矢田の体制が崩れた。坂道で足を滑らせたみたいだ。

 

こんなところで転んだら怪我をしてしまう。俺は急いで倒れる矢田を掴んだ。

 

 

《ガシ!》

 

 

なんとか間に合ったみたいだ。矢田が倒れるより前に支えることが出来た様子だ。俺も一緒に滑る事無く矢田を上手に掴んでいる。…とにかく一件落着だな。

 

 

 

「うえっ!!?」

 

 

 

…え?今の声どちら様…?

 

 

「………学真くんに…矢田さん……」

 

 

少し前の方に2人いた。杉野と神崎だ。2人ともコッチの方を見てビックリした状態で固まっている。一体何を見たんだ?別におかしな事は無かったと思うけど…

 

 

 

アレ、ちょっと待てよ。

 

 

いまの状態をまとめてみる。

 

 

俺がさっきやったのは矢田が倒れそうになるのを防いだ。ここまでは問題ない。

 

俺はどうやって彼女が倒れるのを防いだか。それは抱えるようにして支えた。服を掴むのは危ないしこの足場では腕を掴んだだけでは意味がないと思ったからだ。だから腕で矢田を抱えるようにした。

 

滑って前に倒れそうになったところを背後から腕を回して抱える。すると手はどこに行くのか。それは体の前の方だ。

 

そしてさっき俺は『掴んだ』と言った。彼女が倒れるのを防いだのならせいぜい『止めた』もしくは『抑えた』と言うのが正しい。けどいま俺の手は確実に何かを掴んでいる。体の前に手を回して何を掴んだと…

 

 

 

 

おいちょっと待てよ。

 

 

 

 

嫌な予感が頭の中に浮かぶ。考え直しても今の状況で納得できる答えはそれしかない。

 

 

 

 

そう、俺が掴んでいるのは…

 

 

 

 

 

 

矢田の胸だった。

 

 

 

 

 

「…………っっっ!!?!?!?」

 

 

矢田が驚愕しているのが分かる。さっき感じていた雰囲気とは打って変わり激しく動揺している様子だ。

 

 

サーッと頭の中が真っ白になっている。何も考えられない状況と言うのだろうか。思考できない。謝罪の言葉も出てこないどころか思いつきすらもしない。

 

 

 

 

「ぃ……」

 

 

 

張り詰めた緊迫感が爆発するような感じがする。膨らんでいる風船が爆発しそうになる瞬間のイメージが近い。俺はその爆発する瞬間を見た気がする。

 

 

 

 

「いやあああアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 

顔に強い衝撃と、ゴンという鈍くて大きな音が脳に響く。矢田の後頭部が顔に思いっきり当たったのだと理解した。

 

意識が霞んで行く。どうやらダメージが限界を超えたらしい。…2回目も同じ経験をするとは思わなかった。

 

 

 

せっかく治療してくれた人に謝ってから、俺は意識を手放した。

 

 

 




ラッキースケベとはこういう奴なんだろうなと思った今日この頃。

さて、原作ではこの後烏間先生とイリーナ先生の話でしたが、あの話はカットします。そっちの方が話が作りやすいので。

というわけで、以上で暗殺リゾート島編は終了です。作者的にもこの話は結構好きなので色々とオリジナルストーリーを加えながら作りました。

次回はオリジナルストーリーです。とは言っても5話くらい短い話を載せるだけになると思いますが。気がつくと夏休み編もあと僅か。残りの夏休みではどのように過ごしていくのか。

次回も是非お楽しみください。

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