窠山視点
小さい頃、僕は夢を見ていた。学校には沢山の友達がいて、青春を満喫する事が出来ると。
恐らく、学校に入る前の殆どのそう思うだろうけど、僕はその想いがかなり強かった。
だから、僕はあんなバカを見る事になったんだ。
「若、学校に行くための準備を整えました」
「いつでも行く準備は万端ですよ!」
父さんの部下が既に学校に行くための準備を殆ど整えている。頼んでもないのに余計な事をする奴らばかりだ。
別に文句はない。そんな過保護なところに救われた事も沢山ある。
でも、今回ばかりは勘弁してほしい。
「送るのは良いよ。1人で行ける」
「えっ…でも、若に何かあったら…」
「その時は助けを呼ぶよ。それぐらい出来るから」
今日は僕が始めて学校に行く日だった。いわゆる入学式という奴だ。僕にとって初の学校生活だ。
そんな時に、ヤクザが集団で来ていたら周りに警戒される。そしてクラスメイトは僕から距離を置いてしまいかねない。それは僕にとって1番困る事だった。
「うっ…!若、とても立派になられて…」
…どうしてこんなに涙脆い奴らばかりなんだろう。少しは小峠を見習って欲しい。別に冷たくなれと言うつもりは無いけど、いちいちそんな風に言われるとコッチもかなり窮屈な気分になる。
そんな文句を心の中に留めておきながら、僕は学校に出かけた。
物心つく頃から、僕はあるものに興味を惹かれていた。テレビゲームだ。テレビに画面が映り込み、コントローラーのボタンを動かす事で画面に色々な変化が出てくるのがとても面白かった。
部下にやらせてくれと言ったところ、殆ど部下の指示に従っただけなんだが、それでもやってみて楽しいと思った。そしてもっと沢山のゲームをしたいと思った。
そのために、小峠に勉強を教えてもらった。学校に行く前から漢字を書き始めているのは不気味にしか見えないだろうけど、ゲームが出来るなら別に気にならない。
小峠の教えとゲーム内での学習によって、知識は日に日に増えていき、国語に関しては既に3年生の内容も学び終わった。
数々のゲームをしている中で、とても面白かったゲームがある。それはシミュレーションゲームと言うもので、選択肢によってストーリーが変わっていくと言うものだった。
舞台は殆ど学校、特殊な服を着ている人たちが何やら難しい会話をしているようにしか見えない。無鉄砲に選択肢をひたすら選び続けたせいでそのゲームのストーリー構成を全て把握した。
言葉が難しすぎて内容は殆ど理解できていない。けどハッピーエンドであるストーリーには共通点がある。それは、最終的に友情が芽生えていると言うものだった。その時に描かれていた登場人物がとても楽しそうで、学校に行けばその人たちみたいに、良い友情が芽生えて、とても楽しく暮らす事が出来ると思っていた。
だからこそ、学校に期待していた。ゲームの主人公のような生活が出来ると思っていた。
小学校の、大体半分くらいには、友達が出来ていた。ゲームの話とかすると結構盛り上がる。
僕はいつも通り、友達と話しながら休憩時間を過ごしていた。
「おい『メガネ虫』」
すると僕に話しかけてくる奴がいた。ソイツはクラスの中で1番の悪坊主で、先生とかからの注意は絶えないし、近所からの評判は最低と言えるほど悪かった。
そしてソイツは何かとニックネームで呼びたがる。しかもかなりイラっとする単語だ。僕のニックネームは、僕がかけているメガネも『本の虫』からきている。
「なに?君と話すことなんて無いけど」
「は?そんなこと言って良いの?」
ソイツはニヤニヤと意地の悪い笑い方をしている。いつも見ているだけで腹がたつような笑い方をしているような奴だけど、今日は一段とムカつく。なんか、粋がっているという表現がシックリくる感じがする。
そんなこと言って良いのとか言われても、別に何か問題のある事を言ったわけじゃない。ソイツの言っている事の意味がサッパリ分からない僕は、ソイツを放っておこうとしていた。
「お前、不良の奴らとつるんでるんだよね」
ソイツの言った言葉をキッカケに、教室内の空気が一気に変わった。教室内の全員が僕を見ている。
僕も動揺していた。不良ではないが系統としては似ている。なんでそんな情報を知っているんだ。学校には来ないように言っていたはずなのに。
「商店街で不良と一緒に歩いてたところを見たぜ。お前、ヤバい奴なんだろ?」
…たしかに、近くの商店街にいた。部下がたまたま買い物に来ていたから、偶然会って話をした記憶がある。まさか、見られていたなんて思ってなかった。
「そうだったのかよ、窠山!」
「そんなの知らなかった…!」
「うそ…コイツ、ヤバい奴なんじゃ…」
教室の中にいた奴らは、僕を警戒しながら見ている。『暴力団とか不良とかは悪い奴』という認識で、僕を悪認識したみたいだった。
その後、友達だった奴は僕から距離を開けた。今まで仲良くしていたのに、いまは軽蔑の目で見ている。相当怖がっていると言うのが見て分かる。
そしてさっきの奴を筆頭にイジメを受けた。機会があると僕に石を投げてきたり唾をかけてきたりする。
「コッチ来んなよ、ケダモノ」
「オレらとお前じゃ、一緒に遊べるわけないだろ」
いじめてくる奴らの、テンプレ台詞だ。何も知らないクセに、コッチをケダモノ扱いしてくる。先生が注意しても全く効果がない。
そうしてイジメが当たり前になった。
そうして1人になるのが当たり前になった。
そうして、学校が楽しくないと思うようになってしまった。
学校に居場所がない僕は、授業が終われば即家に帰ってゲームをするのが日課になった。沢山のゲームをマスターしていき、小学生にしてネットゲームもこなしている。ゲームに積み重ねた時間に比例して、ゲームのスキルも上昇し続けるだけだった。
もちろんニートというわけじゃない。学校にはちゃんと行っているし、寧ろ家での勉強時間が増えて学力は伸びていく一方だ。テストでも100点以外取らないし、先生からも私立の受験を勧められたほどだ。
ゲームも勉強も順風満帆、だけど毎日が全く面白くない。生きるとはこんなにも虚しいものなのかと疑ってしまう。
「弱肉強食という言葉を知っているかい?」
受験校の候補として挙げられていた椚ヶ丘中学校に挨拶に行ったところ、理事長から個別に話をしていた時だった。
その言葉は知っている。国語の参考書や問題集を開くと必ずと言って良いほど出てくる単語だし、ほとんどの人なら知っていてもおかしくはない。
「弱者は強者に貪られるばかり、今の社会のシステムをよく表現している言葉だとも言える」
小峠以外の人で初めて、言っていることに共感できた。平等と言われながら実際のところは強者だけが得をしている、それが今の社会の状態だ。
「…僕は、弱者なんでしょうか?」
「いや。君は強者の方だ」
理事長の言葉を聞いて思わず驚いた。一体何を根拠に僕が強者だと思ったのか。
「君の力だよ。まだ小学生でありながら中学生の内容をそこそこ理解している。そして身体能力も引けを取らない。文句なく強者といってもいい」
どこか納得がいかない。じゃあ何で強者である(と言われている)僕がこんなに苦しい思いをしているのだろうか。それこそ弱肉強食の理論で言えば強者が良い思いをして然るべきではないか。
「けど、イレギュラーな存在もいる。強弱関係とは全く違う尺度を強弱関係と錯覚している人がいる」
…ああ。たしかに。
アイツはそういう類の奴だ。
『不良は悪』という理論だけで自分の方が僕より優れているとか考える、勘違いしている奴だ。
「そういう存在に本当の強弱関係を思い知らせる方法はあるんですか?」
僕は聞いてみたくなった。この人ならあの男に目に物を見せる方法を知っているんじゃないかと。
「単純さ。そういう場所に引き摺り込めば良い。私からアドバイスを送ろう」
理事長から色々とアドバイスをもらった。まずは強弱関係をハッキリと示す場所を作り、次に相手がその場所に来ざるを得ない状況を作る。それで準備完了、あとは見せつけるだけだと。
そのアドバイスに従って、部下の1人にあの男の張り込みをしてもらうように頼んだ。すると部下は沢山の写真を持って来てくれた。ソイツはネットで沢山のユーザーにハッキングをしてあらゆる嫌がらせをしていると言うのが分かった。
その写真を使って、ソイツを脅す。もし断ればこの写真を色んなところにばら撒くと。それを聞いてソイツはかなり慌ててその勝負を受けた。
そして親父の力で武道館を貸し切り、2階席を部下たちで埋め尽くす。沢山の視線を浴びながら僕とソイツが格闘技で勝負をした。
結果は、僕の圧勝だった。粋がっているだけのソイツは、ケンカすらもまともに出来なかった。
完敗した男に、部下たちが煽ってくる。敗北のショックと部下の野次によるダメージによって、ソイツは精神的にズタボロになった。
突然、大声で泣き喚く。こんな状態じゃ、完敗して恥をかいたこの状況を打開することはできない。そのあと泣きながらソイツは部屋を出ていった。
その後ろ姿を見て、僕は楽しくなった。あれほど粋がっていた男があんな無様な姿を晒してくれたことがとても面白くて、久しぶりに笑うことが出来た。
証明できたのだ。自分が強者であると。
こうすれば下らない屈辱とかを受ける事はない。本当の強弱関係をハッキリと示せる。もう下らない冷やかしとかを受ける必要もなくなる。そう思えると余計に楽しくなった。
その後小学生のうちはそれを何回もやっていた。強弱関係を示すだけの簡単なお仕事。それだけで相手は無様な姿を晒すことになり、僕に何か嫌がらせをしてくることはもうなくなる。
1番最初の奴はもはや学校にすら来ていない。トラウマになってもう学校に行く精神状態じゃ無くなったという噂を聞いた時には思わず大笑いしていた。
自分が壊れているのを感じる。けど不思議と嫌じゃない。何しろ僕が強いと証明され続けている。
寧ろ最初の頃は間違っていた。友達が沢山出来るなんて都合のいい話はない。強者になり続けないと何の意味もない。
中学校は椚ヶ丘中学校に行くことにした。かなり有名な進学校であると言うのもあるけど、一番の理由は僕に希望を与えてくれた理事長だった。あの人が経営している学校なら信頼できると思っていた。
中学校でも順調だった。成績優秀クラスのA組に余裕で入り、更に学年でトップ3には余裕で入るほどの成績を出していた。どこからどう見ても文句なしの成績だった。
けど中学校で1人、不可解な男がいた。理事長の息子である浅野学真くんだった。1年生の頃から、あの理事長の息子とは思えないほどあまり力がない。それどころか、強くなろうとする意思も感じなかった。僕から見るとあまりにも愚かでしょうがない存在だった。
けど突然、学真くんは成績が良くなりはじめた。漸く気合いが入ったんだろうと思っていた。そう思っていたら2年の最後くらいにまたモチベーションが下がっていた。
あまりにもおかしいと思っていた僕は、部下に探りを入れたところ、学真くんは少し前まで他校の生徒と一緒にいて、最近喧嘩したとかで会うこともなくなり、そこから気力がなくなっていったと分かった。
そして、その他校の生徒のうち1人が自殺をした。もう1人は行方不明になったのが分かった。行方不明になった生徒を悪く言われた事にぶちキレて先生を病院送りにしたらしい。
なんとバカなことをしたんだろうと思った。どんな理由があっても悪い事をすれば不幸になるしかない。それが今の社会の姿だと言うのに、それも他校の生徒のために自分の未来をドブに捨てるような行動を選択すると言うのが訳わからない。
「バカだね君。そんな奴なんて忘れてしまえば良かったのに」
理事長室でE組に行く事を宣言された学真くんに向かって言った言葉だ。学真くんはもう完全にやらかした。そう言われても仕方がない。なのにコッチを睨むように見てくるのが余計に腹がたつ。
「友情なんて、あっという間に無くなるものだよ。友達がいなくなれば、当然消えて無くなる。そんな物のために必死になって、絶望するなんて考えられないよ」
しばらく沈黙が続いたけど、学真くんが歩きはじめた。今度は僕に殴りかかるのかと思っていたけど、学真くんは僕の横を通り過ぎるだけだった。
その時…通りすがりに学真くんが言った言葉がある。
「悪い。俺とお前は、分かり合えない」
何を言っているんだろう。別に分かり合えるとかそんな話はしていない。ただ、学真くんのバカな選択を非難しているだけだった。
だから学真くんのその言葉に、僕が気にする要素は無い。別にそんな事を求めているわけじゃない。
なのに…
僕の中に得体の知れないものが生まれてきた。
その後、学真くんはE組にいた。そのクラスでも相変わらず仲良くしているようだった。チョッカイをかけてやろうと思って部下を差し出したけど、思わぬ邪魔が入ったせいで台無しになった。
まぁ別にいいかと開き直った。これがアイツの選択だ。その後落ちぶれようがどうしようが知ったことではない。
けど、アイツは落ちぶれるどころか、徐々に力をつけていた。
球技大会では、大苦戦の中ランニングホームランで勢いをつけた。期末テストではもともとトップの方だったけど、アイツの苦手な記述問題を含んだ国語の問題で満点を取った。
そして先日、僕が勝負の話をした時には、強い目をしていた。A組にいた時にはそんな目をした事は1回もない。
まるで、E組に行った事で力がついたと言うように
まるで、僕が間違っていると突きつけられているかのように
別に完全無敗を目指しているわけではない。そんなの現実で出来る訳がないし、する気もない。
けど、コイツに負けたら僕は……
自分を見失うかもしれない。
◇第三者視点
学真がゾーンに入ってから時間が経ち、戦闘も終盤になっているように見える。試合を見れば学真が圧倒的に有利だが、窠山に未だに粘り続けていた。
E組の生徒の数人は、殺せんせーの方を向いていた。『窠山がこの勝負を持ち出した理由』について聞くためである。
「まず先生は、窠山くんがこの勝負を持ち出した事に違和感を感じていました。
球技大会と学真くんの話からすると、彼は徹底した結果主義であり、同時に効率重視でもあると感じていました。自分がいましなければならない事が何かを冷静に分析してそれが達成できるための方法を考える、まさに理事長の言う強者に近い存在とも言えるでしょう。
そんな彼が、何の意味を持たないこの勝負を持ち出した事が変だと思いました。まして報酬すらも無いと言うのが不可解すぎてしょうがないと」
その疑問は、カルマも感じていた。もし自分が社会の中で強者になるための行動のみを選択するのならこの勝負をする理由がない。直接話した時に、それが分からないほど頭が悪いとも思えなかった。カルマも殺せんせーと同じように、この勝負を何で持ち出したのかと考えていた事がある。
「…そこで思い出してみました。先日、窠山くんがゲームセンターでは生きるために必要な事を話していましたね」
「…確か『生きるために必要なのは強さ』だったっけ」
「彼の言っている事は正しい。社会の中で必要なのは強さです。だからこそ理事長は強さを身につけるための教育や環境を整える事に躊躇いません。
生きるためには強者にならなければならない。この校舎で過ごしていれば誰でもそう思うでしょう。そして彼はその理念に強く共感しています。
なぜ彼だけがそれを強く信じるのか…おそらく彼は理事長や本校舎での教育だけではなく、それが正しいと強く認識出来る経験があったのだろうと思われます。その機会を通して彼は本心から『強者になり続ける』事が正しいと思っているのでしょう」
生徒たちはただその話を静かに聞いているだけだった。他人からの意見に乗っかって意見を言っているだけではなく、本心からその意見が正しいと思う。そうして作り上げられた価値観はかなり強度がある揺らがないものになるだろうと思った。
「ある意見が本心から正しいと信じるという事は、逆に言えばその意見に対して強い思い入れがあるという事です。
そんな意見が間違っているかもしれないと考えた時、人はどうするでしょうか」
数人が、勘づいた。いま、殺せんせーが何を言おうとしているのかが分かったのである。
「『ひたすら強者になり続けるための行動を選択する』事が正しいと信じている窠山くんにとって『E組に行ってから成長をした』学真くんの存在は、自分の価値観を否定するものでしか無い。だから彼は、自分は絶対に間違っていない事を証明するためにこの勝負を持ち出したという事なのでしょう」
「…そんな事を確認するためだけに、こんな大規模な事をするのかよ」
「してもおかしくないと思います。絶対的な自信がある人は、自分が間違っていると認める事が怖くてしょうがないのです。意地でも認めないためにこのような事までするのでしょう」
吉田の反応はおかしくない。自分の理論の証明のために武道館を貸し切ろうとは思わないだろう。しかし窠山のようなタイプはそういう事をしかねない男なのだと殺せんせーは知っていた。
「…随分と詳しいな。担任をした事がない窠山くんの気持ちが」
烏間は殺せんせーにそう言った。殺せんせーは窠山についてかなり理解しているように見える。なぜ気持ちまで理解できるのか、烏間は気になってしょうがなかった。
「…知っているんですよ。似た存在を。
強さしか信じられなかった哀れな男を」
◇窠山視点
こんなに必死になったのは初めてかもしれない。今までは余裕で勝てる勝負か負けしか見えない勝負しかしてこなかったから、生まれて1回も本気になった事がない。
あり得ないほど成長した身体能力に翻弄されている。いつもなら時間が経ったところで学真くんの体力が切れるはずなのに、今の学真くんは疲れを見せるような素振りを見せない。
これじゃ負けてしまうと、頭の中で勝手な予想が生まれる。その事自体にイライラして僕も段々と動きが鈍ってきているのが分かる。
「調子に…乗るな!」
両手で同時に攻撃をする。学真くんも両手で僕の拳を止める。そして力勝負という事になった。
力勝負なら普通は僕の方が有利なんだけど、なぜか僕の方が押されている。パワーも人一倍あるという事なのか。
ここで頭突きをしても、今の学真くんは更に頭突きで返してくるかもしれない。恐ろしいほど反応も速くなっているし、もともと反射神経は悪くなかった。
だからやるのは頭ではなく、足の方だ。
学真くんが前に出している方の足の太ももを勢いよく蹴る。学真くんは少し体制が崩れた。よく分からないパワーアップがあったけど、流石に痛みを感じなくなるとかの効果は無かったようだった。
この隙は逃さない。一気に叩き込む。
そのまま足を思いっきり前に出す。体の向きは完全に横向きになっていて、足に力が入っている以上後ろに避けることも出来ない。
けどこれはそういう技だ。いわゆる防御を捨てた攻撃という奴だ。渾身の一撃を、思いっきり叩き込む。
放った拳は、学真くんの鳩尾を的確に捉えた。かなりの手応えがあったし、かなりのダメージを与えただろう。
学真くんはそのまま膝をつく。もともと体力的に限界だったし、大きなダメージが入ればあっという間に倒れてしまうだろう。圧勝と言うわけには行かなかったが、なんとか負けることなく終わりそうだった。
「頑張って、学真くん!!!」
会場の中で、僕の部下の応援よりも大きな声が聞こえた。声的に女性だったけど、僕の部下には女はいないし、恐らくE組の生徒だろう。その声に続けて、E組の生徒が応援の声を上げた。
そして学真くんはゆっくりと立ち上がった。まるでE組の生徒の応援が学真に力を与えたのかと思えるような…
「不思議だよな、窠山…」
学真くんが、話し始めた。久しぶりにその声を聞いた気がする。
「もう体力が無いはずなのに、あいつらの声を聴くと、自然と立ち上がれるようになるんだよな…
本当に、アイツらには救われてばかりだよ」
辞めろ…
そんな…
E組の存在を快く思っているような言葉を吐くんじゃない。
「…うっ……!」
普通に学真くんが攻撃しているのを見ていたはずなのに、顔面にモロに受けてしまった。感情的になりすぎて躱すことすら出来なかったらしい。
今までのダメージが一気に積み重なったように、体中に痛みと疲労が一気に襲いかかる。それは僕の意識を持っていくのに充分だった。
「舐めるなァァ!」
腹から大きな声を出す。ここで意識を失う事は絶対に認めないと体に一喝する。お陰で倒れる事はなかった。
そのまま学真くんとの距離を縮める。お互いに限界は近い。あと1発大きいのが当たれば勝負の決着はつく。
顔面を殴った時の腕はそのまま伸びたままだった。ここまで近づいたらその腕で防ぐ事は出来ない。
さっきと同じく片足を踏み込む。そしてそのまま鳩尾…ではなく顔面に向かって拳を飛ばす。さっきの攻撃の直後だから同じところを警戒せざるを得ない。
渾身の一撃を、学真くんの顔面に向かって放つ。
ドゴン!
衝撃と、かなり大きな音。それは当然生じるものだった。
けど、衝撃は腕に感じるはずだった。けど今の衝撃は腕ではなく頭に来ていた。
よく考えると視界も変わっている。突然何が起こったんだろう。それを考え始めるのに時間がかかったせいで気づかなかった。
「『追い詰められた奴にはカウンターが決まりやすい』だったな。本当に確信をつく奴だよ、お前は」
攻撃を受けたのは、僕だったと言うことに。
窠山の過去編を載せました。彼がどう言う存在なのか、分かったでしょうか。
そして勝負に決着がついた様子です。果たしてこの後どうなるのか、次回もお楽しみに。