浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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前回の次回予告とはタイトルを変えました。想定していたところまでかなり量があったためです。
次回予告は確実な時のみ入れる事にします。




第63話 模倣の時間

え…という声が聞こえる気がした。ひょっとすると俺が勝手に想像しているからなのかもしれない。けれど、驚いた人がいただろうとは思う。

開始と同時に攻撃を仕掛けるのは、あまりない。開始の合図が鳴ったとしても、数秒間は空白の時間がある。

 

だが窠山は、早速攻撃を仕掛けた。

 

まずは一発ぶち込もうと思ったんだろう。序盤の段階で敵にダメージを負わせる事が出来れば気持ち的に有利になる。それを狙っての攻撃だろう。

 

窠山はそういう男だし…それを知っていた。

 

 

「…お見事だ。上手に防いだみたいだね」

 

俺が攻撃を防いだ事を感心そうに賞賛している。2年間一緒のクラスで過ごした俺は、決して褒めておらず冷やかしているというのが分かる。

念を入れておいて良かった。殺せんせーの隙を伺うようにこの数ヶ月過ごしてきたから、普通なら警戒しなさそうなタイミングに目が行ってしまう。

試合開始する前に、体を斜めに向けていた。八幡さんから教えてもらった『直ぐに回避が出来る体制』である。正面に移動しづらい体制だから、下手に攻撃を受ける事がなくなるという事だった。

 

「まぁ頑張って躱しておけよ。急所に当たったら、簡単に倒れるからさ」

 

再び窠山が攻撃を仕掛けてきた。しかも今度は先ほどのように一撃で終わらすものではなく、避けられたあとつぎの攻撃がすかさず繰り出された。

 

 

◇第三者視点

 

「うわ…執拗に攻撃し続けているな…」

 

次から次に学真に攻撃をし続けている窠山を見て、E組の生徒たちはかなり嫌そうな表情になっている。反撃するヒマも与えない連続攻撃、それの相手をしたらかなり苦しくなるだろうと容易に想像できた。

 

「窠山くんは思考力で敵を動揺させる策士タイプかと思っていましたが、武術も長けているようですね。浅野理事長の理想としている強者に、限りなく近い存在なのかもしれません」

 

殺せんせーは冷静に窠山を分析している。殺せんせーから見ても、窠山の戦闘力は高いと認識されていた。

 

「感心している場合かよ!あのままじゃ学真の体力切れを待つばかりだぞ!」

 

寺坂の言う通り、この状態が続くと学真の体力があっという間に無くなってしまう。球技大会の時に彼の体力の無さは全員認識しており、まして窠山は彼らよりも前からその事を知っている。この攻撃も、学真の体力切れを狙っているのであった。

 

「ええ。たしかに学真くんにとってかなり不利な状況です」

 

寺坂が焦っているのも仕方がないとも言える。寺坂だけでなく、生徒全員もかなり焦っていた。

 

 

 

 

 

「ですが、学真くんはあえてその攻撃を受け続けているようです。自分の弱点も、そしてそれを知っている相手がその弱点を利用するような作戦を立てる事を、学真くんが想像出来ないとは考えにくい。彼なりに考えがあるのでしょう」

 

 

 

 

そして殺せんせーの話を聞いて、少し落ち着きを取り戻した。たしかに学真ならその事を考えてない筈がない、と思ったのである。あまり焦る事なく、試合を見ることに専念しようとした。

 

 

 

 

「ところで、なんだよその格好」

「変装パターン2、長老スタイルです。さっきの変装でいると周りの人を怒らせるかもしれないので…」

「それでさっきいなかったのか…」

「っていうか、別人に見えるのか?」

 

 

 

◇学真視点

 

戦いは常に気持ちからだ、という八幡さんからの言葉を思い出す。気持ちで負けていれば、どんな戦いでも負けてしまうというのが、あの人の考えだった。

相変わらず、根性論しか語らない人だった。技なんて1つも教えてくれず、ひたすら特訓だけさせる、まさに鬼コーチだ。

そういう人のところでひたすら練習し続けたからこそ、根性だけはついたと思う。かなり不利な状況であっても、粘り強く耐える事ができる。そういう事ではあの人に感謝しないといけない。

 

次から次に窠山が繰り出す攻撃を捌き続ける。相変わらず武術に関しては達者ではあるものの、多川と比べるとそうでもない。アイツよりは攻撃が読みやすい。

 

「避けるのは上手くなったね。かわし続ける事が、E組に行って学んだ事なのかな?」

「…ウルセェよ」

 

相変わらず人を苛立たせる喋り方だ。動きながらでもその喋り方は変わっていない。

けど挑発に乗ってはいけない。窠山が有利な状況になってしまうとあっという間にやられてしまう。なるべく慎重に行くべきだ。

 

「仕方ないね。それじゃ仕掛けようか」

 

何か窠山が言っているのが聞こえた。仕掛けるとは、何か策を仕掛けるということだろう。コイツの事だし、策の1つ2つ用意していても今更驚きはしない。

 

窠山が何をしてくるのかを警戒しているが、窠山は俺との距離を詰める。ほぼゼロ距離だ。

 

「……ッ!」

 

しかも、俺の後方に回り込むように。回避しやすいように斜めに体を傾けていたが、窠山は俺の背中が向いている方に近づいてきている。背中の方に回り込んでいるということは、言い換えると俺の死角に移動しているということで、この状態で戦い続けると俺が不利である事は明らかだ。

真後ろに逃げられるのを避けるために、窠山に背を向けないように体の向きを逆にする。案の定窠山は俺の背中に向かって拳を当てようとしていた。その拳を腕で受け止めて防ぎ、とりあえずは一安心…

 

「ふっ!」

 

できる相手ではなかった。たった一回防いだだけで安心している俺は間抜けと言われても文句は言えないだろう。

自分の一撃が防がれた時、ぶつかった時の衝撃を利用して後方に移動…そして回転して再び、逆に向けた俺の背中に回り込む。つまりさっきと左右逆転しただけだった。

再び俺が体の向きを変えても、それを追うように窠山も背中に回り込む。

 

…どうやらコイツ、これを繰り返させるつもりのようだ。

ダメージを受けてはいないが、さっきから俺が不利な状態を保ち続けられている。これが長い間続くと精神的にキツい。

 

しかも…

 

「…ッ!場外のライン…!」

 

俺の足が、場外との境界線を示すラインぎりぎりのところに近づいているのが見えた。体の向きを変えるために片足を半歩後ろにひいていたから、それを繰り返すと場外に近づいてしまう。

いまや絶体絶命の状態だ。割と体力を消費してしまい、あと一歩後ろに下がれば場外になる。こういう状態になったら、寧ろ後ろに躱すのは危ない。

 

一か八かの勝負に出る時だろう。

 

さっきまでと同じように窠山が俺の後ろに回り込むように移動している。

だから体の向きを変えずに、真っ直ぐ窠山に当たる。ちょうど肩の部分が窠山に当たり、窠山は少し後ろに退けている。同時に窠山の拳も当たってしまい、背中が痛んでいる。

だがそれで怯んでいる場合じゃない。攻めるなら今しかない。そう認識している俺は距離を開けている窠山に突っ込んでいく。

 

思いっきり拳を伸ばす。その拳は真っ直ぐ窠山の顔を捕らえる。

 

 

 

 

そのはずだった。

 

 

「…っ!うっ!」

 

腹に強い衝撃を感じる。いま攻撃を受けたのは俺の方だった。俺が攻撃しようとしている時と同時に窠山が俺の腹を殴ろうとしていたみたいだった。

そして、先に窠山の攻撃が当たった。その攻撃を見てなかった俺はモロに窠山の攻撃を受けた。しかも、俺の突進がその衝撃を強くさせてしまったみたいで、とんでもない痛みが襲ってくる。

 

「見事に決まったでしょ?追い込まれた奴にはカウンターが決まりやすいんだよ」

 

窠山の話を聞きながら悟った。まんまとはめられたみたいだった。

俺の後ろを回り込み続けるように移動していたのは、追い込まれる状態を作るためだった。

考えてみれば最後の回り込みは浅かった。ずっと背中に回り込んでいたのに、最後だけ真横に移動していた。だからあのショルダータックルみたいな攻撃を当てることができたんだ。

そしてわざと俺の攻撃をくらい、同時に俺に攻撃を当ててピンチの状態を作り上げる。かなり焦っていた俺は真っ直ぐ突っ込もうとしかしなかった。

 

熱くなりすぎて忘れていた。コイツはそういうやつだった。相手を焦らせ、死に物狂いの攻撃を打ち砕く。球技大会の時もそういう戦略を見てきたし、少なくとも策の1つ2つあるとさっき思っていたばかりなのに、なんで忘れてしまうんだ。

 

「それじゃ終わらせようか」

 

少し体勢が崩れている俺に、トドメを刺そうとしているんだろう。窠山の声が冷たく聞こえる。

窠山が痛みで屈んでいる俺に手を伸ばす。掴みかかろうとしているんだろう。

 

けど悪いな…俺はここで終わらせるつもりは無いんだよ。

 

「…!?くっ……」

 

服を掴もうとしていた腕を逆に掴み、力づくで窠山を倒す。そして窠山の腕に足を絡めて締め付ける。いわゆる、腕ひじき十字固めという奴だ。

ふつうに戦おうとしたら捌かれるか躱される。だからこういう風にダメージを与える方が…

 

「…そんな程度の力で抑え込めるとでも思ってんの?」

 

グン、と引っ張られるような感覚と同時に、あっという間に拘束から逃れられる。

あっという間に逃げられてしまった。考えてみればこういう技はかなり技術と力がいるんだ。じゃないと今みたいにいとも容易く逃げられてしまうから。

 

「まだまだ元気なようだね。それじゃ仕切り直しと行こうか」

 

まだ元気があるとみなしたのか、最初の時と同じように窠山は攻撃を再開した。

ていうかコイツ、全然疲れてないな…。さっきの後ろに回り込み続ける行動は、小回りが多いから体力の消耗も結構激しいはず。なのに息を切らしている様子もない。

またさっきのようなパターンだ。ひたすら攻撃をさばき続けるだけで、反撃するヒマがない。これじゃジリ貧だ。

こういう時に何か手は無いものか…今まで基本的にナイフの振り方か拳の出し方しかやってないから、ピンチの時の逆転の仕方なんて思いつかない。

八幡さんめ…根性こそ全てと言っても、少しくらい技を教えてくれても良いじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

『いと…く…な』

 

 

 

 

…ちょっと待てよ。

 

 

 

 

 

なんか記憶があやふやなんだけど、ピンチから逆転した技を見たことなかったっけ…

烏間先生や八幡さんから教えてもらったわけじゃない。けどそれを俺は一回見た覚えがある。

 

『いとも…く…ると…だな』

 

思い出せ。沢山ある記憶の中からそれを思い出すだけだ。こういう事、今までも、テストとかで普通にやってきたことじゃねぇか。ピンチの状態を逆転した瞬間…

 

『いとも…すく…せると…ものだな』

 

思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ…あの時の記憶は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いとも容易く殺せると思ったものだな』

 

 

 

 

 

それだ!

 

 

 

 

 

 

 

窠山が俺に向かって投げた拳を、斜め下に払う。

 

「はっ…!?」

 

若干体勢が崩れたところで、払った時の勢いをそのまま、方向だけ逆にして片足を上げる。

 

そして窠山の顔面に膝を当てることが出来た。

 

 

「うっ…!?」

 

 

窠山が怯んだ。顔面に攻撃が当たったんだ。怯んだだけで済んだのがおかしいぐらいだ。

けどチャンスであることには変わらない。このまま畳み掛ける…!

 

 

 

 

◇第三者視点

 

観客席では驚愕の声が鳴り響いている。つい先ほどまで窠山が有利だったはずなのに、あっという間に形成逆転されている。驚かずにはいられない。

 

「なんだあの技…学真のやつ、いつのまに…」

 

E組でさえも呆気に取られている。学真の繰り出した技は、学校では教えられることはない、かつ高度な技術である。そんな技を使える事が信じられなかった。

 

「一度、俺がやったことある技だな。見られていたとは思わなかったが」

 

すると彼らのもとに1人の男性が来た。烏間である。学真との挨拶を終えた後、本部との連絡を終えて、いまそこに来たところである。

学真の繰り出した技は、烏間がやったことある技だ。椚ヶ丘中学校でロヴロとイリーナの模擬暗殺対決の時に、烏間に暗殺を仕掛けようとしたロヴロを返り討ちにした技であり、学真はそれを一度見た事があった。

 

「しかし…一度見ただけで再現出来るのか…?完璧とは行かなくても、完成度は高いぞ」

 

烏間が悩むのも無理はない。印象的な技を再現しようとする事は珍しくはないが、一回見ただけでは、参考にしている動きとはかなり違ってくる。当然、見ただけでは技術や知識が不足してしまうからである。

 

「瞬間記憶能力だからこそ、可能だったのでしょう」

 

すると殺せんせーがその答えを言った。それが一体なんの関係があるんだと生徒たちが思ったのを感じた殺せんせーは説明を続ける。

 

「瞬間記憶能力の一番の長所は、目で見た物を映像として記憶するところにあります。普通の記憶は情報として整理されますが、彼の場合は見たことをそのまま覚えているんです。だからこそ烏間先生の動きを細かいところまで覚える事が可能なのです。

そして、その動きを再現するためにはイメージ通りに身体がついてこないと行けないのですが、1学期の間に体育やほかの場所で訓練に訓練を重ねて身体能力が大きく向上した。だからこそ、完璧に近い形で再現する事が出来たと思われます」

 

生徒全員はひとまず納得した様子だった。殺せんせーの言う通りだとすれば筋が通ると全員思ったのである。

 

 

 

◇学真視点

 

よろめいている窠山に追い打ちをかけるように攻撃をしかける。このチャンスを逃すと取り返しがつかなくなる。

攻撃しても防がれる。それがずっと続いている。攻撃が決まった事はあまりない。むしろ全部決まってない。

だが決まったか決まらなかったかは問題じゃない。八幡さんは言っていた。攻めているかどうかだと。攻撃が防がれたりしただけで攻めが弱くなったら反撃を受けるだけだと言っていた。

 

「チ…!鬱陶しい!!」

 

痺れを切らした窠山が、頭突きをかましてきた。普通は手や足で攻撃する事が多いから、別のところからの攻撃で不意をつくつもりだったんだろう。

 

だがその程度の不意打ちで驚いたりする俺ではない。

頭突きを頭突きで返す。頭に強い衝撃を受けるが、ここで痛がって怯んだりはしない。

不意打ちを防がれて若干動きが鈍っている窠山、その隙を狙って、腹に両手の拳を叩き込む。かなり良いのが入ったのが手応えで分かる。

 

「ぐ…!」

 

モロに攻撃をくらった窠山は、意地でも立て直そうとしている。ここまでやられてまだ倒れないってなかなかしぶといな…

もう1発、攻撃を当てるために一歩足を進める。当然、距離がある奴に近づくためだ。

 

 

 

けど、足を前に出した時、グラっと倒れそうになった。

 

「は…!?」

 

動いているのは自分の体ではあるけど、いま自分の体の異変に理解が追いつかなかった。

倒れるのを避けるために足に力を入れる。倒れるのは避けれた代わりに勢いが完全に死んでしまった。

 

そして…

 

「はは…!完全にチャンスを取り逃がしたね、学真くん!」

 

調子を完全に取り戻した窠山の声、それが聞こえたのと同時に腹に強い衝撃を感じる。意識を持って行かれそうな感覚に、吹き飛ばされはしないものの、立っていられずに膝から落ちてしまう。

 

…その衝撃で、何が起こっているか直ぐに分かった。原因は俺の体…いや、体力だった。

 

何というヒドいタイミングなんだ。よりによってこんな時に…

 

 

体力切れかよ…

 

 

「寧ろ続いた方じゃないかな?君は昔から体力が全くない男だったし。暑い中で数分間走っただけでダウンするような男だったもんね」

 

窠山が何か、それも笑いながら話しているのが分かるが、その内容を理解する余裕はない。痛みと疲れで体が言うことを聞かないで、視界も安定せずグラグラする。

 

「もう辛いでしょ。ゆっくり寝てなよ」

 

ああ、窠山が攻撃しようとしているんだろう。頭の中で理解はしているものの、それを確認することも、まして避けることも出来ない。

窠山の攻撃をくらって、負けてしまう。アッサリとその結果を受け入れているような感じだ。それを反発しようとすら思えない。

 

ここまで頑張ったんだ。体力が底を尽きるまでやった。

 

 

正々堂々、負けを受け入れよう。

 

 




瞬間記憶能力の設定を覚えているでしょうか。実は模倣をさせたくてこの設定にしたんですよね。もう一つの理由がありますが、それはまた後で…

体力切れの学真くん、このまま負けてしまうのか、次回お楽しみに。

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