浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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第60話 道の時間

??視点

 

綺麗事は、机上の空論だ。絶対にありえないから綺麗事と言うんだ。

そんな迷信を信じて、自分を磨こうとしない奴は自滅する。強くなろうとしない奴が絶望するのは当たり前。そんな初歩的な事を分かろうとしない奴は愚かとしか言いようがない。

 

現実はゲームとは違う。主人公補正がかかって物事が上手く進むとか、失敗してもやり直しが出来るとか、そんな簡単なものじゃない。誤った選択をすれば傷跡は残り、やり直しは出来ない。人生の質を決めるのは、ソイツの実力と、経歴だけだ。

 

そんな事に気付かない馬鹿が多い。名門校と言われている椚ヶ丘中学校の、それも優等生が多いこのクラスでも、それが分かってない奴がほとんどだ。自分の実力を冷静に測ることが出来ず、明らかに不利な戦いを仕掛けておき、自分たちの経歴に傷をつけた彼らが、本当に馬鹿だと思った。

 

くだらない精神論とか、プライドとか、綺麗事だとか…そんなもの抱かないで、自分自身の将来を考えて、自分のやるべきことを考える。それが、上手な人の生き方だ。

 

 

 

 

だからかな。こんなにアイツが憎たらしいのは。

 

アイツの生き方は、1番ダメな奴の生き方だ。

 

アイツの考え方は、決して強者の血を引く人が持つものじゃない。

 

 

 

アイツを、認めるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

アイツだけは、許しちゃいけないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

1人の男が、ある場所に向かっている。その場所は、特に何か特徴があるわけでもない家だった。その男の目的はその家に住んでいる1人の男だった。

以前の出来事が起きてから、あの男は家に閉じこもっているだろうと思っていた。少なくとも、外に出ているとは思っていなかった。

 

だから驚いた。男の目的が、その家に向かっている途中で、逆に自分を待っているかのように立っていたのが。

 

「…驚いたね。てっきり家に閉じこもっているかと思ったけど」

「そりゃ残念だな。つまり、俺の事を過小評価してたって事だよな」

 

学真の家に向かっていた窠山は、その道の途中にある公園の前に立っている学真を見てそう思った。

 

公園の前で待っていたのは、学真だけではない。彼と一緒にE組の生徒が数人ほどいた。

学真が窠山に会いに行くと言った時、E組の生徒たちは一緒に行くと言っていた。だが流石に全員ついて行くというわけでもなく、学真と一緒に来たのは、渚、茅野、カルマ、杉野、磯貝、矢田、倉橋であった。

 

「それで?僕が何を求めているか分かっているよね」

「…ああ」

 

彼らがここに来た理由は、先日窠山が学真に誘った、学真と窠山の一騎打ちの件だった。それを受けるか受けないかの返事を聞きに来たのである。

 

「窠山。お前は知っているのか?あの事件の真実」

 

学真がその返答をする前に、杉野が窠山に尋ねた。学真が他校の先生を病院送りにしたと言っていた事件について、その真実を知っているのかと。

窠山は彼のやってしまったことのみを話しただけで、その背景については言っていなかった。何より、窠山の目には敵意があった。だから、事件の真実を知らないんじゃないかと考えたのである。

 

「知ってるよ。一応何が起こっていたかは調べていた。如月くんとか、日沢さんとかの話も」

 

だが窠山は知っていた。学真がその教員に手を出した理由を。

3月ごろ、学真の様子があまりにも妙だったので、暫く探りを入れていた。その結果、彼が他校の生徒と仲良くしていたこと、その生徒が学校で惨めな思いをして自殺をしてしまったこと、そしてそれを軽くあしらった先生に暴力を振るったと言うこと。それを全て知っていた。

それを聞いて、生徒たちは更に疑問を持った。背景も知っているのなら、なぜ学真を悪く言うのだろうかと。

 

「だから意味不明なんだよ。弱者のために自滅した学真くんの事が」

 

その答えは、意外にもシンプルだった。

日沢や如月の悪口を言われて、その怒りをぶつけた学真を、窠山は弱者のために自滅したと捉えている。窠山にとって、日沢や如月は、助けるに値しない弱者でしかないのだ。

 

「学真は、友達のために怒ったんだ。それは絶対に間違ってない」

 

杉野の怒りを、全く表情を動かさずに聞き流している。杉野の言うことも窠山にとっては、弱者の理論でしかないのだ。

 

「人は社会によって強者と弱者に分けられる。強者の方が優遇される、すごい分かりやすい話だよね。だから強者になるために動くのは当然でしょ。

人のためかどうかは問題じゃない。ダメになる行動をした事が問題だと言ってんの」

 

淡々と語る窠山に、腹は立つが言い返せずにいる。先日ゲームセンターの時もそうだった。

 

「随分達観してるね。自分が強者であると自信を持ってるの?」

 

その中でたった1人、カルマが話しかけた。いつものように相手を貶すように。だがいつもより、攻めているような雰囲気はない。口喧嘩でもそこそこ強い彼ではあるが、それでも窠山を打ち負かす事は出来なかった。

 

「自信以前に結果が出てるでしょ。君らは弱者になって、僕は強者になった。それでほとんど証明出来ている」

 

非の打ち所がない理由は、単純に正しいからだ。本校舎の多くの生徒が言うような、ヤワな悪口ではなく、シッカリとした根拠があり、かなり論理的な思考である。それを崩すのは、ほとんど不可能と言っていいだろう。

 

「強者になろうとしなかった。それがコイツの…そして君たち全員の敗因だ」

 

顔を顰める生徒がいる。暗そうな顔をする生徒もいる。窠山の言葉にそれぞれがそれぞれの反応を示した。

強者になろうとする意識があったとは言えない。自分にはなれないという気持ちが心のどこかにあった。その気持ちがあるからこそ、強者にならなかったんだと言われれば、言い返せなかった。

 

だが、その言葉を向けられている張本人である学真は、いつも通りの表情だった。

 

 

 

「たしかに。強くなろうという意志が無かった。お前の言う通り、だから強者にならなかったのかもしれない」

 

学真はその事を既に感じていた。学秀という、自分とは程遠い才能を持つ兄によって、自分は兄のようになれないと無意識に考えていた。

自分に対して自信を無くした彼は、強者になろうとしなかった。自分には無理だと思ってしまった時、彼は弱者であることを受け入れてしまった。その時点で、強者になる道は途絶えてしまったのだろうと彼は考えている。

 

 

 

 

 

「けど、そんな事は関係ない。そもそも、強者になる事が全てじゃない」

 

 

 

「…なんだって…?」

 

 

学真の言葉を聞いて、窠山の様子が変わる。彼の言った事は、窠山に対する反論だけではない。彼の父親である學峯の教えにすら反する言葉だからだ。

 

「俺も最初はそうだと思っていた。強者になれと親父とかに言われ続けていたから、強くなるために努力していた。そして強者になれっこない俺が情けないと思い、自信は無くなってしまった。

そんな俺が最初に自信を取り戻すキッカケになったのは、日沢や如月のおかげだ。俺が自信を取り戻したから、それなりに学力が身についたり、自分なりに生き方を見つけていこうと考えるようになった。

もし俺が中途半端な強者になっていたら、アイツらに会う事は無かったのかもしれない。そうなったら、間違いなく俺は自滅していた」

 

自滅していたのかもしれないと、冷静に話した学真に、窠山だけでなく周りのE組の生徒も少し驚いている。しかし、彼はそれを確信していた。

 

中途半端な強者になる選択肢もあった。もし彼が、強者になる道を諦めなかったらの話である。A組に入る事が出来た成績は出せたのだから、A組の生徒のままでいられたのかもしれない。

そのままでい続けたら、どこかで彼はつまづいていた。もし彼がA組の生徒で、期末テストでE組に敗北したら、何の自信も持っていない彼は崩れていくだろう。少なくとも学秀のように、リベンジしようと思うことも無かった。

 

「このE組に行く事になった事だってそうだ。ここに来たからこそ学んだ事もあった。

自分の知らない問題を抱えている人がいる事を知った。自分の知らない戦い方があるんだって事も知った。何より、自分の知らない自分の長所や短所を知った」

 

E組に来ていた事も、彼は後悔していない。E組に来なければ、殺せんせーと会うこともなかったし、E組でしか経験できないこともやった。その経験を通して、様々な発見があった。その発見のお陰で、自分の中の世界が変わっていった。それを彼は、楽しいと思っている。だからE組に来て良かったと思っている。

 

「俺の過去を話した時、みんなは一緒に背負うと言ってくれた。俺の醜い所でさえも受け入れるとさえ言ってくれた。そんな事、あのクラスでは絶対無かった」

 

そして先日、彼がE組の生徒たちに救われた。それが1番嬉しかった事だった。彼の言う通り、本校舎ではそんなことは無かっただろう。強さを求めている生徒たちは、他人の心配なんてしない。

 

「その時点で思い出したよ。助けるだけじゃない、支え合うのが仲間だって事を」

 

凄く当たり前のことで、分かっていたつもりになっていたこと。その事を学真は再び思い出した。本当の仲間とは支え合う者たちであり、彼にとってそれがE組だったのだ。

 

「強者であり続けるべきと言うお前の考えは否定しない。それはそれで正しい生き方だ。

 

でも弱者になっても終わりではない。

 

 

前に進もうとする限り、どんな生き方であっても決して無駄じゃない」

 

 

自信に溢れている、真っ直ぐな目。今までこの目をした事は無かった。E組に救われた事でその目を持つことが出来るようになった。

 

E組に行った事は失敗なんかでは無い。寧ろ成功だと言える。E組に行った事で学んだことが有ったと考えていた。

 

それが溢れている彼の目を見て、E組の生徒は心強く思っており

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………へぇ」

 

 

 

窠山は露骨に怒りの表情を浮かべた。

 

 

 

 

「な…!」

 

彼の表情を見て、驚く生徒がほとんどだった。

球技大会の時も、ゲームセンターの時も、彼はあまり表情を変えていない。変えたとしても、人を馬鹿にするときの嫌味のような表情ぐらいだった。

そして今の表情は、いままでに見せた事がない、感情をモロに出している表情だった。

 

「落胆したよ。後先考えない馬鹿だと思っていたけど、ここまで愚かとは…

呆れたよ。弱者になっても終わりじゃないとか、弱者の理論を自信満々に言うなんてさ」

 

地雷を踏んだ。

 

それをその場の全員が悟った。

 

その怒りの矛先を向けられている学真だけ、表情を変えない。

 

 

「なおさら君を認めるわけにはいかない。そのくだらない思考ごと、粉々にしたくなったよ」

 

窠山の目は、本気だ。

絶対に殺すという、執念のような殺気が学真に向けられた。

 

「…そうか。じゃあもうやる事はただ一つだな」

 

殺気を向けられている学真は表情を動かさない。最初からこうなると想定していた。窠山がその考えを最も嫌っている事を知っている。それを分かった上であえて話をしに来たのだ。

 

「勝負を受けるって事で良いんだよね」

「ああ。もう決心はついてる」

 

衝突は避けられない。ならぶつからなければならない。

以前窠山が持ち出した勝負を受けることにした。理由は1つ。

 

自分の生き方は間違っていないと、目の前の男に証明するために。

 

 

 

 

 




というわけで窠山と戦うことになりました。というわけでオリジナルストーリーはもう少し続きます。

次回『試合場の時間』

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