「うわ…広いな」
学真の部屋の中に、生徒は入っていった。学真の話を、外ではなく部屋の中で聞くことにした。外に大人数でいると周りに迷惑をかける可能性がある。
部屋の中に入った時に、ほとんどの生徒は部屋の大きさに驚いていた。まさか全員が部屋の中に入れるとは思っていなかった。渚、カルマ、杉野、矢田以外はその部屋に入った事がないため、かなりビックリしている。
「…ここって、どこの世界の家なの…?」
「自分の認識とは違いすぎる光景に、磯貝が混乱している!」
特に磯貝は、まるで異世界に入る混んでしまったかのような反応をしている。その広すぎる部屋は彼にとって信じられない光景であり、意識を保つのさえ怪しくなっているように見えた。
「ちょっと待ってろよ。今からお茶とお菓子出すから」
「28人分あるの!?」
学真がサラッと何も問題が無いように言っているが、お菓子やお茶、更にコップや皿が28人分(1人超生物がいるが)出そうとしているのは驚くしか無い。
生徒たちは、学真の財力の大きさを目の当たりにしたような気がした。
「さて…じゃあ良いか」
全員にお菓子とお茶を配り終えて、学真が話を始めようとしている。殺せんせーと生徒たちは真剣な表情になった。
学真は一枚の写真を机の上に出した。
「あれ…これって」
その写真に見覚えがある渚が学真に、目を見て尋ねている。学真はそれにうなづいて返した。
「前に渚たちがこの部屋に来た時に、何枚かの写真を(カルマのせいで)見たんだ。この写真に写っているこの金髪の男、それが俺だ」
学真の話を聞いて、生徒たちは視線を写真に移す。写真には3人の生徒が写っている。学真が言っているのはその中の1人、メガネをかけている金髪の男だった。
その写真を見て、前原が喋った。
「不良じゃねぇか!」
「ウルセェ!!」
学真は思わず大声で叫んだ。確かにどこからどう見ても不良だが、それについてはあまり触れて欲しく無い。前にカルマに散々弄られたので、ほとんどトラウマである。
「アレでしょ。中学生デビューってやつ」
「お前は黙ってろ!!」
そしてカルマが再び傷を抉りに行く。こういう時でもカルマは相変わらずだった。
「これって、あのスポーツ漫画を参考に…」
「もう辞めて!」
メタ発言を繰り出す不破にも強制的に制止をかける。このままではこの写真のことで延々と話をしかねないと思い、学真は無理やり話を進めた。
「髪を染めてはいるが、勘違いしないでほしい事がある。これは決して中学生デビューとかではない。
髪の色が嫌だったんだ。髪を染める前は今と同じ、やや赤い橙色だった。つまり、親父や兄貴と同じような髪だったんだ」
その話に生徒たちは納得した。確かに学真の髪は理事長の學峯や生徒会長の学秀に似ている。俯瞰すれば殆ど同じ髪に見えるだろう。
「俺はこの時、自信を大きく無くしていた。親父や兄貴のような力はなく、強者になれるとは思っていなかった。そんな自分と、親父たちと比べられるのが嫌で髪の色を変えた」
同じく納得している。自分が劣っていると分かっている時、それが分かるような特徴はなるべく隠したいだろう。
「でも、髪の色を変えたぐらいで力の差が見えなくなるわけじゃない。兄貴とのレベルの差は歴然としていた。他の生徒からは俺が劣っている事に野次を飛ばす奴もいた。
気づけば俺は学校から遠ざかるようになっていた。学校が終わったら速攻外に出て、近くの公園でただボーッとする。それが日常だった」
何人かの生徒は居た堪れない表情になった。劣っているというのが常に示される空間にいたいとは思わないだろう。もし自分がその立場だった時もそうするだろうなと思った。
「その時、俺は2人の生徒に会った。この写真に俺と一緒に写っているのがそれだ。1人は明るく自分に真っ直ぐな女子、もう1人は猪突猛進型で感情をモロに出す男子だった」
再び写真を見る。確かに学真と一緒に2人の生徒が写っていた。椚ヶ丘の生徒では無く、見慣れない制服だった。
「その2人は、俺に元気を与えてくれた。俺のことを優しいと言って褒めていた。俺はその2人に影響を受けて、自信を持つようになってきた。
その日から、公園で3人集まって活動するのが日常になっていた。その2人も、学校の方では居場所が無かったみたいで、3人で集まる公園の方が楽しいとも言っていた。
暫くして、俺は髪を元に戻した。親父や兄貴とは違う、俺個人の価値を見つけようと思った」
学真の話では、その2人はかなり優しい生徒のように思えた。それだけに、カルマは学校に居場所がない事に違和感を感じる。学真に自信をつけさせてくれたなら、学校に居場所がなくなるほどの欠点は無さそうに思ったからだ。
「けど、そのまま平穏に過ごす日々は、あっという間に無くなったんだ」
学真の声のトーンが変わった時、生徒の聞く姿勢も変わり始めた。ここからが本題なのだろうと思ったのである。
「これから話すのは、2年の1月ごろの話だ。それは、俺がE組に落ちる原因となった事件の事で、1人の生徒を殺した話だ」
学真は語り始めた。彼の心の中に留め続けている悪夢の話を。
◆1月
いま、学校で授業を受けている。あの2人と一緒に勉強をしていたおかげで少し余裕が出来てきた。少し前まではA組の中で中間程度の成績だったけど、二学期の頃には上位一桁に入ることが出来ていた。
そのせいか、あのハイスピード授業の受け方に慣れていた。黒板に書いてはすぐに消していく作業を繰り返し、生徒の集中力を無理やり引き出させる授業にはかなり飽き飽きしていたが、今では焦ることなく先生の話を聞けるようになっている。
「見違えるようになったね。学真くん」
すると俺に話しかけてくる奴がいた。俺と同じくA組に在籍している窠山だ。A組の中でも学力は兄貴の次ぐらいの成績を出しており、学校でも優等生として評価されている。
見違えるようになったってのは…少し前に比べて俺が落ち着き始めてきたという事だろう。髪が元の色に戻った時も全員に驚かれていたし、この前の期末テストでは上位を叩き出したしな。見違えるようになったように見えるのも当然かもしれない。
「別にいいだろ。問題があるわけでも無いし」
「うん、問題は無いよ。寧ろ安心したよ。漸く強者としての自覚がついたみたいだし」
強者としての自覚…ねぇ。それは元からないと思う。成績が良くてもそれが強者である事とイコールではない。
それに俺は強者でありたいとは思わない。強者であるという事は、弱者に冷たくなるという事にもなる。そんな人になろうと思わない。そうなったとしても苦しむだけだ。
そういや、弱者といえば…
「そういえば、先生たちも今年のE組行きの生徒を決め始めているみたいだね」
そう、いよいよ俺らの学年でE組に行くことになる生徒が決まる。言われた生徒がE組校舎に行くことになるのは3月からだけど、もうこの時点でE組校舎に行く生徒は殆ど決まっているだろうし、生徒にも伝わっていてもおかしくない。実際本校舎内でも笑われている生徒を何人か見たことがある。
差別される対象になるE組の認定…受ける生徒は溜まったものでは無いだろう。1年間も惨めな生活を送るハメになることになるから。
「可哀想とか思ってる?」
心を見透かされたような発言に、ヒヤリとさせられる。実際そう思っていたし、その口調もかなり強めに聞こえた。そんな考えをする事は絶対に許さないという事なのだろう。
「言っとくけど、ここから先は弱者に構っているヒマは無いよ。ここから僕たちは、更に力をつける時期になるんだからさ」
…窠山の言うことには一理ある。この学校で身につけないといけないのは何よりも強さで、弱者を心配するような精神は要求されてない。寧ろそれは捨てろと言うようなものだった。優しさを持ったままでは強くなれないと言うのが、親父たちを始めとした強者の理論だ。
認めたくは無いが、力を身につけるためにはそうするしかないと割り切るしか無い。そう思い、窠山に何も言わなかった。
◆
学校が終わる。A組の生徒の殆どは、学校が終わったあと、直ぐ塾に向かって行く。この学校の中でもトップクラスで無いといけないというプレッシャーから、ひたすら勉強に打ち込んでいるのが殆どだ。余裕で遊んでいるのは、兄貴を始めとした五英傑と窠山ぐらいだろう。
一方俺は、いつも通り公園に来ていた。日沢と如月に会うために。
「あ、いた。学真く〜ん」
暫く待っていたらいつも通り日沢が来た。相変わらず緊張感のない挨拶だ。
「おう…如月は?」
「ちょっと先生に呼び出されていて、遅れるって」
来たのは日沢1人で、如月は来ていなかった。
どうやらまた呼び出されたみたいだ。少し前から何回か呼び出しをされている気がする。まぁかなりうるさい奴だし、学校では問題を起こしてるんだろうな。
「今日は行きたいところがあるの。ちょっとそっちに行かない?」
「ああ。構わないよ」
日沢と公園から離れる。向かう先は、日沢が行きたいという店だった。その店は雑貨屋みたいなところだった。
「…うーん、これなら良いかな」
日沢は商品のなかから、1つ選び出した。キーホルダーみたいなもので、なんとなく素朴というか、無難な商品だった。
「…なんだそれ。使うのか?」
「ううん。もう少しで如月くんの誕生日だからさ。その時に渡そうと思って」
ああそっか。3月に如月の誕生日か。それで二ヶ月前にプレゼントを買っているわけだ。如月は良くも悪くも素直だし、無難なプレゼントでも喜ぶ男だ。渡しただけでも感謝の感情を思い切り表出するだろう。
「じゃ、そういうわけだからこの事は如月くんには秘密ね」
周りに如月がいるわけでも無いのに、内緒話をするようにコソコソと話す。別に構わないけど。
それをカバンの奥底に入れる日沢は、かなり嬉しそうだ。嬉しくなっている原因はなんとなくわかる。
日沢は如月の事を好んでいる。1人の女性として。如月は気づいて無いけど、俺と話している時に比べて如月に話しかけている時はかなり楽しそうだ。
まぁ、一緒にいる時間が長かったし、そうなるのも当然だろう。友情から恋心に変わるケースも良くある。日沢はそのパターンだ。
それを見て何も思うところは無いと言えば、嘘になる。俺を救ってくれた日沢に対してそういう想いはあっただけに、ちょっと悔しく思う。
けど嫌では無い。如月の方が付き合いが長いし、アイツの方が好きになるのも当然だと思う。何よりなんだかんだ言ってアイツは良い奴だし、如月の方が幸せにしてくれるだろう。
だから邪魔しない。俺はこの想いの事は諦めて2人を応援することにした。
「おーい、ごめん2人ともー!」
話をしていると、如月がこちらに向かって来ている。先生との話は終わったらしい。
そこからは3人で、いつも通り遊んでいた。
◆
3人で遊んで、俺は自分の部屋に戻った。この時から俺は一人暮らしを始めていた。だから部屋には誰もいない。
その筈なのに、扉の前に1人の男がいた。どこからどう見ても俺を待っている奴だ。
「呑気だな。もう直ぐ期末テストがあると言うのに」
それは俺の兄貴、浅野 学秀だった。それでいて次期の生徒会長であり、学力は全国1位というバケモノだ。なんで俺の部屋に来ているんだ?
「テストで取れれば問題無いだろ」
「ふん、今度のテスト次第でE組行きの判定がつくかもしれないと言うのに、よく楽観的でいられるな」
まぁ確かに。E組行きが決定するのは3月ごろで、次のテストはその判定の最後の関門でもある。それに向けて必死に勉強している生徒が殆どだ。そんな中、呑気に遊んでいて平気かと煽っているんだろう。
「別に良いだろ。結果が全てなんだから」
グダグタ言う兄貴の口を黙らせようと、話を終わりの方に持って行く。別にコイツと話がしたいわけでも無いし、これ以上話す理由もない。だからサッサと終わらせようとした。
「最近学校の外にいることが多いみたいだけど、何をしている?」
ピタリ、と動きを止めた。そういえばそうか…学校が終わった後直ぐに学校を離れるクセに、家に着くのはこんなに遅いから、外で何かしているだろうと言うことぐらいは直ぐに考えれるか。
「…それが何なんだよ。関係ないだろ」
「確かに関係ない。だが余計な気を起こしてもらうのも困る。こんな大事な時期に問題を起こしてもらうと、僕の家に傷がつく」
…まぁ、そういうことなんだろうな。兄貴は俺を心配しているとかは全く思っていない。双子の弟が問題を起こしてしまうと、内心的に許さなくなるんだろう。それだけの理由でここまで釘を刺しているんだ。
「分かってるよ」
適当に返事して、部屋の中に入る。兄貴はそのまま、自分の家に帰っただろう。どういう気持ちで帰ったのかは知らん。
そのままテレビをつける。この時間にニュースを見るのは日常だった。だからいつも通りニュースを見たんだ。
『続いてのニュースです。一時間ほど前に、椚ヶ丘のスーパーにて、1人の学生が商品を無理やり奪い取ろうとしました。後ほど、警察が来て大騒ぎになったとの事です』
そのニュースを流しながら、夕食に買って来た食材を取り出す。ニュースは見なくても、聞いているだけでだいたい頭に入る。だからいつも通り、ニュースを耳で聞きながら、袋から野菜を取り出す。
『商品を盗んだのは、畑崎中学校の生徒でした。警察の調べに対して…』
テレビは警察がその犯人を連行している様子を写した。その犯人の顔は、モザイクがかかっており、詳しくは分からない。
だがその映像を見て、俺は衝撃を受けた。顔が分からなくても、その男には見覚えがあった。
見慣れた制服とカバン、そして体型。瞬間記憶能力ゆえに顔以外が完全に同一人物であるという事も分かってしまう。
あり得ないと思えば思うほど、一致している部分が見えてくる。だから、俺の予想が当たっていると確信が生まれた。
その男は、如月だった。
◆
先ほどのニュースを受け、その真偽を確かめるために俺は直ぐに家を出た。ニュースにあったスーパーの場所は分かる。その近くの交番を探れば、どこにその男が連れて行かれたのか見当がつく。
交番の前に着いた時、警察が誰かを連行しているのが見えた。
その時点で、自分の予感が間違いないと証明する決定的な証拠が叩きつけられた。
警察に連れて行かれているのは、間違いなく如月だった。
「…!学真、くん…!」
警察が俺の近くを通ろうとした時に、如月は俺に気づいたようだった。その目は、どういう感情を表しているのかが全く分からない。
その時、ドス黒い何かが、自分の中で湧き出てくるのを感じる。それは怒りなのか、憎しみなのか。
『もう少しで、如月くんの誕生日だからさ』
昼に、日沢が言ったセリフを思い出す。もう直ぐ誕生日である如月のためにプレゼントを選ぼうとしている日沢の姿も。
『この事は如月くんには内緒ね』
そして、日沢が楽しそうにしている表情も。
日沢は如月の事が好きだった。だから喜ばせようと内緒でプレゼントを買った。俺はそれを止めたりはしなかった。寧ろ2人が仲良くなってくれるなら、応援したかった。
なのに、コイツは…
この男は……………
「ふざけんな」
如月を睨んで、言った。その言葉は自分でもかなり棘があると分かる。
許せなかった。日沢がコイツを喜ばせようとしているのに、如月は警察沙汰になるような事をして、その好意を踏みにじったコイツが。
俺の言葉を聞いて、如月はそのまま警察に連れて行かれた。その時の如月がどういう表情なのかを、全く見ていなかった。
その後、警察から簡単に事情を聞いた。如月は、他の客から商品を無理やり取ろうとしていたらしい。その騒ぎに気づいた店員が直ぐに警察を呼んだみたいだ。
その話を聞いた後、俺は自分の家に帰った。
◆
「学真くん!大変なの!」
次の日、公園で日沢が慌てて俺に話しかけてきた。一体何が大変なのかは何となく分かっていた。
「如月くんが停学になったんだって。一緒に様子を見に行こうよ」
やっぱり如月の話だった。突然停学になった如月の事を、日沢は心配しているみたいだった。日沢は如月の様子を見に行こうと言っている。
「嫌だ」
けど俺は、そうする気がなかった。
「…え?」
「お前、何でアイツが停学になったか分かってんのか?」
「それは…」
案の定、日沢は知らなかった。昨日起こったあの出来事を。
「アイツは、やってはいけない事をやったんだ!停学になってもしょうがないだろ!」
「でも…」
「奴に会って何をするんだ!助ける意味も理由もない。自己満足しか残らないだろ!」
自然と熱が篭っている。あの時に感じた怒りと、そんな男を助けようとする日沢に対する苛立ちが積もっていく。
「お前みたいに何も考えずにいる奴には分からないだろうけどな!どうしようもない事はある!救いようのない奴に救いの手を伸ばしたって…」
パァン!
頰に強い衝撃が走る。体制が崩れて、その場に倒れこんだ。起き上がろうとして、俺を殴った日沢を見る。
「日沢…?」
殴られた衝撃で視界がぐらついているのと、偶然にも日光のせいで表情は分からない。だが何故か、日沢が泣いているようにも見えた。
「何も分かって無いのは、学真くんの方じゃ無い!」
そのセリフが、日沢が言ったセリフなんだというのが分かった。その声はいつもの日沢の声とは打って変わり、とても強く、苦しそうに聞こえる言葉だった。
日沢はそのまま踵を返して、俺から離れていく。その姿が、まるで俺を置いていくようにも見えた。
あっという間に、俺と一緒にいた2人は居なくなり、俺はまた独りになって居た。
学真は、日沢から距離を空けられました。この後果たしてどういう展開になるのか。
次回 追憶の時間②