浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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あけましておめでとうございます。
さて、今年1発目の投稿、かなり重い話ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。


第56話 支える時間

「…そんな」

 

窠山の言葉に、矢田はその一言だけ言った。窠山の言った事が信じられない、と思っているのが全員分かった。

 

「ビックリするでしょ。だってアイツは隠していたからね。こんな事がバレると都合が悪いから」

 

そんな矢田の思想を跳ね除けるように言った。学真がその事を言っているはずがない。仲間を失うのを怖がっている彼は、その事を絶対にしようとしないだろう。

 

「僕には凄くバカバカしいと思えるよ。生きる為に必要なのは強さだ。クラスメイトに嫌われようと関係ないのに、アイツは振り切れない。だからアイツは弱者になってしまった。上に立つ資格がありながら、その資格を放棄した、正に落ちたエリートだ」

 

窠山の言うことには、賛同したくはないが否定も出来ない。本校舎の生徒が言っているような強がりとは違い、しっかりと筋が通っていて、聞いている人にはその通りだと思ってしまうほどの説得力がある。そんな彼の言うことは、簡単に否定できなかった。

 

「…じゃあお前は、その勝負で学真の目を覚まさせようと言うつもりなのか?」

 

杉野が窠山に尋ねる。彼が言っていることをまとめると『学真は間違っている』と言うことだった。ならその勝負で学真に勝って、学真のE組の味方をするという考え方を否定しようとしているというのだろうかと杉野は考えた。

 

「まさか。目を覚まさせてあげようとするほど善人じゃない。僕はただ勝ちたいだけなんだよ。それだけ」

 

窠山はその場から離れていった。これ以上話すことはないと言っているように見えるが、彼を止めようとはしなかった。

 

シン、と静まっている。学真はどこかに行ってしまい、窠山も離れてしまって、その場にいるのは杉野と倉橋と、矢田だけだった。

つい先ほどまでは、楽しく話していたはずだった。それが一瞬で暗くなってしまった。

 

そんな空気の中、1人の女子は彼について考えていた。

 

 

 

 

 

 

◇矢田視点

 

学真くんは、何でもやりこなせる人だと思っていた。勉強も、スポーツも、暗殺も、やるべき事や、自分に出来る事が分かっていて、自分の役割を作り出して、それをやりこなす人だと思っていた。

霧宮くんの時は特にそう思った。クラスのみんながどうすれば良いのか分からずに悩んでいた時、学真くんが一番最初に動いた。

 

さっきも、学真くんは旅行の暗殺に目標を定めていた。テストの時に手に入れたチャンスを、決して無駄にしないようにしようとしているようだった。

 

学真くんは、どんな困難があったとしても、決して立ち止まらずにこなしていくんだろうなと、私の中ではそう思っていた。

 

でも…

 

「ねぇ、陽菜乃ちゃん、杉野くん…」

 

陽菜乃ちゃんと杉野くんに、話し始めた。今の話を聞いて、私の中でやらないといけないと思った事がある。

ずっと前から、学真くんに感じてた違和感があった。昔も、今も時々感じている。頼もしいと思っている反面に感じる違和感、それが今日、ハッキリと分かった。

今まではそれから目をそらし続けていた。それは逆に学真くんを苦しめ続けるだろうと思っていたから、考えないようにしていた。

 

でもそうじゃない。それは私の早とちりだ。苦しめるだろうと思って動かないのは逆に彼を不幸にさせ続けてしまうことになる。

本当に彼を助けたいなら、動かないといけない。学真くんも言っていた。『ここで動かないと、あとで絶対に後悔する』って。彼に倣って、私が彼のためにしないといけないと思う事をする。たとえ迷惑でも…それが私の選択だ。

 

 

 

◇学真視点

 

あの場から逃げるように離れて、今はすでに家の前だ。ここまで来てしまったら、後戻りは出来ない。

何度コレを経験すれば良いんだろうか。感情のままに相手に怒り、周りの人を怖がらせてしまうのは。昔からずっと、コレだけは全然変わっていない。

金宮の時も、鷹岡の時も、感情のままに動いて、その後になって後悔する。

 

俺が自分の部屋に行こうとした時、ドアの前に生物がいた。その生物を、俺は知っている。

 

「…殺せんせー」

「家に向かっている君を見つけたもので…いつもの様子はありませんねぇ、何がありました?」

 

殺せんせーは、帰っている途中の俺を見かけたみたいだ。俺がいつもと違う気がしたから、心配したんだろう。それで、誰にも見られる確率が低い俺の家のドアの前に来たというわけか。

 

「ああ、実は…」

 

 

 

殺せんせーに、今までに起こったことを話した。杉野とゲームセンターに行ったこと、そこで矢田と倉橋に会ったこと、窠山に会ったこと、窠山が俺に勝負をするように言ったこと、かつてデパートで起こした事件について盗撮されていたこと、そして…窠山の一言に怒って、胸ぐらを掴んでしまったことを。

 

「その時、彼はなんと言ったのですか?」

「…弱者の肩を持って自滅って言った。それを聞いてプチっと来てしまったんだ」

「なるほど…」

 

俺の話を聞いて、殺せんせーは納得したような顔をしている。俺がなんで怒ったかが分かったからだろう。友達を弱者と言われたのが嫌だったからだ。E組のみんなも、アイツらも。

そのあと暫く間を置いて、殺せんせーは話し始めた。

 

「先生は()()()()()()の人を見て来ましたが…彼ほど効率的な人は滅多にいませんね…」

「効率的…?」

「窠山くんという生徒を見たことがあるのは、あの球技大会の時だけでしたが、その時も思った事です。彼は異常に効率的だと感じました。

自分の望んでいる結果を手に入れる為には、どのような過程を踏めば良いのか、実現できる可能性は何か、それを冷静に考える能力に長けているというところでしょう。

これだけだったら、別に珍しくはありません。先のことを考えて動くことが出来る人はそこそこいます。

そしてそういう人ほど上手な生き方をします。未来を想定する力は、優位に立つ事ができる力でもありますから。

 

そういう考えの人だからこそ、弱者を守る事を良しと思わない。彼らにとってそれはなんの得にもならないと考えます。彼の言っていることもその類でしょう」

 

殺せんせーの言っている事は的を得ている。窠山は今に固執しないで、常に未来を想定している。前に寺坂に『ビジョンを持つことは簡単ではない』と話した事があるが、窠山はそれを持っている。

だからあいつはいつも結果を出し続けている。だが何でもかんでも結果を出すわけじゃなくて、不可能だと判断した時は最初から挑戦しない。あくまで可能である結果を出し続けて、色々なところから評価を貰っている。

 

だから窠山はA組に在籍し…かつA組のやっていることに口が出せる。成績がそこそこ良いだけの生徒では、そんな事をしたって怒りを買うだけだ。

そう考えると、確かに効率的だろう。奴は上手く生きていく方法を探せるから、上手に生きていける。

けど異常ってどういう事だろうか。それを聞こうとしたけど、その解答は聞く前に答えられた。

 

 

 

 

 

◇第三者視点

 

「ですが彼ほど効率的に生きていける者はいません。効率を突き詰めていくとそれは無欲になるという事と同義だからです」

 

殺せんせーの説明を聞いて、学真は理解できた。

効率を重視すれば無欲になる。それも確かにと学真は感じた。効率を重視した時、自分の欲求はかなり邪魔になる。状況によってはそれを捨てないといけない。

頭で理解できたとしても、それを実行できる人はあまりいないだろう。少々我慢する事は出来ても、自分の欲求を抑えるというのは意外に難しい。

 

期末テストの時も、窠山は勝負に参加しなかった。A組が負ける事を知っていて敢えて参加しなかったと彼は言う。そんな彼の様子を、周りの生徒は怒ることはなく、不気味と感じた。E組に負ける事を受け入れているというか、その事がどうでもいいと感じているように見えた。E組に負けても悔しくないと感じる窠山が、少し怖いと感じたのである。

 

(ですが彼は()()()()学真くんに勝負を申し込んだ。これはひょっとすると…)

 

ここで殺せんせーは、彼の話を聞いて考え始める。もし彼が徹底的に効率を重視するなら、学真に勝負を申し込む事はしない。まして勝負に勝っても何かを得るわけでもないならその勝負には窠山にとって得になるところがない。

あまりに筋が通らない。そんな彼の行動に殺せんせーは、彼の狙いについて考えてみる。それはひょっとするとその勝負に意味があるわけではないのか、そう考えた。

 

「なぁ殺せんせー」

 

そう考えている殺せんせーに、学真が話しかけた。生徒に話しかけられた先生はそれを無視する事はない。生徒の呼びかけに答えるように殺せんせーは視線を学真に向けた。

 

「俺、間違ってたかな」

 

学真の言葉を、表情を変えずに聞いていた。何も考えずに言っているわけではないのは、彼の表情から分かる。彼なりに今まで悩むだけ悩んで、いま思いついている考えがそれなのだ。

 

「あの時窠山を殴ろうとしたのは、窠山の言っている事に腹が立った訳じゃない。窠山の言っている事を、否定できなかったからなんだ」

 

その台詞を聞いて、殺せんせーは納得した。彼は窠山の言う事が否定できなかったのは理解できる。

弱者の肩を持って自滅したと言うのは、客観的に正しい事実だ。矢田を守ろうとして、いま追い込まれている状況になってしまった。それからすると弱者を守ったが故に起こってしまったとも見えるだろう。

学真はそう理解してしまった。だから否定できずに彼を殴ろうとしてしまった。そうしようとしてしまったという事実すらも今の彼を追い込んでいる。

 

「誰かの味方になりたいと思っていた。こんな落ちこぼれの俺でも、E組のみんなの力になれたら良いと思っていたんだ。

けど…弱いままじゃ強い奴には抵抗できない。金宮の時もそうだった。権力という力が無い俺は、何の抵抗も出来ない。何とか打開しようとして、暴力を振るってしまって、結果それを利用されてしまった。

今回も、窠山の言葉を否定できなくて、殴ろうとして、また矢田を不安にさせてしまった。何度も…何度もこんな経験をしているのに、止められねぇ」

 

彼の言っている事は正しい。学力が高い故にその考えまでたどり着いてしまったのだろう。

弱いままでは強い相手に抵抗する事は出来ない。だからそれを打開するためには、そのための力が必要になる。

彼の場合は、それが暴力だった。正確には、その手段しか選べなかった。友人が被害を受けた時に、彼は暴力で解決することしか出来ない。

それが、彼にとって悔しいのだろう。暴力は抵抗できる手段であると同時に、人を傷つけるものでもある。特に矢田のように、争いごとが嫌いな人は傷つきやすい。その手段しか取れない事が悔しくてしょうがなかった。

 

「俺は…誰かを守ることは出来ないのかな。誰かを守れる資格なんて、無かったのかな」

 

学真が苦しんでいるのは、その悩みだった。結局自分には、誰かを守ることはできないんじゃないかと思い始めた。殺せんせーはその疑問にどう答えれば良いかを考え始める。

 

 

その時殺せんせーは、ある事に気づいた。その場には変化はないが、殺せんせーのある感覚が、その変化を気づかせた。

その変化の正体を知った時、どこか嬉しそうな雰囲気が出ていた。殺せんせーにしてもそれは想定外で、とても嬉しい事でもあったから。

 

「そうですね…学真くん、君に見て欲しいものがあるんですが…」

 

学真にそう言って、殺せんせーは扉から離れる。一体どうしたんだろうかと思い、学真は殺せんせーの後を追う。

そして殺せんせーに倣って、曲がり角を曲がった。

 

 

すると、学真は信じられないことが起きたかのような目をしていた。それもそのはず。

 

 

 

 

E組の生徒全員が、そこにいたのだから。

 

 

 

 

「…!お前ら…」

「香水の香りがしたので、もしかしてと思いましたが、やはり来ていましたね」

 

先ほど、殺せんせーは香水の香りを鼻で感じ取った。矢田や倉橋がゲームセンターに行く前に来ていた服屋の中で、僅かに残っていた香水がついたのだろう。微かな量なので矢田たちもそれに気づかなかったが、殺せんせーの鼻が強力なため気づいたのである。

 

「学真くん」

 

E組の生徒全員がいる中で、一番最初に話し始めたのは矢田だった。E組の生徒全員が集まったきっかけは彼女であり、学真を一番心配していたのも彼女だったため、矢田が話し始める事に誰も異論は無かった。

 

「学真くんは、今まで私たちの為に動いてくれた。ありえない目標を達成してくれたりするから、何でも出来る人なんだと思ってた。

でも、あの時分かった。学真くんがいま1番苦しんでいることに」

 

その話を学真はただ聞いている。

彼は唖然としていた。矢田がその事に気づいた事に。苦しんでいることをなるべくみんなに悟らせないようにしていたつもりだったが、先ほどの一件で彼女が気づいてしまった事が分かり、何と言うことも出来なかった。

 

「だからもし学真くんが何かを背負っているなら、私たちにも背負わせて。私たちは学真くんの支えになりたい」

 

矢田は苦しんでいる学真を支えたいと言った。学真が霧宮に対してしたように、彼の苦しんでいるところをみんなで支え合おうとしていた。

そう言ってくれることは嬉しかった。彼を心配してくれている事は、今まで無かっただけに余計にそう感じた。

 

「でも、俺は…」

 

だが学真は、一歩踏み出せずにいた。学真にとって『それ』をE組に伝えることは避けていた。話せば今度こそみんなに嫌われるんじゃないかという不安が、その一歩を踏み出すのを止めていた。

それに気づいた寺坂が学真に話しかけた。

 

「杉野みたいに、自分のしたい事を言った奴には協力してた。神崎や前原や矢田みたいに、困っている奴には迷わず助けてくれた。俺や霧宮みたいに、バカやらかした奴でも見捨てずに接した。

こんなクラス思いなお前が、今さらどんな欠点を抱えていても嫌いになったりはしねぇよ」

 

その言葉を聞いて、学真は動揺している表情をした。欠点を抱えていても嫌いにならないという言葉を、言われるとは全く思わなかった彼にとって、それは衝撃的な言葉だったからだ。

 

「……良いのか…?本当に……?」

 

動揺が隠せずに、不安を露わにしている彼から視線を逸らす生徒は、誰1人としていなかった。その場にいる全員は矢田の言った通り、学真の抱えているものを背負おうと本気で思っているのだ。

そして、戸惑っている彼に殺せんせーは語り始めた。

 

「先ほど君は、守る資格があるかないかの話をしていました。結論から言うと、そもそも守る資格なんて物はありません。

自分の行動が、誰かを偶然救う事だってあるし、時には誰かに助けられたりする事だってあります。どっちが守る側で、どっちが守られる側かは決まっていません。その時に応じてその2つのどちらかになるだけです。

そして誰かの助けになりたいという想いは、紛れもなく君の想いそのものです。同時に皆さんも、君の助けになろうとしているんですよ」

 

そっと背中を押してあげる。それが殺せんせーが考えた自分に出来る手助けだった。不安を乗り越えるためには崩れないようにするための支えが必要で、その支えが仲間である。彼が心から仲間に寄り添ってもらうために、学真に勇気を与えさせた。

 

学真は俯いている。一体何を思っているのか、彼を見ている生徒は分からないでいる。

 

しかし、その次に学真が言った言葉でそれをハッキリと感じ取った。

 

「みんな…ごめん…………!

俺は…………!」

 

震えながら呟かれるように話す言葉で、学真は話そうとしていた。彼の抱えているものについて。彼が犯した罪について。

 

 

 

 

「俺は…1人の生徒を……殺してしまったんだよ」

 

 

 




この流れを作りたかったんですよね。今までみんなを守っていた学真くんがE組の生徒に支えられるみたいな話を。

さて、学真くんの口から言われる過去とは一体何なのか?次回から2回目の過去編に入ります。

次回『追憶の時間』

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