浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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だらだら書くクセがついてしまっている…



第41話 泳ぐ時間

退院してから俺は再びあの校舎に戻った。少しみんなと久々に会ったみたいな感じがするが、入院する前と別に変化はない。

授業はやっぱり進んではいるが困ってたりはしていない。入院している間にあのタコが来て授業で進んだ所を説明してくれたからな。まぁ、病院にいる他の人に知られる訳には行かないから変装こそしてるが殆ど意味はない。病院の人にバレないかとヒヤヒヤしたよ…

体育は…参加していない。医者から暫くは安静にするように言われたから、体育のような体を動かす事は暫く控えている。とは言っても鷹岡がいなくなって烏間先生が体育の担当に戻ったし、復帰すれば暫くのブランクも数日で取り戻せそうだ。

まぁ早い話、何の問題もなく学校生活を送っている。長い間学校から離れていたけど、別に何の影響も無く行きそうだ。

だがそれでも、困っている事はある。

問題というのは生きていく中で突然と現れる事が多い。何かフリがある場合もあるが、そういうものなしで来る場合が多い。そういうのは本当にタチ悪いと思う。それに対応策を立てることなんて無理だ。

しかも()()問題ばかりはどうしようもない。誰かが引き起こしたとかじゃ無くて自然にそうなったというだけだし。

だからこそ俺はいまかなり不快に思っている。なぜこんな山奥でこんな事を感じなきゃならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「暑い…」

「「「「「前振りナゲェよ!!」」」」」

 

 

ウルセェよ…とツッコむ気も失せる。余計に体力を奪う気がするし。

それにしても本当に暑い。本格的に夏が始まったというやつだよな…ついこの間までは爽やかな気温だったはずなのに、こんな意識を刈り取ろうとするぐらいの気温になるんだ。

本校舎にいた時はそんな事なかった。アッチにはクーラーがついてたからな。こんな暑苦しく感じることもない。マジでこの校舎の設備が鬱陶しい。

 

「だらしない。夏の暑さは当然の事です。温暖湿潤気候に住んでるんだから諦めなさい。因みに先生はこのあと寒帯に逃げます」

「「「ズリィ!!」」」

 

殺せんせーの弱点21 夏バテ

 

チックショー…羨ましすぎるだろマッハ20。俺も行きたいな涼しいところ。マッハ20とはいかなくとも空を飛んで移動してみたい。ライト兄弟の子孫が『人間の飛行』とかを完成してくれないだろうか。

 

「マズイわね…リアルでも真夏なせいか、作者もダレてきて他の文がグダグダし始めてきてるわ」

「何言ってるの?」

 

 

 

 

「でも今日プール開きだよね。体育の時間が待ち遠しいな〜」

 

そういえばプール開きか。倉橋の話で思い出した。こういう暑い時にはプールは結構良い。良いな良いな、退院したばかりだから入れないというのに。医者の先生がOK出してくれないと無理なんだよ…

 

「いやそのプールがE組にとっちゃ地獄なんだよ。なんせプールは本校舎にしか無いんだから、炎天下の山道を1km往復して入りに行く必要がある。人呼んで『E組死のプール行軍』。特にプール疲れした帰りの山登りは、力尽きてカラスのエサになりかねねぇ」

 

うげ…マジかよ。それほど良いことでも無さそうだな。木村の言う通り、1キロメートル往復はシャレにならねーぞ…

 

「本校舎に連れてってくれよ殺せんせー」

「しょうがないなー…と言いたいところですが、先生のスピードを当てにするんじゃありません。いくらマッハ20でも出来ない事はあるんです」

「だよねー…」

「でもまぁ気持ちは分かります。全員水着に着替えて外に出なさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

 

 

 

と言うわけで…

殺せんせーに先導されながらE組と一緒に裏山にいます。さっき殺せんせーが言っていた小さな沢に向かうためです。

裏山に小さな沢があった事は知らなかった。千葉が言うには、足首まであるかないかの深さだと。まぁ、プールほどじゃ無いけど涼むには充分だな。山の中の沢って意外と涼しいし。

 

「そういえば渚くん、この前は凄かったらしいじゃん。見ときゃ良かった渚くんの暗殺」

「本当だよ。カルマくんは面倒くさそうな授業は直ぐサボるんだから」

「えー、だってあのデブ嫌だったし」

 

カルマと茅野と渚は前の鷹岡の授業の時の渚の暗殺の話をしている。そういえばカルマはサボってたな。あの時いつの間にか居なかったし。アイツひょっとして、鷹岡の本性を見抜いていたんだろうか。

鷹岡の時は少し嫌な思い出だ。俺はただフルボッコにされたし。あの時俺は自分の力不足を嫌と言うほど感じた。一発も当たらないとかマジでヘコむ。

このままだとマズイと思っている。ターゲットはマッハ20の怪物。人間すら倒す事の出来ない力ではターゲットの暗殺はほぼ不可能だ。

だから焦っている。このE組で、みんなの役に立つためには、もっと実力を身につけないといけない。今までのような感じではダメだ。烏間先生との特訓も、八幡さんとの特訓も、もっとレベルアップしていかないといけない。それをあの時痛感した。

 

「さて皆さん!」

 

突然、殺せんせーが体の向きを変えて話しかけてきた。唐突すぎて少しビビる。まぁ…余計な事を考えていた俺のせいでもあるけど。

 

「さっき先生は言いましたね。マッハ20でも出来ない事があると。その1つが皆さんをプールに連れて行くこと。残念ながらそれには1日かかります」

「1日ってそんな大げさな。本校舎のプールなんて歩いて20分」

「おや、誰が本校舎に行くと?」

 

ニヤリと笑う殺せんせーの後ろから、水の流れる音が聞こえる。よく見ると殺せんせーの背後の木の葉っぱの隙間から、何かがあるのが見えた。

殺せんせーのセリフを聞いて俺や他のみんなはもしかしてと思い、奥の方に進んで行く。するとそこには、かなり大きなプールが出来ていた。

岩で囲みが作られ、その中に水が大量に入っている。25メートルのコースも作られ、広さもE組全員が入るには充分すぎる広さだった。

 

「なにせ小さな沢をせき止めていたので、水が溜まるまで20時間。バッチリ25メートルの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元どおり。水位を調節すれば魚も飼って観察できます。制作に1時間、移動に1分、後は1秒あれば飛び込めますよ」

 

 

「「いやっほーーう!!」」

 

殺せんせーの言葉に感化され、みんなは一斉にプールに飛び込んだ。飛び込みは禁止だと言うのに。

 

その後みんなはプールで楽しそうに泳いでいる。何しろ、本校舎に行く事なく、と言うかE組校舎の近くでプールに入る事が出来るのだから、楽しいとみんな思っているだろう。

プールに入る事が出来ない俺を除いて。

なんで俺が入る事が出来ない時期にこんな立派なプールを作るんだよ。そりゃ時期的にはピッタリだけどさ。もう少し俺に配慮してくれても良いじゃないか。もう少し経てば俺もプールに入れたと言うのに。本当に生徒思いで助かることをいつもしてくれるタコ教師が。

 

「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

 

因みに俺は泳ぎはそこそこだ。苦手と言うわけじゃないし、クロールや平泳ぎは出来る。だが親父レベルには到底たどり着けない。泳ぐのはかなり体力使うから、25メートルを泳ぎきるので精一杯だ。

でも泳ぐ事は嫌いじゃない。寧ろ好きな方だ。暑い日に泳いだらスッキリするし、割と楽しい。だから三日後のプールは思いっきり遊ぼうと誓うのであった。

プールではあっちコッチで色々な遊びをしている。25メートルを泳いでいたり、バレーをしていたり、プール近くの椅子で本を読んだり…まぁ、遊び方は人それぞれだ。

 

《ピー!》

 

What's!?

 

「木村くん!プールサイドを走っちゃいけません!転んだら危ないですよ!」

「あ…すいません」

 

…なるほど、まぁプールサイドを走るのは良くないな。マナー上の問題で。ていうかあのタコ監視員か…まぁ、先生がその立ち位置にいる事は良くあるけど…

 

《ピー!》

 

「原さんに中村さん!潜水遊びはほどほどに!長く潜ると溺れたかと心配します!」

 

《ピー!》

 

「岡島くんのカメラも没収!」

 

《ピー!》

 

「狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!」

 

《ピー!》

 

「菅谷くん!ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ!」

 

《ピー!ピー!ピー!ピー!ピー!》

 

こ…小うるせぇ。小言と笛の音が短時間で何回も鳴るとめちゃくちゃ耳に来る。なんだアレ…自分の作ったフィールドの中だと調子に乗って王様気分になるタイプか。…メンドくさい。

 

「ヌルフフフ。景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んで貰わなくては」

 

殺せんせーの弱点22 プールマナーにやたら厳しい

 

「堅いこと言わないでよ殺せんせー、水かけちゃえ!」

 

倉橋が殺せんせーに水をかけた。まぁ…ちょっとからかっているんだろう。手で掬えるほどの水量だし。

 

「ひゃん!!」

 

 

……え?

 

何今の女のような悲鳴

 

 

「きゃあ!カルマくん!揺らさないで、水に落ちる!」

 

 

カルマが殺せんせーの座っている監視台を揺らすと、殺せんせーはかなり焦っている。まるで水に入ってしまうのを避けるように。

その様子を見て俺は…いや、みんなは思った。

 

まさか殺せんせーは…

 

「い、いや別に泳ぐ気分じゃないだけだし。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなのないし」

 

泳げないのか?

 

 

 

 

 

殺せんせーの弱点23 泳げない

 

これは…今までの弱点の中で1番使える弱点じゃないか。俺らの大半はそう直感した。水を使った暗殺…いままでの中で最も期待できるんじゃないか?

 

「あ!やば、バランスが…うわっぷ!」

 

するとなんか大声が聞こえた。その方を見ると茅野が溺れてやがる。まさか浮き輪から落ちたのか!?てかそんな溺れる深さだっけ?

 

「ちょ…何したんだ茅野!」

「背が低いから立てないのか!?」

 

あ、そういうこと。だから溺れているのか。

ていうかマズイ。茅野をどうにかして助けないといけないが、溺れている人を助けることなんかしたこと無いぞ。下手に行くと巻き込まれる。どうすりゃ良いんだ?

 

「か、茅野さん!このふ菓子に捕まって…」

 

殺せんせーも慌ててる。てかそのビート板みたいなやつってふ菓子かよ。そしてふ菓子でどうやって溺れている人を助けるんだ?

すると誰かが水に飛び込んだ。そいつは凄い速さで茅野のところまで行き、彼女を支えた。

 

「大丈夫だよ、茅野さん。すぐ浅いとこ行くからね」

「助かった…ありがとう、片岡さん」

 

水の中に飛び込んだのは、女子の学級委員の片岡だった。そういえば、元水泳部だったらしい。この校舎に初めてきた時に見た名簿にそう書いてあった。

それにしても凄い速さだった。水中を滑らかに移動しながらあっという間に茅野を助けれた。

水を使った暗殺ってなると…片岡はかなり活躍するかもしれない。

 

「ふふ…水の中なら出番かもね」

 

 

 

 

 

水泳の時間が終わった後、クラスで何人か残り、話し合っていた。内容は当然、さっきの殺せんせーのことだ。

 

「まず問題は、殺せんせーは本当に泳げないのか」

「湿気が多いとふやけるのは前にも見たよね」

「さっきも、倉橋が水をかけたところだけふやけていた」

「もし仮に全身が水でふやけたら…死ぬまではいかなくとも極端に動きが悪くなる可能性が高い」

 

みんなが言う通り、殺せんせーは水に濡れると触手がふやけて動けなくなるんじゃ無いかと思う。だとすれば、もし水の中に落ちたらほぼ動くことが出来なくなり、暗殺しやすくなるかもしれない。

 

「だからねみんな。私の考える計画はこう。この夏の間どこかのタイミングで殺せんせーを水中に引き込む。それ自体は殺す行為じゃ無いから、ナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず。そしてふやけて動けなくなったところを、水中で待ち構えていた生徒がグサリと刺す。

水中にいるのが私だったら任せて。髪飾りに仕込んだナイフで、いつでも殺せる準備はしている」

 

片岡の考えている計画は、誰も異を唱えない。今のところ最も殺せる可能性のある計画だし、さっきの片岡の泳ぎを見ればそれができると思える。

 

「まず大事なのは殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさないこと。夏は長いわ!じっくりチャンスを狙っていこう!」

 

…凄いな。水泳の技術もだが、片岡は統率力がかなりある。文武両道で面倒見がよく、その凛々しい姿から、『イケメグ』と名付けられた。球技大会の時も、女子を引っ張っていたようだし。

しかし…片岡はなぜE組に落ちたのだろうか。パッと見て落ちる要素はどこにも無いのだが…

 

 

 

 

 

そして放課後、俺はある店に行ってた。愉快なピエロが有名な、ハンバーガーの店だ。ここに来ている理由は、小腹が空いたのと、期末の勉強だ。気づけば期末が近いし。

 

「お待たせいたしました。チーズバーガーとコーラです。ありがとうございました」

 

注文していた物を受け取って、適当な席に座る。そしてそのままチーズバーガーを頬張った。

 

すると、俺はある事に気づいた。俺の目の前に人がいる事を。

 

「…ぶっ!?」

 

そいつを見て思わず噴き出してしまった。俺の前に座っているソイツに向かってではなく、ちゃんと横向いてだが、良く無いのは確かだ。いや、て言うか…

 

俺の前に、黒崎が座っていた。

 

「しつけがなって無いな。浅野家はマナーを徹底しないのか?」

「…いや、なんでお前が俺の前に座ってるんだよ!」

「俺が先に座っていた。お前が勝手に俺の前の席に座ったんだぞ」

「黒◯並の影の薄さ!?」

「お前が注意不足なだけだろう」

 

黒崎は食事を終わらせ、何やら本を読んでいた。まぁ、参考書だな。コイツもテスト勉強中か。

そして机の上には当たり前のようにマヨネーズが置いてある。ハンバーガーにもマヨネーズか…コイツ全部の料理にマヨネーズかけてるんじゃね?

 

「とっとと食え。冷めるぞ」

「あ、はい…」

 

黒崎に言われて俺は飯を食べ始める。うん、チーズは上手いな。ハンバーグとチーズは相性が良い。

ていうか、マジで気づかなかった。俺は空席に座ったつもりだったんだが、コイツが座っていたなんて思ってもいなかった。次はちゃんと気をつけるとしよう。

しばらくして俺が食べ終わると、黒崎も帰る支度をしている。…ていうか、様子が変だな。窓の外を見ているが一体何が…

 

ん?向かいのファミレスから出てきたのは…渚と茅野と片岡か?一体どうしたんだろうか。

 

◇渚視点

 

 

放課後、プールにいた時だった。片岡さんは水殺のための特訓として何度も水泳の練習をしていた。見事なタイムとその責任感で、見ている僕たちは凄く頼もしい感じがした。

けど、片岡さん宛てにメールが来て、律がその内容を読んでから、片岡さんの様子が変わった。そのメールを送って来た人は、片岡さんは友達と言っていたけど、友達に会いに行くにしては少し暗い顔だった。

おかしいと思った僕と茅野、そして殺せんせーは、ファミレスの中に入って、隣にいる片岡さんの様子を見ている。片岡さんが座っている席にはもう1人、椚ヶ丘中学校の制服をしている女性がいた。恐らく、律が言っていた『多川 心奈』さんだろう。

見てると片岡さんが、多川さんに勉強を教えているようだった。メールの内容も勉強を教えて欲しいと言っていたし…でも片岡さんは、やっぱり暗い表情だった。

すると多川さんが突然叫んだ。その衝撃でコップが倒れた。その時多川さんが言っている事の内容が気になった。『私の事を殺しかけたくせに』って言ってた。アレってどういうことなんだろう。

そして多川さんが友達のところに行って、片岡さんにバレて、いま片岡さんと茅野と一緒に店を出た。殺せんせーも一緒に出ようとしたけど、何かに気づいた様子で、後で来ると行って僕らだけ先に行かせた。どうしたんだろう。

 

「…それよりも片岡さん、さっきのはどういう事なの?」

 

茅野が片岡さんに尋ねた事を聞いて気を取り戻した。そう、さっきの多川さんという人について聞かないといけなかった。

 

「うん、実はね…」

 

 

 

 

 

「その話、混ぜてくれねぇか?」

 

すると僕らに声がかかった。少し驚いて後ろを振り向くと、学真くんと黒崎くんがいた。

 

「学真くん、黒崎くん」

「向こうの店からお前らが出てきたのを見てな。ちょっと聞かせてくれねぇか?」

 

学真くんと黒崎くんは、向かいの店に居たようだ。…ていうかどういう偶然なんだろう。店の中で本校舎の黒崎くんと会うって…

 

「渚、ダレ?」

「あ、そっか。茅野は会った事なかったんだっけ?」

 

茅野が黒崎くんについて聞いてきた。そう言えば修学旅行の時も球技大会の時も、黒崎くんがいた時は茅野はいなかった。だから茅野は、黒崎くんを初めて見た事になるんだっけ?

 

◇学真視点

 

渚が茅野に、黒崎の事を説明した。まぁ、茅野は黒崎の事を知らないし、説明した方がいいだろう。

本当は俺1人で来る予定だったんだけど、黒崎もついていくと言い出した。どうも片岡の事を知っているらしい。そいや風紀委員長だったな。委員長会議で会うこともあるか。

 

「…で?どうしたんだ?」

 

俺は片岡に何があったのかを聞く事にした。表情から、片岡に何かあったんだろうという事が分かった。だから何があったのかを知ろうとするためにそう聞いた。

 

『片岡さんは、2年生の時のクラスメートである『多川 心奈』さんからメールを貰ったんです』

 

その答えは俺の携帯から返ってきた。携帯を開くと律が話している。その画面を見た時、黒崎は少し驚いていたが、直ぐに平常心に戻る。スゲェなコイツ…

ていうか…多川?同じ名前を聞いた事あるけど…

すると画面が切り替わり、片岡と1人の女が写っている写真になった。まさかコイツが多川 心奈?

…うん、アイツ関係ねぇわ。顔とか全然似てない。つーかなんだこの女。

 

『これは先ほどの店の中での様子です。渚さんの携帯から撮影していました。とりあえずご覧ください』

 

携帯の動画が再生した。何やら片岡が多川に勉強を教えている様子だ。すると突然多川心奈が叫んだ。つーかコイツ何を言ってるんだ?ワガママにも程がある。

 

『以上が、先ほどファミレスで起こった事です』

 

律からそう言われて、俺らは片岡の方を見る。どうやら渚も茅野に説明をしたようだ。片岡は仕方ないというような感じで話し始めた。

 

「去年の夏にね。同じ組だったあの娘から泳ぎを教えてくれって頼まれたの。好きな男子含むグループで海に行く事になったらしくてカッコ悪いとこ見せたくないからって。

1回目のトレーニングで、なんとかプールで泳げる位には上達した。けどね。海で泳ぐってプールより全然危険だからその後も何回か教える予定だったの。

でもなんだかんだ理由つけて、それっきり練習に来なくて彼女はそのまま海に行っちゃった」

「…なんで?」

「ちょっと泳げてもう充分だと思ったんでしょうね。もともと反復練習とか大嫌いな子だったし」

 

…なるほど。よくいるな、地道な努力が嫌いなタイプの女性は。八幡さんはそういうタイプが大っ嫌いだ。八幡さんが言うには、そう言う奴は永遠に伸びないということだ。まぁその通りなんだが、あの人のレベルは高すぎるんだよな…

とは言っても、その女は目も当てられないほど酷い。やりたい事があるにも関わらず、努力をする事を拒んだ。そういう事をする奴の末路は、だいたい決まっている。恥をかいて終わるパターンだ。

 

「で案の定、海流に流されて溺れちゃって救助ざたに。それ以来ずっとあの調子。『死にかけて大恥かいてトラウマだ』『役に立たない泳ぎを教えた償いをしろ』って。

テストのたびにつきっきりで勉強教えている間に私の方が苦手科目こじらせちゃってE組行きよ」

 

とりあえずは話が繋がった。要するところ、片岡が冤罪を被っているような感じだ。どう見たって片岡は悪くないのにな。

とは言っても面倒見の良い片岡の事だ。強く言われたら断れないんだろう。俺がここに来たばかりの頃も、俺に伝達事項を伝える事を忘れないほど責任感が強い奴だし。

断れば良いんじゃないか?怒っても良いんじゃないか?そうは思うんだけど、片岡の性格上そんな事はしないんだろうな。

 

「そんな…彼女ちょっと片岡さんに甘えすぎじゃ?」

「良いよ。こういうのは慣れっこだから」

 

 

 

 

「いや、それは違うぞ。片岡メグ」

 

すると黒崎が話し始めた。黒崎はさっきから携帯を見ているが、何をしているんだ?

 

「たとえどれほど多くの人間に囲まれていようとも、どのような親しい友人がいようとも、人は生きていく中で、自分の力で乗り越えないといけない壁に遭遇する。

誰かに依存している奴はそこで挫折する。その結果、自分の力で乗り越えようとする努力をせずに、誰かに縋ることでしか生きられなくなる。その生き方では成長も進化もない。ただ堕落していくだけの道になる。ハッキリ言うが、お前があの女の面倒を見ている事は、あの女のためには全くなってない。

それだけではない。このような事をしている奴は支えている奴も巻き添えにする可能性がある。その結果、1番困るのはお前だ」

 

…黒崎の言ってる事は最もだ。あの女は自分の問題に向かい合っていない。ほとんど片岡に任せっきりでのらりくらりと逃げてばかりだ。そんな感じでやり続けていくと、後で取り返しのつかない事になる。

 

「あの女はお前に依存しているようだが、お前は依存されることそのものに依存している。人の面倒を見ることが必ずしも悪とは言わんが、なんでもかんでも面倒を見ようとするそのクセは良くない。あの女の問題はあの女自身で解決するべき問題だ」

 

…なんか、黒崎が言っていると説得力があるな。なんていうか…その通りだなと思わせる何かがある。…ザックリすぎて済まんな。

 

「…じゃあ、どうしたら良いかな?」

 

とは言っても片岡はどうすれば良いのか分からないだろう。面倒見も責任感も強い片岡が、『面倒を見ない』という選択肢はなかなか取れない。それができれば最初から苦労はしないし。

 

「そのために…あの教師がいるんじゃないか?」

 

黒崎の言葉を聞いて目の前を見ると…スイミングキャップを被っている殺せんせーがいた。いつからいたんだと思ったが、後で渚から聞くと、店の中では一緒にいたけど、出るときは店に残ったらしい。…どういう事だろうか。

 

「話は聞きましたよ片岡さん。

あなたがいま迷っているのも最もです。その解決法は、彼女を自力で泳がせればいいんです。

1人で背負わずに先生に任せない。このタコが魚も真っ青のマッハスイミングを教えてあげます」

 

…?泳ぎを教える?て事は、殺せんせー泳げるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…アレ?ていうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

黒崎と殺せんせー、初対面じゃないのか?

 

 




黒崎くんの立ち位置がだんだん妙な事になってきた件
さて、次回は愉快なお魚さんの話ですよ(原作見てる人なら分かる)。

次回 『必死に泳ぐ時間』

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