浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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この時の鷹岡は生徒を「〜くん(さん)」と呼んでいて大丈夫だったと思いますので、そのように呼んでいます。


第38話 考え方の時間

◇鷹岡視点

 

教え子を手なずけるならたった2つをあげればいい。親愛(アメ)恐怖(ムチ)だ。割合は恐怖(ムチ)9に親愛(アメ)1。延々と恐怖に叩かれた兵士達は、たった一粒の親愛(アメ)をやるだけで泣いて喜ぶようになる。

手始めに逆らえば叩き、従えば褒めることから憶えこませる。このE組は流石にタフなようだが、こういう時は力ずくでねじ伏せる方が手っ取り早い。

そのための格好の奴が目の前にいる。あの理事長の息子と言うだけあって落ちこぼれといってもなかなかの強者だ。このE組の中でもトップに近いレベルだ。こいつをねじ伏せれば、他の奴らが俺に敵わないことを思い知らせるきっかけになる。

 

俺の訓練を円滑にさせるための礎になってもらうぜ。

 

 

◇学真視点

 

怒りのままに鷹岡に拳を振る。それも殺す気で、力いっぱい入れている。だと言うのに鷹岡は余裕で躱している。大きく躱すんじゃなくて、俺の拳のスレスレのところで回避している。

腐ってても強者って事かよ。しかも鷹岡は敢えて攻撃してこない。俺の攻撃を躱し続けている。かなり俺のことを舐めている。

それを見ると段々と腹が立つ。心が憤っているのを感じ、それを拳に込めている。だが躱される。どんだけ必死にしてても、その意志をあざ笑うかのように鷹岡は躱し続けた。

 

「どうした浅野くん。心なしか拳が段々と遅くなっているぞ」

 

馬鹿にするように…てか馬鹿にしてんだろうけど、鷹岡が拳が遅くなっているのを指摘する。くそが!そんな事自分でも分かってるのに、よりにもよってコイツに言われるのはかなり癪だ。

その悔しさも拳に込めて殴りかかるが、やっぱり躱される。さっきから展開がワンパターンになりつつある。

 

「理事長から聞いたぜ。お前、長期戦が苦手なんだってな。このまま同じ攻撃をやり続けても勝負は見えてるぜ」

 

…!あのクソ親父、なに余計な事まで言ってやがんだ。

恐らくこうなる展開を読んでたんだ。だから俺の弱点をコイツに教えたんだろ。…本当に碌な事しねぇ。

 

「そろそろ俺も、仕掛けるぜ」

 

俺が拳を伸ばしたとき、鷹岡が俺の顔面に拳を当てる。腕のリーチの差なのか、俺は当たらずに鷹岡の拳だけ受けた。

 

「…うぐ…!」

 

後ろにもたれかかりながら、鷹岡と距離を置く。鷹岡は俺に追い打ちをかけるでもなく、笑いながら俺を見てやがる。その事に腹が立ち、顔に力を入れると猛烈な痛みを感じた。口の上に液体が垂れてるけどけど…鼻血だな、コレ…さっきの顔面に当てた拳は特に鼻に大きなダメージを与えたみたいだ。

わずか数分の攻防で、もう既に俺と奴との間の実力差が出てる。やっぱり普通に仕掛けるだけじゃダメだ。烏間先生にナイフを当てる時の様に考えないと、コイツを倒すどころか1発も当てることができない。

 

「どうした?さっきの父ちゃんのパンチで怯んだか?」

「んなわけねぇよ。頭が冷えただけだ」

「まだ諦めないとは、父ちゃんは悲しいぜ」

 

鷹岡の話を適当に流す。頭が冷えたのは本当だ。頭を攻撃されたことで少し冷静になったような気がする。

考えろ。コイツに一発お見舞いする方法を。この教室で何を学んだんだ。何のために八幡さんのところに修行してきたんだ。

 

 

 

 

 

 

そういえば、修行の時に八幡さんが口癖のように言ってたな。

 

 

『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』

 

 

確か…敵や味方の情勢を把握しておけば敗れることはない、という孫子の言葉だっけ。だから敵をしっかり見ろって言ってたな。

考えてみれば俺は奴をよく見てなかった。さっきからムカつく野郎としか思ってなかったし。

 

鷹岡について冷静に整理しよう。

先ずは相手の情報は…ムカつく、腹立つ、クズ野郎…ダメだ、さっきから何も発展してない。武道に詳しいわけじゃねぇからコイツの戦闘スタイルとか知らねぇし、何を考えているかも…

待て、それだったら分かる。コイツはいま明らかに油断している。俺を舐めている。だからあの余裕の表情をしているんだ。

って事は今は本気じゃないと言う事だ。今の舐めきっている状態から本気の状態になるまでは、若干のタイムラグがあるはず。そこをつくしかない。

じゃあどうしたらそのタイムラグに攻撃できるか。案は今のところ3つ。①速攻でケリをつける。②フェイントを入れ、鷹岡が躱しているところを狙う。③視線を自分以外のところに誘導し、その間に仕掛ける。

考えていてなんだが、どれも難しい。①は論外だ。それが出来るなら最初から苦労しない。②は引っかかってくれるかどうかも怪しいし、仮に引っかかったところで攻撃が上手く決まるかどうか、確信出来ない。③はそもそも視線の誘導の仕方が分からない。烏間先生の時にやったような方法はあるけど、烏間先生に決まらなかったし、コイツに効くかどうかも微妙だ。

なかなか解答が出ないけど、これが出来なきゃコイツに勝つ事こそムリだ。何とか解答を出さないといけない。

 

「…学真」

「ムリだよ、こんなの…」

 

E組が弱音を吐いているのが聞こえた。その気持ちは痛いほど分かる。こんな圧倒的な力の差を見せつけられると、敵わないような感じに見える。けど、このE組はいままで色々としてきただろ。野球とかでも野球とは思えない方法で勝利したし、前原を誑かした女を、皆んなの才能を組み合わせて恥をかかせたり。

 

 

待て。

 

 

 

 

その手があったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく具体的な方法が思い浮かび、即行動に移す。俺は構えを取る、が…

俺は足を上手く使って、運動靴を飛ばした。飛ばされた運動靴は真っ直ぐ鷹岡に向かって飛ぶ。

 

「父ちゃんに向かって物を飛ばしちゃいけないぞ。つくづくやる事が失礼だな!けど分かってるぜ。これは陽動だろ?」

 

…バレてる。まぁ上手くいかないと思ってたよ。けど上手くいかなくても支障はない。

俺が飛ばした靴を躱して、視線が俺に向く。さっき攻撃したんだ。俺の攻撃を躱してカウンターを決めるつもりだろう。

拳を真っ直ぐ顔面に向かって伸ばす。狙いが顔面だという事が分かったのか、体を後ろに倒して、顔を後ろに引こうとしている。そうやって俺が空ぶったところを狙うつもりだろう。

俺はその伸ばした拳を止めながら、足に力を入れて、鷹岡に突っ込むように飛び出した。

 

「な…!?フェイント!?」

 

鷹岡が言うように、顔面に伸ばした拳はフェイントだ。それに見せかけて本命は鷹岡の腹だ。後ろに倒そうとしている状態なら下半身の回避は難しい。

さっきの選択肢の中で俺が選んだのは②のフェイントだ。それもただのフェイントじゃない。拳を伸ばしたときから加速して、動揺を誘う。言うならば、①と②の組み合わせだ。

さっきの靴飛ばしを含んだ2連続の陽動と加速によって、完全に油断している鷹岡の懐に入り込めた。突進の感覚で肘を鷹岡の腹にブチ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念、惜しかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、決まらなかった。鷹岡は突っ込む俺を、顔に手を当てて突進を止めた。勢いが止まった俺を、鷹岡はもう片方の手で殴った。

 

「いやいや、惜しかったよ学真くん。いまのフェイントは父ちゃんも引っかかった。あともう少し、加速力があれば一発腹に入っただろうけどね」

 

殴られて少しフラついている俺の髪を掴み、余裕そうに話しながら俺のデコに膝を当てた。

要するに、加速量が足らなかったってことか。シミュレーションはかなり完璧だったのに、体がそれについてこれなかった。俺はまだ、コイツに一泡吹かせるどころか、不意打ちを決めるための力もないってことかよ。

鷹岡に投げ飛ばされて、地面にバッタリと倒れた。目の前がフラフラして頭が全く働かない。鷹岡がコッチに迫ってくる音がする。俺に追い打ちをかけるつもりなのは分かる。けど立ち向かうどころか、逃げ出す事も俺の体はできないらしい。

 

 

決定的な実力差を見せつけられて、思い知らされた。ダメだ、敵わない。俺ではコイツに勝てない。

結局俺は、何にも出来ずにくたばるのか。殺せんせーの暗殺も、アニキや親父に一矢報いることも、コイツを打ち負かすことも…償うことも。

 

 

情けない。死ぬほど恥ずかしい。俺は最後まで取り柄なしで終わるのかよ。

 

 

 

 

ザッと音がして、コッチに迫ってくる鷹岡の足が止まった。一体なんで止まったんだと思ったが、動けない頭を動かして、鷹岡の方を見るとその正体がハッキリ分かった。

 

「矢田…!?」

 

矢田が、俺の前に立ち、手を広げて鷹岡の前に立ち塞がっていた。

 

「矢田さん!」

「桃花ちゃん!ダメだよ!」

 

それを渚や倉橋が焦って声をかける。その通りだ。それは鷹岡に歯向かう行為で、そうするとお前が被害にあうんだぞ。

 

「何しているんだい?今その子のしつけ中なんだけど」

 

優しそうに、かつ脅すように鷹岡が言った。マズい、これだと標的が俺から矢田に変わってしまう。頼むから逃げてくれないと…

 

 

 

 

「お願いします……!これ以上学真くんを殴らないでください!学真くんは…!大切なクラスメイトなんです!!」

 

 

矢田が、鷹岡に正面から意見した。それもキッパリと、鷹岡に反論する形で。

何やってんだよ。震えてんじゃねぇか足。溢れてんじゃねぇか涙。怖がっているのが明らかだ。矢田はブルブル震える足を押さえながら鷹岡の前に立っている。そんなに怖いのに…俺を助けるために立ち塞がったのかよ…!

 

 

「…矢田さんだったね。さっきも言ったけど、これはしつけなんだよ。父親が家族のしつけをしているときに横から割り込むのは良くないな。お仕置きが必要だね。言う事を聞かない悪い子には…」

 

マズい、鷹岡は矢田を殴ろうとしている。矢田は目を瞑り、その痛みに耐えようとしていた。

クソ…。矢田を庇うために動こうとしたが、ウンともスンとも言わない。未だに倒れたままおれの体は動かない。こんな時にもがいているヒマは無いのに…。

痛いがなんだ。フラフラするがなんだ。ここで踏ん張らなきゃ、テメェが特訓してきた意味がねぇだろうが。

動けよ身体。立ち上がれよ足。止まれよ血。飛ぶんじゃねぇよ意識。

動け。動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け。

ここで動けなきゃ、なんの意味もねぇだろうが。

 

 

 

 

「止めろ鷹岡!」

 

 

1人の男の声が聞こえた。あの低く渋い声から、それが烏間先生だと分かった。

 

「…学真くん!大丈夫か!?意識はあるか!?」

 

烏間先生は恐らく鷹岡の授業を見て、それを止めるためにここに来たのだろう。そして、1番怪我が酷いおれの心配をしているみたいだ。

 

「だ、いじょぶです。体が言うことを聞かない、ですけど」

 

俺は必死で烏間先生に答える。頭の方は少し回復したのか、返事することは出来た。体は相変わらず動かないけど。

 

「ちゃんと手加減してるさ、大事な家族だから当然だろ」

 

ここで鷹岡が偉そうに言った。言うこと1つ1つにカチンと来るのに、その怒りでも俺の体を動かすキッカケにはならなかった。

 

 

 

 

 

 

「いいや、あなたの家族じゃない。私の生徒です」

 

 

 

するといつも聴きなれた声…いや、いつもより威圧的な声が聞こえた。殺せんせーだな。

 

「フン、文句があるのかモンスター?

体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして今の罰も立派に教育の範囲内だ。短時間でおまえを殺す暗殺者を育てるんだぜ。厳しくなるのは常識だろう。

それとも何か?多少教育論が違うだけで…おまえに危害も加えてない男を攻撃するのか?」

 

鷹岡は殺せんせーに言った。偉そうな事を言いやがって。こんな教育がまかり通る訳が無いだろう。

 

「超生物としてあなたを消すのは簡単ですが、それでは生徒に筋が通らない。

 

ですから烏間先生、同じ体育の教師としてあなたが彼を否定してください」

 

すると殺せんせーは鷹岡の始末を烏間先生に託した。.確かに、烏間先生が適任だろう。

 

「これ以上生徒たちに手荒くするな。暴れたいのなら、俺が相手を務めてやる」

 

烏間先生は鷹岡に、生徒に対する手荒い行為を止めるように言った。

 

「言ったろ烏間。これは暴力じゃない、教育なんだ。暴力でお前とやり合うつもりはない。対決ならあくまで教師としてだ」

 

最もらしい言葉で鷹岡が返す。すると鷹岡は対殺せんせーナイフを取り出した。

 

「烏間、お前が育てた生徒の中でイチオシの生徒をひとりで選べ。そいつが俺と戦い、一度でも俺にナイフを当てれたら…お前の教育は俺より優れていたと認めよう。その時は訓練を全部お前に任せて出てってやる!男に二言はない」

 

…つまり、いつも烏間先生とやってたナイフの練習を、鷹岡でやると言うことか。だとすると若干希望がある。少ないけど烏間先生にナイフを当ててる奴はいる。ナイフを当てるだけなら問題はなさそうだ。けど、あの鷹岡がそんな簡単な条件を出すとは思えない。

 

「ただしもちろん俺が勝てばこの後一切口を出させないし…使うナイフはこれじゃない」

 

やっぱり、俺の嫌な予感は当たったようだ。鷹岡は対殺せんせーナイフを投げ捨て、カバンから何かを取り出した。それは…

 

本物のナイフだった。

 

 

「殺す相手が人間なんだ。使う刃物も本物じゃなくちゃなァ」

 

クソが…!どこまで人をバカにしてやがる。中学生に本物のナイフをもたせて戦闘させるとか、どんな神経してやがんだこのクソ野郎は!

 

「止せ!彼らは人間を殺す用意も訓練もしていない!本物を持っても体がすくんで動けやしないぞ!」

「安心しな。寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、充分なハンデだろ。

さぁ烏間!ひとり選べよ!嫌なら無条件で俺に服従だ!生徒を見捨てるか1人生贄として差し出すか!どっちみち酷い教師だな!はーはっはっは!!!」

 

ムカつく笑い声を出しながら、烏間先生にそのナイフを渡した。

こんな時に俺が動けたら、寸止め程度なら出来るだろう。誤ってコイツに怪我をさせても構わないのに。けどいま俺は全く動けない。烏間先生は多分、俺を選ぶことはない。どうするんだ…?

 

◇烏間視点

 

 

…俺はまだ迷っている。

地球を救う暗殺者を育てるには…奴のような容赦のない教育こそ必要なのではないのか?

この教師についてから迷いだらけだ。仮にも鷹岡は精鋭部隊に属した男、訓練3か月の中学生の刃が届くはずがない。その中でひとりだけ、わずかに「可能性」がある生徒を…危険にさらしていいものかも迷っている。

 

 

 

 

 

 

 

「渚くん、やる気はあるか?」

 

 

 

「…!?」

「な、なんで…」

 

渚くんを指名した時に、周りの生徒たちや渚くんから驚きの表情で見られる。確かに、普通の戦闘なら渚くんを出すとは考えられない。だが、奴の出してきた条件なら、渚くんだけが可能性を持っている。

 

けどその前に、言っておかないといけないことがある。

 

「選ばなくてはならないならおそらく君だが。返事の前に俺の考え方を聞いて欲しい。

地球を救う暗殺任務を依頼した側として、俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は、当たり前の中学生活を保障する事だと思っている。

だからこのナイフは無理に受け取る必要は無い。その時は俺が鷹岡に頼んで『報酬』を維持してもらうよう努力する」

 

俺の思っていることを、渚くんや他の生徒に話した。同じプロとして接することが、俺のやり方だと思っている。訓練や暗殺の無理強いもせず、対等に話すべきだと思っている。

それが正しいかどうかは分からない。鷹岡のように、家族として接し、容赦ない教育で鍛えたりする方法よりも正しいとは言いきれなかった。そんな中途半端な考え方で、生徒に何を教えれるかすらも分からない。

そんな俺の気持ちを受け止めるかどうかは…渚くんに決めてもらおう。

 

◇渚視点

 

 

僕はこの人の目が好きだ。こんなに真っ直ぐ目を見て話してくれる人は、家族にもいない。立場上、僕等に隠し事も沢山あるだろう。何で僕を選んだのかもわからない。

けど…この先生が渡す刃なら信頼できる。

それに神崎さんと前原くんと、学真くんのこと、せめて一発返さなきゃ気が済まない。

 

「やります」

 

僕は烏間先生からナイフを取って答えた。学真くんでも拳を当てることが出来なかった鷹岡先生に、僕は立ち向かうことにした。

 

 

 




はい、学真くんは勝てませんでした。腐っても軍人なので学真くんの戦い方では勝てないんですよね…てなわけで学真くんの敵討ちは渚くんにさせます。

次回 『才能の時間』

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