浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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第30話 球技大会の時間⑤

「いやー、惜しかったわー」

「勝てるチャンス何度かあったよね。つぎリベンジ!」

 

体育館からE組の女子が話しながらグラウンドに歩いて行ってる。試合結果は負けだった。だが前半戦は有利だった。後半戦で負けてしまったが、良いところまで持っていく事が出来た。圧勝を狙うバスケ部には苦く、善戦を狙うE組には中々の手応えだった。

 

「ごめんなさい、私が足引っ張っちゃった」

「そんな事ないって、茅野さん」

「女バスのブルンブルン揺れる胸を見たら、怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まっちゃって…」

「茅野っちのその巨乳に対する憎悪は何なの⁉︎」

 

茅野だけは少し落ち込んでいる。チームの足を引っ張ってしまった事を気にしているようだ。どうも巨乳に対する憎悪によって体が思うように動かなかったようである。人は自分に無いものを持ってる人に対して敵意を向けるらしいが、正にその通りなのだろう。

 

「さて、男子はどーなってるかな」

 

茅野が落ち込んでいる中、男子の球技大会の野球が行われている野球場に出た。点数は3対0でE組が勝っている。その事に歓喜しかけるが、野球部のベンチに座っている理事長の様子を見て一同は黙った。

 

 

◇學峯視点

 

いま、球技大会ではあってはならない事態が起きている。E組を貶める筈の野球部との試合で、E組が有利に立っている。周りの生徒らも不安が募っている。

彼らの目には少しずつ自信が張りつつある。全てあの怪物の引いた糸だろうが…

それではいけない。この試合で勝たせてはいけない。『やればできる』と思わせてはいけない。

常に下を見て生きていてもらわねば、秀でるべきでは無い者たちが秀でると、私の教育理念が乱れるのでね…

 

「さて、空気をリセットしよう」

 

まずは、この試合で落ちこぼれのE組が完敗しないといけない。圧倒的な力によって踏み潰される弱者の姿を、この試合で見せつける。そうして私の教育理念は成り立つ。

 

「E組の杉野くんだが…市のクラブチームに入団したそうだ。彼なりに努力しているんだね」

 

その為に、野球部の部員たちに教育を施す。E組を力によって捩じ伏せる為には、強者である事のプライドと、敵を捩じ伏せるという執念が必要だ。

 

「だがそれがどうした?小さな努力なんて誰でもしている。君たちのような選ばれた人間には宿命がある」

 

プライドと執念なら、私が作り上げる。ほんの少し諭すだけで、彼らを強者へと育て上げる事が出来る。

 

「これからの人生でああいう相手を何百何千と踏み潰して進まなくてはならないんだ。『野球』をしていると思わないほうが良い。何千人の中のたった10人程を踏み潰す『作業』なんだ」

 

彼らに教えてあげよう。弱者を捩じ伏せる強者の精神と、そのやり方を。そして徹底的に、E組を叩き潰させる。

 

「さぁ、円陣を組んで。作業のやり方を教えよう」

 

 

 

 

《ギュン!》

 

「うわた…」

『打ち上げたー!内野のプレッシャーに呑まれたか前原⁉︎これでワンアウト!』

 

教育を施した後の彼らに、全員を内野守備に固めた。数週間で安定してボールを打ち返す術は、バント以外には無い。この守備はバントしか出来ないE組には効果的だ。

 

『6番 センター 岡島くん』

 

次の打者である岡島くんは、何やらグラウンドの端に顔を向けている。成る程、担任にどうすれば良いのかを尋ねてるようだ。

 

「ワン!(変化なし)ツー(変化なし)…スリー(…もうダメだ…)…」

 

どうやら打つ手が無いようだ。140kmを外野に飛ばす打者は、今のE組には杉野くん以外いない。

 

 

 

 

続く2人の打者をスリーアウトにして、攻守交替になる。野球部の部員はベンチの前に集まった。

 

「その調子だ進藤くん。球種は4シームのストレートだけで良い。体を大きく使って威圧するように投げなさい」

「はい!」

「皆にも繰り返すがこれは野球ではない。一方的な制圧作業だよ」

「「「「「はい!!」」」」」

 

常に、発破をかける。部員たちが圧倒的な力で敵を捩じ伏せると言う強気な精神を持たせることで、この試合に全力を注ぎ込んでくれる。

 

 

◇烏間視点

 

浅野 學峯…あの男もまた教育の名手だ。生徒の顔と能力をよく覚えていて、教えるのもやる気を出すのも抜群に上手い。

あのタコとこの男…2人のやり方はよく似ている。なのに何故…教育者としてこんなにも違うんだ。この2人の采配対決…少し興味があるな。

 

「分かったわカラスマ!要するにタマと棒でINしないとOUTなのね!」

 

 

◇学真視点

 

…親父が本気出してやがる。親父の恐ろしいのは、本当に強者を作り出せる教師としての質だ。あの人の教育を受けたが最後、人格までもあの人の思うがままだ。

 

『1番 橋本くん』

『さぁ杉野の第1球、投げた』

 

《グイン!》

「うお!」

『なんだ今の曲がり方⁉︎杉野の奴いつの間にこんな変化球習得したんだ⁉︎』

 

杉野の投げたボールは大きく変化してキャッチャーのグローブに入る。見事三振させた。野球部にいた頃は変化球なんてしてなかったしな。相手も驚くだろ。

 

『2者連続三振ー!』

 

見るからに順調そうだ。当分は心配する事は無いだろう。だが、俺は別の心配事がある。

それは、野球部のベンチを見れば分かる。

 

 

 

「繰り返して言ってみよう。『俺は強い』」

「俺は…強い…」

「『腕を大きく振って投げる』」

「腕を大きく振って投げる」

「『力で捩じ伏せる』」

「力で捩伏せる」

「『踏み潰す』」

「踏み…潰す」

 

親父が進藤を改造している。あのまま行くと、恐ろしい状態にさせられるだろう。さて、どうしたものか。

 

 

 

1回目裏が終わり、またコッチの攻撃。案の定全員内野守備だ。

 

『8番 レフト 赤羽くん』

 

今度はカルマか…?カルマの奴、打席につこうとせずに野球場を眺めてやがる。

 

「どうした。早く打席に入りなさ…」

「ねぇ、これズルくない?理事長センセー」

 

審判の先生が注意しようとすると、カルマが理事長に話しかける。守備に対する文句か?

 

「こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ。審判の先生も注意しないの…観客(お前ら)もおかしいと思わないの?あー、そっか。お前らバカだから守備位置とか理解してないんだ」

 

…おい、そんな事言うと…

 

「小さい事でガタガタ言うなE組が!」

「たかだかエキシビジョンで守備にクレームつけてんじゃねーよ!」

「文句あるならバットで結果出してみろや!」

 

やっぱり怒らせた。ブーイングうるせぇ。一方のカルマは殺せんせーにダメだったと言うような顔をしている。だが、殺せんせーはそれで良いと言うように顔に丸を出している。

 

 

結局2回目表も誰1人として塁に出れずに終わってしまった。そして2回目裏…

 

《グワッキィィィン!!》

 

『絶好調の進藤くんが打撃でも火をふく!E組はマズい守備で長打を許す!』

 

…マジでヤバイな。進藤の奴、復帰どころか普段よりも力が入ってる気がする。本当、親父はえげつない。

どうしようか…あのバケモノ相手に3点のリードを守りきれるかどうか疑わしいな…

 

「学真くん」

 

?どっかから声が…あー、地面から殺せんせーから生えてきている。…大丈夫か?俺ファーストだから観客に近いと思うんだが…まぁ、本校舎の奴らは試合に夢中だから気付かないのかな?…本当に無能だな。

 

「どうした?」

「このままではみんなの士気が下がる恐れがあります。君に是非、気合を入れてきてもらいたいのです」

「…どうやって?」

「決まってます。今度の打順は渚くんから…その次が君です。その時に、進藤くんの球を打ってください」

 

…オイオイ、オレにその大役をさせるのかよ。

 

「…打てるかどうか分からんぞ」

「大丈夫です。ここ数週間の自主練を信じれば大丈夫ですよ」

 

本当に何でも見抜いてんな。

 

《カキィィン!》

 

「⁉︎」

 

『あーっと、続く打者も長打!野球部、2点追加です!』

 

…あいつ、進藤に打たれたショックのせいで球にキレが無くなってやがる。

 

「…ちょっと行ってくる」

「分かりました。宜しくお願いしますよ」

 

俺はタイムを取り、ファーストの守備位置から離れる。

 

 

◇杉野視点

 

…ヤバい。

 

進藤の調子がかなり上がって、とんでもない打撃を出してきた。そのせいで野球部の調子も上がってきてるし、バンバン打たれ始めた。

このままじゃマズい。次に点を取られると、同点になってしまう。そうなると、俺たちが勝てなくなる。

どうすりゃ良い…どうすれば…

 

 

 

《バッコーーーン!!》

 

「痛ってぇぇぇぇ!!?」

 

 

突然、俺の腰に激痛が走る。誰かに腰を蹴られたみたいだ。ジンジン痛む。

 

「な…何すんだ学真!」

「どうだ、緊張はほぐれたか?」

「緊張ほぐれて今はメッチャ痛いんですけど!」

 

俺の腰を思いっきり蹴ったのは学真だった。コイツの蹴りの威力半端なさすぎだろ。あ〜!腰が曲がりそう…

 

「余計な事は考えんな。全力で投げる事に集中しろ」

 

蹴られた腰を押さえてる俺に、学真はそう言った。やっぱり…俺は焦ってるのか…

 

「でも…次取られたら、点数が…」

「何を言ってやがる」

 

不安を口にする俺に、再び学真は声をかける。

 

 

 

 

 

 

「お前の実力なら、アイツらに打たれる事はねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

コイツ…俺の球は打たれないと思ってんのかよ。変化球だって万能じゃない。コントロールが難しいし、見切られると強打を許してしまう。それでもコイツは、俺を信じてくれているのか…

 

 

「……分かった」

 

 

その信頼には、シッカリと答えないといけない。余計なことを考えないでスッキリした。

 

俺の返事を聞いてから、学真は元の位置に戻った。

 

 

 

 

◇学真視点

 

杉野は調子を取り戻し、あの後三振を連続して取った。とりあえずは1点リードの状態だ。

今度はコッチの攻撃だ。殺せんせーが言っていたように、場の雰囲気は完全にアッチに傾いている。

此処は一度、俺が進藤のストレートを打って流れをコッチに持っていく。

 

「…?学真、どうしたんだ?」

 

渚が打席にいる間、ストレッチをしていると前原から尋ねられる。

 

「いや、あいつの豪速球を打ち返そうと思ってんだ」

「マジか⁉︎あんなのどうやって…」

「どうやっても何も…信じるしかねぇよ。この数週間、俺は欠かさずバッティングセンターに行っていたんだ。その成果を、信じるしかない」

「バッティングセンターに⁉︎結構やってたのか」

 

そう、学校が終わった時にバッティングセンターにいつも通っていた。そのお陰で速い球には慣れてきたし、そこそこ当たるようになってきた。

安定性は無いからバントの方が良かったが、あの前進守備はスイングしか無いだろう。次の打席では、あいつの140kmのストレートを打つ。その為にここまで練習してきたんだ。

 

 

だから震えてなんかいない。ないったらない。これはアレだ…武者震いだ。

 

「じゃあ震えてんじゃねぇか」

 

ウッセェ前原!震えてない!これからの戦いに向けての熱意が押さえきれずに今にも俺の封印されし魂が目覚めようとする前触れなんだ。静まれ、俺のアンリミテッドデビル。

 

「何言ってるんだよ!強がりも厨二病も要らねーよ」

 

まぁ確かに強がりと言えば強がりだ。緊張はする。だがそれ以上に俺は自信に満ち溢れている。清々しい思いが心を満たしていくのを感じている。だから、俺は全身全霊を持ってあいつに立ち向かう。俺、この試合が終わったら、田舎に帰って結婚するんだ。

 

「フラグも要らねーよ!良い加減にしろ!」

 

 

 

 

 

 

 

『3番 ファースト 浅野くん』

 

渚の打順が終わり、いよいよ俺だ。バットを持って打席につく。

 

「学真ンンンン……!!」

 

怖ぇ…いや、怖くない… アイツの目は完全にイカれてるが、恐れる事はない。

 

「プレイ!」

 

審判の声を合図に、俺と進藤の勝負が始まった。




次回で球技大会は最後です。

次回 『球技大会の時間⑥』

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