浅野 学真の暗殺教室   作:黒尾の狼牙

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今回は野球について書いてますが、作者は野球について素人ですのでお手柔らかに…


第27話 球技大会の時間②

A組の先攻となり、D組が守備位置に着いて軽くキャッチボールをした後、1番の打席の人が準備を整えた。D組のピッチャーは黒崎である。

 

「プレイ!」

 

審判の先生の声を合図に、黒崎は1投目を投げる。若干高めの鋭いストレート、バットがボールに当たる事なくボールがグローブに当たる音が大きく響く。

 

「…すげぇストレートだな」

「およそ128キロ…中学レベルじゃなかなか打てねぇよ」

 

学真と杉野が感心するのは最もだ。黒崎の投球は素人では到底投げられないものである。中学生では打てないだろう。

一見黒崎のコンディションは良好のようだ。しかし、調子というのはちょっとした事で崩れるものだという認識が、この2人にはまだ無かった。

 

 

 

1回戦表は三連続三振で終わり、攻守交代になる。D組の先頭バッターは、黒崎だ。

 

『1番、ピッチャー、黒崎くん』

「プレイ!」

 

アナウンスと審判の声を合図に、A組のピッチャーがボールを投げた。内角ちょい高めのストレート、野球未経験者でありながら、かなり上手だ。

 

《ゴワッキィィィィン!!》

 

だが、そんなファインプレーもお構い無しに黒崎は大きな当たりを出す。ホームランとは行かなかったが、フェンス直撃の強打だ。

 

『すごい当たりだ!打球はフェンスに当たる!その間も黒崎くんは着々と塁を踏んでいき…三塁打!出だしから好調だ!』

 

会場の雰囲気が、D組優勢の雰囲気に包まれる。あのような強打を見れば、誰でも興奮するだろう。

 

「どんな球でもお構いなしだね。本当、カッコよすぎて腹立つ」

 

それは窠山も正直に感心するほどだった。打者にとっては打ちやすい球種があり、大抵は絶好球が来るまで粘るのが定石。だが黒崎は1回目から全力で打ちに来ている。飛距離にブレがあるものの大きい事に変わりはない。それを可能にしているのは、黒崎の化け物じみた身体能力だった。

 

「おい!呑気に感心してる場合かよ!もう少しで1点取られんぞ!」

「いやだって真面目に凄いじゃん?あんな化け物じみたスイングなんて、そんじょそこらの野球選手でも出来ないよ。でもね…それだけで勝てると思ったら大間違いだ」

 

ヘラヘラとした感じが、一気に豹変して怖い雰囲気を醸し出す。その様子に、チームもビビってしまった。

 

「ちょいとターイム、話してくる」

 

窠山は審判にタイムを申し込んで、ピッチャーの田中に駆け寄った。

 

 

 

「すげぇ!いきなりタイムとらせたぜ!」

 

杉野が思う通り、黒崎の強打によってA組がタイムを取った。側から見ればそこまで追い込んでいると見えるだろう。

 

だが、必ずしもそうではないと思ってる人もいた。学真である。

 

(…一体何をする気だ、アイツ)

 

学真が見てるのは、ピッチャーに近づいていく窠山だった。窠山がこういう時手を打たない訳がない。この後何をしてくるのか、学真はそれが不気味でしょうがなかった。

 

 

 

「田中くーん、ちょっとショック受けてるね」

 

ピッチャーの田中は、窠山からそう言われて一瞬驚くように反応した。それだけ、責任を感じていた。

 

「ご…ごめん、俺のせいで三塁打に…」

「あぁ〜良いの良いの。アレはしょうがないって。寧ろ『ホームランじゃなくてラッキー!』と思わないと」

 

窠山の言っている事は凄い楽観的だ。田中にとってはそれで済まない理由になる。

 

「でも…次、俺のミスで1点取られたら…」

「…おいおい、何を言ってるんだい?1点取られても痛くもないでしょ」

「え…」

 

窠山の言っている事が分からず、聞き返した。この時、ピッチャーの田中は気づいてない。先ほど自分が感じていたプレッシャーが無くなっている事に。

 

「野球未経験者が、完全試合とか出来るわけないでしょ?僕もパラプロとかでは完全試合なんて無理だし。

ゲームでもさ…全くの失点無しでクリア出来るのはTASさんぐらいなんだよね。あ、でもやりこんでれば別か。まぁ要するに、何も完璧を目指さなくても良いんだ。最終的に勝てば良かろうなのだ!的な。

大丈夫、黒崎くんみたいなド派手なプレイが出来ない地味キャラの田中くんでも、試合が終わればこの球技大会のヒーローにしてあげる。

 

…思いっきり投げろ。言われた通りに」

 

地味キャラ、という所に悪意を感じながらも、田中は吹っ切れた。さっきまでの不安そうな表情とは打って変わり、自信に満ちた顔をしていた。

 

「…ああ!」

 

強気の返事、それに窠山は満足して守備配置についた。

 

 

 

タイムが終わり、試合再開となる。すると、守備側が配置についた。

 

『おや⁉︎A組は守備位置が若干前進している!前進守備か⁉︎』

 

「前進守備?」

「主にゴロ対策だな。三塁にランナーがいると僅かなタイムでもホームにたどり着いてしまうから、ゴロによるタイムロスを少なくしている。だが…」

 

アナウンスの言葉について質問している渚に、答えを言う学真、そう言いながら怪訝な顔をしていた。前進守備はデメリットは当然ある。前進して打者に近づいたという事は強打の対処に遅れる事とイコールになる。ちょっと強めの強打(ライナー)なら抜けれる可能性が上がるという事だ。素人だけで組まれたチームの守備でそれを無くすことなどあり得ない。

 

一方の田中は落ち着いていた。窠山との対話で焦りは全て消えた。言われた事を、全力で。それだけを心に留めて、ボールを投げた。

 

《グン!》

「うお!?」

 

何ともないストレート、それも黒崎のような速さは出てない。だが、バットに当たったボールは、弱々しく打ち上がり、一塁の選手にキャッチされてしまった。

 

「え?内野フライ?」

「どうしたんだ?一体…」

 

E組の生徒らがその様子に唖然とする中、次の打者も同じようにセカンドへのフライとなった。

 

「…2連続?一体どうして…」

「あー、それはだな…」

 

2連続で内野フライになる事に疑問を口にした渚に、学真は答えた。

 

「野球で打者がボールを飛ばす時に必要なのは、スイング、パワー、タイミング、そして、打点だ。

打点ってのは言うなればボールに当てるバットの位置だ。ジャストミートが打てる打点は大体決まってるし、できる限りグリップ…バットを握る所から離れた方が飛びやすいんだ。テコの原理とか、回転運動とかの関係だろうな。

いま投手は、打者に若干近い所に投げている。するとバットの根元に当たる事になるから、力が入りづらい。しかも、前進守備だからゴロとかには出来ないっていうプレッシャーにより、無理に上げようとして浅いフライになってしまう。

もちろん野球経験があれば、無茶な体勢でも遠くに飛ばせるんだろうし、大抵はボールになるから見逃すっていう選択肢があると思う。けどD組は殆どが野球に関して素人、しかも見た感じ黒崎以外はスポーツがあまり出来るタイプじゃないし、結果フライになってしまうんだと思う」

 

渚は、学真の説明を何となく理解した。説明している間、学真は苦い顔をしている。それが窠山に対するものだと直感的に理解した。

 

「…凄い作戦だね。頭が良いというのかな?」

「どっちかっつうとずる賢いんだと思う。アイツは典型的な結果主義だ。過程とか努力とかじゃなく、最終的に評価されるのは結果だけである、ていう感じだ。

そして知識とか力というのは、それに持っていくためのツールに過ぎないもので、如何に勝ちに持っていくように使うかっていう事で頭が働くんだと思う」

「過程より結果を重んじるタイプですか。確かにそう考えれる人はある意味優位に立てますね」

「あぁ…ておい。ホイホイ出てくんなよ国家機密が」

「大丈夫ですよ。生徒たちも試合に集中してるし、完璧な変装だからバレませんよ」

 

自信満々に殺せんせーは言う。だが最近妙な生物が学校にいると言った『椚ヶ丘中学校七不思議』となってる事にE組は知る由は無い。

 

「それに、1度見ておきたかったんですよ。黒崎 裕翔という男を」

「…知ってんのか?」

「烏間先生から教えてもらいました。それで学真くん、君の言う『私の事を知ってる生徒』とは…」

「あぁ、アイツだ」

 

以前烏間に、『E組以外の生徒で暗殺の事を知る機会があるか?』と学真は聞いた事がある。勿論そんな事無いが、烏間も学真にそう言われた事が気になり調べていた。

 

《ドバン!》

 

学真らが話している間に、次の打者の順も終わった。また内野フライで終わったのかと学真は思った。

 

「おい!いま全力で走らなかっただろ!」

 

だが様子が少し違うようだ。ボールはファーストが持っており、黒崎はホームベースに立っていた。そして、次の打者は一塁付近にいる。この時点で、フライでは無かったのだと悟った。だが、黒崎が叫んでいるのが何でか分からなかった。

 

「…どうした?」

「…今回はゴロだった。フライが来るものと思っていた内野は対処に遅れて若干手こずってた。そこで黒崎がホームまで戻り、あとは打者が一塁踏めば1点入っていた。けど…もう直ぐ一塁ってところでセカンドがファーストにボールを投げたのが見えたのか、足を緩めた」

 

学真がカルマに事の顛末を聞く。つまり、ギリギリの勝負になった時に、チームが諦めてスピードを緩めてアウトになった。それに、黒崎は怒ったのである。

 

「…これは不味いですね」

 

学真が聞いている時に殺せんせーが言った言葉の意味が、学真には分からなかった。だが、その意味は聞くまでも無かった。この後直ぐ、分かることになるからである。

 

 

 

 

「なんで最後足を緩めた。勝手に諦めて何になるんだ」

 

黒崎は途中で走るのを辞めた打者に向かって怒声をかけた。一方叱られている男は苦虫を噛み潰している顔だ。

 

「いやあんなの無理だよ。頑張ったところでどうせアウトだ。ムダな努力だよ」

「途中で勝手に諦めてんじゃねぇ。まだ分かんなかっただろ。全力を尽くさないで無理だとか言うな!」

 

男が『無理』と言ったことに更に腹を立てる。黒崎にとっては頑張りもしないで無理と言うのが許せないものなのだ。

 

「…何でそんなムキになるんだよ」

「なに…?」

「たかだか学校行事だろ。勝ったって表彰が出るくらいで何にもならない。それで必死になるとか訳ワカンねぇよ」

 

「おい!さっさと守備につけ!時間が押してるんだよ!」

 

途中で先生の声がかかり、黒崎は舌打ちしてクローブを取りに行く。その背中を、怒りの感情を抱いて見る者と心配そうに見る者、そして…

 

 

 

 

 

 

「そろそろかな〜、黒崎くんの悪夢は」

 

 

 

 

ニヤけて見る者がいた。窠山は怪しい笑みを浮かべてベンチに入った。

 

 

 

2回目表、黒崎の投球を打つ者はいなかった。次から次にストライクを出していく。一見問題なさそうに見える。だが…

 

《バスッ!》

「あ!」

 

黒崎の投げたボールをキャッチャーがキャッチ出来ずに落としてしまった。原因は、注意不足だった。

 

「ぼーっとするな!危ないだろ!」

「…ッ!」

 

再びの黒崎の叱責、それにキャッチャーは歯ぎしりをする。それは、苛立ちの証拠でもある。

 

「うるっせーんだよな黒崎の奴」

「小さい事でガタガタ小言を言ってさ。不愉快だぜ全く」

 

外野(ライトとセンター)で田中と高田が黒崎をディスる。小言を言う黒崎は、彼らにとっては負担になっている。

 

 

 

 

 

「なんか…不味い空気じゃねぇか?」

 

不穏な空気を感じて、学真は心配そうに言う。さっきからD組のミスが連発している。恐らくは集中力が欠けているのだろうと分かったが、それにしても妙だと感じた。

 

「彼は恐らく結果より過程を重んじるタイプでしょう。結果ではなく目の前のことに必死になれるかどうか。その結果敗北すれば次のための教訓にする。そういう意味で窠山くんとは真逆でしょう。

ですが…彼の言ってる事は、レベルが高すぎる。勿論間違った事は言ってないし、私から見てもその通りだと思います。ですが…正論は付いていけないものにとって傷つくものにもなるのです。

彼が正論を言って叱れば叱るほど、彼から心を離してしまいます。そうなると…チーム戦では不味い状況になりかねません」

 

殺せんせーは先ほど、『不味い』と言っていた時は何となくこのようになるのではと予感していた。そして、その予感は当たった。だがこれだけでは無い。殺せんせーは、これが行き過ぎた時の最悪の事態も予測した。

 

 

 

 

2回目裏、D組の攻撃。だが投手の鋭い投球にD組は手も足も出せないと言った感じだ。

 

『アウト!チェンジ!』

 

スリーアウトとなり、D組は守備の準備をする。

 

「…ダメだな。もう勝てない」

 

1人の男が、弱音を呟いた。彼だけじゃない、他の者たちもそう思った。たった1人を除いては。

 

「まだ諦めるな。コッチだって相手の攻撃を凌いでいる。これから対処していけば…」

「ウルセェな!もう良いだろ!」

 

諦めるな、と喝を入れようとした黒崎に、1人の男が怒り出した。

 

「テメェは比較的に上手く行ってるからそう思ってんだろうがよ!こんなんで足掻いたって何にもならない!それでもまだ戦えとか言うのか⁉︎ふざけんな!もう負けでもいいだろ!」

「…負けたくないとは思わないのか」

「知るかよ!負けたところで何の恥にもならねぇ。どうせならとっとと負けてE組(ザコ)どもの試合見てスッキリすれば良いじゃねぇか!」

「テメェ…!」

 

「いい加減にしろ!もめてないでさっさと守備につけ!」

 

喧嘩ばかりしてなかなか守備位置につこうとしない生徒らに、先生はさっきより強めに叱った。それに従って、D組のメンバーは守備位置につく。だが、D組の雰囲気は更に悪くなる一方だった。

 

 

 

 

「すげぇよ田中くん、調子上がってるね」

「あぁ!シックリ来る!」

 

ベンチに向かいながら、窠山は田中に賞賛の言葉を述べる。田中はかなり嬉しそうだ。いつもよりいい成績を残しているから。

その間も、窠山は黒崎の様子を見ていた。D組のメンバーと一悶着あったのを見たのである。

 

(…やはりチームメイトとは上手くいってないようだねぇ)

 

試合が始まる前、窠山が言っていた『黒崎の致命的な欠点』とは、正しすぎる事だった。正しく、そして厳しく生きるというのは、自らを強くするのには役立つ。

だが他人と関わる時に、それは時に綻びとなる。厳しくすればするほど、他人との距離が遠くなってしまい、その結果、自分の言う事が周りには伝わらなくなる事に成りかねない。

必要なのは、他人を如何にその気にさせるか。正論だけでは動かないものもいる。動かすためには柔軟に接する必要がある。

窠山はそれに優れていた。『他人のやる気を引き出す方法』を、()()()()()から教わった事がある。その為、田中やチームメイトを引っ張っているのだ。

しかし、彼の真骨頂はそれだけじゃない。

 

「さぁて、そろそろ終わらせようか」

 

窠山はバットを持って打席についた。

 

 

 

 

 

『8番、センター、窠山くん』

 

アナウンスがして、審判が開始の合図を出す。投手の黒崎は、かなり焦っていた。チームはもう既に諦め気味で、モチベーションもかなり悪い。そんな時に、もし打たれれば、流れを一気に崩れる恐れがある。この回を、何としても無失点に抑えないと、負けが確定してしまう。

 

 

 

悪い予感が過ってしまい、彼は頭を振る。だが考えないようにすればするほど、それが余計鮮明になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

チームは言った。学校行事程度で必死になる必要はないと。確かにそうかもしれない。勝ったところで何の得も無い。

だが、それでも負けたく無いと思う。目の前の勝負には全力で挑まなければならない。たとえ結果が無意味でも、その過程が無意味にはならない。全力で、全身全霊で、相手に勝つつもりで挑まなければならない。

 

だから…

 

 

 

 

 

 

「負けてたまるか…!こいつらに…勝つ!」

 

 

黒崎は力を振り絞ってボールを投げた。

 

 

 

 

 

「バカ黒崎!力任せに投げると…!」

 

 

観客席から、学真の声が聞こえる。その声に我にかえるが、もう既にボールを投げてしまった。

 

「しまっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この時を…待っていた!!」

 

 

《ゴワッキィィィィン!》

 

 

黒崎の投げたボールは、窠山に捉えられ、高く打ち上がった。

 

『打ったーー!打球は右に大きく伸びる!そして…入ったぁぁぁ!ホームラァァン!』

 

実況の声が明るくなるように、打球は観客席まで飛んで行った。文句無しの、ホームランだ。

 

「フゥゥゥゥ!!ビクトリィィィ!!」

 

打った窠山は2塁3塁と軽やかに走っていき、ホームベースを踏みながら大きく叫んだ。

一方、黒崎は唖然としていた。彼は最後にミスをした。感情的になり過ぎて冷静になれずに投げてしまった。

 

 

 

『選手交代のお知らせです。ピッチャー黒崎くんに変わりまして…』

 

 

 

アナウンスの声で、黒崎はショックを受けた。ピッチャー交代という事は、黒崎が下げられたという事になる。

 

 

 

「ピッチャー交代だってよ。いい気味だぜ」

「ハハッザマァ」

 

 

田中と高田の声も彼の耳には届かない。黒崎は、おぼつかない足取りで、ベンチに向かった。

 




黒崎くん、無念の退場。D組はかなり非協力的にしてます。私も書いてて彼が可哀想になりました。
窠山くんはおっそろしく頭が切れる奴です。最後の黒崎くんのピッチングミスとはどういう事なのか、次回に詳しく書きます。

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