屈辱と仕返しの時間→屈辱の時間
やってみたらあまりにも文字数が多くなったので2つに分けました。
「ご覧の通り、ピストンを引くと中の風船は膨らみます。気圧が低くなったため、風船が膨らんでしまうのです。さて、その時瓶は曇っていますね。これは気圧が下がった事で温度が下がり、そして湿度があがって水蒸気になりきれない水が水滴になるんです。つまり、気圧が低くなると、湿度も高くなる関係があります」
…突然授業のシーンで申し訳ない。今は理科を受けているんだ。題は『湿度と気圧の関係』
だが…
膨らんでる風船よりも膨らんでる殺せんせーの顔が気になる。
…なんであんたの顔が膨らんでるの⁉︎梅雨だからか⁉︎梅雨で湿度が上がったからか⁉︎つーか気圧が下がったから⁉︎
『殺せんせー、33パーセントほど巨大化した頭部についてご説明を』
「あぁ、水分を吸ってふやけました。湿度が高いので」
生米みてーだな。
殺せんせーの弱点12 しける
ま、この校舎じゃそうなるよな。此処は設備が悪すぎるし、そのせいで雨漏りも酷いんだよ。大体な…
《ビリ!》
あ、
「にゅや⁉︎学真くんどうかしました⁉︎」
「いや…ページ破れた」
やけに紙がぶわぶわするな〜とか思ったら破れてしまった。全くよ…これじゃあセロテープで貼るしかねぇか。ったくこれだから梅雨は嫌いなんだよ。エアコンでベスト湿度の本校舎が羨ましいぜ。
◇
「一緒に帰ろう、学真くん」
「ん?いいぜ」
授業が終わり、これから家に帰る。帰り道が同じ方向なせいか渚と帰る時が多い。他にも、杉野やカルマ、茅野と一緒に帰る事もある。だが今カルマがいない。あの野郎はサボリだ。なーんでああも面倒くさがりなんだか。
そんなわけで渚と杉野と茅野と一緒に帰ってる…と言いたいが、今はもう1人、岡野もいる。普段は自転車だが今日は雨だからという事。
で、問題はある。
「……………」
岡野は俺にキッチリ警戒してる。ま、仕方ねぇか。岡野は俺を受け入れてはいない。
俺と平然と話せるのは…修学旅行の時に一緒に班にいたメンバーかな?あと学級委員の磯貝と片岡か。
ましてや…岡野は気が強そうだからな。嫌な感情がモロに出てる。…雰囲気はそんなに悪くねぇけど。
「なー、そのケーキのイチゴくれよ」
「ダメ!美味しい部分は最後に食べる派なの!」
杉野が茅野にケーキのイチゴをねだってやがる。そりゃダメだろ。茅野はスイーツ好きだし。
……?あそこにいるのは…
「あれ、前原じゃんか」
だな、あのナンパ男がまた女を…
「一緒にいるのは確か…C組の土屋 果穂」
「はっはー、相変わらずお盛んだねぇ彼は」
ホント、どうして次から次に女を拾えるのか。いつか天罰が下るぞアイツ。
「ほうほう、駅前で相合傘…と」
……しっかしまぁ相合傘とかホントによく出来るな。恥ずかしくねーの?
「ちょっと学真くん⁉︎先生にもうちょっと触れても良いんじゃないですか⁉︎」
いやそんな何度もそうやって出てきたら『そんな…いつの間に背後に…⁉︎』的な反応は飽きるでしょ。
「今までそんな反応したっけ?」
ノリが悪いぞ渚くん。ある程度オーバーな方が面白いんだよ。
「で、何してんだよ」
「決まってます、ネタ集めです。3学期までに生徒全員の恋話をノンフィクション小説で出す予定です。第一章は杉野くんの神崎さんへの届かぬ想い」
殺せんせーの弱点13 下世話
「ぬー、出版前に何としても殺さねば」
「そうか?なかなか面白そーだぞ、お前の失恋話」
「俺は面白くねぇんだよ!」
んだよカリカリすんなよ。お前の空振っぷりには笑わずにはいられないもん。
「じゃあ前原くんの章は長くなるね。モテるから。結構しょっちゅう一緒にいる人変わってるし」
まぁそうだな。前原は成績も良くて運動神経も良い。顔も良いから学校の中ではモテまくるタイプだろうな。
「あれェ、果穂じゃん。何してんの?」
…?誰か現れたな。あれは…A組にいたよな。えーと確か、瀬尾 智也だっけか。色々と上から目線のやつで、すげえ傲慢だ。父親の仕事の都合でロサンゼルスにいた事でドヤ顔しまくる奴だ。アイツの口からは『ロサンゼルス』以外聞いた事ねぇ。
「あ!せ、瀬尾くん。生徒会の居残りじゃ…」
「あー意外と早く終わってさ…ん?そいつ確か…」
「ち…違うの瀬尾くん、そーゆーんじゃなくて、たまたまカサ無くてあっちからさしてきて…」
「今朝持ってたじゃん」
「が…学校に忘れて…」
土屋が焦って瀬尾に話しかける。…あの女、まさか二股かけてたのか。
「あーそゆことね。最近電話しても出なかったのも急にチャリ通学から電車通学に変えたのも…で、新カレが忙しいから俺でキープしとこうと?」
…成る程、思いっきり筋が通るな。
「果穂、お前…」
「違う、そんなんじゃない!そんなんじゃ…」
慌てて何か言い訳しようとする土屋、頭の中で何か考えている。
だが突然、黒い笑みを浮かべて前原の方に向く。一体何を…?
「あのね、自分が悪いって分かってんの?努力不足で遠いE組に飛ばされた前原くん?」
………ハ?
「それにE組の生徒は椚ヶ丘高校進めないし、遅かれ早かれ私達接点無くなるじゃん。E組落ちてショックかなと思ってさ。気遣ってハッキリ別れは言わなかったけど、言わずとも気付いて欲しかったなァー。けどE組の頭じゃわかんないか」
………ヘェ〜
そういう事言うんだ…
「お前な…自分のことを棚に上げといて…グ!?」
「わっかんないかなぁ。同じ高校に行かない、てことはさ。俺たちお前に対して何したって後腐れ無いんだぜ?オラ、ちゃんと果穂に礼を言えよ。同じカサに入れてもらったんだからよ」
アイツら…瀬尾とそのツレは前原を蹴り始めやがった。あの野郎…!
「やめなさい」
止めようと動き始めたところで、別の方から静止がかかった。その声は…親父だ。
「り…理事長先生…!」
「ダメだよ暴力は。人の心を今日の空模様のように荒ませる」
親父はそのまま前原の前に行き、座り込んでハンカチを渡す。
「これで拭きなさい。酷いことになる前で良かった。危うくこの学校にいられなくなるところだったね、君が。じゃあ皆さん、足元に気をつけてさようなら」
「さ、さようなら!」
親父はそのまま車に乗って何処かへ行ってしまった。
「…人として立派だなぁ。ヒザが濡れるのも気にせずにハンカチを…」
「あの人に免じて見逃してやるよ、間男。感謝しろよ」
「嫉妬して突っかかってくるなんて、そんな醜い人とは思わなかった。2度と視線も合わせないでね」
親父が去った後、土屋らは何処かへ去ってしまった。前原を蔑んでから。
「前原、平気か⁉︎」
「お前ら…見てたんかい」
アイツらが見えなくなった時、杉野らは前原に駆け寄った。服が汚れすったくれてんだ。無事じゃねぇだろ。
それにしても…あいかわらず親父は手が込んでやがる。事を荒立てずかといって差別を無くさず、絶妙に生徒を操作している。親父が出たせいで、俺が出ることは無かった。
「それよりもあの女だろ!とんでもねぇビッチだな!…いや、ビッチならウチのクラスにもいるけどよ」
「違うよ、ビッチ先生はプロだから、ビッチする意味も場所も知ってるけど、彼女はそんな高尚なビッチじゃ無い」
渚が言ってることは分かる。あの女はビッチ通り越して唯のクソ野郎だ。あんなこと平然と言えるとはな。
「いやどっちでも良いんだよ。好きな奴なんて変わるもんだしな。気持ちが覚めりゃあ振ればいい。けどさ、さっきの彼女見たろ。一瞬だけ罪悪感で言い訳モードに入ったけど、その後すぐに攻撃モードに切り替わった。『そーいやコイツE組だった』『だったら何言おうが何しようが私が正義だ』ってさ。後はもう逆ギレと正当化のオンパレード。醜いこと恥ずかし気なく撒き散らして…
なんかさ、悲しいし恐えよ。
ヒトって皆、ああなのかな。相手が弱いと見たら…俺もああいう事しちゃうのかな」
前原が泣きながら呟くその言葉は、この場の全員の胸に突き刺さる。多くの奴は、共感、そして不安によるものだろ。
だが…俺が考えてる事はそれでは無かった。
「殺せんせー、1つ質問なんですが」
「はい、何でしょうか?」
「今俺が怒るのは…間違いですか?」
俺の心は…怒りで満たされていた。
「いいえ、間違っていません。そう感じるのは当たり前だと思います。っていうか…
先生も既にブチ切れる数秒前です」
「うわ!殺せんせー、膨らんでる膨らんでる!」
殺せんせーの顔はかなり膨れ上がっていった。今朝のが33パーセントの巨大化なら、今のは50パーセント以上ってとこか。
「仕返しです。理不尽な屈辱を受けたのです。力無き者は泣き寝入りをするところなのですが…君達には力がある。気付かれず証拠も残さず標的を仕留める暗殺者の力が。屈辱には屈辱を彼女達をとびっきり恥ずかしい目に遭わせましょう」
俺は殺せんせーの意見に同感だ。あそこまで前原をボコスコにしたアイツらを、許すこととは出来ない。あいつらを絶対恥ずかしい目に遭わせてやる。
「因みに…作戦は学真くんに立ててもらいます」
…………what?
学真くんに作戦を考えてもらうことにした殺せんせーの意図とは?
次回 『仕返しの時間』