「……さて、そろそろ終わりか?」
「ひ……ヒィッ……もう勘弁してください」
祇園の一角で黒崎はヤクザたちをフルボッコにした。立つものは黒崎のみであり、意識を持ってるのも一握り。流石に怯えるしかないだろう。
「本来なら刑務所入りなんだが…俺も折角の修学旅行だ。そんな面倒事は起こしたくない。だから…ここは一つ、司法取引しようじゃねぇか」
「し……司法……?」
「そうだ。今回に限り俺は貴様らの素行には目を瞑ってやる。その代わり……」
ゴクリ、と音がする……事も無かった。彼らはただ怯えているだけだった。この男から何を発せられるのか。
「マヨネーズよこせ」
だが、その緊張は直ぐに木っ端微塵になる。
「……え?」
「え、じゃねぇよ!代わりにマヨネーズ渡せば見逃してやる、て言ってんだよ!」
「いや何でマヨネーズ!?」
「ウルセェ!持ち物検査に引っかかって今持ってねぇんだよ!」
「修学旅行に何持ってこようとしてんの!?」
「マヨネーズないなんてどう過ごせばいいんだよ!お陰で昨夜はあまり寝れなかったんだ!」
「もうマヨラーじゃなくてマヨネーズ中毒者だろこいつ!」
ツッコミが出来るほど余裕があるように見える。
「いいからよこせぇぇ!!このまま刑務所送りされたいかァァァァ!!」
「ちょ……ちょっと待てよ!そ……それに……マヨネーズなんて今持ってねぇぞ……」
途切れ途切れに言う不良の男。っていうかマヨネーズ持ってたらそれはそれで凄いと思う。
「そうか……」
黒崎の発する一言一言が、男たちをビビらせる。
「だったら……
マヨネーズ買うための金よこせぇぇぇ!!」
「えぇ!?カツアゲェェェェ!!!?」
◇20秒後
「うわぁぁぁぁぁん!お母チャァァン!!」
泣きながら去る男たち。その背中は見る人によっては哀れにしか見えないだろう。
「ふっ…正義の恐ろしさを思い知ったか」
「何してんだテメェ!!」
◇学真視点
俺たちが倒れていたあの通り…祇園にて、黒崎はいた。そこで、なぜか知らんが男をカツアゲしている。後頭部を殴った俺は間違ってないはずだ。
「いてぇな…何すんだ」
「それはコッチのセリフだ!悪を粛清してるはずが何でカネを拝借してんだ!どっちが悪役か分からなくなってんだろうが!」
多分周りからうるさく思われてんだろうな。その原因は私だ。だが私は謝らない。あと『いてぇな』じゃねぇよ。これでも少し抑えたわ。
「そう騒ぐな。よく言うだろ。正義は立場によって姿を変える、て」
「マヨネーズ1つで揺らぐ正義があってたまるか!」
……分かった…今までこいつ、頭固いと思ってたけど同時にとんでも無いバカだ。
「相変わらずだよね〜。そのマヨネーズに対する愛情は」
俺たちのやり取りを笑いながら見ていたカルマが口を開けた。
「何がおかしい。何かに拘ることは可笑しくないだろ」
「その拘りが変なんだよ。なんでマヨネーズなわけ?」
「当たり前だ。マヨネーズは何にでも合う」
「思考も可笑しいよね〜」
「ウルセェ。テメェもロクな事しねぇだろうが。新学年でもイタズラばかりしてると聞くぞ」
「当たり前じゃん。人が悔しがっているのを見ると楽しくなるし」
「そう考えるからロクな人間にならねぇんだろうが」
「堅いこと言うなよ。だから友達出来ないんだよ」
「テメェに言われたかねぇよ」
…なんだこいつら。仲良いの?それとも悪いの?
「よく一緒に居たけど…意見は常に対立してたよ。その度に喧嘩してたけど」
口にした覚えの無い質問の答えを渚から聞く。まぁ…そりゃそうか。カルマはイタズラばかり考えてる。対して黒崎は正義重視。…噛み合う筈も無いか。
ただこれだけは言える。発想が両方可笑しい。『どっちも変人です』と言いたい…ただ言ったらとんでも無いことになるのは目に見えるから黙っとこ。
「そういや、何でここに来たんだ」
あの後3分。漸く落ち着いたらしく黒崎は恐らく1番気になることを聞いてきた。
…あれ?そういやなんでだっけ?えーと……
「救出に成功したからね。一応お礼を言っとこうと」
あ、そうそうそれそれ。ナイスだ渚。
殺せんせーはあの後どっかに飛び去った。何やら「今回の修学旅行でご一緒した狙撃手の方にお礼がしたい」とか言ってたな。そいや他の班はどうだったんだろ。
んで俺たちも直ぐ帰ろう、てなってたが黒崎にもお礼を言っとくべきだろうということで、俺と渚とカルマで祇園に来た、というわけだ。因みに残りは宿にいる。
「そうか、まぁ気にしなくても良いと思うがな」
「だから一応って言ってただろ?助かったのは事実だし」
「ま、賛辞は受け取っておく。それよりこれからどうするんだ?」
「宿に行く。そろそろ帰らねぇとそれこそトラブルに合うだろ」
もうやる事は終わったに等しい。見しらない土地に夜まで滞在すると危険だからな。ここら辺でオサラバするか。
「そうか、じゃあな」
俺たちはそのまま宿に向かった。
◇三人称視点
学真らが帰っていった後、黒崎はその場から離れようとしなかった。彼が見ているのは、学真らの後…では無く路地につながる細い道だ。
「出てきたらどうだ?そこにいるやつ」
そこに向かって声をかける。誰も周りに居ないが、そこに気配を感じた黒崎は、その正体を確かめる必要あり、と考えた。また…彼こそがこの現状を生み出したのだろうとも考えられた。
やがて、路地裏から1人の男が現れた。金髪で耳にピアスをつけている。また、彼はメガネを掛けていて、その内に写る目つきはかなり悪い。そして着ている服は、椚ヶ丘の制服だった。
「へぇ〜…凄い勘だね。ピリピリした空気に慣れているのかな?」
口調はゆっくりめで、何処か人を蔑むように感じられる。カルマと似ているが、彼より若干性格が悪そうに見えた。
「そのピアス…お前、窠山組の息子か」
「ご名答。このピアスに見覚えがあるのかな?
僕は窠山組の若頭、
窠山隆盛…中間テストにて第3位を叩き出した人物だ。そして、同時に彼はヤクザの息子である。窠山組は、彼らの地域で最も厄介なヤクザだ。
「……ピアスだけじゃねぇ。今回あの高校生に協力していたヤツらもその手先だろう。窠山組の首領、
それに、前々からお前らの行動は把握していた。俺らが乗っているグリーン車の前の利用者は窠山組、行き先も同じなら、京都で何か良からぬ事しようとしてたと推測できる」
「……」
黒崎は修学旅行に行く前に、ある程度の下調べはしていた。特に、窠山組の動きに関しては。
「アイツらに何の恨みがあるんだ?あんな大騒ぎすれば、場合によっては警察沙汰だったろ」
今回の事件、黒崎が警察を呼びに行くことも考えられた。そうなると、元の地域で窠山組の取り締まりがあったかもしれない。そうなるのが明白でありながら、なぜ襲うのかが不可解になる。
窠山が目を瞑って暫し、漸くして口が動き出した。
「逆に聞くけどさぁ。何でアイツらを助けたの?アイツらを助けることで何かメリットがあるわけ?」
出てきたのは、疑問。質問に対して質問で返すのは宜しくない。よっぽど性格が良くない証拠になる。
「……助けるのは当たり前だろ。困ってたから助けただけだ」
黒崎は当たり前のように返す。助けることに、理由もメリットも無い。困ってたら助ける、というのは当たり前と考えてる。
「……ふーん……」
だが、窠山はそう思わなかったようだ。
「そんな事であんな危険な場に入ったの?この事が学校にバレれば、君はどんな目に遭うか知ってるよね?
弱小のE組の肩を持てば、即効E組行きだ。カルマとやらの事例を忘れたの?
救う意味のない人物を救おうだなんて、僕には全く理解できないね」
窠山の言ってる事はその対局だ。救う理由が無いなら助ける意味が無い。他人の為に無駄な労力を使う事は彼にとって愚である。まして、助けることでデメリットがあるなら尚更だ。
「救う意味が無い事が、救わない理由になるのか?見捨てる事に、恥は無いのかよ」
「恥ねぇ…自分の身を危険に侵さない事が?つまり例え困難でも自分の信念に従うのが正義?
君みたいなタイプが1番嫌いなんだよね。そういう勘違いしている奴が。
人の為に自分を犠牲にするなんてホントのバカだよ」
窠山は黒崎を睨み付ける。その顔は、正に凶悪という感じだ。
「ま、そうするなら好きにすれば?いずれ君は抱えきれなくなるだろうけどね」
窠山が踵を返し、路地の方に離れていく。
「おい待て、俺の質問には全く答えて無いだろうが」
黒崎は窠山を呼び止める。確かに、『何故渚たちを襲ったか』の質問に答えて無い。
「……僕は僕の為に動く。君とは違ってね」
答えになってない言葉を残して、窠山はその場から立ち去った。
◇学真視点
黒崎と別れてから、あの後旅館に着いた。一応今回の暗殺旅行の成果の発表があった。因みに…
1班→嵯峨野トロッコ列車の名所の一つ、保津峡の絶景が見れる鉄橋にて狙撃した銃弾を八ツ橋(京都名物、あんこを餅で包んだやつ)でキャッチ
2班→映画村にてアクターショーの最中に狙い撃つはずだったけど何故か知らんが
3班→五重塔から産寧坂の出口にて生徒のお土産に夢中になっているところを狙撃すると頬に引っ付けていたあぶらとり紙で防がれる。
何もかもが規格外すぎる…この先どうやって殺せば良いんだ。
因みに今は自由行動。ていうかどうも雇った狙撃手が仕事を辞退したらしい。暗殺はこれまでという事だ。
そして俺らの班は旅館に設置してあるゲームをやっている。今やってるのはシューティングゲーム。相手の攻撃をかわしつつ敵を攻撃するゲームだ。
んで…神崎さんが物凄いコントロール捌きを見せつけている。シューティングゲームは相手の攻撃の合間を縫って移動するため、ちょっとのミスで即アウトになる。
側から見てるとどうやって避けてんのかサッパリ分からん。偶に『当たってなかったか今の?』て瞬間もある。プレイしている神崎さんの手捌きはコッチもこっちでエグい。ボタンの押し方が手馴れてる。
因みに後で茅野から聞いたが、神崎さんは一時期ヤンチャしていた時期があったらしい。良い肩書きばかり要求する家族に嫌気がさして遠くに遊びに…え?前回聞いた?あそう…
それにしても、まさか神崎さん
「ちょっと喉乾いてきちゃったな…」
どうやら神崎さんが喉乾いたらしい。確か…売店があったかな?
「ちょっと買ってこようかな?みんな何がいい?」
「待て待て、新幹線でもお前が買いに行っただろ?今度は男子陣で行くよ」
「え…でもなんか悪いな…」
男子で買いに行くと言うと心配してくれる。マジ優等生。けど何度も行かせるのもマズイよな…
「じゃあよ、ジャンケンで決めようぜ!負けた人が買いに行ってくるでどうだ?」
お、杉野にしては名案。
「しては、て言うな!」
ま、取り敢えずここにいる6人で…あれ?1人居なくね?…あ!
「カルマの野郎どこ行きやがった!」
「…多分トイレかな」
あの野郎…どうしてこのタイミングで居なくなるんだ…
「まぁいい、じゃあ恨みっこ無しで行くぞ」
「うん、良いよ」
6人で輪になってジャンケンを始める。
「最初はグー、ジャーンケーン……」
◇
はいこうなりますよね!本当にありがとうございました!チクショウメ!!(たった1人の負け犬)
くそぅ…どうして俺はジャンケンに弱いんだよ。なんで1発目でたった1人負けとかになるんだ。
まぁあの後神崎さんが心配してくれたが…別に大丈夫だ、と伝えてあの場を離れる。えーと、売店は此処か…
「あぁ……いらっしゃい…」
何か感じ悪い店員だなオイ。いくらボロボロ、て言っても限度があるだろ。
とまぁそれは置いとくか。えーと、飲み物は…あった。じゃあとっととレジに並んで…
「どう落とし前つけてくれんだ!」
「侘び代として金払いなよ」
…あん?何か騒がしいな…他の宿泊客でもいるのか?烏間先生が言うには居ない筈だけど。
場所的には…売店の端か。大男達が誰かを取り囲んでやがる。こういうのは宿の管轄だろうに、まぁここの店員にそんな事期待するだけ無駄か。
えーと…囲まれてんのは…
あれ?あいつ確か…
こういうシチュエーションにしているという事は…