雪原の希望   作:矢神敏一

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「万雷の拍手の中で、列車は走り出した。これは終わりであり、そして希望の始まりなのだ」
 朝朝新聞社 朝刊


第一仕業
6.~第一仕業~1レ:出発進行


 樺太にしては珍しく真っ青に晴れ渡った空が、まるでこの街の門出を祝福しているかのようであった。

 

 凍てついた地平線の向こうから、かすかに光線が見える。真っ青な空が、徐々に明るさを取り戻していくのを見つめながら、越谷はひとり立ち尽くしていた。

 

「昨日は久留米に襲われたそうじゃないですか、社長」

 

 桐谷は越谷に声をかけた。時刻は朝5時を過ぎたところである。

 

「なぜ知っているのだね」

 

 からかうように笑う桐谷にこう聞くと、

 

「そりゃあアンタ、公然の秘密だからですよ」

 

 と返すので越谷は震える思いがした。

 

「しかし社長、そのあと幸谷のやつとも喧嘩したらしいじゃないですか。一体何があったんですかい?」

 

 越谷は、事の顛末を桐谷に話した。

 

「あれはね、久留米君の大立ち回りが終わって一服ついている時だったんだが……」

 

 

 

「よかったんですか。社長」

 

「何がだい」

 

「ダイヤ改正記念式典ですよ」

 

 社長席に戻ると、幸谷が待っていた。久留米が入れてくれた珈琲を飲みつつ話していると、幸谷はこんなことを言ってきた。

 

「明日の記念式典では、東京駅に各界のお歴々が招待されているようです。当然、貴方もだ。そして明日のダイヤ改正は貴方の悲願でもある。本当によろしいんですか?」

 

 そういう幸谷に、越谷は短く答えた。

 

「まあ、いいさ」

 

「本当にですか?」

 

 幸谷は、眉をひそめながらそう言った。

 

「今回のダイヤ改正の立役者は、だれが何と言おうと貴方じゃないですか。少なくとも世間はそう見ている。昭和45年3月改正、つまりヨンゴーサン白紙ダイヤ改正は、事実上の平時復帰改正です。それは貴方にとって大きな意味を持つはずだ」

 

「もちろん。ここまで来るのに、長くかかったもんだ。あれからもう、7年が過ぎたんだからな」

 

 ことは数年前まで遡る。

 

 1963年。それは悪夢の年であったと言えよう。経済が破綻し、その混乱の中で帝都を破壊しつくすテロが起きた。

 

 東京駅は崩れ去り、鉄路は粉砕され、多くの鉄道員が誇りを引き裂かれながら命を落とした。

 

 その時命を落とした鉄道員の中には、越谷の盟友も多数含まれている。

 

 八王子管理所。それはテロで標的になった重要拠点であった。

 

 故に狙われ、彼の同僚部下のほとんどが殉職、ないし取り返しのつかない後遺症を負った。

 

 同僚であった八王子管理所の面々だけではない。本社やその他都心に居た仲間・親戚・知人はことごとく死んだ。

 

 越谷はその骸の無念を晴らすために、今日ここまでの帝都復興の一助となるべく、鉄道整備を行ってきた。

 

 その集大成がこのヨンゴーサン白紙ダイヤ改正である。

 

 白紙ダイヤ改正とは、ほぼ10年に一度国鉄において行われる大規模ダイヤ改正の事である。

 通常のダイヤ改正との違いは、これが簡便な修正で収まらず、全国の全てのダイヤの引き直し・設定しなおしを意味することである。文字通り、ダイヤを「白紙」に戻して改正するのだ。

 

 前回の白紙改正は昭和34年3月のサンヨンサン準白紙改正。東海道新幹線開業前年・そして樺太の鉄道網構築の元年である。

 

 これは「準」とついているようにかなり限定的な白紙改正である。

 

 本来であればこの4年後に「サンハチトオ白紙改正(昭和38年10月)」が行われる予定だったのだ。

 

 サンハチトオ、つまり1963年10月改正。それを数か月後に控えた時に、テロが起きた。

 

 それ以降鉄道輸送は混迷を続け、臨時改正や特発を乱発しつつ急場をしのいできた。それもいよいよこれで終わる。

 

 ヨンゴーサン白紙ダイヤ改正。それは東京駅の再開業を主軸とした、事実上の輸送におけるテロ終息宣言である。

 

 この全国一斉白紙ダイヤ改正の影響は全国の私鉄、果ては同盟近隣諸国にまで及ぶ。この北部樺太開発鉄道の開業も、この改正のうちに含まれる。

 

 特急新規設定営業キロは50万キロ、新規設定列車は1000を優に超える。まるでカンブリア爆発だと、ブラウン管は伝えた。

 

「明日、東京駅は元の姿を取り戻す。中央線も、暫定的ではあるが往時の、いやそれ以上の姿となって帰ってくる。ここに赴任する前に、飯田町ターミナルを見せてもらったよ。あれはなかなかなものだった」

 

 飯田町駅。明治8年にターミナルとして開業し、明治28年にのちの国電の祖となる日本初の普通鉄道における電車運転を開始した伝説の駅である。

 その後近代化に伴い1933年に旅客営業を廃し、歴史の遺物として消え去るのを待っていたその駅が、テロに際して堂々と立ち上がり帝都を護ったのである。

 

 今、中央線の長距離列車ターミナルは客貨双方ともに飯田町駅である。そしてそれは、この改正をもって暫定的なものから正式なものへ変貌を遂げる。

 

 欧州のかほり漂う頭端式ターミナルに、併設されるステーションホテル。未だ復興を続ける帝都に堂々とそびえたそれは、まさに復興の象徴であった。

 

 当然、この計画立案に際して尽力したのは他でもない越谷である。幸谷はそのことをよく知っている、と話す。

 

「その飯田町駅では、中央線の復旧記念式典を行うと聞いています。当然、こちらも貴方は招待されていると」

 

 復旧記念式典では、飯田町駅から始発の特急あずさ1号の出発式を行うらしかった。特急あずさ。これも越谷の尽力なしでは設定することが難しかった列車の一つである。

 

 幸谷は越谷の前に仁王立ちをして詰め寄った。

 

「社長。いや、初代西東京鉄道管理局長。貴方には出席する権利があるはずです。貴方は命を賭けて、国鉄を、そして帝都東京を護った。貴方は出るべきだ」

 

「十合特別復興総局長は出席しないそうだ」

 

 越谷は静かに言い放った。

 

 幸谷は押し黙る。その事実を提示されるだけで、越谷の主張がよくわかるからだ。

 

「今の私は北部樺太開発鉄道社長、越谷卓志だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「社長……」

 

 越谷の目の奥には、覚悟の光が見えた。それが、幸谷には納得いかなかった。

 

「私は今日この日から、この鉄道に骨をうずめる。それでいいんだ」

 

「貴方は、アンタはいつだってそうだ!」

 

 幸谷はいきなり激高した。周囲の人間は驚いて顔を見合わせるが、越谷はただ珈琲を飲み続けるだけだった。

 

「私は私のやり方でこの鉄道を支える。私“が”支えるんだ!」

 

 何も言い返してこない越谷に、幸谷は言葉をぶつけて去っていった。

 

「若いのは良いが、しかし直情的過ぎていけないね。しかし……」

 

 越谷は珈琲を再びすすりながら首を傾げた。

 

「“いつだって”とは、どういう意味なんだろうなあ……」

 

 会ったことはないはずなのに、と越谷は不思議がりながらコーヒーカップを置いた。

 

 

 

「とまあ、こんな感じだよ」

 

「へっ。あのハナタレ坊主。まるで訳が分からねえな」

 

 桐谷は豪快に笑い、そして急に真面目な顔をした。

 

「しかし、ヨンゴーサン白紙ダイヤ改正ですか」

 

昭和45年3月(ヨンゴー・サン)22日改正。広報局はヨンゴーサン白紙改正と銘打って大々的に宣伝しているそうだ。やっと明るい話題を広報できると、喜んでいたよ」

 

 ライターの音がして、桐谷から紫煙がくゆり始める。それを端目に見た越谷に、桐谷は煙草を勧めた。

 

「今やめてるんだ。嫁が嫌がるんでね」

 

「俺も家じゃ吸いませんよ。妻子がいますから」

 

 そう言って桐谷は煙を噴き出した。

 

「なあ英雄さん、アンタはなんでここに来た」

 

「唐突だな」

 

 桐谷の問いかけに、越谷はただこう返した。桐谷はなおも続ける。

 

「西東京鉄道管理局。テロを受けて分割された旧東京鉄道管理局のうちのひとつだ。その局長サマがアンタ。テロ後一気に重要性が強まった中央線を統べる部署のトップに居ておいて、なんでこっちにきた。海情が疑うのも無理ありゃあせんよ」

 

 樺太に来る国鉄の人間は、たいていが本土に置いていくのには問題があるとされた異端児、もしくは「レッド」である。

 

「そういう君こそ、なんで来たんだね。武蔵野鉄道西管区西武工場の長じゃないか。君だけじゃない。聞けば、武蔵野鉄道から来た人間はみなそこそこの地位に居たものばかりだ」

 

 遠回しに「レッド」を疑われた越谷は桐谷に同じことを聞いた。すると、桐谷は胸を張って答えた。

 

「社長の命でさぁ」

 

「社長? 武蔵野鉄道の?」

 

「ええ。社長には昔からよくして頂いてましてね。その社長がここに行け、日本を支えてこいと言うもんですから」

 

「他の武鉄系のみんなも?」

 

「当然」

 

 桐谷は口から煙草をポロリと落とすと、靴でもみ消した。

 

「俺らはみんな、武鉄社長から北樺太防衛を命じられてここに来ました。社長さんは?」

 

 越谷は桐谷の言葉に驚きながらも、同じようなもんさ、と答えた。

 

「私も頼まれたんだ。十合元長官にね」

 

「十合長官……。ああ、新幹線建設の英雄じゃないですか。今は復興総局でしたっけねえ」

 

「ああそうだ。あれは復興が大詰めを迎えた時だ。十合長官直々だったよ。そこで言われたんだ。『北樺太は必ず日本再生の一助と、そして日本防衛の要になるから、それを支えてきてほしい』と」

 

 一筋の光が差し込む。太陽が、流氷の間から姿を見せ始めた。

 

「なるほど、社長さんも同じか」

 

 桐谷はそう呟くと手を差し出した。

 

「やってやりましょうや」

 

「ああ、もちろん」

 

 二人は固い握手を交わした。日の出とともにできた影が、長く長く伸びていった。

 

「さ、戻りましょうや。出発式に遅れちゃう」

 

「そうだな。いよいよだ」

 

 時計は5時36分を示している。7時まで、もう時間がない。

 

 3月22日。始まりの時まで、あともうすこし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ日も上がらぬうちに目が覚めた。

 

 仮設の宿直室から出ると、外は白み始めたばかりだった。室内だというのに息は白く、手足は痺れそうになっていた。

 

 佐々木朋子は、死んじゃう、死んじゃうとぼやきながら共用の浴場へ急いだ。

 

 仮設と言えどもこの手の厚生はしっかりしているらしく、もう少し防寒性があれば申し分ないなと佐々木は思うが、仮設にそこまで求めるのは酷と言うものである。

 

 ここは本社横の仮設乗務員詰所。併設された本社前留置線に、今日の式典に使う車両が留め置かれていた。

 

 今日は3月22日、尾羽自由化の日にして発鉄開業の日。

 

 佐々木は、発鉄開業その一番列車の運転助士に選ばれた。

 

 運転士は、最年少の大宮。部内で一番若い人を、という選出だったらしい。佐々木は、確かに運転士の中では大宮に次いで二番目に若い。

 

 佐々木にとって、大宮に思うところがないわけではない。

 

 既に散々同僚たちからからかわれている。大宮が佐々木に気があることは、どうやったって知ってしまう。

 

「悪い人じゃないんだけれど」

 

 と、佐々木は独り言ちる。

 

 佐々木にとって、大宮はそれ以上の人間ではないのだ。

 

 濡れた髪の毛をぶんぶんと振って、佐々木は浴場から出た。

 

 着替えを含めた朝の支度を済ませると、制服のポケットから懐中時計を取り出した。ところどころ傷のついた時計を、佐々木はみつめた。

 

 佐々木は学生以降、恋をしたことがない。

 

 彼女の胸の内は、亡き父に埋め尽くされていた。

 

 鉄道マンだった父の形見にそっとつぶやく。

 

「やっと、ここまで来たよ」

 

 佐々木は立ち上がり、列車の待つ留置線へと向かった。

 

 今日は始まりの日。雪の深い冬の寒い朝であるのにも関わらず、街はすでに起き始め、続々と人が集まろうとしている。

 

 彼女だけではない。この街に住む全員が、胸に始まりを抱いている。

 

 昭和45年3月22日、日本中がテロの終焉を祝う日に、この街は始まりを告げるのだ。

 

 太陽が、ビルの隙間から線路を照らした。

 

 信号はすでに、青を表示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発式はあと数分にまで迫っている。この日の為に海軍は軍艦を用意し、陸軍は儀仗兵を用意した。そして空軍は、倉庫の奥から零戦をひっぱりだしてきた。

 

「ほー、レイセンだ」

 

「あれまあ、まだ残ってるんだ」

 

 軍事に疎くても、この戦闘機ぐらいは誰もが知っている。

 

 本社前の車庫で、式典の最後を飾る出発式の為の最後の調整に入っていた整備員たちは、面白そうに手を止める。

 

「なんだお前たち、行きたかったのか?」

 

「いいや、俺はいいね。あんな馬鹿みたいなとこにいったら風邪ひいちまう」

 

 桐谷が顔を出すなりそんなことを行ったら、一人がそう返した。

 

「まあ道理だな。それに、飛行機ならここらでも見える」

 

「いいなあ、紫電改だよ。傑作機がそろい踏みだあ」

 

「ご丁寧に20年も残しておいたのかい。ご苦労だねえ」

 

 空を見上げながら、整備員が好き勝って言う。

 

「ほら、あんまし空ばっかり見上げてっとぉ、首ぃヤるぞ。ほどほどにしとき」

 

「はいーよ。あ! スピットだ! なんでぇ他国の旧式機もきてんのか! はあー」

 

「言ったそばからあ!」

 

 そんな折、大宮と佐々木が到着した。

 

「どうも、おやっさん。どうです?」

 

「ん? ああ、いいよ」

 

 車両はピカピカに磨き上げられて、だれが見ても可笑しくない状態に仕上がっていた。

 

「おお、1000系の1001F。緊張するなあ」

 

「ねえお師匠、お師匠が運転士じゃなくて本当にいいんですか?」

 

 感動する大宮をよそに、佐々木は師匠の心配をする。師匠とは、運転主任、つまり運転士のとりまとめ役の楠木のことだ。その楠木は、めんどくさそうにパイプ椅子に座りながらぼやく。

 

「うんにゃ、俺みてえな貸し出しのロートルはいつ地元に出戻るかわからん。お前さんたちが未来の運転手なんだ。お前さんたちがやれい」

 

 そう言って、楠木は煙草を吹かした。

 

「師匠、俺ら、きっちりやり遂げますから」

 

「おう、期待してるぜ」

 

 その時、ドンドンドンと発砲音がした。

 

 腹まで響く重低音。軍艦の空砲だ。

 

 それが合図だった。

 

「おし、出発準備!」

 

「はい!」

 

 大宮と佐々木は運転室に入った。運転室の天井にある1001の文字を、大宮は静かに指さし確認をした。

 

 1000系。その1001F。Fは英語で「編成」という意味を持つ。つまり、1001Fは1000系の一番目の編成ということである。そう、トップナンバーだ。

 

 ただ単に、同じ形式の一番目に生まれたというだけ。性能も他と変わらなければ、特に意識して精密に作られたわけではない。それに書類上の一番目というだけで、製造順でもない。

 

 だけれども、その「1」が特別視されるのは、その数字故であろうか。過去から現在まで脈々と、トップナンバーは特別であり続ける。

 

 このトップナンバーも、今日、特別になる。

 

 大宮と佐々木はてきぱきとした手つきで電車を起動した。

 

 シャー……ガシャン。空気の力でパンタグラフが上がり、電車が息を吹き返す。

 

「点検は済ませておいた。各種異常なしだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 そういう桐谷に礼を言い、大宮は運転台に座る。

 

 左手に持つブレーキハンドルを、しっかりと運転台に取り付ける。

 

 けたたましいベルが鳴り響く。それを確認すると、そのままブレーキハンドルを回す。

 

 ベル音は単調なキンコン音に変わり、そしてATSボタンを扱うと消えた。

 

「ATS投入確認」

 

 ブレーキハンドルの音に合わせて空気の抜ける音がする。運転台の空気圧計メーターが目まぐるしく動く。

 

「ブレーキ動作よし、圧よし」

 

 ハンドスコッチ、手ブレーキ、消火器。

 

 よし、よし、よし。二人でひとつずつ確認していく。

 

「出発準備、完了」

 

 大宮が呟くと、桐谷が懐中時計の針を確かめた。

 

「定時だな」

 

 電車に無線が入る。佐々木が受話器を取ると、指令の声がした。

 

『こちら尾羽指令。9001M列車、応答願います。どうぞ』

 

「はいこちら9001Mです。どうぞ」

 

『9001Mは所定通り運転を開始してください。現在のところ、式典は定時で進行中』

 

「了解しました」

 

 指令の言葉と同時に目の前の信号が開通する。ポイントがしっかりと、本線を向いた。

 

「9001M、出発進行!」

 

 ペダルを目いっぱいに踏み込んで、警笛を鳴らす。ブレーキを緩めて、ノッチを確かめるように一段一段進めていく。

 

 いつも通りの音を響かせながら、ゆっくりと加速していく。そんな電車の鼓動を感じながら、大宮と佐々木は笑った。

 

「制限、解除!」

 

 ノッチを更に進める。モーターの音高らかに、電車は走っていく。

 

 もう一度、警笛を鳴らす。

 

 それを、社員たちは手を振って見送った。

 

 これが、社員にとっての一番列車になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尾羽と言う街は、軍の為に産まれた。

 

 長く苦しい戦いの果てに、もう二度と本土が戦場にならずとも済むように、先人たちは尾羽の要塞化を決定した。

 

 昨日まで、尾羽市のほぼ全域は「要塞地帯法」の定めるところの要塞地帯であった。

 

 市民の活動は著しく制限され、この街の全てが軍の為に存在した。

 

 当然のことである。軍がなければこの街は存在しないのだから。

 

 今日、この日をもって尾羽市街地域は要塞地帯法の適用から除外される。

 

 それに伴い、この軍用線も発鉄となって民間化される。

 

 それが、市民にとっての苦難の始まりなのか、それとも希望の始まりなのかは、今の時点ではわからない。

 

 しかし、これは確かに始まりなのである。

 

 日本中が歓喜に沸く今日この日、この小さな街で小さな始まりが始まるのである。

 

 

 

「この鉄道を開業するにあたり、様々な困難がございました」

 

 まだ冷たい風が地面を撫でた。

 

「しかしながらたくさんの方々のご支援により、今日ここに開業する事が出来たのでございます」

 

 力強く、そして英雄らしく雄弁に、越谷は言葉を紡ぐ。

 

「これから先、どんな困難があろうとも、我々は走り続けます」

 

 幸谷が、ぐっとこぶしを握り込んだ。

 

「北部樺太開発鉄道、開業します!」

 

 その言葉と同時に、大きな警笛が鳴り響いた。そして堂々と、青色の車体が動きだす。

 

 どんどんと加速するそれは誇らしげに主張する。今日から始まるのだと。

 

 物語はまさに、今日動き始めた。

 

 皆を乗せた列車となって。

 




ヨンゴーサン白紙ダイヤ改正(昭和45年3月(ヨンゴーサン)22日改正)
・東京駅の復旧を主軸とする、輸送における事実上のテロ終息宣言。
・主な内容は、首都圏のターミナル駅整備、及びそれに伴う関東圏優等列車の復活、山陽新幹線~博多開通、樺太・北海道高速線本格供用開始、国鉄主要各線における最高速度引き上げ等である。
・列車のカンブリア大爆発ともあだ名される本改正では、新規に数十万営業キロにも及ぶ優等列車の設定を得た。主な新規設定列車は中央線特急「あずさ」や信越本線特急「あさま」など。またほかにも東海道線寝台特急「あさかぜ」等の運転再開も設定されている。
・ダイヤ改正記念式典は東京駅で。中央線優等列車設定記念式典は飯田町駅で行われた。飯田町駅は1963年から貨物駅及び暫定旅客駅であったが、この度一般駅に昇格した。
・ダイヤ改正概要の最後にはこう締めくくられている。
「ダイヤ改正適用をもってテロからの平時復帰を宣言し、緊急輸送体制を解除。
 関係各交通社局に感謝の意を表する。」

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