雪原の希望   作:矢神敏一

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「なお、逃走のマル被に関しては拳銃を所持している模様。受傷事故に注意されたし」
 海軍情報局が傍受した警察無線。 昭和※※年※※月※※日


24.~第一仕業~1レ:先行

 さて、うだつの上がらない公安員が苦し紛れに編み出した作戦は、「鞍上の騎手(ジョッキー)作戦」と銘打たれ警察庁公安部、樺太庁警察特殊部隊の裁可を得るに至ってしまった。

 とある公安員は頭を抱えた。こんなはずではなかった、と。

 

 しかし、案ずるなかれよ公安職員。ジョッキー作戦は上申され下達される度に、樺太庁警察、ひいては樺太中の殺意、もとい熱意を乗せて、その確実性を増していった。

 

 と、貨車潜入隊隊長の柴田は豪語する。

 

 柴田の言によれば、作戦は3+1段階に大別される。

 

 第零段階。

 前提として、密輸貨車の発見が必要である。密輸貨車を発見次第、早急にそれを保護、関係各所へ伝達。

 

 第一段階。

 貨車乗り組み班は速やかに貨車に乗り込む。そして、貨車内に潜み敵本拠へ運び込まれるのを待つ。

 

 第二段階。

 貨車が輸送される。追跡班がそれを密かに追う。

 各主要駅に散開した中継班が列車を定点で観察し、こちらでも貨車の動きを追う。

 そして、敵本拠へ貨車が運び込まれるのを待つ。

 

 最終段階

 貨車が運び込まれた!

 潜入隊は貨車の中から強襲。

 それを合図に樺太庁特殊部隊即応班、応援部隊は追跡班の誘導を得て現場へ強襲。

 これをもって、敵の掃討は果たされる。

 

 はずである。

 

 

 

 果たして、作戦はつつがなく実行された。

 

 6時23分、密輸貨車ワキ8563が発見された。特急貨物列車第2060列車、17両編成で軍事貨物は無し。密輸貨物は当該列車の11両目であった。

 

 荷票は浜農繰来への回送扱い。途中、農繰来で浜農繰来行配497列車に連結されると記載されていた。

 

 この密輸を発見したのは公安職員。出発前の検索で一両一両貨車を確認していたところ、11両目に連結されたワキ8563の中に大量の不審物が積載されているのを発見した。

 

 不審物の内容は、銃火器に鈍器、爆発物等々。申請の書類などはなく、また鉄道局への問い合わせでも当該輸送における情報はなかったことから、これらの貨物は関係鉄道社局に無断で積載された、密輸貨物であると断定された。

 

 その情報は即座に樺太庁警察特殊部隊に伝達され、隊長柴田率いる潜入隊は直ちに貨車ワキ8563へ乗車した。

 

 貨車ワキ8563は幸いなことに、荷物列車や急行列車などに使用されるワキ8000系列の貨車であった。荷物列車や旅客列車併結車として運転されることを考慮してか、車内は若干の居住性を保っていた。

 

 この幸運に際し、隊長柴田は今作戦の成功を確信した。

 

 密輸貨車ワキ8563を連結した第貨2060列車は、中に息を殺して潜む隊員たちを乗せ、定刻から十分遅れて尾羽を出発。

 

 途中、ワキ8563を含む後部三両を農繰来で解結。そのままヤードに運び込まれた。

 

 ヤードでは、係員が列車の編成をバラし、荷票の指示に従って編成を組みなおす作業を行う。

 

 密輸貨車ワキ8563においては、組み換え待機中に工作員による荷票の差し替えが実施された。本来であれば即座に工作員を逮捕すべきところであるが、今回は潜入捜査であるため工作員に対しては軽い尾行で対処することとなった。

 

 さて、荷票を差し替えられた貨車は入替の果てに、新たに落石行普通貨物6692列車に組成された。

 

 この後、同様のことを各駅で繰り返す。

 

 落石にて樺太西本線本斗行普通(混合列車)532列車、本斗から樺太西本線真岡行普通貨物521列車、真岡から大泊行配給590列車、これらを経て小沼操車場へ到着し、樺太東本線下り貨物7881レを経て栄浜へと至った。

 

 この間、約27時間。

 

 栄浜で、貨車は専用線へと入り、人気のない倉庫へと至る。潜入隊、追跡隊共に、倉庫を敵根拠地と認める。

 

 攻撃命令、下達。

 

 さて、貨車はなんの疑いもなく敵根拠へ入線する。

 

 何も知らぬ敵が笑いながらやってきて、貨車ワキ8563の扉に手をかける。そして、開かれた。

 

 刹那、昭和サンパチ(清州カービン)が火を噴く。

 

 潜入隊は不意打ちの一斉射で、倉庫備え付けのプラットホームに居た敵を一掃。内部への侵入経路を確保。

 

 その間に追跡隊、現地応援部隊、現着。

 

 それぞれプラットホームで待つ潜入隊と合流。合流強襲隊となる。次いで内部へ侵入を開始。

 

 10時14分、プラットホームと一体となっている第一倉庫(主倉庫)制圧。隣の第二倉庫へ向けて転進。

 

 10時16分、後退した敵主力が第二倉庫から反攻を開始。重機関銃などを使用した統制射撃により進撃困難。

 

 10時21分、第二次応援部隊現着。機関銃陣地へ鎮圧用迫撃砲弾発射。有効打となり、合流強襲隊は第二倉庫へ進撃。

 

 10時34分、第二倉庫主力部隊無力化。

 

 11時02分、事務所含めた全ての関連施設を制圧。

 

 以上で樺太庁警察特殊部隊は作戦を終了。隊長柴田は高らかに宣言した。

 

「全施設の制圧を完了。現時刻を以て作戦は終了する。諸君、よくやった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当該無線は、尾羽に屯する海軍情報局尾羽支所の面々も当然ながら傍受していた。

 

 スピーカーから状況が伝わってくるたびに、場の空気がどんどんと冷えていく。

 

 冷媒は、もちろん久留米。

 

「久留米君、そろそろ機嫌を直したまえよ」

 

 そう言われて、久留米は頬を膨らませる。

 

「まさか、公安が先に貨車を見つけるなんてなあ」

 

 ここ最近、公安は密輸貨車を発見できていなかった。それは、密輸貨車が軍の管轄である軍用貨車に偽装されていたためで、公安の捜査権が軍の管轄にまで及んでいなかったためである。

 

 であるから、ここは軍用貨車に対し捜査権を得る予定であった海情が高確率で貨車を発見できるようになる……。はずだった、まさにその矢先である。

 

「今回に限って、軍用貨車への偽装がなされなかったのでしょう。きっと。まあどちらにしろ、公安の、いや、樺太警察の威信をかけた大勝負が、功を奏したということです」

 

「いいことじゃないか。これでまた一つ、樺太が平和に近づいた」

 

 鵜沢は久留米からの視線を新聞で遮りながら、煙草片手にそうつぶやいた。

 

「ああもう、納得できない! せっかくの、せっかくの、ああ!」

 

 久留米がその長い髪を振り乱す。

 

「これはきっと、コミンテルンの陰謀よ!」

 

 また始まった。鵜沢は頭を抱える。タイミングがいいことに、久留米の怪気炎と共に卓上の黒電話が鳴った。鵜沢はこれ幸いと久留米の御守りを“参謀”に押し付けて電話に出る。

 

「だいたいね、久留米くんね。君ね、コミンテルンってね、何か知っているのかい?」

 

 “諭す”仕事になると途端に「ね」が多くなる参謀。久留米は自分があやされているのを感じて更に機嫌を悪くさせる。

 

「あれですよ、悪い奴らです。悪い奴らの首謀です」

 

 どうしようもない答えが返ってきて、参謀は目を白黒させる。

 

「君ね、大学まで出たんだからね、物事は正しくね……」

 

「関係ない! 私の邪魔をするのは悪い奴、悪い奴はコミンテルン!」

 

 こうなった久留米は話が通じない。

 

「あぁあぁ、これが東京の写真学校を出たエリィト言うことかい。いいかい日田井。ああはなっちゃいかんぞ」

 

「任しといてください。そんなにいい学校を出ていない僕ですが、この件に際しコミンテルンが1ミリも関係していないことだけは理解できています」

 

 うるさいうるさい! 暴れる久留米に、電話を終えた鵜沢が苦笑いしながら声をかけた。

 

「まあまあ久留米君。そんな欲求不満な君に、いい話があるよ」

 

 久留米の砲声が止む。きょとんとした眼で鵜沢を見つめる久留米に、鵜沢は面白そうに告げた。

 

「現地を捜索していた公安が、敵の本拠地につながる情報を入手したそうだ」

 

 久留米は一気に黙り、ガタンと席を立つ。その様子が可笑しくて呆れた鵜沢は、半笑いのまま久留米の目を見据える。

 

「いや、すまない。いつもの君らしい表情になったね。さて、公安からの要請だ。今から敵の本拠を討ってくれ」

 

 ごくり。久留米が息をのむ。

 

「敵の本拠は、どこですか?」

 

 鵜沢はペンをとんッと下に指した。

 

「ここ、尾羽だよ」

 

 途端に、久留米の顔から邪悪な笑顔がほころんだ。

 

「なるほど、行ってきます」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 




樺太西本線 532レ
 落石発本斗行普通列車。
 5両の客車と数両の貨車からなる列車である。
 長距離列車の常として全区間を乗りとおす客は行楽客以外にほとんどいない。
 末端の真岡付近では終列車となる。
 現状では、日本最長の普通貨客混合列車である。

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