とある雷神の聖杯戦争   作:弥宵

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一瞬だけランキングに載っていたようです。その時のテンションで書き上げました。


episode.6 最優対最強

「俺は、マスターとして戦う。もう二度とあんな悲劇を起こさせる訳にはいかない」

 

 衛宮士郎は一つの決意を固めた。

 再度襲来したランサーに追いやられた土蔵で、運良く召喚されたセイバー。彼女の力を借りてランサーを撃退し、続けて現れた遠坂凛に聖杯戦争の概要を聞き、凛に連れられて向かった教会で十年前の真実を知った。

 

 冬木の大火災。十年前、士郎も被害者となったそれを引き起こしたものこそ、他ならぬ聖杯。前回、即ち第四次聖杯戦争の果てに起こった災害だったのだ。

 そして今、その聖杯戦争が再開されようとしている。悪意を持った者が聖杯を手にすれば、あの地獄が再び訪れることになるかもしれない。

 

 それを防ぐには戦わなければならない。戦力であり聖杯戦争の参加券でもあるサーヴァントと共に自分が勝ち抜くことで、悪意を持って聖杯を使わんとする輩を退けるしかない。

 

「だからよろしく頼む、セイバー」

 

「ええ。この身は貴方の剣となり盾となる。必ずや勝利すると誓いましょう、シロウ」

 

 改めて契約を交わし、漸く成立したセイバー陣営。それを見届けた凛は、士郎に帰宅を促し宣言する。

 

「いい?今日の内は見逃してあげる。でも明日以降にこうして出くわしたら、その時は容赦なんてしないから」

 

「遠坂と戦う気はないぞ、俺」

 

 士郎が戦うのはあくまで聖杯の悪用を防ぐため。その点、凛ならばそういった心配はないため、積極的に戦おうとは思わないのだ。

 

「私にはあるの。まあでも、当分は慎二のことで忙しいだろうから、そっちから仕掛けてこない限りは後回しだけどね」

 

「慎二?あいつがどうかしたのか?」

 

 士郎の疑問に、一瞬『あっやべ』みたいな表情を浮かべた凛だったが、むしろ説明しておいた方がいいかと気を取り直す。

 

「間桐慎二はライダーのマスターよ。真名はおそらくメドゥーサ。ちょっと厄介なことをしでかす可能性があるから調べておきたいの」

 

「慎二がマスター……⁉︎ それに、厄介なことってなんだよ?」

 

「魂喰いよ」

 

 凛は淡々と説明する。

 

「サーヴァントに人間の魂を与えて魔力の糧にするの。当然魂を吸われた人間は衰弱するし、酷ければ死ぬわ」

 

「なっ⁉︎」

 

 愕然とする士郎。魂喰いの内容もそうだが、何より慎二がそれをしようとしているということが信じられなかった。

 

「残念だけど、慎二はほぼクロよ。少なくとも、昨日バーサーカー陣営と戦ってるのを見たからマスターなのは確定。それにその結界、元々学校に仕掛けてあったんだけど、状況的にライダーの宝具の可能性が高いの」

 

「だったらすぐにでも止めに行かないと……!」

 

「待った。衛宮くん、今の自分の体調わかってる?ただでさえ死にかけたのにサーヴァントの召喚までしたんだから、相当疲労が溜まってるわよ」

 

「それでも放っておける訳ないだろ!」

 

 何としても慎二の凶行を止めなければならない。その一心で士郎は動こうとするが、凛はそれを制止する。

 

「安心して、結界の完成にはまだ時間がかかるはずよ。だから一晩休みなさい。あなたが死ねばセイバーも消えるのよ」

 

「……っ!」

 

「今焦って動くより、しっかり体調を整えてからの方が結果的に早く片付くわ」

 

「…………わかった」

 

 渋々といった様子で頷いた士郎に、凛は一つ溜息をこぼし苦笑する。

 

「……はぁ。この件を早急に解決したいのは私も同じ。セカンドオーナーとして見過ごせる話じゃないもの。だからそれまでの間、あなたに協力してあげるわ」

 

「……え?」

 

「同盟を結んであげるって言ってるの。セイバーとアーチャーならバランスもいいし、悪くない話だと思うけど?」

 

「……えっと」

 

 士郎はセイバーに視線を向ける。セイバーは一つ頷き、言葉を返す。

 

「私としてもそのような蛮行は見過ごせません。それに、リンの人柄は信頼できる。手を組むメリットは十分にあるでしょう」

 

「…そうだな。わかった、組もう」

 

 確かに士郎としてもありがたい話だ。元々凛と戦う気はなかったし、戦力は少しでも多い方がいい。

 

「決まりね。それじゃ詳しい話は明日するとして、今は身体を休めること」

 

「ああ、わかった。それじゃ遠坂―――」

 

 

「―――ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 声がした。

 聞き覚えのある声だった。街中ですれ違い、謎めいた言葉を残して去っていった少女。今思えば、あれは聖杯戦争のことだったのだろう。

 振り返ると、案の定そこにいたのは先日の少女だった。少女は微笑を浮かべ、士郎に話しかける。

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

「君は……?」

 

「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。ほら、バーサーカーも挨拶して」

 

 イリヤスフィールと名乗った少女。傍らには金髪の華奢な少年が控えている。

 

「はいはい。サーヴァント・バーサーカーだ。よろしく」

 

 挨拶を促された少年はバーサーカーと名乗った。見たところ理性を失っているようには思えないが、本人がそう言うのならそうなのだろう。

 

「そっちのあなたはトオサカリンね。だったらアインツベルンのことは知ってると思うけど」

 

「え、ええ……」

 

 士郎をお兄ちゃんと呼ぶ少女、理性のあるバーサーカー。疑問はいくつも浮かんでくる。

 

 だが、二人が最も困惑したのはそこではない。

 

 

 

「……………ドラム缶……?」

 

 

 

 イリヤが腰掛けている円柱形の物体。一見ドラム缶にも見えるそれが、この場において最も異彩を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぴょん、とドラム缶らしきものから飛び降りるイリヤ。相対する二人は固まって動かない。セイバーも困惑した様子だ。

 

「……?どうしたの?」

 

 首を傾げるイリヤ。

 

「いや、その……ドラム缶?それは何なんだ……?」

 

 士郎の疑問に、イリヤは得心がいったとばかりに笑う。

 

「ああ、この子?『投擲の槌(ミョルニル)』よ。最初は驚いたけど、慣れればけっこう可愛いんだから」

 

「ミョ、ミョルニルですって⁉︎」

 

 聞き逃せないワードに、今まで謎のドラム缶にフリーズしていた凛が再起動する。

 

「ならそっちのバーサーカーは雷神トール……⁉︎ ……ううん、そんな訳ない。冬木の聖杯じゃ神霊は呼べないはず……!」

 

 ミョルニルという名前から雷神を連想した凛は動揺し、セイバーも警戒を強める。士郎はいまいちピンときていないようだが。

 

「ま、当たらずとも遠からずってトコだな。本物の神じゃないにしろ、その名を正しく冠したことがあるのは事実だぜ?」

 

 トールの言葉を聞き、ライダーとの戦闘と合わせて凛はトールの正体を考察する。

 

「本物の雷神じゃない……あの溶断ブレードは魔術によるものだった。とすると、神話を元に術式を構成するタイプの魔術師ってこと?」

 

「それそれ。さて、前置きはもういいだろ?こちとらセイバー(最優)と戦えるってんでテンション上がってんだ、とっとと始めようぜ」

 

 凛の推測をあっさりと肯定し、そんなことはどうでもいいとばかりに獰猛に笑うトール。その闘気に応じるように、セイバーも剣を構える。

 

 相対する二人の様子を見たイリヤは、微笑を崩さず告げる。

 

「じゃあ、始めよっか。―――やっちゃえ、バーサーカー」

 

 ニヤリ、とトールも笑みを深めた。

 

「りょーかい!―――『投擲の槌(ミョルニル)』!接続の最終確認、完了次第供給開始!」

 

 叫ぶと同時、トールの十指に全長五メートルの溶断ブレードが展開される。対するセイバーは不可視の剣を構え、両者が距離を詰める。

 

 二騎の様子を見た凛は念話でアーチャーへ指示を出す。

 

『アーチャー、あなたは狙撃に回って。流石にバーサーカーも、セイバーを相手しながらそっちを狙うのは難しいはず』

 

『了解した』

 

 アーチャーが霊体化したまま狙撃位置へと移動するのを確認した凛が前方へ意識を戻すと、まさに二騎が衝突するところだった。

 

「ハハッ!」

 

 トールが右腕を振るい、五本の溶断ブレードがセイバーへ迫る。対魔力では防ぎきれないと直感で理解したセイバーは身を捻って躱す。続けて迫る左の五本も同様に躱そうとするが、ここでまたもや直感が発動。急停止し後方へ跳躍すると、十メートルに延びた溶断ブレードがセイバーの足元を薙いだ。

 

「今のを躱すかよ。流石は最優ってトコか」

 

(厄介な……)

 

 軽い調子のトールに対して、セイバーの表情は優れない。リーチと手数で完全に負けている。

 ほぼ防御不能の攻撃が、腕の一振りで五本まとめてやってくるのだ。魔力供給が不十分なうえ、未だランサー戦の負傷が癒えていない現状では直感による回避が精一杯だ。

 

 トールが右腕を振り下ろす。その指先は開いており、溶断ブレード同士に隙間ができている。セイバーはそこに滑り込み回避するが、トールは右手を捻り横薙ぎへと移行する。

 

(避けきれない……!)

 

 セイバーは咄嗟に剣を翳した。

 ガッッ‼︎ という破裂音と共に、セイバーの身体が吹き飛ぶ。セイバーは勢いに逆らわず、そのまま後方へ跳んで溶断ブレードを回避する。

 

「吹き飛んだだと?」

 

 トールは疑問を覚える。

 彼の溶断ブレードは実体を持たないため、本来剣で止めることは叶わない。だが現にセイバーは溶断ブレードに剣を合わせ、その結果大きく吹き飛んでいる。

 

 理由を確認すべくもう一度溶断ブレードを振るう。するとセイバーは溶断ブレードの一本に近づき、受け流すかのように剣を添えた。

 

 

「『風王鉄槌(ストライク・エア)』……!」

 

 

 ボッッ‼︎ と轟音が響いた。

 そして次の瞬間、セイバーはトールの目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「なっ―――」

 

 セイバーの不可視の剣が実像を露わにする。黄金に輝くそれは、まさしく聖剣と呼ぶべき威光を放っている。

 

(―――風か!)

 

 ここで、トールは先程の不可解な現象の理由を察した。

 セイバーの剣が不可視であったのは、その刀身を風で覆っていたため。

 セイバーが吹き飛んだのは、溶断ブレードの熱で灼かれた風、つまり空気が爆風となってセイバーの身体を襲ったためだ。

 

 そして今、その爆風に加えて刀身に纏わせていた風を解放することで、セイバーは目にも留まらぬ高速移動を実現した。

 

「叩き斬る……!」

 

 もはや完全に剣の間合いに入っている。この距離ならば相手が何をしようとしてもその前に両断できる。決して遅れは取らないとセイバーは確信し―――

 

 

「……はぁ。できればこの手は使いたくなかったんだがな」

 

 

 暴風が吹き荒れた。

 それは決してセイバーが起こしたものではなく、ましてトールによるものでもない。

 セイバーがそれに疑問を抱いた直後、彼女の脇腹に鈍い衝撃が走った。

 

「―――っ、ぐ⁉︎」

 

 ドレスアーマーを貫通して訪れた衝撃に、セイバーの動きが一瞬停滞する。当然それを見逃すトールではなく、左の五指を操り溶断ブレードを振るう。

 完全には回避しきれず左肩を灼かれたセイバーは急いで間合いから出ると共に、絶好の機会を潰した元凶を探す。

 

 それらしきものはすぐに見つかった。

 浮遊する球体。鏡のように磨き上げられた黒い石でできたそれは、見覚えのある円柱形へと姿を変えた。

 

「まさか、『投擲の槌(ミョルニル)』……⁉︎」

 

「ま、そっちも後衛(アーチャー)いるんだしいいか。っつー訳で、こっからは二対二ってことで」

 

投擲の槌(ミョルニル)』。トールの宝具であることは想像がついていたが、溶断ブレードの厄介さに気を取られて半ば意識から外れていた。

 そして、その結果としてセイバーは手傷を負った。足でなかったのはせめてもの救いだ。これ以上機動力が削られれば、溶断ブレードを回避するのは至難の業になる。

 

「くっ……!」

 

 セイバーは歯噛みする。既にアーチャーも狙撃位置に着いているはずだが、それによって得られるはずだった数の利は失われた。負傷しているのが彼女だけであることを鑑みれば、不利なのはむしろこちらだろう。そもそもこのような接近戦では援護も難しい。

 加えてもう一つ、セイバーはアドバンテージを失っている。

 

「そういやその剣。そりゃ風で隠す訳だ。あんな輝き見せられりゃ、誰だって正体わかるわな」

 

風王鉄槌(ストライク・エア)』の発動に伴い、セイバーの不可視の剣の正体が曝されていたのだ。そしてそれは、当然真名への手がかりとなる。

 

「さあ、第二ラウンドといこうぜ。騎士王アーサー」

 

 トールは告げる。あくまで楽しそうに笑いながら。

 

 聖杯戦争は、まだ始まったばかりだ。


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