とある雷神の聖杯戦争 作:弥宵
『お前に見せてやるよ…全能神トールってヤツを』
拳を振るう。
『『『敵を殺すのに、俺から出向いてやる必要なんてどこにもない』』』
拳を振るう。
『…そこまでの力があって、今さらお前はオティヌスに何を期待してたんだ?』
『俺だって他の「グレムリン」の連中とさして違いがある訳じゃねえさ。自分の望みを叶えるために合流した。それだけでしかない』
『魔神オティヌスは、どうしようもない悪党だった』
『だけど、それを止められなかったのはお前たちの責任だ!自分の罪から逃げるなよ、全能神トール』
『「それ」と「これ」とは話が別だぜ、上条ちゃんよ』
拳を振るう。
(完全なオティヌスじゃ全く歯が立たねえし、他の正規メンバーじゃ弱すぎて何にも積み上がらねえ)
この身は全能の神。その力はどうしようもなく無敵で、同時にこの上なく虚しい。
だからこそ期待した。
(アンタなら
とある右手を持つ少年。彼ならばこの身に相応しい踏み台になってくれるのではないかと。
だがそれも期待外れに終わった。既に自分は勝ちのペースに乗っている。心が冷める。瞳の色が死んでいく。
だが。
『……なら、俺との戦いに関係ないものには対処できないんじゃねえのか?』
―――届いた。
致命傷には至らない。立ち上がることも十分に可能だ。相手も極限まで消耗しているし、同じ手は二度は通じない。そういう意味ではまだ足りない。自分を倒すにはまだ及ばない。
それでも、確かに届いた。全能の神の名を冠するこの身に、確かに傷をつけたのだ。
そして。
『私には私を救う事なんてできないよ』
『……、るな』
その少年は。
『逃げるなあ‼︎オティヌス!!!!!!』
救いを拒む、
『どうする気だよ?』
『決まってんだろ』
『まずは、その幻想をぶち殺す!!!!!!』
その手で、確かに救ってみせた。
「しっかし、マジで救っちまうとはなあ。流石は上条ちゃん、ってところかねぇ」
イーエスコウ城。一つの物語が終息したその地で、雷神改め全能神トールは一人呟いていた。
魔神オティヌス率いる『グレムリン』が引き起こした一連の騒動。『槍』の完成に伴ったオティヌスの覚醒と世界の滅亡。そして、『理解者』を得て力の放棄を決意したオティヌスと、彼女の『理解者』となった少年、上条当麻による逃避行。世界中を震撼させた『グレムリン』は空中分解し、主導者たるオティヌスは『魔神』の力を失った。……何故か身体が手のひらサイズに縮んでいたが些細な事だ。
ともあれ、『グレムリン』はもう無い。その一員だった全能神トールも完全に手持ち無沙汰である。
「上条ちゃんともう一戦……は、流石に気が早いか。『グレムリン』の連中も粗方倒しちまったし……」
全能神トールは生粋の戦闘狂である。より強い相手との戦闘を渇望し、より多くの『経験値』を追い求める。上条当麻との戦いを終え、手頃な相手が思い浮かばない全能神トールはポツリと呟いた。
「あー……どっかに良さげな敵はいないもんかね……」
次の瞬間。
「…………………ッ⁉︎」
全能神トールの身体を、謎の違和感が襲った。
まるで、
急いで身体や魔術の調子を確認するが、特に変わったことはない。
「オティヌスが世界を歪めた余波か……?それにしちゃタイミングが遅いような気もするが」
考えを巡らすも、一向に結論は出ない。実際には、オティヌスの行動に加えて僧正と呼ばれる『魔神』が世界に介入したことが原因だったのだが、全能神トールは知る由もない。
「まあ、悪影響も無いみたいだし放っておいても問題なさそうだが……」
ふと、その言葉が頭に浮かんだ。
「
アインツベルン。ドイツに居を構えるその一族には、千年もの間抱き続けている悲願がある。
第三魔法。その効果は『魂の物質化』。失われたその秘術を再び手にすることこそが、錬金術の大家にしてとある戦争において『御三家』と称される名家の悲願である。
そして、それを実現させるための手段。聖杯戦争と呼ばれる、七組の魔術師とサーヴァントの殺し合い。それはかつて四度行われ、当然アインツベルンはその全てに参加してきた。
だが、アインツベルンは未だ聖杯をその手に収めてはいない。一度目は碌にルールも定まっておらず有耶無耶のうちに終了し、二度目は単純に敗北。三度目は魔王の召喚を試みるも失敗し、四度目は切り札として迎えた婿養子の裏切りに遭い聖杯は破壊された。
そして、五度目となる今回。マスターもサーヴァントも、過去最高のスペックを誇る。
マスターとなるのは、忌々しき裏切り者である衛宮切嗣と前回の聖杯であるアイリスフィールの娘、イリヤスフィール。生まれる前から次期の聖杯としての調整を施され、全身に魔術回路を宿した、生まれながらに魔術師として規格外な少女。
サーヴァントとして召喚するのは、ギリシア最大の大英雄、ヘラクレス。たった一人で十二の偉業を成した、正真正銘最強を名乗るに相応しい大英雄。彼をバーサーカーとして召喚することで、強靭な肉体は更に強化され、裏切りの心配もない。
準備は万全。布陣は最強。故に敗北などあり得ない。
そう、なるはずだった。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――――!」
紡がれた詠唱に魔法陣が呼応し、凝縮された魔力がヒトを象る。その姿は、まさしく大英雄に相応しい屈強な―――――
「あん?何だこの辛気臭い場所。つか何だって俺はこんなとこにいるんだ⁇」
―――――それとは程遠い、細身な少年のものだった。
「……え………………?」
召喚者であるイリヤスフィールは、思わずそう呟いた。目の前に現れた少年は、ともすれば少女に見紛うほどに華奢だ。とても世界を支えた豪傑とは思えない。ステータスを見ても、魔力こそ高いが他はそこそこ。しかも、バーサーカーを指定して召喚したはずなのに、理性はしっかりと残っているように見える。
(まさか……失敗?この、わたしが?)
不安に駆られる。もし本当に失敗してしまったのならば、アインツベルンの悲願の達成は限りなく遠のいてしまうだろう。
「……一応、確認するけど。…あなたは、ヘラクレスなの?」
「いや、俺はトールだけど?」
(……ヘラクレスじゃない……!)
失敗した。失敗してしまった。ヘラクレスを召喚することができなかった。悲願の達成が遠のく。代わりに現れたトールとかいう少年では、ヘラクレスの代わりなどとても務まりは―――――
…………………………………………。
トール。
…トール。
……トール。
………トール?
「トール!!!???」
トールといえば、北欧神話におけるアース神族第二位の神。戦争を司る雷神である。まさか、かの神霊が……⁉︎
だが、とイリヤスフィールは気づく。トールという名は男性名に用いられることもある。それに第三次聖杯戦争においても、アインツベルンは神霊の召喚を試み失敗している。代わりに召喚されたのは、その名を押し付けられただけの虚弱な少年だったそうだ。
「トールって……本物なの?」
イリヤスフィールは尋ねる。そこだけははっきりさせておかなければならない。
トールと名乗った少年が答える。
「本物の神か、と聞かれれば違うと答えるしかねえが……まあ、その名を
…………それは、結局どうなのだろう。本物の神霊でなかったことを嘆くべきなのか、全くのハズレでなかったことに安堵するべきなのか。
イリヤスフィールがリアクションに困っていると、トールが口を開いた。
「なあ、いまいち状況が呑み込めないんだが。これってどういう状況なんだ?」
サーヴァントのくせに聖杯戦争の知識を持たないことを訝しまれつつも、イリヤスフィールから聖杯戦争の説明を受けた雷神トールは、望外の幸運に歓喜していた。
「聖杯戦争。万能の願望機を巡る、七人の英雄たちによる殺し合い……いいねえ、そいつはいい!聖杯とやらはともかく、歴史や神話に名を刻んだ英雄と戦える機会なんてそうそう無え‼︎…いいぜ、乗ってやるよ。理由は知らんがアンタのサーヴァントとして召喚されたんだ、そいつらと戦えるってんなら聖杯はアンタにくれてやる」
話の流れから、どうやらここは異世界らしいと見当はつけたが、正直それはどうでもよかった。そんなことよりも、自分が巻き込まれたらしい聖杯戦争なる儀式の方がよほど重要だった。
歴史や神話で語られる英雄と、直接戦える。それはどれだけの経験値をもたらしてくれるのだろう。
個人のケンカが戦争の域に達するとされ、『戦争代理人』と称された雷神トールにとっては、最早聖杯戦争は自分のためにあるもののようにすら思えた。
がたごと。
「そう……よかった。じゃあ次はあなたの能力を確認しないとね。そんなに好戦的なんだし、腕には自信があるんでしょう?」
がたんごとん。
「まあな。とりあえず宝具とやらだが、当てはまりそうなのはこの『帯』くらいか。これはこれで便利な代物だが……」
がたがたごとごとっ‼︎
「もう、さっきから何の音よ………って、何あれ」
イリヤスフィールの視線の先には、ドラム缶の形をした謎の物体があった。どうやら先程から聞こえていた物音はこれが立てていたようだ。
「……お前、『
「えっ、ミョルニル⁉︎って事はこれがあなたの宝具なの⁉︎」
ドラム缶改め『
「俺のもの、って訳でもないんだがな。どうやら俺が
「俺の世界?」
「ああ。どうやらここは、俺の知る世界とは違うらしい。『根源』なんてモンは俺たちの世界には無かったし、魔術師が研究者ってトコも違う。こっちじゃどいつも自分の目的のために魔術を使ってたからな」
イリヤスフィールは聖杯戦争の本来の目的、魔術師の悲願は『根源』への到達だと言った。だが、雷神トールは『根源』どころか聖杯の存在すら知らない。そして、万能の願望機などという厄介極まりない代物を、あの『魔神』が放っておく筈がない。
「自分の目的のため………つまりは魔術使い、ってこと?」
「この世界ではそう言うのか?まあ、そんなトコだろうな」
がたがた。
「ああ、そうだそうだ。紹介しておかないとな。こいつは『
「人間…………これが?」
ごとごと。
「まあ、今は俺の宝具って扱いになってるみたいだがな。対軍宝具?とかいうヤツらしい」
がたごと。
「へえ、すごいじゃない。あなたの切り札って訳ね。よろしくね、『
『よろしく』
「喋れるの⁉︎」
「元は人間だしな。それから『
というかそもそも、宝具として扱われているものの『
「そういや敵さんには対魔力とかいうスキル持ちがいるんだったか。まあ、俺の魔術は
イリヤスフィールは首を傾げる。対魔力と相性がいい魔術とはどういうものなのだろうか?
わからないので聞いてみることにした。
「あなたの魔術ってどんなものなの?」
「ああ、それはだな―――――」
「はぁぁぁあああーーーー!!!⁇?」
雷神トールが自身の魔術について説明した後の、イリヤスフィールの最初の反応は絶叫だった。
「何それ、ほとんど魔法の領域じゃない‼︎」
どうやらこの世界の魔術師としては思うところがあるようだ。プライドか何かが刺激されたのだろう。
「まあまあ、敵ならともかく味方なんだからいいだろ別に。力は無いよりあった方がいい。つーかこれくらいでなきゃ神なんて名乗れねえよ」
「……まあ、そうだけど」
渋々ながらも、イリヤスフィールは一応は納得してくれたようだ。
「むーーー……」
訂正。あまり納得していないようだ。
「むーーーーーーーー……」
さらに訂正。全く納得していないようだ。
「唸られてもな。俺の魔術はこういうモンだ、って納得してもらうしかねえんだが」
「………わかったわ。確かに、あなたが強くて困る事は無いんだし」
ようやくプライドに折り合いをつけたらしいイリヤスフィールは、雷神トールに向き直って口を開いた。
「じゃあ、改めて名乗っておくわ。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「サーヴァント・バーサーカー。雷神トールだ。よろしくな、イリヤ」
此処に契約は成った。第五次聖杯戦争におけるバーサーカー陣営。正史において最強と称されたその陣営は、
【クラス】バーサーカー
【マスター】イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
【真名】トール
【身長】160cm(推定)
【体重】55kg(推定)
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力:C 耐久:C 敏捷:C+ 魔力:A+ 幸運:B 宝具:A+
【クラス別スキル】
狂化:E--
戦闘及び経験値の入手に対する執着。実質的に平常時と何ら変化はない。
【固有スキル】
神性:E
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
トール自身は本来神性を持たないが、雷神の名を冠することで若干の神性を獲得している。
戦闘続行:A
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とする。
魔術:A
基礎的な魔術を一通り使える。
そもそもトールは魔術師であるため当然である。
変身:C
女性に変身可能。雷神トールが女神フレイヤに変装して巨人スリュムの元を訪れた逸話による。
本来は霊装を用いた魔術だが、サーヴァントとしての現界にあたってスキル扱いとなっている。
【宝具】
『
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1〜50 最大補捉:100人
雷神トールが有する槌、その名を冠する魔術師。トールの現界にあたって、その存在が概念として召喚され宝具化した。雷神としてのトールは、ミョルニルに接続し力の供給を受けることで魔術を行使する。
普段はドラム缶のような形状をしており、戦闘時には肉体そのものを変形させる。『飛び道具』の概念を持つものであれば、どのような形にでも変形可能。宝具として扱われているが、もともと彼女自身が一人の魔術師であるため独立した意思を持ち、会話も可能。
真名解放の際には、莫大な高圧電流を纏い巨大な円を描くように高速移動することにより、円内部の帯電した空気を高速で発射する。
また、本来ミョルニルとは様々な用途に応用できる『魔術の杖』であるため、あらゆる魔術的記号に対応することが可能である。これにより、あらゆる触媒や礼装の代替として機能する。
『
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
トールが腰に巻いている帯。装着すると神力が上昇するとされる。
装着中は常時発動する。元の値に関わらず、装着者の筋力をEXランクに上昇させる。また、神性スキルを所持している場合はワンランク上昇させる。
【プロフィール】
北欧神話の雷神トール、その名を冠する魔術師。『魔神』オティヌスによって世界が幾度となく歪められ不安定であった世界に、『魔神』僧正がオティヌスに対して介入したことにより綻びが生じる。闘争を望んだトールの意志に呼応し、歪みを通して聖杯及び英霊の座に接続しサーヴァントとして現界した。
生粋の戦闘狂であり、戦闘における『経験値』を渇望している。聖杯への望みは無い、というか召喚された時点では聖杯の存在すら認識していなかった。だが、英霊との戦闘そのものに非常に興味があるため参戦を決意した。
トール自身はただの魔術師であり、その肉体はあくまで常人のそれであるが、本家の雷神の知名度によりステータスに補正を受けている。