このすば*Elona   作:hasebe

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第98話 銀髪強盗団

 あなたはこの世界に転移した当初、その原因をムーンゲートによるものだと考えて疑わなかった。

 しかし異世界に来てからというもの、イルヴァの民に巣食っているエーテル病、ひいてはエーテル病を引き起こす原因である細菌、メシェーラが完全に沈黙していると気付いた後は、あの時自分が潜った物は、ムーンゲートではない別の何かだったのではないだろうかと思うようになっていた。

 そしてたった今、ムーンゲートに酷似したそれを指して女神エリスの口から発せられた水瓶座の門(アクエリアスゲート)という名。

 あなたにはこれが自身と無関係だとは到底思えなかった。

 こっそりと鑑定の魔法を使ってみれば、なるほど、確かに水瓶座の門という名前をしていた。

 

「お頭、これが何か知ってるのか?」

「知ってるよ。物凄く知ってる」

 

 淡く光るゲートの向こう側を見透かすように、しみじみと呟いて遠い目をする女神エリス。

 

「これは……水瓶座の門は神器ではないけど、もしかしたら、王女様が持っている神器や、それこそ魔王軍よりもずっと危ないかもしれない物なんだよ」

 

 あるいは世界を滅ぼしかねないほどに。

 淡々とした女神エリスに薄ら寒いものを感じたのか、カズマ少年はゴクリと喉を鳴らす。

 

「……どんなアイテムなんだ?」

「簡単に言っちゃうと、別の世界からこの世界に()()を送る為に作られた道具、かな。殆どが廃棄されたって聞いてたんだけど、まさかこんなところに現物があるとは思ってもみなかったよ」

「何かって何なんだよ」

「分からない。本来であれば魔王を倒して世界を救う勇者を呼び出すつもりだったらしいんだけど、実際に送られてくるまでは何が呼ばれるかは本当に分からないんだ。ゲートを潜るのはただの動物かもしれないし、普通の人間かもしれない。勇者だったり誰も見た事が無い未知のモンスターだったり邪神だったりするかもしれない」

「召喚ガチャかよ。リアルでランダム召喚とか大惨事の臭いしかしないんだけど」

 

 ゲートから身を引くカズマ少年に、女神エリスはそうだね、あたしも心の底からそう思うよと笑いながら補足説明を始める。

 

「脅かしちゃったかな。でもそんなおっかなびっくりしなくても大丈夫だよ? ゲートはこの世界に送るための道具でしかないからね。あくまでもこの世界への入り口であって、出口にはなり得ないんだ」

「つまりここにあるゲートから何かが出てくるってわけじゃないのか」

「そういう事。少なくとも、この世界にある限りはただの光る綺麗な置物(オブジェ)に過ぎない。ここでゲートを潜ってもどこにも行けないよ。ゲートに設定されてる転移先がこの世界なんだから」

 

 光の中に手を伸ばす女神エリスの説明のとおり、確かに彼女がゲートに触れても何も起きない。ランダムでこの世界のどこかにテレポートさせるような仕組みではないようだ。

 そして女神エリスの語った事は鑑定の魔法によってあなたが知り得た情報とほぼ一致している。

 

「しかし誰がこんな傍迷惑なもん作ったんだよ。転生じゃなく異世界からランダム召喚って実質拉致もいいとこだろ。こんな怪しいブツを潜る奴も潜る奴だけどさ」

「あ、あはは。製作者に関しては、遠い昔の人ってことくらいしか分かってないんだ。作ったはいいけど危険性が発覚したとかですぐに廃棄されちゃったそうだから」

「当たり前すぎる。作った奴は間違いなくアクアと同レベルのバカだな。アクエリアスっていう名前からしてエリス様も関係者なんじゃないかって思ったけど、まさかあのエリス様がこんな頭の悪い物を作るわけないから違うに決まってるな」

「…………そ、そうでしゅね」

 

 肩を震わせ全力で目を泳がせている女神エリスだが、彼女は嘘をついている。

 あなたが鑑定の魔法を使ったところ、カズマ少年の言うとおり、ゲートの製作者は水の女神と幸運の女神となっていたのだ。彼女は頑張って自身のイメージ保持に走っているようなので、そっとしておいてあげよう。

 

 そんな健気な努力の甲斐あってか、カズマ少年の女神エリスへの好感度、もといハードルはかなり高いものになっている。

 かくいうあなたも化身であるクリスとしての活動や人となりを知らなければ女神エリスに対して彼と似たような感情を抱いていた事は想像に難くない。

 実際女神エリスは人界の危機に心を痛める高潔で慈悲深い女神なのだが、やはり女神アクアの後輩というべきか、はっちゃけた面も持ち合わせている。ゲートに関してもそういったお茶目な一面の表れなのかもしれない。

 

「ま、まあ、そういうわけだから、ここのゲート自体は危ない物ではないから不要なリスクを避ける為にとりあえず放置の方向で。袋に入れるには大きすぎるし、持ち運ぶにも重過ぎるしね」

 

 げふんげふんと必死に咳払いする女神エリスあらため推定異世界転移の原因。あるいは諸悪の根源の片割れ。

 流石にゲートが片道切符で復路を用意していない件については物申したいものの、こうして異世界にやってきた件についてはあなたはむしろ感謝していたので、転移そのものに関しては二柱に対して抗議するつもりは一切無い。

 だいたいにして、現在進行形で全力で異世界をエンジョイしている身でありながら、どの口が謝罪や賠償を請求するというのか。

 

 ただゲートを放置しておくのはあなたとしては好ましくない話だった。

 帰還の手段が無い現状では何の役にも立たないが、これはイルヴァに帰還した後の再訪の手段になり得る道具である。

 今度一人で回収しに来るべきだろうか、そんな皮算用をしていたあなただったが、次の女神エリスの言葉で意識を引き戻された。

 

「さておき、あたしとしては共犯者クンに一つ聞いておかなきゃいけない事があるんだけど……」

「聞いておかなきゃいけない事? ……ああ、なんだってエセ忍者がゲートに反応したのか、か」

 

 二人から探るような視線を受け、まあ当然そうなるだろうな、とあなたは思った。

 異世界から何かを送るというゲートの光に強い反応を示し、ふらふらと引き寄せられたあなたを全くの無関係だと思う者はいないだろう。

 二人は鈍感な性質ではない。わざわざ口に出さずとも、限りなく正解に近い確信を抱いていると思われる。あなたとしてもこの期に及んでどんな嘘をつけば二人を上手にごまかせるのかが全く思い浮かばない。

 

 しかし再三繰り返すが、あなたにとって自身の出自、つまり異邦人であるというのはそこまで必死になって隠すような話ではない。

 今のあなたをエセ忍者と呼ぶカズマ少年は覆面の下の正体を知らないし、ゲートの製作者である女神エリスに至っては知っておいてくれれば罪悪感を感じて帰還の手段を探してくれるのではないだろうか、とすら思っている。

 よって、あなたは二人に白状した。

 自分がいた世界にはムーンゲートと呼ばれる水瓶座の門に酷似した世界を渡るアイテムが存在しており、てっきりそれがここにあると勘違いしてしまった事を。

 

「自分のいた世界、か。エセ忍者って異世界人だったんだな。ここまでの話でそんな気はしてたけどさ」

 

 あなたと同じく異世界人であるカズマ少年はあまり驚いていないようだ。

 自分がここにいるんだし、まあ似たような奴もいるよな、くらいに思っているらしい。

 この世界では見ない忍者装束をあなたが纏っている事も多分に関係していそうである。

 

「でも日本人ってわけじゃないんだよな。やっぱり水瓶座の門を通ってきたのか?」

 

 水瓶座の門は製作されてすぐに処分されたという話だ。あなたがすくつで見つけて潜ったゲートの正体については実際に現物を調べてみない事には断定できない。

 だが鑑定の魔法でゲートの効能を大まかに把握したあなたは自身が潜ったのは九割九分水瓶座の門だと確信している。なのでカズマ少年の問いかけには多分そうだと思うと頷いておいた。

 たまたま処分を免れたゲートがすくつに流れ着いたのだろうとあなたは予想していた。

 入る者によって千差万別に姿を変える無形にして底の知れないすくつの性質を鑑みれば、あの日あの時あの階層でゲートを見つけ、更にゲートを潜ってこの世界にやってきた事は天文学的な確率の奇跡を引き当てた気分だ。そんな世界でウィズというかけがえの無い女性に出会った事もまた同様に。

 

「あ、あたし、共犯者クンが異世界の人だったとか、そんなのひとっことも聞いてないんだけど……!?」

 

 平然としているカズマ少年とは正反対に、女神エリスは冷や汗をだらだらと流して狼狽していた。

 あなたは彼女に自分の素性を明かした覚えは無い。女神エリスが知らないのは当然だ。何を当たり前の事を言っているのだろう。

 

「先輩が設定したゲートの通過条件は異種族や他宗教に寛容で、転移に抵抗が無いその世界における善人……そりゃ似たような物があるなら抵抗なんて無いですよね……善人……善、人……? いえ、設定的に矛盾は無いんですし、流石に悪人とまでは言いませんけど、私にイイ笑顔でギリギリ死なない程度の攻撃を放ったり言質を盾にアクシズ教徒の人たちをけしかけようとするあたり善人と呼ぶのは少し、いえ激しく抵抗があるというか……薄汚い悪魔や最初に出てきたアレよりずっとマシとはいえ……」

 

 異様な雰囲気を醸し出しながら、あなた達に聞き取れない声量でぶつぶつと何かを呟く女神エリスに、あなたとカズマ少年は距離を取った。

 今の彼女にはちょっとお近づきになりたくない。

 

「……共犯者クンのいた世界って、具体的にどんな場所なの? だいぶ前に聞いた話だけど、確かキミ、自分がいた場所では仲間の事をペットって呼ぶって言ったよね。あれってキミのいた世界の話なんだよね?」

「ペットって。言うに事欠いて仲間を愛玩動物(ペット)呼ばわりってお前。さすがの俺もそれは引くわ。ド変態な俺の仲間(ダクネス)が知ったら滅茶苦茶喜びそうだけど」

「ねえ、あたしの大切な友達にそういう事言うの止めてもらえる?」

 

 実際ダクネスは初対面のあなたにペット(奴隷)にしてくださいと頼んできた剛の者なので、女神エリスもあまり強く言えないようだ。

 

「で、実際どんな世界なのさ」

 

 イルヴァがどんな世界なのかと聞かれても答えを返すのは難しい。あなたからしてみれば普通の世界としか言いようがないのだ。

 とりあえず文化レベルについてはこの世界と大差無いが、ここと違って蘇生に制限が無いせいで命の価値が極めて軽い世界だったとあなたは答えておいた。

 他所はまだ平和なのだが、あなたのいた地域では人殺しは無罪、あるいは軽犯罪に該当する。窃盗は現行犯ならその場でミンチにしても許される。脱税者は問答無用で指名手配。金は命より重い。

 

「修羅の国かよ。絶対行きたくねえわ」

「右に同じく」

 

 現地人であるあなたとしては、あれはあれで慣れれば楽しいし住めば都だと思っている。

 それはそれとしてノースティリスが危険な場所であると理解もしているので、二人の感想に口を挟む事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 やはりゲートの製作者としては被害者が気にかかるのか、初めのうちは女神エリスがあなたにちらちらと視線を送ってきていたのだが、やがて気を取り直したように自身の仕事に専念し始めた。この分だとそのうちあちらからコンタクトがあるかもしれない。

 

 そうしてあなた達はモンスター召喚の神器を見つけるべく、宝物庫の探索を行う事になった。

 といっても実際に働くのは宝感知スキルを持っている女神エリスだけであり、あなたとカズマ少年の仕事といえば、周囲を警戒しつつそれらしい物を探すことくらいだ。

 しかし積まれているのは金銀財宝や強力な、しかしありきたりなマジックアイテムといったものばかりであなたの興味を引く物は見つからない。仮にも王城の宝物庫であれば爆発物や呪いのアイテムの十や二十は置いていて然るべきだというのに、この城はどうなっているのだろう。ウィズの店を見習ってほしい。

 

「おいエセ忍者、ちょっと来てくれ」

 

 しばらく宝物庫の探索をしていると、カズマ少年が近寄ってきた。

 女神エリスに気付かれないようにこそこそと耳打ちしてきたカズマ少年に連れられて辿り着いたのは、本が無造作に詰まれた区画。

 雑に保管されているそれらには保護の魔法がかけられている。あまり価値は高くないようだが、それでも宝物庫に置かれるだけの事はあるようだ。

 

「お宝を持っていこうとすると警報が鳴るっていう話だったよな。これに仕掛けられてるトラップの解除を頼みたいんだけど、できるか?」

 

 あなたの目の前には難解な書物に混じってエロ本の漫画が安置されている。神器ではなくエロ本。しかもつるぺたなロリっ子のエロ本。略してエロリ本。

 エロ本の表紙には金髪碧眼の貴族と思わしき華やかな格好をした少女が触手に襲われている絵が描かれており、十八歳未満の方は御購入できません、という文字が書かれていた。カズマ少年はまだ十八歳になっていなかった筈だ。

 王城に盗みに入っている時点で十八歳未満云々については今更なのだが、アクセルにはサキュバスの店がある。あなたはまだお世話になった事が無いが、彼は淫夢だけでは満足できないのだろうか。

 

「おい待て、誤解だ。誤解だからそのロリに触手とかマジ引くわぁ……みたいなゴミを見る目は止めろ。これはこんな卑猥でいかがわしい物が俺の大事なアイリスの目に触れないようにしようという俺の心遣い、純粋な兄心であってだな。俺は悪くない。宝物庫にエロ本なんか置いてるこの国と国の政治家と貴族が悪い。それ以上そんな目で俺を見るっていうのならこっちにも考えがある。俺の国の伝家の宝刀である遺憾の意を表明せざるを得ない。それにもしかしたらこれは魔王軍の卑劣な策略の一環なのかもしれない。常識的に考えて一国の王城の宝物庫にエロ本が置いてるなんておかしいよな? 俺はおかしいと思う。だからこれは絶対魔王軍の罠に決まってる。はい決定。完全論破。畜生魔王軍め、こんな悪辣な罠を仕掛けてくるなんて全くもって許せないな。許せないからこれはこの場で回収してしかるべき手段で処分しなきゃいけない。つまりそう、これは正義。世界平和の為の正しい行為なんだ。分かるな?」

 

 同意を求められても、どう答えろというのか。

 まだ何も言っていないしそんな目で見た覚えもないというのに、捲くし立てるように弁解と責任転嫁を始めるカズマ少年。世界平和の為とはまた大きく出たものだ。魔王軍が若干不憫ですらある。

 エロ本を後生大事に保管しているというのはいかがなものかとあなたも多少は思ったが、横目でエロ本を見やるカズマ少年に説得力があるかと聞かれると、まあ普通に無い。どれだけこのエロ本が琴線に触れたというのか。純粋な兄心どころか不純塗れである。

 

 ――お兄ちゃんの兄心は何よりも純粋で綺麗な私の尊い宝物だよ! ビューティフォー……。

 

 妹の電波を受信できる女神エリスにも声が届いたらしく、どうしたのかと視線を向けてくる。

 ちょっと妹が突然興奮しただけでいつもの事だとあなたがハンドサインを送ると、痛ましそうに目を背けられてしまった。変な勘違いをされている気がしてならない。

 

 さて、神器や強力な魔道具と違って重要性が低いからか、エロ本がある区画に仕掛けられた警報の罠はあなたであっても簡単に解除できるものだった。

 そしてカズマ少年がエロ本に向ける目は本気と書いてマジだ。今にも手がエロ本に伸びそうになっている。ここで断ろうものならば、警報を承知で回収しかねない。

 警報を鳴らされるくらいならばいっそ、とあなたは罠を解除し、オカシラニハナイショダヨ、と手に入れたエロ本を手渡した。

 

「エセ忍者……お前、実はいい奴だったんだな。俺、お前の事を頭のおかしいコスプレ野郎だと誤解してたよ」

 

 そう言ってカズマ少年はにこやかな表情でお宝(エロ本)を懐に仕舞い込み、隣のまた別のエロ本に目を向けた。

 

「ついでにもう一冊……」

 

 あなたは仕事でここに来ている。

 一冊だけならまだしも、際限なくエロ本を求めるのであれば、彼を大人しくさせるために忍法半殺しの術を使う必要が出てくるかもしれない。

 

「こえーよ! ぼそっとマジトーンで半殺しとか言うな! 俺が悪かったですごめんなさい!」

 

 

 

 

 

 

 結局、モンスター召喚の神器は見つからなかった。

 強力な魔道具は多数置いてあったが、神器と呼べるレベルの物は一つも無いらしい。王女アイリスのエクスカリバーのような神器や国宝級の品は、結界があるとはいえこんな誰の目にもつく分かりやすい場所ではなく、もっと別の場所に保管されているのかもしれない。

 

「でも俺が知ってる城内の宝物庫ってここだけだぞ。偉い人だけが知ってる秘密の宝物庫っていうのはあっても不思議じゃないけど」

「お城の中をくまなく探してる時間も無いし、優先すべきは王女様が持ってる神器だからね。ここは本命に集中しよう」

 

 改めて目標を明確にしたところで宝物庫を出ようとしたあなた達だったが、カズマ少年が扉に手をかけた瞬間、宝物庫が明るくなった。

 水瓶座の門の水色の光ではない。宝物庫に設置された明かりが一斉に点灯したのだ。

 

「なんだ!? なんで明るくなった!? 罠か!?」

「落ち着いて! ……これは罠じゃない。外部から誰かが明かりを付けただけだよ」

 

 急速にこちらに近づいてくる複数の気配。

 遠くからは鎧を着込んだ兵士のものであろう、ガチャガチャと金属を鳴らす音が聞こえてくるものの、警報は聞こえない。

 

「敵感知にめっちゃ反応してるあたりこりゃ完全にばれてるぞ。なんでだ?」

「多分だけど、宝物庫の結界が機能してない事に見回りの兵士が気付いたんだと思う。目視できる結界が消えてるんだから何かあったんじゃないかって。もしかしたら魔王軍の仕業だと思われてるかも」

「昨日の今日だからな……」

 

 考察は結構だが、状況は最早一刻を争う。

 撤退か、続行か。

 撤退自体は容易い。ここは城の二階なので適当に窓や壁をぶち破れば簡単に外に出られるし、確実性を求めるのであればあなたが今ここでテレポートを使えばいい。後者の場合はカズマ少年に謎の忍者の正体が露見する可能性はあるが、まあ大した問題ではない。

 

「おいちょっと待て。俺は明日には王都を出禁になる。ぶっちゃけ今日中に何とかしないとやばい」

「……うん。撤退は許可できない」

 

 拳を硬く握り締め、苦虫を数十匹噛み潰した顔で女神エリスがそう言った。

 

「今日は本当に絶好の機会なんだ。今日を逃したら暫くは夜だろうと城に入る事すら困難になると思う」

 

 今回の魔王軍の襲撃が王都に残した傷跡は深い。物理的にも、心理的にも。

 

「二人とも、ごめん。あたしが宝物庫を調べたいとか言ったから……」

 

 俯く女神エリスの頭を、力強い笑みを浮かべたカズマ少年が軽く小突いた。

 

「バッカだな。水臭い事言うなよお頭。そんなもん結果論だ結果論」

「でも……」

「一人は皆の為に、皆は一人の為に。俺はお頭がミスをしたとは思ってないけど、こういう時に助け合うのが仲間ってもんさ。それに俺はデストロイヤーだの魔王軍幹部だのを倒してきた冒険者だぞ? 今までだってなんとかなってきた。いつものメンバーじゃないけど、今回もなんとかしてみせるさ。なあ、エセ忍者も引く気は無いんだろ?」

 

 いつになく凛々しい表情のカズマ少年にあなたは同意した。

 この程度はピンチの内にも入らないし、女神エリスが頭を下げる相手はあなたでも、ましてやカズマ少年でもない。

 

「二人とも……その、ありがとう……」

 

 感極まったのか、目を拭う女神エリスだが、女神エリスの導きのおかげでエロ本を入手できたからカズマ少年はテンションが高いのだと知ったら彼女はどんな顔をするのだろう。

 

「ところで何でさっきから助手君はしきりに自分の懐を撫でてるの?」

「これか? ここには俺の大事なお守りが入ってるんだ。作戦が上手くいきますようにっていう願掛けってところかな」

 

 本当にどんな顔をするのだろう。

 

「実際は作戦っていうほどのものでもないんだけどね……共犯者クン。お仕事の時間だよ」

 

 そんな事を考えていると、不意に女神エリスがあなたに目を向け、覚悟を決めた真剣な表情で頷いた。

 神意の元に、邪魔者絶対みねうちするマンという名の暴力装置が起動した瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 すぐそこまで迫っている兵士を迎え撃つべく、あなたは宝物庫の扉の前に立つ。

 残りの二人はあなたを援護すべく扉の両サイドに。

 

「ぶっちゃけエセ忍者の戦闘力ってどんなもんなんだよ。俺もお頭も王都の連中を相手に正面きって戦える職業やレベルじゃないし、こいつがあっさり捕まるようだと作戦が完全に瓦解するんだけど」

「……強いよ。滅茶苦茶強い。今までにどんな経験を積んできたのか分からないけど、ちょっと底が見えないくらい。冒険者カードを見せてもらった事があるけど、転移の影響なのかな、明らかにカードに書かれてた数字と実際の戦闘力が合ってないんだよね。とりあえず戦闘力に関しては信頼してくれていいから安心して」

「エセ忍者、あんなかっこしといて普段は冒険者やってんのな。職業と本名は? ……秘密ね、知ってた」

「流石に普段は普通の格好してるけどね……共犯者クン、準備と覚悟はいい?」

 

 手をひらひらと振って問題無いと返す。

 本当に何も問題は無い。そんじょそこらの冒険者とあなたでは踏んできた場数が圧倒的に違うのだ。王城でジェノサイドパーティーを開催したり物理的に吹き飛ばした回数の差的な意味で。なんなら城の壁を堀りつくして更地にしてもいい。

 

「まったくキミってやつは、こんな時でもいつも通りで頼もしいやら不安になるやら…………3、2、1……今っ!」

 

 女神エリスの合図に合わせ、あなたは宝物庫の扉を蹴破った。

 内側から盛大に吹き飛ばされた分厚い扉は、何人もの兵士を巻き込んで轟音を響かせる。

 

「んなあっ!?」

 

 今まさに宝物庫を開かんとするタイミングで食らった奇襲に、兵士達の思考と動きが数瞬停止。

 木偶の坊と化した兵士達の間をあなたが得物を振るいながら駆け抜け、あなたが足を止めると同時、みねうちを食らった兵士達は時が動き出したかのように声も無く崩れ落ちる。

 

 そして、それが引金となったかのように、明るくなった城内に警報が鳴り響いた。

 いつまでもここにいるわけにはいかない。あなた達は宝物庫から駆け出した。

 お待ちかねの強行突破のお時間である。

 目的地は最上階、王女アイリスの部屋。立ちはだかる邪魔者には忍法半殺しの術が火を吹く事になる。

 

「ああ、遂に始まっちゃった……自分で決めた事だし、この国の平和の為だとはいえ、もう後戻りできない……ごめんなさい……」

 

 広い城内を駆けながらも両手で顔を覆った女神エリスがあなたの刃に倒れた兵士達に謝罪している。

 そう、女神エリスが頭を下げるべきはあなたでもカズマ少年でもない。

 これからあなたに忍法半殺しの術を食らうであろう、己の職務に忠実な愛国精神に溢れた兵士達にこそ謝らなければいけないだろう。

 

「え、何こいつ。冗談抜きで強いんだけど。俺らの援護いらないじゃん。さっき結構カッコイイ事言ったつもりだったんだけどこれじゃ台無しじゃね?」

「滅茶苦茶強いって言ったでしょ。黒衣の強盗って聞いた事あるかな。貴族の屋敷に押し入って数十人の武装した衛兵を一人残さず半殺しにしたっていう指名手配犯。あれ彼の事だよ。神器の回収中にちょっと事故っちゃってね……」

「数十人を全員半殺し……アルダープの屋敷で戦わなくてマジで良かった。いや、今は頼もしいけどさ。ゲートにはチートを付与する機能でもあるのか?」

「無いよ。だからこれは彼が元々持っていたか、この世界でレベルを上げて手に入れた力。共犯者クンにはあたしも色々と聞きたい事はあるけど、今はそれどころじゃないからね」

 

 けたたましく警報が鳴り響く城内を三つの影が駆け抜けていく。

 三人が通った後に残るのは横たわる兵士だけ。

 

「侵入者をはっけ……ぐえっ!?」

「これ以上先にはぎゃああああ!!」

「く、黒ずくめの奴、バカみたいに強いぞ! まさかこいつ、噂の黒衣のぐえー!!」

 

 遭遇した兵士達を片っ端からぶっ飛ばしながら、あなた達は上に向かって最短ルートで進んでいく。

 カズマ少年と女神エリスは移動速度上昇の効果を持つ逃走スキルを使用しながらあなたについてきているので、重装備の兵士では追えない速度で移動できている。

 

「クリエイトウォーター! フリーズ! 小細工抜きの正面突破とか、俺、この世界に来て初めての経験だわ。滅茶苦茶気持ちいいなこれ。チート持ちの連中はいっつもこんな気分を味わってんのか妬ましい。エセ忍者が出てくる兵士を片っ端から皆殺しにするから楽すぎるし。あ、次の十字路を左な」

「ワイヤートラップ! 殺してないから! みねうちだから! ……殺してないよね!?」

 

 あなたの後ろをついてくるカズマ少年は足場を凍らせ、女神エリスは一瞬で鉄条網を作るスキルで後続の足止めを行っている。時たま後方から悲鳴や罵声が聞こえてくる事から、足止めはしっかり効果を発揮しているようだ。

 

「いやでも、この分ならあっさり最上階まで――」

「狙撃いッ!!」

 

 水を撒く為にカズマ少年が鼻歌交じりに後ろを振り向いた瞬間、遠く離れた廊下の向こうから放たれた矢が、彼の胸の中心を穿った。

 勢いよく倒れるカズマ少年の姿に、あなた達の足が止まる。

 

「助手君!?」

 

 舌打ちしたあなたはカズマ少年にポーションを投擲し、廊下の奥にいる矢を放った犯人に襲い掛かった。

 

「なっ、速――」

 

 自身に向けて放たれた矢を切り払い、弓使いの冒険者と兵士達を一瞬で半殺しにして二人の元に戻ると、女神エリスがカズマ少年の肩を揺さぶっていた。

 

「しっかりして助手君! 助手君!!」

 

 女神エリスの悲鳴に答えるように、カズマ少年はむくりと起き上がった。

 王都の高レベル冒険者の狙撃スキルが直撃したというのに、彼は生きていた。

 ポーションを投げたはいいが、彼の生命力では間違いなく蘇生魔法が必要になると思っていたのだが。

 

「いってー……ああびっくりした。またエリス様のお世話になるかと思った」

「だ、大丈夫なの?」

「よく分からんけど、なんとか無事みたいだ。こけて思いっきり頭打ったし胸もぶん殴られたみたいに痛いけど。エセ忍者、ポーションサンキューな」

 

 直撃を食らっておきながら何事も無かったかのように起き上がったカズマ少年が突き刺さった矢を無造作に引き抜くと、バサリと懐から何かが零れ落ちた。

 微かにポーションで濡れた足元のそれを見て、カズマ少年の目が驚愕に見開かれ、女神エリスの顔が朱に染まった。

 

「え、あ――――」

「エロ本!? ここでエロ本!? なんでエロ本!? 懐から出てきたって事は、まさかさっき言ってたお守りってそれ!? 信じられない! キミってやつはなんてものを持ちこんでんのさ!?」

「俺のお宝があああああああああああああああああああああ!!!」

 

 城内に響く悲痛な慟哭。

 運よくエロ本が矢を防いでくれたようだが、本の厚さは到底矢を防げるようなものではない。

 本を保護する魔法が仕事をしたのだろう。しかし狙撃スキルからカズマ少年の命を救った代償として、新品同然だったエロ本はボロボロになってしまっていた。

 

「あああああ……こんな、酷い、どうして……畜生、ちくしょう! こんな事は許されない……! なんで、なんでこんな事にっ! クソックソッ! まだ1ページも読んでなかったのに! うあああああああああああああ!!! ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 涙を流しながら拳を床に打ちつける様は、愛する人を失った者を彷彿とさせる。

 あなたは彼がここまで取り乱す姿を初めて見た。よほど大切に思っていたのだろう。

 大切なものを失う悲しみ、それ自体はあなたも痛いほど理解できるのだが、肝心の失った物が事もあろうにエロ本で、しかも盗品だ。反応に困る。本当に困る。こんな時、あなたはどんな顔をすればいいのか分からなかった。女神エリスもドン引きだ。

 

 

 

 

 

 

 エロ本を失った後、カズマ少年の目と闘争心に火が付いた。アクセル随一の鬼畜男と呼ばれる彼が本気になったのだ。

 しかし女神エリスの目は濁りきっているのでパーティー内の士気は差し引きゼロである。

 

 広い城内を上へ上へと駆け上りながら散々暴れまわった後、あなた達は長い廊下に辿り着いた。

 ここを抜ければ王女アイリスの部屋までもう少し。廊下の奥には最上階に続く階段が見える。

 階段の前には多数の兵士が待ち構えているが、彼らはこの先にいる王女アイリスを護衛しているだけであって、こちらの動きを読まれていたわけではないだろう。兵士達の顔色は悪く腰が引けている。

 

「散れオラァ! 道を開けろ! 邪魔する奴は一人残さずぶっ飛ばすぞ! 邪魔しない奴だろうと前に出てくるならぶっ飛ばす! ぶっ飛ばすのは俺じゃなくてエセ忍者だけどなぁ!!」

「なんかもう……なんていうか……あたし、明らかに人選を失敗したよね……幸運のステータスって一体なんなんだろう……」

 

 怒りのあまり蛮族と化したカズマ少年はバインドで捕縛した兵士にドレインタッチを使って戦闘不能にしたり、振り撒いたクリエイトウォーターで濡らした兵士を雷属性付与(エンチャント・サンダー)で感電させたりといった最弱職とは思えない八面六臂の活躍を見せ、女神エリスは死んだ魚の目で被害者にポーションを飲ませたり魔法使いの攻撃を次々にスキルバインドで封じていた。

 そうして兵士を一人残らず蹴散らしたあなた達は最上階に足を踏み入れる。

 最上階はT字のように左右に繋がる通路が開けており、どちらの道にも大勢の兵士達が待ち構えていた。

 流石にゴールである王女の部屋が近いだけあって抵抗(おかわり)が激しい。

 

「これ以上奴らを先に行かせるな! 賊の目的は分からんが、アイリス様の部屋だけは何としても死守しろ!」

「で、ですが隊長! 仮面も銀髪もとんでもない凄腕で、特に先頭の奴にいたっては迎撃に出た腕利きの冒険者が何人もやられています!」

「黒衣の強盗め……眉唾だと思っていたが、噂以上のバケモノだったか……!」

 

 今日一日で自分もすっかり名前が売れたものだとあなたは覆面の下で苦笑いを浮かべた。

 名前は名前でも完全に悪名だが。報奨金はどうなる事やら。

 折角なのでカズマ少年(仮面)女神エリス(銀髪)も名乗りの一つでもあげて有名人になってくれないだろうか。パーティーなのだから、三人一緒に幸せ(賞金首)になるべきだ。

 強い意志を込めたあなたの視線を受けた二人は真剣な顔で頷いた。

 

「共犯者クン。まずは王女様の部屋に続く突破口を開いて。そしたらあたし達は先に行くから、申し訳ないけど君はここで足止めを……」

「エセ忍者、ここはお前に任せた! 俺達はお前の邪魔をしないように後ろで援護してるからさっさと片付けて先を急ぐぞ!」

「ちょ、ちょっと助手君? おかしくない? あたし達の消耗もだいぶ激しいし、王女様の部屋はもうすぐそこなんだよ? 普通に考えてここは彼に任せてあたし達だけ先に行くとかそういう場面じゃない?」

「ざっけんなし! お頭はバカなの!? 捕まりたいの!? 俺達の中で唯一小細工抜きで正面きって戦えるエセ忍者を使い捨てる理由がないだろ、いい加減にしろ! 今そういう場面じゃねーから! こちとらマジなんだ! 遊びでやってんじゃないんだよ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 あなたのアイコンタクトは失敗した。女神エリスにこっそり祈っていたのだが、やはり信仰していない神はダメだ。肝心な場面でアテにならない。

 

 しかしこの世界には捨てる神あれば拾う神ありという言葉がある。イルヴァには何度も改宗するような浮気者に手を差し伸べる神はいないが。

 そして今回の場合、あなたにとっての拾う神は何の変哲もない一兵卒だった。

 

「お頭? ……隊長! どうやら銀髪が強盗団の主犯格でリーダーのようです!」

「強盗!? 盗賊じゃなくて強盗!? え、ちょ、待っ」

 

 女神エリスが聞き捨てならないと訂正を図るも、もう遅い。

 

「よし、たった今より奴らを銀髪強盗団と呼称する! 各員、ベルゼルグ王国の誇りにかけて、なんとしても銀髪強盗団を捕殺せよ!!」

「いやあああああああああ!?」

 

 まさかの強盗団認定に頭を抱える女神エリス。流石のあなたも不憫枠で苦労人で可哀想な女神様には同情を禁じえない。彼女は癒しの女神を信仰して心身を癒した方がいいのではないだろうか。

 あなたの異名は黒衣の強盗だし、実際にこうして宝物庫に入り、手当たり次第に兵士や冒険者をぶっ飛ばして瀕死の重傷者を量産している現状を見れば確かに強盗扱いも致し方なしなのだが、女神エリスが求める義賊感は絶無だ。幸運のステータスが高い者だけでパーティーを組んだせいで幸運が一周してマイナスになっているのかもしれない。

 唯一の救いは銀髪強盗団と義賊の繋がりについては疑われていないところだろうか。義賊が単独行動だと思われているのが幸いした。染料の手持ちが幾つかあるので飴と一緒にプレゼントするべきだろうか。しかし女神エリスは銀髪だからこそ、という気もする。

 

「よし行けエセ忍者! 背中は俺達に任せろ! お頭の頭痛の種を一人残らず叩き潰すんだ!」

「元はといえば君があたしをお頭って呼んだからこんな事になった気がするんだけど!?」

「今はそんな事を言ってる場合じゃないですよお頭! この場を切り抜ける事が肝心ですよお頭! 三人で協力しましょうお頭!」

「正論なんだけど、お頭って連呼するなよお! ほら、兵士の人達があたしを見て完璧に怯んじゃってるじゃん! 共犯者クン(黒衣の強盗)より強くてヤバい奴なんじゃないかって勘違いしてる目だよあれは! あたしはあそこまで頭のネジ飛んでないしぶっ壊れた強さも持ってないからね!?」

 

 背後で繰り広げられる愉快な漫才を聞きながらあなたが兵士達に一歩踏み出すと、鋼色の人垣は一歩後退した。忍刀から血を滴らせ、これだけ大立ち回りを演じたにも係わらず黒装束に傷一つついていないあなたの圧力に完全に呑まれているようだ。

 

 

「兵士の皆さん、彼から離れてください!!」

 

 

 どれだけ士気が下がっていようと、邪魔立てするのであれば見逃す理由は無い。先ほどは運よく助かったが、頑丈なあなたと違ってカズマ少年と女神エリスは被弾が死に繋がりかねないのだ。

 女神エリスには悪いが、強盗団らしくせいぜい派手に暴れようとあなたが考えていると、あなたから見て右側の通路、兵士達の奥で誰かが叫んだ。

 

「おおっ、ミツルギ殿か!」

「魔剣の勇者殿が来てくださった!」

 

 人垣を割って現れたのはキョウヤだった。

 冒険者にして有名人であるキョウヤも城にいるだろうとは思っていたが、まさかこの最終局面で遭遇するとは思っていなかったあなたは小さく苦笑いした。

 

「…………」

 

 兵士から喝采をもって迎えられたベルディアの直弟子は、純白に輝く鎧を着たクレアと数多の魔道具で武装したレイン、そして多数の騎士を従え、困惑と焦燥が混ざった顔であなたを見据えている。

 彼はあなたが女神エリスから人界を脅かす神器を回収する命を受けて動いている者だと知っている。自身と同じ神器持ちのニホンジンのパーティーを秒殺可能な戦闘力を持ち、神器回収という目的のためならば邪魔する相手は死なない程度に痛めつけてもいいと考えている事も。

 こうして王城に押し入って散々暴れた以上、黙って見逃すわけにもいかないが、今回もまた女神エリスの意の元に危険な神器を回収しに来たのではないか、そう考えるキョウヤは立場と心情の間で板挟みになっているのだ。

 

「うわ、厄介なのが出てきたな。白スーツまでいやがる。スーツじゃなくて鎧着てるけど」

「魔剣グラムの担い手か……。つい先日、幹部のシルビアと互角の戦いを演じた本物の勇者だよ。彼の隣の二人も強い。共犯者クン、行ける?」

 

 集団の先頭に立つ三人はそれぞれがレベル40超えにして異名持ち(ネームド)の凄腕である。

 クレアとレインの異名については王都で購入した各人のブロマイドで勉強した。

 

 神聖剣のクレア。

 火雨のレイン。

 魔剣の勇者、ミツルギ。

 

 対してあなたに付けられた異名は頭のおかしいエレメンタルナイト、盗賊殺し、墜星の魔導剣士、黒衣の強盗。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 

 自身につけられた素敵な異名の数々はさておき、キョウヤ達に率いられた騎士達も、あなたが今まで倒してきた兵士達とは錬度が違うと一目で分かる。装備の質もいい。間違いなく精鋭だ。ここで出てくるという事は王女アイリスの直属である可能性が高い。

 

「流石に数が多いね。しかも後ろ以外は完全に囲まれてる。共犯者クンでも一人だと荷が重いかも……」

 

 あなた一人で、かつ何をやってもいいのであれば全員ぶっ飛ばしてもおつりが来るのだが、あなた達の目的は防衛戦力の全滅ではないし、騎士以外にも多数存在している兵士を考慮すると二人の事故が怖い。

 しかしそれ以上に、あなたはキョウヤとレインとは戦いたくなかった。

 素顔を晒した状態であれば全くもって構わないのだが、正体を隠したまま知り合い、それも善人と戦うというのはどうにも気が引けるのだ。

 あなたは王女アイリスの部屋は絶対にキョウヤたちがいる道を抜かないと辿り着けないのかを小声で尋ねる。無理なら素直にみねうちしよう。所詮はあなたの良心が痛む程度の話でしかないのだから。

 

「だいぶ遠回りになるし複雑だけど、反対側からも行けなくはない。ルートは頭の中に入ってる」

「でもどうするの? グラムを使われたら、あたしのワイヤートラップ程度は一瞬で切り払われちゃうよ」

 

 どうするかと聞かれればこうするのだと、グラムを抜いてジリジリ近づいてきていたキョウヤ達と自分達の間に向かって壁生成の魔法を詠唱。

 その名の通り、硬く分厚い土壁を生み出す魔法によって、通路の片側は一瞬で埋め立てられた。

 ここが王城という場所、更に王女がいる階層という事もあって、防衛側も上級魔法のような大火力の攻撃は制限されている。女神エリスのワイヤートラップと違って一度に広い範囲を塞ぐことはできないが、閉所であればこちらの方が幾らか時間を稼げるだろう。

 

土壁の魔法(アースウォール)だと!? まさか奴はエレメンタルマスターだとでもいうのか!?」

 

 主力から切り離された兵士達をみねうちとバインドで戦闘不能にし、あなた達は先を急ぐ。

 

「ねえ、もしかして今のって共犯者クンの世界のスキル? キミの職業だと土壁の魔法(アースウォール)は使えない筈だよね」

「何言ってるんですかお頭! 今のは土遁の術ですよ土遁の術!」

「どとんのじゅつ?」

「つーかエセ忍者、お前まともな忍術も使えるのな! てっきり半殺しの術しか使えない脳筋勢だと思ってたぞ! 今からお前の事エセ忍者じゃなくて普通に忍者って呼ぶわ!」

「助手君。キミ、テンションおかしくない?」

「日本人の男の子は皆忍者とか忍術が大好きなんだよ!」

「知らなかったそんなの……」

 

 

 

 

 

 

 王女の部屋を目指して兵士や騎士を半殺しにしたり簀巻きにし続けた銀髪強盗団は、遂に目的地まで辿り着いた。死人こそ一人も出していないが、被害者の数は最早数え切れない。明日の王都の騒ぎを思うと今からわくわくが止まらない。

 

「よし、この先がアイリスの部屋だ」

 

 王女の部屋があるのは、無駄に長い直線となっている廊下の奥。

 あなたはその場に残り、部屋に進む二人を見送る。

 

「うし、後は頼むぞ忍者」

「お願いだから無茶だけはしないでね」

「犠牲者を無駄に増やすな、的な意味で?」

「うん」

 

 これは王女の部屋に到着する前に話し合って決めていた事である。

 この先が袋小路となっている関係上、誰かが後続の足止めをする必要があるのだ。

 

 ……あなたからしてみればこれらの理由は建前であり、本命は別にあるのだが。万が一にでも神器の効果を食らわないように離れておきたかったというのも無くはない。

 

 

 

「くっ、遅かったか!」

 

 さて、真っ先にあなたの元に辿り着いたのは王女の護衛であるクレアとレインだ。

 あなたを目視した瞬間、レインが魔法の詠唱を始めた。

 

「レイン、殺しても構わん! 本気でやれっ! 賊はアイリス様を狙っている!」

 

 レインの持つ杖の先端から放たれる黒い光を見据えながら、その詠唱から発動する魔法を見切ったあなたは無言で指示を飛ばす。

 

「カースド・ライトニングッ!!」

 

 必殺の意が注ぎ込まれた黒雷は、しかしあなたに当たる直前で弾けて消える。

 威力、速度、射程に優れた使いやすさに定評のある魔法を防いだのはどこからともなく現れた三本の赤い刃。

 地面に落ちて微かに煙をあげるそれは音もなく消え去った。

 

 ――忍法、身代わりの術だよ!

 

 言うまでもなくやったのは妹である。

 あなたが妹に作ったルビナス製の包丁は悪くない耐久力を持っているようだ。

 

「……っ!? クレア、気をつけてください! 信じられません、雷魔法の射線を見切られました!」

「バケモノか! なんでこんなのが賊なんかやっている!」

 

 この世界の雷魔法はイルヴァにおける「矢」系統の魔法と「ボルト」系統の魔法を足して二で割ったような性能を持っている。

 ボルト魔法と同じく速度に極めて優れるが、矢の魔法と同じく貫通能力は無い。

 貫通能力の無い直線攻撃であれば、打ち落とすのはそこまで難しくない。来るとわかっている上に魔法が正面からしか飛んでこないのであれば尚更だ。

 カズマ少年達が神器を回収するまで適当に二人をあしらって時間を稼ごうと思っていたあなただったが、次いでやってきた人間がそれを止めた。

 

「クレアさん、レインさん、待ってください!」

「ミツルギ殿! よくぞ来てくれた!」

 

 本命の登場である。

 先ほどの会遇において、彼は何かを言いたそうにしていた。

 あなたとしても事情を説明しておく必要があると感じ、一人ここに残ったのだ。

 

「……お二人とも、本当にすみません。少し、彼と話をさせてもらえませんか」

「な、何を言っているのです!? 相手は賊ですよ! それにこのままではアイリス様が!」

「大丈夫です。僕の予想が正しければ、彼らはアイリス様に危害を加える事はしない筈ですから」

「兵士や冒険者が何人も重傷を負っているのですよ! 今の所は死人は出ていないが、奴らがアイリス様を手にかけないとは思えない!」

「クレア、落ち着いてください」

 

 戦意の無いキョウヤにクレアが食ってかかり、それをレインが諌める。しかしあなたを油断無く険しい瞳で見つめたまま。

 

「ミツルギ殿にはなにやら考えがある様子。……それに相手は雷速を容易く見切る相手です。業腹ですが、三人がかりでも無策では勝てるかは分かりません。ここはミツルギ殿を信じてみましょう」

「……ぐっ、くそっ! だがアイリス様に何かあったと分かったらすぐに私は出るぞ!」

「勿論です。その時は私もお供しますよ」

 

 剣を納めた三人が近づいてきた。

 戦意が無いのであればレインやキョウヤと戦う理由は無い。あなたが手を上げてキョウヤに挨拶すると、クレアとレインは呆気に取られ、キョウヤは苦笑いを浮かべた。

 

「久しぶり、というわけでもないか。つい昨日会ったばかりだからね」

「ミツルギ殿は黒衣の強盗と知り合いだったのですか?」

「危ない所を助けてもらいました。先ほどは言えなかったのですが、彼はエリス様の意を受けて動いている使徒です」

「エリス様の?」

「僕のグラムのような、しかし持ち主がいなくなった危険な神器を回収していると聞きました。目的の為には手段を選ばない、少し……いえ、相当に過激な面こそあれ、巷で言われているような賊の類でない事は彼に助けてもらった僕が保証します」

 

 キョウヤの説明にいぶかしむ目つきであなたを睨む両名。

 間違ってはいないが、神器回収活動の根底にあるものが純然たる物欲であるあなたとしては、キョウヤの物言いは若干居心地が悪くなるものだった。

 

 

 

 ――お、お頭! ビビってないで早く目的を果たさないと!

 

 ――びびびびビビってませんけど!? この私がどうやって怖気づいたって証拠ですよ!! でもこれはこの国の為にやってる事ですからね! 人には言えないけど正しい行為ですよね!! 話せば分かってもらえるかもしれません! 人には言えないですけど!

 

 ――そうですねお頭! 俺達は王女様がとんでもなく危険なアイテムを身に着けているから回収しに来ただけですもんね! ちょっと兵士をぶっ飛ばしたり昏倒させたりしたけどこれは世界平和の為だから! 目的達成の為の致し方ない犠牲、コラテラルダメージだから! 死人は出てないからギリギリセーフ!

 

 ――本当はこの国の人たちが気付いて封印してくれるのが最善だったけどダメだったから仕方なかったんですよ! それに最初は穏便に行くつもりだったんです、本当です、嘘じゃありません! でも私達が今日ここに来なかったらこの国や王女様が絶対大変な事になってましたよ! お頭嘘つかない!

 

 ――大丈夫ですかお頭! さっきから言葉遣いがバグりまくってますよ!

 

 

 

 廊下の奥から、カズマ少年と女神エリスの大声が聞こえてきた。

 若干シリアスに偏っていた空気をぶち壊す、凄まじい説明口調だ。二人は何をやっているのだろう。

 

「…………えっと、つまりはそういう事でいいのかな」

 

 二人の声を聞いたキョウヤは大体の事情を察してくれたようだ。理解が早くて助かる。

 

「おい貴様! アイリス様が危険というのはどういう事だ! 説明しろ!!」

 

 今にも剣を抜いて襲ってきそうなクレアに、あなたは今回自分達が王城に殴りこみをかけるに至った経緯と、どこかの貴族に買われ、王女の手に渡った神器の効果を簡単に説明する。

 

「レインさん、神器の効果については?」

「……事実です。今日の昼、アイリス様がサトウカズマ殿と入れ替わったと聞きました」

「その時に万が一が起きてたらと思うと、ぞっとしないな……」

「か、仮に貴様の説明が全て事実だとして! 何故報告の一つも寄越さなかった! 我々とて聞く耳を持たないわけではない! ここまで騒ぎを大きくする理由は無いだろう!」

 

 王城を騒がせ重傷者を多数出した件については謝罪する他無い。

 事情はどうあれ、間違いなく銀髪強盗団には多額の懸賞金がかけられるだろうが、それを止めろと言う気も無い。

 

 だが、あなたが腰を上げれば重傷者が多数出ると理解してなお、女神エリスはこの国の貴族に神器の情報を渡すのを良しとしなかった。いっそ頑ななまでに。

 彼女は国中の貴族が神器を狙うと断言していた。権力者であればあるほど永遠の命を欲するものであり、例えそれが勇者の血を引く王族であろうとも例外ではないとも。

 女神エリスはこの世界の人間を愛しているが、この国の貴族は信用していない。だからこそ信頼のおける者だけを使って事を起こした。

 あなたからしてみればそれが答えであり、全てだ。

 

「…………っ」

 

 クレアはこの国の貴族だ。あなたも多くを見てきたわけではないが、この国にいるのが清廉潔白な貴族ばかりだとは口が裂けても言えない。彼女も心当たりが無いわけではないのだろう。なんなら例の嘘に反応する魔道具を用意してもらっても構わないとあなたが告げると、あなたの話がどこまでも真実だと理解してしまったのか、クレアとレインは押し黙ってしまった。魔道具の信頼度の高さが窺える。

 自身が信仰している女神から貴女達は信用できないと言われたのに等しいのだから、落ち込む気持ちは分からなくない。

 

 あなたが彼女達の立場だった場合、無念のあまり己の心臓を捧げてお詫びするだろう。

 というか実際に一回やった。

 

 別に役立たずと言われたわけではないのだが、捧げ物である甘味の量が物足りないと言われた事があったのだ。

 生贄を要求する邪神じゃあるまいし、大事な可愛い信者に自殺とかされても私は喜ばないからそういうのは止めなさいと、這い上がった後で滅茶苦茶怒られてしまったわけだが。あなたの信仰が更に深まった瞬間である。

 

 

 ――回収したよ共犯者クン! あたし達は一足先に脱出するからキミも早く!

 

 

 重苦しい沈黙の中、女神エリスの大声が届き、数秒後、派手な水音が二つ聞こえた。

 次いで、王女アイリスの部屋から女神アクアが飛び出てきた。

 赤い顔で呆けているめぐみんと頭を抱えているダクネスを引っ張っている。

 

「あ、ここにも曲者がいるじゃない! アンタ達は王女様が持ってた首飾りのマジックアイテムを狙っていたみたいだけど、残念だったわね! 悪用できないように私がちゃんと封印しておいたわ! 分かったら潔くお縄につきなさい!!」

 

 女神アクアはあなたの話に更なる説得力を持たせてくれた。

 今度奉納するお酒には色を付けておこう。

 

「エリス様、不甲斐ない私をお許しください……」

「お許しください……」

 

 クレアとレインが更に沈んでしまった。

 今にも座り込んで指で床に字を書きかねない勢いだ。

 完全に戦闘不能である。

 

「魔剣の人、何ぼけっと突っ立ってんの!? 早く捕まえて! そいつ曲者よ!」

「え、えーっと……ごめん、じゃあ、そういうわけだから……」

 

 キョウヤがグラムを構えた。

 横目で兵士がいない方をチラ見して、あなたに襲い掛かってきた。

 

「覚悟しろ曲者め! 僕の渾身の縦切りを受けてみろ!!」

 

 危うく噴出しかけたあなたを誰も責めることはできない。

 誠実なキョウヤはどこまでも腹芸に向いていなかった。

 常の彼であれば考えられないへっぽこな縦切りを回避して軽く足払いをかける。わざとらしい悲鳴をあげて転倒するキョウヤに今度こそ笑い声を漏らし、あなたはそのまま逃走を開始した。

 

「ちょっ、何やってんの!? もしかしてダクネスのアンポンタンが移っちゃったの!?」

「す、すみませんアクア様。ですがこれには深いワケが……」

 

 女神アクアに説教されるキョウヤに心の中で謝罪しながら、あなたは王城の外壁をぶち破って夜空に躍り出た。

 叱責という形とはいえ、自身が信仰する女神に構ってもらえたキョウヤが嬉しそうだったのは多分気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、王国とあなたの命を脅かしていた危険な神器は女神エリス率いる銀髪強盗団の手によって回収された。

 ただ、王城から合流した後で聞いたのだが、女神エリスとカズマ少年は王女アイリスの部屋で遭遇したダクネスに正体を見破られてしまったらしい。

 芋蔓式に自分もダクネスに身バレするのだろうかと思っていたあなただったが、依頼の報酬代わりとしてあなたの正体に関しては絶対に口を割らない事を女神エリスは約束してくれた。ダクネスの折檻を想像して半泣きだったがありがたい話である。

 

 

 

「ご主人、飯ができたそうだぞ」

 

 あなたが自室で作業を終えて一息ついていると、ベルディアがやってきた。

 椅子から立ち上がると、彼は机の上の封筒を目ざとく見つけた。

 

「何が入ってるんだ? サイズからして本っぽいが」

 

 ベルディアの予想通り、封筒の中身は本である。

 あなたは数日ほどかけてボロボロだった一冊の本の修繕作業に励んでおり、先ほどやっとそれが終わったのだ。

 後はこれを届けるだけである。

 

「差出人は……誰だこれ。いや、本当に誰だ」

 

 あなたのように報酬も無いままに行動を共にし、一時は生死の境を彷徨った少年を思う。

 彼はあなたとパーティーを組み、同じ仕事をした仲だ。多少の報酬はあって然るべきだろう。

 まだところどころ痛みは残っているが、可能な限りの修繕は施したし、しっかり読めるようになった。少しでも喜んでくれるといいのだが。

 差出人の欄に『エセ忍者あらため忍者(本物)』と書かれた封筒を見返し、あなたは笑った。


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