このすば*Elona   作:hasebe

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第96話 あなたがここにいる理由

 あなたはバニルに諭される事で己の心理的ブレーキが壊れ気味だった事を自覚した。

 自身とウィズの関係を改めて振り返る事で心機一転、あるいは初心に戻る事ができたわけだが、そんな日の昼過ぎの事である。

 

 ――聞こえますか? 私の声が聞こえますか?

 

 あなたがいつものようにハンマーのレベル上げをして遊んでいると、女神エリスから電波が飛んできた。

 あなたの名前を呼ぶその声は非常に小さく弱々しい。とはいえそれは彼女が弱っているというわけではなく、単に遠くから声が聞こえているというだけだ。電波の通りが悪いのだろう。

 あなたが今いる場所はダンジョンの深い場所なので、あるいはそれが原因になっているのかもしれない。

 

 ――私はエリス。突然ですが、神器回収の協力者であるあなたに危急の報告があります。信徒(クリス)を介して手紙を送る間を惜しむほどに緊急を要する事態です。もし私の声が聞こえたのであれば、今すぐに最寄のエリス教の教会に来てください。そして以前のように祭壇の前で私に交信をお願いします。

 

 言いたいだけ言って声は途切れてしまった。試しにあなたからも祈りを送ってみたが反応が無い。あなたはエリス教徒ではないので接続が極めて不安定なのだ。むしろ信者でもないのに女神と交信可能なのが驚きである。

 ともあれ、急ぎの用事とはどうしたのだろう。直接女神エリスが電波という名の神託を飛ばしてくるのだから、それはもう余程のことが起きたに違いない。

 善は急げと、作業を中断したあなたはすぐさまアクセルにあるエリス教の教会に向かった。

 

 

 

 ――良かった、私の声はちゃんと届いていたんですね。

 

 あなたが教会の祭壇の前で跪いて祈りを捧げると、すぐに女神エリスの声が聞こえてきた。

 姿は見えずとも、ほっと安心していると分かる声色だ。

 

 ――神器で補助しているとはいえ、私の信者ではないにもかかわらず、こうして私の声を聞き届けるほどのあなたの信仰の深さに感謝します。

 

 あなたは癒しの女神の狂信者だ。信心深さは当然である。

 して、わざわざ信者でもない人間に直接神託を送ってきた理由とは一体。

 

 ――最優先確保対象である、他者と入れ替わる神器。その所在が掴めました。

 

 他者と入れ替わる神器。

 それは現状においてあなたがこの世界で最も警戒している存在である。あなたに効力を発揮した瞬間、愛剣に自分の体が問答無用でミンチにされる的な意味で。

 自分の為に、そしてそれ以上にウィズ(大切な人)の為にいのちだいじにを旨とすると決めた以上、一刻も早く処分すべきものが見つかったという情報は朗報以外の何物でもない。

 

 ――現在神器がある場所は王城。正確には、王城に住むこの国の第一王女、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスの手に渡りました。あなた達には王城に潜入し、王女が身に着けている神器を回収してもらう事になります。

 

 件の神器はランダム召喚のものと合わせてどこかの貴族が買ったとあなたは聞いている。

 それが王族の手にあるとなると、もう薄汚い陰謀の臭いしかしない。下手人は欲の皮の突っ張った貴族か、あるいは魔王の手の者か。なるほど、女神エリスがさっさと回収しろと直接神託を飛ばしてくるわけだ。

 だがどこに神器があろうと関係ない。あなたは一度受けた依頼は絶対に完遂すると決めているし、実際にそうしてきた。そこに一つたりとも例外は無い。今回もまた同様に。

 

 ――王城への潜入は今夜。戦勝パーティーが終わり、人々が寝静まった時間帯を狙います。

 

 浄化の雨という奇跡、そして幹部であるシルビアが率いる軍勢を撃退したとあって、王城で大々的に開催される戦勝パーティーが飲めや歌えの大騒ぎになるのは疑いようも無い。

 しかし冒険者ギルドを筆頭に王都各所を爆破された影響は大きい。今後の王都は再発防止の為にまず間違いなく厳戒態勢が敷かれるだろうとの事。

 王都が元の平穏を取り戻すには幾ばくかの時間を必要とし、神器の危険性の高さ、そして国に伸びんとしている陰謀の魔の手を考えればそんなものを待ってはいられない。

 つまるところ、今日という絶好の機会を逃した場合、それは今後の神器奪取を非常に困難にするだけでなく、この国の危機すら招きかねないという。

 

 ――非常に困難な任務ですが、私が見定めたあなた達であれば決して不可能ではないと、成し遂げてくれると信じています。

 

 あなたにとっては潜入する場所が王城だろうが魔王城だろうが何も変わりはしない。

 どうか大船に乗ったつもりでいてほしいという意味合いを込めたあなたの了承を受け、幸運の女神はそう言うと思いました、と、小さく笑い声を漏らした。

 

 ――異教の徒であるあなたには、残念ですが私の恩恵を授ける事はできません。私があなたに授けられるのは感謝と激励の言葉だけ。大変申し訳なく思います。ですがこの国の、ひいてはこの世界の未来と平和の為に、私はあなた達の健闘を心から祈っています。どうかあなたにあなたの信ずる神のご加護と祝福がありますように……。

 

 あなたは教会のステンドグラスから差し込む日差しに、ほんの少しだけ女神エリスの神気を感じ取った気がした。

 

 ――…………。

 

 どうやらこれで話は終わりのようだ。

 夜までだいぶ時間がある。それまで仮眠をとるなどして英気を養っておこうとあなたは立ち上がった。

 

 ――あっ、すみません。ちょっと待ってください。神器の件については以上ですが、まだ話す事が残っていますので。

 

 雰囲気が変わった。再び跪きながらあなたはそう感じた。

 姿は見えずとも神意を感じるほどに厳かだったそれからがらりと一転、女神エリスが急に気まずそうな声色になったのだからそれも当たり前だろう。これはむしろ素に戻ったというべきか。

 

 ――ええと、ですね? その……なんといいますか……極めて私的な話で大変申し訳ないんですが……。今朝? 深夜? まあどっちでもいいんですけど……アクア先輩を止めてくださって本当にありがとうございました。あなたのおかげでとても助かりました。

 

 今度は何を言われるかと思いきや、どこまでもプライベートな内容だった。

 ありがとうございますと言いたくなる気持ちは非常に理解できるが、あなたとしては反応に困るばかりである。

 

 ――いやほら、魔王軍の戦いで先輩があなたと協力して浄化の雨を降らせて火事を鎮火したり魔王軍を撤退させた件なんですけど、何故か私が雨を降らせた事になってたじゃないですか。あそこまでの大規模な介入は天界規定で許されていない私としてはもう本当に気まずくって気まずくって。案の定先輩滅茶苦茶怒ってましたし。先輩はああいう時にやるといったら後先考えずに本当にやっちゃうタイプなので、胃がキリキリしましたよ。あのままだと王都は水に沈んでいたでしょうし、アクシズ教と私のところの全面的な抗争待ったなしでした。

 

 そんな大袈裟な、と笑うつもりはない。

 あの時の女神アクアには本気でやりかねない凄みがあったのはあなたもよく知るところである。

 

 ――あ、それとなんですけど、あの怒り狂った先輩が一瞬で落ち着くほどの飴ってどんな味なんですか? いえ、誤解しないでほしいんですが、これは決して食べてみたいとかそういうのではなくてですね。もしよかったら後学の為に是非とも参考にさせてもらえればなあ、と。味が知りたいわけではないですからね? 本当ですよ?

 

 強調すればするだけ説得力がなくなっていく。

 癒しの女神と同じく、女神エリスが甘い物好きというのはあなたも知っている。クリスとして食べ歩きしている時も大抵スイーツ店に足を運んでいた。

 綺麗サッパリ消えうせた緊張感に、あなたは若干投げやりな気分で今度作ってクリスに渡しておくので、もし食べたかったら彼女から受け取ってほしいと告げる。

 

 ――本当ですか? ありがとうございます。すみません、なんか催促しちゃったみたいで。

 

 てへぺろ、とイタズラっぽく舌を出す女神エリスの姿を幻視する。

 思いきり催促しちゃっていたわけだが、それは言わぬが花というやつだろう。

 女神エリスの微笑ましいおねだりはさておき、直接祭壇に飴を捧げずわざわざクリスを介する理由だが、これはイルヴァでは他宗教の祭壇に捧げ物をした場合、その祭壇を乗っ取ることができてしまうからである。

 あなたが作ったものしか受け取ってくれないが、菓子やデザート類はあなたが信仰する癒しの女神の供物でもある。

 よって、もしあなたがこの祭壇に捧げ物をした場合、女神エリスの祭壇は癒しの女神の祭壇に乗っ取られてしまう確率が非常に高いとあなたは睨んでいた。

 それはそれで全く構わないと思っているが、あなた達イルヴァの民にとって、祭壇の乗っ取りは聖戦開幕のゴングに等しい。わざわざこんなところで聖戦を引き起こす意味も理由も無い。

 

 折角の交信の機会なので、あなたは一つ聞き忘れていたことを聞いてみる事にした。

 女神アクアがカズマ少年を複数回蘇生させている件についてだ。

 まさか女神エリスが関係していないとは言わないだろう。カズマ少年は蘇生直後に女神アクアに向かってエリス様を見習えと言っていたのだから。

 

 

 ――わ、私としましては、その件については他の人に口外しないでいただけると非常に助かるのですが。

 

 ――ここだけの話、先輩による複数回の蘇生はサトウカズマさんの転生特典(チート)という扱いにして無理矢理上の方を納得させています。これはカズマさんが転生の際に先輩を特典として選んだからこそできる裏技、詭弁の類なのですが……って言ってもあなたには伝わらないですよね、すみません。

 

 ――魔剣の勇者、ミツルギキョウヤさんにとってのグラムのように、複数回の蘇生はサトウカズマさんだけに与えられた恩恵であり特権です。不公平と思われるでしょうが、そういうわけですので、先輩が他の方を二度以上蘇生する事はできないと思ってください。

 

 

 女神エリスはあなたが口を挟む間も無く一気に捲くし立てた。

 あなたがゆんゆんの為に練っていた、デスマーチという名の強化プランが泡と消えた瞬間である。世界はどこまでも次期紅魔族族長の一人娘に優しくない。

 

 あなたは自身の命を大事にすると決めたが、無限に蘇生が可能な他者に関してはその限りではない。 

 少女を無間地獄に叩き込む悪鬼外道と言うなかれ。廃人に届く力を手に入れたいと願ったのは他ならぬゆんゆんだ。実際あなたも一度は止めた。

 そしてデスマーチ以外となると、時間をかけてコツコツ努力するか人間をやめるくらいしかあなたには思いつかなかった。博識なウィズであれば裏技じみた育成法を知っているかもしれない。今度相談してみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで王都の夜が更けた頃。

 あなたはいつも通りに忍者ルックに着替えて女神エリスと合流していた。

 王城に忍び込むといってもやることは今までと変わらない。

 闇夜に紛れて潜入し、見つからないようにお目当ての物を回収するだけだ。

 

「見つかった場合のリスクは今までの比じゃないけどね。なんたって国の中枢に盗みに入るわけだし」

 

 いざとなったら強行突破(みねうち)の許可を出すかもしれない、とは女神エリスの言である。それほどまでに状況は切羽詰っていた。そしてそうなった場合にあなた達にかけられる懸賞金の額は推して知るべし。

 王女の部屋は城の最上階にある。女神アクアを背負って城のてっぺんに駆け上がった時のようにすれば手っ取り早いのだが、女神エリスは王女が持つ神器以外にも城に目的があるらしく、それでは駄目だという。

 

「まあ大丈夫だよ。今回は王城の内部構造に詳しい人もいるしね」

「ああ。俺だって伊達に城の中でグータラしてたわけじゃない。自慢じゃないが、アイリスが勉強してる暇な時間はよく城の中をうろついてた。おかげで城の作りは大体頭の中に入ってる」

「本当に自慢にならない……」

 

 今回王城に挑むに当たって、女神エリスとあなた、幻の三人目こと妹に続いて四人目の仲間が加わった。

 まさかのカズマ少年である。あなたと同じく真っ黒な服を着た彼はバニル仮面で顔を隠していて、割と怪しさ満点だ。あなたがそれを口に出すとエセ忍者なお前が言うな、と言われてしまったが。

 彼がここにいる理由だが、女神エリスは王城に行く前にちょっと寄る所があると言ってどこかに行ってしまい、暫くの後に彼を連れてきたのだ。

 女神エリスから神器の危険性を聞いた彼は、親しくなった王女アイリスを助ける為にあなた達を手伝うのだという。あなたはてっきり王城に泊まっていると思っていたので軽く驚かされた。

 

「っと、そうだ。お城に行く前に大事な事を忘れてたよ」

「大事な事?」

 

 キリリとしたシリアスな表情で頷く女神エリス。

 

「こうして三人揃ったんだし、互いのコードネームを決めておかなきゃいけないよね。あと呼び方と役割も」

 

 女神エリスはナチュラルに妹を仲間はずれにしていた。

 全くもって構わないが。

 

「呼び方と役割はともかくコードネームって遊び半分かよ!」

「し、失礼な! あたしはいたって大真面目だよ!?」

「なお悪いわ!」

 

 女神エリスは義賊活動を楽しんでいる身なので多少は茶目っ気も混じっているのだろうが、確かに名前で呼び合うのはまずい。

 そういうわけでさっくり決める事になった。

 

「とりあえず俺がリーダーって事で問題無いよな? 二人は俺の事をリーダーって呼ぶように」

「何言ってんのさ。冒険者でしょキミ。盗賊のあたしがトップに決まってるでしょ」

 

 あなたとしては誰がリーダーでもよかったのだが、以前から王都で義賊活動をしていた女神エリスとしては譲れないものがあるらしい。

 口論の末、カズマ少年はジャンケンで決着を付けようと提案。女神エリスはそれを受け入れた。

 

「なん……だと……!?」

「ま、ざっとこんなもんだね」

 

 結果、カズマ少年は敗北した。

 よほどジャンケンに自信があったのだろう。愕然とした表情を浮かべている。

 彼の運のステータスの高さはあなたも知るところだが、流石に幸運の女神を相手に運否天賦の勝負をしかけるのは無謀だと言わざるを得ない。

 

「じゃあ次は共犯者クンね。ちょっとここいらでビシっとあたしの凄さってもんを見せてあげるよ」

 

 何故か傍で見ていただけだったあなたにも飛び火した。

 今更見るまでも無く、人界の平和と安寧の為に行動する女神エリスは尊敬しているのだが、と苦笑いしたあなたは、しかし次の瞬間真顔になった。

 黒いスカーフで顔を隠した女神エリスがぼそっとブレッシング(幸運強化)、同調率上昇、と呟いたのを聞き取ってしまったのだ。

 魔法だけならまだしも、たかがジャンケンで化身に本体の一部を降ろすなど、定命を相手に本気を出しすぎだ。大人気ないにも程がある。

 しかしなるほど、そちらが本気というのであればこちらも相応の対処をするとしようと、あなたは真剣にジャンケンを挑む事にした。無論あなたなりのやり方で。運勝負という相手の土俵で戦う気は無い。

 

「じゃーんけーん……」

 

 あなたは自身の速度を全開にした。

 速度70の世界に身を置いたままの女神エリスと速度2000超えであるあなたの体感速度の差はおよそ28.5倍。

 緩慢になった世界の中で、女神エリスとほぼ同じタイミングになるように努めてゆっくりと手を繰り出しながら、あなたは彼女の右手を凝視する。

 

 その末に判明した女神エリスの手はパー。

 あとは後出しにならないように、フェイントを警戒しながら手を出すだけの簡単なお仕事である。ジャンケン十三奥義を使うまでもない。

 鍛え上げられた動体視力と圧倒的速度差により、後出しが露見する恐れも皆無だ。

 

「ぽん! ……んなぁっ!?」

 

 かくしてあなたは当然のように勝利した。

 たとえ幸運の女神が相手だろうと、あらかじめ手が分かっているのであれば負ける道理は無い。

 

「あ、あたしが……運試しで負けた……?」

「マジか」

 

 先のカズマ少年と同じように、あるいはそれ以上に慄然とあなたの手を見つめる幸運の女神の化身。

 しかし彼女は決してあなたの運勢という目に見えないものに負けたわけではない。速度差という純然たる身体能力に敗北したのだ。

 

「じゃあクリスに勝ったエセ忍者が俺達のボスって事で。よろしくボス」

「ええっ!?」

「んで俺が副官ね。おいクリス、ちょっとダッシュでパンとコーヒー牛乳買ってこいよ。30秒な」

「ちょっと待ってよ。この時間だとお店は全部閉まって……何しれっとあたしを下っ端にしようとしてんのさ!?」

 

 共犯者の名が示すように、あなたの立ち位置はあくまでも協力者という一歩引いたものだ。それ以前にあなたは女神エリスから依頼を受けて活動している被雇用者なので、リーダーになって雇用主を率いる理由が見当たらない。

 そう言ってあなたは辞退したのだが、勝ちを譲られたと誤解した女神エリスはごね始めた。

 

「もっかい! 三回勝負! 今のはちょっと油断してただけだから!! 次から本気出すから!」

「アクアみたいな事言ってやがる。素直に負けを認めろ下っ端」

「だから下っ端って言わないでよ!? それにこれはあたしのアイデンティティの問題なの! 他のことならいざ知らず、こと運勝負に限っては絶対に負けられない……負けるわけにはいかない……!」

「俺もジャンケンで負けたのはこれが生まれて初めてだし、クリスの気持ちも分からんでもないけどさあ。じゃあ俺とも三回勝負しろよな」

「共犯者クンをぶちのめした後でね!」

 

 負けフラグとしか思えない台詞だが、この後あなたはあっさりと二連敗した。

 普通にジャンケンをすればこんなものだ。最初から分かりきった結末に欠伸も出ない。

 

「っしゃあ勝ったあ!!」

「クリスが必死すぎる……」

 

 そしてカズマ少年にも勝利した結果、女神エリスが一行のリーダーになった。彼女が心底安堵する様子を見せていたのはご愛嬌か。

 

 余談だが、この世界であなたを最も多く負かしているのは盤上遊戯のような運も身体能力も必要ないゲームであなたを完膚なきまでにボコボコにしているゆんゆんだったりする。

 あなたも経験を積んで多少は上手くなったが、それ以上にゆんゆんの成長が著しい。初めの頃以上に差が開いているといえばどれほどのものかは分かるだろう。

 一度上達のコツを聞いてみたところ、ゆんゆんは回数こそこなしているものの、それは何年もの間、一人で二人分の駒を動かしていたからであり、他者との経験は非常に少なかったのだという。

 極々稀にめぐみんと勝負する程度だったゆんゆんがあなたという対戦相手を得た結果、それまで積み重ねてきた経験が実を結んだのでは、というのが本人とウィズの考察だった。

 呼吸するように一人二役ができてしまう一人遊びの達人、その名はゆんゆん。

 彼女の境遇を思えば十分に理解も納得もできたが、実にどうしようもない話だった。色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 難攻不落のベルゼルグ城への潜入は、門番がいる正門ではなく城壁から行う事になった。

 城壁はおよそ三階ほどの高さを持っており、王城を駆け上るだけのスペックを持つあなたはともかく女神エリスとカズマ少年が登れる高さではなかったが、カズマ少年が持ち込んでいたフック付きロープを引っ掛けて登る事で二人は対処し、中庭を通って城内に潜入を果たす。

 

 暗視スキル持ちで城の内部構造に詳しいカズマ少年が先頭を歩き、彼の後を追う女神エリスは開錠などの各種盗賊スキルを使って彼をサポート。

 そしてカズマ少年と同じく暗視スキル持ちであり、一行で最も戦闘力に優れるあなたが殿に立って後方の警戒を担当するという形だ。

 

「あたしとしては共犯者クンが武器を抜かない事を祈るよ」

「……そんなにやばいのか?」

「滅茶苦茶やばい。彼なら王女様が相手だろうと容赦なく襲い掛かるね」

「おいエセ忍者。他はともかく俺の可愛い妹に手を出すのはマジで止めろよ」

「俺の妹、ねえ……?」

 

 若く綺麗な王女に執心な健全な少年に女神の視線の温度が若干下がる一幕もあったものの、これといったハプニングもなく、順調に二階に辿り着くあなた達。

 二階には宝物庫があり、女神エリスはここに用事があるのだという。彼女は入れ替わりの神器が王女の元に届いたのであれば、同じくモンスターを操る神器も城にあるのではないか、と考えていた。

 

「で、宝物庫に来たのはいいけどどうすんだよ」

 

 宝物庫には兵士は待機していなかったものの、その入り口である巨大な扉は、目視可能なほどに強力な結界をもって侵入者を拒絶している。

 

「共犯者クン、例の物は持ってきてるよね?」

 

 言われるままにあなたは道具袋(インベントリ)から一本の長杖を取り出した。

 先日ニホンジンから回収した、結界を通り抜ける効果を持つ杖の神器だ。

 しかし結界を無効化できるのはあくまで杖だけであり、杖を装備した人間ではない。つまりこの杖だけでは宝物庫の中、そして魔王城には突入できないのだ。

 

「強力な魔法や結界っていうのはそれだけ繊細で、少しでも間違えたら機能しなくなるものなんだよね。そしてこの結界を維持してるのは結界の中にある床に描かれている魔法陣。だからこうして結界を無視する杖を使って魔法陣が描かれてる床をちょっと削れば……」

 

 ゴリゴリと女神エリスが杖で床を削ると、結界はあっけなく消え去った。

 

「ざっとこんなもんだよ」

「すげえな。こんなアッサリ行くもんなのか」

「本当なら結界殺しとかでもっとスマートにいきたかったんだけどね。あれは本来魔族だけが扱ってる道具だから」

 

 罠に注意しながら宝物庫の扉を開ける女神エリスの姿に、あなたはつい先日手に入れたばかりのこの神器がなかったらどうするつもりだったのだろう、と疑問に思った。もしかしたら似たような神器を持っているのかもしれない。

 まあ、いざとなれば力技で結界を破るなり宝物庫の壁をぶち抜いて結界の外から侵入するなど、やりようは幾らでもある。何も問題は無い。

 そんな事を考えながら、あなたは二人に続いて宝物庫に入った。

 

 

 そして、宝物庫に足を踏み入れた瞬間、あなたの思考が停止した。

 

 

 宝物庫の中は仄かな青色の光で満たされていた。

 寒々しさは感じさせず、どこまでも柔らかく、懐かしさを感じさせる光だ。

 それは色こそ違えど、どことなく()()()を想起させるものだった。

 

「なんか明るいな。照明がついてるわけでもないのに」

「トラップや何かの警報装置ってわけじゃないみたい。奥の方にある何かが光ってるだけだね」

「魔道具か?」

「多分ね」

 

 二人は何かを話しているが、見覚えのありすぎる光を前に忘我したあなたの耳には届かない。

 あなたは光に吸い寄せられていくように宝物庫の奥に足を踏み入れていく。

 

「あ、ちょっと待って。見たところお宝を持ち去ろうとしたら警報が鳴るみたいだけど、他にどんな罠があるか分からないんだから」

 

 声を聞き届ける事無く、しかし無意識のうちにあちこちに仕掛けられている罠を解除しながら光の方に進むあなたの異常を感じ取ったのか、女神エリスの表情が険しいものになった。

 

「なあ、エセ忍者のやつどうしたんだ? 明らかにヤバそうなんだけど」

「分からない。とりあえず今の彼を放っておくわけにはいかないし、付いていこう」

 

 そして、あなたは宝物庫の最奥に安置されたそれの前に辿り着いた。

 

 光の柱。

 陳腐な表現だが、それを形容するのにこれ以上に適切な言葉は無いだろう。

 大理石の台座からは青い光の柱が立ち昇っており、淡い光は水面(みなも)のように静かに揺らめいている。

 

 何処とも知れぬ遥けき彼方へと繋がる扉、月の門(ムーンゲート)

 あなたがこの世界に迷い込んだ元凶と思われるものにしか見えない物がそこにあった。

 

「…………」

 

 これの中に入れば、ノースティリスに戻れるのだろうか。

 忘我から復帰したあなたがそんな事を考えていると、いつの間にか女神エリスがあなたの隣で呆然と立ち尽くしていた。

 

「これは……いや、そんなまさか……」

「お頭?」

「まさか現存している物があったなんて……」

 

 水瓶座の門(アクエリアスゲート)

 あなたが月の門(ムーンゲート)と認識したそれを指して、女神エリスはそう呟いた。


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