このすば*Elona   作:hasebe

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第93話 ベルゼルグ初夏の神器祭

 水の女神に導かれし者。転生者。グラムの担い手。魔剣の勇者。

 御剣 響夜(ミツルギ キョウヤ)と呼ばれる日本人の青年は、ギリ、と強く奥歯を噛み締めた。

 

 魔王軍侵攻のタイミングと同じくして、王都の各地で発生した爆発。

 これを偶発的な事故と考えるほど響夜の頭はお花畑ではない。

 王城に向かおうとしていた彼の行き先は冒険者ギルド。

 響夜から最も近い場所で爆発が発生した場所である。

 

 そして今、響夜は激しく炎上する冒険者ギルドの前でグラムを抜き放ち、敵手に相対している。

 赤い炎に照らされながら、魔剣の勇者と対峙するのは四人の男女。

 

 彼らは四人が四人とも響夜ほどではないにせよ王都で名の知られた冒険者であり、響夜と同じ故郷を持つ者達、つまり日本人である。

 日本にいた時から仲が良かった彼らは、中学の卒業旅行中に事故に遭い、四人一緒に死んでしまったのだという。

 日本人だけでパーティーを組むというのは非常に珍しいので、上記の話を含めて響夜はよく覚えていた。

 

「一応言っておくけど、僕は魔王軍じゃないよ? ギルドを燃やしたのは僕じゃない」

「んなこたぁ言われなくても分かってるから安心しろ。ギルドを燃やしたのは俺らだ。お前も分かってんだろ?」

「……何故だ? どうして日本人である君たちがこんな事を?」

 

 響夜が静かに問いかける。

 信じられない。信じたくない。ふざけるな。

 渦巻く激情の数々を必死に押し殺し、表面上は冷静さを取り繕っている彼の頬には一筋の傷が刻まれていた。

 燃え盛るギルドに辿り着いた響夜が出会ったのは、四人の日本人。響夜は共に魔王軍と戦う日本人が敵である筈がないという先入観から話を聞こうと近づいたところを四人に同時に襲い掛かられたのだ。周囲に敵が潜んでいるかもしれないと気を張っていなければ間違いなく深手を負っていた。

 

「説明しないと分からないか?」

「生憎、僕はエスパーじゃないからね」

 

 数瞬ほどこれは日本人の同士討ちを狙う魔王軍の策略なのでは、と考える響夜だったが、すぐにその考えを破却する。

 彼らの技の冴えは他者の姿を模す能力を持つ魔物、ドッペルゲンガーには引き出す事ができない、正真正銘高レベル冒険者のもの。

 それ以前にドッペルゲンガーでは神器は使えない。四人が持つ神器が放つ力は、四人が神器本来の所有者である事をグラムを通じて響夜に知らせてくる。

 ならば何故。疑惑を深める響夜に、アークナイトの後藤が口を開いた。

 

「なあ御剣。お前、この世界に来て何年目になる?」

「先に僕の質問に答えてくれないか」

「いいから答えろよ。俺の話はそれからだ」

「……今年で二年目だよ」

「二年、か。たったそれだけでそこまで強くなるってのは素直に凄いと思うぜ」

 

 これが才能って奴なのかねえ、と自嘲気味に笑う後藤。

 与えられた力の上に胡坐をかかず、グラムを失っても人並み以上に努力を重ねてきたという自負のある響夜としては、その発言はあまり面白いものではなかった。

 

「個人的には努力の賜物と言って欲しいところだけど」

「気に障ったか? なら悪かったな。ちなみに言っとくと俺らは全員十五で死んで、今年で七年目だ。……こないだ死んだ佐々木のオッサンは二十五年目とか言ってたっけか。それに比べれば二年とか七年とかぺーぺーもいいとこだわな」

「佐々木さんは高位サキュバスを襲って腹上死したんだっけ? 最初に聞いた時冗談かと思ったよ」

「それな。俺も聞いた時ここ最近で一番笑ったわ。確かにサキュバスは美人揃いだけどマジかよお前、みたいな。死ぬまでヤるとか人生楽しみすぎだろ、常識的に考えて。まあ同じ男として多少は憧れなくも……いてっ」

 

 後藤の恋人であるアークプリーストの小林が、ブリザードめいた瞳で後藤に石を投げた。

 悪い悪いと笑う彼らの姿は、日本で他愛ない馬鹿話をするクラスメートのようで、響夜には彼らが敵に回ったのは何かの悪い夢なのではないかと思わずにはいられなかった。

 しかし、一転してガラリと雰囲気を変えた後藤にそんな儚い願望も一瞬で潰えてしまう。

 

「……かくいう俺達だって最初の二年目くらいまでは結構楽しんでた。野菜が飛んだり襲ってきたりと理不尽な所もあるけど、それでもこの世界で生きていくのは楽しいって心の底から思ってたんだ」

 

 だけどな、と言葉を区切る後藤。

 疲労を隠そうともしない声色は、溢れんばかりの諦観に満ちていた。

 

()()だ。なあおい、分かるか御剣。もう七年経っちまったんだ」

「…………」

「俺達は七年間、ずっと魔王軍やモンスターと戦い続けてきた。それだけ戦ってんのに、戦況は七年前から良くも悪くもなってない。最近になってどっかで幹部が二、三人減ったとかいう話も聞いたが、相変わらず魔王軍は元気に王都に攻めてきてる。どうせそのうち幹部も補充されるんだろうさ。……なあ御剣。俺達はいつまで戦わなきゃいけないんだ? いつになったらこの戦いは終わるんだ?」

「……僕がこの戦いを終わらせる。そう言ったら笑うかい?」

「いいや? 俺達だって昔はお前と同じことを考えてたからな。でも知ってるか? この世界、少なくとも数百年以上前には俺達みたいなのがいたらしいぜ。つまりその時からずっとチート持ちの日本人は魔王軍と戦い続けてるのに、今も勝ててないわけだ。たまんねえよな。どんだけだよって話だ」

 

 代替わりでも発生しているのか、過去に何度か魔王軍の侵攻は年単位で止む事はあった。

 しかし魔王軍と人類の戦いは今も続いている。

 神器や特殊能力を持った日本人を送り続けていなければ、とっくにこの国は滅んでいるだろう。

 

「あの時天国に行くか、新しい人間に生まれ変わるかっていう選択肢を蹴って今を選んだのは確かに俺さ。だからって死ぬまで終わりの見えない殺し合いに参加しろってか? 冗談じゃない、俺は嫌だね」

 

 神々が日本人に神器や特殊な能力を与えるのは、わざわざ送った彼らが異世界であっさり命を落とさないようにするためだ。

 響夜が転生時に見たカタログに載っていた神器や能力は戦闘系に偏重していたが、これも危険な異世界で自衛できるように、という配慮の結果であり、魔王軍と戦う神の尖兵に仕立て上げるためではない。

 自分達が魔王を討伐することを望んでいるのは確かだろうが、それでも自分達は戦いを強制されているわけではない。

 

 そんな御剣の説得を、しかし後藤は鼻で笑った。

 

「何が違うんだよ。戦闘系のチートを手に入れた日本人は大抵強くなる。その為のチートだからな。で、強くなったらなったで人類の為にってお題目で最前線(この国)に送られる。それとも何か、お前まで戦場を知らないあいつらみたいに力持つ者の責任とか言い出すのか? そんなもんくそっくらえだ」

「だから魔王軍に寝返ると?」

「ああ。なんだかんだいって向こうさんも俺達みたいなチート持ちには難儀してるみたいで、敵対さえしないなら身の安全は保障してくれるって話だからな。意外と話が分かる連中だったよ」

「魔王軍の話を信じるっていうのか? それは今までの付き合いを全て捨てるほどのものなのか?」

「少なくとも俺達にとってはな。そりゃお前から見りゃ短絡的なんだろうが、こっちはこっちで散々考えたり話し合った末の結論なんだよ」

「……それが君の、いや、君たちの総意なのか」

 

 それまで傍観に徹していた三人を含め、四人の日本人は一斉に頷いた。

 その瞳には一片の迷いも見られない。

 

 終わりの見えない戦いに疲れ果て、しかし高レベルの冒険者が戦わないのは許されない。

 そう思った後藤達は、戦う事も、針の筵に座り続ける事も、人間のいない辺境に逃げる事も選ばず、第四の選択肢を選んだ。

 

 魔王軍と戦う力を持ちながら戦いから引いた者を、悪し様に言う者は確かにいるだろう。この分では後藤達は実際にそういう目にあってきたのかもしれない。

 

(だからって、よりにもよって魔王軍に寝返るなんて……)

 

 響夜達は日本という、この世界とは比べ物にならないほど平和な国で生まれ育ってきた。

 厭戦感情に支配され、敗色濃厚な戦況に悲観するのは響夜としても理解できなくはなかったが、それにしたってもう少しマシな選択肢は無かったのか、というのが響夜の率直な感想である。

 後進の育成など、有力な冒険者が引退後に銃後でやれる事は幾らでもある筈なのだ。

 

 響夜の知り合いにも、かつて凄腕アークウィザードとして名声を欲しいままにし、近年編纂されたこの国の歴史書にも名を残している女性がいる。

 王都の魔法学院に年齢一桁で入学してから学院の最速卒業記録を大幅に塗り替えて卒業するまで、一貫して圧倒的な実力で主席をキープし続けた、氷の魔女の異名を持つこの国きっての天才魔法使い。

 在学中に若くして画期的な独自の魔道理論を幾つも発表した彼女だが、しかし本人の気質は卒業後に冒険者として魔王軍相手に盛大に暴れ回った事から分かるとおり、それはもうバリバリの武闘派である。

 同期の次席に決して癒えないトラウマを刻み込んだ校舎裏の決闘の話は学院ではあまりにも有名だ。ちなみにこの次席は現在、宮廷魔道師(既婚、四児の母)として絶賛活躍中である。

 

 そんな彼女はどういうわけか、今は現役を引退してアクセルでこじんまりとした魔法店を経営しているわけだが、響夜には幸せそうに笑うあの女性が、後藤達の言うような針の筵にいるとは到底思えなかった。

 あるいは彼女も過去にそういう境遇にあったのかもしれないが、それならば後藤達の言う力持つ者の責任云々は、時間が解決してくれるという事だ。

 

「さて、俺達の話はこんなもんでいいだろ?」

「……ああ。十分だ」

「そっちが見逃してくれるっていうなら俺達も引くけど、どうするよ」

「中々笑える冗談だね」

「だろうな。どうして俺がこんなにベラベラ余計な事を喋って、後ろの三人が止めなかったと思う?」

 

 響夜は深々と溜息を吐いた。

 

「大方僕の足止めとかそんなところだろう?」

「なんだ、バレてたのか」

「魔剣の勇者の名前は魔王軍にも轟いてるみたいだしね。まだまだ未熟者な僕に勇者の名は荷が勝ちすぎてる気がするけど」

「なんつーか、ちょっとは謙虚になったみたいだが、相変わらず嫌味な奴だよな、お前はさ」

 

 響夜は首を横に振った。

 彼が思い浮かべるのは駆け出しの街に住む、三人の男女。

 正確には響夜はその内の一人としか戦った事が無いのだが、当の本人が残りの二人は自分より強いと言っているのでそうなのだろうと思っている。

 

「本音だよ。世界には君達が想像もできないような強い人達がいるんだ」

「そりゃ凄い。是非とも俺達の代わりに戦って、さっさと世界を平和にしてもらいたいもんだ」

 

 軽口を叩き合いながら、異世界において日本人同士の戦いが始まる。

 しかしこの戦いは()()()()()により後藤達にとっては殆ど勝ちが決まったも同然の、響夜にとっては今まで経験してきた中で最も絶望的な戦いだった。

 

 ()()()()()を無視しても厳しい戦いである事は変わりない。

 相手は七年に渡って異世界で生き抜いてきたベテラン冒険者であり、剣士、弓使い、魔法使い、僧侶というバランスのいいパーティー構成だ。しかも全員が神器持ち。

 

 自然と戦いは響夜が防戦一方になった。

 前衛である後藤と切り結んでいると、要所要所で矢の牽制と攻撃魔法が飛んでくる。

 相手は数の差に驕っていない。冷静に響夜を打倒しようとしている。

 

 対する響夜の動きは硬く、王女アイリスが見惚れたほどの剣の冴えは見る影も無い。

 辛うじて戦えているだけの有様は、魔剣の勇者と謳われた剣士とは思えない体たらく。

 しかし響夜を情けないと言う事なかれ。

 むしろ、アークプリーストによる各種強化魔法がかかった神器持ちのベテラン冒険者を四人同時に相手にして、絶不調状態にもかかわらずたった一人で持ちこたえる事ができている響夜は大いに讃えられるべきだろう。並み居る日本人の中で彼がトップクラスのポテンシャルを持っている事は最早疑いようも無い。

 

 もっとも、そんなことは孤軍奮闘する響夜には何の慰めにもならないだろうが。

 

 

 

 

 そうして、どれだけの時間が経過しただろうか。

 十分か、一時間か。響夜にとっては永遠にも思える時間を経て尚、絶望的な戦いは続いていた。

 

「インフェルノーッ!!」

「くっ……!」

 

 紙一重で飛び退いた瞬間、上級魔法による業火が冒険者ギルドの玄関を飲み込んだ。

 

「……ちっ、分かっちゃいたがやっぱクソつええな。フルバフのチート持ち四人と普通に戦えるって何事だよ。タイマンだと負ける光景しか見えなくてマジで凹むわ」

「勇者の異名は伊達じゃないわね。でも勝てない相手じゃないわ。四対一だし当然だけど」

「四対一ってシチュエーションは王道だよね。RPGにおけるボス戦的な意味で」

「ところがどっこい、相手が勇者で私達は魔王側」

 

 余裕の表れとばかりに軽口を叩き合う四人を睨みながら、響夜は声に出さずに盛大に毒づいた。

 

(人間、それも日本人を相手に本気を出せるわけがないだろ!)

 

 四人の個々の力量は響夜に明確に劣る。響夜も一対一であれば負ける気はしない。

 慢心を捨て去り、口は悪くも優しい柔剛併せ持つ稀代の剣士に師事し、仲間に被虐性癖と同性愛を疑われるほどに師にボコボコにされながらも地道に努力を続けてきた日々の経験は確実に響夜を強くしている。

 しかし相手は四人で一つのパーティーであり、強化魔法と数の差を覆すほどの差は無い。今はまだ。

 

 響夜に救いがあるとすれば、上述の響夜の勝ち目を無くしている()()()()()が相手にも同じように適用されている事だろうか。

 響夜の勝ち目が無い理由。それは彼が()()()()()()()()()から。

 

 響夜は人型のモンスターや魔族を斬った経験は数多くあるが、人間を殺した事は一度も無い。

 

 これは響夜だけではなく大多数の日本人の冒険者に共通するのだが、彼らが今まで戦ってきた敵は魔王軍やモンスターが大半であり、盗賊や賞金首といった人間を相手にする機会も、全て生け捕りで済ませてきた。

 元より人間を相手にする機会が少ないから、というのもあるが、彼らは生け捕りにできてしまうだけの力を持っているが故に、殺人に手を染める必要が無かったのだ。

 

 初めての同胞との本気の戦いに精彩を欠く響夜と同じく、後藤達もまた神器の力を解放していない。

 彼らは響夜を殺す気は更々無かった。たった今上級魔法を使われこそしたものの、響夜の装備している鎧は魔法防御が高い。一発で死にはしないと相手も理解しているからこその攻撃である。

 

 殺意の無さを突けば響夜にも勝機はあるだろう。

 しかし、それは相手側に死者が出る事を意味する。対人戦で使うには力を解放した神器は強すぎるのだ。

 そして手加減して勝てる相手ではない。

 

(こんな事になるなら、あの人の言うとおり、みねうちスキルを覚えておくべきだったな……いや、今更か。本当に今更だ)

 

 響夜は自嘲した。

 師が主人と仰ぐ、頭のおかしいエレメンタルナイト。

 彼が対人用にみねうちスキルを持っていると非常に便利だと太鼓判を押していたが、基本的に対人戦に縁が無い響夜は無くても困りはしなかったし、他の有用なスキルを覚えて自身を強化する方を優先していたのだ。

 師がみねうちは便利は便利だが、加減抜きで攻撃できるようになったら最終的に死なないならどれだけ痛めつけてもいいだろう、という考えになるかもしれない、と警告してきたのも多少はあるが。

 

 先ほどの上級魔法のせいで、ギルドの炎上は更に激しくなった。

 退却は許容できない。人類に弓引いた彼らを放置しておくわけにはいかない。

 ここで持ちこたえていれば、いずれ増援が来る筈。

 

 そう考えてグラムを強く握りなおす響夜の心の声に応えたかのようなタイミングで、燃え盛る炎の中からソレは現れた。

 

 上から下まで闇を溶かし込んだような漆黒の装束に身を包んだ、ある程度の年齢になった日本人であれば誰もが知っているであろう、かつて権力者達の命により歴史の裏側で暗闘を繰り広げては消えていった、現代の日本ではアトラクションや観光地、映像でしか見る事のできなくなった存在。

 奇しくも、五人の日本人達は全く同じ事を考える。

 

 

(忍者だこれ!?)

 

 

 そう、炎の中から悠然と現れたのは忍者。どこからどう見ても圧倒的に忍者だった。

 それも忍べよと突っ込みを入れたくなるような派手派手しいNINJAではなく、由緒正しい正統派(ストロングスタイル)の格好をした忍者である。

 

 剣と魔法のファンタジー世界に、戦国時代から忍者がカチコミをかけてきた。何故? どこから?

 何も知らない者であれば黒ずくめの怪しい格好の奴、くらいで済むのだろうが、見る者が見れば浮きまくっているとか空気が読めてないとかそういう次元ではない。

 上級魔法を食らって無傷な件も相まって、中身が自分達と同じ日本人(チート持ち)、あるいは忍者マニアの外国人なのだろうと五人が瞬時に判断したのは当然といえる。

 

 若干の問答の後、事故とはいえ自身を炎で焼いた後藤達を敵と認識した正体不明の忍者は、有無を言わさずに四人に襲い掛かった。

 敵に自身と同じ日本人(チート持ち)が増えたと判断した事で、お気楽ムードが漂っていた後藤達の意識と表情が自然と引き締まる。

 

 何の気負いも無く四人の神器持ちと戦おうとする忍者は、彼らの正体を知らないのかもしれない。

 そう判断した響夜は逃げろと警告を飛ばしつつ、自身も後藤と交戦を開始。

 

 しかし、一見するとシュール極まりないコスプレ男にしか見えない乱入者は、およそ尋常の者ではなかった。色々な意味で。

 

 

 

 

 

 

 真っ先に忍者の標的になったのはアークウィザードの氷川。

 テレポートによる逃走を嫌った忍者に一瞬で距離を詰められた彼は、全ての攻撃魔法を使いこなす神器の能力を活かす間も無く全身から見事な血の花を咲かせた。

 

 氷川を秒殺し、響夜を含む残りの四人が呆然とする中、忍者は地面に転がった血に塗れた杖を回収する。

 そして嬉々として言い放った台詞がこちら。

 

 

 しんぱいごむよう! みねうちでござる!

 

 

 一応は味方である筈の響夜をして正気を疑わずにはいられない発言に、当然の如く氷川の仲間達は激昂。

 特に氷川の恋人であるスナイパーの早瀬の怒り狂いっぷりは尋常ではなく、同郷の誼として響夜には控えていた、標的に命中するまで永遠に追い続けるという特性を持つ神器による連射を敢行する事になる。

 

 二番目の犠牲者はアークプリーストの小林。

 どれだけ避けても切り払っても追い縋ってくる矢の雨の相手をする忍者は、氷川を治療しようとする小林に向けて怪鳥音じみたシャウトを発して手裏剣を投擲。癒しの神器を持つ少女の右腕が肘の先から吹き飛んで血のアーチを描いた。

 惨劇に眉を顰めながら響夜は現実逃避気味に思う。手裏剣ってそういう武器じゃないから、と。

 

 三番目は後藤。

 腕を断たれた小林の、魂を抉られたかのような絶叫に精彩を欠いたところを響夜が撃破。

 そのおかげか、結果的に四人の中で最も軽傷だったのは彼である。響夜はみねうちを使えないので、最も命の危険に晒されていたのも事実だったわけだが。

 

 仲間がいなくなったところで響夜が早瀬に戦いを止めるように警告を発するも、この期に及んで聞く耳など持つはずが無い。

 狂乱のままに矢を放ち続ける早瀬相手に矢を撃ち落とす事を諦めた忍者は、迫り来る全ての矢を自身の左手に集中。

 流石に本来の力を発揮した神器の直撃は無傷では済まないらしく、これによって忍者の左手首から先が針鼠もかくや、という有様になる。

 ……なったのだが、忍者は痛みなど感じていないかのようにそのまま戦闘を続行。早瀬は逃げる間も無くミンチ一歩手前になった。

 

 

 (つわもの)どもが夢の跡。

 

 死して屍拾うものなし。

 

 

 仲良く半死体と化した四人を見た響夜の素直な心境である。

 終わりの無い戦いに疲れ果てて人類を裏切った日本人パーティーをあっという間に壊滅させたのは、突如として炎の中から現れた、冗談みたいな戦闘力を持つ正体不明の忍者。なんたる理不尽の権化か。

 フェミニストの気がある響夜としては、女性まで半殺しにするのはやりすぎなのでは、と思わないでもなかったが、魔王軍に与して冒険者ギルドを爆破した彼女達は今や立派なテロリストである事も十分に理解していた。

 

「彼らの自業自得、ではあるんだろうけど。流石にこの理不尽っぷりはあの忍者ロボットを思い出すな。忍者っていうかもうNINJAだ。一体何者なんだ……?」

 

 左手に突き刺さった無数の矢を気にも留めずに四人の神器を回収する忍者を見ながらひとりごちる。

 仲間であるフィオとクレメアが他国で修行を始めてから独り言が増えている響夜だったが、本人にその自覚は無い。

 

「彼からしてみれば敵の武器を奪う以上の目的は無いんだろうけど、実際効果的なんだよなあ」

 

 神器持ちの日本人を敵に回した場合、神器を奪うのが最も戦力ダウンに繋がるという事は、響夜自身、その身をもって嫌というほど思い知っていた。

 グラムをスティールで盗まれて怯んだ所をワンパンで負けるという、彼にとってはあまりにも苦い経験。しかも相手は最弱職の冒険者。

 油断していた、打ち所が悪かった、などというのは敗北の言い訳にはならないと彼の剣の師であるベアは言っていたし、響夜自身もそう思っている。悔しくないかはまた別の話だが。

 つい最近王都で再会した、敬愛する女神と行動を共にする日本人の冒険者。響夜は彼に再戦を申し込んだのだが、すげなく断られてしまったのだ。堂々とした勝ち逃げ宣言にはいっそ感心させられた。

 

(今度はスティール対策もバッチリしたし、万が一武器を使えなくなっても大丈夫なように鍛え直したんだけどな)

 

「ヒー、ル……ッ」

 

 響夜が声の方に向き直ると、全身から脂汗を流し、土気色の顔をした小林が、手裏剣に切断された腕を拾って繋げていた。

 当然、左手の矢を抜いていた忍者もその声に反応する。

 

「ひぃっ!? すけ、助けっ……」

 

 辛うじて繋がった腕を使って這い蹲って逃げる小林に、血が滴る短刀を握った忍者が足を向ける。

 反射的に響夜の体が動き、忍者と小林の間に滑り込んだ。

 

「待ってくれ! 彼女は戦意を喪失してる! これ以上痛めつける必要は無い筈だ!」

 

 小林を背にして庇う響夜に、忍者は怪訝な様子を見せた。

 例え戦意を喪失していようと、その女は敵である。それに回復魔法を使える以上、他の連中を回復する前に速やかに叩き潰すべきだと。

 

 忍者が響夜に向ける目は若干剣呑だが、あくまでも人間を見る目だ。

 一方で、小林に向けるソレは蜘蛛や蟷螂といった感情の無い虫が、被捕食者に向けるものに酷似した、どこまでも無機質で冷たいもの。

 

(まさか本当にロボだったり……いやいや、今時のロボの方がまだ人間味があるだろ。敵だった時のターミネーターとかそういうタイプだこれ)

 

 つまり血も涙も無い殺人マシーン。

 忍者は戦闘不能になった四人を順番に見据え、冷や汗を流す響夜に同じ問いを投げかける。

 何ゆえ敵を庇うのかと。この四人は人類を裏切り、魔王軍に寝返ったのではないのかと。

 

「そうだけど……そうだとしても、黙って見過ごすわけにはいかない。僕にはあなたのやろうとした事、戦う意思の無い者にまで暴力を振るう事が正しいとは思えない」

 

 だから止める。正義なんて大層な理由ではなく、ただ単に目の前の光景が間違っていると感じて、それを見過ごせないから止める。

 そう言って立ちはだかる響夜に忍者は戸惑っていたが、一応の理解と納得を示したのか、やがて短刀の血を掃い鞘に収め、代わりに見るからに頑丈なロープを取り出した。そして後藤達を拘束していく。

 

 どうやら矛を収めてくれたようだと響夜が安堵の息を吐いたと同時、背後で小林が崩れ落ちた。

 意識を失った小林の首筋と後頭部は()()()()()()()()()()()()()()で強く殴られたかのように赤く腫れ上がっていたが、髪に隠れていたせいで響夜がそれに気付く事は無く、張り詰めた緊張の糸が切れたのだろうと受け取るに留まった。

 

 

 ――お前は本当に甘ちゃんだな。せいぜい痛い目を見ないように気をつけておけ。特に信じていた仲間に背中を切られるような事だけは無いように気を付けろ。あれは死ぬほど痛いぞ。体以上に心が痛むんだ。……まあ、なんだ。体の傷は魔法やポーションで簡単に治るが、心の傷を癒せるのは時間だけだ。努々忘れるな。

 

 

 自前のポーションで四人の応急処置をする響夜の脳裏に過ぎるのは、彼が剣の師と仰ぐ、厳しくも優しい男の呆れ混じりの言葉。

 

 

 ――いや、よく考えたら時間だけじゃなくて巨乳も心の傷を癒してくれるな。

 

 ――すみませんベアさん、僕どっちかというと小さい方が好きなんです。

 

 ――マジか。……ああ、そういえばお前の仲間の小娘達の胸の大きさ、中の下と下の中だったな。

 

 ――いえ、決して胸の大きさで仲間を選んだわけでは……。

 

 

 何か付随してどうでもいい事を思い出してしまったが、まあそれはいい。

 彼は事あるごとに響夜に甘い甘いと言いつつ、しかしそれを矯正しようとはしなかったわけだが、響夜自身、自分は甘いと言われるくらいでちょうどいいと思っている。

 誰に何と言われようと、彼は無抵抗の者を必要以上に痛めつけるような非情な人間には絶対になりたくなかった。

 

「手を貸してくれてありがとう。僕は御剣響夜。失礼だが、君は何者なんだ?」

 

 四人の拘束を終えた忍者に問いかけると、若干の逡巡の後にこんな言葉が返ってきた。

 自分は人界の安寧を祈り続ける女神エリスの意を酌む者である、と。

 

「エリス様の?」

 

 この国の多くの者が信仰している幸運の女神。

 予想外のビッグネームの登場に、響夜は目を丸くする。

 

 キョウヤのグラムと同じく、戦う力を持たない日本人に女神アクアが齎した神器の数々。

 持ち主がいなくなったそれが何者かに悪用されるのを防ぐ為、忍者は女神エリスの指令で回収しているのだという。

 今回は偶然この場に鉢合わせただけだが、この四人はあろう事か神意に反目して人類に敵対した。

 そのような者に神器など不要であり、むしろ害悪にしかならないと忍者は冷たく言い放った。

 

 ありえない話ではない。それどころかキョウヤにとっては大いに頷ける話である。

 彼が学んだこの世界の神話でも、面倒見が良く苦労性で貧乏くじを引きやすい女神エリスは、奔放で快活な先輩こと女神アクアが引き起こした数々の騒動の後始末に奔走していた。

 

 敵に容赦しない過激な面こそあるようだが、響夜は忍者が魔王軍の手の者だとは疑っていない。

 王都をかく乱する戦力として非常に有用な日本人を半殺しにしておきながら、魔剣の勇者として名の売れている自分をわざわざ見逃す理由が無いからだ。

 

 実際忍者が女神側だとして、理由はどうあれ、四人が人類を、そして神々を裏切ったのは純然たる事実であり、キョウヤも認めるところである。

 

 キョウヤ自身、グラムという神器を使っているから理解しているが、転生者の持つ特典はチートの名に恥じぬ反則的な力を持ち主に与えてくれる。

 殺し合いはおろか喧嘩すら未経験の日本人(もやし)が、神器を持つだけでそこら辺の騎士や冒険者を圧倒するほどの即戦力になるのだから相当のものだ。

 そんな物を持って魔王軍に寝返るというのであれば、それは神器が没収される理由としては十分すぎるだろう。普通に考えて許されるはずが無い。

 

 例え四人が改心したとして、一度でも魔王軍に与した者達に再び神器という強力無比な武器を与えるのを皆が良しとするのか、という尤もな疑問もある。四人はそれだけの事をしてしまったのだ。

 

 忍者が言っている事が事実であれば邪魔をする権利などないし、例え嘘でも日本人に与えられた神器が持ち主以外に渡っても本来の力を発揮しない以上、王都の冒険者にとっては観賞用の置物にしかならない。

 

(……神器を、観賞用の置物にする?)

 

 ふと、引っかかった。

 実際に使う気がなく、置物でもいいのだとしたら。

 響夜は自身にそんなニュアンスの言葉を放った人間を知っている。

 

「すまない、ちょっといいかな」

 

 ごくり、と唾を飲んだ響夜は、振り向いた忍者に要求を突きつけた。

 

「……もし良かったらだけど、頭巾を取って、顔を見せてくれないか? 君は……いや、あなたは、僕の知っている人じゃないんですか?」

 

 響夜は、この忍者が自身の知っている者ではないかと疑っている。

 

 神器への執着と神への強い敬意。

 高レベルの神器持ち四人を一蹴する、人間とは思えない戦闘力。

 敵とはいえ、戦意を喪失した少女に躊躇無く刃を振り下ろす精神性。

 

 いずれにおいても、自身の苦い経験と師から聞かされたとある人物(頭のおかしいエレメンタルナイト)の特徴が、目の前の忍者に当て嵌まりすぎていたのだ。

 

 忍者にするようなものではない要求にやや目つきが鋭くなった忍者だが、これっきりだと言うと、頭巾に手をかけて素顔を晒した。

 

 

(……違う。あの人じゃない)

 

 

 果たして、頭巾の下から出てきたのは、個人的な趣味で貴重なアイテムを集めていると言っていた彼ではなく、響夜の全く知らない顔だった。それどころか日本人ですらなかった。

 安心している自分がいるのを自覚しながら、四人の凶行を止め、自分のピンチを助けてくれた事に改めて頭を下げて礼を言う。

 そして顔を上げると、忍者は忽然と姿を消していた。

 

 現れるのが唐突なら消えるのも唐突。

 一体彼は何者だったのだろう。あんな男は冒険者の中にいただろうか。

 そんな事を考える響夜だったが、炎上するギルドのどこかが崩れた音に我に返る。

 

「っと、こうしちゃいられない。僕も行かないと」

 

 魔王軍との戦闘は終わっていない。忍者について考えるのは後からでも遅くない。

 響夜は四人の日本人達を抱えて走り出す。高レベルの筋力の恩恵で重さは殆ど感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 ~~ベルゼルグ★初夏の神器祭 ポロリもあるよ!~~

 

 先ほどまでの神器回収タイムをあなたなりにオブラートに包んで訳すとこうなる。

 ちなみにポロリするのは悪いニホンジンの腕であり、ベルゼルグというのはこの国の名前である。ベルセルクではない。

 

 四つの中で特にあなたの興味を引いたのは、自身の左手を貫いた弓矢の神器。

 黒に染めたルビナス製の細工篭手の守りを紙切れのように突破するなど攻撃力も非常に高く、相当に高位の神器なのだろうと察せられる。

 武器に選ばれていないあなたではあの威力と誘導性を再現できないが、それはそれ、これはこれだ。

 

 そんな感じで悪いニホンジン達の神器を回収してウハウハ気分なあなたは、一度自宅に帰って忍者ルックから普段の格好に戻っていた。

 今のあなたはゆんゆんと組む時と違って覆面もフードもつけていない、ソロ活動時の格好だ。

 義賊活動をやる時の格好で大勢の前に現れるべきではないし、大立ち回りなどもっての他である事に、遅まきながら気が付いてしまったが故に。

 先ほどは変装(インコグニート)の魔法を使って難を逃れたが、何かに勘付いた様子のキョウヤに素顔を晒してほしいと言われた時、あなたはかなり本気で肝を冷やしていたりする。危うく身バレして女神エリスに怒られるところであった。

 

 あの四人以外にも敵に回ったニホンジンはいるのだろうか。いたらぶっ飛ばそう。

 そんな事を考えながらあなたはテレポートを発動させた。

 

「ピュア・クリエイト・ウォーター!!」

 

 あなたは濡れた。

 

 王都に戻った直後、突如として大量の水があなたに降り注ぐ。

 火炎魔法の次は水魔法。今日は厄日だろうか。

 あるいはマクスとの遭遇と神器の回収という幸運のぶり返しが起きているのかもしれない。とりあえずテレポートの転移先は王都の別の場所に変えておこう。

 一瞬で濡れ鼠になったあなたはそんな事を考えながら、水をぶっかけてきた知人、もとい知神に目を向けた。

 

「…………ごめーんね!」

 

 気まずさを誤魔化すように、てへぺろ、と可愛らしく笑う女神アクア。

 カズマ少年達とは別行動中のようで、この場には女神アクアしかいない。

 キョウヤが連れて行ったのか、四人のニホンジンもどこかに消えてしまっている。

 

「いやちょっと待って。つい謝っちゃったけど、清く正しく美しい水の女神に誓って、今回は本当に私は何も悪くないと思うの」

 

 異論は無いとあなたは頷いた。

 先ほどと違い、女神アクアは街中で攻撃魔法をぶっぱなしたわけではない。それどころか、炎上する冒険者ギルドを鎮火してくれていたようだ。そんな中にノコノコと転移したあなたのタイミングの悪さにこそ問題があると見るべきだろう。

 

「そうよね、やっぱりそうよね。ほら謝って! 無実の私に謝らせた事を早く謝って! そして私を手伝って!」

 

 テンションを急上昇させて杖をギルドに向け放水する女神アクア。

 あなたは軽く謝意を示しつつ、王都で何が起きているのかを訊ねた。

 

「何がって……ああ、そっちは今来たばっかりなんだっけ。こんな時間に攻めてきて超迷惑な魔王軍の卑劣な作戦のせいで、王都の色んな場所が燃えてる真っ最中なのよ」

 

 あなたは魔王軍が平原に展開中という所で王都を発ったので後の事を知らない。

 そして先ほどは神器狩りに夢中で気付かなかったが、王都の街並みに目を向けてみれば、なるほど確かに王都のあちこちが炎上しているかのように明るくなっている。

 

「カズマはめぐみんとダクネスと一緒に平原の方に行ってるわ。最初はそう何度も幹部なんかと戦ってられるかクソボケ、俺は世の為人の為に消火活動に励みながらここで陣頭指揮を執るぞ、みたいな事言ってたんだけど、お姫様が激励に来たら滅茶苦茶やる気になったの」

 

 ロリコンってちょろいわよねー、と呆れながら女神アクアは放水を続ける。

 女神アクアは戦場に行かないのだろうか。

 

「……いや、ほら。私が駆けずり回ってあっちこっちの火事を消すでしょ? そしたら王都に住んでる人たちが水の魔法を操るアクシズ教の美しいアークプリーストに感謝するでしょ? 私に感謝したエリスの信者が改宗するでしょ? 最終的にエリスの信者が私の信者になるっていう深謀遠慮の真っ最中なのよ。だから、ほら、ね? あなたも私を手伝うべきだと思わない?」

 

 何故か目を逸らしながら説明する女神アクアに、行為自体は大変健全でよろしいのではないだろうか、とあなたは思った。

 入信書を郵便ポストから溢れるほど詰め込んでいくという迷惑行為よりはずっといい。

 

 しかし王都は広い。火の手があがっている箇所も同様に幅広い箇所に及ぶ。

 無論消火活動を行うのは女神アクアだけではないだろうが、走り回って一つ一つの火を消していくのは大変だろう。

 彼女は水の女神だ。メテオよろしく広域に雨を降らせるような大魔法は使えないのだろうか。

 

 あなたの質問に女神アクアは難しい顔をした。

 

「さっき似たような事聞いてきたカズマにも言ったんだけど、一応無いわけじゃないの。でも高い所で使わないと目測でやる効果範囲の指定がどうしてもおおざっぱになっちゃうから、失敗した時に大変な事になっちゃうわ」

 

 ウィズの店を半壊させたアレがさらに大規模になるのだろう。

 具体的にはどれくらいになってしまうのか。

 

「……よくて王都の半分が水に沈むくらい? あ、この半分っていうのは王都をぐるっと囲んでる壁の高さの半分っていう意味ね」

 

 失敗すると、王都全域が外壁の高さの半分まで水没するらしい。水の女神の齎す水害だけあって魔王軍よりよっぽど甚大被害になっている。女神って凄い。あなたは改めてそう思った。

 しかし高い所で使う必要があるといわれてもピンとこない。

 

「そーねー。ここら辺だと……お城のてっぺんくらいならちょうどいいんじゃない?」

 

 女神アクアが指差した先は王城。

 その最上部は四角錐の形状になっており、四角錐の先端に突き刺さった細長いポールには旗がかかっている。

 確かに王都で一番高い場所はあそこだ。

 善は急げ。早速向かうとしよう。

 

「えっ」

 

 女神アクアがニホンジンを送り込んできたおかげであなたは神器を回収できた。

 そのお礼というわけではないが、あなたは消火活動を手伝う事にした。

 

 そして女神アクアは間違いなく王都で最高位のアークプリーストである。

 戦場にいるのといないのでは安心感が大違いだろう。消火活動も大事だが、その癒しの力を使わないのはあまりにもったいなさすぎる。

 

 

 

 

 

 

 今なら空も飛べそうな気がする。

 手を伸ばせば星に手が届きそうな空の下、あなたは唐突にそんな事を思った。

 

 実際はそんな事は全く無く、飛行能力を持たないあなたはアイキャンフライした瞬間に重力に従ってまっさかさまに落ちる運命なのだが。

 

 あなたが立つ場所からは、点々と火事で明るくなっている箇所とは別に、星々のように明かりが灯った王都全域、そしてその向こう側まで見渡すことができる。

 遠方の平原からは絶え間なく閃光が煌いており、無数の篝火もあって真昼のような明るさになっている。

 あそこが戦場なのだろう。ギルドが燃えていたのは戦線を押し込まれたからではなく、あのニホンジン達がやっただけだったようだ。

 

 魔王軍との戦いはさておき、王城から見える夜景は文句の付けようの無い素晴らしいものである。

 王都で最も空に近い場所に立つあなたは、気持ちのいい初夏の夜風を浴びながら朗らかに笑った。

 あなたは高い場所が好きだった。エーテル粒子をぶちまけながら空をかっとぶペットの機械人形で久しぶりに空の散歩と洒落込みたいものだ。オプションパーツの超大型ブースター付きで。

 

「たっか! 高いんですけど! 風が強いんですけど! 滅茶苦茶怖いんですけど! 落ちる! 落ちちゃう!」

 

 さて、現在あなたは女神アクアを背負って王城で最も高所に位置する場所に立っている。

 王城内部からではなく、塀と外壁を直接駆け上がって最短ルートでここまでやってきた。

 あなたの足元では大きな旗がばさばさとはためいており、それもあって非常に不安定な足場となっているが特に問題は無い。

 

 ……そう、あなたは城のてっぺんの四角錘ではなく、更にその上、四角錘に突き刺さったポールの上に爪先立ちしていた。

 此処こそが正真正銘、女神アクアが所望した王都で最も空に近い場所である。

 

「誰もここまでしろとは言ってないんですけど! なんでわざわざ旗の上に立つの!? 早く降りなさいよ! 落ちたらどうしてくれんの!? 神罰食らわすわよ!?」

 

 騒ぎながらあなたに抱きつく、もとい神罰(チョークスリーパー)を決めてくる水の女神。高いステータスから繰り出される神罰(物理)はあなたにも十分通用するほどだ。というか普通に神器の攻撃を食らった時より効いている。

 あなたが女神アクアを背負って王都を駆け抜け、王城を駆け上がった時、彼女は凄い凄いとはしゃいでいた。しかし今は泣き叫んでいる。女神アクアは高い場所が嫌いなのだろうか。

 

「高いところは大好きだけどそれとこれとは話が別でしょ!? 馬鹿なの死ぬの!? わああああああああああーっ! 揺れた! 今すっごく揺れた! ここは危険が危ないわ! カズマさーん! 助けてカズマさーん! この際ウィズでもいいからなんとかしてえええええええ!!」

 

 よかれと思って連れてきたのだが、まさかのギャン泣きである。

 申し訳なくなったあなたはポールから飛び降りた。

 飛ぶ前に先に一言告げておくべきだったかもしれない。自由落下の最中にそう考えるも時既に遅し。

 

「ほぎゃあああああああああああああああ!!」

 

 王都に轟く女神アクアの絶叫(ゴッドボイス)

 少し下で窓ガラスが割れる音がした。

 

 10メートルほど垂直落下した後、足の踏み場がある場所で女神アクアを降ろすと、わんわんと泣き喚く女神アクアはポールにひしとしがみ付いた。

 

「じ、じぬがどおぼっだあ……」

 

 水に濡れて冷たかった筈の背中が仄かに温かい気がするが、きっと錯覚だろう。

 そこはちょうど女神アクアのスカートがあった場所だった気がするが、気のせいなのだ。

 

「ぢょっどでだ……わだじめがみなのに、めがみなのにでぢゃった……ぎれいなみずだげど」

 

 ちょっと出てしまったらしい。いや、何が出たのかはまったく分からないが。

 そういう事になった。

 

 あなたが謝罪しながらハンカチを渡すと、美味しいお酒くれるし私を敬ってくれるから許す、と寛大な慈悲を見せた女神アクアは涙を拭うついでにごしごしと顔を拭いて思いっきり鼻を噛んだ。

 水の女神の聖痕(スティグマ)がこれでもかとばかりに刻まれた、べちょべちょででろんでろんのハンカチはちょっと使う気にならない。女神アクアは浄化を司る女神でもあるので、汚くないというのは分かっているのだが、気分の問題だ。これは後日ゼスタに売りつけるとしよう。きっと泣いて喜んでくれるはずだ。

 

「ギャラリーが一人っていうのはちょっと不満だけど……まあいいわ。あとさっきのはあのクソ悪魔には絶対に秘密にしておきなさいよ」

 

 数分ほど経って泣き止んだ女神アクアは、どこからともなく愛用の杖を取り出した。

 ギルドの消火中にも使っていたが、気付けば消えていた杖だ。彼女は四次元ポケット的なスキルを持っているのかもしれない。

 

「めんたまかっぽじって、よーく見ておきなさい!」

 

 詠唱が始まると同時に、女神アクアを中心に巨大な魔法陣が展開。

 あなたでは何一つとして理解できない、複雑で美しい魔法の構築式はめぐみんの爆裂魔法に匹敵するもの。

 かくしてここに、水の女神の奇跡が顕現する。

 

「セイクリッド・ハイネス・クリエイトウォーター!!」

 

 朗々と唱えた呪文と共に、水色の眩い光が天を貫く。

 

 ポツリ、と。

 光が消えて数秒の後に一滴の雫があなたに当たり、それが引き金になった。

 

 水滴に釣られるように空を見上げれば、圧倒的な光景が広がっている。

 雲一つ無い夜空は、今となっては月も星も見えない。

 今、あなたの目に映っているものはまさに()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、ドヤ顔を浮かべる女神アクアと、初めて見る光景に感動するあなたを置き去りに、王都全域を優に超え、今まさに戦場となっている平原すら丸ごと飲み込むほどの広範囲に、女神アクアの極大魔法による豪雨が降り注いだ。




★《ヤキニクソード》
 後藤(坊主刈りのゴリラ)が持っていた大剣の神器。
 炎を操る力を持つ剣。剣というか肉切り包丁。神獣フェンリルを解体した。
 転生の際、多すぎる特典に迷った後藤は運試しでランダムに任せてこれを引いた。
 出典:らんだむダンジョン

★《スペルコンプリート》
 氷川(長髪のショタ顔)が持っていた杖の神器。
 持っているだけで無条件でアークウィザード用の攻撃魔法が全部使えるようになる。
 当然爆裂魔法も使えるようになるが、MPまでは肩代わりしてくれないので氷川は使わなかった。
 出典:ざくざくアクターズ

★《母なる海の杖》
 小林(姫カットのナイチチ)が持っていた杖の神器。
 大魔法だろうが集中いらずで発動させる。
 杖自体が結界を貫通する能力を持っており、鈍器として使っても魔王を撲殺可能な程度には強い。
 出典:シルフェイド幻想譚、片道勇者

★《聖天弓リゲル》
 早瀬(ポニテのボイン)が持っていた弓の神器。
 放った矢が絶対に命中する能力を持っている。
 弓自体の攻撃力も高く、モンスター相手に使っても強力だが、その能力は対人戦でこそ真価を発揮する。
 出典:イストワール

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