このすば*Elona   作:hasebe

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第89話 幻の三人目

 ふと、あなたは空を見上げた。

 特に理由は無い。何となくそんな気分だったのだ。

 

 空の彼方を行く黒点は鳥か、あるいはグリフォンのような飛行型の魔物か。

 黒点を目で追っていると、やがてそれは雲の中に消えていった。

 

 そのまま、抜けるような綺麗な青空を流れる雲を目で追っていると、段々と雲が別の何かに見えてきた。

 楕円形の雲にあなたが幻視したのはカレーパン。

 仕事が終わったらギルドの後にパン屋にでも寄るとしよう。

 あなたは最近食べ歩きが趣味と化しているという女神エリスに王都各地の美味い食い物屋を教えてもらっているのだ。女神アクアほどでないにしろ、彼女は彼女なりに下界を満喫している。

 

 揚げたてのカレーパンに思いを馳せるあなただったが、ふと、ここで一つの重大な事実を思い出した。

 美味な上に栄養満点なカレーはノースティリスで大人気の料理なのだが、この世界にはカレーやそれに類する料理が存在しなかったりする。名前が違うだけのカレーに似た料理も無い。料理上手なウィズであっても流石に未知の料理は作れない。食べたければ自分で作る必要がある。

 カレーが無いので当然ながらパン屋に行ってもカレーパンは売っていない。

 あなたはがーんだな……出鼻をくじかれた、という気分になり、溜息を吐いた。カレーもカレーパンも作ろうと思えば簡単に作ることができるのだが、今日は買い食いの気分だったのだ。

 

「グァアアアアアアッ!!」

 

 気落ちしていたあなたの意識を引き戻す咆哮、もとい悲鳴。

 終わったのだろうかと目線を空から戻せば、未だ戦いは続いていたものの、ほぼ終わりに差し掛かっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 額に玉のような汗を浮かべて()()と対峙するのは、右手に短剣を、左手に短杖を装備したゆんゆんだ。

 極度の緊張からくる疲労で息を荒くしているものの、今の今に至るまで敵の猛攻の全てを回避し続けたその体には傷一つ付いていない。

 

 仲間の状態を確認したあなたは、ゆんゆんの右手、正確には右手で握っている物を見やる。

 

 本来であれば20cmにも満たない筈の短剣は、今は倍ほどの長さの眩い光を放つ剣と化しているが、これは決してゆんゆんが持つ短剣の特殊能力ではない。

 あなたが属性付与(エンチャント)を使うのと同じように、ゆんゆんは短剣にライト・オブ・セイバーを纏わせているのだ。

 

 手刀に光を纏わせて敵を切り裂く上級魔法、ライト・オブ・セイバー。

 紅魔族が好んで使うこの魔法は絶大な攻撃力を持ち、光の斬撃を飛ばす事も可能なのだが、素手で使わないといけない関係上、近接戦闘の打ち合いにはどうあっても向いていないという欠点を持っている。

 そもそも後衛職であるアークウィザードが近接戦闘を行う事自体が間違っていると言ってしまえばそれまでなのだが、そんなライト・オブ・セイバーを得物に付与するという形に魔改造したのがウィズである。

 

 ぼっちのゆんゆんが一人でも活動できるように、そして少しでも友人の力になるようにと、ウィズは自身が研究したり実戦の中で経験してきた魔法に関する知識や運用法を惜しげもなく教授し、あなたは痛くなければ覚えないという実体験を元に、実戦形式に近いやり方で近接技能を叩き込んでいる。

 その甲斐あってか、後衛職であるアークウィザードであるにもかかわらず、あなたから見て今のゆんゆんは自分以上に立派な魔法剣士をやっているように思えた。

 それにしたって付与魔法と化したライト・オブ・セイバーというのは些か凶悪な気がしないでもないが。

 

「グ、ギ……」

 

 さて、乱れた息を整えながらも油断無く武器を構える彼女が見据えるのは、ゆんゆんの五倍にも届こうかという巨体を持つ、ヒトの形をしたモンスター。

 左腕を肩から失い、全身という全身から血を垂れ流すソレは、これまた巨大な金棒を支えに片膝を付いている。

 漆黒の肌を持つソレはオーガロードと名付けられた高位モンスターであり、人を好んで食らう悪鬼である。

 周囲に転がり、現在あなたが腰掛けにも利用させてもらってもいる、()()()()()()()()()()()()を率いていたボスであり、討伐依頼を受けたあなた達の標的だった。

 

「ガアアアアアア!!」

 

 再度の咆哮。

 そして苦し紛れに金棒がゆんゆんに振り下ろされ、轟音と共に大地が抉られ、土煙が舞い上がる。

 冗談のようなタフネスを持つダクネスならいざ知らず、ゆんゆんのような軽装の後衛職では掠っただけで重傷は免れず、直撃すれば即死確定の一撃。

 いたいけな少女を襲う純然たる暴力は何も知らぬ者が見れば誰もが目を背けたくなる光景だろう。

 

 だが、あなたはゆんゆんを助けに行く事無く、オーガの死体に腰掛けたまま欠伸を漏らした。

 遅い遅い、あまりにも遅すぎる。欠伸が出るどころか蝿が止まる遅さだ。

 重傷と焦りによって精彩を欠いた鈍間な攻撃など今のゆんゆんが食らうはずも無いと理解していたからであり、実際に金棒の軌道を見切って回避する様を見ていたが故の余裕である。

 

「でやああああああっ!!」

 

 魔法で身体能力を強化したゆんゆんは地を這うように駆け、すれ違いざまに光の剣を逆袈裟に振るう。

 裂帛の気合と共に振るわれた光剣は瞬間的に数倍の長さに伸び、オーガロードの巨体に一筋の、細く、しかし深く決定的な傷を刻みつける。

 

「――――」

 

 果たして、それがトドメとなった。

 目から光が消え、糸が切れた人形のようにゆっくりと崩れ落ち、周囲に転がっている同胞達と同じく大地に沈む黒の大鬼。

 こうして王都近隣の村々を脅かしていた邪悪な人食い鬼は、断末魔の声をあげる事すら許されず、一人の少女の手によって討ち取られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 王都のギルドで討伐の報酬を受け取った後、あなたはアクセルに帰る前に行きたい場所があるというゆんゆんの頼みで王都の喫茶店に立ち寄っていた。

 恐らくは老舗なのだろう。落ち着いた雰囲気の趣味のいい店である。

 ちなみに店名は通天閣粉砕撃。ツウテンカクの由来は不明だがとりあえず改名すべきなのは確かだとあなたの勘が囁いている。

 

「ウィズさんに聞いたんですけど、ここのケーキがとっても美味しいんだそうです!」

 

 時刻はちょうど昼過ぎとはいえ、非常に客入りがいい。

 美味しいのは確かなのだろうな、とあなたは思った。

 客、店員含めて女性しかいない店の中で一人だけ男というのは場違いも甚だしいが。

 

「わあっ、ケーキっていってもこんなに沢山の種類があるんだ。どれにしようかな……あ、はい。全部持ち帰りでお願いします」

 

 ガラスケースに陳列された甘味の数々に目を輝かせるゆんゆんは、誰がどこからどう見ても年頃の普通の女の子だ。

 しかし侮る事なかれ。

 ゆんゆんがあなたと共に王都で活動を始めて早くも一週間。

 精力的に仕事に励んだ甲斐あって、今日のオーガロードとの戦いによって、遂に彼女のレベルは大台である40に到達していた。ゆんゆんの修行は順調に進んでいる。

 恐らくは明日か明後日にでも、あなたとウィズの家でお祝いのパーティーを開く事になるだろう。

 

「あれと、これと……あ、そうだ。折角だしめぐみんにも買っていってあげようかな」

 

 今のところ本人は気付いていないが、その若さと庇護欲を誘う可憐な見た目から、王都で活動を始めてさほど経っていないにもかかわらず、ゆんゆんは早くも同業者達から新進気鋭のアークウィザードとして注目を集め始めている。

 彼女が悪名高い紅魔族と周知されていなければ、とっくに引く手数多だったことだろう。

 そんな彼女とパーティーを組んでいる謎の覆面男もそこそこ注目されているわけだが、現状、ゆんゆんとパーティーを組んでいるのが巷で大人気の頭のおかしいエレメンタルナイトだと知っているのは、キョウヤ、レックスパーティー、そしてギルド職員だけだ。

 一応全員に口止めしているので、ゆんゆんが王都の冒険者達から敬遠される事態には陥っていない。だがギルド職員が邪神の生贄に捧げられた哀れな子羊を見る目でゆんゆんを見る件に関しては心の底から止めてほしいと思っている。

 

 まあどうせ無理なのだろうな、と己に染み付いた謂れ無き風評被害に九割がた投げやりな気分に陥りながら、あなたは店内備え付けの雑誌を手に取った。

 

 ――王都で暗躍する正体不明の義賊、その秘密に迫る!

 

 表紙にはこのような見出しがデカデカと踊っている。

 肝心の内容に関してだが、言ってしまうと非常にありがちなゴシップ誌だった。

 暇を潰すにはちょうどいいが、それ以上のものではない。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 つい最近他国で発生して甚大な被害を引き起こしたという、きのこたけのこ戦争の顛末を読み終えたタイミングで、やや大きめの箱を抱えたゆんゆんが戻ってきた。

 随分と買い込んだらしい。

 

「どれもこれも美味しそうで、つい……」

 

 えへへ、と可愛らしくはにかむゆんゆんだったが、あなたが持っている冊子に目をやると不思議そうな顔で疑問を口にする。

 

「あの、この義賊って何のお話なんですか?」

 

 王都に詳しくないゆんゆんにとって、この件は初耳だったらしい。

 つい先日も発起人である女神と共に悪徳貴族の屋敷から後ろ暗い金をたんまりと巻き上げてきたあなたは、噂の義賊の話をしてあげることにした。

 勿論義賊達の本命である神器云々は伏せて、だが。

 

「悪い貴族からお金を盗んで、そのお金を恵まれない孤児の子供達に寄付する……。まさかそんな人がいるなんて思ってもみませんでした。勿論盗みはいけない事ですけど、まるでお話の中の人みたいですね」

 

 王都の騎士団や憲兵たちが捜査に当たっているにもかかわらず、未だに何一つとして手がかりを掴めていない謎の義賊の話を聞かされ、感心した風に頷くゆんゆん。

 そしていつからそこにいたのか、非常に見覚えのある銀髪の少女がケーキを頬張りながらあなた達の話に聞き耳を立てており、しかも心なしかニヤケ顔になっている。

 あなたはゆんゆんにばれないよう、しかし相手には伝わるように、こっそりとハンドサインを送った。

 

 

 ――ん、ハンドサイン? なになに……警備厳重につきこれ以上の隠密行動は不可能と判断(非常にめんどくさい)強行突破(みねうち)の許可を求む……ちょおっ!?

 

 

 あえて説明するまでもないだろうが、フードを被って覆面を付けたあなたの正体に気付いてむせているのは女神エリスだ。

 ハンドサインについてはお茶目な冗談である。大らかな心で笑って流してもらいたい。

 

「びっくりするほど無茶な注文するよね!」

 

 あなたのジェスチャーに大声でツッコミを入れる女神エリスに、なんだなんだと店中の視線が集中した。

 女神エリスのノリがベルディア並に良すぎて困る。

 

「申し訳ありませんお客様、他のお客様のご迷惑となりますので、店内ではお騒ぎになりませんよう……追加のご注文でしょうか?」

「あ、あはは……なんでもないです、ごめんなさい……」

 

 案の定店員から注意を受けてしまう、この国で最も広く信仰されている幸運の女神。

 女神を相手に不敬な話ではあるのだが、面白そうなのでこのまま他人のフリでもしていよう。

 そのまま踵を返して店から出ようとしたあなただったが、見覚えのある人物にゆんゆんが反応した。

 

「あれ、クリスさん?」

「あ、ああ、うん。久しぶり。二人とも元気だった?」

 

 ゆんゆんと挨拶を交わしながら、女神エリスはあなた(薄情者)にじっとりとした目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜。

 上から下まで黒一色の不審者ルックに着替えたあなたは、女神エリスと共に世界平和の為、悪徳貴族の屋敷に侵入し、盗賊活動を行っていた。

 屋敷の持ち主である貴族は自分が義賊に狙われる人間だと自覚していたのか、深夜であるにもかかわらず多くの警備兵が屋敷内を巡回していた。

 とはいえあなた達からしてみればこの程度の警備などザルもいいところであり、先日と同じくみねうちの出番は無かったわけだが。

 むしろ以前のように警備兵に囲まれるなどのささやかなハプニングが欲しいと思ってしまったくらいだ。

 

「共犯者クン、今日もお仕事お疲れ様」

 

 そんなこんなであっけなく金銀財宝を奪取したあなた達は、それらを幾つかの孤児院に放り込んだ後、女神エリスの泊まっている部屋に戻ってきていた。

 時刻はそろそろ朝日が昇ろうかという頃。徹夜である。

 

「うんうん、初仕事の時はこれからどうなる事かと冷や冷やしたもんだけど、やっぱりキミを選んだあたしの目に狂いは無かったよ。これからもこの調子でよろしくね?」

 

 前回に続いて誰一人として無辜の民からみねうちの犠牲者が出なかった事に、女神エリスは上機嫌だ。

 高レベル冒険者十数人を秒殺可能という戦闘力を誇る上に極めて高い汎用性を誇る魔法であるテレポート持ちのエレメンタルナイトであり、スキルと職業の補助無しに本職顔負けの盗賊技能を有するあなたは、この世界の人間として見た場合は有り得ないと言っていいほどに稀有かつ破格の冒険者である。

 突発的なアクシデントが発生しない限りは極めて使い勝手がいい駒だと女神エリスが判断するのもむべなるかな。

 ずば抜けた豪運を持つ女神エリスも盗賊としては大概凄腕なのだが、キミが宝感知のスキルを持ってなくて良かったよ、折角の義賊活動なのにあたしの仕事が無くなっちゃいそうだもんね、とは彼女の言である。

 

 この言葉から分かるように、決して遊びでやっているわけではないのだろうが、女神エリスは義賊活動をノリノリで楽しんでいた。

 狙う対象が私腹を肥やす悪徳貴族であるがゆえに市民の間では持て囃されている謎の義賊だが、客観的な視点から物を言ってしまうと普通に犯罪者である。

 本人も理解して楽しんでいるあたり、女神としての仕事のストレスが溜まっているのかもしれない。色々と苦労人な気質も垣間見える事だしありえそうだ。

 悪徳貴族からの盗賊行為はさておき、施しに関してはあまりやりすぎると働かずに多額の金が手に入る事に慣れすぎた孤児院が堕落したり、あるいは孤児院を経営しているエリス教団の腐敗の温床になるのではないかとあなたは考えていたりするのだが、金をバラ撒いているのが女神エリス本人、つまり神意なのであえて口出しはしていない。いざとなったら神託や神罰でどうにでもなるだろう。

 

 余談だが、ノースティリスでも乞食に金銭を施すのは善行と見なされている。

 だが乞食を殺しても罪にはならない。乞食を殺して金を巻き上げても罪にはならない。

 ベルディアはこの話を聞いて「悪魔よりよっぽど悪魔だな!」と叫んだ。

 

 

 閑話休題。

 

 

「今回もハズレなのは残念だったね。何事も無く終わって良かったといえば良かったんだけど」

 

 神器が手に入らなかったのもそうだが、女神エリスが今日の仕事をハズレと評したのには理由がある。

 

「何か起きる前に、一日でも早く見つけないとね」

 

 現在、女神エリスはとある二つの神器の行方を追っている。

 女神アクアが授けたそれらはグラムのように担い手を選び、本来の所有者でなければ真の力を発揮する事は叶わない。

 しかし、いかなる経緯を辿ったのか、流れ流れてこの国の貴族に買われたという二つの神器は、本来の力を発揮せずとも余りある危険度を持つのだという。

 

 一つ目は、モンスターをランダムに召喚して使役する神器。

 本来は無条件で呼び出した者を使役するというモンスターボールや支配の魔法も真っ青な恐ろしい神器だったのだが、今は対価か代償が必要になる程度になっているそうだ。

 

 そして二つ目の神器。一つ目も大概に危険だが、女神エリスとしてはこちらが本命。

 詳細を聞いた時、あなたも思い切り顔を顰めたくらいだ。

 

 二つ目の神器が持つ力。

 それは他者と体を入れ替えるという単純にして明快なもの。

 

 ちょっとしたイタズラ道具のようにも思えるが、しかしあなたからしてみれば、これは最低最悪の神器だと言わざるを得ない。

 何が最悪かというと、体を入れ替えている最中に片方が死ぬと二度と元に戻らなくなるところが最悪だ。

 

 これらの神器は女神エリスとの契約内容である『危険な神器を入手した場合は他の安全な神器と交換する』に抵触する為、決してあなたの手に渡ることは無い。

 一つ目は若干惹かれるものがあるが、二つ目の神器に関してはあなたとしても全く異論は無い。さっさと見つけて処分してもらいたいとすら思っている。

 

 件の神器は入れ替わってもどちらかが死ななければすぐに元の体に戻るそうだが、あなたに関してはそうはいかない。

 一度入れ替わったが最後、二度とあなたは自身の体に戻れなくなるだろう。

 

 何故ならば、間違いなく入れ替わったその瞬間に()()()()()()()()()()()()()からだ。

 具体的には発狂した愛剣によってあなたの体が問答無用でミンチになる。

 あなたは友人の実験で他人と体を入れ替えた事があるのだが、あなたの体は当然の権利のようにぶち切れた愛剣によって爆散した。

 

 たとえ体があなたであっても、中身が別人だった場合、愛剣は絶対にそれを許容しない。

 ただひたすらにあなただけを愛し、あなたの敵を殺す事を至上の喜びとし、あなたにだけ使われる事を受け入れる。

 数多の戦場を共に駆け抜けたあなたの無二の相棒はそういう代物だった。

 

 やはり私の予想通りの結果に終わりましたね、と肩を竦めておもしろおかしく笑う稀代の天才魔術師にして変態ロリコンストーカーフィギュアフェチな友人の表情を今もよく覚えている。

 元の体に戻った後、怒り狂った愛剣を携え、実験のお礼参りにペット達と一緒に彼の住む塔に滅茶苦茶殴り込みをかけた事もまた同様に。

 

 

 

「うーん……」

 

 懐かしさに目を細めていたあなたは、女神エリスの唸り声に回想を打ち切られた。

 腕を組んで難しい顔をする彼女は何か悩み事があるようだ。

 

「ああ、うん。大した事じゃないんだけど」

 

 あなたの問いかけにそう前置きし、こう言った。

 

「今はあたしと共犯者クンの二人で上手くやってるわけだけど、やっぱりあたしとしてはあと一人か二人ほど追加の人員が欲しいと思うわけで」

 

 相手は女神だ。矮小な人としての視点しか持たない自分が何故とはあえて問うまい。

 五人以上になるとテレポートから漏れる者が出るので、最大でも四人メンバーが好ましいというのは分かる。

 しかし仕事の内容が内容だ。

 ギルドで募集してよろしく、とはいかない。

 女神エリスが敬虔で腕利きな盗賊職の信者に神器回収の任務を神託として授ければ話は早そうなのだが。

 

「それってつまりあたしの事じゃん」

 

 女神エリスがそういう設定で活動しているのはあなたも知っている。

 あなたが言っている対象はそれ以外のエリス教徒だ。

 クリス(本人)の他に女神エリスの眼鏡に適う人材はいなかったのだろうかと、あなたは女神エリスに問いを投げかけた。

 

 女神本人が動くのは全く構わない。むしろ世の為人の為に率先して動く彼女には好感を抱く。

 しかし、決して暇ではない女神エリスがわざわざ単独で神器の回収作業に励まねばならないほど、エリス教徒の層は薄いものなのだろうか。

 こうしてあなたと行動を共にしている以上、一人で動くのが好きというわけでもないようだし、色々と腑に落ちなかった。

 

「…………はあ」

 

 あなたの問いかけを受け、ややあって、女神エリスは嘆息した。

 

「いや、まあね、あたしもこの仕事を引き受けた時、キミが言ったような事をエリス様に聞いたんだよ? 一人っていうのはちょっときつくないですか、みたいな事を」

 

 でもね、と言葉を区切る。

 物憂げに微笑みながら。

 

「生きたままエリス様の声が聞こえるほどに敬虔で、善良で、腕のいいエリス教徒の人たちほど、率先して最前線で魔王軍と戦って、傷ついて、倒れて(死んで)いくんだってさ」

 

 なるほど、納得の理由である。

 女神の言葉を通し、あなたはこの世界の命の重さ、そして互いの存続を懸けた戦争中だという事を改めて実感させられた。

 

 人手がどうしようもなく不足しているという事も。

 

 

 

 ――つまり私の出番って事だよねお兄ちゃん私なら鍵開けから殲滅から夜のお世話まで何でもござれだもんねお兄ちゃん私お兄ちゃんの為なら何だって()っちゃうしお兄ちゃんの言う事なら何だって喜んで聞くんだから私を選ばない理由なんてどこにもないよね変な名前の紅魔族の連中より私の方がずっとお兄ちゃんの事を分かってあげられるし役に立つっていう事を教えてあげるよううんそうじゃなかったごめんねそんなの私なんかが教えるまでもなくお兄ちゃんは最初から分かってるよねだってお兄ちゃんは私のお兄ちゃんで私はお兄ちゃんの妹なんだから本当に私ってばお馬鹿な妹でごめんねお兄ちゃんてへぺろでもこれだけは信じてほしいな私はお兄ちゃんを愛してるよ本当だよでもまあ今更こんな事言うまでも無いよねお兄ちゃんああそうだところで私を外に出すなら新しい武器が欲しいよっていうか外に出さなくても欲しいよお兄ちゃんこんなしょっぱいオモチャじゃお兄ちゃんの役には立てないもんね私お兄ちゃんがあのハンマーで作った包丁がいいなもう奇跡品質の武器くらいちょちょいっと作れるようになったもんね流石お兄ちゃん略してさすおにまあ私がいっつも使ってた包丁があればそれで良かったんだけど流石に持ってこれなかったから仕方ないよねでもお兄ちゃんが私の為に作ってくれた包丁を使えるっていうだけで私の心は天に昇らんばかりだよお兄ちゃんふふふ嬉しいなあ私がお兄ちゃんの初めてを貰うんだよねやったぜお兄ちゃん明日はホームランださて突然ですがここでクイズだよお兄ちゃん私はここまでに何回お兄ちゃんって言ったでしょうか正解したお兄ちゃんにはお兄ちゃん専用の私をプレゼントだよお兄ちゃんこれはもう答えるっきゃナイトだよお兄ちゃんさあそんなわけで私のハートに今すぐアクセス!

 

 

 

 うるさい黙れ。

 何が「そんなわけで」なのか。

 しんみりしたシリアスな空気が一瞬で毒電波に汚染されてしまった。なんという事をしてくれたのでしょう。

 

「…………」

 

 それ見たことか。

 突然かつ過去最大級の毒電波に女神エリスもドン引きだ。

 

 嘆息するあなただったが、とてつもなく嫌な事に気付いてしまい、背中に冷たい汗が流れた。

 

 まさか、彼女には先ほどのアレが聞こえていたりするのだろうか。

 恐る恐る聞いてみれば、女神エリスは震えながら頷いた。

 

「何、今の……え、本当に何?」

 

 混線したのか、元より素養があったのか。

 濃厚な毒電波を受信してしまった女神は困惑、というか慄いていた。

 さもあらん。同じく言葉の洪水をワっと浴びせられた者として、その気持ちはとても理解できる。

 

 ――そっかー、私の声が聞こえちゃってたかー。ごめんねお兄ちゃん。

 

「こ、こないだの魔剣の呪い? それとも性質の悪い悪霊?」

 

 一緒にしないであげてほしい。

 それはあまりにも(魔剣に)失礼だし(悪霊が)可哀想だ。

 

「そうだよ、私をそんなのと一緒にしないでほしいな」

「!?」

 

 バレたのなら隠しておく必要は無いだろうと、あなたが半ば投げやりに許可を出すと同時、あなたの隣に血を連想させる真っ赤な服を着た緑髪の少女が立つ。

 日記を読むという正式な手順を踏んで呼び出したわけではないので、相変わらずその体にはノイズが走っている。

 しかし以前よりもノイズが減っているように思えた。

 

「女の、子……?」

 

 妹は普通にぺこりと頭を下げて挨拶をした。

 

「今の時間だとこんばんは? それともおはようございますかな? どっちでもいいけど初めまして」

 

 めぐみんへの憎悪と殺意に満ち溢れた応対とは雲泥の差である。

 今の今まで毒電波を撒き散らしていた張本人だとは思えない振る舞いに女神エリスが目を白黒させているが、妹とて常時リミッターを解除しているわけではない。

 

「えっと……共犯者クンの事をお兄ちゃんって言ってたよね。キミは何なのかな?」

「私? 私はお兄ちゃんの生き別れた血の繋がっていない本物にして唯一の妹だよ。お兄ちゃんの言葉を借りるなら妹っていう概念が実体を持った共同幻想なのかな。でも私はそんなのどうでもいいって思ってるし、実際どうでもいいよね。だってかつては他の私達と同じように私達()だった私はお兄ちゃんのおかげで()になったんだから。だから私はお兄ちゃんさえいてくれれば他に何もいらないの。お兄ちゃんと一緒にいる事が私の幸せ。ちなみに好きなものはお兄ちゃん。愛しているのはお兄ちゃん。趣味はお兄ちゃん。信仰しているのはお兄ちゃん。嫌いなものはお兄ちゃんに擦り寄ってくる意地汚い偽者の妹。よろしくね、クリスお姉ちゃん」

「よ、よろしく……」

 

 泣きそうな顔でこっちを見ないでほしい、とあなたは思った。

 

「強くて逞しくて優しくてカッコイイお兄ちゃんだけど、ああ見えてとっても寂しがりやさんなところもあって、まだ私と一緒にいたいんだって。勿論私はばっちこいなんだけど、そういうわけでお兄ちゃんみたいにクリスお姉ちゃんのお手伝いはできないんだ。ごめんなさい」

「そっか、うん、そっかあ……」

 

 良かった。本当に良かった。心の底から安心した。

 そんな声なき声が聞こえてくるかのようだ。

 

「でもこうして一日に一分くらいなら実体化できるから、私の力が必要になった時は気軽に呼んでね。勿論お兄ちゃんがいいよって言ったらだけど。こう見えても私、今のままでもお兄ちゃんの本気の四分の一くらいは強いんだから」

「そっか、うん、そっかあ……」

 

 良くない。本当に良くない。絶対に呼ばない。

 そんな声なき声が聞こえてくるかのようだ。

 

 そして地味に妹の現界可能時間が三十秒も伸びている。

 おのれコロナタイト。

 

「あと何故かよく勘違いされちゃうんだけど、別に私はお化けとか呪いとかそういう悪いものじゃないから、お祓いしたり聖水を使ってもこれっぽっちも意味は無いからね? むしろ元気になるよ。……あ、もう時間だ。それじゃあねクリスお姉ちゃん、って言っても私の姿が消えても私はいつだってお兄ちゃんと一緒にいるんだから、さよならって言うのも変だよね。じゃあ――――」

 

 

 ――コンゴトモヨロシク。

 

 

 そう言い残して妹の幻影は掻き消えた。

 

「…………」

 

 妹が去った後、何を言うでもなく、じっとあなたを見つめる女神エリス。

 その澄んだ空色の瞳には、ただひたすらにあなたへの深い同情と哀れみの感情が湛えられている。

 

「共犯者クン。その、あたしにはなんて言っていいのか分からないけど……この御時勢、辛かったり悲しかったり理不尽な出来事が沢山あるかもしれない。でも……なんていうか……頑張って強く生きてね?」

 

 今も話を聞いている妹の手前、必死に言葉を選ぶ女神エリスのまさに女神の名に相応しい慈悲深さには感服する他無いが、あなたはそこまで言われるほど妹の扱いに困ってはいるわけではなかった。

 余程の事が無い限り、妹はあなたの意思を尊重する。

 今日のようにあまりはしゃがれると多少は辟易させられる時があるものの、そんなものはあなたにとって日常茶飯事だ。どうという事は無い。

 それどころか、あなたからしてみれば女神エリスと会話していた時の妹は非常に大人しくて空気を読んでいたし礼儀正しかったくらいだ。いつもあれくらいだったら助かるのだが。

 

「と、とても見てられないっ……! どうしてこんなになるまで放っておいたの……!?」

 

 けらけらと女神エリスの懸念を笑い飛ばすあなただったが、慈悲深き幸運の女神は何故かさめざめと両手で顔を覆ってしまった。

 

 

 

 かくして若干の誤解や行き違いはあったような気がするものの、女神エリスの盗賊団に、秘密兵器、あるいはオブザーバーとして、幻の三人目(妹の幻影)が加入したのだった。


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