このすば*Elona   作:hasebe

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第9話 空を飛ぶ不思議なキャベツ

「沢山来てるねー。まあ緊急クエストで稼ぎ時だし当たり前かな」

 

 女神エリスの言葉通り、正門前には武装した冒険者が多く集まっていた。

 三桁は余裕で超えているだろう。

 

 あなたはなんとなくウィズの姿を探してみたが、正門に彼女の姿は見つからない。

 女神アクアを警戒してのことだろうか。恐らく街の中でキャベツが来るのを待っているのだろう。

 

「お、ダクネス見っけ。……うん、今のところ仲良くやれてるみたい」

 

 ダクネスもこちらに気付いているようであなた達に手を振ってきた。

 彼女はこのまま女神アクアのパーティーに加わるのだろうか。

 

 鉄壁のクルセイダーにアークプリーストの女神に最強魔法を行使するアークウィザード。

 一見するとそうそうたる顔ぶれの筈なのに、全く羨ましくないどころか少年が可哀想になってくる。

 

「パーティーは一時的なものだけど、今日はお互い頑張ろうね!」

 

 対してこちらのメンバーはなんと女神エリス。

 

 思えば神に手合わせを願うならまだしも、神と轡を並べてこういった依頼や戦闘行為を行うというのはあなたも初めての経験だ。

 あなたが信仰する女神は時折あなたに願いの杖を使わせ、敬虔な信者に請われての降臨という名目であなたの家に遊びに来るが共に迷宮に潜ったり依頼を受けたことは一度もない。他の信者に知られてしまえば大騒ぎになるのだから当然だ。

 

 いい機会だ。折角女神エリスとお近づきになれたのだからと、あなたは女神アクアにしたのと同じ質問をぶつけた。

 残念ながら女神エリスの反応は芳しくなかったが。

 

「んー、悪いけどどっちも知らないかな。食べ物の名前?」

 

 女神アクアの時点である程度予想はついていたので落胆は無い。

 ただ女神アクアと同じ反応に、あなたはやはり二柱は先輩後輩なのだな、と強く思った。

 

 そうやって女神エリスと雑談を交わすこと数分。

 冒険者の中の誰かが突然大声を張り上げた。

 

「来た! 来たぞー!」

 

 あなたが目を向けると、山の方から緑色の何かが現れているのが見えた。

 数など分からない。大地を埋め尽くすほどのおぞましい数の緑がアクセルに向かって飛んでくる。

 

「なんじゃこりゃああああああ!!」

 

 女神アクアのパーティーの少年が叫んだ。

 あなたも全くの同感である。

 

 勢いよくこちらに押し寄せるキャベツの群れはさながら緑色の波濤の如く。あるいは羽虫の大群か。

 キャベツは嫌いではないが、流石にこうも数が多いと気分がいい光景ではない。

 何が悪いといえば色と数が悪い。

 大地を埋め尽くすほどの緑色。

 そう、もしかしてアレはキャベツではなくて、もっと別の……

 

――お兄ちゃん! お兄ちゃ~ん お兄ちゃんっ お兄ちゃん? お兄~ちゃん お兄ちゃん♪

 

 あなたは衝動的に核を使いたくなった。

 緑色の中心で起爆して全てを薙ぎ払えばさぞすっきりすることだろう。

 収穫とはいったい何だったのかという話になってしまうが。

 

 核はさておき、キャベツは本当に数が多い。

 キャベツへの攻撃はどこまでやっていいのだろうか。

 火炎魔法や爆裂魔法が論外だろうというのは分かるのだが。

 

 あなたが習得している他の広範囲魔法と違って相手を必要以上に痛めつけること無く戦闘不能に追い込める轟音の波動は本来こういうときにこそ重宝するのだが、複数の理由で使えないので仕方無い。

 

「勿論無傷が最善だよ。魔法で打ち落とすと痛んじゃうから可能な限り物理で処理したいね」

 

 我先にとキャベツに突っ込んでいった冒険者は実際に剣や弓で応戦を開始しているようだ。

 時折冒険者が装備している金属の鎧や兜に勢いよくぶつかっているが、何故か平気なようでキャベツは壊れること無く形を保っている。

 むしろキャベツは積極的に人間に襲い掛かっている気がするのだが、これはどういうことなのか。

 

『冒険者の皆さん! 今年のキャベツは出来が良く、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕獲してください!』

 

 ルナの報告に冒険者達が一斉に歓声をあげた。

 魔法使いと思わしき少女までもが目の色を変えてキャベツに突進していく。

 頭がおかしくなりそうな光景だったが、あなたはこういうものなのだろうと割り切った。異世界恐るべしである。

 

「一玉一万エリスだなんて太っ腹だね。あたし達も頑張ろう!」

 

 女神エリスが通貨のエリスの話をするというのは激しく違和感がある。

 キャベツ一玉につき一万の女神エリス。あなたは想像して頭が痛くなった。

 

 

 

 

 

 

 キャベツの収穫は大盛況のうちに終わった。

 疲労と痛みで座り込む冒険者達は皆一様に満面の笑顔だ。

 

 飛行する野菜の群れの収穫という、あまりにも慣れない作業にあなたのキャベツの収穫は難航を極めたが、それも序盤のうちだけだった。

 カズマ少年を見て分かったのだが、キャベツには窃盗スキルが効いたのだ。

 スティールは生き物にも通用するのか。そもそもこのキャベツは生きているのか。キャベツの正体はいったい何なのか。

 つぶらな瞳であなたを見つめてくるキャベツを前にしたあなたは、考えることを止めて窃盗を始めとする非殺傷系の各種スキルでキャベツを収穫し続ける機械と化した。

 

 女神エリスはスティールを使わずにキャベツを捕獲し続けるあなたの手際のよさに感心していたが、まさか窃盗スキルで自分のパンツを盗まれたとは夢にも思うまい。

 

「いやー、結構大変だったけど楽しかったね!」

 

 そして大量のキャベツを集めてほくほくと満足そうに笑う女神エリスも八面六臂の大活躍だった。

 所狭しと駆け回ってあなたの捕まえたキャベツの回収を始めとする各種サポートを行ってくれたのだ。

 

 そう、本当に激しく動き回っていたのだ。

 あなたは女神エリスを見つめた。

 初めて見たときと同じ、露出度が高めな軽装だ。

 

「どうしたの?」

 

 あなたの視線が気になったのか女神エリスが首を傾げた。

 

 女神エリスは今パンツを穿いているのだろうか。

 まさかとは思うがパンツを盗まれたままここに来て、周囲の冒険者達にあの大立ち回りを演じていたのではないのだろうか。

 もし下着を穿いていなくてもスパッツとホットパンツなので傍目には分からないだろうが。

 

「…………」

 

 女神エリスはあなたの質問を受けると真っ赤になってプルプルと震え始めた。

 先ほどのように女神本人の姿が見えるが、他の冒険者は誰も反応していないのできっと幻覚だろう。

 

「は、はいてるよ? ほんとうだよ?」

『は、はいてますよ? ほんとうですよ?』

 

 穿いているようだ。女神本人が言っているのだからきっとそうに違いない。

 なのであなたはそれ以上の追及を止めた。

 いきなり女神エリスが中腰になって股間を押さえ始めても、本人が穿いていると言っているから穿いているのだろう。

 ノーパンスパッツというある意味裸以上に煽情的な格好で大立ち回りを演じた女神などどこにもいない。どこにもいないのだ。

 あなたはただ慈愛の瞳で女神エリスを見つめ続けた。

 

「何でそんな目で見るの!? ちがうよ、はいてるよ!!」

『何でそんな目で見るんですか!? ちがいます、はいてますよ!!』

 

 穿いているはずなのに何故か涙目で中腰のままプルプルしながら逃げ出す女神エリス。

 あなたは今なら自宅に物乞いに来る薄汚い乞食にだって金を恵んでやれる気がした。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。ちょっといいですか?」

 

 後片付けを行うあなたにめぐみんがカズマ少年と一緒にあなたに近づいてきた。

 どうにも少年はあなたに萎縮しているように見える。

 

 あなたはめぐみんが収穫中にキャベツに釣られてやってきた魔物の群れに爆裂魔法を撃ち込んでいたのを確認している。

 乾坤一擲の爆裂魔法によって魔物は消滅。

 例によってめぐみんはダウンしたが、キャベツに襲われる寸前にカズマ少年が回収してその場を離脱していた。

 どうやら歩ける程度には回復していたらしい。

 

「うちのカズマが冒険者なんですが、スキルを覚えるためにあなたが覚えているポイントが低いのを何か見せてもらえませんか? 百エリス払いますから」

「なあめぐみん、本当に大丈夫なのかよ。この人アクセルのエースって呼ばれてるんだろ?」

「大丈夫ですよ。暇なら酒場のキッチンに立つ程度にはアレな人ですから」

「酒場のキッチン……」

 

 お陰で夢が壊れましたと愚痴るめぐみんとテンションが一段下がった少年。

 冒険者は他者に伝授してもらうことで取得可能なスキルが増える。

 この世界のスキルならば断る理由は無い。あなたは頷いてめぐみんから百エリスを受け取った。

 だがスキルといっても何を見せればいいのだろうか。

 

「えっと、じゃあ……魔法系と片手剣のスキルで」

 

 魔法はいいのだが武器スキルはどうやって教えればいいのだろう。

 そもそもあなたはこの世界の片手剣スキルを使っているという自覚が無い。

 適当に剣の型を披露してみることにした。駄目だったらめぐみんが何か言ってくれるだろう。

 

「おおー。流石本職の人」

 

 次に初級魔法。

 種火や土が発生するだけだが、クリエイトウォーターはあなたの中ではこの世界で最も偉大な魔法の一つだ。

 

「……なあ、めぐみん」

「あれは一ポイントで覚えられる初級魔法です。ご覧の通り攻撃力は皆無ですから取得している魔法使いはあまりいませんよ」

 

 確かに火力は皆無だが使ってみると小回りが利いてこれが意外と便利だったりする。

 だがやはり人気は無いようだ。

 一ポイントで簡単に取得できるのだから取得しておけばいいと思うのだが。主にクリエイトウォーターのために。

 

「えっと、もう少しかっこいいというか派手なのをお願いしたいんですけど……」

「つまり爆裂魔法ですね?」

「…………」

「ねえカズマ、どうして無言で目を逸らすんですか? ……おい、私の目を見ろ」

 

 あなたが使える魔法の中で最も派手なものはメテオの魔法だが、まあ論外だろう。

 中級魔法を使ってみる。めぐみんと同じパーティーの少年にはあまり面白みの無いものだろうが。

 

「殆ど手品な初級と違ってまさに魔法って感じだな。こんなに違うのか」

「この程度、我が爆裂魔法の足元にも及びませんけどね」

 

 これ以上の魔法となると取得コストが重い。

 なのであなたは適度に安くて派手な雷属性付与(エンチャント・サンダー)を使用することにした。

 

 スキルの発動と同時に刀身が激しい紫電を帯び、バチバチと雷属性特有の音を鳴らす。

 危険を感じ取った周囲の冒険者があなた達から距離を取り始める。

 

「うおおおおおおおおお!?」

 

 だがそれを見た瞬間、少年の目がキラキラと輝き始めた。

 

「な、なんですかカズマ、そんなに興奮して。あんなのただの属性付与(エンチャント)じゃないですか」

「だって魔法剣だぞ!? 確かにめぐみんの爆裂魔法は凄かったけどやっぱファンタジーで魔法剣は外せないよな!」

「我が爆裂魔法は決して属性付与(エンチャント)なんかに劣ったりはしませんよ!」

 

 少年は属性付与(エンチャント)をいたくお気に召してくれたようだ。

 あなたもこれは面白くて好みのスキルなので気に入ってくれるのはとても嬉しい。

 折角なので最近覚えた新技も披露することにした。

 

 雷属性付与(エンチャント・サンダー)を維持したまま戦士スキルの遠距離攻撃である音速剣(ソニックブレード)を発動。空に向けて剣を振る。

 

 本来は斬撃を飛ばすだけのその技は、迸る紫電と共に空を切り裂いた。

 少年は呆然と空を見上げている。

 

 属性付与(エンチャント)を使った状態で音速剣(ソニックブレード)を放つと擬似的な攻撃魔法になるのだ。

 普通に攻撃魔法を使えと言われそうだがあなたはそれはそれ、これはこれだと思っている。

 そもそも属性付与(エンチャント)自体趣味で使っているスキルなのだ。とやかく言われる筋合いは無い。

 

「…………マジで!? マジで俺にもアレができるのか!?」

属性付与(エンチャント)音速剣(ソニックブレード)も使用者の力量に左右されるスキルですから冒険者のカズマじゃ碌なダメージは出ませんよ」

「魔法剣を使えるってこと自体がステータスになるんだよ!」

「これは私ともあろうものが人選を誤りましたか……もう少しカズマに変な影響を与えない普通の人に頼むべきでした」

 

 めぐみんはあなたに扱いが雑だと文句を言ったが、彼女も大概失礼なのではないだろうか。

 

「す、すまない!」

 

 二人に続いてダクネスまで赤ら顔で近づいてきたが、あなたはこの後彼女が何を言い出すか完璧に分かっていた。

 なにせダクネスはメラメラと瞳に暗い情欲の炎を灯しているのだから。

 一人で囮としてキャベツに突っ込んでは集中砲火を食らって悦んでいたというのに、まだ足りないらしい。

 

「先ほどの電撃を私にぶつけてくれないだろうか! 是非もっと威力を上げた状態で! むしろ電撃以外の属性付与(エンチャント)だろうがドンと来い!」

「ダクネエエエエエエス!!」

 

 女神エリスが叫びながらダクネスに突っ込んでいき、そのままダクネスを引き摺っていってしまった。

 盗賊とは思えない力強さは流石女神といったところだろうか。

 

「止めろクリス! 私を止めてくれるな!」

「止めるに決まってるでしょこのバカネス!」

「バカネス!?」

 

「俺やっぱ属性付与(エンチャント)取るの止めとくわ」

「賢明な判断ですね。あんなものよりも必殺の爆裂魔法を覚えるべきですよ」

「お、片手剣と初級魔法スキル覚えられるようになってる。習得っと……」

「無視しないでくださいよ!?」

 

 そんなこんなでキャベツの収穫は無事平和に終わった。

 だがあなたにとってキャベツの収穫などこれから始まる本番に比べれば些事に過ぎない。

 さあ、決戦の時だ。

 

 

 

 

 

 

「こんばんは。今日はご馳走になりますね」

 

 その日の夜。

 アクセルの街中が新鮮なキャベツ料理に舌鼓を打っている中、ウィズがあなたの家にやってきた。

 

 あなたは大切な相手に料理を食べさせたいのでその試食をしてほしい、という名目でウィズを呼んだのだ。

 キャベツ収穫の日なのは新鮮なキャベツを使った料理を作る予定だから。

 以前そう説明したとき、ウィズは快く試食を引き受けてくれた。楽しみにしていますと嬉しそうに笑いながら。

 

 あなたは何一つとしてウィズに嘘を言っていない。

 料理を食べさせたい相手本人に試食を頼むだけでちゃんと新鮮なキャベツを使った料理も出す。

 

「あなたが依頼で料理を作ったりしてるって聞いてたから、私今日がずっと楽しみだったんですよ」

 

 ウィズはそんな嬉しいことを言ってくれた。

 彼女の期待に沿えるといいのだが。

 

「ところで今日は何を作ってくださるんですか?」

 

 あなたはもう料理はできているので待つ必要は無いとウィズを席に着かせた。

 

「え? でもテーブルには何も……」

 

 不思議そうなウィズを尻目にあなたは四次元ポケットから料理を取り出す。

 最初に出すのはウィズを呼んだ名目であるキャベツ料理だ。品目はロールキャベツ。

 

「ああ、あの魔法で……ってええっ!?」

 

 勿論用意したのが一品だけなはずが無い。あなたは次から次へと料理をテーブルに並べていく。

 テーブルはあっという間にあなたが取り出した料理の数々に占拠されてしまった。

 

「こ、これ……本当に私が食べていいんですか……?」

 

 そのために作ってそのために呼んだのだから食べてもらわないと困る。

 

 酒場のような場所で調理の依頼を受けるときは質よりも量と速さを求められるので結果的に味もそれなりのものになる。

 だが今日用意した料理は全てあなたが持つ料理技能をフルに活かして本気で作ったものだ。

 

 あなたがそう説明するとウィズがごくり、と生唾を飲んだ。

 一度も料理から視線を外さずに。

 

「私はあなたに何をすればいいんですか? 一緒にデストロイヤーと戦えばいいんですか?」

 

 ウィズは玄武に攻撃を仕掛けたときのような、覚悟を決めた瞳で料理を凝視している。

 あなたはとてもとても悲しい気持ちになった。

 必ずこのリッチーの食生活を改善せねばならぬとあらためて決意した。

 

「あ、後で吐いて返せって言われても返しませんからね!?」

 

 あなたは食べてくれるだけでいいと言ったのだが、ウィズは凄まじく失礼だった。

 このリッチーの中ではどれだけあなたは意地汚い奴だと思われているのだろうか。

 あまりにもあまりなウィズの物言いにあなたは少しだけ頬を引くつかせる。

 あなたはウィズほど餓えていないし、ウィズも餓えないほどの資産を持っているはずなのだが。

 

「で、では、いただきます。まずはお肉を……――――」

 

 ウィズが恐る恐る一際目立つステーキを口に運んで咀嚼した瞬間、恐ろしいことが起きた。

 彼女の瞳の光と表情が一瞬で消えたのだ。

 無表情で時が止まったかのようにフォークを口に運んだままぴくりとも動かないウィズの姿に、まさか口に合わなかったのだろうかと冷や汗が流れ始める。

 

「…………」

 

 あなたが声をかけようとしたところで、目から光を失ったままのウィズが再起動した。

 普段は感情も表情も豊かなウィズが無言無表情で咀嚼し続けるのは異様な光景であった。

 

「…………美味しいです、とても。本当に」

 

 味の感想を求められたウィズは、およそ感情というものが感じられない声でそう言った。

 そのまま無表情で黙々と一心不乱に料理を頬張り始めたウィズを見たあなたは、とてもとてもとても悲しい気持ちになった。

 いったい誰が食事だけでこんな反応をされると考えられるだろうか。

 ちなみに今も目に光は戻っていないし表情も死んでいる。代わりに目尻に滴が溜まっているように見える。

 

 凄腕のアークウィザードでリッチーであるウィズのこれまでの悪い意味で非常識な食生活を慮って、あなたは危うく貰い泣きするところであった。

 餓死など何度経験したか覚えていないあなたは、餓えは文字通り死ぬほど辛いと理解しているゆえに。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 結局ウィズは食後のデザートまで完食して紅茶を飲み終えたところで目の光と表情を取り戻した。

 

「こんなに美味しいお料理を食べたのはいつ以来か分からないくらいです。この後あなたにご馳走される人は幸せ者ですね」

 

 本当に幸せそうに微笑むウィズの口に合ったようで何よりだとあなたは安堵した。

 危険な食材は使っていなかったが、万が一ということもあった。

 

「はい、本当に美味しかったです。こんな料理なら毎日だって食べたいくらいですよ」

 

 残念だがあなたは冒険者だ。アクセルの街にいないこともそれなりにある以上それは出来ない。

 あなたにできるのはウィズが餓えないように食料を提供することくらいだろう。

 

「……ふふっ、ありがとうございます。それは助かっちゃいますね」

 

 努めて冗談に聞こえるように放ったあなたの言葉にウィズはふんわりと穏やかに微笑んだ。

 そしてあなたはウィズの返答に朗らかに笑い返しながら心の中で(ニヤリ)と邪悪に笑った。

 

 途中はどうなることかと思ったが最終的に本人の言質を取った。

 こうなってしまえば最早こちらのものだ。

 

 あなたは隠しておいた食材の数々と王都で購入したこの世界の冷蔵用の魔道具を取り出した。

 高級食材は用意していないがどれも一般人が日常的に使用する分には十分すぎる質だ。

 当然パンの耳なんていう節約食材は用意していない。

 

「え、あの……これは……?」

 

 無論ウィズが食べるための食材と保冷庫である。

 これだけあれば最低一週間はもつだろう。

 

「えっ」

 

 ウィズがあなたの言葉を社交辞令やリップサービスの類と受け取ったのだろう。

 あなた自身食後の歓談だと思われるように軽い口調で言ったのだから無理も無い。

 

 だが甘い。店を建てれば簡単に金が稼げると思った駆け出し冒険者のように甘い。

 ウィズがどう受け取るかはウィズの自由だがあなたの発言は本気のものだったのだ。

 あなたに窃盗を仕掛けて失敗した愚かな盗人を愛剣で八つ裂きにするときくらいには本気だった。

 ウィズは本気になったあなたの意志の固さと執念深さを知らない。

 

「じゃ、じゃああなたが料理を食べさせてあげたい大切な相手というのは?」

 

 勿論ウィズである。

 あなたの狭い交友関係で他にそんな相手がいるはずが無い。

 

「えっ……」

 

 あなたは依頼とあれば様々な場所に赴く冒険者だ。

 主夫になる気が無い以上は確かにウィズのために毎日毎食料理を作るというのは現実的ではない。

 だが食材を用意することならできる。女性一人分の食費を賄うなど造作も無い。

 大金があってもウィズの食生活が一向に改善されないのならばもう現物を持ってくるしかないではないか。

 何度でも言うが綿に含んだ砂糖水は食べ物でも飲み物でもないのだ。

 

「い、いや……でもほら、私はリッチーですから。無茶な食生活でも我慢できますし」

 

 我慢し続けた結果が先ほどのウィズである。アンデッドに相応しい目と表情の死にっぷりであった。

 あなたの料理を食べたことで日頃いかに自分が酷い食生活を送ってきたのか自覚してしまったゆえのあの様だと思われる。

 完全に死んだ目と表情で黙々と食事を進めるあのウィズを見れば子供は確実に泣く。

 

「う゛っ……」

 

 ウィズが胸を押さえた。

 あなたの鋭い指摘に本人も何かしら思うところがあったようだ。

 

「こ、これからはちゃんと自分でご飯を用意します! なんたってキャベツが沢山ありますから!」

 

 話にならない。問答無用で却下である。

 あなたにはキャベツのシーズンが終わればすぐにでもウィズが綿の砂糖水かパンの耳生活に戻るという予知にも似た確信があった。

 ゆえにあなたはどれだけウィズが泣こうが喚こうがストーカー呼ばわりされようがこのかたつむり野郎と罵倒されようが本気でウィズの食の面倒を見るつもりだ。

 

「幾らなんでもそこまでは言いませんよ!?」

 

 ウィズ本人から言質を得られた以上、最早あなたは自分がこの世界にいるあいだはウィズに綿に含んだ砂糖水やパンの耳に砂糖を塗したものなど食させる気は無い。

 凄まじくゴリ押しだがウィズにはあなたの生きてきた世界ではこれが普通だと理解して潔く諦めてほしい。

 

「でも……いつもお店で買い物をしてくれるあなたにそこまでしてもらうわけには……」

 

 全くの見当違いである。あなたはいつもウィズの店で買い物をしているからこうするのだ。

 本音を言えばいつものように直接店への投資として資金を大量に投入してもいいのだが、流石にウィズもそこまでされてしまっては気に病むだろう。

 むしろ現金では小額だろうが無理矢理受け取らせても一エリスも使われずに終わる可能性が極めて高いとあなたは睨んでいる。

 

「そんなの当たり前じゃないですか!?」

 

 だからこそあなたはこうして直接食料を渡しているのだ。

 ちなみに嫌だと言っても食料は定期的に無理矢理送りつけるので安心して絶望してほしい。この程度であなたの懐は全く痛まない。

 

 無論食材を売って金に代えられたり一切使わずに腐らせてしまってはどうしようもない。

 だがこれはあなたなりにウィズとウィズの店のためを思ってやっているということだけは理解してほしかった。

 

「……できませんよ。そんなこと言われてできるわけないじゃないですか……」

 

 あなたの真剣な訴えと瞳にウィズはようやく観念したのか、静かに項垂れた。

 

「…………わ、分かりました……この食材は、ありがたく受け取らせていただきます……」

 

 勝った。あなたは伝説のアンデッドであるリッチーを相手に見事*勝利*を収めたのだ。

 あなたは今夜は眠れないな! と歓喜の雄叫びを上げるとともに見事なガッツポーズを決めた。

 

「なんでそんなに嬉しそうなんですか!? うぅ、もう……どうして私なんかにそこまで……」

 

 かつてレシマスの迷宮を制覇したときに匹敵する全身を包む高揚と達成感に拳を天高く突き上げる。

 そんなあなたを見てウィズは何故か恥ずかしそうに縮まっていた。


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