このすば*Elona   作:hasebe

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第87話 101匹姫騎士大行進

 瑞々しい空気が肺を潤す王都の朝。

 あなたとゆんゆんは朝一で王都の冒険者ギルドにやってきていた。

 

「ここが王都のギルド……ウィズさんにちょっとだけ聞いてましたけど、アクセルとは全然違うんですね」

 

 眼前の白い石造りの建物を見上げ、感慨深げな声を出すゆんゆん。

 周囲の建築物と比較しても一際大きく、王城ほどではないにしろ、遠くからでも一目で分かる程度には目立っている王都のギルドは、地下一階、地上三階の建築物だ。ちなみにアクセルのギルドは一階建て。

 

 地下一階は習得したスキルの確認や練習の為に使われている、トレーニング用の階層。

 そして一階はギルドの受付、二階は資料室、三階はギルド職員の仕事場となっている。アクセルのように酒場は併設されていない。

 特筆すべき点としては、建物全体に防御魔法がかけられており、特に地下に関しては高レベルの冒険者がドンパチやっても大丈夫な程度には頑丈だったりすることだろうか。あるいは核の直撃にも耐えられるのかもしれない。流石に建物の中で玩具を開放したり爆裂魔法を使った場合は倒壊するだろうが。

 

 さて、これから国中の腕自慢が集う王都の冒険者ギルドに足を踏み入れるわけだが、その前にあなたはゆんゆんに聞いておくべき事があった。

 ずばり、パーティーメンバーを王都で募集する気はあるのかを。

 あなたの問いかけに、ゆんゆんはとんでもないと首を横に振った。

 

「王都でお仕事をすることはあるかもしれませんけど、私はこれからもアクセルを拠点にして活動する予定ですし、何より王都の冒険者の人って高レベルの人ばっかりなんですよ? そんな中に私なんかが混じったら迷惑になっちゃうじゃないですか」

 

 ここまで自分に自信が無いというのも困りものだ。ともすれば嫌味と受け取られてもおかしくない。

 ゆんゆんは十四歳と非常に若く、更に養殖で廃上げしたせいで同レベル帯の冒険者と比較して実戦経験が浅い。

 だが実力は確かだ。廃人とリッチーの教えを現在進行形で受けており、レベルも40に届こうかというこの紅魔族のアークウィザードは人類の最前線でも埋もれない強さを持っている。

 気弱なのはマイナスだが、こればかりは時間をかけてなんとかしていくしかないだろう。あなたは人格破壊と人格改造は得意中の得意だが、人格改善は不得手なのだ。

 

「でも、どうしてそんな事を聞くんですか? 王都でパーティー募集だなんて」

 

 ある意味では当然なゆんゆんの疑問に、ゆんゆんの為だとあなたは答える。

 再三語ってきたが、あなたは王都ではあまりいい目で見られていない。控えめに言って犯罪者一歩手前、率直に言ってキチガイか化け物扱いだ。

 非常に遺憾ながら、それは地元(ノースティリス)で散々味わってきた非常に慣れたものではあるのだが、もしゆんゆんが自分の関係者だと知られれば、彼女が王都でパーティーメンバーを見つけるのに重大な支障を来たすのではないかと先日の件からあなたは予想していた。

 

「ああ……だからこんなにいいお天気なのにフードを被って覆面までしてたんですね」

 

 なんだかそうしていると盗賊とか暗殺者みたいですよ、という言葉は聞かなかったことにする。

 アルダープやレインですらゆんゆんの存在に……というか、あなたに同行者がいるという事に驚いていた。同業者たちがどう思うかなど推して知るべし。

 王都に変な正義感を持っためんどくさい冒険者が一人もいないとは断言できない。ノースティリスにもその手の輩はいた。

 最悪、頭のおかしいエレメンタルナイトがいたいけな紅魔族の少女を奴隷にしている、などといった頭痛がしそうな風評被害が発生しかねない。非常にめんどくさいことになる。あなたにとっても、ゆんゆんにとっても。

 

「そんなに!?」

 

 冒険者はまだ一人も殺していないあなたからしてみれば、このような不当な扱いには言いたい事も出てくるというものである。

 ノースティリスでは貧を超越して無乳で有名な爆弾魔のテロリストにヒトゴロシくんと呼ばれているあなただが、それはそれ、これはこれだ。

 

「えっと……私は何を言われても気にしませんから大丈夫ですよ。その、あなたはちょっと変わってても、本当は良い人だっていうのはちゃんと知ってますから」

 

 どこまでもあなたを信頼しきった、白百合を髣髴とさせる無垢な微笑みを受け、あなたはほんの少しだけなけなしの良心が痛んだ。

 まさかゆんゆんは廃人を聖人君子かなにかだと思っているのだろうか。流石にそれはかなり勘弁してもらいたいというのがあなたの本音である。変に勘違いされたままだと後が怖い。

 

「すみません。流石に聖人君子とまでは思ってないです」

 

 真顔でキッパリと言い切ったゆんゆんにあなたはほっと息をついた。

 しかし、このままアクセルでもパーティーメンバーが見つからなかったときはどうするのだろう。

 ゆんゆんのレベルはアクセル内で突出している。一人でもやっていけるように育てているつもりではあるのだが、ドラゴンを仲間にした後もソロでやっていく未来しか見えない。

 いっそのこと、開き直ってパーティーメンバーを見つけるのは諦め、ソロ専門で活動するというのはどうだろうか。どうせ今と大差は無い。

 

「絶対嫌ですよ!? 確かにそんな感じになっちゃってますけど!」

 

 冒険者デビューから一貫してソロで活動しているゆんゆんは、まだ仲間を見つけることを諦めていないようだ。

 将来に希望を持ったり夢を見るのは間違っていない。

 実際に叶えられるかは別として。

 

「あ、でも、あなたも一人で活動してるんですよね。ここは一人者同士、友達パーティーを組んでみるというのは……今だけじゃなくて、めぐみんとカズマさん達みたいに、本物のパーティーとして……これからはお向かいさんになることですし、引越しお祝いを兼ねて、とかそんな感じで」

 

 ちらちらと横目であなたを窺うゆんゆん。

 友人とパーティーを組むのは普通だと言ったが、カズマ少年達のように恒常的に組むとなると話は別である。

 一応とはいえあなたとゆんゆんは師弟関係であり、何よりあなたはアシストが必要な時はウィズに頼むと約束している。彼女との約束を違える気は無い。

 無論ゆんゆんと固定パーティーを組むのは吝かではないが、それはゆんゆんがウィズに準ずる(準廃人級)程度に強くなってからになるだろう。

 ベルディアのように、諸々の権利を放棄してまで廃人の仲間(ペット)になって死線を越えたいというのであればともかく、あなたと対等ではない今のゆんゆんがあなたの仲間(パーティー)になっても彼女の為にならない。本人もよく分かっている筈だ。

 こうしてパーティーを組んでいるのも、あくまでも修行の一環であり、社会見学の為だということを忘れてはいけない。

 エーテルの研究に行き詰った時に気分転換でゆんゆんを手伝っている女神ウォルバクのように、一時的にパーティーを組むのはむしろ望むところだが、めぐみんとカズマ少年達のような、互いが互いを支えあう、本当の意味での仲間は他の者を探すべきだ。

 

「そ、そんなに長々と私と組まない理由を解説してくれなくてもいいじゃないですか! しかも出来の悪い子を諭すような優しい口調で! せめてもっと簡潔に言ってくださいよ!?」

 

 (レベル)が足りない。

 

「力……力が欲しい……っ!」

 

 いっそ清清しいまでのあなたの塩対応に、ゆんゆんは血を吐くような重苦しい口調で台詞を発した。

 力が欲しければくれてやろう。

 三食おやつをハーブ漬けにするという味覚の退路を断った状態で下落転生(レベル下げ)を行い、爆裂魔法を含む全てのスキルを習得させ、そこから養殖でパワーレベリングをすれば子供でも強くなれる。

 いかんせん、闇落ちする未来しか見えないわけだが。

 

 

 

 

 

 

「たのもー……」

 

 掠れる様な小声と共に、おっかなびっくりギルドの扉を潜るゆんゆん。

 しかしすぐ後ろに立つあなたが辛うじて聞き取れる程度の声量では、朝一で静かだとはいえ、広いギルド内に響くはずも無い。

 既にやってきていた冒険者や職員の内、目ざとい何人かが扉を開けた少女と覆面の男になんとなしに目を向け、一風変わった組み合わせだといった表情を浮かべるも、すぐに興味を無くしたように視線を散らした。

 

 ゆんゆんもそうだが、それ以上に誰一人として自分に注目していない事に、あなたは自身の思惑が上手くいった事を悟る。

 頭のおかしいエレメンタルナイトがやってきてもギルド全体が水を打ったように静まり返ったりしないし、あなたを見てヒソヒソと囁きあったりしない。覆面作戦は大成功のようだ。

 

 ……そこまで考え、一転してあなたの気分は沈んだ。

 何が楽しくて自分はこの程度の事で喜ばねばならないのか。

 つくづく王都という地はあなたにとってアウェイなようだ。

 

「お仕事頑張りましょうね!」

 

 あなたの気落ちを察したのか、ゆんゆんが両手を握ってぐっとガッツポーズを決め、あなたを激励した。

 

 

 

 名誉と栄光、激しい戦い、そして一攫千金を求め、各地から海千山千の腕利き冒険者達が集う王都のギルド。

 魔王軍との戦いの最前線に位置するこの街に張り出されている討伐依頼は、難易度、報酬ともにアクセルのそれとは一線を画す。

 ジャイアントトードのような、狩ろうと思えばそれこそ一般人でも狩れるようなモンスターの討伐依頼など発注されるわけがない。

 

「これとかどうですか?」

 

 さて、そんな王都での初めての依頼。

 ゆんゆんが依頼は自分で選びたいと言ってきたので任せてみたのだが、彼女が持ってきたのは王都から隣国へ向かう隊商の護衛依頼だった。

 

「だ、駄目な感じですか?」

 

 あなたは覆面の下で軽く渋面を作る。

 魔王領と国境が接しているのが当国だけである以上、魔王領と国を一つしか挟んでいないといえ、そこは比較的安全な、いわゆる後方国家だ。

 最前線から離れた安全な後方国家への移動。

 国と国を繋ぐこの街道は、アルカンレティアから紅魔族の里までの道程と違って街道はしっかりと整備されており、騎士団も一際力を入れて仕事をしているので凶悪なモンスターや盗賊団など出る筈も無い。

 つまり却下である。

 彼女は何の為に自分と一緒に王都くんだりにまでやってきたと思っているのか。ゆんゆんには是が非でもこの人類の最前線で戦ってもらう。

 

 しかしその後もゆんゆんはレベル20程度の冒険者が対象の、かなりヌルい仕事しか持ってこなかったため、結局はあなたが自分で依頼を見繕う破目になった。

 精神面に不安を抱える今の彼女に初手からドラゴン退治に行けとは言わない。

 しかし仮にも師匠の真似事のような役割を担っている以上、多少は弟子の尻を蹴り上げるようなこともやらなければならないのだ。

 

 

 ――マンティコアの番いの討伐。推奨レベル:30以上。

 

 

 さて、掲示板に張り出された多種多様な依頼の中からあなたが選んだのがこれである。

 王都近郊に広がる大平原にある小さな洞窟。

 冒険者の緊急避難所として使われることもあるそこに、マンティコアが住み着いてしまったのだという。

 難易度、報酬。共に中々悪くない。

 

「うぇえええええ……マンティコアの討伐依頼ですか……それも番いの」

 

 あなたが受注した依頼の詳細を聞き、ゆんゆんは案の定怖気づいた様子を見せた。

 マンティコアとは合成魔獣(キメラ)の一種であり、蠍の尻尾と蝙蝠の羽を持った獅子のモンスターなのだが、肝心の頭部が人間のものという、生き物を適当に遺伝子複合機にぶち込んで合体事故を起こしたとしか思えない姿をしている。

 ベルディアの頭だけコクオーに乗せたらきっとこんな感じになるのかもしれない。

 

 同じように複数の生物をかけあわせたモンスターの代表格である上に、獅子の体という点まで一致しているグリフォンとはえらい違いだが、それでもマンティコアは獅子の強靭な体躯、蠍の毒、人の知能を併せ持ち、更には魔法まで使う強力なモンスターだ。

 一応蝙蝠の羽根を使って飛ぶこともできるのだが、非常にしんどいらしい。なので基本的に飛行は魔法で行う。

 総じて、グリフォンに比肩するレベルの強力なモンスターと言えるだろう。

 どうにもゆんゆんが気乗りしていないのは、以前グリフォンにいいようにあしらわれそうになった経験からきているのかもしれない。

 確かにこれはアクセルでは滅多に見ない高難易度の討伐依頼であり、本来であれば二人で受けるような依頼でもないが、初心者殺し程度なら状況次第で秒殺可能な今の彼女であれば不足は無い。

 推奨レベルも上回っている。

 

「そうでしょうか……でも、この推奨レベルってパーティーであることを前提に……最低でも四人である事を前提にしてるというか、暗黙の了解、みたいなところあるじゃないですか」

 

 もっと言うなら、同レベル帯の平均的な能力を持った前衛二名に後衛二名という、オーソドックスかつバランスのいいパーティー構成が前提になっている。

 これだけあれば余程の事が無い限りはおおむね問題なく(死人を出す事無く)依頼を達成できるだろうと、ギルド側が過去の事例から判断した数値が推奨レベルの正体だ。

 とはいえ、同じレベルでもパーティーの総戦力は各々の職業やスキル構成、装備によって大きく左右されることなど論ずるまでもない。

 よってこの数値をあまり鵜呑みにしすぎると痛い目を見るが、それでもある程度の参考にはなる。

 

 この討伐依頼については、少なくとも廃人(あなた)魔王軍幹部(ウィズ)を同時に一人で相手にするよりは簡単なお仕事だ。

 

「なるほど、そう言われてみれば確かに、ってどう考えても比較する対象がおかしいですよね!? そんなのと比べちゃったら、他のどんな討伐依頼だって簡単になるじゃないですかぁ! それこそ魔王軍と戦う方を選びますよ私は!」

 

 仮にも師匠を相手にそんなの呼ばわりとは随分と御挨拶だが、彼女の言いたい事も分からないではない。

 本来であればゆんゆんの言うように、このような討伐依頼ではなく、他の冒険者と自身の力量をダイレクトに比較できる上に有無を言わさずに戦わせることができる、という意味で王都防衛戦に参加できればそれがベストだったのだが、いつ魔王軍が攻めてくるか分からないのが困りものだ。

 来るなら今この瞬間にでも来てほしい。

 半泣きで切実な訴えをしてくるゆんゆんをあやしながら、あなたはそんな益体も無い事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 依頼に行く前に王都の商店を少し見て回りたいとゆんゆんに乞われたので、適当に店を案内しながら物資を買い込んでいた途中、あなたは一つの店を発見した。

 依頼ともゆんゆんの買出しとも全く関係ないが、ちょっと覗いてみてもいいだろうか。

 

「私は大丈夫ですけど、何のお店ですか? ……え? ブロマイド屋さん?」

 

 そんな場所に何の用が、と不思議そうな表情を浮かべるゆんゆんを伴って店の扉を開ける。

 店内のあちこちにはあなたの知らない人物のブロマイドばかりが並んでいたが、少し目立つ場所に王女アイリスのものが張られていた。

 そこはかとなく無数の剥製が飾られた博物館を思い起こさせる場所である。

 売れ筋のブロマイドなどはあるのだろうか。

 壮年の店主に聞いてみると、彼は一枚のブロマイドを指差した。そこにはあなたもよく知る人物が。

 

「そうだな。売れ筋っつったら、アイリス様もそうだが、やっぱここ最近大活躍してる魔剣の勇者かね。若くてイケメンってこともあって、特にそっちの嬢ちゃんみたいな若い娘さんによく売れてるよ」

 

 写真の中のキョウヤはキリリとした精悍な顔つきをしており、店主の言うとおり、確かに非常に写真映えがいい。

 

「イケメン様様ってな。俺の見立てじゃ、隣の嬢ちゃんも中々人気出そうだぞ」

「そ、そうでしょうか? そんな事ないと思うんですけど……」

 

 赤い顔でそっぽを向いて髪を弄るゆんゆんにあなたは微笑ましい気持ちになった。

 

 それはそれとして、あなたはお目当ての品について聞いてみることにした。

 軽く見た感じでは見つからなかったが、この店では取り扱っていないのだろうか。

 

「氷の魔女のブロマイドを探してる? あの人をチョイスするとは、中々通なお客さんだな」

 

 ゆんゆんがああ、やっぱりウィズさんなんですね……とでも言いたげな瞳であなたを見つめた。

 

「でも悪いな。氷の魔女さんのブロマイドは何年も前に絶版になってて、こういう店じゃどこも取り扱ってないんだよ。権利者の申し立て、とかいうので販売停止になってな。当時ならともかく、今じゃ間違いなく結構なプレミアもんだぞ」

 

 店主からはこんな答えが返ってきた。まさかのプレミア扱いである。権利者とはやはりウィズのことなのだろうか。

 ウィズ本人から後生ですからと懇願されたからとはいえ、つくづくあの時バニルから貰ったブロマイドを処分してしまったのが悔やまれる。

 

「欲しいならウィズさんに直接頼めばいいのでは?」

 

 あなたと店主の話を聞いていたゆんゆんがひそひそと耳打ちしてきた。

 しかしあなたが欲しいのはあくまでも氷の魔女時代のウィズのブロマイドであって、ぽわぽわりっちぃのブロマイドではない。

 そもそもあなたは本人と同居していて毎日顔を合わせているのだから、わざわざ後者のブロマイドを入手する必要性は薄いのだ。

 今のウィズが当時の服を着てそれを写真に収める、というのも同じである。

 そもそも恥ずかしがりやの今のウィズがあんな露出度の高い衣服を着てくれる気がしない。どんなプレイだとベルディアに突っ込みをくらいそうだが。

 

 

 

 その後、ブロマイド屋から出てすぐ、ゆんゆんが意を決したようにこう言った。

 

「すみません。ちょっとここで待っててもらっていいですか?」

 

 彼女は再び店内に入っていった。欲しいブロマイドがあったようだ。

 すぐにガックリと肩を落として戻ってきたことから、残念ながら結果は芳しくなかったようだが、彼女は誰のブロマイドが欲しかったのだろうか。

 それとなく聞いてみたものの、ゆんゆんがそれを明らかにする事は終ぞ無かった。

 

 

 

 

 

 

 買い物を一通り終え、そろそろ王都を出ようかという所で、ふとゆんゆんが足を止めた。

 どうしたのだろうと声をかけてみると、怪しい人物を見つけたのだという。

 指示された方を見てみれば、確かに不審な人物がそこにいた。

 

「…………」

 

 フードと覆面で頭部を完全に覆い隠した男である。

 この天気のいい中で素顔を隠した人間というのはとても目立つ。

 私は怪しい者ですよ、と周囲に宣伝しているようなものだ。

 

「言葉が全部自分に返ってきちゃってませんか?」

 

 まったくもってごもっともだが、あなたの隣にはゆんゆんがいる。

 同行者がいれば多少は怪しさも薄れるだろう。

 

「あ、はい。私なんかがお役に立てて何よりです」

 

 言葉とは裏腹に、ゆんゆんは若干目が死んでいる。先ほどは何を言われても気にしないと言ったものの、ああして怪しさ満点の人物を見てしまい、同じような格好の覆面男(あなた)と行動を共にする自分が周囲からどんな目で見られているか考えてしまったようだ。

 しかしこれでもあなたが素顔を晒して行動するよりは目立っていない。

 

 覆面男が少女と二人行動。

 頭のおかしいエレメンタルナイトが少女と二人行動。

 これらを比較した際、圧倒的に後者の方が怪しまれるという確信があなたにはあった。悲しい話だ。世界は優しくなんてない。ガッデム。皆死ねばいいのに。呪われてあれ。

 

「……ん?」

 

 あなたが何食わぬ顔をしながら内心で世界に悪態を吐いていると、あなた達の話し声が聞こえたのか、話題になっていた覆面男はあなた達の方に目を向け、おや、と軽く目を見張った。

 どういうつもりなのか、そのままあなた達の方に近づいてくる。

 

「やあ、久しぶりだね。ゆんゆん、だったっけ。君も王都に? 隣の人は仲間かい?」

「えっ」

 

 見知らぬ男が突然親しげに話しかけてきた事で、露骨にうろたえるゆんゆん。

 聞き覚えのある声をしている気もするが、少し声がくぐもっていてよく分からない。

 さておき、彼の目的はナンパだろうか。顔を隠してナンパとは随分と素敵な感性を持っている。

 これで僕と一緒に星空の下で王城を爆破解体して燃える王都をバックに王侯貴族達の剥製でも集めませんか、といった具合の誘い文句が飛び出てくれば最早言う事は何も無い。一分の隙も無い完璧な不審人物だ。

 

「どちら様でしょうか……どこかで会った事ありますか?」

「へ? ……ああ、すまない。そういえば僕も顔を隠してたんだった」

 

 そう言って男は軽く素顔を晒す。

 不審者の正体は甘いマスクの魔剣の勇者だった。

 フィオとクレメアを連れていない辺り、二人はまだ隣国でレベルアップに勤しんでいるようだ。

 ついでなのであなたも素顔を晒して自身の正体と王都入りした理由を明かしておく。

 

「なるほど、そうでしたか。彼女の修行と社会見学に」

 

 キョウヤは王都で活動する冒険者だ。

 あなたの噂話や評判の悪さについては当然耳にしているものの、ベルディアやグラムのあれこれを通じて知らない間柄でもない。あなたが正体を隠していることについては理解があるようで、苦笑いを浮かべるだけで特に何も言わなかった。

 

「ところでどうしてミツルギさんは覆面を?」

「ああ、実はなんていうか……彼と一緒で、僕もちょっと今はあんまり目立ちたくないんだ」

 

 あなたとゆんゆんは何とも言えない表情で顔を見合わせた。

 散々っぱら活躍して目立ちまくっている彼が今更目立ちたくないとはこれいかに。

 魔剣使いのソードマスターといえば王都の人間にも大人気だというのに。彼は何が不満なのか。

 何より顔を隠していないと無駄に警戒される、いわば腫れ物扱いの頭のおかしいエレメンタルナイトと違って大人気だというのに。

 先ほど依頼を申し込んだときも、提示した冒険者カードで正体に気付いた職員の顔を盛大に青ざめさせた頭のおかしいエレメンタルナイトと違ってファンも大勢いるというのに。

 あなたは少しだけキョウヤに嫉妬するベルディアの気持ちが理解できた気がした。

 

「実は最近になって、街を出歩いているとアクシズ教徒の方が僕にやけに親しげに絡んでくるようになりまして……いえ、僕はアクア様に大変感謝していますしアクア様に見定められた使徒の一人として相応しい振る舞いを心がけていますが、アクシズ教に入信しているわけではないです」

 

 信仰する対象は同じだが、宗派が違う、ということだろうか。

 微妙にややこしいが、ノースティリスでは収穫の神(クミロミ神)の信者も日夜「女の子に決まってるよ」派と「こんな可愛い子が女の子のはずがない」派と「両性具有なクミロミきゅんprpr」派が骨肉の争いを繰り広げているのでそれと似たようなものだろう。

 宗教的派閥にも理解の深いあなたは、どこか疲れた笑みを浮かべるキョウヤがどんな目に遭ってきたのかは聞かないであげることにした。

 しかしエリス教徒でないにも関わらず、彼がアクシズ教徒に絡まれる理由とはいったい。本人に心当たりは無いのだろうか。

 

「そうですね……最近の王都防衛がグラムの復帰戦だったんですが、そこでのインタビューでアクア様を讃えた辺りから爆発的に増えたような気がします」

 

 何の事は無い。普通にキョウヤの自業自得だった。

 

 余談だが、キョウヤには女性の知り合いは多くいるのだが、同性の知り合いや話し相手はあなたとベルディアしかいない。

 そのせいか、彼はベルディアが同行していないと知ってやけに残念そうだった。

 キョウヤの名誉の為に記述しておくと、彼は普通に可愛い女の子が好きである。

 

 ただ少しだけ、そう、少しだけ。

 彼は、同性との事務的ではない普通の会話に餓えているだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 やけに名残惜しそうだったキョウヤと別れたあなた達は、王都の南東に広がる平原にやってきた。

 

「うう、緊張してきました……ところで、あなたはさっきから何を探してるんですか? 空に何か飛んでるんですか?」

 

 あなたはドラゴンを探していた。

 見かけたら撃ち落としてゆんゆんの経験値にしたかったのだが、残念ながらどこにもいない。

 

「……いたとしても勘付かれてるんじゃないんですかね。そういう考えを」

 

 一理あるとあなたは頷きながら無造作に空にライトニングボルトを放つ。

 ボトリと落ちてきたのは無惨な黒焦げ死体になったネギガモ。

 折角の経験値を台無しにしてしまった事をあなたが謝罪すると、ゆんゆんの目が死んだ。

 

 

 

 若干げっそりした様子のゆんゆんと共に草原を行くあなたは、やがてパーティーと思わしき六人の冒険者達と遭遇した。

 

「んあ……?」

「あらあら」

「懐かしい顔だな」

 

 大柄で、鼻に大きな傷を持つ、大剣を背負った男。

 目つきの鋭い、気が強そうな槍使いの女性。

 特徴が無いのが特徴といった感じの斧使いの男性。

 

 その他の弓使い、僧侶、魔法使いはともかく、上記の三人はあなたも見覚えのある顔ぶれだ。

 流石に名前までは覚えていないが、アクセルで活動していた名うての冒険者パーティーである。王都の防衛戦でも何度か顔を見た気がする。

 

「レックスさん、ソフィさん、テリーさん!」

「よう。久しぶりだな、お嬢ちゃん」

 

 顔色を取り戻したゆんゆんが前述の三人に駆ける。

 レックス。ソフィ。テリー。

 ゆんゆんがアクセルに襲来した悪魔と戦った時に知り合ったという冒険者達がそんな名前だった筈だ。

 こんな場所で再会を果たすとは、奇遇というほか無い。

 

「三人の知り合いか? 子供にしか見えんが」

「前に話したでしょ? 私達が王都に来る前に出会った紅魔族の女の子よ」

「ああ……例の爆裂魔法使いか」

「いや、そっちじゃない方」

 

 ほんの数秒だけ、レックス達以外の冒険者がゆんゆんを度し難い馬鹿か自殺志願者を見る目になった。

 この世界における爆裂魔法の普遍的な認識が窺える一幕である。

 頭のおかしい紅魔族のせいですっかり爆裂魔法が浸透してしまったアクセルではこうはいかない。

 最近では一日一回爆裂魔法の響きを聞かないと調子が出ない、などと中毒者のような事を言う人間すら出始めているくらいだ。

 

「上級魔法は覚えたの?」

「はい、お陰さまで」

「あっちの嬢ちゃんも一緒に王都に来てんのか? 俺らの勧誘を蹴った後アクセルに残ったから、今は何やってるか知らんけど」

「めぐみんはまだアクセルにいますよ。私はあの人と組んでて、これからマンティコアの討伐に行くところなんです」

「へえ、王都に来れるだけじゃなくて、もうマンティコアを討伐に行けるようなレベルになったのか。流石は紅魔族」

 

 ゆんゆんは一回りほど年齢差のあるレックス達と普通に会話できていた。

 こういってはいけないのだろうが、あなたにしてみればこれは驚嘆にすら値する。

 他の人間にも同じように応対できていれば、もっと知り合いが増えているだろうに。

 

「皆さんは依頼を終えた帰りですか?」

「ああ。俺らは亜竜(ワイバーン)を狩ってきたところだ。まあ楽勝だったけどな!」

「よく言うわよ。出会い頭のブレスで危うく焦げかけたくせに」

 

 

 

 予期せぬ再会に暫し楽しげに会話に興じていたゆんゆん達。

 そんな中、最初に()()に気付いたのはあなたと同じく空気と化していたレックスのパーティーの弓使いだった。

 

「…………ん?」

「どうした?」

「いや、あっちで土煙があがってる気が……」

 

 釣られて指差す方向を見てみれば、確かに地平線の向こうに小さな影が見える。

 それも一つや二つではない。十や二十でもきかないだろう。

 

「多いな」

「ああ……なんだあれ?」

 

 弓使いはハンディサイズの望遠鏡を覗いたかと思うと、一瞬で顔色を変えた。

 

「やべーぞ! 姫騎士だ!!!」

「姫騎士だと!?」

 

 突如齎された凶報。

 レックスのパーティーとゆんゆんに緊張感が高まっていく。

 

 ……少しして、目をこらすあなたにもソレの姿がはっきりと確認できた。

 

 

 ――ふっ、ふぐぐっー! フゴー!

 

 ――ハイヨー! ハイヨー!!

 

 

 四つんばいの状態であなた達に突っ込んでくるもの。それは轡を噛まされたドレス姿の少女達。

 馬を凌駕する速度で大地を駆ける少女には甲冑を着込んだ騎士が跨っており、少女の尻や脇腹に頻りに鞭を入れている。

 

 一見すると、というかどこからどう見ても赤ん坊のようにハイハイをしたいたいけな貴族の少女達に、重装備の騎士が跨ってダクネス垂涎のプレイに興じているようにしか見えないわけだが、姫騎士は上も下も正真正銘本物のモンスターである。決して人間ではない。

 衣服や甲冑に見える部位は普通に着脱可能かつその下は人間に酷似しているのだが、これは他の生物で言う皮膚や毛皮、甲殻に相当する。

 

 姫騎士という呼称から連想されがちな姫で騎士(プリンセスナイト)なのではなく、姫を駆る騎士(プリンセスライダー)

 

 姫騎士がモンスターであるのは、ノースティリスの関係者でないにも関わらず、四つん這いという無茶な体勢で高速移動している事からも明らかだ。

 冒険者カードにもしっかりと姫騎士枠が存在するし、殺すと衣服や肉体を残さずに消える。冬将軍や春一番のような精霊種なのだろう。

 

 姫と騎士は互いに独立して存在しているが、その在り方は人馬一体のケンタウロスに近い。

 しかも性質の悪いことに普通に強い。

 姫は四つんばいの状態でそこらの馬よりもずっと速く走るし、様々な魔法を使って騎士のサポートを行う。騎士も物理と魔法の両方に耐性を持ち、姫の支援魔法を受けて武器を豪快に振り回す。

 

 まさしく人騎一体を体現する姫騎士だが、彼ら、あるいは彼女らが戦場の花形である竜騎士の祖であるというのは一般常識レベルの知識だ。

 

 この世界で最初に竜と心を交わし、自身の職業に竜騎士という名を付け、今にまで続く竜騎士としての体系を作り上げた偉大な騎士、パンナ・コッタ。

 落ち零れだった新米騎士が怪我をしたドラゴン、プリン・ア・ラ・モードと出会い、絆を紡いでいく人と竜のサクセスストーリーは童話にもなっており、劇でも大人気だ。

 そうして友であるドラゴンと共に数々の偉業を成し遂げた彼だが、晩年に書き上げた自身の回顧録でこう綴っている。

 

 

 ――我が友、プリン・ア・ラ・モード(オス)が終ぞ姫騎士の下の部分みたいな可愛い女の子になって私の事をご主人様って呼んでくれなかった件については悔恨の極みである。嗚呼、願わくば、姫騎士みたいに可愛い女の子に跨って戦場を駆けてみたかった。

 

 

 騎士パンナ・コッタが敬虔なアクシズ教徒であり、姫騎士の愛好家(マニア)だったことはその筋では非常に有名な話である。

 そう、彼は姫に騎乗した騎士のモンスターである姫騎士にあやかって竜に騎乗した騎士を竜騎士と名付けたのだ。

 なるほど、非の打ち所の無い完璧な理論であり完璧な呼称である。強種族と強職業でお似合いだろう。

 風評被害も甚だしいと、竜騎士パンナ・コッタの没後に各国の竜騎士達が竜騎士の改名を求める署名を送りつけるという事件が起きたわけだが、イヤナコッタと却下された。

 

 まあ姫騎士の正体が()()()()()()()()のモンスターではなく、()()()()()()()()()のモンスターである可能性も多分にあるわけだが。

 人間の常識に当てはめれば言うまでもなく姫が主だが、馬車馬のようにこき使われている以上本当にそうだと言い切れるのか。しかし騎士が姫のプレイに付き合わされている可能性はなきにしもあらず。

 

 識者達が日夜研究を重ねているが、このモンスターは姫と騎士のどちらが主で従なのかは未だに明らかになっていない。

 どの道姫騎士が強力なモンスターである事には変わりない。

 

「速度もさることながら数が多い……逃げきれるか?」

「私達がテレポートを使えます。レックスさん達を入れてちょうど八人なのでそれで……」

「ちょっと待て、先頭に一騎、ヤバイのがいる!」

 

 遥か彼方から土煙をあげてこちらに突貫してくる見た目少女と騎士の集団、その先頭の、異様に目立つ煌びやかな一騎。

 外見年齢十台の少女達の中に、一人だけ三十台前半の女性が混じっていた。

 一際豪奢な鎧を身に纏った騎士に騎乗され、金色の王冠を被り純白のドレスを纏ったその女性は浮いていた。年齢や外見的な意味ではなく、物理的に1メートルほど地面から浮いている。轡は身に付けていないが、その代わりに全身を荒縄で縛られている。

 

「女王騎士……!!」

 

 弓使いが驚愕に彩られた声を発し、戦慄にも似た緊張が広がっていく。

 

 女王騎士。その名の通り、人間の女王のような外見をした何かに騎乗する騎士のモンスターであり、ゴブリンキングや大奥オークのような姫騎士の上位種だ。

 集団の先頭を飛んでいる事といい、群れを率いているのが女王騎士であることは疑いようもない。

 

 姫騎士は魔法しか使えないが、女王騎士は魔法を使うだけではなく、羽も生えていないのに竜のように空を舞うし、口から溶解液やブレスだって吐くし、目からビームだって出す。

 ブレスの種類は火炎、氷、毒、麻痺、石化と多岐に渡り、全てを完璧に防ぐのは難しい。

 ちなみにわざわざ言うまでも無いだろうが、ブレスを吐くのは下の女王だ。騎士ではない。

 

 繰り返すが、女王の外見は人間の女性である。

 溶解液やブレスを吐いて目からビームを出す様は立派なモンスターだが人間の姿をしている。

 

 騎士は騎士で身の丈の二倍ほどのバカでかい魔剣を振り回し、こちらも非常に厄介だ。ここにベルディアがいればコクオーと共に戦わせていたのだが。さぞ絵になったことだろう。

 

 そんなことを考えていると、騎士、あるいは女王とあなたの目が合った。

 瞬間、敵騎の敵意と戦意が膨れ上がり、騎士がその長大な魔剣を天に掲げる。

 それを皮切りに、先頭の女王騎士を中心として、一糸乱れぬ動きで鋒矢の陣形を作り上げていく無数の姫騎士達。

 どうやら相手はやる気らしい。そうでなくては。

 

「は、早く逃げましょう! あの時と違って今ならまだ皆で逃げられますから!」

 

 青い顔で切羽詰った表情を浮かべたゆんゆんは、神器を抜いて一歩前に出たあなたの手を取った。

 あの時、とはオークの時の事だろう。

 

 確かにあなたとゆんゆんがテレポートを使えばレックス達も逃げる事ができるが、それでもあなたはこの場に残るつもりだった。

 姫騎士達の進路の先には王都がある上に、そう距離も無い。相手の進軍速度を考慮すると、断じてここで引くわけにはいかない。

 他の有象無象はともかく、少なくとも女王騎士だけは確実にこの場で仕留める必要がある。

 

「っ……! どうしてあなたはそんなに無茶な事ばっかり……もっと自分を大切にしてくださいよ……!」

 

 問答をする気は無いとあなたはそっけなく答えた。そんな時間的余裕も無い。

 だが、あの数の騎兵を相手にゆんゆんにこの場に残れというのは些か酷だろう。

 レックス達と一緒に引くというのであれば、あなたはそれを止めるつもりは無かった。幸いレックス達は彼女と仲が良いようだし、少しの間であればゆんゆんを任せても大丈夫だろう。

 

「………………嫌です」

 

 俯いたままのゆんゆんは、喉の奥から搾り出すような声を発した。

 

「あ、あなたがどうしても引かないって言うなら、私もあなたと一緒に戦います!」

 

 赤い瞳を煌かせ、腰に下げたワンドとダガーを抜く紅魔族のアークウィザード。

 

「レックスさん! ここは私達が引き受けます! 時間を稼ぎますから、皆さんは一刻も早く王都に戻って皆にこの事を知らせてください!」

「死ぬ気か!? キャベツの収穫とはワケが違うんだぞ!」

「分かってます! 言われなくても私だってそんなの分かってます! でも私は、自分だけ逃げて()()()()()をするのは、もう……!」

 

 レックス達一行は神妙な面持ちで互いの顔を見やり、苦笑いを浮かべた。

 そして誰に言われるでもなく、各々の武器を構え始める。

 

「近頃は魔剣の勇者ばっかり目立たせすぎたからな。ここらで魔剣使いのレックスの名前を王都の連中に刻んでやる」

「最近はヌルい仕事ばっかりやってたもんね」

「俺、ちょっとこういうシチュエーションに憧れてたんだ」

「奇遇だな。実は俺も」

「ぱっと見だけど、数の差は10:1だろ? いけるいける」

「男ってほんと馬鹿よね。まあ私も嫌いじゃないけど」

 

 良いパーティーだと、あなたは素直にそう思った。

 引く事無く軽口を叩き合う彼らにどうして、と困惑するゆんゆんだが、ある程度経験を積んで強くなった冒険者など大抵こんなものである。

 大なり小なり酔狂な者でないとこんなヤクザな稼業はやっていけない。

 

「なあ、ところで話は変わるんだけどさ」

 

 魔法使いの男があなたを見ながら口を開いた。

 

「あいつ、もしかして頭のおかしいエレメンタルナイトじゃね? あの変わった形の大剣に滅茶苦茶見覚えがあるんだけど」

「えっ」

 

 あなたは小さく舌打ちした。勘のいい奴は嫌いである。

 だがバレたのであれば仕方ないとあなたはフードと覆面を脱いだ。

 

「げえっ!?」

 

 六人の驚愕の声が青空に響いた。

 

「やべーぞ! 頭のおかしいエレメンタルナイトだ!!!」

 

 似たような台詞をつい先ほど聞いた気がする。

 しかしその時より遥かに切羽詰っているのは何故なのか。

 

「道理で! 姫騎士から逃げないわけよね!」

「畜生! 選択肢を激しくミスったと言わざるを得ない!!」

「つーか馬鹿だろお前! パーティーメンバーはもう少し選べよ!!」

「だ、大丈夫ですよ。噂で言われてるような人じゃないですから」

「最近金銭トラブルで高レベル冒険者のパーティーを四つ再起不能一歩手前にしたって噂になってるキチガイだぞ!?」

「いえ、金銭トラブルというか、アレは税金を滞納するために……」

「普通に最低だなオイ!?」

 

 加速し続ける終わりの無い風評被害に辟易したあなたが一人姫騎士達に向かって歩を進めると、心持ち女王騎士が放つ圧が強くなった。

 

 いや、これは魔剣の圧、だろうか。

 四メートル近い刀身に魔力が収束し、夜の闇を束ねて作り上げたが如き漆黒の刀身が暗い輝きを放つ。

 光と闇の違いこそあれど、あなたから見た限りではアークウィザードが使うライト・オブ・セイバーに酷似している。あるいは属性付与(エンチャント)

 

 強く、深く、暗い力を発する魔剣にあなたは笑う。

 素晴らしいと内心で拍手を送りながら浮かべるその笑顔は、魔王軍幹部だった頃のベルディアと相対した時と全く同じもの。

 彼がおぞましいとすら表現した()()に塗れたもの。

 

 実の所、あなたはあらかじめ女王騎士の魔剣に鑑定の魔法を使っていた。

 騎士の持つ大剣の銘は、母なる夜の剣という。

 

 そう、神器である。

 どこで手に入れたのか、女王騎士は神器持ちだった。

 

 相手は神器を持っていて、なおかつこちらに襲い掛かってきている。見逃す理由がこれっぽっちもない。

 貴重な品を蒐集する。それこそがあなたの冒険者としてのモチベーションの一つであるが故に。

 

 神器持ちというだけあって、女王騎士から感じる圧は冬将軍ほどではないにしろ、中々に強いものだ。

 多数の姫騎士の存在もある。このまま王都まで攻め込まれた場合、王都の外で迎撃するにしても決して少なくない死人が出るのは想像に難くない。

 

 とはいえ、王都にはキョウヤを始め、高レベルの冒険者や騎士が数多く在籍している。

 あなたがここで引いても王都が陥落するような事にはならないだろう。

 しかしその場合、神器を回収できる保証は無い。

 だからこそ、今ここで絶対に女王騎士だけでも仕留める必要があった。

 

「来るぞ!」

 

 際限なく高まり続ける敵意と魔力の果てに、魔剣の刀身からどろりと溢れたのは、まるで泥のように粘性のある闇。

 今も彼方を走る騎士は、大剣を振り下ろし――。

 

 女王騎士は、あなた達に黒い津波を放った。

 少なくともあなたにはそうとしか形容できない現象が起きた。

 

「馬鹿馬鹿しすぎていっそ笑えてくるな、オイ」

 

 聞こえてきた呟き声は、果たして誰が発したものだったのか。

 黒色の波濤があなた達を飲み込まんと押し寄せてくる圧倒的な様は、まるで世界に夜の帳が下りてきているかのようで。

 ふと、あなたは隣に立つ少女は大丈夫だろうかと目を向ける。

 

「大丈夫です。いけます。ウィズさんに教わったあの魔法なら、きっと……」

 

 迫り来る脅威に表情をガチガチに強張らせながらも、取り乱す事だけはしない次期紅魔族族長。

 覚悟を決めたのか、あるいはやけっぱちになったのか。

 どちらにせよ、ゆんゆんは本当に追い込まれたと感じた時に恐慌に陥るのではなく、逆に肝が据わるタイプだったようだ。

 

 中途半端に追い詰めるとガンバリマスロボになってしまうが、次からは率先して死ぬかもしれない程度の窮地に叩き込んでもいいかもしれない。

 そんな事を思いながら、あなたはゆんゆんに少し下がっているように指示を出す。

 

 ゆんゆんにウィズから教わった大魔法を使わせるのもアリだが、ちょうどよく、あなたはおあつらえむきの品を持っている。

 相手からの挨拶代わりの一撃にはしっかりと返事を行うのが礼儀というものだろう。

 

 ずしん、と地面を揺らしたのは、先端に岩が突き刺さった名も無き聖剣。

 オークの血と臓物に染まった巨岩はドス黒く染まっていて中々に趣のある見栄えだ。

 血塗られた聖剣というのはいかにもそれっぽくて紅魔族が喜びそうである。岩付きだが。

 

 大岩が突き刺さった聖剣を構えたあなたを、ゆんゆんとレックス達がぎょっとした表情で見つめてくる。

 レックス達はどこからそんなものを、ゆんゆんはどうしてそんなものを、と言いたげだ。

 

「え、それ、どうするんですか?」

 

 勿論こうするのだとばかりに、あなたは聖剣を大きく振りかぶり……全力で投げた。

 

「!?」

 

 唸りをあげながら冗談のような速度で水平にかっとんでいく聖剣は、数秒の飛翔の後、吸い込まれるように黒い津波に直撃する。

 

 闇には光を。

 魔剣には聖剣を。

 

 そして、あなたが投擲した聖剣は。

 聖者が海を割るように。

 闇を真っ二つに切り裂いた。


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