このすば*Elona 作:hasebe
「わぁっ……!」
あなたの隣で、ゆんゆんが感嘆の声をあげた。
アクセルからテレポートで飛んだあなた達。その目の前に広がっているのは、この国の王都の街並み。
中央通りは溢れんばかりの人ごみでごった返しており、軒を連ねる店舗もアクセルでは見ないものばかりだ。王都の名は伊達ではない。
「凄いです! お祭でもないのにこんなに人がいっぱいいる所、私初めて見ました!」
確かに人は多いが、アクセルほど治安がいい場所ではない。
くれぐれもナンパに引っかかってホイホイ知らない相手に付いていかないように言い含めておく。
あなたとしては自分が彼女の傍にいない時の為に、ベルディアをお目付け役として連れてきたかったのだが、王都侵攻の指揮を執ったこともあるという彼を連れてくるのは身バレが怖い。
魔王軍が攻めてきた時にベルディアを戦わせるか否か、という問題もある。
「私、そこまで子供じゃないんですけど……それに大丈夫ですよ。私なんかをナンパする人がいるわけないじゃないですか」
あっけらかんと言い放ったゆんゆんは、心の底から自分をナンパする人間がありえないと思っている。
根深いぼっち気質からこのようなことになってしまったのだろう。親子、もとい師弟揃って自己評価が低すぎだった。やれやれである。
現役時代のウィズは、才気煥発な様と氷の魔女という異名通りのクールな美貌に気後れして男が寄り付かなかった、いわゆる高嶺の花だったが、バニル曰く肝心の本人にその自覚がまったく無かったそうだ。
そして可愛い可愛いぽわぽわりっちぃと化して親しみやすくなった今も、自分がリッチーだというコンプレックスからか、異性からのアプローチに対して極めて鈍感かつ本人も消極的である。酔った勢いで下着をプレゼントしたりしてくれたが。
この場にいないぽんこつりっちぃの話はさておき、ここは対魔王軍の急先鋒である国の中心地。
日夜魔王軍と戦うこの国を支援すべく、他国からは高レベルの精鋭や潤沢な物資が送り込まれており、その人的、物的資源の量と質は、辺境の街であるアクセルとは比較にすらならない。
ただし、総合戦力値が他の追随を許さないレベルでぶっちぎってしまっている、ウィズ魔法店のご近所一角を除けば、の話だが。
その気になれば鼻歌交じりに国を落とせるようなキワモノが揃っている、あらゆる意味で例外中の例外はさておき、戦力的な意味合いにおいても、魔王軍との戦いを一手に担うこの国の立ち位置は非常に重要だ。
各国の精鋭が送り込まれている上、この国自体が抱えている騎士達や冒険者の全体的なレベルが他国を圧倒している以上、この国が陥落するか抜かれるような事態になったが最後、魔王軍は無人の野を進むが如き破竹の勢いで他国を蹂躙していくだろう。
そんな国の王都で、自慢の玩具の数々を解禁したらどうなるのだろうか。
過程がどうあれ、最終的に取り返しのつかない結果に落ち着く事だけは間違いない。
わざわざ誰かに教えてもらうまでもなく、あなたはそれを熟知している。
だからこそやってみたい。
あなたはこの国の誰かや何かに恨みがあるわけではない。ただちょっと、この広大で美しい都を綺麗サッパリ更地にしてみたいだけだ。
特に、遠目に見える王城に核を仕掛けてぶっ飛ばしたり、もしくは採掘で根こそぎ
再度繰り返すが、あなたは決してこの国に隔意は抱いていない。
これはもはや人間性云々の問題ではなく、ノースティリスの冒険者としての習性といえるだろう。
ウィズに迷惑がかかるし悲しむので絶対にやらないが、それでもやってみたい。
絶対にやらないが。絶対に。
絶対にやらないが、それはさておき、この世界のどこかに時間を巻き戻せる神器や魔道具は存在しないのだろうか。戻す時間は最長三分程度で構わないのだが。
一発だけなら誤射かもしれないとカズマ少年も言っていた。
それに何より、時間を戻せるということは、戻せる時間分だけ
「どうしたんですか?」
王城をじっと見つめたまま動かないあなたに、数メートル先を歩いていたゆんゆんが振り返る。
彼女は魔法のエキスパートである紅魔族だ。何か知っているかもしれない。
「時間を巻き戻す魔道具? そんなのあるんですか? 私は聞いた事ありませんけど、でも、そんなものがあったらとっても便利ですよね。お菓子とか美味しいものが何回も食べられますし……え、どうして笑うんですか?」
ゆんゆんの語るそれは、年頃の少女らしい、非常に純粋で微笑ましい運用方法だった。これがめぐみんなら城に爆裂魔法をぶちかまします、くらいは言いそうなのだが。
そこまで考えてあなたは気付いた。
想像の中のめぐみんの行動パターンと自分のそれがほぼ同一である、と。
勿論これはあなたの考えるめぐみんなので実際にそうするかは不明だが、彼女の気質を鑑みるに現実と想像の間にそこまで大きな差は無いだろう。
やはり頭のおかしい爆裂娘はノースティリスに向いているのではないだろうか。
■
「ところで、こうして王都に来たのはいいんですけど、私は王都で何をすればいいんでしょうか」
ゆんゆんは今回、社会見学と修行の一環として王都にやってきている。
つまり彼女がアクセルでやっているように、普通に冒険者活動をさせるつもりだった。
勿論彼女を一人で王都に放り出すような真似はしない。
それは食人嗜好の小児性愛者の前に、手足を縛った子供を放置する行為に等しい結果を引き起こすだけだという確信があなたにはあった。
あなたは今日はこれからアルダープの別荘に行き、夕方から夜にかけて貴族のパーティーで演奏を行うという仕事が入っている。
よってゆんゆんと一緒に仕事をすることはできないが、助手として連れて行くくらいは許されるだろう。
拒否された場合は宿屋で待機していてもらうか、一度アクセルに送り返せばいい。
流石に自分と一緒に演奏をしたり、パーティーに出ろ、などという無茶なことは言えないし、言うつもりもなかった。
そして演奏を終える翌日以降は、ゆんゆんとパーティーを組んで普通に冒険者活動を行う予定である。
「わ、私なんかとパーティーを組んでくださるんですか!?」
信じられない、とばかりに大声をあげる、ゲロ甘でチョロQな紅魔族の少女。
あなたはゆんゆんとの初対面の際、パーティーを申し込まれそうになったのを思い出した。あの時も彼女は同じような台詞を口にしていた。
あれからまだ一年も経っていないわけだが、今となっては懐かしい記憶である。
当時と違い、あなた達の関係は友人である。友人であればパーティーを組む程度は普通だろう。
「……そうですよね! お友達ならパーティーくらい普通ですよね!!」
歓喜の表情を浮かべ、目を輝かせるゆんゆん。
めぐみん、ふにふら、どどんこ、あるえ、ウィズ、ベルディア、女神ウォルバク、そしてあなた。
あなたの知る限り、ゆんゆんにはこれだけの友人がいる。
紅魔族随一のえっち作家は友人と呼ぶには微妙かもしれないが、それでも七人だ。
にも拘らず、全く改善される傾向の無い、筋金入りのぼっち気質にはさしもの廃人もお手上げである。
ただ、あなたとゆんゆんは二人でレベリングの為にダンジョンに潜ったし、つい先日も二人で紅魔族の里に行っている。
これらは彼女の中ではパーティーを組んだことになっていないのだろうか。
「あれはパーティーというか、ただの付き添いでしたし……」
よく分からないが、ゆんゆんの中ではそういうものらしい。
まあ今回はゆんゆんに自身の実力を把握してもらう目的があるので、これまでのようにあなたにおんぶにだっこ、とはいかない。
ハッキリ言ってしまうとあなたは手を抜く気満々だった。めぐみんと組んでジャイアントトードを討伐した時のように。
無論ゆんゆんのサポートを疎かにする気は無かったが、それでも活動の主体になるのはゆんゆんである。
必然、受ける依頼もゆんゆんのレベルが基準になるわけで、彼女には精一杯頑張ってもらうことになるだろう。
「そんな、恐れ戦きます!」
それを言うなら恐れ多いだ。
確かに今のゆんゆんは恐れ戦いているようにも見えるが、まだ何も始まっていないのに何を恐れるというのか。
「モンスターハウスに放り込まれて限界までひたすら戦い続けろとか……言いませんよね?」
あなたは閉口した。人の事をなんだと思っているのだろう。
生憎と、今のところ残機1の友人を死なせる予定は立てていない。
そしてゆんゆんの言うそれは、あなたのペット達の日常である。例えばベルディアのような。
■
「貴様に仲間がいるという話や、同行者を連れてくるという話は聞いていなかったな」
あなたとゆんゆんはアクセルの領主であるアルダープの別荘にやってきていた。
アルダープの別荘は王都の一等地とも呼べる区画に建っている。
この区画にはアルダープのみならず有力な貴族の屋敷が集中しており、あなたからしてみれば色々な意味で襲撃し甲斐のある、非常に美味しい場所だ。
「まさかとは思うが、その小娘も今日の夜会に出すつもりなのか? 黒い髪に赤い瞳。あの悪名高い紅魔族のように見えるのだが?」
「あ、悪名高い……」
両隣に護衛を立たせたアルダープは、不信感を前面に押し出しながらあなたに尋ねた。
改めて言うまでもないが、紅魔族はアクシズ教徒と並ぶ変人集団として有名である。
確かにゆんゆんは紅魔族だが、あなたの助手である。そういう名目で同行させており、演奏させる気も貴族の集会に出す気もない。
本音を言ってしまうと、スケジュールの都合上ゆんゆんの王都入りは明日からでも良かったのだが、これもまた社会見学の一環だ。
そんなゆんゆんは、貴族を前にガチガチに緊張していた。
友人であるめぐみんは貴族や王族が相手だろうと全く臆していなかったどころか、危うく喧嘩を売りそうになっていたのだが。
「…………ふむ」
気弱な小娘にしか見えないこいつも頭がおかしいのか、と勘ぐるアルダープの鋭い視線を受け、ビクリと震えるゆんゆん。
同時に、幼げな雰囲気と年齢に見合わぬ豊満さを持つバストがたゆんと揺れた。
「……ほう、ほうほう!」
「アルダープ様、お気をつけください。彼女はアクセルで噂の……彼より頭がおかしいと評判……」
「……!? 毎日毎日……爆裂……危険な……関係者……」
護衛に何かを囁かれ、好色に染まりかけた領主の顔色が変わる。
「…………?」
「ウォッホン! あい分かった! そういう事情であれば、会場の空き室で待つくらいは許してやろう!」
ゆんゆんから目を逸らしながら、やけに焦った様子のアルダープは口早にまくしたてるのだった。
■
今日のあなたの
礼服に袖を通すのは昨日に続いて二日連続だ。
控え室で待機しておくことになったゆんゆんに見送られ、あなたが使いの者に呼ばれてパーティー会場に通されたのは、まさに宴もたけなわといった頃。
豪華絢爛な装飾が施された大広間で開かれているパーティーの会場には、少数の給仕の者を除けば着飾った貴族しかいない。
演奏会が大衆の娯楽の一つとして非常に盛んであるがゆえか、セレブパーティーでも貴族以外の有力者が集まるノースティリスでは中々見られない光景だ。
この異世界における貴族の地位は、ノースティリスのそれと比較すると非常に高い。
戦時の、それも何度も敵に攻め込まれている王都でこうしてのんきにパーティーを開ける程度には高い。
命の価値がペラッペラなあちらは、この世界ほど権力そのものが持っている力が強くない、という理由もあるのだろうが、それにしたって結構な余裕っぷりである。
そういう意味では、乞食も平民も貴族も関係ねえとばかりに平等にミンチにされるあちらの貴族の地位が低すぎるとも言える。
――ねえ、知ってる? 貴族ってブルーブラッドっていって、青い血の持ち主らしいわよ。
――マジか。ちょうどあそこにいるから確認してみよう。……こんにちは、死ね!
――あれ? 普通に赤いわね。
――こいつは本物の貴族じゃなかったのかもな。次の貴族を探そう。
ノースティリスではこんな具合である。
貴くもなんともない扱いだ。
しかし悲しいかな、いくら王族や貴族が権力や財力を振りかざそうとも、それだけでは嵐の如き圧倒的な暴力には抵抗できないのである。
権力や財力が暴力に抗うには、自分も権力、財力を使って暴力を用意する必要がある。
――ほう、あれが噂の頭のおかしいエレメンタルナイトですか。
――なんだ、どんなバケモノが出てくるかと思えば存外普通の男ではないか。
――やれやれ、成り上がりのアルダープらしい無粋な手駒ですこと。
――演奏? 冒険者風情が? 少しは無聊を慰めてもらえるのかしら。
――あわわわわ……まさか本当に彼だなんて……昨日の今日なのに……というか三日連続で会うとかどうなってるんですか……!?
アルダープが既に紹介と仕込みを終えていたのか、会場中の貴族達から表面上はにこやかに、しかし仄かに値踏み、嘲りといった感情が込められた視線があなたに集中する。
冒険者は身の程を弁えて楽器ではなく剣でも握っていればいいものを。そんな声無き声まで聞こえてきそうだ。
久しく味わっていなかったそれは決して気分がいいものではなかったが、同時に駆け出し時代を思い出して懐かしさを覚えることも事実だ。
雇用主に視線を送れば、腕組みをしたままのアルダープがあなたを見つめている。
失敗は許さない。鋭い目つきの彼は声に出さずとも、表情でそう語っていた。
仮にこれが大貴族にして王族の信頼も厚いダクネスの肝入りであれば、いくら貴方が冒険者とはいえ、この悪い意味で貴族的な周囲の視線の質も幾らか好意的なものになっていただろう。
それを思えば、関係者というだけでここまで露骨に侮られるアルダープは、あまり貴族連中に好かれていないのかもしれない。それは自身と同じ悪徳貴族にさえ。
あなたはなんとなくそう感じた。だからこその野心なのだろうか。
針のむしろにも似た、雇用主の周囲の環境と本人への考察はさておき、
一方で酒を飲んだ聴衆がゲロを吐いて餓死したり、そこら中で喧嘩が起きていない辺り、実に穏やかなパーティーである。
アルダープの話では、このパーティーには地位の低い貴族はあまり出席していないらしい。
それでなくとも会場にいるのは貴族ばかり、つまり高給取りに定評のある職業だ。
あなたからしてみれば絶好の狩場である。おひねりを巻き上げる的な意味で。
さて、演奏について語るべきものは特に無い。
先日は女神アクアの芸の引き立て役に徹するべく、影のように出張らず控えめに振舞った。
しかし本来の
見る者が見れば病的とも評する、弛まぬ鍛錬の果てに至った技術は決してあなたを裏切ることはない。
あなたはいつも通りに演奏を行い、貴族の集会といえどあなたに野次を飛ばしつつ投石するような耳の肥えた聴衆は一人もいなかった。それだけの話だ。
結果、いつも通りにあなたの演奏は大成功を収めた。おひねりも例によってがっぽがっぽである。
冒険者の演奏に何を思ったのか、呆然とした表情で演奏の余韻に浸る貴族達の意思無き眼差しを感じながらも、あなたは特に優越感に浸ることもなく、流れ作業のように鼻歌交じりにおひねりを回収していく。
「――なっ!? あ、アルダープ殿! これはどういうことだ!?」
あらかた金品を拾い終わったタイミングで、いち早く何が起きたのか気付いたのか、泡を食った様子の貴族の男がアルダープに詰め寄った。
おひねりに関しては本人も依頼を発注する際に同じ目に遭っていたし、あなたと事前に話し合いをしていたということもあってか、こうなることは予想できていたのだろう。その証拠にアルダープはニヤニヤと嫌らしく笑っている。
なお、彼も周囲の貴族と同様にあなたにおひねりを投げているが、彼が身につけていた装飾品は後ほど返却する旨が契約として記されている。おひねりに関しても全額とは言わずとも持っていこうとする辺り、がめついケチ領主の面目躍如といったところか。
「いやはや、どういうことと申されましても。卿が何を仰りたいのか、私には何が何やら。傍目から見ても実に見事な演奏でしたが、何か御不満でも?」
「演奏ではない! 私達の金品……いや、装飾品すら手元から消えていることだ!」
「これは異な事を。演奏を始める前に本人が言っていたではないですか。演奏がお気に召しましたらどうかおひねりを、と。私も彼も誓って何一つとして強要はしておりませんぞ」
「だが、気が付いたら身に着けていたものが軒並み無くなっていたんだぞ! 明らかにおかしいだろうが!」
話にならない、とアルダープは大仰に肩を大きく竦めた。
的確に相手を苛立たせる仕草がやけに堂に入っている。
「あまりの演奏に感激してつい投げてしまったのでは? それともなんですか、卿は彼の見事な演奏がお気に召さなかったと? まるで子供のように興奮しながら拍手を送り、あまつさえ自分からおひねりを投げておきながら? ……まあ、精神誘導系のスキルを受けたのではないかとお疑いであれば、演奏に使われていた楽器や彼を存分にお調べになってはどうですかな? 私は止めませんので。どうぞ御随意に」
自信満々のアルダープの様子に若干面食らった様子の貴族だったが、その後、やはり怪しいとのことで楽器とあなたの検査が行われた。
しかし結果はどちらも完全にシロ。嘘発見器の魔道具まで使っておきながら、である。
あなたの使った楽器はアルダープが用意したごく普通のヴァイオリンであり、あなたの演奏は
無事に解放されたあなただが、今度は何人かの貴族からおひねりの返却を遠まわしに要求されることとなる。
しかしここであなたの雇用主であるアルダープが待ったをかけた。
――ええええええええええ!!!? もしかしておひねりを返してもらいたいの!? 自分で渡したおひねりを!? 誇り高く歴史ある貴族ともあろうものが、平民の冒険者にみっともなく頭を下げて!? やだっ、恥ずかしい! 人の事を散々成り上がりだの貴族の恥晒しだのと言っておきながら、その上ただの上手な演奏を洗脳系スキルと勘違いしておきながら、おひねりを返せ? それでも本当に貴族なの? 高貴な青い血の持ち主が冒険者相手に物乞いみたいな真似して、生きてて恥ずかしくない? プライドってものは無いの? 自分なら舌を噛み切って死んじゃうレベルのみっともなさなんだけど。あんな素晴らしい演奏を聴けたんだから、むしろおひねりくらい喜んで支払うのが人としての常識というものでは? ……まあでも、そこまで言うなら仕方ないかな。おい、可哀想だから彼らのおひねりを返してあげなさい。必死すぎて見てて可哀想になってきた。おいちゃん涙が出てきたよ。アースッゴイカワイソ。ぷーくすくす。
自分が連れてきた冒険者が見事に仕事を完遂し、周囲の貴族の度肝を抜いたことで気を良くしたのか、ご機嫌な様子でニヤケ面を浮かべたアルダープの極めて婉曲的で陰湿でネチネチとした嫌味を分かりやすく翻訳するとこうなる。
全力で喧嘩を売りに行っているとしか思えないし、どう考えても以前あなたからおひねりを取り返した男が言っていい言葉ではない。
当然のように貴族のヘイトはアルダープに集中したが、彼からしてみれば決してあなたを庇ったわけではなく、むしろ嫌いな相手を扱き下ろすチャンスを得たので嬉々として煽りに行ったのだ。
実にイイ性格をしている。実はノースティリスかニホン出身だったりするのだろうか。
しかしこのような彼の援護もあってそれ以上面倒な事態にはならなかったし、おひねりを手放すような事態にはならなかった。
貴族とはとかくプライドが高いもの。あそこまで言われてしまっては、一度手放した金品を受け取ろうにも受け取れなかったのだ。
■
一仕事終えて控え室に戻ったあなたは、共に夕食を堪能しながらゆんゆんに先ほどまでの話を語って聞かせていた。
流石に王都の貴族が集うパーティーで出た食事だけあって、料理も酒も一級品だ。
とはいっても先日の会食で食べた料理やウィズがあなたの為に丹精込めて作った手料理と比べるとどうしても劣ってしまうわけだが、それは言っても詮無い話だろう。
「私も一度聞いただけですけど、本当に凄い演奏でしたもんね。私も凄く聞いてて感動しましたし……けど、どうやったらそんなに多彩なスキルを修得できるんですか? 習得もそうですけど、ポイントとか大変だと思うんですけど」
冒険者カードに記載されていないだけで、あなたが各種スキルを習得しているとゆんゆんは勘違いしていた。
あなたは料理スキルや演奏スキルを習得しているので全くの勘違いというわけではないのだが、同じスキルという言葉で一纏めにしても、イルヴァとこの世界のそれは微妙に違う。
レベルを上げてスキルポイントを貯めて各種スキルを覚える。
彼女はそういう法則の下で生まれ育った人間なので、他の世界でも同様だと思っているのだろう。かくいうあなたも度々世界間の差異に驚かされている身なので彼女の勘違いを笑ったりはしない。
スキルに関してだが、これは料理を例に挙げれば分かりやすいだろうか。
例えばゆんゆんやウィズは料理上手だが、この世界の料理スキルを持っているわけではない。
しかし仮に二人がノースティリスに行った場合、二人は料理スキルを習得していると見なされるだろう。
この世界におけるスキルとは神々の定めた
ただの技術であるがゆえに、ウィズが錬金術スキルを習得して回復ポーションを作成しているように、ゆんゆんも努力すればあれくらいの演奏はできるようになる。
この世界での演奏スキル習得に必要な、職業適性やスキルポイントといった特別なものは一切必要ない。
「本当ですか!?」
私にもあんな素敵な演奏が、と目を輝かせるゆんゆん。
まあ廃人の演奏に追いつくためには、日頃から自身の努力を怠らないのは勿論、更にその上からスキルポイントを使って演奏の技術をブーストしている、この世界の演奏家の比ではない努力量が必要になるわけだが。
努力である。ただひたすらに努力あるのみである。
雨の日も風の日も雪の日も、朝から晩まで一日中己の技術を年単位で磨き続けるだけの簡単なお仕事だ。
「今でさえ結構いっぱいいっぱいなのに、今の私にそんな余裕ありません……」
あなたが語ったのはあくまでも神々がおひねりを投げる程度の腕前になりたいなら、の話である。
本人の飲み込みの早さ次第だが、人並みの演奏技術を手に入れるだけならそこまで苦労はしない筈だ。
学習書無しでも、演奏のような知識よりも経験と感覚がモノをいう実技系のスキルであれば、剣技や体術、冒険者としてのノウハウを伝えられるのと同じように、他者に覚えさせることができるのではないかとあなたは考えていた。
冒険者活動や修行の気分転換になるだろうし、新たに家を買うのだから宿と違って迷惑にはなりにくい。考えてみてもいいのではないだろうか。
「うーん……ちょっと考えておきます」
恐らく
友人との合奏など、ゆんゆんが即堕ちエヘ顔ダブルピース不可避だからである。
ちなみにエヘ顔ダブルピースとはいっても、
■
あなたとゆんゆんが翌日以降の予定を話し合っていると、予想外の人物が控え室にやってきた。
「こんばんは。少しお時間をよろしいでしょうか」
氷の魔女ことあなたの同居人の大ファンにして王女の護衛であるレインである。
先日は地味な黒のローブを着ていたレインだが、今の彼女が身に纏っているのは赤を基調としたドレス。
給仕の格好をするでもなくこの場にいるということは、王女の護衛である彼女もやはり貴族であり、パーティーに出席していたのだろうか。会場にいた時は気付かなかったが。
「はい。お恥ずかしながら、この国の貴族の末席を汚させてもらっています。シンフォニア家……クレアの実家と比べると本当に小さな家なんですけど」
あなたはこの国の貴族について非常に疎いが、レインは第一王女のお付きをやっているくらいだ。アークウィザードでありテレポートを使える彼女は、才能に胡坐をかくことなく努力を積み重ねてきたのだろう。
しかし王女の護衛は大丈夫なのだろうか。カズマ少年を拉致した王女は、あなたが存在に気付かなかっただけのレインと違い、いた場合は確実にアルダープがあなたに何か言っていただろうと思われる。
つまり王女はパーティーに出席していない。
「あまりよくはないのですが、今日は実家の都合でどうしても夜会に出る必要がありまして……」
本人としては非常に不本意なのか、物憂げに溜息を吐くレイン。
ウチって貧乏で弱小なんですよ……という呟きはアクセルであなたの帰りを待つ誰かを彷彿とさせる。
異世界といえども、貴族という生き物は様々なしがらみに囚われているというのは変わらないようだ。
さておき、どうやら彼女はあなたに用事があるらしい。心当たりは幾つかある。
あなたが問いかけると、レインは佇まいを正して頭を下げた。
謝罪の内容は、やはりというべきか、理由として最も考えられるものだった。
「昨日はあのような場だったので最後まで言えずじまいでしたが、一昨日は大変なご無礼を……」
恐縮するレインに、あなたは異名を含めて色々言われるのは慣れているし別に気にしていない、そもそもの原因は自分にあると意図的に軽く応えた。
実際問題、あなたがレインに名乗っていればこうはならなかっただろうし、彼女の口から出てきたあなたの噂話は謂れの無い誹謗中傷ではなかった。
ただ、日頃から大人しく過ごしているという自負のあるあなたからしてみれば、その程度で頭がおかしい呼ばわりされるのはおかしいと言いたくなる内容ではあったが。
「ありがとうございます。……ところでそちらの方は? 夜会では見かけませんでしたが」
水を向けられたゆんゆんは、やや逡巡した後、こほんと小さく咳払いしつつ立ち上がり、自己紹介を始めた。
「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして上級魔法を操る者! アクセル随一のアークウィザードとエレメンタルナイトから手ほどきを受けし者! やがては師の特別な存在となる者!」
「…………」
ゆんゆんは恥ずかしそうな顔のまま決めポーズで硬直し、レインは目を丸くして口を閉ざした。
沈黙。圧倒的沈黙である。
とても気まずくて空気が重い。
とんだ大事故だ。時間を巻き戻す魔道具が欲しいと、あなたは数時間前に考えた事を切実に思った。
「……あの?」
レインがその整った眉をハの字に曲げてあなたを見やった。
キョウヤの時といい、これが紅魔族の自己紹介への通常の反応なのだろう。
めぐみんといいゆんゆん以外の紅魔族といい、この世界の常識に疎い部分のあるあなたが同じような口上で返答した際に彼らが喜ぶわけである。
「すみませんすみません、お願いですから引かないでください! この名乗りは私達紅魔族の掟というかお約束なんです……!」
「あ、ああ、紅魔族の方でしたか。すみません、からかわれているのかと思ってしまいました」
納得したとばかりに苦笑するレインは、ゆんゆんを割とマトモな紅魔族と見なしたようだ。
確かに紅魔族の中でも比較的とっつきやすい部類に入るゆんゆんであれば、苦労人な雰囲気を纏っているレインも接しやすいだろうと考えたところで、あなたは考えを改めた。
善人なのはともかく、筋金入りのぼっち気質でゲロ甘でチョロQで妙な部分で押しが強く、激発すると後先考えずに行動するゆんゆんは本当にとっつきやすいのだろうか。
身内贔屓抜きで考えてみると、かなり微妙なところだ。
めんどくさいという意味では、爆裂狂で喧嘩っぱやいめぐみんとそれほど差は無い気もする。
「まさかとは思いますが、仲間の方ですか? あなたに仲間がいるという話は初めて聞きましたが」
ゆんゆんはあなたの弟子である以前に友人なわけだが、アルダープといいレインといい、傍らに人を連れているだけでこの反応である。
どうにも、あなたは一人でいることが当然だと思われている節がある。どれだけ寂しい人間だと思われているのだろう。
ゆんゆんはゆんゆんで、私達って友達っていうだけじゃなくてぼっち仲間なんですね! お揃いですね! とばかりに嬉しそうにあなたを見やってくる始末。
互いが日頃ソロで活動している冒険者だとはいえ、共通点を見出して喜ぶのならせめてもう少し別のものにしてくれないだろうか。
「アクセル随一のエレメンタルナイトとアークウィザードから手ほどきを……ああ、なるほど。アークウィザードの方はこの場には来ていないのですか?」
「あ、はい。冒険者を引退していて、日頃はお店をやっている方なので。ウィズさんっていうんですけど」
「…………ウィズ、さん?」
レインがピクリ、と反応した。
あなたとしては、ああ、言っちゃったか、という気分である。
ウィズと同居しているとレインに知られると家に押しかけてきそうだったので、一昨日はあえて黙っていたのだが。
しかしぽわぽわりっちぃが元冒険者で凄腕の魔法使いだというのは、アクセルでは有名な話だ。
少し調べればすぐにウィズ魔法店に行き当たるだろう。
なのであなたもそこまで必死に隠していたわけではない。
そんなわけで、あなたは苦笑しつつも補足説明を行う。
お察しの通り、ゆんゆんは氷の魔女の愛弟子である、と。
「本当なんですか!? 氷の魔女さんの!?」
案の定、盛大に食いつくレイン。
大ファンと公言する英雄の愛弟子である。反応しないわけがない。
「すみません、氷の魔女って誰のことですか? ……え? ウィズさんの現役時代の異名?」
なんか紅魔族みたい……という小さな呟きは大興奮するレインの大声に掻き消された。
「ゆんゆんさん、初対面にも関わらず不躾なお願いで大変恐縮なのですが、どうかサインをいただけないでしょうか!!」
「さ、サイン!? 私の!?」
「氷の魔女さんのです!」
「ですよね!!」
■
「……ウィズさんって有名人だったんですね。私も話には聞いていたんですけど、まさかあんなに大ファンの人がいるほどの人だなんて思ってませんでした」
夜の王都の街並みを眺めながら散歩していると、あなたの隣でゆんゆんが感慨深そうに呟いた。
強さだけなら嫌というほど知っているものの、身近すぎてかえって凄さが分かりにくかったのだろう。
ウィズはあまり自分から現役時代の話をしないので、嬉々として氷の魔女の話をするレインにゆんゆんは驚かされっぱなしだった。
結局サイン色紙は本人の意思を確認してから、となったわけだが、ウィズを説得するのは愛弟子であるゆんゆんのお仕事だ。どうか頑張ってほしい。
ちなみにあなたはウィズのパンツを持っているのでサインは必要ない。
「…………」
そうしてしばらくウィズの話をしていると、ふと、ゆんゆんが難しい顔で黙り込んだ。
「……いえ、その。ちょっと、考えてはいけない事を考えてしまって」
真面目な話だろうか。自分はウィズの弟子に相応しくない、といったような。
少し心配したあなただったが、ゆんゆんは首を横に振った。
「その、ですね。……レインさん、小さな子供の頃からウィズさんの大ファンだったって言ってましたけど、レインさんの外見年齢って、ちょうどウィズさんと同じくらいだったじゃないですか。しかもウィズさんはレインさんが子供だった頃に冒険者を引退したって……逆算すると、ウィズさんの実年齢って最低でも……」
それ以上いけない。
一瞬で真顔になったあなたは、愛弟子の色々な意味で危険な考察にストップをかけた。