このすば*Elona   作:hasebe

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第82話 HAMMER×HAMMER

 駆け出しへの指導依頼は無事に終わった。

 かつて駆け出しだったあなたにノースティリスの冒険者としての在り方を教授した緑髪のエレア。その彼に酷似した緑髪のエルフと駆け出し冒険者へのレクチャーという極めて限定的なシチュエーションで巡り合うとは思わなかったが。

 運命を通り越していっそ作為的なものすら感じるほどに出来過ぎた遭遇だった。

 

 そんな彼とあなたの講習(チュートリアル)の結果、自身の限界を悟ったり現実を知った駆け出しのおよそ半数が冒険者カードをゴミ箱にぶち込んで故郷に帰っていったが、残りの半数は今もアクセルで活動を続けており、その中にはあなたが最初に半殺しにした金髪の少女の姿もある。

 半数の駆け出しを脱落させたことであなたは軽くお小言を貰ってしまったが、残った半数に関しては損耗率が著しく低下したし駆け出し特有の浮ついた雰囲気が無くなったと評判は上々だ。

 

 ちなみに今のところバケツマンの正体は駆け出しにはバレていない。

 ギルド側は守秘義務がどうのこうので明かそうとしなかったが、あなたとしてはあんな変装とすら呼べない仮装は速攻で露見すると予想していたし、実際彼らは他の冒険者達にバケツマンの正体を聞いて回っていたのだが、どういうわけか話を聞いた冒険者は揃って口を噤んだのだ。

 

 

 

 ――正体は簡単に予想がつく。滅茶苦茶強くてバケツ被って教導する男とかアイツくらいだろ。

 

 ――でも言いたくないわ。冒険者は好きに生きて理不尽に死ぬ生き物だけど、私はまだ死にたくないもの。

 

 ――いいかお前ら。これ以上バケツマンに深入りするのは止めておけ。世の中には知らない方がいい事が沢山あるんだ。

 

 ――バケツマンは正体不明。それでいいじゃないか。

 

 ――ああ、それは多分私のライバルですね。バケツで変装などお粗末にも程がありますが、アレは天然というかそういう変な所がありますから。……おい、今お前が言うなって言ったのはどこのどいつだ。最近故郷で星砕きの称号を手に入れてきた私に喧嘩を売るっていうなら全力で買いますが。屋内でやれるもんならやってみろ? ……あれあれ? 怒らせていいんですか? 使いますよ。爆裂魔法。……運が悪かったですね。今日は魔力が足りているみたいです。

 

 

 

 最近、一人の紅魔族の少女がギルドから一週間の出入り禁止の処分を食らったそうだが、この件との関連は定かではない。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、いつもご愛顧ありがとうございます! 今日もとってもいいものを仕入れてますよ! それも二つも!」

 

 あなたがウィズ魔法店の扉を開けると、決して営業スマイルではない、心からの感謝と歓迎の笑顔でウィズが出迎えてきた。

 ぽわぽわりっちぃの百万エリスを支払っても惜しくない笑顔と新たな掘り出し物への期待と溢れる産廃(ネタアイテム)の予感にあなたの表情が綻び、胸は早くも高鳴りっぱなしだ。

 

「というわけで早速商品の紹介に入りましょう! 本日の一品目はこちら。お掃除ゴーレム、ルーンバーです!」

 

 テンション高めのウィズはそう言って直径30cm、高さ10cmほどの円形の物体を取り出した。

 中央には動力源と思わしきマナタイト鉱石が嵌っている。

 

「これはなんと、床に置いておくと自動でゴミや汚れを感知してお掃除してくれる魔道具なんです。しかもすごく静かに動くのでお昼寝の邪魔にもなりません」

 

 イルヴァにおける自動掃除機(ダンジョンクリーナー)のようなものだろうか。

 暇を持て余したマニ信者の友人が手慰みでこれと似たようなものを作ってフリスビー代わりに遠投していた。このルーンバーはそれによく似ているが、こちらには光子銃もブースターも自爆装置も搭載されていないようだ。あったらあったで困るだけなのでいいのだが。

 

「そいつは魔力で動くのだが、魔力を馬鹿食いする上に燃費がすこぶる悪い。高レベル冒険者が多く存在する王都ならともかく、駆け出しの街では持て余すだけだ。……まあお得意様やそこのぽんこつ店主の魔力であれば問題なかろう」

 

 バニルが補足説明を行ってくれた。

 ウィズが仕入れる品は主にあなた以外誰も買おうとしない産廃と駆け出し冒険者の街では売れない品の二種類に大別される。これは後者のようだ。

 

 しかし自動で掃除をするようなゴーレムを買ってしまうと、ただでさえ家の掃除をする機会が少なくて残念に思っているウィズの仕事が更に減ってしまうわけだが、それはいいのだろうか。

 あなたの問いかけに彼女は慄然とした表情になった。

 自分で売り込んでおきながら気付いていなかったらしい。

 

「全然よくないです、それは凄くよくないですよ! お家の掃除は私の仕事なんですから!」

 

 ゴーレムが私の大事な大事なお仕事を奪います、と嘆きながらぽわぽわりっちぃはルーンバーを涙目で睨みつける。機械の大量生産に駆逐される職人のような台詞だ。

 ただ、自動で掃除をするというのであれば季節の変わり目に家のあちこちに散らばるマシロの抜け毛を掃除するのに役立ちそうではある。あれにはウィズもてこずっていた。

 

「むう……あなたがそう言うのでしたら……」

 

 これではどちらが商売人か分かったものではない。

 実際どのように動くのか見てもらう為にウィズが渋々ルーンバーを床に置いてスイッチを入れると、静かに動くという掃除ゴーレムはズゴゴゴゴ、という凄まじい異音を立ててウィズの足に何度も体当たりを始めた。

 

『警告! 特大のゴミを見つけました! 特大のゴミを見つけました! ただちに除去してください!!』

 

 失礼極まりない音声である。

 誰がゴミだというのか。

 ぶっ壊してやろうかと思ったが売り物なので止めておく。

 

「え、えっと……あれ? どういうことなんでしょうか?」

「フハハハハ! どうやら店主はゴーレムにゴミ扱いされているようであるな!! この店で誰が一番の産廃なのかを判別していると見える! さすがは産廃店主! ゴーレムの分際で中々どうしてよく分かっているではないか!」

「…………」

 

 目の据わったウィズがまるであてつけのように高笑いするバニルの足元にルーンバーを置くと、仮面の悪魔は彼女を鼻で笑った。

 

「ふむ、残念ながら我輩はご近所でも綺麗好きのバニルさんで通っている悪魔であるからして、浅はかな貴様の目論見が外れることはわざわざ見通す力を使うまでも無く分かって――」

『警告! 特大のゴミを見つけました! 特大のゴミを見つけました! ただちに除去してください!!』

 

 今度はバニルに激しく体当たりを始めた。彼もゴミ判定らしい。

 店内の気温が下がっていく。

 

「すみませんバニルさん、ちょっとよく聞こえなかったのでもう一度言ってもらえますか? 誰が産廃で、浅はかな私の目論見が、何でしたっけ?」

「…………」

 

 ガンを飛ばしあうアンデッドの王と大悪魔。世界の終わりはすぐそこまで迫ってきている。

 ウィズと遠慮が無い間柄であるバニルを少し羨ましく思いつつもウィズが楽しそうで何よりだとあなたは笑い、仲良く険悪なムードを漂わせる両者を尻目に諸悪の根源を手にとってみる。ウィズやバニルの時のような失礼な音声は流れなかった。

 裏返してみればアルカンレティアにある魔道具工房の名前が書かれていた。どのような伝手で仕入れてきたかは知らないが、なるほど、ウィズ(アンデッド)バニル(悪魔)に反応するわけである。人間には反応しない仕様なのだろう。デュラハンのベルディアならば反応するだろうか。

 

「…………」

「…………」

 

 さて、そろそろ二人が喧嘩を始めそうなので混ぜてもらおうと意気込むあなただったが、にゃあ、という小さな鳴き声に機先を制された。

 声の方に目を向けてみれば、先ほどまで土鍋の中で丸くなっていたマシロがあなたの足元に近寄ってきていた。ルーンバーに興味があるのか、その青い瞳でじっと円盤を見つめている。

 オモチャと思ったのかもしれない。あなたが大型ゴミの判定を食らった二人に反応しないように少し離れた場所に置いてみると、魔法店の可愛い看板猫は何度か前足で突いた後に害が無いと分かったのかひらりとルーンバーの上に飛び乗った。

 

 なんとなくせっつかれている気がしたのでスイッチを入れてみる。

 

 突如動き出した円盤からマシロは慌てて飛びのいたが、観察している内に好奇心が勝ったようで動き回るルーンバーに再び飛び乗り、そのまま伏せてしまった。気に入ったらしい。

 こうして掃除ゴーレムはマシロのおもちゃになった。

 

 

 

 

 

 

 ルーンバーに乗って遊ぶマシロに毒気を抜かれたのか、矛を収めてしまったウィズが取り出したのは古びたボロボロの金槌だ。

 女性の細腕でも片手で振るえる程度のサイズである。

 

「銘は鍛冶屋潰しです。鍛冶屋さんの間ではドワーフ殺しという異名で呼ばれている金槌ですね」

 

 全国各地の鍛冶屋から凄まじい抗議と金床と溶鉱炉が飛んできそうな名前だとあなたは感じた。特にドワーフなど怒りのあまり額の血管を破裂させて発狂するのではないだろうか。

 彼女自身知り合いにドワーフの鍛冶師がいるというのにそんなものを平然と売ろうとするあたり、中々いい根性をしている。

 

「鍛冶屋潰しは見ての通りのハンマーですが、しかし武器ではありません。あくまでも鍛冶の為の道具なんです」

 

 彼女はそう言っているが、金属の塊で殴れば一般人の頭をカチ割る程度は造作も無いだろう。

 しかし鍛冶屋潰しという異名でありながら鍛冶の為に使うとはこれいかに。

 

「それはですね、なんと鍛冶屋潰しが鍛冶スキルを持っていない人でも鍛冶ができるようになるという非常に画期的なアイテムだからなんです。ハンマーを通じて擬似的に使用者に鍛冶スキルを習得させているわけですね」

 

 そう言ってウィズは金槌の頭の部分を見せてくれた。

 Lv:1 Exp:0.0000%という文字が刻まれている。

 

 この世界には料理や演奏、宴会芸スキルと同様に鍛冶スキルが存在しており、世の中の店を経営している鍛冶屋は当然これを習得している。

 あなたは習得していないが、カズマ少年も装備品の修繕やアイテム作成の為に鍛冶スキルを習得していたはずだ。

 しかしスキルの代替品とは中々に興味深い。

 やけにボロボロなのは気にかかるが、それだけ古い時代のアイテムなのだろうか。

 

「古い時代のアイテムであることは確かですが、これは元からそうなんです。鍛冶屋潰しは持ち主と共に成長する金槌ですから。今はご覧の通りボロボロのハンマーで、傷んだ装備品の修繕や質の低い装備の作成くらいしかできませんが、成長した暁にはそれはもうドワーフの名工の方が使うような立派なハンマーになり、想像を絶する装備品の強化ができたり、神器にも届く装備品が作れるようになる……といわれています」

 

 成長する道具とはまるで生きている武器のようだ。

 愛剣のように自我を持っているわけではないのだろうが、それでも若干の親近感は覚える。

 

「遠い昔、魔道大国ノイズが健在だった時代。鍛冶屋潰しは鍛冶が非常に盛んな鉄と炎の国で、ある一人の魔道士によって生み出されました。その魔道士は冒険者の装備品の修繕の為に鍛冶屋に行くのがめんどくさい、という声にピンと来てこれを生み出したそうです」

 

 製作者は才能に溢れた魔道士ではあったのだろう。

 よりにもよって鍛冶が盛んな国でこれを作ったかと思うと最悪もいいところだが。

 

「紆余曲折を経て販売された鍛冶屋殺しは冒険者の方にそこそこ売れたそうですが、鍛冶ギルドの凄まじい反発と抵抗にあった挙句、魔道士が暗殺されて国中の鍛冶屋がストライキを起こし、最終的には国のお触れでその殆どが回収、廃棄処分になってしまったんだとか」

 

 さもあらん、当然の結末だとあなたはウィズの話に眉間を押さえた。

 革新的と言えば聞こえはいいが、実際は体制と既得権益に中指を突き立てて助走をつけてぶん殴り唾を吐きかけるが如き所業のアイテムである。

 完全に戦争をふっかけていると言わざるを得ない。

 

「そして今ここにある物は廃棄処分を免れた内の一つ。そんな歴史的にも貴重な品が“おうちで鍛冶屋セット”もおまけしてお値段、ななな、なんと二千万エリスでの御提供! これはもう買うしかありませんよね! ありませんよねっ!?」

 

 説明を終え、両手でハンマーを握り締めて詰め寄ってくるウィズはまるで押し売りのようで興奮も相まってとても可愛いが、買うかどうかはもう少し詳しい商品の話を聞いてからだ。

 本人の手前あえて口には出さないが、ウィズが仕入れた以上、このアイテムも何かしらの致命的な欠陥を抱えていることは確かなのだから。そう、今まであなたが買い漁ってきたものと同様に。

 二千万エリスというのは彼女の店の品でも中々の額と言える。ポンと払う気にはなれない。

 

「……まあ、決して使い道が無いわけではない。傷んだ装備品を修繕する程度であれば十分に使用に堪えるであろう。二千万エリスを払う価値があるかはともかくとしてな」

 

 あなたの視線を受け、棚を掃除していたバニルが再び補足説明を行う。

 

「鍛冶屋潰しの欠点は修繕にしろ製作にしろ、槌を振るうだけで凄まじく疲労することだ。無機物にスキルを付与、再現したせいか無理が生じてるらしく、本来であれば肉体的疲労を感じぬ筈のアンデッドやゴーレムでさえ使っていれば過労で昏倒するほどに消耗する」

 

 ハンマーのレベル上げの為にベルディアにアンデッドナイトを召喚してもらって不眠不休で働かせるのは無理ということだ。

 それどころか持ち主と共に成長するアイテムなので、他人に使わせるとレベルがリセットされる。

 

 更に真っ二つに折れた剣など、完全に破損した装備品を元通りにするのも不可能だという。

 しかし武具の作成には鉱石の他に破損した武具が必要なのだそうだ。これは鉱石を使って壊れた武具を新生させているかららしい。

 

「店主の説明通り、使い続けてハンマーのレベルを上げればいずれは強力な装備品の作成に手が届くであろう。ただしその道のりは果てしなく遠く、高く、険しいものになる。金蔓様の力量であれば必然的に要求される武具の性能も相応になる故、更に時間がかかることになるな」

「これは初期ロットなので傷んだ装備品をカーンカーンって叩くだけで経験値が入りますよ!」

「だがスタミナの消耗という壁が立ちはだかる。我輩も試してみたが、どういうわけか百回ほどでまともに体が動かなくなった。この我輩が、だ。そういう意味では凄まじい品ではある。そこのインドア派リッチーに到っては一桁で音を上げるだろう」

「流石に一桁でバテるってことはないですよ!? 最近は彼やゆんゆんさんと運動して体力を付けてるんですから!」

 

 以前はちょっと全力疾走した程度で筋肉痛になっていたひきこもりっちぃの意見を華麗に黙殺し、バニルは説明を続行する。

 

「ハンマーを高レベルにする為には鉱石を使って装備品を作成するのが手っ取り早いのだが、これがまた本末転倒極まりない仕様でな。低レベルの時であれば鉄鉱石程度でも経験値は入るが、高レベルとなればアダマンタイトやオリハルコンなどの希少鉱石……それも品質の高いものを湯水の如く浪費せねばならず、そんな高価な素材が潤沢に手に入る冒険者であればその材料で本職の鍛冶師に装備品を作ってもらった方がはるかに安上がりかつ上質の装備が手に入る」

 

 彼はこのアイテムを売る気が無いのだろうかと思わずにはいられない説明だが、こんなことは日常茶飯事だ。

 聞こえのいいでまかせを言って産廃を売りつけようとはしないあたり、大悪魔といってもバニルはアクシズ教徒よりよほど誠実といえるだろう。

 実際に言葉にするとあのような連中と一緒にするなと激怒しそうだが。

 ウィズはそもそも本当にいい品物だと思って売りに出しているので、誠実とか悪辣とかそういう話にはならない。抱きしめたくなるほどに商才が無いだけだ。

 

 

 

 

 

 

 結局その後、あなたは鍛冶屋潰しを購入した。

 バニルはあなたの根っからの金蔓っぷりに呆れながらも鉱石の採掘場所を教えてくれたが、あなたには今のところ必要ないものだった。

 異邦人であるあなたにはノースティリスで溜め込んだ鉱石類がある。

 この世界では使い道が無い上にその性質上大量放出できない道具の使い道がやってきたのだ。

 

 女神アクアが酒の奉納を喜ぶのと同じように、あなたの信仰する癒しの女神は鉱石を捧げ物として受け取っており、彼女の信者であるあなたもかつては恒常的に数多の鉱石を奉納していた。

 

 だがある日、あなたの信仰が限界まで深まった際に「こ、これからの供物は鉱石じゃなくて手作りお菓子でもいいんだからねっ! でも変な勘違いはしないでよね、私はただ鉱石はもう沢山持ってるから他の物が欲しくなっただけであって、別にアンタが作ったお菓子が食べたいからこんなことを言ってるわけじゃないんだからっ……バカバカバカッ!!」という神託があなたに下った。わざわざあなたにはしなくなって久しいツンデレ口調まで持ち出して。

 かの女神は甘いお菓子が大好きでこっそりと服の中に沢山のお菓子を隠し持っているというのはあなたも熟知している。激しく動くと服の中からぽろぽろ零れるくらいには隠し持っているのだ。

 女神たっての願いを受け、その日からあなたが祭壇に捧げる供物はクッキー、パフェ、ケーキといった自作のお菓子になり、それからもなんとなく習慣として集めては溜め込み続けていた計十万個以上の鉱石類が今も四次元ポケットの中に眠ったままになっている。

 

 そんなあなたが抱えている鉱石は大地の結晶、魔力の結晶、太陽の結晶、金塊、ミカ(雲母)ルビナス(ルビー)の原石、エメラルドの原石、ダイヤモンドの原石の八種類。

 イルヴァでは大地の神が定期的に地殻変動を起こして大地に力を馴染ませているが故か、これらの鉱石がそれはもうわんさかと出土する。

 軽く家の壁を掘っただけで発掘できるくらいなので必然的に安価かつ多量に鉱物が手に入るのだが、地殻変動が発生しないこの世界ではそうもいかない。

 

 あなたは以前ウィズに金や宝石の相場を教えてもらった際に自身の持つ鉱物について査定してもらったのだが、各種原石に関しては不純物が多く混じっているということで驚きに値する値段は付かなかった。

 しかしその他の結晶と金塊に関しては驚きの結果が待っていた。

 魔力の結晶はマナタイト、太陽の結晶はフレアタイトに似た性質を持っているらしく、それ一つで数十万エリス、そして金塊に至っては数百万エリスはくだらないとのこと。

 金はイルヴァでも古来から富と力の象徴として権力者に好まれているが、それでも金塊一つにここまでの高値は付かない。世界の違いと理解はしていてもぼったくりとしか思えなかった。

 

 上記の物以外にもあなたはミスリルの欠片やエーテルの欠片、鉄の欠片といった一見すると鍛冶に使えそうな(マテリアル)を持っているが、こちらは本当に小石程度のサイズなので工房などで精錬しない限り役には立たないだろう。

 

 とまあ、このような理由により装備はダイヤ製だろうが好きなだけ作り放題、とはいかなかった。

 バニルも言っていたが、武具の作成には鉱石以外にも壊れた武具が材料として必要になる。

 普通であれば大量の壊れた武具など戦場でもなければそうそう手に入るものではない。

 

 ……そう、普通であれば。

 

 

 

 

 

 

「……で、武器屋とか戦場を巡って装備を漁るのが面倒だから俺がアンデッドナイトを召喚して壊れた武具を量産しろと」

 

 理解が早くて助かるとあなたが頷くと、あなたの目論見を聞かされたベルディアは心底めんどくさそうに重い息を吐いた。

 

「ご主人もシェルターに潜るとか言うから何かと思えば、まさか鍛冶屋潰しのレベル上げを手伝えとは。というかまだ現物が残っていたのか……」

 

 ベルディアがスキルで呼び出すことのできるアンデッドナイトは朽ちてボロボロになった金属製の武具を身に纏ったモンスターだ。

 まさしく質より量を体現するモンスターであり、質も量も圧倒的に強化された終末においては壁にもならない。

 意思を持たず、劣悪な装備品で武装したアンデッドナイトに手こずるのは駆け出し冒険者くらいなものだが、今はその劣悪の極みとも呼べる武具こそがあなたの必要とするものだった。

 

「あらかじめ言っておくが、アンデッドナイトの武具はアンデッドナイトが消えたら一緒に消滅するからな?」

 

 それでも構わないとあなたは頷く。

 あなたはレベル上げに装備品を使いたいだけであって、今のところ完成品に用は無い。むしろ処分の手間が省けると思えば願ったり叶ったりといえるだろう。

 

「ご主人がそれでいいならいいけどな。だが素材に使う鉱石が勿体無い気が……え? 素材の鉱石は十万個以上在庫がある? ダイヤモンド製の武具? 終末といい、ごすは市場の破壊者にでもなる気なの? あとダイヤは常識的に考えて武具の素材にはならないから。硬くても衝撃に弱いダイヤは普通に砕けるから」

 

 遠い目をしたベルディアが呼び出したアンデッドナイトから槍を受け取る。

 アンデッドナイトの防具は頑張れば辛うじて防具として使える程度の痛み方をしているが、槍は穂先が中ほどで折れてしまっており、槍というよりは棒といった有様だ。

 

 あなたは想定通りの武器の劣悪さに満足しつつ“おうちで鍛冶屋セット”についていた小型溶鉱炉に穂先を突っ込み、熱した槍を金床に載せ、更にその上に淡い光を放つ白く小さな鉱物、ミカを重ねる。

 あとはミカの上からハンマーを叩き付けるだけでミカ製の槍ができあがる、らしい。

 

「相変わらず世の中の鍛冶屋に喧嘩売りまくってる道具だな。作った奴が暗殺されるわけだ」

 

 ベルディアのぼやきを聞きながら金槌を振るい、カーン、カーンという金属音をシェルター内に響き渡らせること数分。

 驚くほどあっけなくミカ製の長槍が完成した。

 品質は粗悪かつ素材の関係で実用性も絶無だが、鍛冶の技術などこれっぽっちも持っていないあなたの手によって折れた槍は立派な武器の姿を取り戻したのだ。

 アンデッドナイトに白亜の槍を返却すると、彼、あるいは彼女はどこか嬉しそうな顔になった気がした。

 

「見た目はいい感じだな。しかし雲母製の武器って実際どうなんだ?」

 

 ノースティリスでのミカの扱いは辛うじて生もの製よりはマシ、といったところだろうか。

 非常に軽いので扱いやすいが、実用的ではないことだけは確かだ。

 

「だろうな。……というか生ものの武器って聞いててもう意味が分からん」

 

 鍛冶は苦行という話だったが、武器が完成した際、あなたは仄かに鍛冶の技術の向上を感じた。

 果たしてどれくらい経験値を稼げたのだろうかとハンマーを見てみれば、Lv:1、Exp:0.0000%と刻まれていた箇所はLv:2、Exp:0.0000%に変化していた。まさかの一発レベルアップである。

 

「まあ最初はこんなもんだろう。心配しなくてもどうせそのうち地獄を見る破目になる」

 

 まるで実際に体験してきたかのような台詞だ。もしかしたらベルディアも自作装備目当てに鍛冶に挑戦したことがあるのかもしれない。

 ペットの過去に思いを馳せつつ、あなたは装備の修繕を試すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「な? だからしんどいって言っただろ?」

 

 傷んだ防具にハンマーを振るい続けて疲労困憊となったあなたにベルディアが飲み物を手渡しつつ声をかけてきた。

 バニルとベルディアが言っていたことが嘘ではないと己の身を持って証明したあなたは汗を拭いつつ苦笑いを返す。

 

「しかし休憩無しで100回近く連続で鍛冶屋潰しを振るえるとかご主人はスタミナお化けか」

 

 97回。

 一切疲労していない、並大抵の運動や戦闘では息一つ切らさない廃人(あなた)の息があがり、額に玉のような大粒の汗が浮かぶまでに金槌を振るえた回数だ。

 あれだけボロボロだったアンデッドナイトの兜も鎧も籠手も具足も新品同然になったが、あと十回も振るえばあなたは過労で倒れかねない。

 それほどの疲労度であり、体力が完全に戻るまでには最低でも六時間は休む必要があるだろう。

 

 普通のハンマーを振るうだけでこうはならない。

 一回一回精魂込めて振るわねばならないからか、あるいはこの道具の効果なのか。

 十中八九後者だろうが、スキルを使う時のような、魔力や普通の体力とはまた別の概念的な()()を持っていかれているような感覚があった。

 更に槌を振るっていると空腹になるのも異常なまでに早い。作業中に一度ストマフィリアを頬張ったくらいだ。

 あれだけボロボロだった装備がハンマーで叩いていくだけでピカピカになっていく様は目を見張る物があったが、なるほど、確かに二人の言うとおりこれは中々にしんどい作業である。

 苦労の甲斐あってハンマーのレベルは5になったが、これからもっとレベルは上がりにくくなるのだろう。

 

 しかしその辛さと疲労感はあなた(廃人)にとって実に慣れ親しんだ懐かしいものであり、ノースティリスに戻ってきたかのような心地よさにあなたは汗を拭いながら爽やかに笑う。

 他人にとってどうかはともかく、()()()()()の道具と言える。

 ウィズは本当に素晴らしいものを仕入れてくれたものだ。

 

「うわあ、ご主人がヘトヘトになってるのにめっちゃニコニコしてる」

 

 しかしこのまま鍛冶を続けるのは効率が悪すぎるし体力がもたない。

 日々鍛錬に励んでいるベルディアをアンデッドナイトを呼ぶためだけに働かせるというのも気が引ける。武具を叩くだけで経験値が入るのは確かだが、痛んでいない武具を叩いても経験値は入らなかった。

 課題は幾つかあったが、あなたはその全てを一気に解決できるかもしれないアイテムを所持しており、これを全面的に活用するつもりだった。

 

 そのアイテムとは吊るした相手を完全に無力化し不死にする狂気の拷問器具ことサンドバッグである。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 かつてゆんゆんのレベル上げの為に赴いた、鉱山の麓に存在するダンジョン。

 その深層に、一心不乱にハンマーを振るい続けるあなたの姿があった。

 

 ダンジョンの一角を掘りぬいて作った一室にはあなたが持ち込んだ家具や時計が置かれており、鍛冶を行うあなたの傍らにはサンドバッグに吊るされ身動き一つしなくなった一匹のスライムが。

 

 あなたが目をつけたのはブラッディスライムという、その名の通り血の色をした毒々しいスライムだ。

 鉱物を好んで食し、スライム系の中でも強い酸性を持つというこのモンスターに物理攻撃を仕掛けようものならば、鉄製の武器などあっという間にボロボロになってしまうだろう。

 

 しかしその装備品を傷める厄介な性質は鍛冶スキルのレベル上げにおいては非常に役に立つ。

 

 スライムをサンドバッグに吊るし、この世界で購入した耐酸性ではない武器とノースティリスから持ち込んだスタミナ吸収(体力回復)のエンチャントが付いた武器の二刀流で攻撃し続ける。

 スライムはサンドバッグの効果で絶対に死なず、酸で劣化させすぎて武器が壊れない限りは永遠に武器を劣化させつつスタミナを回復させることができるのだ。

 

 そうして劣化した装備を修繕するためにハンマーを振るい続けて経験値を稼ぐ。

 体力が無くなったらサンドバッグを叩いて回復する。

 

 ハンマーを振るう。

 サンドバッグを叩く。

 

 振るう。

 叩く。

 

 振るう。振るう。振るう。振るう。振るう。

 叩く。叩く。叩く。叩く。叩く。

 

 速度を最大まで引き上げた状態での鍛冶はもはや常人の耳には「カーンカーンカーン」という金槌の音ではなく「ガガガガガ」という異常な騒音にしか聞こえないだろう。

 だからこそあなたはこうして人気の無いダンジョンの奥深くで鍛冶に勤しんでいる。ここならば誰にも迷惑をかけることはなく、思うが侭にスキルのレベル上げに没頭することができる。

 鍛冶のレベル上げにド嵌りしたあなたはこの数日間寝食と風呂の時以外はずっとハンマーを振るい続けており、その甲斐あってかいつの間にかボロボロだったハンマーはウィズの言っていた通り名工の使うような立派な外見に変化していた。

 

 ベルディアとウィズは何の目的があってこんなに頑張っているのだろうと不思議そうにしていたが、あなたは目的があって鍛冶のレベルを上げているわけではない。

 装備は自前の物で十分に満足している。今更更新しようとは思わない。

 ハンマーを育成し続ければ、イルヴァにおける装備の強化限界を大幅に更新することができるだろう。しかしそれは他の鍛冶屋でもできる。

 

 なので強いて言うならスキルレベルを上げること自体が目的だ。

 少しずつハンマーの経験値が溜まり、レベルが上がっていくのを見るのはとても楽しい。

 完全に手段が目的と化しているが、あなたにとってはいつものことである。

 

《お兄ちゃん、そろそろ時間だよー》

 

 作業に没頭するあなただったが、ふと妹がまるで妹のような台詞を発した。

 手を止めて時計を見てみれば、いつの間にか時刻は昼過ぎになっている。そろそろ作業を切り上げて帰らなければならない。

 

 今日はグラムを交換する為、キョウヤが神器を持ってあなたの家に遊びに来る日なのだ。

 

 

 

 

 

 

 キョウヤは予定の時間よりも少し早くやってきていたらしく、あなたが帰宅した時にはシェルターの中でベルディアと戦っていた。

 彼一人でやってきたのか、仲間であるフィオとクレメアの姿は無い。

 

「ほらどうしたどうした、もう終わりか? やっぱり貴様は神器が無いと満足に戦えない温室育ちのお坊ちゃんだったのか? さっさと立ち上がってかかってこい根性なし! まあ女と仲良しこよしで生ぬるく生きてる軟弱者のお坊ちゃまには土台無理な話だろうけどなぁ!!」

「ぐっ……まだ、まだだぁ!!」

 

 相変わらず罵声を飛ばしながらキョウヤに剣を振るうベルディアだが、その根底にあるのはキョウヤにもっと強くなってほしいという一種の思いやりだ。

 度重なる相対でキョウヤもそれを理解しているのか叱咤に挫ける事無く発奮している。

 そして何かのスキルが発動したのか、シェルターを突風が駆け抜け、キョウヤの全身から金色の力強いオーラが立ち昇った。

 

「おおおおおおおおおおおっ!!!」

「いいぞ、もっと、もっとだ! お前の命を燃やせ! ここが死地だと覚悟を決めろ!」

 

 女好きで若干スケベだが元騎士らしく根は真面目なベルディアは好青年であるキョウヤと波長が合うのか、彼が相手だと非常にノリノリかつ熱血キャラになる。

 騎士だった頃を思い出しているらしく、キョウヤと共に修練に励むベルディアはあなたの目から見ても非常にイキイキとしている。

 

 それだけに、ベルディアがフィオとクレメアにゲイのサディストではないのかと疑われている件に関してはあなたをして同情を禁じえない。

 

 キョウヤもなんだかんだで楽しそうにベルディアと付き合っているが、これもキョウヤがゲイのマゾヒストだからではない。

 性格がいい上に美形の青年でもある彼はどういうわけかベルディア以外に同性の友人が一人もいないらしく、口は悪くとも真剣に自分に向き合ってくれるベルディアに大変よく懐いているのだ。

 

 

 

 修練を終えた二人にリビングで茶を振舞う。

 ウィズは仕事中なのであなたが淹れたものだが、評判は悪くなかった。

 

「ふう……やっぱりベアさんは強いですね。僕もあれから相当に実戦を重ねて修行してきたつもりだったんですが」

「確かに以前よりは成長しているようだが、お前が努力してるのと同じように俺も努力してるからな。簡単に追いつかれたら立つ瀬がない」

 

 ニヒルに笑うベルディアは、今日のような休みの日以外は毎日毎日無限のドラゴンと巨人の軍勢を相手に終わりの無い戦いを続けている。その甲斐あってあとは速度さえ足りていれば強化された終末でも数日は死ななくなるであろう程度には強くなった。死ぬ前に精神的な限界が来るかもしれないが。

 そんな男の発言には凄みと重み、そして「もう慣れたけどやっぱり死にたくねーなーマジでなー死ぬのって超痛いしなー、一週間でいいから俺とちょっと代われよチクショウ」、みたいなキョウヤへの羨望が混じっていた。勿論あなたはベルディアとキョウヤの立場を入れ替える気は無い。

 

「ところで肝心の神器はどうした? ご主人がまだかまだかと期待してる感じなんだが」

「勿論持ってきてますよ。あなたの眼鏡に適うといいのですが……」

 

 緊張を顕にしたキョウヤが荷物袋から取り出したのは、白銀の見事な大盾だった。間髪を容れず鑑定の魔法を使う。

 

「聖盾イージス、という名の神器だそうです」

「ほう……」

 

 奇しくもあなたが使うノースティリスの魔法(聖なる盾)の名を冠するその盾は、鏡のように滑らかな表面をしており、光を反射して眩く輝いている。

 まさしく聖盾の名に相応しい華美な盾だが、よく見ればそこかしこに細かな傷が刻まれており、この盾が多くの戦いを乗り越えてきたことを感じさせた。

 

「何を持ってくるかと思えば、まさかイージスとは……どこで手に入れた? 俺の記憶が確かなら所在が掴めなくなって久しかった筈だが」

「他国のダンジョンの最深部で見つけました。ベアさん、ご存知なんですか?」

「まあな。調べれば分かるが、この世で最も頑強で身に着ける者に勝利と栄光を約束する神器と謳われる聖鎧アイギスと聖盾イージスは魔王軍との戦いで活躍したことで結構有名な代物だぞ。当時の幹部を一人討伐したしな。確か仕留めたのは石化の邪眼を持つメデューサだったか」

 

 テーブルに頬杖を突いてイージスを眺めるベルディアの目はどこか懐かしそうだ。

 幹部だった時に持ち主と相対したことがあるのかもしれない。

 

「……まあ幾ら防具の性能がよくても単騎故の限界もあり、詩人が詠う様に常勝無敗というわけにはいかなかったみたいだけどな。それでもこいつの持ち主が病気で死ぬまで、アイギスとイージスは主人に降りかかるありとあらゆる攻撃を防いだそうだ」

「そうだったんですか……」

 

 言葉では伝聞系だが、間違いなく彼はかつてイージスの持ち主と相対している。

 死の宣告も弾いたくらいだからな、あんなのインチキだろ……という小さな呟きをあなたは聞き逃さなかった。

 

「それで、鎧の方、アイギスはどうした?」

「すみません。僕が見つけたのはイージスの方だけなんです」

「そうか……ところでご主人って基本的に盾は使わないよな」

「ぅえっ!?」

 

 ベルディアの呟きにキョウヤが裏声と共に体を硬直させ、冷や汗を流し始めた。あなたが交換に応じないのではないかと考えてしまったのだろう。

 確かにあなたは滅多に盾を使わないが、交換する神器に関しては自分が使える物に限定したつもりは無い。

 あなたがキョウヤに求めたのはあなたにとってグラムに匹敵、あるいはグラムよりも価値のある神器であり、彼が手に入れた聖盾イージスはその要求を十二分に満たしている。

 交換条件については以前ベルディアにも話していた筈だが忘れてしまったのだろうか。

 

「よ、良かった……ベアさん、脅かさないでくださいよ」

「ははは、すまんすまん。つい、な」

 

 剣を通じて友誼を深めた二人は傍から見ていると兄弟のようでもある。

 ベルディアの主人であるあなたとしてはペットが楽しそうで何より、といったところだろうか。

 

 ともあれ、キョウヤはこうして神器を持ってきてくれた。

 今度はあなたが約束を守る番だ。

 

「…………」

 

 用意していたグラムをテーブルの上に置くと、キョウヤは恭しくグラムに手を伸ばした。

 

「……グラム、久しぶり」

 

 彼が自身の愛剣と顔を合わせるのはデストロイヤー戦以来だろうか。

 あの時は一時的な返還だったが、あなたがイージスを受け取った以上、今この時よりグラムは再びキョウヤの物だ。

 

「まあ、なんだ。今度は盗まれないように気をつけておけ。今回はたまたまご主人が回収してたから良かったものの、一度自分の手から離れた神器が帰ってくることはかなり稀なんだぞ?」

「……はいっ」

 

 久しぶりに再会した相棒(グラム)を片手で撫でながら、目頭を押さえて肩を震わせ始めるキョウヤ。

 あなたはベルディアを半目で見つめた。他に理由が思い浮かばない。

 

「おいご主人、なんだその目は。……まさか俺のせいだって言いたいのか!?」

「す、すみません、違うんです。帰ってきたグラムを前にしたら今までの事を思い出して、つい感慨深くなってしまって……ちょっとこの場でグラムを抜いてみてもいいですか?」

 

 断りを入れ、魔剣グラムを鞘から引き抜く魔剣の勇者。

 数ヶ月ぶりに本来の持ち主の手元に帰ってきた魔剣はあなたが持っていた時とは別次元の力強さと輝きを放っているが、キョウヤはそんなグラムを握って少し不思議そうな顔をしていた。

 

「なんだろう、久しぶりとはいえ、なんだか前よりもグラムが手に吸い付くというか、僕の手によく馴染むような……」

「ご主人がコレクションとしてちゃんと手入れしてたからだろうな。後はまあ……お前の成長も多少はあるんじゃないか?」

「ベアさん……」

「な、なんだ? 今のはただの率直な感想であって別にお前を褒めたわけじゃないから勘違いするんじゃないぞ?」

 

 実はあなたはサービスとして成長したハンマーでこっそりグラムを強化していたのだが、本来の持ち主であるキョウヤには分かってしまうものらしい。

 グラムは女神アクアが下賜した神器なだけあって非常に強力な剣なので、多少強化したとしても誤差の範囲内だろうが。

 

 

 

 

 

 

「なあご主人、あの道具を貸してくれないか? ほら、勇者適性値? とかいうのが分かる道具」

 

 あなたが新しく手に入れたイージスを磨いていると、キョウヤと雑談していたベルディアが声をかけてきた。

 彼が言っているのは女神ウォルバクから入手した眼鏡の魔道具の事だろう。

 思えば最近女神ウォルバクの姿を見ていないが、彼女は今もエーテルの研究を行っているのだろうか。

 

「……ほう、やるな。勇者適性値111か」

 

 あなたが魔道具をくれた邪神の事を思い出していると、眼鏡姿のベルディアがキョウヤを見て感心した風な声をあげた。ウィズやベルディアほどではないにしろ、中々の数値である。

 ベルディアから眼鏡を受け取って見てみれば、確かにキョウヤの数値は111と、そしてベルディアは143と表示されている。

 勇者適性値が100を超えているキョウヤは確かに勇者に相応しい人間だとあなたは思っているし、地味にベルディアの数値も以前より上昇している。修行の成果が発揮されているのかもしれない。

 

「高いといいことがあるんですか?」

「なんでも100を超えると勇者に相応しいらしい。ちなみにご主人はマイナス200だった。マイナス200だぞ? どんだけ勇者に向いてないんだって話だ。しかし納得できすぎて困る」

「あはは……」

 

 遠まわしに師に自分が勇者に相応しいと言われて喜ばしそうにしながらも苦笑いを浮かべるキョウヤ。

 あなたはベルディアほどキョウヤと接点が無いので、あちらも軽口を叩きにくいのだろう。

 

「あ、でもつい最近アルカンレティアで魔王軍の幹部を討伐したんですよね? 王都でも話題になってましたよ」

「人間性と実力は必ずしも比例しないと分かってるだろ。お前は知らんだろうが、実は最近ご主人は駆け出し冒険者に指導を行っててな……」

「……え、講習を受けた半数が引退……!?」

「まあ命懸けの冒険者稼業を舐めてたり軽いノリでなった連中だったんだろうが……」

 

 こそこそと雑談を交わす二人に仲間はずれにされたあなたは手持ち無沙汰になってしまった。

 ウィズの顔を見に行こうかと眼鏡を弄っていると、何かが指に引っかかった。

 今の今まで気付かなかったが、眼鏡の右側面にツマミが付いている。

 

 ツマミを回してみると、レンズの向こう側に映っているベルディアとキョウヤに表示されている文字が変化した。人物特性モード、と表示されている。

 女神ウォルバクは教えてくれなかったが、どうやら勇者適性値の詳細が表示される仕組みになっていたようだ。

 

 

 

 正【勇敢】【命知らず】【力自慢】【ド根性】【自己犠牲】

 負【感情的】【女好き】【不運】

 

 ――ベルディアの勇者適性値は143です。

 

 

 正【真面目】【勇敢】【美形】【モラリスト】【情け深い】

 負【鈍感】【ナルシスト】【不運】

 

 ――キョウヤの勇者適性値は111です。

 

 

 

 二人の勇者適性値の内訳はこのようになっていた。

 両者共に勇敢かつ不運だと判定されている。

 

 これは面白い。

 面白い道具なのだが、勇者適性値を見るならともかく、この人物特性モードはあまり使わない方がいいだろう。

 恐らくはこの眼鏡が鑑定スキルか何かで判別して製作者の価値観を規準に評価しているのだろうが、それでも他人の内面など好き勝手に見るべきものではない。こんな物を使っていては相手と接する時に妙なバイアスがかかりかねない。

 

 ただ他人ではなく自身に使う分には何の問題も無い。そしてあなたはこのアイテムに自分がどう判断されているのか興味があった。

 鏡のようなイージスを使って自分の姿を映してみれば、かつて-200とウィズ達にドン引きされたあなたの人物特性が表示される。

 

 

 

 正【命知らず】【敏捷】【楽観的】

 負【冷徹】【残虐】【自分勝手】【エゴイスト】【無法者】

 

 ――あなたの勇者適性値は-200です。

 

 

 

 あなたはそっと眼鏡を外した。




★《イージス》
 転生者が特典として選んだ中でも最上級に位置する神器。その片割れ。
 この世で最も頑強な物質で作られた鏡のような大盾。
 物理的防御力は勿論のこと、本来の所有者が装備していた時は魔法・スキルを反射するというチート装備に相応しい能力を持っていた。

《ハンマー》
 omake_overhaul系列に登場するアイテム。同ヴァリアントの目玉の一つ。
 これを使うことで装備品強化や装備品作成、アーティファクト合成ができるようになる。
 一見するとバランスブレイカーの極みだが、生産スキルの例に漏れずレベリングが死ぬほどマゾい。
 しかも他の生産スキルと違って願いでレベルを上げられないという心折設計。
 今回の話に登場したハンマーのように装備品を修理、強化するだけでレベルを上げられるバージョンもあった(それでも鍛冶レベルを4桁に届かせるにはゲロを吐くしんどさだったが)のだが、後に大幅な下方修正を食らった。

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