このすば*Elona 作:hasebe
あなたの自宅のリビングにはテーブルを挟む形でソファーが並んでおり、その内の一つはあなたの専用の座席になっていたりする。
ウィズがあなたにどうぞ使ってくださいと買ってきたふかふかのクッションが置いてある事もあって、なんとなくいつも同じ場所に座ってしまうのだ。
一つのソファーは二人用であり、あなたの席の右隣にはもう一つ、あなたのものと色違いのクッションが置かれているわけだが、これはウィズのクッションであり、あなたの隣は半ば彼女の指定席となっている。少なくともあなたはベルディアがあなたやウィズの指定席に座っているのを見たことが無い。あなたの隣に座ったバニルが無言でウィズに背中を押されているのを見たことはあるが。
勿論今日はバニルがいないのであなたの隣にはいつも通り、にこにこと微笑むウィズが座っている。
彼女が隣にいるだけで不思議と温泉に浸かった時やユニコーンの角を使った時以上の心の安らぎを得られている辺り、凄まじいまでのぽわぽわっぷりだ。温泉好きが高じて全身から癒しの波動でも出しているのかもしれない。
「昨日の流星群、凄かったですよね」
そんなウィズはお店を開ける時間まで少しあるのでせめてこれだけでも、と帰宅してくつろぐあなたに甲斐甲斐しく紅茶を淹れてくれたわけだが、お茶受けとしてお土産の饅頭を開封したあなたにそう言った。
「アルカンレティアの方角で大規模な流星群が観測されてここでも結構な騒ぎになったんですが、そちらではどうでしたか?」
彼女はメテオのことを言っているのだろう。
アクセルから紅魔の里は結構な距離があるので具体的に何が起きたかまでは伝わっていないようだが、メテオを使ったのが夜間ということもあってかなり目立っていたらしい。
「へ、へえ。そうなんですか」
あなたとめぐみんによる一連の事件について語って聞かせると、紅魔族のように劇的な反応ではなかったが、ウィズはそわそわとあなたを横目で覗き見し始めた。
あなたを心配していないわけではないようだが、こうして怪我一つなく無事に帰ってきてくれたんだから私が何かを言うのもおかしいですよね、という雰囲気だ。むしろそれ以上に凄腕アークウィザードとして星落としの魔法に興味津々な様子にあなたは微笑ましい気分になる。
しかし残念ながらメテオは轟音の波動と同じく異世界の魔法であり、魔法書が存在しない以上取得手段が極めて限られている魔法なので教えることはできないわけだが。
「いえ、その……もしよろしければ後学のために一度見せてもらえないかなあ、なんて……」
使うのは構わないが、紅魔の里近郊の平原で再びメテオを使う気は無い。
他にそういった滅茶苦茶にしていい場所に心当たりが無い以上、あなたはメテオが使える場所がシェルターくらいしか思い浮かばなかった。
「あ、そういう魔法なんですね」
あなたから諸々の説明を受けたウィズは苦笑いしてメテオが見てみたいという前言を撤回した。
それならそれで構わないが、とお茶を飲みながらゆんゆんとの道中や紅魔の里で体験してきた、騒がしくも楽しかったあれこれに関する土産話をする。
ここ数日間、あなたは殆どゆんゆんと行動を共にしていた以上、必然的に彼女の話もすることになった。
「…………」
そうして族長に婿入りがどうのこうのという笑えない冗談を言われたことなどを面白おかしく話していると、こつんという感触と共に肩に重みが加わった。どうしたのだろうと横目で見やったあなたの視界には、肩に頭を乗せてきたウィズの栗色の毛が。
「……あなたは、これからもここに帰ってきてくれますよね?」
ウィズは突然何を言い出すのだろう。
彼女の発言におかしくなったあなたは思わず小さく笑った。
「わ、私、何かおかしな事を言いましたか?」
これがどうして笑わずにいられるだろうか。
ここはウィズの自宅であると同時にあなたの自宅だ。同居人であるウィズに出て行けと言われない限りはどこかに居を移す気は一切無く、そして自分の家に帰るのは当たり前のことだ。
もう一度言う。
「……そう、ですね。そうでしたね」
表情こそ見えなかったが。
あなたは自身の隣に座るウィズが微笑んでいる気がした。
■
暫くの間二人きりで会話の無い静かな、しかし決して苦痛ではない時間を楽しんだ後、仕事に行ったウィズを見送り、残されたマシロと戯れているとベルディアが起床してきた。
「もう帰ってきたのか……もっと長居してきても良かったんだぞ?」
開口一番、帰宅したあなたをうっへりとした顔を隠そうともせずに出迎えたベルディアの発言がこれである。ウィズとは大違いだ。
ペットの大変心の篭った歓迎の挨拶を受けながらあなたがハーブ漬けの期間は残り二日である事を告げると、ベルディアはほら来た! と嘆きの声をあげた。
「で、今度は誰が犠牲になった? もう誰が死んでも俺は驚かんぞ」
死人が出ること前提で話を進めるのは止めてもらいたいものだ。
今回の旅行にあたり、あなたは幹部を含め、魔王軍を誰一人として殺していない。群がってきた性欲旺盛なオークを998匹ほど屠殺しただけである。
「ご、ご主人が珍しく世の中の為になることをやっているだと……明日は槍でも降ってくるのか?」
常日頃から世のため人のために冒険者として働いている者に対して随分と酷い言い草をする元魔王軍幹部だが、心優しいあなたはそんな彼にも土産を用意している。少しは喜んでくれると良いのだが。
「土産物? ウィズじゃなくて、俺に?」
もちろんウィズにも土産は大量に持って帰っている。用意しないわけがない。
それはそれとして、あなたがベルディアに用意した土産は非常に大きいものであり、家の中では出せないし庭で出すというのも目立ちすぎるだろう。
よってあなたはベルディアと共にシェルターに降りることにした。
「なんだなんだ……何が出てくるんだ……」
戦々恐々としていたベルディアだったが、あなたが取り出したそれを見て彼は目を丸くしていた。
「…………でかっ」
さて、あなたがベルディアへの土産と称して四次元ポケットの中から取り出したのは、かつて紅魔族に魔術師殺しと呼ばれていた鋼の大蛇だ。
めぐみんとダクネスの鎧を作製する為に解体された結果、頭部から胴体にかけて三割ほどが消失しているものの、依然として魔術師殺しは十メートル以上の巨体を誇っている。デストロイヤーのように対魔法防御を結界に依存していたわけでもないので魔法防御も据え置き。
ただし機体の中枢ともいえる箇所が頭部に集中していた為、燃料を確保したとしても魔術師殺しが稼動することは二度と無い。
そんな魔術師殺しがあなたの手元にある理由だが、これは決して盗んだわけでも落ちていたものを拾ったわけでもない。
ゆんゆんの父親である紅魔族の族長が先日の祭でとてもいい物を見せてもらったうえに、新たに観光地を作ってくれたお礼に欲しい物はないかとあなたに聞いてきたのだ。彼らはあなたの作ったメテオの跡地を観光施設にするのだという。
ウチの娘とかオススメですよ、ピチピチの十四歳ですよ、今なら次期紅魔族族長の夫という地位も付いてきますよ、という笑えない冗談には流石のあなたも閉口させられたものの、折角だからと駄目元で魔術師殺しを要求してみたところ、なんと快く譲ってくれたのだ。
まさか本当に貰えるとは思っていなかったので若干面食らったあなただったが、くれるというのでありがたく受け取った次第である。
なお娘をノースティリスの冒険者に売りに出そうとしていた薄情極まりない父親は顔を真っ赤にした娘にグーでぶっ飛ばされていた。多感な年頃の少女にあんな事を言えば殴られるのは当然だろう。
「元置いてあった場所に返してこい!」
あなたが取得の経緯について説明すると、ベルディアは捨て猫、あるいは
猫はウィズの店の看板猫であるマシロがいるし、ペットもモンスターボールの在庫が無い以上、ベルディアだけで十分間に合っているのだが。
ちなみに元々普通の子猫だったマシロは、ウィズとベルディアに溺愛され、毎日ドラゴンの肉などの良質の食事を与えられた結果、普通の猫とは比較にならないほどに強くなった。
具体的には中堅の冒険者と一対一でいい勝負ができる程度には強い。ギルドに連れて行ったら冒険者登録すらできるのではないだろうか。
「デストロイヤーといいこれといい、なんでご主人はそういうのばっかり集めてくるかな……」
ただの趣味であると答えたあなたを白い目で見やるベルディア。
「この物好きめ。世界征服の為の方がよっぽど可愛げがあるぞ」
何故そこで世界征服が出てくるのかは分からないが、あなたは世界征服になど興味は無い。
ベルディア曰く性欲も名誉欲も薄いというあなたにあるのは物欲とそれに付随する金銭欲である。物欲を合法的に満たすためには決まって多額の金が必要になるのだ。
世界征服という言葉そのものと世界を手中に収めるというスケールの大きさには若干憧れなくもないが、悲しいかな、あなたに政治的な能力および権力欲は絶無である。
能力はともかく、権力欲に関してはあなたが理由があれば王侯貴族だろうが容赦なくぶち殺される世界出身の人間であることと決して無関係ではない。
街の一つや二つなら経営してみるのも面白いかもしれないと思っているが、流石に国家運営となると荷が重過ぎる。
世界滅亡なら時と場合によってはやるつもりだが。
「一般的に殺すより生かす方が難しいとは言うがな……参考までにご主人が世界に喧嘩を売るようになる原因を聞いておいてもいいか? まあ大体予想はついてるんだが」
それは勿論ウィズの死、あるいはウィズの迫害だ。
あなたは自身が迫害された場合はほとぼりが冷めるまで適当に姿を晦ませればいいと思っているが、ウィズがそうなった場合はジェノサイドパーティーである。
流石にウィズが存命の状態で世界を滅ぼすと心優しいウィズは悲しむだろう。よってこの国を含む大国を二つか三つほど滅ぼして二度と彼女に手出しする気が起きなくなる程度で済ませるつもりだ。
「わぁいごすずんすごくやさしい……ってこえーよ馬鹿! そんな今日の夕飯のメニューを決めるみたいな気軽なノリで国を滅ぼすとか言うな! ごすはどんだけウィズの事が好きなの!?」
あなたは
ウィズを守るためならばどれだけの人間を手にかけようと知ったことではない。
「邪悪の化身か! 魔王軍の幹部をやってた俺でも普通に引くわ!」
ベルディアは何を言っているのだろう。あなたは不思議な気持ちになった。
あなたにとって彼女は
「予想以上のご主人のアレっぷりに興味本位で聞くんじゃなかったと思わずにはいられない……ウィズが
自分のような連中しかいないのか、と聞かれると難しいところである。
あなたは人を人と思わないのがデフォルトな廃人連中の中では
あなたとしては特に理由も益も無いから他者を害していないだけなので、自身が善良であるかについては大いに疑問が残るわけだが。
「はい止め止め、この話止め! 聞いてるだけで気が滅入ってきた!」
俺は何も聞かなかった。頭がおかしい。知りたくない。凄くサイコパス。
そう主張するベルディアはガックリと肩を落とすのだった。
■
「で、実際問題こんなデカブツを土産にして俺にどうしろと。旅行の土産物なんぞご主人にしか貰ったことが無い俺としては気持ちは嬉しいが部屋には置けんぞ」
勿論《合体》である。
あなたは魔術師殺しがベルディアの強化パーツになりそうだと思ったのだ。
持ち運びに関しては紅魔族の里で売っていた収納用のマジックアイテムを買ってきたのでこれを使ってもらうつもりだ。お値段は二千五百万エリス。
「が、合体!? つーか今強化パーツっつったか!?」
何か問題でもあっただろうか。
「狂ってんのか馬鹿! サイコ! どう考えても問題しかないだろ! そもそも合体って言われても、こんなわけの分からん鉄のガラクタとどうやって……いや待て。まさかあの俺の首をくっつけたり飛ばしたり変な音が鳴る正体不明のトンデモスキルでやれと!? 俺が、これと!?」
あなたが無言で頷くと、ベルディアはあなたと魔術師殺しから背を向けた。
「実家に帰らせてもらう」
引き止める前にあなたは疑問を抱いた。
帰るといってもベルディアはどこに帰るというのだろう。ベターな選択肢としては魔王軍だが、元々ベルディアは人間だ。魔王軍は実家ではないだろうし今更あなたを裏切るとは思っていない。その程度にはあなたは彼を信頼も信用もしている。
そもそもベルディアの実家および生まれ育った故郷はモンスターの群れに襲われて跡形も無く壊滅したと以前ベルディア本人が言っていたわけだが。
「畜生、そういえばそうだった!」
ぶつくさ言いながらも魔術師殺しに触れるツンデレデュラハン。
無実の罪で処刑されたことといい、生前の話がゆんゆんとは別の意味で地雷原なベルディアは素直に合体する気になったらしい。
「本当は死ぬほど嫌なんだが、合体と分離の権利はご主人にもあるからな……。ご主人の事だから俺を半殺しにして意識が無くなったところを無理矢理合体させる、みたいな畜生行為を平気でやりそうで怖い」
笑いながら否定しつつ、ペットの勘の良さにあなたは内心で舌を巻いた。
そして久方ぶりにベルディアは合体スキルを発動させ、そして光に包まれ……。
「……なるほど、なるほどな。そう来たか」
頭上から聞こえてきた声にあなたは満足げに頷く。
実験、もといあなたの目論見は見事に成功したようだ。
合体スキルを使用した結果何が起きたかというと、ベルディアの腰から下が魔術師殺しと一体化したのである。
足の代わりに長大な鋼色の蛇の胴体が生えた結果、ベルディアの身長は十メートルを超えた。
「うん、まあ、俺が想定していた最悪の状況よりずっとマシではある」
苛立たしげに尾の先を地面に叩きつけながら溜息を吐くベルディアだが、声色からして彼が嘘を言っているようには思えない。
自分がどんな姿になると予想していたのか知りたいところである。ちなみにあなたは蛇の胴体からベルディアの手足が生えてトカゲのキグルミのようになると思っていた。
「だがすまんご主人。正直これはちょっと微妙だと言わざるをえない。確かに強いといえば強いと思うのだが、この図体だと武器が使い辛すぎるぞ。普段使ってる剣が小枝くらいにしかならん」
レベルアップで凶悪になった
ベルディアは身の丈ほどの大剣を使うことを好むが、今の彼は全長十メートル以上の巨大なラミアのような姿をしている。
体当たりなどの巨体を活かした攻撃はできるだろうが、そんなものはベルディアでなくてもできる。
少し残念に思いながらもあなたが分離を指示するとズシンと魔術師殺しが音を立てて崩れ落ち、ベルディアは事も無げに地面に着地した。
「よし、ある。俺の足は両方とも付いてる。ビジュアル的に完全に丸呑み寸前だったからな……折角首がくっついたのに今度は足が無いとか笑い話にもならん。つーか俺はキメラかよ……そういえば昔の同僚に他者を飲み込む奴がいたな……」
ほっと息を吐きながらぺたぺたと自分の腰や足を触り始めるも、やがて顎に手を当てて思案を始めたベルディアにどうしたのかとあなたが問いかけてみると、彼はやがてこう答えた。
「いや、今まで考えた事が無かったが、コクオーと俺がスキルで合体したらどうなるんだろうな、と」
首を繋げただけでベルディアが満足してしまったから、という理由もあるが、確かにあなたもベルディアも今まで合体スキルについて真剣に考えたことは無かった。
魔術師殺しのような機械はともかく、生物に合体スキルを使った場合はどうなってしまうのだろう。
興味深くはあるが、普通に騎乗スタイルになるのではないだろうかとあなたは考えていた。
あるいは遺伝子合成にぶち込んだ時のように異形と化す結果に終わることも十二分に考えられるが、彼には合体スキルと対を成す分離スキルがある。取り返しがつかないことにはならないだろう。
「物は試しということでやってみるか。魔術師殺しと合体してもあんな感じだったし、あんまり妙なことにはならんだろ……多分」
ベルディアの上半身と下半身が分離して下半身だけが地面に捨て置かれることになるかもしれないが、その時はその時だ。
「ぼそっと恐ろしい事を言うな!!」
さて、召喚に応じたコクオーは自身が謎スキルの実験台になることに対して非常に難色を示したが、契約者であるベルディアの説得で何とか合体することに応じてくれた。
果たしてその結果は。
「……ふむ、意外に悪くないな。足が四本あるというのには違和感があるが、これくらいならすぐに慣れそうだ」
蹄の音を鳴らしながら地面を駆ける四本足のベルディア。
魔術師殺しとの合体では丸呑みにされたように見えていたが、コクオーと合体したベルディアの上半身は現在コクオーの首があった場所に生えている。
やけに違和感がないというかしっくりくる姿だが、コクオーの首とベルディアの下半身はどこに消えたのだろう。
というかコクオーの意識はどうなっているのか。
「下半身は分からんが、コクオーの意識は俺と共にある」
愛馬の魂は自分と共に在る。
とてつもなく紅魔族が喜びそうな雰囲気の台詞だ。
「なんだろうなこれは。言葉にするのが難しいが、文字通りの一心同体というか、自分の中に自分以外の意識があるが、それが不快なわけでもなく。それと、こんな感じのモンスターをどっかで見た覚えがあるんだが」
興味深そうに自身の姿を見下ろすベルディアは人馬の魔族、ケンタウロスにそっくりだ。
「ああ、確かに言われてみればケンタウロスか」
ところでこの状態で更に魔術師殺しと合体したらどうなるのだろうか。
好奇心を前面に押し出したあなたの提案を受け、ベルディアはじっとりとした目を向けてきた。
「前々から薄々感じていたんだが、もしかして、いや、もしかしなくてもご主人は俺の事を遊んで楽しいオモチャか何かと認識してらっしゃる?」
とんでもない、とあなたは首を横に振った。
ベルディアはあなたにとって大事な
あなたは純粋にベルディアの願いに応えるべく彼を強くしたいと思っているのだ。
「お、おう。そうか……」
だからもう一度魔術師殺しと合体してほしい。
あなたの真摯な瞳にベルディアは渋々といった感じで要望を受け入れてくれた。
「……今回だけだぞ。変な事になったら二度とやらんからな」
自分の契約者がチョロすぎて泣けてくる。
あなたはコクオーがそんな溜息にも似た嘶きを発した気がした。
「合体!」
おお、とあなたは思わずその光景を見て感嘆の声を上げた。
まるで鎧のように、コクオーとベルディアをバラバラになった魔術師殺しが覆ったのだ。全身を鋼色で染上げたその姿はさながら甲冑騎士か。
あなたから見ても素直にカッコイイと感じられるその姿は紅魔族が見れば大興奮間違い無しだ。
あなたからしてみればこれは予想外の事態であり、同時に非常に喜ばしいことでもあった。
めぐみんとダクネスが纏っていたように、魔術師殺しの鎧は魔法に極めて高い耐性を持っている上に生半可な金属よりも硬い。
回復魔法も阻害してしまうのが欠点だが、もとよりベルディアはアンデッドだ。この世界の回復魔法は害にしかならない。
コクオーの防具という観点でも非常に優秀なのではないだろうか。
そうして魔術師殺しが完全に鎧と化して合体が終わり、最後にベルディアの目に赤い光が灯った。
まるで紅魔族のように赤く紅い光が。
――ぐぽーん。
「…………はぁ」
光と共に音が鳴り、あなたはベルディアから目を背けた。ぐぽーん。
首の時のブッピガンに続いて二つ目の怪音である。ぐぽーん。
折角いい感じだったのに、あまりにも酷いオチがついてしまった。彼はどこまで遠くに行ってしまうのだろう。ぐぽーん。
「……ほんと、本当にさあ! なぁ!!」
怒声を発しながら兜を勢い良く地面に叩きつけたベルディアは半泣きだった。
わなわなと肩を震わせ、拳を硬く握り締める彼の姿は哀愁すら感じさせる。
「なんなんだこのスキルは!! 何故こんな不条理なスキルの存在が罷り通っている!? 答えてみろ、天地を開闢せし神々よ!! こんなもんを俺に与えてどうしろと!?」
ベルディアの乾いた叫びがシェルターの中に木霊し、興奮した彼に反応したかのように再び目が光って音が鳴った。ぐぽーん。
「クソが!!」
口汚く神々を罵り始めるベルディア。
だがこの時の彼は知らなかった。
忌み嫌うこの力をもって、自身がアクセルの人々を、ひいては世界を救う事態になるということを……。
「シリアス顔で妙に意味深なモノローグっぽい台詞を呟くのは止めろ!!」
■
その日の深夜。
ぎしり、という廊下の床を軋ませる静かな足音にあなたは目を覚ました。
「…………」
泥棒でも入ってきたのかと思ったが、窓の外に映っていたのはベルディアだった。
どこで買ってきたのか、とても大きくて立派な鏡を抱えてこそこそと足音を殺しながらどこかに向かっている。
抱えている鏡は背の高いベルディアどころか、巨躯を誇るコクオーの全身すら映せそうなほどの大きさだ。
鏡はともかく、彼はこんな深夜にあんなものを抱えて何をしようというのだろう。
まさかウィズの部屋に行くとは思えないが、ベルディアの自室はあなた側の家の玄関から最も近い位置にあり、彼はそれとは逆方向に進んでいる。
気になったあなたは気配を殺してこっそり後をつけてみる事にした。
「…………」
万が一にでもベルディアがウィズの部屋のドアノブに手をかけた場合、その瞬間ベルディアは生まれた事を後悔してもらうつもりだったあなただが、幸いにも彼はウィズの部屋ではなくシェルターの中に入っていった。
明日も合体したベルディアの耐久実験などをしようと思っていたため、現在シェルターの中央には魔術師殺しが鎮座したままになっている。
なお、ベルディアが合体を解くと鎧と化した魔術師殺しは元通りの蛇型に戻った。実に摩訶不思議なスキルである。
それにしてもここに足を運んだという事は彼の目的は深夜の自己鍛錬だろうか。それにしては鏡を用意した理由が分からないが。
魔術師殺しの隣に鏡を置いたところで声をかけようと思ったあなただったが、その前に彼はコクオーを召喚した。
「よしよし、俺の言いたい事は分かるな?」
やる気の無さそうなコクオーに右手で触れ、そして左手で魔術師殺しに触れながらベルディアは叫んだ。
「合体!」
数時間前と同じようにベルディアとコクオーが一体化し、バラバラになった魔術師殺しが彼らを覆う。スキルが無事に発動しベルディアとコクオーと魔術師殺しが合体したのだ。
謎の効果音も据え置きだったが彼は気にする素振りを見せず、そのまま大きな鏡の前に立ったかと思うと、おもむろに大剣と馬上槍を構えてポーズを決めた。
「…………我が名はベルディア。不死の騎士也。選ばれし勇者よ。いと強き者よ。己が信念と刃を以って我と死合うべし!」
鏡に映った己、あるいは目に見えない誰かに向けて、兜の下から重低音の厳かな
似合わないとは言わないが、敵もおらず鏡の前でやられても、と思わずにはいられない。
酒か自分に酔っているのだろうか。
現に今日のベルディアはハーブをつまみにヤケクソのように深酒をしてウィズに心配されていたが。
「……うーむ、やばいな。ぐぽーんを気にしなければこれはマジでやばい。何がやばいってもう全部やばい。今の俺って超カッコよくないか!? デュラハンの最終進化形態になっちゃった感があるな!!」
二枚目の騎士は三秒で二枚目半に戻ってしまった。
思い返してみれば彼は合体スキルの理不尽さに嘆いていたが、魔術師殺しとコクオーと三身合体した己の姿に関しては何も言及していなかった気がする。
しかしあれは本当にデュラハンなのだろうか。
あなたからしてみれば、あれはアーマードベルディアと言われた方がしっくりくる姿だ。
金属製のフィギュアにしたら売れそうである。お値段は29800エリス。
「うっひょー!! 駆けろコクオー、
暫くポージングを楽しんだ後、凄まじく高いテンションで叫びながらシェルターの中を走り回るベルディアとコクオー。
兜で隠れて表情こそ見えないが、喜色に満ちた声からして十中八九笑っているだろう。
素顔を見れば少年のように眩しい笑顔を見せてくれる筈だ。
オッサンと言われても否定できない外見年齢の、実年齢不詳のいい年したガタイのいい大人の男が。
元魔王軍幹部にして歴戦のデュラハンが。
この深夜三時という誰もが寝静まった夜、シェルターの中を走り回っている。
欲しくてたまらなかったオモチャを手に入れた子供のように大はしゃぎして自身と一体化した愛馬と共に草原を走り回っている。
「ははははは! あはははははははっ!」
お土産を喜んでくれているようで何よりだ。
童心に帰って楽しく遊んでいるペットに声をかけて水を差すのは無粋の極みというものだろう。
あなたは気配を断ったままシェルターから退出し、そのまま自分の部屋に戻っていった。
……そしてその日以降もベルディアは時折思い出したようにシェルターに潜るようになったが、彼が何をしているのかとあなたが詮索することは無かった。
■
「なあウィズ。ここ最近になってご主人が気持ち悪いくらい優しい目で俺の事を見るようになった気がするんだが、何か心当たりはないか?」
「気持ち悪いくらい優しい目、ですか? 心当たりも何も、私はいつも通りだと思いますけど」
「いつも通りってお前は何を言って……いやすまん、お前に聞いた俺が馬鹿だったな」
「酷くないですか?」
「ウィズと一緒にいる時限定だが、ご主人はかなりの頻度でああいった静かで穏やかな目をしているからな……。俺からしてみれば控えめに言って誰だ貴様は俺の知ってる頭のおかしいご主人はどこに行ったって感じだがお前は見慣れてるわけだ。特に何に使えばいいのか分からない産廃を仕入れてドヤ顔で説明しているお前を見る目は常時あんな感じだったな」
「酷くないですか!?」
「酷いって産廃を仕入れるお前の審美眼が? それとも産廃を買い漁るご主人の趣味が? そうだな、どっちも酷すぎるよな、常識的に考えて」
「……意地悪なことばっかり言うベルディアさんの今日のお夕飯はお庭の木の樹液です」
「まさか舐めろと!? 俺はカブトムシか! そこまでやるなら普通に飯抜きを選ぶぞ俺は!!」