このすば*Elona   作:hasebe

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第8話 女神のパンティおくれー!(物理)

 その日は朝から街中の空気がどこかピリピリしていた。

 街の人間達はしきりに空を気にしていたし、冒険者達は街中であるにもかかわらず装備を固めて迫り来る何かに備えているようであった。

 

 それはアクセルの街のエース、あるいは便利屋と呼ばれるあなたも例外ではない。

 ついに待ちに待った決戦の日が来たのだ。

 

 敵はウィズ魔法店の凄腕アークウィザードにして伝説のアンデッドであるリッチー。

 相手にとって不足無し。人事は尽くした。後は天命を待つのみ。

 

 しかし、あなたがいざ“その時”が来るまで依頼をこなして時間を潰そうとギルドに向かっている途中でそれは起きた。

 

「ヒャッハー! 当たりも当たり、大当たりだあああああああ!!」

「いやあああああああ!! ぱ、ぱんつ返してええええええええええ!!!」

 

 周囲に響き渡る男の歓声と絹を裂くような悲鳴。

 すわ何事かとあなたが声の方に向かえば、そこにはホットパンツを必死に押さえるクリスと呆然と立ち尽くすダクネス、そして白い布切れを天高く掲げる女神アクアと行動を共にする少年の姿があった。

 あなたがどれだけ好意的に解釈しても下着泥棒の現行犯にしか思えない光景である。

 

「いいやったああああああっはははははははパンツ、パンツううううううう!!!」

「返して! あたしのパンツ返してええええ!!!」

 

 少年は実にいい笑顔で下着を振り回しクリスは必死に少年に縋りつき、ダクネスは何故か鼻息を荒くしていた。

 

 女神アクアの後輩の下着に白昼堂々手を出す少年の勇気に感服しつつも、あなたの体は長年の冒険者生活で染み付いた行動を反射的に実行する。

 まず、少年が振り回す純白の布切れ目掛けて鑑定の魔法を発動。

 

――★《エリスのパンティ》

 

 流石は国教にまでなっている高名な女神の生下着だけあって非常に貴重で優秀な品物だった。

 投擲には向いていないが、その代わりに頭装備として運用可能なようだ。

 あなたがあの下着を兜のように被るだけで高い防御力と様々な有用な効果が得られるだろう。

 

 まさか直接脱がしたわけではないだろう。女神エリスは下半身を露出していない。

 それに少年は大当たりと言った。少年はパンツを偶発的に手に入れたと考えられる。

 

 確証は無いが少年が使ったのは恐らく窃盗スキルだろう。幸運判定でランダムに対象の持ち物を奪うスキルだ。

 つまりあの下着は盗むことが可能なのだ。

 

 あなたがその事実を理解して“その気”になった瞬間、自動的にあなたの持つ隠密スキルが発動した。

 隠密スキルの恩恵によってあなたの気配が限りなくゼロにまで薄くなる。それはさながら路傍の石の如き存在感の無さか。

 

 流石に戦闘中だったり今この場であなたが少年やクリスを殴れば存在を気付かれるだろうが、少年達に隠密を発動させたあなたを認識することは叶わない。

 通りすがりが突然背後や目の前に現れたくらいでは気付けない。

 

 音も無く少年の背後に立ったあなたは目にも止まらぬ早業で少年が天高く掲げるパンツ目掛けて手を伸ばした。

 そう、女神エリスのパンツに向けて窃盗を行ったのである。

 

 ノースティリスの窃盗スキルはこの世界のスティールのように幸運で判定され、ランダムに相手の持つ何かを入手する魔法のような効果を持つわけではない。

 あなた達の使う窃盗スキルは純粋に速度と技量、そして盗む物を持てるだけの筋力が要求されるが不運な者でも狙った獲物を盗ることが可能なのだ。

 

 結果、硬く握り締めているにもかかわらずあっけなく少年の手からパンツは消えた。

 まだほのかに温もりが残ったそれをあなたはまるで財布を仕舞うかのように自然な仕草で懐に入れてその場を立ち去った。姿を消していないにもかかわらず誰にも気付かれること無く。

 

 ちなみにここまで一連の行動は全て無意識のうちに行われている。

 もう一度言う。一連の行動には一片たりともあなたの意思は介在していない。

 

 あなたには悪意どころか悪戯心すら無かった。

 イイ顔で女神を辱める少年に義憤を覚えたわけでも羞恥に悶える女神エリスに劣情を催したわけでもない。

 

 実際数分後、ギルドに入ろうかというときになってようやくあなたは懐に入っている純白の布きれの存在と自分がやったことの意味に気付いたくらいである。

 

 あなたはただ珍しいものを見つけて、かつそれが盗んでもいいモノだったから自分も盗んだだけなのだ。

 無論窃盗が悪行だとは理解している。時に強盗殺人よりも重い罪になることも、窃盗が失敗しようものならその場で殺されても文句は言えないことも重々承知の上だ。

 だがこればかりは長い年月ノースティリスで培われた習性が存分に発揮されたのだから仕方無い。

 

 懐の中のパンツの存在に気付いたあなたは頭を抱えた。

 パンツを盗むのはいいがこればっかりは相手が悪すぎる。

 あなたがパンツを持っていったと女神エリスに知られようものなら神罰は不可避である。

 だが今のところ女神エリスにバレているわけではないようだ。そうなら既にあなたに接触してきているはずだからだ。

 

 数瞬ほど女神エリスに返却すべきか悩んだ後、あなたは女神がパンツを盗まれる方が悪いと開き直ることにした。

 金に換えられない貴重な品である女神のパンツを一目見て欲しいと思ったことは決して嘘ではないし、何より犯罪はバレなければ犯罪ではないのだ。このルールはノースティリスもこの世界も同じだろう。

 

 だがあなたがこのパンツを使うことは無いだろう。

 頭部という一際目立つ部位にこのパンツを装備して活動しようものならどこで女神エリスに知られるか分からない。

 かといって本気の装備として使うには性能が些か物足りない。

 もしあなたが女神エリスの信者で、この下着を女神エリス直々に賜っていたのなら絶対に使用していただろうが。

 

 そんなわけであなたのコレクションに女神エリスのパンツが追加されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ギルドの中は大騒ぎになっていた。

 冒険者の中心で女神アクアが見事な水芸を披露していたのだ。

 あなたはあの中に混じって火吹き芸を披露しようかと思ったがここは屋内で更に酒場だ。

 炎で巨大なドラゴンと剣士を作って即興劇でも始めようものなら出禁を食らいかねない。止めておくのが賢明だろう。

 

「じゃあ今回はここら辺で……おひねりは止めてくださーい!」

 

 観衆に満面の笑顔を振りまく女神アクアは今日も絶好調だ。

 己の心の赴くままに下界を満喫している。周囲で見守っているアクシズ教徒らしき者達も大満足だ。

 

 その一方で後輩の女神は少年とあなたにパンツを盗まれて紛失するという散々な目にあっていたが。

 女神エリスは貧乏くじを引きやすいタイプなのかもしれない。

 誰かの失敗の尻拭いに奔走させられるような印象を受けた。

 

「あっ」

 

 ふと、聞き覚えのある声にあなたが振り向けばあなたに背を向けている者がいた。

 あの格好と特徴的な帽子はめぐみんのものだ。

 声をかけられたと思ったのだが、どうやらあなたの気のせいだったようだ。

 

「…………」

 

 縁があればまたどこかで相見えましょうとまで言って盛大に啖呵をきって別れを決めたというのに、あっさり再会してしまったことを恥じているような声色だったのだが。

 あるいはその場のノリに流されて格好を付けたのはいいが今の今まであなたが同じ街に住んでいて普通に遭遇する可能性を忘れていた声色だった。

 

「ひ、人の心を読むのは止めてください! なんですかその無駄な精度の高さは!?」

 

 めぐみんが振り向いてあなたを真っ赤な顔でジト目で睨んできた。

 どうやら心の独白が聞こえていたようだ。

 めぐみんは読心能力持ちだったのかもしれない。

 

「明らかに聞こえるように言ってたじゃないですか! 私にギリギリ聞こえるくらいの音量で!!」

 

 あなたは吼えるめぐみんを適当にあしらいつつ依頼を物色する。

 めぐみんが私への対応がやけに雑じゃないですかと叫んでいるがそれは気のせいだ。

 

「あれ? 誰かと思えばいつかの親切な人じゃない」

 

 あなたは急激にこの場のキワモノ指数が急上昇し始めたのを理解した。

 平時から三の倍数の月に吹くエーテル風の発生時の如き上昇率だ。

 原因は当然というべきか、芸を終えてあなた達に近づいてきた女神アクアだった。

 

「あのときはありがとうね、お陰で助かったわ」

「アクア、知り合いだったのですか?」

「前に困ってたときにお金をくれたのよ。そういうめぐみんこそこの人の友達だったの? 随分仲よさそうだったけど」

 

 雑かはさておき、あなたもめぐみんに関してはウィズの次くらいに気楽に応対している自覚はある。

 恐らくめぐみんが爆裂魔法しか使わないような変態だからだろう。

 彼女の在り方はむしろノースティリスの冒険者に近い。

 防具も魔法も使わない格闘家のような変態枠だが。

 

「私だって一度だけパーティーを組んだだけですよ。そしてこの人は友達じゃなくてアクセルのエースと呼ばれているエレメンタルナイト。つまり私がいつか超えるべき宿敵です」

「ふーん。そういえばアクセルのエース目指してるって言ってたっけ」

 

 めぐみんがこのまま成長して得るのに相応しい称号は核爆弾とかワンパンウーマンとかあたまのおかしい爆裂娘とか最終兵器だろう。

 あなたはそんな未来が容易に想像できた。

 

「ねえねえ、ここで私たち三人の共通の顔見知りに会ったのも何かの縁だわ。あなたも私達のパーティーに入らない? ちょうど前衛が不足してるのよね」

「ちょっと、私は絶対嫌ですよアクア。何が楽しくて超えると決めた宿敵とパーティーを組まないといけないんですか」

「でもこの人いたら絶対楽になるわよ? 一人で活動してる上にアクセルのエースって呼ばれるくらい強いんでしょ?」

 

 折角の女神からのお誘いだがあなたは謹んで断った。

 自分のようなワケありの者がいれば女神アクアは下界を満喫できないだろう。

 更に本音を言えば女神アクアのパーティーは女神アクアを含めてキワモノが集う気しかしないので関わるのはいいが組むのは勘弁してほしかったのだ。

 あなたは神に敬意を払っているがそれとこれとは話が別だ。

 

「美しくも神々しいアークプリーストと爆裂魔法のアークウィザードが一緒なのよ? 何が不満なのかしら」

「……言い忘れてましたがアクア。この人は私と組んだときアホみたいな高難易度の討伐依頼を受けようとしてましたからね、本気で」

「高難易度ってどれくらい? カズマは冒険者だけど私達は上級職なんだから余裕でしょ。この人がいたら四人中三人が上級職。こんな豪華なパーティーなんて中々無いわよ」

 

 カエルはちょっと相性が悪かっただけだしと言葉を濁す女神アクアにめぐみんはこう言った。

 

「王都で活動する上級職だけで構成されたパーティーが全滅するような依頼です。北の山脈の紅兜の討伐といえば分かりますか?」

「これからも頑張ってね! 一人で活動するのは大変だろうけど陰ながら応援してるわ!!」

 

 女神アクアは一瞬で手の平を返した。

 笑顔が眩しいのはいいのだが二人に言外に頭がおかしい奴と言われた気がして釈然としないものがある。

 あなたは二人に一言物申そうとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。

 

「パンツ……あたしのパンツ……お気に入りだったのに……」

「だから俺は知らないって言ってんだろ!? あんだけ確認したじゃねえか!!」

 

 突然ギルドの入り口から聞こえてきた声にあなたの心臓の音が一段早くなる。

 表情には一切出していないが背中を嫌な汗が伝った。懐にある物品を嫌でも意識してしまう。

 ストックを温存せずにさっさと四次元ポケットに入れておくべきだったと後悔しても後の祭だ。

 

「え、なにカズマ。その子に何やったの?」

「うむ、クリスはカズマにパンツを剥かれて財布を丸ごと巻き上げられた挙句パンツを家宝にされたのだ」

「おい止めろ! 家宝は誤解だ! 本当に気付いたら消えてたんだって!!」

「この子のパンツ剥いたのは事実なのね」

 

 あなたは聞かなかったことにした。

 女神のパンツともなれば家宝になってもおかしくない物品なのでどこかの誰かが手を出したのだろう。

 世に不思議な出来事は尽きないというのがあなたの謙虚な意見である。

 女神エリスの下着の紛失もそういった類のものだろう。きっと、恐らく。

 

「……ところでカズマ。もしかしてこの人もこのパーティーのメンバーなのか?」

「へ? ……あー、その節はどうもでした」

「…………」

 

 あなたの存在を認識した三人の反応は三者三様だった。

 ダクネスは被虐の予感に目を輝かせ、少年は軽く礼を言って、女神エリスは目が高速で泳いでいる。

 この反応を見るにやはり女神エリスにあなたが下着を持っていることは気付かれていないようだ。一安心である。

 

「この人は私達のメンバーじゃないわよ。ちょっと私達と縁があったから話してただけ。ねえめぐみん?」

「ええそうです。断じてパーティーメンバーじゃありませんし、今後もメンバーになる予定も立っていません」

「そうか……」

 

 ダクネスはとても残念そうな顔をして肩を落とした。

 ダクネス達は女神アクアのパーティーに加入を希望しているのだろうか。

 神二柱に上級数名と豪勢すぎる面子だが冒険者の少年と女神エリスの胃が荒れる未来しか見えないのは何故なのか。

 

「お前さ、そんなに気になるなら俺達のところじゃなくてこの人にお世話になれよ」

「駄目だよダクネス。何度も言ったけどあの人だけは絶対駄目だからね」

「何やったんですかあなたは……」

 

 あなたは呆れた様子のめぐみんに彼女とは知らずのうちに奴隷契約を結びかけた仲だとは言えなかった。

 ウィズに知られればまた数時間説教されてしまう。

 

「うむ、私は一度是非にと頼み込んでこの人のp……パーティーに入れてもらおうと思ったのだが、提示された条件がどうしても私と合わなくてな。泣く泣く諦めたのだ」

 

 危ない。本当に危ない。今のはギリギリだった。

 女神エリスが寸前でこっそりダクネスをどつかなかったらどうなっていたことか。

 

「あー……」

「やっぱり……」

 

 先ほどの会話のおかげか、女神アクアとめぐみんは上手い具合に勘違いしてくれたようだ。

 あなたの受ける討伐依頼の危険度が高すぎるせいでダクネスは諦めたと思っているのだろう。

 実際に危険な依頼を受ければ被虐趣味のダクネスは悦び勇んで特攻するだろうが。

 

「ダクネスがあの人に加入を断られた理由って何だったんだ?」

「私が武器スキルにポイントを全く振っていなくて攻撃が当たらないからだ。武器スキルを覚えたらいつでも歓迎するとは言ってくれているが……」

「これ以上無いくらいまともな理由じゃねえか。俺あの人仲間に欲しくなってきたんだけど」

「駄目ですよカズマ。死にたいんですか?」

「駄目よカズマ。アンタ死にたいの?」

 

 あなたはめぐみんと女神アクアから死神やそれに類する存在と思われているようだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか。あなたにはまるで理由が分からなかった。

 

「……はぁ。じゃあダクネス、あたしは悪いけど臨時で稼ぎのいいダンジョン探索に参加してくるよ。誰かのせいで財布の中身と高い下着がどっかに行っちゃったから。暫くはこの人達と遊んでてよ……あとキミ、話があるからちょっといいかな」

「違うから! 確かに盗んだけど消えたのは本当に俺のせいじゃないから!」

 

 どうやら女神エリスは女神アクアのパーティーに入る気は無かったようだ。

 そしていよいよギルド内の女性が少年を見る目が大変なことになってきた。

 誰が悪いかと聞かれれば女神の下着を窃盗した挙句あなたの目の前で見せびらかすように扱った少年と下着を盗まれた女神エリスの両方が悪いのだ。多分、きっと。

 

 それはそれとしてあなたは女神エリスに呼び出されてしまった。

 例によって呼び出される理由に心当たりがありすぎる。

 

 

 

 

 

 

 ギルドの外に出た女神エリスはまずあなたに頭を下げた。

 

「本当にごめんね。あのときはダクネスが変なこと言っちゃって」

 

 あなたとしては下着の件を詰問されなければ他はどうでもいいのだ。

 そう思っていたのだが、そうは問屋がおろさないらしい。

 

「で、キミと会うことがあったら一度聞いておきたかったことがあるんだけど」

 

 スッとクリスの目が細くなった。

 同時にあなたを不可視の重圧が襲う。

 

「キミはどういうつもりでダクネスを奴隷(ペット)にしようとしていたのかな?」

『あなたはどういうつもりで彼女を奴隷(ペット)にしようとしていたのですか?』

 

 強い怒りに呼応したのか、クリスの姿と声がブレて別人のものと重複した。

 ブレた姿の先に見えるのは白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌をしたあなたを睨みつける少女。

 

 なるほど、確かに後輩だ。

 クリスではない方の少女、女神エリスが放つ気配は女神アクアに近い。

 

 パンツでなければ特に隠す理由も無いのであなたは女神エリスの詰問に正直に答えた。

 自分の育った環境では仲間と書いてペットと読み、あのときダクネスは自分の奴隷ではなく強くなるために仲間になりにきたと思っていたのだと。

 

「えー……。なんかもう、えーとしか言えないんだけど。それってどんな環境なのさ」

 

 呆れた声色とともに重圧と女神エリスの幻影が霧散した。

 あなたはどんな環境と聞かれてもそんな環境としか答えようが無い。

 少なくとも命がこの世界とは比べ物にならないほど軽い環境だったのだけは確かだ。

 

「……まあね、確かにあたしも少しおかしいとは思ってたんだ。その、そういうのが目的ならダクネスの攻撃が当たらないだけで断る理由は無かったわけだし。あれ以降ダクネスに近づく様子も無かったし」

 

 女神エリスにとってダクネスは余程大切な存在なようだ。

 

「当たり前だよ。大切な友達だからね」

 

 あなたには今の発言は盗賊のクリスのものではなく、女神エリスとしての言葉だったように思えた。

 仲間なだけでなく友人というのならばやけにダクネスに拘るのも納得がいく。

 あなたにとってもそれ以上に他者を思いやる理由など存在しない。

 

「でもねキミ、この国でペットっていうのは……」

 

 あなたは口を開いた女神エリスを手で制した。

 この話題は既にウィズに散々説教をされた後である。これ以上は必要ない。

 

「分かってるならいいけど、本当に気をつけた方がいいよ……もう少し常識を……」

 

 女神エリスが善意からか更に忠告しようとしたとき「その時」は来た。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は至急正門に集まってください! 繰り返します、街の中にいる冒険者の各員は――』

 

 ルナの声で放送が街中に響き渡り、警報代わりの鐘が鳴らされる。

 一般人たちは家の中に一斉に避難し、街中の冒険者達が正門に駆けていく。

 

「ああ、そっか。そろそろだったっけ」

 

 ついに始まってしまった。話は終わりだ。

 あなたはこのまま正門へ向かうが女神エリスはどうするのだろうか。

 先ほどはダンジョンに行くと言っていたが。

 

「あたしもこっちにしようかな。ダンジョンより手っ取り早く稼げそうだし、ダクネスがあの人たちと仲良くやれそうかちょっと見ておきたいし」

 

 女神エリスはダクネスを放置プレイするようだ。

 彼女ならそれもまたよしと悦ぶだろう。

 

「プレイって何!? 折角無口で無愛想なダクネスにあたし以外の友達が増えるチャンスなんだから大切にしたいの」

 

 その増えるであろう友人の中に女神エリスの下着を盗んだ相手がいるわけだが本人的にそれは構わないのだろうか。

 だがあなたはあえて何も言わなかった。今も懐にある白い布の存在を思い出したわけでは無い。

 

「というわけで、今回はキミがあたしと一緒にどう? 仲直りの印ってわけじゃないけど」

 

 あなたはその提案に快諾した。

 様々な理由で組みたくない女神アクアならともかく、女神エリスの誘いでかつ一時的なものであれば否やは無い。

 それにあなたは友人を大切に思う者が嫌いではなかった。

 

「うん、よろしくね。サポートは存分に任せてもらっていいから」

 

 あなたは笑顔とともに差し出された女神エリスの右手を握り返す。

 かくして、ここに異世界人の魔法戦士と女神の盗賊という異色のコンビが結成された。

 

「今年のキャベツは活きがいいんだって。アクセルのエースさんのお手並み拝見だね」

 

 あとはこの場にリッチーの魔法使いがいれば完璧だっただろう。

 パーティーのバランス的にも、三者とも周囲に己の素性を偽っているという意味でも。

 

「さあ――キャベツの収穫、いってみよう!」

 

 あなた達がこれより相対するのは飛来する雲霞の如きキャベツの群れ。

 この世界のキャベツは収穫時期になると飛ぶのだ。

 

 野菜が勝手に飛行するなどどうかしている。原理を真面目に考えると狂気度が上がりそうだ。

 にもかかわらず女神エリスや周囲の冒険者達は当たり前といった顔でキャベツの話をしている。

 あなたは人知れず溜息をついて女神エリスと共にアクセルの正門に向かうのだった。




★《エリスのパンティ》
不確定名さらさらのぱんつ。
シルク製。頭部装備。

女神の分身が穿いていた、まるで新品のように汚れ一つない白の下着だ。
薄手にも関わらずとても頑丈で頭に被っても破れない。
~このすばパンツ辞典~

「お願いだからあたしのパンツ返してよぉ!! 財布の中身全部じゃ足りないの!?」
~盗賊の少女『クリス』~

「待て誤解だ俺じゃない! いや確かに盗ったのは俺だけど気付いたら無くなってたんだよ!!」
~冒険者の少年『カズマ』~

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