このすば*Elona   作:hasebe

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第77話 星を落とす者/星を砕く者

 めぐみんの実家はこの世界の標準的な建築技術で建てられた族長の家とは違い、襖や畳といった一風変わった、しかしあなたとしてはラーナで馴染み深い極東の……この世界の呼称に倣うならワフウの建築物である。

 ワフウとはカズマ少年の故郷の文化らしく、彼はめぐみんの家にいるととても落ち着くと言っていた。

 

 さて、そんな畳のいい匂いがする居間の中央でカズマ少年が座布団に座ったパーティーメンバーに向けて口を開いた。

 

「あー……それじゃあ嫌だけど、本当に嫌だけど、仕方が無いので第一回星落とし対策会議を始める」

 

 ちなみにダクネス発案である、彼女に魔法をぶつけてダメージを競うというのは即却下された。

 めぐみん曰くバニル討伐時よりも威力が上がった爆裂魔法をダクネスにぶつけるのは危険すぎるし、何よりメテオを爆裂魔法で粉砕しなければ意味が無いらしい。まあ紅魔族もそれを望んでいるわけだが。

 

「カズマ、会議を始める前にちょっといいですか?」

「なんだめぐみん。意固地になってないで謝るなら早い方がいいぞ」

「違います」

 

 めぐみんがジロリとあなたを睨み付けてきたので自分の事はお構いなく、と返しておく。なおゆんゆんは居心地が悪そうにしながらもこめっこの相手をしている。

 

「お構いなく、じゃないんですよこのあんぽんたん。頭だけじゃなくて耳までおかしくなったんですか? なんで肝心の星落としを使う人間が対策会議に出てるんですか。部外者はさっさと出て行ってください」

 

 しっしっと虫を追い払うように手の平を振るめぐみんだが、あなたは思い切り関係者で当事者である。

 断じて部外者などではない。

 それに彼らがどんな対策を行ってもあなたがやる事は何も変わらないのだから、聞いても聞かなくても一緒なのだ。

 

「姉ちゃん、この男の人って誰なの? 姉ちゃんのお友達?」

「違います、全然違います。むしろ敵ですね」

 

 真顔で即答し、数秒ほど考えた後、めぐみんはニヤリと笑った。

 

「こめっこ、この()()()()()は私の敵ではありますが、父が作った(産廃)を買う事で我が家に沢山お金を貢いでくれている魔法使いです。この()()()()()のおかげで家は新しくなりましたし、一日三食食べられるようになりました。なのでしっかりと()()()()()にお礼を言っておきなさい」

「そうだったの!? おじちゃん、いっつもありがとう! おじちゃんのおかげで私の家も毎日固い食べ物が食べられるようになったんだよ!!」

 

 ぺかーと笑って頭を下げるこめっこの後ろでめぐみんが嫌らしく笑っている。耳をすませば、げっげっげ……という悪魔でもしないような下衆い笑い声さえ聞こえてきそうだ。

 

「め、めぐみん、こめっこちゃん。幾らなんでもおじちゃん呼ばわりはどうかと思うんだけど……ほら、まだまだ若い人だし……その、私としてはお兄さん、くらいじゃないかなって……」

「なんで? おじちゃんはおじちゃんでしょ?」

 

 小首を傾げて疑問符を浮かべるこめっこに怒る事もできず、かといって何と言っていいのか分からないのか、あなたの顔色を窺うゆんゆんとくつくつと肩を震わせて小さく笑うめぐみん。

 きっとめぐみんは意趣返しとして妹におじちゃんと呼ばせ、それを嫌がるあなたの姿が見たかったのだろう。二十歳過ぎの男女は自身の年齢や呼称に関して敏感になりやすいというのはあなたも良く知っている。

 これがベルディアであれば否定せずとも微妙な表情を浮かべていたところだろうが、あなたの実年齢はおじちゃんを通り越してお爺ちゃんの域であり、その自覚もある。

 そういうわけで、小さな子供におじちゃん呼ばわりされても残念ながらあなたは何ら痛痒を感じない。それどころか自分は若く見られているのだな、と思ってしまうくらいだ。一身上の都合によりお兄ちゃんと呼ばれたら全力で阻止、否定していた所だが。

 そういう意味ではさっきのゆんゆんの発言はかなり危なかった。今のところ妹が反応していないのでセーフだったのだろう。ゆんゆんは近所のお兄さん的な意味合いでお兄さんと言ったのだと思われる。

 

 礼儀正しくお礼を言ってくるこめっこに目線を合わせてどういたしましてと笑うあなたがおじちゃん呼ばわりを全く気にしていない事を察したのか、自身の目論見があっけなく潰えためぐみんが面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 だがその直後、幼い妹が発した言葉に彼女は凍りつく事となる。

 

「おじちゃんがいい人そうでよかったねゆんゆん! タマノコシだね! 全世界のニートの夢、ヒモ生活ネコまっしぐら? だね!」

「こめっこ!?」

「こめっこちゃん!?」

 

 いやに現実的というか、世間擦れしまくった身も蓋も無い台詞はあまりこめっこのような幼い少女から聞きたいものではない。

 見ればカズマ少年も頬を引き攣らせている。

 

「だ、誰!? こめっこちゃん、誰からそんな悪い言葉を教わったの!?」

「ぶっころりー」

「あの腐れニートは性懲りも無く人の妹に変な知識を! 今度という今度は許しませんよ!!」

 

 激昂しためぐみんと、それに釣られてゆんゆんまでが家を飛び出していった。

 残されたのはこめっことあなたとカズマ少年達だけである。

 めぐみんが出て行ってしまい、どうしたものかと顔を見合わせるあなた達。めぐみんの両親は仕事に行っているという。こめっこだけを残して出て行くのも悪いだろう。

 

「……とりあえず超優良物件なのは確かだと思う」

「カズマ!?」

 

 ぽつり、と。カズマ少年があなたを見ながらとても怖い事を呟いた。

 あなたの背筋に寒気が走り、顔色を変えたダクネスと女神アクアがカズマ少年の肩を必死に揺さぶる。

 

「大丈夫、大丈夫だカズマ! 女は怖くない。女は決して怖い生き物なんかじゃないんだ! だから安易に男に走ろうとするのは止せ!!」

「しっかりしてカズマ! アンタがいま感じている感情は精神的疾患の一種よ! 静める方法は私が知っているわ! 私に任せて!」

「お、俺はただ高レベルで高給取りでウィズを心の底から大切にしてるっていう極めて客観的な事実を口にしただけだ! いや、そりゃ俺とあっちのどっちかが性別逆だったらなあって多少は思わないでもないけど……それにしたってお前ら大袈裟すぎるだろ! 何、そんなに俺の事が好きなの!?」

「か、勘違いするな! 私はただ金持ちの男相手に嫉妬しないクズマなんてクズマじゃないと思っているだけであってだな……!」

「そうよ返して! 私達が知ってるヒキニートでロリコンでリア充の男が相手なら問答無用で敵視しちゃうような根性がひん曲がったカスマを返しなさい!」

「よーし、お前らの言いたい事はよく分かった。とりあえず表に出ろ。ここだとこめっこちゃんに迷惑がかかるからな」

 

 やいのやいのと大騒ぎするカズマ少年達に微笑ましい気分になりながら、あなたはこめっこに饅頭を与え、自分はゆんゆんと恋人関係ではない事を改めて主張しておいた。

 あなたとゆんゆんは普通の友達であって、それ以外の何でもないのだ。

 

「でもゆんゆん、まんざらでもなさそうな感じだったよ?」

 

 めぐみんの妹は本当にマセている。この子はどこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。

 あなたは饅頭を頬張るこめっこの言葉に苦笑いを浮かべた。

 

 ちなみに犯人の一人であるぶっころりーはめぐみんとゆんゆんに色々と吹き込まれた自分の父親にボコボコにされたらしい。

 

 

 

 

 

 

 のっけから盛大に脱線したメテオ対策会議だったが、その後は真面目にやる事になった。めぐみんも一向にあなたが出て行かないので諦めたようだ。

 といってもあなたも嫌がらせでこの場に同席しているわけではなく、むしろめぐみんを思いやっての事である。今回の勝負にあたってあなたは愛剣を抜く気は無かったが、それでも彼女にメテオが直撃すれば大惨事は免れないだろう。それはあなたの望むところではない。

 

「相手側の申告では“作ってみたはいいけどロマンにすらなれなかったネタ魔法”こと星落とし(メテオ)は無数の巨大なファイアーボールみたいなものが落ちてくる魔法で、効果範囲は使用者を中心にアクセル全域をすっぽり覆ってお釣りが来るくらい。威力はアクセル全域が綺麗サッパリ更地になるくらい。でも炎に無敵になればノーダメージ、らしいんだけど……マジで爆裂魔法以上に使い道が無いなこれ。使った瞬間敵も味方も皆死ぬとか、なんかもう色んな意味で駄目だろ。つーかよく作れたなこんなもん。ウィズ(リッチー)と仲良くやってるだけはあるって事か……」

「あ、あなたはアクセルに何の恨みがあるというのだ……?」

「使わないわよね? アクセルで使わないわよね?」

 

 あなたが書いた若干の虚偽が混じったメモ帳を読み上げるカズマ少年が呆れる中、ダクネスと女神アクアが戦々恐々として問いかけてきた。

 別に他意があるというわけではなく、アクセルの外壁は円を描くように作られているので、同じく綺麗な円形のクレーターを作り出すメテオの比較対象として分かりやすいというだけだ。あなたは人のいる場所でメテオを使う気は無い。ウィズが害されない限りは。

 

「なあめぐみん、お前これマジでやんの? モンスターや魔王軍が相手じゃないんだし、土下座した方が早くないか? あっちもめぐみんが引くって言うならやらないって言ってるしさ。そりゃあんだけの数の紅魔族の前で大見得切った手前やっぱやりませんって言いにくいのは分かるけど」

「わ、私が炎に無敵になれば何も問題はありません!」

「その無敵になる方法が無いのが問題だと思うんだけど……」

「心頭滅却すれば!」

「心頭の前にめぐみん本人が滅却されちゃうでしょ!」

 

 あなたはゆんゆんのその言葉に内心で驚愕した。

 まさかこの世界では耐性装備を重ねても無敵になれないのだろうか。ノースティリスでは一つや二つの属性に無敵になる事は非常に簡単なのだが、もしそうならあなたの大誤算である。

 

「そうだカズマ、いい事を考えた! メテオの射程圏内に私を置き、めぐみんが射程圏外から私に落ちてくるメテオに爆裂魔法を撃つ、というのはどうだ!?」

「どうだ? じゃねーよ。お前メテオ食らいたいだけだろ。そもそもダクネスがメテオに耐えられても射程の目測ミスってめぐみんに当たったら一巻の終わりだし」

「ぐっ……」

 

 ぐうの音も出ない正論で論破されたダクネスはすごすごと引き下がった。

 

「めぐみんのお父さんって魔道具職人なのよね? 何か役に立ちそうな道具とか無いの?」

「……まあ、家の裏の倉庫に行けば色々置いているとは思います。ですがあまり期待しない方がいいと思いますよ」

 

 めぐみんの父、ひょいざぶろーはウィズの店に品物を卸している職人だ。

 彼女が気に入るような珍品や危険物を日々作り出している彼の倉庫はあなたにとっては宝の山に等しい。

 

 

 

 そして数十分後。

 めぐみんの家の倉庫を物色してきたあなた達だったが、その顔色はあなたとめぐみんを除いて皆暗いものだった。

 

「めぐみんには悪いけど、控えめに言ってゴミの山だったな」

「だから期待しない方がいいって言ったじゃないですか」

 

 倉庫の中には火炎に耐性のつくアイテムは幾つかあった。

 あったのだが、装着すると本人が燃えるマントや飲んだら全身が石化して動けなくなる耐火ポーションなど、めぐみんが使うには難のありすぎる品ばかりだった。

 総じてあなたとしては期待通りの宝の山だったと言えるだろう。

 

「なんでこの頭のおかしいのはいい物見たって顔してるんですかね……」

「しかしなんだ、あんな変わった品ばかり作っていて、客はいるのか?」

「何言ってるんですかダクネス。紅魔族に父の魔道具を欲しがる物好きなんていませんよ」

「えぇ……」

「自慢じゃないですが、そこの頭のおかしいのがウィズの店で商品を買い漁るまでウチは紅魔族随一の貧乏一家と評判だったくらい生活に困窮してたんですから。あれですよ、私もこめっこも毎食薄めたシャバシャバのおかゆとか当たり前でしたからね」

 

 貧乏自慢を始めためぐみんだが、ウィズほどではないな、とあなたは思った。

 最低でも一週間を砂糖水を含ませた綿だけで過ごしてから出直してきてほしい。

 

「ああ、だからめぐみんはゆんゆんと同い年なのにロリっ子なのか。見るからに栄養状態悪いもんな」

「おい、私とゆんゆんを比較した挙句私を可哀想なものを見る目で見るのは止めてもらおうか。これからバインバインになってみせますよ私は。三年後を見ているがいい」

「というかめぐみんの事ロリっ子とか言っときながら夜這いかけたんだし、カズマってやっぱりロリコンなんでしょ?」

「……お、俺はロリコンじゃないし、そもそも昨日のあれは未遂……おっと、皆さんゴミを見る目ですね」

 

 女神アクアの発言に気まずい沈黙と冷たい視線がカズマ少年に突き刺さる。

 ゆんゆんに至ってはこめっこを背中に隠している。

 

 自業自得とはいえカズマ少年が若干不憫になってきたあなたは話題を逸らしてみる事にした。

 彼はめぐみんの母親に夜這いをけしかけられたという話だったが。

 

「あ、ああ、それな……ほら、俺って屋敷持ちでもうすぐ三億手に入るだろ? その事をぽろっと口走ったらめぐみんの親御さんが滅茶苦茶反応してさ……」

 

 おまけにカズマ少年達はバニルやハンスといった大物賞金首の討伐に一役買っているパーティーだ。

 よって年収一千万エリスは当然のように超えているわけだが、税金は大丈夫だったのだろうか。

 あなたが見たカズマ少年は手錠で繋がっていたダクネスと一緒に逃げ出していたが。

 

「おかげさまでってわけじゃないけど何とかなったよ。来年の納税の時期は絶対旅行に行くけど」

「この男はよりにもよって徴税官に追われる中で警察署に押し入り、婦人警官にスティールを行使してな……税務署が閉まるまでずっと留置所の中でやり過ごしたのだ……罪状は窃盗と淫猥行為だ」

 

 ダクネスが補足説明と共に深い溜め息を吐いた。

 大体予想はついているが、彼が何を盗ったのかは聞かないでおこう。

 

「あなたもあなたでクリスやギルドが雇った冒険者はおろか数十人の徴税官を蹴散らして重傷者を多数出したと聞いているが」

「なあ、それって普通に俺より酷くね?」

「だがカズマと違ってズルい真似をしたわけではないからな……重傷を負った徴税官もウィズの店のポーションで治療したらしい。クリスは正面から堂々と暴力で叩き潰されたそうだ。満面の笑みで思いっきりぶん殴られたと聞いている」

「俺も女相手だろうが遠慮しないでやるタイプだけど、ここまで容赦が無いといっそ清々しいな……」

「ああ、私もクリスが実に羨ましいと思った。……今からでも遅くないな。クリスと同じように私も殴ってみてくれないか?」

 

 あなたにはダクネスを殴る理由が無い。

 彼女の申し出はやんわりとお断りしておいた。

 

 

 

 

 

 

 その後も色々と話し合いを行ったり再び倉庫に足を運んだりしたあなた達だが、どうにもこれだという妙案は出ず、人間が火炎に無敵になるという事のハードルの高さを感じる破目になった。

 

「私の水の魔法である程度の熱なら耐えられるようになるけど、アレを無効化はちょっと無理だからね?」

「悔しいですが、炎は私の弱点ですからね……」

「火が弱点じゃない人間なんかいねーよ」

 

 めぐみんもめぐみんでゆんゆんや仲間が説得しても全く引く気が無さそうだし、無理矢理にでも自分の装備品を貸した方がいいかもしれない。

 いよいよあなたがそう思い始めたところで、退屈になってきたのかこめっこが近づいてきた。

 

「ねえねえ、おじちゃんは姉ちゃんやゆんゆんみたいに杖を使わないの? 魔法使いなんでしょ?」

「……あれ? そういえば私、あなたが杖を使っている所を見た事が無い気がします」

 

 大太刀を床に置いたあなたにこめっこが首を傾げて問いかけ、ゆんゆんが乗っかってきた。

 しかしあなたは杖を持っていないしこの先使う予定も無い。

 

「え……それだと魔法の威力が……」

 

 ゆんゆんの言うとおり、この世界の魔法はまともに運用しようとすると杖が必要不可欠である。めぐみんもゆんゆんも女神アクアも自分用の杖を持っている。

 何故かというと杖は魔法の威力を増幅させる媒体としての役割を担っており、それが無いと威力が著しく減衰してしまうのだ。

 あなたがウィズに贈った指輪のように杖の代替になる物もあるが、あれもまたメインである杖の増幅器として運用するように設計されている。

 

 イメージとしては弓矢が近いだろうか。

 杖が弓、魔法が矢だ。

 矢弾(魔法)だけでも投擲武器として使えなくはないが、弓矢(杖装備時)には遠く及ばない。

 アクセルで売っているような安物の杖でも、あるとないのでは威力に倍以上の差が出るといえば魔法使いの杖の重要さも分かろうというものだ。

 

 一聞すると非常に不便な話だが、ノースティリスで魔法使いとして活動するなら必須である魔法の威力を強化するエンチャントを杖自体が担っていると考えればこれは何もおかしい話ではない。

 

 

 ……そう、魔法使いに杖は必須である。

 リッチーにしてアークウィザードであるウィズもまた例外ではない。

 

 これはつまり、当時のめぐみん以上の爆裂魔法でデストロイヤーの足を消し飛ばした際に無手だったウィズの爆裂魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事を意味している。

 勿論彼女がデストロイヤーを舐めていたとか真面目に街を守る気が無かったとかいうわけではない。

 彼女ほどのレベルになると下手な物を使ってもあってもなくても一緒になってしまうのだ。あなたやベルディアが店売りの鉄の剣を使っても木の剣を使っても等しく役に立たないのと一緒である。むしろ素手でいい。

 高レベルの者には高レベルの装備品が求められるのは当然の話であり、だからこそあなたは彼女に最高級品の杖と増幅装置の指輪を贈った。

 

 未だ真の力を発揮していないぽわぽわりっちぃはさておき、杖を使わないあなたが行使するこの世界の魔法も枷が嵌められたに等しい状態なのだが、こればかりはどうしようもない事だ。

 何故ならあなたは決して杖を使わない。というか使えない。

 持つだけならまだしも、武器として運用しようものならば確実に嫉妬に狂った可愛い可愛い愛剣が血の涙を流して発狂してあなたが大変な事になる。

 聖剣カッコイワのような刀剣型の杖でもあれば別だろうが、それも相応の質のものでないかぎり使う気にはならなかった。

 

 まあデストロイヤーのような魔法を無効化する相手でもない限りはどうにでもなるだろう。

 

 

 

「……そういえばデストロイヤーは結界で魔法を無効化してたよな」

 

 まるであなたの考えを読んでいたかのように、ひょいざぶろーの文献を読み漁っていたカズマ少年が突然そんな事を言った。

 

「紅魔族っていったら魔法のエキスパート集団なわけだし、アレの再現とかできないのか?」

「無茶言わないでくださいよ。幾ら私達でも散逸した技術をゼロから再現しろなんて言われてハイできました、とはいきません」

「それもそうだな……設計図でも残ってりゃ良かったんだろうけど」

「あるわけないじゃないですかそんなもん。持ってたら即世界中に指名手配ですよ」

 

 めぐみんとカズマ少年の会話にあなたは人知れず冷や汗を流した。

 ある。実は残っている。

 あなたはデストロイヤーの設計図をコッソリ回収している。

 本体のみならず、動力や結界の術式を記したと思わしき書類もバッチリと。

 

 気は進まないが妹分の安全には代えられない。結界の設計図だけだが持っていると教えるべきだろうか。

 装備品の貸与とどちらにすべきか真剣に検討するあなただったが、カズマ少年の次の言葉によってそれはお流れとなった。

 

「なあめぐみん、魔術師殺しって何だ?」

「……魔術師殺し? カズマ、どこでそれを?」

 

 めぐみんとゆんゆんがぴくり、と反応を示す。

 

「いや、この本にめぐみんの親父さんが耐性装備を作るのにデストロイヤーの結界みたいに参考にしたけど伝承の通りに再現できなかったってメモが書かれてるんだけど」

「……なるほど。完璧に選択肢から除外していましたが、確かにアレを使えば何とかなるかもしれません。カズマ、お手柄ですよ!」

 

 めぐみんがここまで言う魔術師殺しとは何なのだろう。あなたはゆんゆんに聞いてみる事にした。

 

「えっと、魔術師殺しっていうのはデストロイヤーのように上級魔法だろうが無効化してしまう、私達紅魔族の天敵、対魔法使い用の兵器の事なんですけど……でも世界を滅ぼしかねない兵器と一緒に地下施設に封印されてるんです」

 

 非常に興味深い話である。

 魔術師殺しも、世界を滅ぼしかねない兵器とやらも。

 欲しい。とても欲しい。

 

 欲望に目をギラつかせるあなたに気付かず、めぐみんがゆんゆんの説明を引き継いだ。

 

「世界を滅ぼしかねない兵器と同じくらい危険な物と言われている魔術師殺しはその昔、いきなり暴走して封印を破り、それはもう凄まじい猛威を振るったそうです。ですが私達の御先祖様が同じく地下に封印されていた兵器を使い、辛うじて破壊したと伝えられています」

「暴走ってマジでデストロイヤーみたいだな……そもそも破壊されてんのかよ。駄目じゃねえか」

「いえ、折角なので記念に残しておこうと魔術師殺しは修理を施して再び封印されたそうです」

「なんでそんな物騒なモンを折角だから、みたいなしょーもない理由で修理するんだよ!」

「いいじゃないですか。おかげで何とかなりそうですし。修理してからは一度も暴走していないのできっと大丈夫ですよ」

 

 めぐみんは魔術師殺しを使う気満々だった。

 破棄しないでくれたのは非常に嬉しいが、本当に大丈夫なのだろうか。

 まあ上級魔法が効かないとはいえ、流石に爆裂魔法は通じるだろうが。

 

「で、でもめぐみん。幾らなんでも危険すぎない? 昔みたいにまた暴走したら……そもそも地下施設の封印を解く手段が無いんじゃ……」

「確かに族長に了承をとってから行くくらいはした方がいいでしょうね。二つ返事で了承してくれると思いますけど。それに封印ならここに破れる人材がいるじゃないですか。デストロイヤーの結界を破れるようなのが」

 

 あなた達の視線が女神アクアに集中する。

 

「……すぴー……くかー……」

 

 デストロイヤーの対魔法結界を破壊した世界に名高き水の女神は、現在鼻提灯を浮かべてお昼寝の最中だった。

 

 

 

 

 

 

「何!? 魔術師殺しを持ち出したいだって!?」

「そ、そうだよねお父さん。やっぱりあんな危ない物を世の中に解き放っちゃ駄目だよね!」

「まさかとんでもない! どうぞどうぞ!! 封印を解けるのでしたら、魔術師殺しと言わず格納庫の中の物は思う存分好きなだけ使っちゃってください!! 仮に世界を破壊するかもしれない兵器に何かあった時は責任は私が取ります! いやあ、星落としと星砕きに加えて里に秘匿された古代の超兵器まで出てくるとなると実に楽しみですなあ!!」

 

 あなた達の申し出を族長は目を輝かせて快諾し、ゆんゆんが両手と両膝を付いた。

 本当にノリがいい一族だ。こういう深く物事を考えない刹那的快楽主義な所はノースティリスの冒険者達によく似ている。

 

「ふ、ふふふ……私、薄々気付いてたんです。きっとお父さんの事だからこんな事になるって……」

 

 あなたがいざとなったら自分が死ぬ気で破壊するので安心してほしいと傷心中のゆんゆんを慰めると、ゆんゆんは潤んだ瞳であなたを見上げ、族長とめぐみんが電撃を食らったように大きく目を見開いて盛大に食いついてきた。

 

「世界を破壊する兵器を破壊する者……!? サインください!!」

「ず、ずるいですよ! そういう紅魔族に超似合うカッコイイ称号はデストロイヤーを破壊した私にこそ相応しいはずです!!」

 

 分からない。

 メテオといい今といい、自分の発言の何が紅魔族の琴線が触れているのかあなたにはまるで分からなかった。

 

「あの人、やけに紅魔族に大人気だよな。ゆんゆんの親父さんに会う前もサイン強請られてたし」

「波長が合うんじゃないかしら」

 

 

 

 あっさりと族長の了承を得られたあなた達がめぐみんの案内のもとに辿り着いたのは、一見すると何の変哲も無さそうな小さな木造の家屋だった。ちなみに危ないかもしれないのでこめっこは留守番である。

 表札には地下格納庫、と看板がかかっている。

 

「ここが地下施設の入り口です。地下施設がいつからあるかは紅魔族の歴史を紐解いても分かっていないのですが、あそこにある謎施設と共に建造されたとだけ言われています」

 

 そう言ってめぐみんはやけに目を引く灰色の巨大建築物を指差した。

 各所にはめ込まれたガラス窓を見るに、建物は五階建て。

 木ではなく、石でもない。不思議な質感の直方体で構成されたその建物の横幅は目測で百メートル以上。奥行きと高さはおよそ二十メートル。

 

 入り口の博物館とは別のベクトルで洗練された建物だ。

 機械の神の信者ではないあなたにも分かる程度にはここだけ文明レベルが違っている。

 

「私もあのような建物は初めて見るな。王都にも無いんじゃないか?」

「なーんか見た事ある気がするわ……コンクリ……?」

 

 ダクネスは感心し、女神アクアは不思議そうに首を傾げている。

 

「俺も見覚えがあるような気がするけど、謎施設って何だ?」

「謎施設は謎施設です。用途も謎、誰が作ったのかも謎、いつから存在するのかも謎で、何度中を探索しても何も分からないので観光施設として残しています」

 

 小屋の扉を開けてみれば、薄暗い中には地下に続く階段だけが存在していた。

 木造の小屋から一転して階段はその全てが金属で作られており、洞窟と呼ぶには人工物の気配がしすぎるそれはあなたの持っているシェルターの入り口によく似ているように思える。

 

「なんかこう、いかにもって感じだな」

「うむ……」

 

 真っ暗な階段を灯りで照らしながら降りていく事暫し。

 階段を降りきったあなた達の前に巨大な金属製の扉が立ちはだかった。

 あなたはふと、機械の神の信者である友人(TS義体化ロリ)の作った機械人形の格納庫の入り口がこんな感じだった事を思い出した。

 

 エーテルを動力源として音速を超えて飛び回る三十一機の機械人形。

 あなたはその一機、九番目に製作された白い機体を彼女からペットとして譲り受けている。

 

 まさかとは思うが、世界を滅ぼす兵器とはあの機械人形たちの事ではないだろうか。

 あなたがこの世界に迷い込んでいる以上、百パーセント無いとは言い切れない。

 

 そしてアレが相手となった場合、流石に手は抜けない。

 機械人形はその全てがあなたと同格の廃人のペット(仲間)だ。友人が運用しない限り本領は発揮しないが、それでも素の能力だけならあなたと五分である。

 というか自爆装置として自作のアホみたいな威力の核爆弾を搭載しているので、こんな所で自爆されようものならメテオ以上に大変な事になる。

 

「本来であればこの施設の封印はこの誰にも読めない古代文字で書かれた謎かけを解読して、その答えを入力する必要があるわけですが……」

「私の出番ってわけね! 任せなさい! どんな物が出てくるか楽しみでしょうがないわ!!」

 

 あなたが思索に耽る中でも話は進んでいたようで、女神アクアが意気揚々と封印の前に立って杖を取り出していた。

 

「…………?」

 

 最大限注意を払うようにと一言声をかけておこうと思ったあなただったが、杖を取り出した女神アクアの様子がおかしい。

 扉のすぐ横に設置された封印の前で固まっている。

 

「ど、どうしたんでしょうか……」

 

 場の雰囲気に飲まれて怯えているゆんゆんだが、あなたにもさっぱりである。

 

「あ、アクア? どうしたんですか? 封印は解けそうですか?」

「QAWSEDRFTGYHUJIKOLP……違う……XY下上……これも……上X下BLYRA……んーと、じゃあABBAAB右右左で……あっれー……おっかしいわね……」

 

 大変だ。女神アクアが盛大にバグってしまわれた。

 暗がりの中、意味の分からない言葉をブツブツと呟きながら封印を触りまくる女神アクアは異様な雰囲気を醸し出している。

 呪われたとでも思ったのか、ダクネスとめぐみんが女神アクアから距離を取り、ゆんゆんが半泣きであなたの背中にしがみ付いた。

 

「ねーカズマー。アンタ小並コマンドって覚えてる?」

「……いきなり何言ってんのお前。いや、マジで何言ってんの?」

「だってここにそう書いてるんだもの。見てみなさいよ」

 

 手招きする女神アクアに誘われてカズマ少年が封印を見て呆然と呟いた。

 

「マジだ……え、まさか小並コマンド入れろって事か? あの小並コマンド?」

「か、カズマ、アクア。二人はこの古代文字が読めるんですか!?」

「読めるっていうか……俺のいた国の文字だよ、これ。なんで古代文字って事になってるかは知らないけど。多分この封印は小並コマンドっていう有名な裏技コマンドをパスワードとして入力しろって事だと思うんだけど……上上下下左右左右BAだったっけ?」

「ああ、それだわそれ」

 

 あえて言葉にするならばティロリロリン、だろうか。

 女神アクアが封印に触った途端、軽快な電子音がどこからともなく聞こえてきた。

 そして長きに渡って封印され続けてきた地下格納庫の扉が開いていく。

 あまりにも簡単に。あまりにも呆気なく。

 

 ちなみに女神アクアが失敗した場合、あなたは普通に物理で扉をぶち破るつもりだった。

 中に友人の機械人形があった場合、是が非でも回収して彼女の元に送り返す必要があるからだ。

 

 

 

 

 

 

「間違いありません。魔術師殺しです」

 

 格納庫の中に足を踏み入れたあなた達を待っていたのは巨大な鋼色の蛇だった。

 部屋の中央の山を囲むようにとぐろを巻いているが、その全長は二十メートルにも及ぶだろう。

 

「これはまた見事な蛇だな……私くらいなら一息で丸呑みにできるな。丸呑みか……」

「試すなよ? あとこれってどうやって上まで運べばいいんだ?」

「暇を持て余してるニートのぶっころりー達にでも運ばせましょう」

 

 その時は自分も手伝おう、と考えつつあなたは格納庫の中を見渡した。

 しかしお目当ての物は見つからない。

 

「あの、どうしたんですか? 何かを探しているみたいですけど」

 

 あなたはゆんゆんに世界を滅ぼしかねない兵器を探している、と答えた。

 友人の機械人形は無いようだが、それ以外の兵器と思わしき物も見受けられない。

 魔術師殺しが守っているようにも見える格納庫の中央には大量の道具が山のように積まれているが、あの中にその兵器があるのだろうか。もしそうなら雑に扱いすぎである。

 

「魔術師殺し以外にも色んな魔道具があるっぽいな」

「私には分かります。いつか自身と同郷の者が封印を解き、世界の危機を救うのに役立ててもらう為にこの魔道具の数々を残したに違いありません――――」

 

 ピコーン、と。

 どこからともなく音が鳴った。

 全員に緊張が走り、武器を構え、微かな異常も見逃すまいと周囲を見渡す。

 

「な、なんだどうした何があった!? 今の何の音だ!?」

 

 一人で少し離れた部屋の隅に立っていたダクネスがバツの悪そうな顔をして右手を上げた。

 左手には四角い小さな箱を持っており、ぴかぴかと光っている。

 

「す、すまない。私だ。落ちていた物を拾ったら勝手に音が……」

「わあっ、もしかしてそれってゲームガール!? ダクネス、貸して貸して!」

「げ、げえむがある?」

 

 いきなり興奮しだした女神アクアが嬉々としてダクネスが持っていた箱をふんだくった。

 

「あれ、本体だけでソフトが入ってないわ。……でもゲーム機があるならソフトもここにある筈よね。カズマ、もしそれっぽいのを見つけたら私に頂戴? カズマにも貸してあげるから。ポケットなモンスターとか置いてないかしら」

「お前が持ってるそれって初代ゲームガールだろ。俺が生まれる前に流行ったやつ。プレイできても赤とか緑とか……待て待て待て、そもそもなんでこんなとこにゲームガールが置いてあるんだよ。しかも初代って」

 

 どうやらカズマ少年だけは彼女が何を言っているか理解できているようだ。

 女神アクアと共に魔道具の山を物色し始めた。

 

「やだ何ここ、よく見たらゲーム機ばっかり置いてるじゃない。宝なの? 宝の山なの?」

「なんで地球の物がこんな所に……つーか妙に歪んでるな。壊れてんのか?」

「ちゃんと動くわよ? 電池の代わりに魔力を使うみたいね。ソフトは何本あるのかしら」

「あ、あの、お二人とも。そんなに手当たり次第に触ると危ないと思うんですけど……」

「ああ、大丈夫大丈夫。俺もアクアもこれの使い方知ってるし、知らない物には触らないから……お、超森夫世界のソフトみっけ」

 

 夢中になって魔道具を漁る二人に全くついていけないあなた達は顔を見合わせた。

 交わされている会話が本気で異次元すぎて困る。

 

「……とりあえずカズマが逃げ出さないという事は危険は無いようですね」

「ねえめぐみん。二人はここに置いてある物はゲームだって言ってるんだけど、さっきめぐみんここの魔道具で世界の危機を救うとかなんとか……」

「え? なんですか? すみません聞こえませんでした」

「だからゲーム……」

「え? なんですか?」

 

 カズマ少年達と同じように思い思いに格納庫の探索を開始するあなた達だったが、あなたは部屋の隅に一冊の手記が転がっているのを発見した。

 この格納庫を作った者が記したものだろうか。あなたは手記を開いてみた。

 

 

 ――○月×日。ヤバい。この施設の事がバレた。でも幸いな事に、俺が作った物が何なのかまでは分からなかったらしい。国の研究資金でゲームやらオモチャ作ってた事が知られたら、どんな目に遭わされるやら……。

 

 

 こんな書き出しで始まった手記を一通り流し読みした後、あなたはこっそりと手記を元あった場所に戻しておいた。

 

 デストロイヤーを作った研究者がデストロイヤーを作成する前に残したこの手記には、デストロイヤーの製作者は現在カズマ少年達が夢中になって漁っているオモチャを世界を滅ぼしかねない兵器だと上司にでっちあげて資金の私的流用をごまかした事、魔王軍に対抗する兵器として犬型の魔術師殺しの設計図を描いたら絵が下手糞すぎて蛇として受理された事、魔術師殺しが動力の問題ですぐに動かなくなった事などが記されていた。

 

「カズマカズマ、これじゃないですか? いかにも世界を破壊しかねない兵器って感じです」

「バズーカ!? いや、まさかその形は……スウパアスコープ……!? マジかよ初めて見たぞ俺……」

「見て見てカズマ! バーチャルガールにゲームガールアドバンスもあったわ!」

 

 紅魔族の誕生の秘密やその名の由来も書かれていたのだが、紅魔族とは魔王軍へ対抗するための兵器として生み出された、魔法使いの適性を最大に上げた改造人間なのだそうだ。

 改造の代償として記憶を失った彼らはここだけ聞くと中々に悲劇的な種族なのだが、彼らは改造前から今の紅魔族と同じ感性を持っていたらしい。

 具体的には喜び勇んで改造手術に立候補し、目を赤くしてほしいと頼んだり、個体ごとに機体番号をつけてもらっていた。

 

 自身が掘り起こしてしまった歴史の闇を再度闇に葬りつつ、あなたは格納庫の探索に戻る。

 目的は執筆者が紅魔族に乞われて製作したレールガン(仮名)なるものだ。

 

 あなたもレールガンは持っている。

 とある古代の破壊兵器を破壊した際に入手したのだが、友人に請われて見せたのはいいが見事に分解された挙句機構まで再現してみせてペットの機械人形に配備されてしまったという悲劇の銃である。遺失技術で作られたらしいのだが。

 

 こちらのレールガン(仮名)は動かなくなって無用の長物と化した魔術師殺しに対抗する為に意味も無く作られた。

 あなたの知るレールガンとは違って魔法を圧縮して発射するそうだが、本当に世界を滅ぼしかねない威力を持っているという。

 威力と耐久力の問題で数発撃ったら自壊してしまうのは難点だが、回収して是非とも友人に改良、および量産化してもらいたい。

 そして火力に乏しいデストロイヤーに搭載するのだ。

 量産型レールガンでハリネズミの如く武装した無数の量産型デストロイヤー。テンションの上がる話である。

 

 ……しかし肝心のレールガン(仮名)はどこにあるのだろう。

 物干し竿にできるくらい大きな物らしいのだが、あなたがどれだけ格納庫の中を探しても、それらしき物体は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 格納庫から持ち出された魔術師殺しはそのままでは使えないという事で、里の鍛冶屋や魔道具屋の手によって分解され、めぐみんの防具と彼女をメテオから守る防壁になる事が決定した。

 非常に勿体無い話だが、ここ数日女神アクアとともにピコピコに夢中だったカズマ少年にこっそりと保険も渡しておいたし、魔術師殺しも相まってメテオが直撃してもめぐみんが死ぬ事だけは避けられるだろう。

 

 

 

 ……そして時間はあっという間に過ぎていき、勝負の当日がやってきた。

 日が傾き始めた頃合を見計らい、あなたは勝負の会場であるメテオ跡地のクレーターに向かうべく、ゆんゆんの部屋のドアをノックする。

 

「ああああああああああ……あるえぇ……よくも、よくもこんなものを……二度までならず三度まで……絶対に許さないわよあるええええええええ……!!」

 

 ゆんゆんの部屋の中からは返事の代わりに羞恥と怨嗟に塗れたゆんゆんの涙声、そして枕を殴り続ける音が聞こえてきた。

 彼女は今日の朝、里中に配布された小冊子のせいで盛大にぶっ壊れてしまったのだ。

 冊子のタイトルはこうだ。

 

 ――紅魔族英雄伝外伝『真紅の流星』

 

 そう、メテオ騒ぎを見てあるえが書き上げた小説である。

 小説の内容を簡単に説明すると、身重で戦えないゆんゆん、そしてゆんゆんのお腹の中にいる自分の子供を守る為にあなたがたった一人で街に攻めてきた魔王軍と戦うというものだ。

 死闘の末、辛くも魔王軍を撃退する事に成功するあなただったが、激しい戦いで負った傷と星を落とす禁呪のせいでゆんゆんの元に帰りつく前に力尽きてしまう。

 あなたの死体に縋り付いて悲しみの涙を流すゆんゆん。

 だがその瞬間、ゆんゆんの涙が奇跡を起こしてあなたは復活する。

 あなたとゆんゆんが情熱的な抱擁とキスを交わして話はおしまい。めでたしめでたし。

 

「なんで自分をヒロインにしないで私に色々させるのよぉ……!」

 

 あなたの読んだ限り、今回の小説には特に過激なシーンがあったわけではない。

 ラストもやや筆者の情感が篭りすぎている感じがしないでもないが、ごく普通のキスシーンだ。

 

 だがこの小説が里中に流行した結果、ゆんゆんはあなたやめぐみんと同じく時の人となり、壊れた。

 直接のトドメとなったのは朝食の席で族長が放った「孫の顔はいつごろ見られますかな?」という台詞だろう。直後族長はゆんゆんにぶっ飛ばされたが。

 

 

 

 

 

 

 このまま一人で放っておいたら自宅で首を吊りかねないゆんゆんを何とか言いくるめて外に連れ出し、あなたは森を抜けた先にある会場にやってきた。

 街道沿いの森の入り口にして平原の出口には既に里中の紅魔族が集まっており、屋台や出店が軒を連ねている。

 どこからどう見てもお祭気分だ。

 魔王軍が撤退したという話は聞いていないが、彼らは里が破壊されても三日もあれば元通りに直せるから里が壊されても構わないし、むしろそんな事より今日のイベントの方がずっと大事なのだという。

 

 そんなノースティリスの住人のようなバイタリティを持った紅魔族達から、今日の主役の一人であるあなたは黄色い声援を浴びていた。

 

 

 ――あっ! 墜星の魔導剣士さん!

 

 ――星天を操りし者とゆんゆんが来たぞ!!

 

 ――ゆんゆんが覚醒する日を皆で楽しみにしてるからなー!!

 

 

「わたし、明日になったらアクセルに帰ります……絶対帰ります……あるえをぶちのめしてから帰ります……」

 

 彼らは別に表情が死んだゆんゆんを苛めて楽しんでいるわけではない。

 心の底から彼女が小説の中のゆんゆんのようになる事を願っているのだ。

 

「なりません……絶対なりません……」

 

 そんなこんなで紅魔族に冷やかされたりどどんことふにふらに死んだ目で挨拶をされたり、女神アクアの宴会芸オンステージを見物しながら屋台巡りで時間を潰していたあなたとゆんゆんだったが、同じくお祭を楽しんでいるカズマ少年と遭遇した。

 あちらも気付いたようで肉の串焼きを片手に挨拶してきた。

 

「……その、なんだ。ゆんゆんは大丈夫なのか? 親の仇を殺した後に自分も死にそうな顔してるぞ」

「言わないでください、お願いですから今は何も言わないでください」

「お、おう……」

 

「たかが小説の事でめそめそしないでくださいよ、みっともない」

「たかが!? 自分をモデルにあんなしょう、せつを……」

 

 激昂したゆんゆんだが、振り向くと共に呆気に取られたような表情で言葉を止めた。

 ガチャリガチャリという金属音に目を向ければ、そこには魔術師殺しで作られた華美な騎士甲冑を身に纏っためぐみんとダクネスの姿が。

 

「めぐみん……凄いかっこしてるわね。兜被ったら誰か分からないわよ、それ」

「今日が最初で最後です。何が楽しくてアークウィザードの私が全身鎧を装備しなきゃいけないんですか。カッコイイですけど。凄くカッコイイですけど」

 

 この装備を見るにダクネスも参加するのだろうか。

 

「私は別にいいって言ったんですけどね」

「私も星落としをその身で味わうべく……パーティーの盾としてめぐみんを守ろうと思ってな。めぐみんは私が命に代えても守ってみせるから存分に星を落としてほしい! 私に!!」

 

 めぐみんの鎧は漆黒の、ダクネスの鎧には白と金を基調とした塗装が施されている。

 三角座りになっためぐみんが押し車に乗せられてダクネスに押されていなければ非常に見栄えが良かったのだが。

 

「これめっちゃ重いんですよ。ぶっちゃけ立つのが精一杯で一歩も歩けません。着るのに時間がかかるので脱ぐわけにもいきませんし」

 

 溜息を吐く親友の姿を見てゆんゆんがぽつりと呟いた。

 

「何か今の今まで実感が湧かなかったけど……めぐみん、本当にやるの?」

「何を今更な事言ってるんですか。まさかこの期に及んで止めろとか言い出しませんよね」

「言わないけど……くれぐれも気をつけてね? 私、まだめぐみんに勝ってないんだから」

「……ふん。余計なお世話です。心配なんてしてないで私の活躍をよーく見ておきなさい」

 

 赤い顔でそっぽを向くめぐみん。

 あなたとカズマ少年とダクネスは顔を見合わせて小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、空に月が昇った頃。

 あなたは無人の荒野に立っていた。

 その傍らにはイベント運営の紅魔族の青年。

 彼はテレポートで先日自身がメテオを使ったという場所に送ってくれたのだ。

 このまま時間になったらあなたがメテオを撃ち、射程圏内であるクレーターの中に足を踏み入れためぐみんがダクネスに守られながらメテオを迎撃する、というのがおおまかな星落とし対星砕きの流れである。

 

「ここがクレーターの中心になります。頑張ってください!」

 

 そう言って再度のテレポートで戻っていく彼を見送り、あなたは感嘆の息を吐く。

 なんと紅魔族はその頭脳と技量をもって、あなたが作ったクレーターの中心地点を算出してみせたのだ。確かにあなたは自分が立っている風景に見覚えがあった。

 

 だがオークを狩った時のように愛剣を抜く気は無い。

 威力こそ大幅に下がるものの、降り注ぐメテオの規模自体は愛剣があっても無くても同じなのだ。

 

 

 

 寒空の中、たった一人で待つ事数分。会場の方角から合図の狼煙である上級火炎魔法が立ち昇った。

 めぐみんの方は準備ができたらしい。

 

 めぐみんと違ってあなたに特別な事は必要ない。

 ノースティリスで幾度と無くやってきたように、メテオを使うだけ。

 いつも通りに詠唱し、当たり前のように星落としの大魔法は発動した。

 

 だが一つや二つの小粒なメテオを砕いてもきっとめぐみんは満足しないだろう。

 故にあなたは魔法を発動させながら、可能な限り多くの、そして大きなメテオがめぐみんに降り注ぐように願いを込める。魔法の制御はできずとも、これくらいなら少しは効果があるかもしれないと考えて。

 

 祈ろうにもあなたの願いを、そして祈りを聞き届けて叶えてくれる女神はこの世界には存在しない。

 文字通り天に任せるだけだ。

 

 遠く離れたアクセルのウィズにもこの光景が見えているだろうか。

 見えていたら彼女はどんな事を思うのだろう。

 

 この世界における唯一の『友人』(特別)の事を想いつつ、メテオから逃げるでもなく、粛々と審判の時を待つ罪人のように静かにその場に佇んで夜空を眺めるあなたの視界を無数の燃え盛る星々が覆い尽くし、そして……。

 

 

 

 ――――エクスプロージョン!!!

 

 

 

 自身に、そして大地に星が落ちようとしたまさにその瞬間。

 遠く離れた場所に立つあなたにも聞こえる轟音と共に、一際メテオが集中していたように思える、赤く灼けた夜空の一角を特大の閃光が塗り潰したのだった。


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