このすば*Elona   作:hasebe

70 / 148
第69話 波乱を呼ぶ一報

 あなたの子供が欲しい。

 

 息を切らせながら自宅に押しかけてきたゆんゆんが突然言い放った衝撃の告白。

 あまりにも情熱的なそれを受けて反射的に扉をぶち破り、一目散に外に逃げ出したベルディアをあなたは追おうとはしなかった。追えなかったとも言う。

 日々の終末で鍛え上げられた彼の逃げ足の速さと即断即決っぷりは本来であれば主人として賞賛と拍手を送るべきなのだろうが、如何せん逃げたタイミングがあなたにとって最悪である。

 しかしあなたは知っている。好感度が低いペットは肝心な場面では頼りにならないという事を。

 故に驚きは無いが、今日のベルディアの夕飯は祝福されたストマフィリアでいいだろう。遠くに逃げられないように彼を紐で縛っておけばよかった。

 

「あなたの子供が欲しいんです!」

 

 沈黙を保ったままのあなたが話を聞いていなかったと思ったのか、ゆんゆんは再度同じ台詞を繰り返した。

 表情を消したまま俯いてしまったウィズの内心を窺う事は出来ない。

 

 しかし子供が欲しいと言うが、自分は未婚だ。

 生憎子供もいないのでゆんゆんに婿にやる事は出来ないとあなたは苦笑しながら答えた。

 ゆんゆんは結婚適齢期にはまだ早いし、そこまで焦る事は無いだろう。

 まあ年頃の彼女が彼氏の一人でも欲しいというのであれば探すのを手伝う事は吝かではない。

 

「違います! 私はあなたの子供を産ませてほしいんです! 他の誰でもない、あなたじゃなきゃ駄目なんです!!」

 

 万が一、億が一の可能性に賭けて誤魔化してみたあなただったが、呆れるほどに直球ど真ん中の答えが返ってきて思わず瞑目する。ウィズがいつぞやのように、ぎゅっとあなたの服の裾を掴んできた。

 

「お願いします、元気な男の子を産ませてください!! 私は十四歳だからもう結婚出来ますから!!」

 

 性別まで指定してきた。ゆんゆんの目と台詞が本気すぎてどうしようもない。

 こういった経験に疎いあなたは癒しの女神に救いと助言を求めたくなったが残念な事にこの世界は電波の圏外だ。ガッデム。おのれ異世界と心中で怨嗟の声を上げる。

 

 現状はいわゆるピンチである。

 アポ無しであなたの自宅に忍び込んできたエヘカトル信者とマニ信者がばったり鉢合わせになった時くらいのピンチだ。その後あなたの家は当たり前のように更地になった。凄まじいリフォーム(改築)っぷりである。まさに悲劇的ビフォーアフター。なんという事をしてくれたのでしょう。

 

 

 さて、完全に逃げ場を封じられた気分だがあなたからしてみればゆんゆんはまだまだ幼すぎる。

 十年とは言わないが、せめて結婚適齢期である十六歳になるまで待ってから出直してきて欲しいところだ。なおこの世界の結婚適齢期は十六歳から二十歳までである。

 つまり二十歳のウィズはギリギリというわけだ。なるほど、現役時代の彼女が焦るわけである。

 

「…………」

 

 そんな同居人にして友人のウィズは現在重圧も冷気も発していない。

 彼女は空気に徹するが如くただひたすらにあなたの隣で沈黙を貫いており、かえってそれが不気味だったのだが……。

 

 ……ピキリ、という小さな音が鳴った。

 

 異音の方向に目を向けてみれば、この草木が芽生え誰もが思い思いに生を謳歌する暖気の中、玄関に飾っている花だけが一瞬で凍り付いているではないか。

 そのまま音も無く粉々に砕け散った氷の花は十秒後のゆんゆんの暗喩のようにも思えた。

 

 軽く現実逃避を行いつつ、あなたはゆんゆんの懇願に率直に答えを返す。

 ゆんゆんの事は嫌いではない。しかし申し訳ないが自分はゆんゆんの気持ちに応える事は出来ない、と。

 

 拒否されたゆんゆんは泣きそうな顔になってあなたの腰にすがり付いてきた。あなたの服の裾を強く握り締めるウィズは何かを堪えるようにぎゅっと唇を結んでいる。

 表情や言葉には出さずとも、あなたは端的に言ってとても困っていた。

 あなたの友人は誰も彼もが極めて我の強い連中だったので対応方法が思い浮かばないのだ。

 

「お、お願いします! なんでもしますから! 私はウィズさんみたいにスタイルよくないですし美人でもないですけど一生懸命頑張りますから! ちゃんと勉強したので分かってます!」

 

 ゆんゆんは一体何が分かっていると言うのか。

 あなたには何も分からないが、とりあえず重婚をする気は無かった。そんな器用な生き方は出来ない。元よりゆんゆんは友人ですらないというのに。

 

 無論あなたはベルディア以外のペットとは男女人外含む全てと結婚しているわけだが、それはあくまでも便宜上の関係に過ぎない。

 決してペット達を愛していないとは言わないが、それはあくまでも仲間(ペット)としてであって、そこに生涯を共にする伴侶(パートナー)に向けるべき愛は一欠片も無いのだ。ペットはどこまでいってもペットでしかない。

 

「大丈夫です! 私は二号さんでいいですから!」

 

 滅茶苦茶な事を言い出した。熱でもあるのか完全に錯乱している。

 

 若干めんどくささを感じてきたあなたは溜息を吐きつつ、それにしても何故ゆんゆんは突然こんな事を言い出したのだろう、と今更ながらに思った。

 そう、あなたの記憶が確かならば、彼女は昨日までそんなそぶりは一切見せていなかった筈だ。

 

「だ、だってだって! 私とあなたが子供を作らないと世界が平和にならないんです! そうしないと魔王を倒せないんです!!」

 

 あなたの疑問に、ゆんゆんは目に涙を浮かべて大声で叫んだ。

 世界とはまた随分と話のスケールが大きい。

 どこで誰に何を吹き込まれてきたのかは知らないが、予想外の内容である。

 

「手紙が、紅魔族の里が無くなっちゃうって……だから……皆死んじゃうから……わた、さいご……ウィズさんが……ぐすっ……わああああああああっ!!」

 

 縋り付いて泣き始めたゆんゆんにいよいよ困り果てたあなたは思わずウィズに目を向ける。

 

「…………」

 

 黙っているのは相変わらずだが、先ほどまでと雰囲気が違うと感じたあなたはウィズを軽く突いてみた。

 

「…………」

 

 グラリ、と揺れて倒れそうになるウィズの身体を慌てて押さえる。

 凄腕アークウィザードにしてアンデッドの王は立ったまま気絶していた。

 

 

 

 

 

 

 ……ゆんゆんさんのその告白を聞いて、私は頭が真っ白になった。

 

 私は今も心だけは人間だと思っているけど。

 それでも私はリッチーだから。アンデッドだから。

 

 自分よりもゆんゆんさんの方が彼を幸せに出来るのではないか、と。

 反射的にそんな事を思ってしまった。

 彼女は紅魔族で、彼と同じ人間だから。

 

 けれど同時にそれを嫌だと思ってしまう自分がいた事は否定出来ない事実で。

 口を開けばどんな心無い言葉が出てくるか分からず、ひたすら口を閉じる事しか出来なかった。

 自分にこんな黒くてドロドロした感情がある事を私は初めて知った。

 

 ゆんゆんさんを傷つけようとは思わなかったけど、それでもこの場所は、彼の隣は他の誰にも絶対に渡したくなかった。可愛らしい友人にして今も様々な事を教えているゆんゆんさんにも。

 そしてゆんゆんさんの必死の申し出をあっさりと拒絶する彼に嬉しく思ってしまって、そこでまたどうしようもなく自己嫌悪。

 

 色々な事を知っていて、しかし周囲の事が見えていなかった昔の私であればもっと率直に、堂々と物を言えたのだろうか。この心の内を吐き出す事が出来たのだろうか。

 そんな益の無い事を考えた。

 

 

 

 ……え、世界? 紅魔族の里が無くなる?

 

 詳しい話を聞いてみれば、ゆんゆんさんが持ってきた話は予想よりもずっと大事だった。

 流石に世界の平和の為なら私が何かを言う権利は……いや、同居こそすれ最初から私にそんなものがあるわけもなく……でも……。

 

 嫉妬、優越感、自己嫌悪、同情、そしてゆんゆんさんへの()()()()

 様々な感情の荒波に飲まれて許容量を超えた私の心は、煩悶の末にあっけなく停止した。

 

 

 

 

 

 

 なんとかゆんゆんを泣き止ませた後、リビングで詳しい話を聞く。

 あなたの作ったミルクたっぷりの温かいココアを飲んで、ゆんゆんはようやく落ち着きを取り戻していた。

 

「……ありがとうございます」

 

 ほうっと息を吐くゆんゆんにやっと話が聞けそうだとあなたは人心地ついた気分になった。

 あのまま彼女が泣き喚くようならその内何もかもがめんどくさくなったあなたの手によって物理的に静かにさせられていた事は想像に難くない。

 

 ちなみに気絶したウィズはまだ復帰しておらず、リビングのソファーで横になっている。

 

「うーん……うーん……もう、こうなったら……いっその事私が()るしか……バニルさんとベル……さんを呼んで……結界の中から全力の爆裂魔法を叩き込んで……もしくはライト・オブ・セイバーで直接首を……」

 

 どんな夢を見ているのか、ウィズは時折魘されている。

 あなたは彼女の友人として何とかしてあげたかったが、今はゆんゆんの話を聞かなければならない。

 

 

 

「……今日、手紙が届いたんです」

 

 三杯目のココアを飲み干した後、沈痛な面持ちのゆんゆんが封筒を手渡してきた。

 中には二枚の手紙が入っている。

 

「……紅魔族の族長、つまり私のお父さんが私に宛てた手紙です」

 

 読んでも構わないらしい。

 あなたが手紙に目を通してみると、なるほど、そこには確かにゆんゆんが取り乱すのに十分な事が書かれていた。

 

 

 ――この手紙が届く頃には、きっと私はこの世にいないだろう。

 

 

 ゆんゆんの父親である紅魔族の族長の手紙は、こんな書き出しで始まっていた。

 手紙の内容についてだが、紅魔族の力を恐れた魔王軍がとうとう本格的な侵攻に乗り出したらしく、紅魔族の里近隣に魔王軍の幹部が出現。多数の配下と共に軍事基地を建設したのだという。

 しかも派遣されてきたのは魔法に強い幹部だそうで、軍事基地も破壊出来ていないとの事。

 手紙の最後はせめて紅魔族の誇りにかけて魔王軍の幹部と刺し違えてみせるという紅魔族族長の覚悟、そしてゆんゆんに族長の座を任せる事、この世で最後の紅魔族として決してその血を絶やさぬ様に、という記述で締めくくられていた。

 

 手紙を読み終えたあなたはふと違和感を覚える。

 

 何回読み返してもゆんゆんがこの世で最後の紅魔族と書かれている。もう一人の紅魔族のめぐみんの事が書かれていない。

 これは一体どういう事なのか。

 

 実はめぐみんは紅魔族ではなく、外見が似ているだけの別の種族だったりするのだろうかと考えるも、めぐみんの冒険者カードには種族欄にしっかり紅魔族と書かれていた事を思い出す。

 めぐみんは族長に紅魔族扱いされていなかったようだ。あなたは悲しい気持ちになった。今度からめぐみんに少しだけ優しくしてあげよう。

 

 

「……二枚目もどうぞ」

 

 

 言われるままに二枚目を読み上げる。

 黙々と文章に目を通すあなたをじっと見つめるゆんゆんは、その特徴的な瞳だけではなく顔まで赤くなっていた。

 

 

 ――里の占い師が魔王軍の襲撃による里の壊滅という絶望の未来を視た日。その占い師は同時に希望の光も視る事になる。

 

 ――紅魔族唯一の生き残りであるゆんゆんは同胞の無念を一身に背負い、いつの日か憎き魔王を討つ事を胸に秘め、駆け出し冒険者の街アクセルで修行に明け暮れた。

 

 ――そんな中、故郷と仲間達を一人残らず失ったゆんゆんが出会ったのは、とある一組の夫婦だった。

 

 ――仲間の敵を討つために凄腕の冒険者として有名な二人に師事するゆんゆんだったが、彼女は厳しくも頼りがいのある年上の異性である師に次第に惹かれるようになっていく。

 

 ――だが穏やかな時間は決して長くは続かなかった。師の妻、魔法使いとして当代随一と名高い彼女が戦いの中で斃れてしまったのだ。

 

 ――愛する人を失って悲しみに暮れる師の心をかつて自分がやってもらったように癒すゆんゆん。心の空白を埋めるように二人が想いを通わせるようになるまで、そう長い時間はかからなかった。

 

 ――……やがて月日は流れ。ゆんゆんとその男の間に生まれた子供はいつしか少年と呼べる年齢になっていた。少年は冒険者だった両親の跡を継ぎ、旅に出る事になる。

 

 ――だが少年は知らない。彼こそが、一族の敵である魔王を倒す者である事を……。

 

 

 

 さて、手紙の二枚目はこのような内容になっていた。色々な意味で衝撃的な内容である。

 

 相変わらずめぐみんの存在が忘れ去られていたりあなたとウィズが結婚していたりウィズが死んでいるのに何故かあなたの手によって世界が滅ぼされていない事など突っ込み所は多いが、まあそこら辺は別にいいだろう。

 しかし何を思ってゆんゆんはこれを渡してきたのか、あなたには皆目見当が付かなかった。

 

「こ、これに書かれてるのってどう考えてもあなたの事ですよね!?」

 

 ゆんゆんがアクセルで師事している男性などあなたには他に心当たりが無い。

 あなたも大概だが、彼女の交友関係は極めて狭いのだ。

 

「ふ、不束者ですがどうかよろしくお願いします! まだまだ至らない所ばかりですけど、私、あなたに満足してもらえるように頑張って立派なお嫁さんになりますから!」

 

 耳まで真っ赤にしてゆんゆんは頭を下げた。

 ゆんゆん流のネタか冗談のつもりだろうか。

 一枚目が割と真面目な内容だっただけにこれはとても反応に困る。

 

「ネタ!? どうしてそんな事言うんですか!! 確かに紅魔族の人たちは皆変わってますけど、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!! この手紙によるとウィズさんだって大変な事に……!」

 

 つい苦笑いを浮かべたあなたを睨みつけてバン、とテーブルを叩いて激昂するゆんゆんだったが、どうしても何も、二通目の手紙には紅魔族英雄伝 第一章と書かれているからだ、とあなたは答えて手紙の最後を見せた。

 

「…………へっ?」

 

 手紙の著者はあるえ。名前の響きからして紅魔族だ。族長のものと比較して丸っこく可愛い文字なので恐らくは女の子だろう。

 二枚目の手紙の裏側に目を通せば、追伸として郵便代が高かったので族長の手紙に同封してもらった旨が記されていた。二章が出来たらまた送ってくるとの事。

 ゆんゆんは何度か紅魔族の里に手紙を送っており、その手紙の中にはあなたやウィズの事も書かれている。あるえはそれを見た事があるのか、もしよかったら登場人物のモデルとなったあなたとウィズにも感想を聞いてもらえないだろうか、と書かれていた。

 

 つまるところ、これは誰がどう見ても自作小説の構想だった。

 まさかとは思いたいが、彼女はこの小説を見てあんな爆弾発言をぶち込んできたというのだろうか。

 以前めぐみんがゆんゆんをたまに突っ走って目の前が見えなくなる時があると評していたが、確かに何とも人騒がせな子である。おかげでウィズもあの様だ。

 思い起こせば数ヶ月前、初めて会った時も彼女は早とちりと誤解から一人で先走って大暴走を決めてくれた。

 

「ああああああああああああああああああーっ!!!」

「…………はぅっ!?」

 

 突然発狂したゆんゆんは二枚目の手紙を奪い取るとビリビリに破り捨て、その大声で気絶していたウィズが勢い良く飛び起きる。

 

「わああああああああっ!! 酷い、こんなのって無いわ! いくらなんでもあんまりよ!! わ、私が一体どんな悪い事をしたっていうの!? 私いっぱいいっぱい勇気出してあんな恥ずかしい事言ったのに!! バカッ! あるえのバカッ! アホッ! オタンコナス! 紅魔族!! あるえが書いてる小説なんて全部燃えちゃえばいいのよっ!!」

 

 ショックのあまりテーブルに突っ伏してわんわんと泣き出したゆんゆんだが、あなたは彼女の発言のせいで玄関をぶち壊された手前全く慰める気にはならなかった。あと紅魔族は悪口ではない。

 

 

 

 

 

 

 ウィズを昏倒させてゆんゆんを発狂させた二通目の死海文書はともかく、少なくともゆんゆんの父親が送ってきた手紙は本物のようだったので同じ紅魔族であるめぐみんにも知らせておく事にした。

 

「ふむ……紅魔族は昔から魔王軍の目の敵にされていましたからね。私もいつかは本腰を入れて里の攻略に来る日が来るだろうとは思っていました……というかどうしてゆんゆんが最後の紅魔族という事になってるんですか。ここにもう一人紅魔族が生き残ってるんですけど」

「めぐみんは何故そんなに落ち着いているんだ? 魔王軍が故郷に攻め入ってきているというのに、家族や同級生が心配ではないのか?」

 

 族長の手紙を読んでも平然としているめぐみんにダクネスが不思議そうにしている。

 

「我々は魔王も恐れる紅魔族ですよ? ハンスを寄ってたかって袋叩きにした頭のおかしいアクシズ教徒達ほどではないにしろ、里の皆がそう易々とやられるとは思えません」

「ねえめぐみん、優しくて誠実なアクシズ教徒の皆を引き合いに出すの止めてくれない? あんなに楽しく盛り上がって大活躍したじゃないの」

 

 めぐみんは女神アクアの抗議の声を黙殺した。

 

「それにここに私と族長の娘であるゆんゆんがいる以上、紅魔の里に何かあっても血が途絶えることだけはありません。なのでこう考えましょう。里の皆はいつまでも私達の心の中にいるのだ、と」

 

 キメ顔で堂々と故郷を見捨てる宣言をしためぐみんに仲間が白い目を送る。

 あなたもちょっと今のはどうかと思ったくらいだ。めぐみんには両親だけではなく幼い妹だっているだろうに。

 

 

 ――今私の事考えた? 考えたよね? やっぱり私がナンバーワンでオンリーワンだよね!

 

 うるさい黙れ。

 日記を読んだ者に観測される事で存在確率が固定されるような共同幻想に用は無い。

 ある意味でオンリーワンなのは認めるが。

 

 

「めぐみん、お前どんだけドライなんだよ。もしかして地元で嫌われてたとか?」

「失礼な事言わないでください。紅魔族随一の天才と呼ばれていた私が嫌われ者だったなんてあるわけないじゃないですか」

 

 その割には族長の手紙にはめぐみんの事が書かれていなかったわけだが。

 

「どうせノリで書き忘れてたとかそんなんですよ。同じ紅魔族の私には分かります。……ところで一つ質問していいですか? さっきからずっと気になっていたんですが」

「実は俺も気になってた」

「私も。誰も何も言わないから突っ込み待ちなのかと思ってたわ」

「私もだ」

 

 構わないとあなたが頷くと、四人は一斉にあなたを指差した。

 正確にはあなたの背後の存在達に向けて、だが。

 

「そっちの二人は」

「何が」

「どうして」

「そうなっているのだ?」

 

 果たしてそこには、話の最中もずっとあなたの背中に抱きついて顔を埋めたままだったウィズと、その後ろで耳まで真っ赤にして両手で顔を覆っているゆんゆんがいた。

 

「う゛ー……」

「ごめんなさい、ウィズさんごめんなさい……!」

 

 ウィズは気絶から復帰した後凄まじく本気の目で自室から数多の魔法道具と装備一式を持ち出してちょっと出かけてきます、みたいな事を言っていたのだが、あなたから全てはゆんゆんの早とちりだったと説明を受けたらこうなってしまった。

 そろそろ離してくれないだろうか。

 

「う゛ぅー……!」

 

 嫌らしい。更に強く抱きしめてきた。

 まるで子供に戻ってしまったかのようなウィズの反応と行動だが、抱きつかれているせいで今も背中に押し付けられている柔らかい感触はとても子供のものではない。

 

 後で後悔するのは確実にウィズなのであなたは何度も止めるように言ったのだが、彼女は背中越しにイヤイヤと首を横に振って声にならない呻き声をあげるばかりで全く離れようとしないし、盛大にやらかしたゆんゆんは羞恥で死にそうになっていたのでどうにもならない。

 結果、あなたは今もウィズの好きなようにさせている。

 

「ゆんゆん、貴女は今度は一体何をやらかしたんですか。ウィズが凄い事になってるんですが。チャキチャキゲロりなさい」

「い、言えない……。これだけはめぐみんが相手でも絶対言えない……」

 

 ゆんゆんは答えられないようなので、あなたは代わりに答えてあげる事にした。

 彼女は同封されていたあるえという名前の紅魔族の自作小説を真に受け、世界を救うためにあなたの子供を産ませてくださいと言っただけである。

 

「…………」

 

 マジかよ。

 そんな声が聞こえてきそうなカズマ少年達の無言の視線がゆんゆんを貫いた。

 

「ゆんゆん……子供って貴女……しかもあるえの自作小説を真に受けてってどんだけおばかなんですか……というか幾らなんでも相手が悪いですよ相手が。ウィズとコレですよ? 普通に考えてそんなの無理だって分かるでしょうに」

「違、違うの! 止めてめぐみん、そんな目で私を見ないで!! っていうかなんで言っちゃうんですかあああああああああああ!? ああああああああああああああああああごめんなさいいいいいいい!!!」

 

 奇声をあげて絨毯の上をゴロゴロと転がり始めるゆんゆん。

 やがて絨毯に包まって簀巻きのような形になった彼女はあー、とかうー、とか呻きつつ、最後に小さく来世では貝になりたいと呟いて沈黙した。

 大人しいゆんゆんの奇行にめぐみん達はドン引きである。

 

「私としては躊躇無く暴露していくあなたにもドン引きですよ。ほんとイイ性格してますよね」

「なあめぐみん、あるえって誰だ?」

「里の学校で同級生だった子です。作家を目指しているちょっと変わった子でして」

「いやしかし本当にあっさり暴露したな……だが私はそういう鬼畜なのも割と嫌いじゃないぞ! むしろ大好きだ! カズマ、私達も負けていられないな!」

「お前は誰と戦ってんの? つーかお前羞恥プレイ苦手だろララティーナ」

 

 大人気ないと言われそうだが、ゆんゆんの早とちりのおかげでウィズがこうなったのだから、少しくらい彼女に意趣返ししても罰は当たらないだろう。

 

「やれやれ……それで、ゆんゆんはこの後どうするつもりですか?」

 

 先日の女神エリスと同じく簀巻きとなったゆんゆんは芋虫のようにもぞもぞと不気味に蠢きながら小声で答えた。

 

「こ、紅魔の里に行くに決まってるでしょ……里にはとも……だ、ち? とかいるし……」

「ゆんゆんの友達なウィズは貴女のせいで盛大にぶっ壊れてるわけですが、そこんとこどう思います?」

「止めて、本当にお願いだから止めて……!」

 

 

 

 

 

 

 めぐみん達と別れ、背中に抱きついたままのウィズを連れてゆんゆんと共に自宅に帰るあなただったが、あなたを出迎えたのは内側から破壊された玄関の扉だった。

 

 出かける時もベルディアが壊したまま放置していたそれをあなたはドア生成の魔法で修理する。

 まさかこの魔法が活躍する日が来るとは夢にも思っていなかったが、それはそれとして明日のベルディアは三食ハーブ漬けにしよう。

 

 ゆんゆんの前でノースティリスの魔法を見せるのは初めてだったのだが、初めて見る異世界の魔法にあれこれ言う事なく、彼女は頭を下げてきた。

 

「あの……本当に申し訳ありませんでした……色々と変な事を言ってしまって……」

 

 これで何度目だろうか。

 最早覚えていない程度には今日だけでゆんゆんはあなたとウィズに頭を下げている。

 ウィズは家に帰ってきても相変わらずなのでそろそろあなたも慣れてきた。背中に伝わってくる柔らかい感触には慣れないが。

 

 ただ、自身の早とちりのせいで友人にして師匠がこの有様になっているせいだろう。

 ゆんゆんは先ほどとは別の意味で死にそうな顔になっている。

 しかしウィズがこうなったのはゆんゆんの言葉が発端とはいえ、あなたには決してそれだけが原因ではないように思えた。それに流石にこんな事で愛弟子にして友人を嫌いになったりはしないだろう。

 

「…………」

 

 あなたの言葉に無言で、しかしあなたの背中でしっかりと首を縦に振るウィズ。

 ご覧の通りゆんゆんが嫌われたわけではないので安心していいとあなたが翻訳すると、ゆんゆんは少しだけ安心したようだった。

 

 しかしこのまま放置しておくとまたゆんゆんの意識がネガティブ方向にアクセル全開になりそうなので話を変える。

 これからのゆんゆんの事についてだ。

 彼女は紅魔族の里に救援に向かうという話だったが。

 

「あ、はい。これからアルカンレティア行きの馬車に乗ろうかと思ってます……」

 

 それならば自分も同行したいので一日だけ出発を遅らせてもらっても構わないだろうかとあなたは提案した。

 アルカンレティアから紅魔族の里にかけてはおよそ徒歩で二日の距離が必要だ。

 更にあの地域には強力なモンスターが多数生息しており、現在は魔王軍も攻めてきている。

 レベルの上がった今のゆんゆんであっても一人では危険なのは間違いない。

 あなた自身も前々から一度紅魔族の里に行ってみたいと思っていたので、これは彼女に道中の道案内を頼む意味合いも兼ねている。

 

「え、で、でも……」

 

 あなたはアルカンレティアにテレポートを登録している。

 朝一で飛べば今から馬車で向かうよりも早く到着出来るだろう。

 本当であれば今すぐ向かうべきなのだろうが、今のウィズを放置しておくわけにはいかない。

 めぐみんは紅魔族は強いので心配いらないと言っていたが、実際には何が起きるか分からないので一日かけて準備を完璧にしておいてほしいのだ。ウィズはこちらで何とかしておく。

 

「わ、分かりました……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 ゆんゆんが帰った後、ウィズを彼女の部屋のベッドまで運ぶとウィズはようやくあなたから離れてくれた。

 背中から離れていく感触に名残惜しさを感じなかったわけではないが、これでひとまずは安心である。

 ちなみに逃げたベルディアはまだ帰ってきていない。ハーブ漬けの期間を三日に延長しよう。

 

「…………」

 

 放任しすぎたペットの教育方針を少しだけ変える事を決めつつ、あなたはベッドに腰掛けたウィズの隣に座り、彼女が何かを言ってくれるのを待ち続ける。

 そうしてたっぷり三分ほどかけた後、ウィズは言葉を搾り出すようにこう言った。

 

「ごめんなさい、言いたくありません。今はまだ……」

 

 はて、一体ウィズは何の話をしているのだろう。

 脈絡の無いその言葉にあなたは少しだけ考え、恐らく彼女は自分の背中に抱きついてきた理由について言及しているのだろうと思い至った。

 

「……迷惑をかけてしまった上に勝手な事ばかり言って本当にごめんなさい。でもいつか……言う勇気が出たらちゃんと言いますから。約束します」

 

 あなたはあれに関して別に何かを聞き出そうとは思っていないし、あの程度の可愛いワガママが迷惑だとは微塵も思っていない。

 あなたにとって迷惑というのは長い時間と手間隙をかけて自宅の改装を終わらせた瞬間に核とか終末とかメテオとか分裂モンスターで家を滅茶苦茶に荒らすレベルの事を指す。

 下手人は絶対に許さない。絶対にだ。三日後百倍である。

 

 そういうわけなので、ウィズが自分から話してくれるというのであれば聞くが、そうでないなら別に構わないとあなたは本気で思っていた。

 あなたはただ、ウィズが自発的に何かを言ってくれる程度まで気を持ち直すのを待っていただけである。

 

 だが不安もある。

 ウィズは大丈夫だろうか。

 

「えっと……大丈夫って、何がですか?」

 

 忘れているのか、気付かないフリをしているだけなのか。

 ウィズはあなたに抱きついている姿を思いっきりアクセルの住人達に見られてしまったわけだが。

 

「えっ……あっ……」

 

 なおカズマ少年の屋敷へ行く時も帰る時もあなたはずっとウィズを引き摺っていた。

 彼女にひしと抱き付かれ、引き摺りながら街の中を歩くあなたは目立った。それはもう凄まじく目立っていた。当たり前である。あんなものが目立たない筈が無い。

 奇異の視線で見られる事には慣れているあなただったが、ウィズはそうもいかないだろう。本当に大丈夫だろうか。恐らくバニルの耳にも入ると思うのだが。

 

「…………あ゛ー!!!」

 

 駄目だったようだ。

 ぼふん、という音と共に赤面したウィズは布団を深く被って引き篭もってしまった。

 ゴロゴロと転がりながら獣の如き奇声を発する様は先ほどのゆんゆんにそっくりで、まさしく師弟だと言わざるを得ない。

 

 生暖かい気持ちでベッドの中でジタバタと暴れるうっかりりっちぃを見つめるあなただったが、玄関から乱暴に扉が開く音と怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「おいご主人! ご主人とウィズが街中で頭がフットーしそうだよおっっ……みたいな事してたって街中の噂になってるんだが世界の終末不可避なあの状態から何がどうなってそうなったのか俺に詳しく説明しろぉ!! やっぱり愛か!? 愛の力が世界を救ったのか!?」

「…………っ! ……っ!」

 

 同居人の熱い死体蹴りに正気に戻ったウィズは遂に沈黙。

 羞恥に悶えているのか、布団の中でびくんびくんと痙攣する様はとても可愛いとあなたは笑うのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。