このすば*Elona   作:hasebe

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第7話 紅魔族の少女とジャイアントトードの死闘

 あなたはこの世界ではソロでしか依頼を受けたことが無い。

 他の街に移動する隊商の護衛依頼などでは幾つかのパーティーと合同で依頼をこなすこともあるが、冒険者ギルドに所属している人間とパーティーを組んだことは一度も無い。

 

 アクセルでは良くも悪くも有名なあなたに勧誘を持ちかけてくる者はいないが、アクセル以外の街でパーティーに勧誘された経験は何度もある。

 だが一人で十分間に合っているあなたは全ての勧誘を断っているというのが現状だ。

 

 この世界の冒険者は習得スキルが限られているゆえにどうしても一人で活動するのは限界がある。

 だがあなたはノースティリスで長いあいだ戦ってきた冒険者だ。

 ノースティリスで習得可能なスキルは全て習得しているし並の冒険者以上に鍛え上げている。

 

 魔法戦士として活動しているのはあくまでこの戦闘スタイルが最も慣れ親しんでいるからに過ぎない。

 これはあなただけでなく経験を積んだノースティリスの冒険者に共通するのだが、やろうと思えば戦闘職に限っても戦士、魔法使い、神官、銃使い、弓使い、盗賊として活動することが可能なのだ。

 

 つまり他の冒険者の力を借りるまでもなく、大抵の依頼は一人で解決できてしまう。

 どうしても他者の力が必要なときはウィズに頼むつもりなので更に他人に頼る機会は少なくなる。

 あなたの正体を知るウィズの前ならばあなたは幾らでも本気を出すことができるのだ。

 

 なので最初にその勧誘を受けたとき、あなたはいつも通りに断ろうと思っていた。

 

「待っていましたよ。あなたがアクセルのエースのエレメンタルナイトですね?」

 

 あなたにパーティーの申し込みをしている者がいると受付嬢に教えられ向かったテーブルにいたのは大きめの魔女帽を被って左目に眼帯を付けた、黒髪赤目の少女だった。

 年齢は十三歳ほどだろうか。この世界ではあまり見ない若さの冒険者だ。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 マントを翻しながら彼女はそう名乗った。随分と変わった名乗りである。

 だがこの世界ではこういう名乗り方をする地域もあるのだろう。

 少なくともノースティリスで見かける“こんにちは、君いいアイテム持ってるんだって? 死ね!”より余程普通の挨拶だ。

 

 なのであなたは彼女の名乗りに倣って自己紹介した。

 エレメンタルナイトを生業とし、アクセルの便利屋と呼ばれる者だと。流石にめぐみんのように服を翻したりはしなかったが。

 

「……ほう、流石は音に聞こえたアクセルのエース。我ら紅魔族の風習に精通していましたか」

 

 紅魔族。住人の全てがアークウィザードの素質を持つという魔法のエキスパート集団だ。

 ウィズの店に品物を卸しているのが紅魔族だったはず。

 品質はいいのだが高価な上に全力でネタに走っているとしか思えない性能なので本当にあなた以外誰も買わないという曰くつきである。

 

 彼女が付けている眼帯もその類の品物なのだろうか。

 あなたの視線が眼帯にいったのに気付いたのか、めぐみんは突然ポーズを決めた。

 

「ふっ……これは我が強大な魔力を抑えるための古代の道具である。この封印が解けたとき地上には大いなる災厄が降り注ぐだろう……ゆめゆめ忘れぬようにすることだ」

 

 災厄といえば終末だろうか。

 いや、災厄と呼ぶにはたかが無数のドラゴンや巨人が異次元から召喚され人体に有毒な風が吹くだけの終末では弱すぎる。

 あなた一人でも三分あれば鎮圧できる程度で災厄ならノースティリスは毎日が災厄だ。

 つまり彼女に封じられている存在は最低でも地上に降りた神クラスである可能性が高い。

 

 何が出てくるにせよ災厄で封じられているということは敵ということだ。殺してもいいということだ。

 剥製は作れるだろうか。殺したらどんな神器(アーティファクト)を落としてくれるのだろうか。

 

 今日あったばかりのあなたでは信用も信頼もされていないめぐみんに今すぐ封印を解放してくれとは言えない。

 あなたはめぐみんの封印が解けて災厄が訪れる日が来るのを今から楽しみに待つことにした。

 そのためなら彼女とパーティーを組むのも吝かではない。

 

「……あの、ごめんなさい、嘘です。眼帯はただのオシャレで付けてるだけですからそんなに嬉しそうに眼帯を凝視しないでください。本当に取っても何も出てきませんから」

 

 めぐみんはそう言ってあっさりと眼帯を外してしまった。

 眼帯に隠されていたのはもう片方と同じ紅い目。

 どうやら本当に冗談だったようだ。期待外れの結果にあなたはガックリと肩を落とした。

 

「ず、随分と親近感を覚えるノリのよさですね。あなた実は中身が紅魔族だったりしませんか?」

 

 変な勘違いをされてしまったようだ。

 異世界なのでそういうものなのだろうと思っているだけなのだが。

 

「むう……まあいいです。聞いているとは思いますが、私とパーティーを組んでもらいたいのですが」

 

 眼帯の件が冗談だった以上、本来なら断っているところだ。

 めぐみんはウィズほどの魔法使いには見えない。むしろ駆け出しだ。

 

 だが先ほどの自己紹介で彼女は気になることを言った。

 そう、彼女は爆裂魔法の使い手と自称していたのだ。

 使えるというのだろうか、駆け出しの身で、あれを。

 

「勿論です。自慢ではありませんが私は故郷の魔法学校では一番の成績でしたから」

 

 そう言いながら自慢げにめぐみんが差し出したカードにはアークウィザードに相応しいステータスと爆裂魔法の文字が書かれていた。

 あなたのカードは相変わらずバグっているがカードの偽造はできない。どうやら本当に使えるらしい。

 

――爆裂魔法。

 

 それは数多の職業の中で唯一アークウィザードのみが習得可能な、あらゆる耐性を貫通して全ての相手に等しく甚大なダメージを与えるというあなたから見ても垂涎モノの超性能魔法(ぶっこわれ)である。

 威力こそ届かないもののその性質は必殺技(相手は死ぬ)と名高い神の裁き(うみみゃあ)に限りなく等しい。

 

 処理が面倒なメタル系や純魔法属性に耐性を持つ敵にも通用しストックいらずと、もう広範囲攻撃魔法はこいつだけでいいんじゃないかなとすら思える至れり尽くせりっぷりだ。

 難点は威力が高すぎて小回りが利かない上に習得コストがテレポート以上に重く、性能に比例して魔力消費が膨大なこと。

 

 初級魔法やテレポートほどではないものの、あなたが是非とも習得したかったスキルだ。

 こちらで覚えたスキルがあちらで使える保障など無いが、それでも覚えておきたかった。

 

 だが悲しいかな、あなたにはアークウィザードの適性が無かった。

 全てのスキルを習得できる冒険者になればいいのだが、ただでさえ重い習得コストがどうなるか想像も付かない。

 

 そんな魔法をめぐみんは習得しているという。

 実に興味深い。あなたはこの世界で最強の魔法と名高い爆裂魔法がどれほどの性能か一度見てみたかったのだ。

 恐らくはアークウィザードであるウィズも使えるのだろうが、彼女は非常に優秀な魔法使いなので並の相手ではそれこそ中級魔法でもオーバーキルになってしまう。玄武のような超級のモンスターが相手でなければあまり威力の参考にはならない。

 上級職とはいえ駆け出しのめぐみんが使ってどれほどの威力を出せるのだろうか。

 

「我が爆裂魔法は立ちはだかる全ての敵を撃ち滅ぼす究極魔法。相手がアクセルのエースといえども必ずや満足させてみせましょう」

 

 そんな頼もしいことをめぐみんは言ってくれた。

 あなたはとりあえず一度だけお試しでめぐみんとパーティーを組んでみることにした。

 種族として優秀である彼女なら二人目のウィズになれるかもしれないと期待して。

 

 幸いにして現在あなたが受注可能な討伐依頼はいくつかある。

 めぐみんに好きな依頼を選んでもらうことにしよう。

 

――北の山脈に生息する一撃熊の群れと群れの主である特別個体(ネームド)、通称“紅兜”の討伐:極めて危険。王都から派遣された上級職のみで構成されたパーティーの討伐隊が全滅しています。

――初心者狩りの討伐:番で行動しているとの目撃情報アリ。

――超大規模なモンスターの群れの調査と場合によっては討伐:各地から強力な狼系のモンスターが北の山脈に集結しつつある模様。今の所人里に被害は出ていませんが群れの長は“銀星”と呼ばれる白狼の特別個体(ネームド)の可能性が極めて高いです。

 

 どれも報酬はかなりのものだ。

 ちなみにあなたのお勧めは紅兜の討伐である。ここまで高難易度の依頼は王都にも滅多に無い。

 玄武には劣るが相手にとって不足無し。爆裂魔法の試し撃ちにもってこいではないだろうか。

 

「ふっ、ふふっ、一目で分かるほどにウキウキとしながらそんな依頼を受けようとするとは流石はアクセルのエースと呼ばれるだけのことはありますね。……あの、確かに我が爆裂魔法は必殺ですが、私は冒険者に成り立ての駆け出しなのでそれらの依頼はまだちょっとレベルとか覚悟が足りないといいますか……これでは駄目ですか?」

 

――ジャイアントトードの討伐:三日以内に五匹お願いします。

 

 あなたの選んだ依頼を見て滝のような冷や汗をかいためぐみんが選んだのはジャイアントトード討伐だった。

 難易度、報酬共に駆け出し冒険者が受注するために掲示されている依頼だ。

 

 あなたは依頼であれば何でも構わないのだが、ギルド側があなたにこれを受注させてくれるかはかなり微妙である。

 少なくともあなた一人では受付嬢に怒られるどころか冷やかしと受け取られてそんなに暇なら酒場の皿洗いか調理でも担当してくれと流されて終わりだろう。

 その程度には実績を挙げているしギルド側にも信頼されていると自負している。便利屋の異名は伊達ではない。

 

「ジャイアントトード、ですか……」

 

 あなたが持っていこうものなら確実に門前払いを食らうのでめぐみんが持っていったのだが、案の定受付嬢のルナはあなたがめぐみんと合同で受注すると知ると渋い顔をした。

 引率という形でめぐみんが詰む寸前まで手を出さないという条件でも駄目なのだろうか。

 

「いやいや、待ってください。詰む寸前までってどれだけ放置するつもりですか。私は確かにアークウィザードですけど魔法使いですからね? それに爆裂魔法は威力に比例して詠唱時間がかかるんです。前衛は必須ですよ」

 

 正論である。だがあなたが手を出してしまってはあっという間に終わってしまって爆裂魔法の威力を拝めない。

 結局あなたがジャイアントトードを足止めしてめぐみんが始末するという段取りに決定した。

 やはりルナはいい顔をしなかったが、今回だけということで受理してもらうことができた。

 

「あの、高レベルの引率ってギルド的に問題がある行為なのですか?」

「…………いえ、すみません。この人は本当に何でも一人で討伐してきてしまうので私の中で上級職への討伐依頼のハードルがおかしくなっていたみたいです。勿論駆け出しの方の引率はギルドとしても大歓迎ですよ」

「ギルド職員の価値観すら狂わせる。これがアクセルのエースですか……」

 

 めぐみんは夢を見るようなキラキラとした目であなたを見ている。

 子供に尊敬の目で見られるのはこそばゆいものだ。

 自他共に認めるアクセルの便利屋だと自己紹介したはずなのだが。

 

「ところで引率を引き受けるほどに暇なのでしたら夕方からで構いませんので酒場のキッチンに立ってもらえませんか? 丁度コックが一人体調を崩してて最近修羅場みたいなんですよ。勿論報酬は弾みますので」

「ギルド職員にキッチンスタッフを依頼される。これがアクセルのエースですか……」

 

 断る理由も無い、あなたはルナの依頼を快諾した。

 だが何故かめぐみんが夢が破れたような目であなたを見つめている。

 自他共に認めるアクセルの便利屋だと自己紹介したはずなのだが。

 

 

 

 

 

 

 ジャイアントトードは牛を超える大きさの巨大蛙だ。

 毎年繁殖の時期になるとエサを求めて人里に現れ、山羊などの家畜を丸呑みにするといわれているモンスターである。

 毎年ジャイアントトードの繁殖期に農家や人里の子供が行方不明になる程度には危険度が高い。

 だが金属を嫌うために捕食の危険が無い冒険者にとっては格好の獲物となっている。

 

 つまり、あなたにとっては他愛も無い相手というわけだ。

 本来は囮になるはずだったがめぐみんが爆裂魔法は距離を取らないと危ないと主張するので適当に痛めつけて瀕死にしたジャイアントトードを転がしてある。

 何故かめぐみんに本当に紅魔族ではないのかと問われてしまったが。

 紅魔族はモンスターを瀕死にしてトドメだけ駆け出しに刺させる養殖なる行為を行っているらしい。

 

「では行きます。我が奥義、爆裂魔法を刮目してご覧あれ――――エクスプロージョン!!!」

 

 発動と同時にめぐみんの構えた杖から光球が発射される。

 光球はジャイアントトードに突き刺さると同時に急激に膨張し、太陽の光の如き閃光と長閑な片田舎の静寂を突き破る轟音を発生させた。

 

 そして爆炎が晴れた後、あなたの眼前には何も残っていなかった。草一本すら。

 爆心地には二十メートル以上のクレーターができており、ジャイアントトードは存在の痕跡すら残していない。

 

 とてもではないが駆け出しの冒険者が自力で出していい火力ではない。神にすら届くという表現は伊達ではなかった。

 これが爆裂魔法。この世界最強の攻撃魔法。駆け出しが使ってこの威力ならばあなたの持つ装備品や魔法で強化したウィズが使おうものならどうなってしまうのか。

 

 噂に違わぬ威力にあなたが感心していると、背後でどさりと何かが倒れたような音がした。

 あなたが振り向くと、なんと今まさに必殺の魔法を放ったはずのめぐみんが地面に倒れ伏しているではないか。

 

 まさかどこかに怪我をしていたのかと慌てて駆けつけたあなたにめぐみんはこう言った。

 

「ふっ……我が爆裂魔法はその絶大な威力に比例して消費魔力もまた絶大……。つまり限界を超える魔力を使ったのでもう何も出来ません。あとお願いします……ちなみに私は爆裂魔法以外のスキルを習得していません」

 

 めぐみんは清々しいまでに一芸特化の一発屋だった。

 彼女は冒険者に必要不可欠な継戦能力という概念を母親の胎内に置き忘れたらしい。

 流石にあなたも正気を投げ捨てているめぐみんのこの無謀さには呆れるしかない。

 

 そんな中、爆裂魔法の音に釣られたのか、爆心地の反対側の地面からジャイアントトードが姿を現した。

 あなたには目もくれずにめぐみんに向かってくる。

 

「って新手のカエル来てます! 早くやっつけてください! もう私動けませんしカエルめっちゃ私の方見てますから!!」

 

 確かに倒れているがこんなに大声で叫ぶ元気があるのならば問題無いだろう。

 魔力の代わりに生命力を絞って爆裂魔法を使えばもう一匹くらい倒せそうだ。

 

「それ爆裂魔法でやったら幾ら紅魔族でも絶対死にますからね!? 干乾びてミイラになるかぼんってなりますからね!?」

 

 ジャイアントトードがめぐみんにじわじわと近づいていく。

 そしてめぐみんを射程圏内に収めると同時に身動きできない獲物を丸呑みにすべく口を開けた。

 

「やめっ……やめろぉー! 本当に止めろ!! ゆんゆんならともかく私の丸呑みとかどんな特殊性的嗜好が得するんですかこんなの!? ちょっ、待っ」

 

 ジャイアントトードの舌がめぐみんに絡み付こうとしたその瞬間、あなたは魔法戦士のスキルである氷属性付与(エンチャント・アイス)を発動させた。

 そのまま冷気を纏った長剣で一閃。舌を切断されたジャイアントトードは切断部分から凍っていき、一瞬で氷の彫像と化した。

 

 属性付与(エンチャント)のスキルは使っていて新鮮で見た目的にも楽しいのであなたのお気に入りの攻撃スキルだ。

 ちなみに威力や効果については割とどうでもいいと思っている。斬ればどうせ死ぬのだ。

 だがまだ取得していない戦士系のスキルに遠距離攻撃技があるので、それと組み合わせると面白いかもしれない。

 

 ちなみにこの属性付与だが非常に面白い逸話が残っている。

 ある国の王が暗殺者と対峙した際、火炎属性付与(エンチャント・ファイア)で自分の身体に火を付けたというのだ。

 当然王はそのまま焼死したが、その様を目撃した暗殺者曰く心底痺れたらしい。この世界でも火炎属性は扱い辛いようだ。

 

「ううっ……酷い目にあいました……本気で詰む寸前まで手を出さないとか鬼畜ですかあなたは……」

 

 めぐみんが倒れたまま涙目であなたを睨んできた。

 たかがカエルに食われかけただけで詰むだの鬼畜だのとは随分と大袈裟な物言いである。

 ギリギリ舌に巻き込まれる寸前で助けたので丸呑みにもされていないし身体も汚れていないというのに。

 

「駆け出しに身動きできない状態でカエルが少しずつ迫ってくる恐怖を体験させる人は十分鬼畜ですよ!?」

 

 一応引率として来ているので自分の力で限界まで頑張ってほしかったゆえの放置なのだが、めぐみんはお気に召さなかったようだ。

 ペットの鍛錬中なら全身がスライムに消化されても絶対に助けないのであなたの中ではむしろ有情だったくらいなのだが。

 

 

 

 

 

 

「ひょいざぶろーという名前を知っていますか?」

 

 ジャイアントトードを五匹狩り終えた帰り道、氷漬けのジャイアントトードと一緒に台車に寝転がるめぐみんがぽつりとそんなことを言った。

 ひょいざぶろー。

 確かウィズの店に品を卸している紅魔族がそんな名前だったはずだ。

 

「紅魔族の里で魔法道具を作る職人をやっている中年です」

 

 当たっていた。

 だがそのひょいざぶろーとめぐみんに何の関係があるのだろうか。

 

「ひょいざぶろーは私の父です。そしてアクセルの魔法道具店で父の作った道具を買っている物好きなエレメンタルナイトというのはあなたですよね?」

 

 めぐみんのそれは疑問というよりは確認のように聞こえた。

 どうやらめぐみんはある意味あなたの関係者の一人だったようだ。

 ウィズの店に道具を卸していたのがめぐみんの父とは世間は広いようで狭いものだ。

 

「ありがとうございました」

 

「あなたが父の作品を買ってくれるおかげで、私の家は以前より生活が楽になったんです」

 

「幼い妹は餓えて泣くことが無くなりましたし、私も少しとはいえ蓄えを持って里を出ることができました」

 

「だから……ありがとうございました……」

 

 一方的に礼だけ告げ、あなたが返答する前にめぐみんは眠ってしまった。

 爆裂魔法の消耗が余程激しかったらしい。あなたは苦笑しながら台車を押していく。

 

 めぐみんの話は一見するといい話だったように思える。実際無関係な人間からすればそれなりに感動的な話なのだろう。

 だがめぐみんの話を聞いたあなたの心は一つの疑問で埋め尽くされていた。

 

 めぐみんの家はあなた一人が買い物をするだけで生活レベルが改善されたというのに、何故三億エリスを手に入れたウィズの食生活は一向にまともにならないのだろうか。

 

 先日ウィズはパンの耳に砂糖を塗したものを食していた。ごちそうだと笑いながら言っていた。あなたはそれを見て膝から崩れ落ちそうになった。

 固形物になっただけ綿の砂糖水より百倍マシと言う者もいるかもしれない。異論は無いが違うのだ。

 異常な品を大量入荷していない以上まだ三億エリスは全額と言わずとも残っているはずだ。だというのにこれはどういうことなのか。

 おかしい。ウィズは自分がリッチーだからと自身の食生活を蔑ろにしているとしか思えない。

 

 ウィズはもうすぐキャベツの時期だと張り切っていた。三食キャベツなんてご馳走は久しぶりだとまで言っていた。

 いいだろう。あくまでもウィズが食生活を改善しないつもりならこちらにも考えがある。あなたはこの機会に一度本気を出すことを深く決意した。

 

 決戦はキャベツの収穫日だ。

 

 

 

 

 

 

「昨日はありがとうございました。同じ駆け出しの人たちがパーティーを募集しているみたいなので、私はそこにお世話になろうと思います」

 

 討伐依頼の翌日に会っためぐみんはあなたにそんなことを言った。

 アクセルの便利屋さんはちょっと鬼畜すぎるみたいですから、と冗談めかした微笑を浮かべて。

 

「では、縁があればまたどこかで相見えましょう。我が爆裂魔法に懸けていつか必ずあなたからアクセルのエースという称号を奪ってみせますから、覚悟しておいてください!」

 

 マントを派手に翻しめぐみんが去っていく。

 彼女の整った容姿と相まって、その姿はまるで一枚の絵画のように輝いていた。

 あなたが思わず一瞬見惚れるほどに。

 

 

 

 

 そしてめぐみんが意気揚々と進んでいく先のテーブルにいたのは退屈を持て余したのかコップで水芸を行っている女神アクアとテーブルに突っ伏した少年。

 そういえば彼らは昨日もパーティーの募集をしていたことをあなたは思い出した。

 

「パーティーメンバーの募集を見て来たのですが、ここで良いのでしょうか?」

「え……あ、ええそうよ! カズマ起きなさい! やっと希望者が来たわよ!」

「んあ……?」

 

 あなたはそこまで見て、何も言わずにその場を去った。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操りいずれアクセルのエースになる者!」

 

 不運で頭が弱いと太鼓判を押された女神。

 レベルに見合わぬ超火力を持つが一発でダウンする魔法使い。

 これ以上どんな人物が増えるにせよ、あなたの冒険者としての勘があのパーティーは間違いなくキワモノしか集まらないと告げていた。

 

 幸運が非常に高いと評されたはずの冒険者の少年の前途は暗い。


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