このすば*Elona   作:hasebe

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勝利条件:役所の営業時間中にアクセルのエースに税金を支払わせる
敗北条件:1.部隊の全滅 2.一定時間の経過 3.アクセルの崩壊


第66話 緊急クエスト【エレメンタルナイトの捕縛】

 アクセルで活動する冒険者であれば誰もがその名を知っている、ひたすらにソロで活動を続けている一人のエレメンタルナイトがいる。

 

 デストロイヤー戦で全体の指揮を執り、最近は共に二人目の魔王軍幹部を撃破した、最弱職の冒険者をリーダーに据えたアクセル随一の()物パーティー。

 アクセルでは彼らに比肩する知名度を誇る彼は活動を始めておよそ一年しか経過していないにも関わらず、アクセルのエース、あるいは頭のおかしいエレメンタルナイトと呼ばれている。

 

 王都の防衛戦でも散々活躍し、王都をはじめとする各地にその名を響かせる彼は紛う事無き最新の英雄と呼べるだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()、単騎で最強の冒険者を選ぶなら誰か、という話になった際に大体はまず彼の名が挙がる事から彼の実力は誰も疑っていない。

 

 にも拘らず彼は他の英雄……例えば魔剣の勇者と呼ばれるミツルギキョウヤのように声高に持て囃される事なく、むしろアクセル以外の地ではその顔と名を知る者達に敬遠されてすらいるわけだが、これは決して彼が非社交的だからというわけではない。本人の気質はどちらかというとむしろ社交的ですらある。

 この世界にはぼっちを拗らせてついには魔王になったソロ冒険者のおとぎ話が残っているが、それが原因というわけでもない。

 

 この世界の命の価値は重い。

 蘇生魔法があるとはいえ使い手は非常に限られる上に蘇生の機会は一度だけ。

 故に冒険者達はパーティーを組んで保険をかける。仲間と連携して一の力を十にも二十にも高める。それがこの世界の常識なのだ。

 

 しかし誰ともパーティーを組む事無くたった一人で活動を続ける彼は、熟練の冒険者パーティーが万全の状態でも命懸けになるような過酷な討伐依頼でさえまるでゴブリン討伐のように気軽に受注し、当然のように対象を討伐して生還している。さしたる傷も負う事無く。

 

 彼が狂っている、あるいは人として外れてはいけない箍が外れていると他人に思われるのも道理というものだろう。

 

 本人が下手に社交的なのも災いした。

 彼にスティールを仕掛けた盗賊が悉く再起不能になっている事といい、どうしようもなく不気味なのだ。

 底が知れないと言い換えてもいい。

 現にとある英雄級の冒険者は、彼の目を見て終わりの無い真っ暗な穴を覗き込んでいる気分になったという。

 

 

 そんな彼だが、一方で拠点としているアクセルの街では受ける依頼を本当に選んでいない事やウィズ魔法店のお得意様である事も相まって、ああ、アイツは滅茶苦茶強いけど頭のネジが抜けてる変人なんだな、と思われている。

 

 ウィズ魔法店の常連である事はともかく、誰もが認める高レベルの冒険者が外壁工事の土方に混じっていたり屋台で肉を焼いていたりドブを浚っていたり犬の散歩をしているのだから、このような微妙な評価もむべなるかなといった所である。

 基本的に高レベルの冒険者、それも危険極まりない単独活動をしている者となれば相応にプライドが高くなる傾向にあり、受ける依頼も自然と高レベルに見合った報酬、難度になっていく。それがこのような雑用に精を出しているのだから警戒しろという方が難しい。

 まあ、誰もが認める善人であるウィズ魔法店の店主と懇意にしており、彼と共にいる時の店主が実に幸せそうにしているというのも決して無関係ではないだろうが。

 

 そんなこんなで変人と思われつつも同じ街に住む隣人の一人として受け入れられている彼は、現在アクセルの冒険者ギルドに対して牙を剥いていた。

 

 

 

 

 

 

 曇天が黒ずみはじめ、ごろごろと雷鳴が大きくなり始める最中、あなたは女神エリスと相対していた。

 相手が国教になっている女神の化身だろうと、脱税阻む奴は絶対にぶっ飛ばすマンと化した今のあなたには関係ないのだ。

 

「ダクネエエエス! ばっかお前、何やってんの!? 本当に何をやってんの!? 馬鹿なの? 死ぬの? なんでよりにもよって今このタイミングでこんな事するんだよ! あっちでいきなり刀抜いてるし明らかにヤバい雰囲気だろうが! そういうのは帰ってからやれよ!」

 

 突如カズマ少年が発した叫び声にすわ何事かと思えば、ダクネスの右手とカズマ少年の左手が鎖付きの枷で繋がっていた。彼女は本当に何をやっているのだろう。

 あまりの愉快な光景にあなたも少しだけ毒気を抜かれた。

 

「覚悟は出来ている。そして納税は市民の義務だ。さあ行こうか、この街で二番目の高額所得冒険者……あと帰ってからという所をもう少し詳しく……」

 

 そういえば彼女はこの国でも有名な貴族の娘だ。

 クリスに声をかけていた事といい、一人だけラフな格好だった事といい、国営の組織であるギルドとグルだったのだろう。

 

「はっ、離せ畜生! 馬鹿! ほんとお前って奴は、お前って奴は! こんな時ばっか貴族らしい事しやがって! どうせお前んとこも脱税してる癖に!!」

「そんなに邪険にするなカズマ! さあ、アクアもめぐみんも一緒に行こうではないか! クリス! そっちは任せたぞ!! あと中には真面目に税金を支払っている善良な貴族もいるからな!? 少なくとも私の実家はそうだし、皆一緒にするのは止めてもらおうか!」

 

 先ほどまでの静寂から一転、再度阿鼻叫喚が始まったギルド前。

 必死の形相と化した職員や衛兵達によって、あちこちで冒険者が捕まって連行されていく中、ダクネスは女神アクアの腕を捕まえていた。

 

「いやあああああああー!! ダクネスお願い、見逃して! カズマさーん! 何とかしてー、後生だから何とかしてー! お金無いの! 私本当に税金払えないの! こないだアルカンレティアで豪遊しちゃったから!」

「はっはっは、アクアも知っているだろう? 納税の手続きをしても税金を払えなかった場合は以後の依頼報酬からその分さっぴかれる事になっている」

「ふざけんな! そんなもん実質借金と同じじゃねえか!」

「借金はもういやああああああああああああああ!!」

 

 女神アクアとカズマ少年の悲鳴が木霊する中、ダクネスから離れていたおかげで一人逃れる事に成功しためぐみんがあなたの方に駆けてきていた。ゆんゆんと背中合わせの位置に立った彼女はじりじりと近付いてくる職員達に向かって杖を構え豪快に笑う。

 

「おおっと、命が惜しければそれ以上私に近寄らない事です! それ以上私に近付いたら爆裂魔法が火を吹きますよ!」

 

 職員の足が止まった。

 頭のおかしいコンビか……という職員の苦々しい呟きが聞こえる。

 その表情からは悲壮なまでの覚悟が垣間見えた。

 

「一応言っておきますがこっちの頭のおかしいのは本気ですよ! そしてまさか私がやらないとでも!? やりますか、試しますか!? デストロイヤー、バニル、ハンスという高額賞金首を消し飛ばしてきた私の爆裂魔法の威力をその身で味わってみますか!?」

「めぐみん……もしかしてめぐみんもお金無いの?」

「ハンスの分を考えれば無いわけではないですが、それにしたって収入の五割ですよ!? 無一文確定とか払うわけないじゃないですか!!」

 

 めぐみんはめぐみんで必死である。ゆんゆんがドン引きするくらい必死である。

 まあ爆裂魔法は一発撃ったら撃ったで昏倒するのでその後普通に捕まるわけで、故にめぐみんはこちらに来たのだろう。

 

 あなたはめぐみんの相手をゆんゆんに任せておく事にした。

 流石に友人にしてライバルを裏切りはしまい。

 

 

「……高額所得者のサトウカズマさんですね? どうぞこちらに……ああっ!? 逃げた! 引き止める役のはずのダスティネス卿までっ!?」

「オラッ、走れダクネス! チンタラやってるとマジでスティールで剥くからな!!」

「ううっ……すまん! 我が身可愛さに逃げる私をどうか許して欲しい……!」

 

 どういう経緯でそうなったのか、手錠で繋がったダクネスと共にこの場から走り去っていくカズマ少年を見送りながらもあなたは気を入れ直す。

 同様に女神アクアもこの場から姿を消しているが、現在のあなたの相手は女神エリスだ。

 顔見知りとはいえ彼らの事まで気にする余裕はない。

 

「ダクネスは行っちゃったか……まあ仕方ないかな」

 

 しかし何故彼女は自分と敵対しているのか。

 ダクネスに頼まれたから、というにはやる気満々すぎではないだろうか。

 

「ふっふっふ……そりゃやる気満々だよ。まさか身に覚えが無いとは言わせないよ?」

 

 女神エリスは不敵に笑いながらそう言った。

 しかし全く身に覚えが無い、と言おうとしたあなただったが、むしろ普通に心当たりがありすぎる事を思い出す。

 

 パンツか。まさか遂にパンツの件がバレたのか。

 彼女の言っている恨みとは四次元ポケットに入っている女神エリスのお気に入りのパンツの恨みなのか。宝探しスキルでパンツの所在が露見したのか。

 税金を払うかはまた別の問題だが、もしそうならあなたには素直に謝罪する他無い。

 

 しかし返品しろと言われた場合は断固拒否、あなたはやはり徹底抗戦の構えを見せるだろう。

 女神エリスのパンツはあなたがこの世界で入手した物品の中でも二番目の希少価値を誇る超レア物。

 これを超える物など現段階ではウィズが手ずから渡してきたパンツだけである。コレクターとして例え本人が相手だろうと渡すつもりは無い。

 

「や、やっぱりクリスさんにも無茶な事を……?」

「そうだよ! 一緒に仕事した時にそれはもう滅茶苦茶やったんだから! 仮にも雇用主としてちょっとこの機会にどっちの立場が上かってのを教えてあげなきゃあたしの気がすまないってもんだよ! 目に物見せてあげるから覚悟してよね!!」

 

 どうやら違ったようだ。一安心である。

 

 まあ女神エリスがあなたと敵対している以上、どの道あなたには彼女をぶっ飛ばす以外の選択肢など存在しないわけだが。

 

 あなたは曇天に神器を掲げた。その姿はまさに威風堂々。誰を慮る事無く己の意思を貫いていく。

 神器の刃のように決して折れず、欠けず、曲がらない不撓不屈にして不退転の覚悟を世界に示すのだ。

 己が力と知恵と勇気を以って未来を切り開く冒険者は絶対に不当な権力になど屈したりしない。

 

 衆目の視線を一身に浴びながらも、声高々にあなたは謳う。

 

 納税したくないでござる。

 絶対に納税したくないでござる。

 

「…………」

 

 ギルド前に気まずい沈黙が満ち、生ぬるい風が吹いた。

 

「……ダサッ! なんかもう、ほんとにダサいとしか言えないよ! なにキメ顔で脱税宣言してるの!? 流石のあたしもここまで最高にカッコ悪い決意表明は初めて見たよ!!」

 

 クリスが吼えた。周囲の人間も勢いよく首を縦に振っている。ゆんゆんも同様に。

 

 しかしそれくらいあなたは本気で納税したくないのだ。

 権力に尻尾を振るギルドの犬に納得しろとは言わないが理解くらいはしてほしい。

 何が義賊だ嗤わせる。

 

「し、辛辣すぎる!! キミって奴はどうして笑顔でそんな酷い事言えちゃうの!? 気持ちは分かるけど! 凄く分かるけどね!? 正直あたしとしてもこの税法と税率はどうにかした方がいいんじゃないかとは思ってるけどね!?」

 

 ……いや、実際のところ理解する必要すらない。どうせ相手が誰だろうとあなたはぶっ飛ばして罷り通るだけなのだから。

 しかし周囲は職員を始め、明らかに非戦闘員と分かる者までが集まって取り囲んだ冒険者達と押し合っている。下手に全開状態で機動戦を行おうものならば余波だけで死人が出るだろう。

 

 あなたはふとモンスターボールで爆散したネギガモの無残な姿を思い出した。

 アレが人体で再現される事は想像に難くない。

 

 つまり彼らはあなたからしてみれば体のいい人質というわけだ。

 ギルドがそれを看過して配置しているかは不明だが、剥製もドロップしない上に命が重いこの世界では理由も無く人間を殺さないと決めているあなたは舌打ちしたくなった。

 これがノースティリスであれば何も気にせずに皆殺しタイムの開始なのだが。ついでにドロップ品も漁ってジェノサイドパーティーは最高でおじゃるな!

 

 テレポートこそ封じられたものの、身体能力を封じられたわけではない。ゆんゆんとめぐみんを抱えて跳んで逃げればいいのでは、という意見も出るかもしれない。

 

 問題外である。

 

 適当に家屋の屋根を伝って逃げるだけならば容易いのだが、女神が敵に回っているという現在の状況があなたにそれを許さない。

 逃げた先でどのような不確定要素が発生してもおかしくない以上、彼女が目の前に立っている今ここで確実に始末しなければ。

 

「……やる気だね。君の腕についてはよく知ってるよ。悔しいけど今のアタシのレベルじゃ逆立ちしても勝てないって事も分かってる。……だからアタシも少し本気を出させてもらう。悪く思わないでね!」

 

 あなたの敵意を感じ取ったクリスが笛を鳴らすと、ギルドの中から十六人の冒険者達が出現した。

 彼らはクリスを中心に展開しあなたの前に立ちはだかる。

 

 十六人の内訳は四人のパーティーが四つ。

 装備の質や感じられる圧からして、彼らのレベルは40台といったところだろうか。もしかしたら50台も混じっているかもしれない。

 そして彼らのいずれもアクセルでは初めて見る顔ぶれだった。

 

「今日の為にギルドが王都から呼び寄せたとっておきのメンバーだよ。キミが来なかったら他の人たちを捕まえてたんじゃないかな」

 

 どういうつもりだと鋭い視線を飛ばす。

 彼らには冒険者としてこの税法に思う所は無いのか。

 

「ギルドっつーか国からの依頼でな。俺らは脱税する貴族とか冒険者をとっ捕まえる代わりに税金免除してもらってんだよ」

 

 なんだ、冒険者ではなくギルドの犬だったのか。

 あなたの言葉に十六人の眉がピクリと動いた。

 鋭くあなたを睨む視線からは殺意すら滲んでいるわけだが、この程度の軽い挑発に反応しすぎではないだろうか。

 

「…………」

 

 ああは言ったものの、率直に言って、あなたはこの世界の高レベル冒険者達が馬鹿正直に税金を払っているとは思っていなかったし、合法的に脱税出来るのであればこういう事もありえるだろうなと思っていた。

 多少なりとも強かな冒険者であれば、この税法下で脱税しないわけがないのだ。

 脱税しても罪にならないのであれば誰だってそうする。薄汚い貴族達と同じように。真面目に支払うのはよっぽどの馬鹿か律義者か善人だけだ。

 

 いざとなったら愛用の武具を使えばいいあなたはウィズの店以外で装備品や魔道具に殆ど金をかけていないが、他の冒険者はそうもいかない。

 冒険者にとって装備品やマジックアイテムの質は、レベルと同じくらい己の生死に直結する要素である事は最早論ずるまでも無い常識中の常識だ。

 必然、高レベルの冒険者の装備や道具は比例して高価になる。パーティーになれば人数分用意する必要があるので更に出費は増す。

 それ以上に収入は大きくなるとはいえ、ソロ活動はこういう時実に気楽である。

 

「……」

 

 あなたの安い挑発に冒険者達の殺気が増していく中、女神エリスが最初に動く。

 

「同調率、上昇……!」

 

 声に出さずとも、クリスの口はそう動いていた。

 あなたが言葉の意味を考える前に、クリスの背後に、クリスによく似た顔をした、長い銀髪の少女……女神エリスが出現する。

 半透明の女神エリスとクリスは少しずつ重なって行き、やがて一つになった。

 

 

幸運強化(ブレッシング)!』

 

 

 女神エリスが魔力を放った瞬間、あなたは久方ぶりに背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒を覚えた。

 クリスに重なって見える女神エリスの幻影に、あなたの直感と神器の未来予知が数秒先の未来に対して強い警告を発しているのだ。

 

 盗まれる。このままでは確実に何かを盗まれる。

 

 しかし今の装備で盗まれて困る物など殆ど無い。

 となれば十中八九女神エリスの狙いは大太刀の神器だろう。

 

 確かに武器が無ければみねうちは使えない。

 あなたがこの場における他者の殺傷を禁じている以上、得物を失えば手加減に窮するのは明白であり、彼らはその隙を突こうとしているのだと予測する。

 

 スティールは本来ランダムに相手の持ち物を盗むスキルだが、女神エリスは周囲に影響を与えないギリギリまで本体を降ろして化身の性能を上げ、更に運勢を強化する魔法で蓋然性を高める事によって、偶然ではなく必然レベルで狙った獲物を盗もうとしている。

 あなたもそれなりに幸運には自信があるが、女神エリスは幸運を司る女神だ。

 流石に相手の土俵(幸運勝負)で勝てるなどと思い上がってはいない。スティールが発動すれば確実に神器を持っていかれる確信があった。

 

 しかし対処法が無いわけではない。

 

 スティールは直射型のスキルだ。

 イメージとしては見えない魔法の手が本体から伸びていると思っていい。

 彼我の力量と運勢によって成功判定が行われるが、最も重要な事として、スティールは相手を視認した状態でなければ成功しない。

 つまり()()()()()()()()()スキルなのだ。

 

 付け加えておくと、この場合の盾とは決して防具の盾の事ではない。

 囮、あるいは肉壁の事だ。

 

 そういうわけなので後方でおたついているゆんゆんと職員を脅しているめぐみんを盾にしても良いのだが、流石に小さすぎて盾にはならない。壁生成の魔法もノースティリスの魔法を使う気は無いので却下。

 

「一発で決めるよ! その後は事前の手筈通りに!」

「おう! 調子ぶっこいてる頭のおかしいのに目に物見せてやんよ!」

「アイツ前から気に入らなかったのよね!」

 

 まあ仮に神器を失ってもあなたには愛剣や聖槍、予備の短刀が四次元ポケットの中にあるのだが。

 神器はいわば見せ札だ。贅沢な話だが決して本命ではない。

 

 それにしても女神エリスは人間相手に大人気ないというか、ここまでやるのかとあなたは呆れた。

 実際の所はどうあれ、少なくとも女神エリスから見たあなたはあくまでもこの世界の人間の冒険者に過ぎない。

 ニホンジンのような特別な能力も出自も持っていない相手だというのに本体を降ろし、こっそり女神謹製の強化魔法まで使い、挙句の果てに準英雄級の冒険者を十六人も揃えて袋叩きにしようとしている。

 女神エリスがやる気満々すぎて困る。テンションが上がっているのか、女神アクアと同様にお祭好きなのか。

 

 まあどちらでも構わないとあなたは気炎を吐く十七人を冷めた目で見やった。

 相手が何者であろうと、あなたのやる事は何も変わらない。

 全ては理想の為、脱税の為。

 立ちはだかる障害は悉く叩き潰すだけである。

 

 

 

 ……さて、ここで再度繰り返すが、女神エリスから見たあなたは高い戦闘力を持ち、多少破天荒な部分があったとしても、あくまでもこの世界の人間の冒険者だ。

 あなたも可能な限りそう思われるような振る舞いを心がけてきた。

 

 故にこうも()()()()()()のだろう。

 

 武器を盗むのはいい手だし、彼我の力量差を覆して余りあるほどの、まさに幸運の女神の名に違わぬ規格外の運勢には感服する他無い。

 しかしながら精々準英雄級(レベル40台)の冒険者を十数人揃えた程度で無手の廃人に納税させる事が出来ると考えているなど、頭に盛大にお花畑が咲いているとしか思えない。

 日々廃人達に蹴散らされているノースティリスの衛兵達も爆笑する事必至である。

 

 暗い炎を瞳に灯したあなたは地面に向けて数回神器を振った後、石畳を爪先で引っ掛けた。

 自信はあるが、失敗した時は失敗した時だ。存分に女神エリスの腕前を賞賛してからぶっ飛ばそう。

 なに、どうせ他にも武器はある。

 

「さあ行くよ! スティー――」

 

 スティールが発動しようとしたその瞬間、あなたは女神エリス達に向けて石畳を蹴り上げた。

 四辺およそ五メートル。

 正方形に捲れあがった地面という名の大盾があなたの姿を覆い隠す。

 

 必殺、石畳返し。

 

 

「――ルうえええええええ!?」

 

 

 果たして、石畳はあなたの目論見通りスティールで盗まれ、一瞬で女神エリスの眼前に転移した。

 ギルドの犬達の眼前に立ちはだかる四方五メートルの石畳、もとい壁。

 転移しても蹴り上げた際の勢いは殺されておらず、結果、壁は女神エリス達を押し潰さんと傾いていく。

 しかしスティールを見るたびにいつも思うのだが、盗賊が今から自分は道具を盗みますよ、と声高に宣言するのは正直どうなのだろう。そういう世界なのだと分かっていても違和感がありすぎる。

 

「ちょ、待っ……」

 

 突如視界を完全に塞がれ、地面が正面から迫り来るという異常事態に反応が遅れる女神エリス達。

 この場全ての者の意識がそびえ立つ石畳に向き、誰一人としてあなたを見ている者などいない。

 

 今まさにピンチに陥っている女神エリス達だが、歴戦である彼らは次の瞬間にでも立ち直って石畳を粉砕するだろう。

 

 だがそれよりもあなたが接敵するほうが遥かに早い。

 そう、石畳が盗まれた瞬間、自身の()()を全開にしたあなたの方が遥かに早く、速い。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、ここで少しだけノースティリス、ひいてはイルヴァで最重要とされるステータス、速度について記述する。

 ここでいう速度とは体感速度や行動速度を指し、イルヴァの者にとって自身の速度とは自在に変化出来て当然のものである。故に最も重要視される能力だ。

 

 異世界に来てあなたが最も驚いた事の一つに、この世界の住人が自身の速度をそれほど自在に変えられない事が挙げられるが、それはさておき。

 かつてあなたのペットであるベルディアはあなたにこう言った。

 

 

 ――――強くなればなるほど分かるご主人の異常性に膝が震えそう。どれだけレベルが上がっても速度差だけは埋められんのが辛い。魔法も道具も使わずに体感速度を任意で引き上げられるとか反則だろ。冒険者だろうがモンスターだろうがデフォルトでクロックアップが可能とかどうなってんだご主人の世界は……っていうかいずれ俺もその世界に行く事になるのか。ご主人と同等の奴が何人もいるらしいし、なんかもう早くも絶望しかないな。

 

 

 このように、最早この世界でも有数の実力者になったベルディアが愚痴る程度にはこの世界における速度強化には極めて強い制約が存在している。

 勿論加速の魔法が無いわけではないし、ベルディアをはじめ高レベルの冒険者ともなれば一般人の目にも留まらぬ速度で動く事など容易だ。

 しかしイルヴァの速度と比較すればあまりにも敷居が高いし、常時最高速で動ける筈も無い。

 

 とはいえ速度を自在に変えられるイルヴァの住人達も常時己の最高速で生きているわけではない。

 理由は単純にして明快。一人一人の体感速度が違っていてはあまりにも生き辛いからだ。

 

 故にイルヴァにおける基準の速度とは数字に表すと70となっている。あなたの平時の速度もそれに習って70だ。

 この速度70とはイルヴァにおける人類の補正無しの最低速度であり、速度70における体感時間の一秒、一分、一日、一年がイルヴァの基準というわけだ。

 

 なお鈍足種族として有名なかたつむりの基準速度は25。最速の種族であるクイックリングが750である。

 これはかたつむりが一歩動く間にクイックリングは三十歩動く事を意味する。

 まともな戦いにならない事は誰の目にも明らかだろう。速度の重要性も分かろうというものだ。

 

 そして実に奇遇な事に、この世界の基準の速度も70だったりする。

 これに関してはあなたが持ってきたイルヴァの時計とこの世界の時計が完全に同期していたので間違いない。

 同速であるが故に異世界人であるあなたとこの世界の住人の歯車にズレは生じない。

 今回のようにあなたが自身の速度を上げない限りは、だが。

 

 

 なお、イルヴァにおける魔法や道具を使わない時の素の限界速度は2000である。

 更にノースティリスにおいて素の速度が2000に達していない廃人は存在せず、あなたもまた例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 自身の速度を限界まで引き上げ、そのまま接敵。

 灰色の塊を勢いのままに断裁すれば、今まさに女神エリス達を圧殺せんとする石畳は不快な音と共に一瞬でバラバラになった。

 最早修復不可能になった瓦礫の山をあなたは体一つで突き破る。

 

 雨霰にも似た瓦礫で姿を晦ましながら、あなたがまず最大目標である女神エリスの姿を確認したところ、彼女は壁と瓦礫から身を守るためか、今まさに目を瞑り、両腕で頭を庇いながら後方に跳躍している最中だった。

 他の者と比べて逃げを打つのがやけに早いが、これは明らかに修羅場慣れしていない者の反応だ。破壊を選ぶ前に壁から反射的に逃げたのだと思われる。

 女神エリスはクリスとして冒険者をやっているが、その本分はあくまでも女神であって常日頃から血生臭い切った張ったを生業とする者ではない。その冒険者稼業も神器回収が主である以上、この反応もある意味では当然だろう。

 

「…………!」

 

 ふと、リーダーの一人と思われる黒髪黒目の少女剣士とあなたの目が合った。

 

 少女の年齢は十代後半。黒目という事は紅魔族ではない。ニホンジンだろうか。

 驚愕に目を見開く彼女はやけに反応がいい。流石の高レベルといったところだろう。

 あるいは特殊な能力や装備でも持っているのか。

 

「――――」

 

 少女が仲間に注意を促すべく口を開く。

 まあ反応しても最早手遅れなのだが、とあなたは冷めた感情のままに神器を振るった。

 加減抜きの神器の一刀は少女が構えた細剣をあっけなく断ち切り、少女の意識を遠い彼方に突き落とす。

 あなたは女相手だからと手加減するような人間ではない。

 むしろ痛みを感じさせずに意識ごとぶっ飛ばすので慈悲深くすらあるのではないだろうかと思っている。

 

「ぁ――――」

 

 仲間達に声をかける間も無く一刀で切り捨てられた哀れな少女剣士を皮切りに、冒険者達は瓦礫が飛び散る中無常にもぶっ飛ばされていく。

 アクセルでは到底手に入らない装備の性能、そして幾多の戦いの果てに磨き上げてきたステータスと連携を活かす事無く散っていく様は命の儚さをありありと感じさせた。

 冒険者とはどこまでも因果な商売だ、などと今までに何十回、何百回考えたか覚えていない事を現実逃避気味に考えつつ十六人目を切り捨て終えると同時、全ての砕かれた瓦礫がバラバラと地面に落ち、周囲が土煙で覆われた。

 

「ごほっ、ごほっ……ごめん皆、ありがと、う……?」

 

 降り注ぐ瓦礫から頭を庇い終え、もうもうと立ち昇る土煙にむせながらも目を開く女神エリスの首筋にあなたは神器を突きつける。

 最早スティールを使える間合いではない。いわゆる詰みである。

 

「え、ちょ、他の人は……ってえぇぇぇぇ!?」

 

 周囲には女神エリスを残して一人残らずぶっ飛ばされ、見事に戦闘不能になった冒険者達。

 まさしく死屍累々という言葉が当てはまる、凄惨な、しかしあなたにとっては珍しくもなんともないノースティリスの日常風景である。

 

 脱税の邪魔をする方が悪いのだ。

 邪魔者達が瓦礫と土煙に塗れて痙攣する様は見ていて実に清々しい。

 手足や体が曲がってはいけない方向に曲がっている者ばかりだが、どうせポーションか魔法で治る。あなたを知る友人達がこの光景を見れば、あまりの有情さに何か悪いものでも食ったのではないかと心配されてしまうのではないだろうか。

 

「何この……え、何? あたし寝てた? どうして倒れてるの? 睡眠の魔法?」

 

 ダラダラと冷や汗を流す女神エリスにあなたは答える。

 一瞬で全員ぶっ飛ばしただけですが、それが何か。

 ちゃんとみねうちは使ったので安心してほしい。

 

「…………」

 

 あなたの至極丁寧な返答に場に沈黙が降りた。

 そして怒号。

 

「い、インチキー! あたし聞いてない! こんなのってないよ、あんまりだよ! チートだチート! チーターだよ!!」

「いやあああああ! 消える! 私のボーナスが消えていく!?」

「勘弁してください! 勘弁してください!!」

「だから俺は嫌だって言ったのに!」

「らめえええええ!! わらひのおうひのローンしゅごいのほおおおおおおお!!」

 

 遅まきながら事態を理解したのか、事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた職員達が驚愕の声と絶望の悲鳴をあげる。ざまあ見ろとしか言えない。

 しかし女神エリスのチート(インチキ)呼ばわりはいただけないとあなたは不愉快げに鼻を鳴らした。

 物理はインチキでもなんでもない。あなたが用いたのはただの暴力だ。

 

「ぐ、ぐぬぅ……!」

 

 あまりの正論にぐうの音しか出ないようだ。

 そもそもチート呼ばわりしたければノースティリスの魔法や装備の一つでも使わせてみせろという話である。

 一時的に本気を出したとはいえ、これは不断の努力の末に手に入れたあなたの素の能力だ。断じてチートなどではない。

 こちらの能力も知らずにこの程度の戦力で敵対した女神エリスが浅慮だったと言わざるを得ない。

 ウィズは勿論、ベルディアもこれくらいの相手は容易く蹂躙出来るというのに。

 

 

「っていうか公共物使って何滅茶苦茶な事やってるんですかぁ! 後で絶対に弁償してもらいますからね!?」

 

 ギルド前の地面が盛大に捲れ上がった挙句バラバラに解体された事で外野のルナが悲鳴をあげているが、言われるまでも無くあなたは弁償するつもりである。

 数億という税金に比べればあまりにも安い出費だ。なんならそこで転がっている連中の治療費を払ってやってもいい。

 

「お金払ったら何やってもいいとか思ってませんか!?」

 

 何か問題でも。

 冒険者達をぶっ飛ばしても人殺しはしていないわけだが。

 

「ありますよ! ありまくりですよ!?」

 

 以後気を付けるとあなたは気の無い返事をした。

 二度とやらないとは言っていない。

 

 

 さて、本題である。

 これからギルドの犬としてあなたを裏切った女神エリスをみねうちでぶっ飛ばすわけだが。

 知らない仲でもないし、冥土への土産に何か言い残す事があれば聞こうとあなたは酷薄に笑った。

 故にこうして一人だけ残しているのだ。

 

「……け、敬虔なエリス教徒のあたしに手を出したらエリス様が黙ってないよ? 知らないよ? 神罰だよ?」

 

 女神エリスともあろうものがなんと往生際の悪い。

 生憎とあなたはエリス教徒ではないので神罰など恐れはしないのだ。

 あえて口にはしないが、神罰を防ぐ手段も持っている。

 あなたを神罰で脅したくば、それこそあなたが信仰している癒しの女神本人に頼めという話である。

 

「こ……この罰当たりー! 鬼畜ー! 外道ー! 高額税金未納者ー!! 脱税ダメ絶対! 国民の義務を果たせー!!」

 

 残念、あなたは異邦人だ。この街に住んでいてもこの国の民ではない。

 それにしても負け犬の遠吠えはいつ聞いても心地良い。

 まして相手が裏切り者とくれば、それはもうこの場で呵呵大笑したくなるほどに。

 

 喜悦の笑い声をあげながら、あなたは喚き散らす女神エリスに剣を振り下ろす。

 

 灰色の空に、鈍い音が響き渡った。

 

 

 

 ――――盗賊クリス(女神エリス)および王都特選徴税部隊(準英雄級十六人)戦線離脱(リタイア)


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