このすば*Elona   作:hasebe

62 / 148
第61話 なあに、かえって免疫力がつく

「ふ、二人とも……この街は色々とレベルが高いな……ふふっ、女子供に到るまで、皆が皆私に牙を剥いてくる。これではとても体がもちそうにない……っ!」

 

 軽く子供達にリンチにされていた所をカズマ少年に助けてもらったダクネスが、息を荒くしながらそう言った。

 エリス教徒であるダクネスが街中でどのような扱いを受けてきたのかは定かではないが、散々な目にあったというカズマ少年の証言といい先の投石といい、おおよそ碌な目にはあっていないのだろう。

 しかしその声色は喜色に満ちており、実際にマゾヒストである本人は満足しているようなので問題は無いと思われる。

 

「おい、どうすんだよこれ」

「私に言わないでよ。ここはアクシズ教徒の本拠地なのよ? 問題があるとするならそれはエリス教徒のシンボルを見せびらかして歩いてるダクネスの方だと思うの」

「実に素晴らしい街だな!」

「……もうめんどくさいからダクネスは宿に帰って引き篭もってろよ。あとそのエリス教のお守りもちゃんと隠しておけ」

「絶対に断る……ああっ、待て! 取ろうとするな!」

 

 カズマ少年が無言でダクネスの身につけたアクセサリーを奪おうとした所、疲れた表情でグッタリとしためぐみんに肩を貸したゆんゆん、そしてウィズが教会の奥から現れた。

 めぐみんのトレードマークの三角帽子の中で何かが不気味に蠢いているが、今はそれどころではない。

 

「……何やってるんですか。というかカズマ達も来てたんですね」

「おい、どうしためぐみん。お前滅茶苦茶顔色悪いぞ。何があった?」

「何ってカズマ、私のこの格好を見れば何があったかは想像出来るでしょう」

 

 それはめぐみんのポケットというポケットにねじ込まれた大量の入信書の事を言っているのだろうか。

 実に重そうだが、彼女はこっそりゆんゆんのポケットに入信書という名の燃えるゴミを詰め込んでいる。当然ゆんゆんはすぐに気付いて押し返したが。

 

「あっ、ちょっ、何するのよめぐみん! めぐみんが貰ったものなんだからめぐみんが自分で処分しなさいよ!」

「私じゃありません。アクシズ教徒がやりました。知りません。済んだ事です」

「それってどう考えても私のポケットに押し込みながら言っていい台詞じゃないからね!?」

 

 奇しくもアクセルからやってきた全員がアクシズ教徒の教会に揃ってしまった。

 いい機会だと判断したのか、女神アクアが声を張り上げる。

 

「ねえねえ、皆聞いて! 突然だけどこの街の危険が危ないみたいなの!」

「危険が危ないって何だよ。言葉は正しく使え」

 

 唐突にあなたは子供がバイクに似た乗り物の前輪で人の頭を潰す光景を幻視した。実に危ない。

 鮮血の結末に小さく身を震わせるあなただったが、女神アクアがあなたに水を向けた。

 

「話の腰を折らないでちゃんと聞きなさい! さっきこの人から聞いたんだけど、どうもこの街で突然あちこちの温泉の質が悪くなってる事件が起きてるんですって」

「……まあ、俺もそれっぽい話はここに来るまでの道中で聞いたけど」

「私もゆんゆんとウィズに聞きました。ですが、それがどうしたんですか? まさか三人のようにこの件に首を突っ込むつもりだとか言い出しませんよね」

「そのまさかよめぐみん。毒の可能性があるなんて話、断じて放っておけないわ! これはもしかしたら我がアクシズ教団と真っ向勝負では勝ち目が無いと踏んだ貧弱で腰抜け揃いの魔王軍が、温泉っていうアクシズ教団の大事な大事な財源を潰そうと遠回りな破壊工作を仕掛けてきたのかもしれないし!」

 

 女神アクアの言葉に、カズマ少年達が一気に微妙な表情になった。

 

「温泉の質が悪くなる程度ならともかく、毒と聞いては私も捨て置ける話ではないが……そんな事があり得るのか? ここは魔王軍も手を出さない事で有名なアルカンレティアだぞ?」

「そうですね、アクシズ教団がアクセルを始め、色んな所でドン引きされて疎まれているのは確かですが、魔王軍がそこまで回りくどい事をしますかね?」

 

 頭ごなしに女神アクアの発言を否定こそしないものの、二人はあまり気乗りしていないようだ。

 一人口出ししないカズマ少年だが、彼は露骨に厄介事に巻き込まれるのは勘弁してほしいと言いたそうな顔をしている。

 むしろあの冷めた感じだとついでにこの際アクシズ教団なんて滅んじゃってもいいんじゃないかな、くらいには思っていそうだ。

 とてもではないが女神アクアと行動を共にする人間の思考ではない。あなたと別れてからの短い時間でどんな目に合ってきたのだろう。

 

「ちょっと待ってめぐみん、私達が前にここに来た時、ところてんスライムのせいで街中が大変な事になったじゃない。覚えてないの?」

「……ああ、そういえばそんな事もありましたっけ。去年の話ですし、間抜けすぎる話なんですっかり忘れてました。アレって結局魔王軍の仕業だったんですか?」

「一応そういう事になってるみたい。ほら、ちょむすけを追ってきた悪魔のお姉さんが……」

「ほら、ほらね!? きっとこれは二回目の破壊工作なのよ! 何よりあんなに美味しいところてんスライムを無駄に使うなんて許せないわ!!」

 

 若干話を脱線させながらも、女神アクアは勢いよく拳を突き上げた。

 

「というわけで、私も三人のようにこの街を守るために立ち上がるわ! カズマ、めぐみん、ダクネス! 三人も私に協力してくれるわよね!?」

 

 目に炎すら浮かんだ女神アクアの強い熱意を受け、カズマ少年達は顔を見合わせた。

 

「俺は街の散歩だとか色々忙しいから無理だな」

「カズマさん……」

 

 キッパリと薄情極まりない発言をしたカズマ少年だが、この場における常識人枠なウィズとゆんゆんの何か言いたげな視線に気圧されたのか、すぐにこほんと誤魔化すように咳払いをした。

 

「……いや、だからまあ、あれだ、ほら。馬車の旅で疲れてるからそういうめんどくさいのは明日からの方向で!」

「私も色々あって死ぬほど疲れているので、今日は遠慮しておきます。もうすぐ夕方ですし明日からにしてください。明日から頑張ります」

「私は今日はもう満足しておなかいっぱいだ。明日から頑張ろう」

 

 ダクネスだけおかしな事を言っている気がしないでもないが、それでもパーティーメンバーの全体的なやる気の無さに、ウィズとゆんゆんが女神アクアに同情的な視線を送る。

 女神アクアも三人がやらないとまでは言っていない以上、それ以上強くは言えないようで、露骨に不満げな顔をしながらも渋々それを受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、あなた達三人がこの教会を訪れたのは温泉騒ぎの件について話を聞くためである。

 しかしながら空が夕暮れに染まり始めても、他のアクシズ教徒が一向に戻ってこない。今も熱心に活動を続けているのだろうか。

 仕方が無いのであなた達も宿に戻ろうとしたのだが、掃除を終えたトリスタンが声をかけてきた。

 

「アークプリースト様、お帰りですか? でしたら、当教会自慢の温泉に入って行きませんか? アクシズ教団の財源の元になっている、この街一番の温泉です。山から源泉を引いており、効能も素晴らしいですよ?」

「温泉? ここの近くにあるの?」

「はい。教会の裏手からすぐの場所に。アクシズ教徒の秘湯ですよ」

「ああ、アレですか。以前はもっと小さい温泉だったのですが、私が爆裂魔法で拡張したんですよ」

「お前何やってんの?」

「感謝されたんだからいいじゃないですか」

 

 温泉の誘いに、女神アクアはニッコリと笑う。

 

「へえ、悪くないわね。折角だしお世話になろうかしら。皆はどうする? 一緒に入っていく?」

「アクシズ教の秘湯か……他のアクシズ教徒が戻ってこないのであれば悪くないかもしれないな」

「はぁ? どうしてエリス教徒がアクシズ教の秘湯に入浴出来ると思ってるんですか? 温泉に入りたいならウチじゃなくてそこら辺のに入っといてくださいよ」

「…………」

 

 罵倒するでもなく、本当に心の底から何を言っているのか理解出来ない、と言いたげな表情と声色のトリスタンにダクネスが若干傷ついた顔をした。

 

「まあまあ、確かにダクネスはエリス教徒だけど私の仲間だから。ここは私の顔に免じてあげて、ね?」

「ようこそエリス教徒の旅の方! 当温泉は誰でもウェルカムですよ!!」

「……いっそ清清しいほどに手の平くるっくるだな、おい。本当にそれでいいのか」

 

 カズマ少年の呟きに女神アクア以外の全員が頷いた。

 かくいうあなたも、自身が信仰する女神に同じ事を言われたら即手の平を返す自信があったわけだが。

 

「私は一刻も早く宿に帰りたいです。お願いですから今日は帰ってゆっくりさせてください。……それに、この教会にいると、何故かちょむすけが怖がるのですよ。オマケに先ほどから帽子の中に引き篭もって出てこないですし。帽子を脱ごうとしても必死に抵抗してくるから引き剥がせなくて頭も重いですし。この子は教会が嫌いなのでしょうか?」

 

 時折ぐらついていためぐみんの頭の上には猫が乗っていたようだ。

 帽子の中で蠢いていたのはそれだろう。

 

 そして見た所、ウィズとゆんゆんも宿に戻るつもりのようだ。

 人見知りの気のあるゆんゆんが一人で女神アクア達と温泉に入るのは難しそうだが、ウィズがいればいけそうなものだが。

 そんな事を思ったあなたにウィズはこっそりと耳打ちしてきた。

 

「個人的にアクシズ教の秘湯にはとても興味はあるのですが……その、アクア様と一緒に温泉に入るというのは、激しく命の危機が迫ってきそうな予感がするんですよね……」

 

 温泉の中ではあなたがくれたお守りも外さないといけないですし、と続けるウィズにさもあらんとあなたは頷いた。勢い余ってウィズが浄化に巻き込まれようものなら大惨事は不可避だろう。

 

「それに、アクシズ教団の温泉という事で正直覗きが怖いです」

 

 もしそうなったら不埒者をみねうちで悉く血祭りにあげるので安心してほしいとあなたは快活に笑う。

 暴力沙汰はあなた、というかノースティリスの冒険者の得意中の得意分野なのだ。

 

「止めてください。お願いですから本当に止めてください。いえ、私の事を心配して思ってくれるのはとても嬉しいんですが、それとこれとは話が別といいますか……」

 

 ウィズはお気に召さなかったようだ。

 まあ分かっていたが。ちょっとしたお茶目な冗談である。

 

「もう……それで、あなたはどうするんですか?」

 

 ウィズと同じくアクシズ教の秘湯に興味はあるが、さてどうしたものか。

 あなたが悩んでいると、カズマ少年がトリスタンに声をかけていた。

 

「ところでお姉さん、そこって混浴なんですか?」

「温泉は大きいのが一つしかありませんので今日は男性の方は御遠慮ください。というか神聖な教会で不埒な事を言っていると罰が当たりますよ」

 

 との事である。

 トリスタンが誘っているのが女神アクアである以上、今日の所は素直に引き上げるしかないだろう。

 

 しかしながらあなたには気になる点が一つだけあった。

 あえて言うまでも無いだろうが、汚染の件である。

 騒ぎの犯人の目的がアクシズ教団だと仮定すると、アクシズ教の秘湯という極上の獲物を狙わない理由がどこにも無いのだ。

 

「む……それもそうね。入る前に先に確認しておきましょうか」

「確認ってお前、もし汚染されてたらどうするつもりだよ」

「浄化するに決まってんでしょ。アンタ私の能力すら忘れちゃったの?」

 

 女神アクアは水の女神。

 彼女が液体に触れるだけでそれは綺麗な真水に変化してしまうのだ。

 便利な能力であると共に、あなたとしては酒を飲んでも口の中で真水に変わってしまうのではないか、と思うのだがそういうわけではないらしい。

 ノースティリスの普通の井戸、あるいは噴水やトイレに女神アクアをぶち込んだ場合、井戸はノースティリスで数少ない綺麗な水を出す場所である聖なる井戸、あるいは聖なる噴水や聖なるトイレに変化するのだろうか。

 神を相手に非常に不敬な話ではあるが、試してみる価値はありそうだ。

 

 

 

 

 結局その後、あなた達は女神アクアが温泉に入る前に一応、という体でアクシズ教の秘湯の調査に赴く事になった。

 さっさと帰りたがっていためぐみんが若干ぶーたれていたものの、なら一人で宿に帰っていいぞ、というカズマ少年の一言で完全に沈黙。

 一人で宿に戻る際、再びアクシズ教徒の攻勢に晒されるのを嫌がったのだろう。こういう時の頼みの綱のゆんゆんも調査に乗り気だったので一緒に帰れないのが哀愁を誘った。

 

 

 

 

 

 

「ここがアクシズ教の温泉ですか……」

 

 眼前に広がる景色に、声に感動と喜色を滲ませたウィズが呟く。

 そして彼女以外の面々も大なり小なりその温泉の規模に驚きを顕にしていた。

 

 平らな岩肌に魔法を食らわせて作ったというその温泉は、地面を巨大なスプーンでくり貫いたかのように、綺麗なクレーター状の形をしていた。

 アクシズ教団の秘湯というだけあって、かつてめぐみんが爆裂魔法を打ち込んだというその露天風呂の大きさは直径数十メートルにも及ぶ、大人が数人ほど泳げそうなほどのもの。

 

 そしてドヤ顔で説明しためぐみん曰く、

 

「あの時は素手で爆裂魔法を使ったんです。素手だと魔法の威力が半減しますし収束も甘くなってしまいますが、そうでもしないと私の爆裂魔法では岩肌自体を消し飛ばしてしまいますので」

 

 との事である。

 

「ところでカズマはなんで付いてきたんですか?」

「……ん? まあちょっとな。気になる事があったんだよ」

 

 そっけなくそう言ったカズマ少年の視線は温泉ではなく、その周囲に頻りに向けられている。

 あなたの目には専ら温泉から死角になっている物陰、あるいは茂みや木陰に興味を示しているようにも思えた。

 

「覗きスポットをお探しでしたら、あそこの岩陰がゼスタ様の一押しですよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあちょっと後で確かめに…………ハッ!?」

 

 迸るパトスと若さを隠しきれていないカズマ少年を見る女性陣の目の温度が三度ほど低下したのをあなたは敏感に感じ取った。

 わざわざ覗きなど行わなくとも、女体が拝みたいのであれば普通に混浴か、あるいは風俗に通えばいいのではないだろうか。

 しかしこんな事を年頃の少女達の前で口に出そうものならば確実に薮蛇だろう。あなたは今は黙っておく事にした。あなたは覗きなんかやりませんよね? と頬を赤くしたウィズの切実な視線をあえて無視しつつ。

 

 

 

「んじゃあ、ちょっと私は行ってくるから。皆はここでちゃんと待っててね? 私だけ置いて黙って帰ったりしないでね?」

 

 そう言い残した女神アクアは服を着たまま温泉に入り、ざぶざぶと湯を掻き分けながら最も深い場所まで進んだかと思うとおもむろに頭の先まで沈み込んだ。

 

 そして三分が経過した。

 

「……浮いてきませんね。そろそろきつい時間だと思うのですが」

「か、カズマ。もしかして溺れてるんじゃないか?」

「アクシズ教のアークプリーストでしたら、水の中で呼吸出来る支援魔法が使えますよ?」

 

 女神アクアを引き上げるべく、自身も温泉に入ろうとしたダクネスに向かって、トリスタンが事もなげに言い放った。

 

「そ、そうなのか……すまない、魔法を使っていたとは気付かなかった」

 

 あなたも全く気付かなかったが、随分と便利な魔法があるものである。それを使えば海中でも活動出来るのだろうか。

 見ればめぐみんとゆんゆんも知らなかったようで、ホッとしていた。

 何故か魔道に熟達している筈のウィズも初耳だとばかりに目を瞬かせているが、もしかしたらアクシズ教徒秘伝の大魔法だったりするのかもしれない。

 

 しかしそのような魔法があるのであれば、いつ女神アクアが温泉から出てくるのか分かったものではない。

 これだけの規模の温泉となると、汚染を浄化するのもかなりの時間を必要とするだろう。終わる頃には夜になっていそうだ。

 

「どうする? やる事も無いみたいだし先に帰っちまうか?」

 

 その前に試したい事があるとあなたは言い、教会から借りてきていた大口のジョッキいっぱいに温泉の湯を掬い、匂いを嗅いでみた。

 何故こんな大酒飲みが使うようなサイズのジョッキが教会にあるのかはともかく、温泉特有の強い硫黄の匂いがあなたの鼻を突く。しかし特に何かがおかしいようには思えない。

 異物の匂いが紛れてしまっているのだろうか。

 仕方が無い。そういう事であれば次は味を確かめてみよう。

 

「あの、あなたは一体何を……え!? 飲むんですか!? 汚染されてるかもしれないお湯を!?」

「ちょっ、何をやってるんですか! 異教徒の分際で一人こんな素晴らしいものを堪能するなんて生意気ですよあなた! 確かにここの温泉は美味しいと評判ですが、そういうのはアクシズ教徒の私がやるべき事だと思います! なのでちょっと私もジョッキとバケツ取ってきますね!」

 

 トリスタンはわけの分からない事を口走りつつ教会に走っていってしまった。忙しない事である。

 一方で本気、というか正気ですか、みたいな目でこちらを見てくる残された者達に、あなたはどれくらいかかるか分からない女神アクアの浄化を待つよりもこちらの方が手っ取り早いと理路整然とした反論を展開した。一分の隙も存在しない、あまりにも完璧すぎる理論武装にウィズすらぐうの音も出ないと口を噤む。

 仮に湯が毒だった場合でも、今の所特にこの温泉が閉鎖されるような騒ぎが起きていない以上、多少飲んだ程度で死にはしない筈だ。

 万が一の場合でも女神アクアがいるので問題ない。

 なあに、かえって免疫力がつく。

 

「いえ、確かにここにはアクア様もいますけど……ですが、そんな早まった真似をする必要は無いと思うのですが……」

 

 ウィズは何か言いたそうにしているが、あなたは気にも留めない。ノースティリスの冒険者はいつだって百聞は一見にしかず、万歳アタックで当たって砕けろ、後は野となれ山となれの精神で生きているのだから。

 そんなわけであなたは念の為、常時装備している指輪――エンチャントの一つに毒無効がある物――の一つを外し、温泉の湯が入ったジョッキを勢いよく呷った。

 

 

 ――うまい! これはお兄ちゃんの大好きな人肉味の温泉だ!

 

 

 いや、違うが。

 あなたは内心で突っ込みを入れる。

 何を思ったのか、突然四次元ポケットの中の某日記の某緑色の中身が喚き始めたのだ。

 あなたは現在人肉嗜好を持っていないので、人聞きの悪い物言いは止めてもらいたいものである。

 

 毒電波はともかくとして、温泉の湯はトリスタンが飲めると豪語しただけあって中々の味だった。

 だが断じて人肉の味ではない。

 

「えっと、ウィズさん、本当に飲んじゃいましたけど……しかもあんなに沢山……」

「そうですね……どうしましょうか……すみませんカズマさん、そちらで毒消しのポーションとかは……持ってきてない? ですよね……」

 

 ざわつく周囲を尻目に温泉の湯の味を堪能するあなただったが、異変はすぐに起きた。

 温泉が気管に入ったわけでもないのに軽く咳き込んだり、胸焼けが発生したのだ。

 とはいっても所詮はあなたからしてみれば一般人が血反吐を吐いてもがき苦しみぬいた末に世界を呪いながら死ぬかもしれない程度の硫酸、あるいは毒薬を飲んだ時と同様の誤差程度のものでしかなく、その影響もすぐに体内で治癒されて消え去った。ノースティリスの冒険者は毒にめっぽう強いのだ。あなたはメシェーラとエーテルが人体にどうのこうのといういかにもな話を聞いた事があるが、正直言って眉唾物である。

 

 そんなわけで殆ど無害だったとはいえなるほど、確かにこの温泉にはほぼ間違いなく毒物が混入されているようだ。

 殆ど影響が無かったとはいえ、逆に言えばこれは多少の毒なら即座に無効化してしまうあなたに微少の影響を与える程度の毒だったという事でもある。少なくともノースティリスの井戸水よりは汚染されているだろう。そう思うと中々に深刻な事態のようにも思えてくるから不思議なものだ。

 

 ついでに現在毒薬の手持ちが無かった事を思い出したあなたは、後で空き瓶を持ってきて温泉の毒湯を汲む事を決めた。

 あなたは現在健康体なので体内に何も飼っていないのだが、仮にエイリアンが寄生した者がこれを飲めばエイリアンを殺せる筈だ。

 

「馬鹿ですか。毒の可能性が高いものを躊躇なく一気飲みするとかどれだけ馬鹿なのですかあなたは。というか笑顔で毒認定するとか毒が即効で頭にまで回ったんですか? 麦茶だこれ、みたいなノリで毒だこれって言い出すとかあなたは本当に頭おかしいですよね」

 

 結果に満足して頷くあなたに白い目をしためぐみんが毒を吐いたが、それを咎める者は誰もいなかった。

 あなたは電波ならば常日頃から脳に届いているのだが、毒までは回っていないので安心である。しかしながら、毒電波が脳に回っている可能性は否定できない。

 

「あの……大丈夫ですか? アクア様を呼んだほうが良いのでは……というか今からでも吐いた方が……」

 

 不安げに聞いてきたウィズにもう治った、毒や硫酸、火炎瓶は飲み慣れているとあなたは笑う。

 

「えぇー……」

 

 何故か引かれた。

 あなたが新種のモンスターを見る目で見るのは止めてほしいと抗議するも、自業自得だとめぐみんに一刀両断されてしまった。

 とりあえず温泉は美味しかったので二杯目を飲むとしよう。なあに、かえって免疫力がつく。

 

「止めてください! いや、死にはしないってそういう問題じゃないですから! 毒なんですよね!?」

 

 毒温泉を飲もうとする友人を必死に止めようとするウィズと楽しく一進一退の攻防を繰り広げるあなただったが、そんなこんなをしている内に、女神アクアが温泉からあがってきた。

 水も滴るいい女神の降臨である。

 

「あれ? トリスタンって人は? この温泉には入っちゃ駄目って伝えておこうと思ったんだけど」

「あの人ならなんかいきなり意味不明な事言い出して教会に戻ったよ。つーかお前の入ってた温泉、毒が混じってたらしいぞ」

「なんだ、そっちでも気付いてたの? まあ私は全然大丈夫だけど、アレに誰か入ってたら病気になってたでしょうね。どんな毒を使ってるかは分からないけど目にお湯が入ったら最悪失明とかしちゃうかも。ダクネスでも危ないかもしれないから入っちゃ駄目よ? 飲むなんてもっての他だからね?」

 

 全身から水を滴らせながらの女神アクアの宣言を受け、周囲の視線があなたに集中する。

 突然の空気の変化に何事かと首を傾げる女神アクアを尻目に、集合した彼らはあなたを遠巻きにちらちら見ながら小声で話し合いを始めた。

 

「高レベル冒険者って凄いんだな。ちょっとした万国ビックリ人間ショーを見た気分だ。やっぱりゆんゆんとウィズが毒飲んでもあんな風にケロっとするのか? というか硫酸ってあの硫酸?」

「すみませんカズマさん、私は確かに結構レベルが高いですし紅魔族ですが、あの人と一緒にしないでください。紅魔族もちょっと変わっていますが普通の人間ですから……」

「私も体内で毒物を即座に浄化するくらい健康……健康? な冒険者の話は聞いた事が無いですね……勿論私も出来ませんよ?」

「クルセイダーとして見習いたいところではあるな。私も毒耐性のスキルは持っているが、完全に無効化するわけではない。というか体内に侵入した毒を即座に除去するスキルなんてあったか?」

「きっと変態なんですよ。私には分かります」

 

 

 

 

 

 

 その後、自身の可愛い信者達の温泉を毒で汚された事に怒りながらも徹底的に浄化すると息巻いた女神アクアだったが、秘湯の汚染はあなたが思う以上に深刻だったようで、温泉の大きさも相まって女神の力をもってしてもかなりの時間を必要とするようであった。

 なので結局女神アクアを残してあなた達は宿に戻る事にした。

 温泉の湯は回収しておいたので毒物の調査に関しては宿でも出来るだろう。

 

「……そういえばさ。温泉を全部浄化したら毒が消えてもお湯になっちまうんじゃないのか?」

 

 今まさに教会の敷地から出ようとした瞬間、あなたと共に最後尾を歩くカズマ少年が、あなたにだけ聞こえる声量でポツリとそう言った。

 

「前にアイツが紅茶を淹れてる時に液体に触っただけでお湯に変えた事があってさ。水以外ならなんでも浄化して水に変化させるみたいなんだよ。だから温泉を駄目にしちまって、ウィズの店の時みたいにまた弁償しろとか勘弁だぞ俺は。折角金持ちになってウッハウハライフが送れそうなのに」

 

 温泉、それもあれだけ大きな物を駄目にしたとなれば弁償金は石畳や建物の壁の比ではないだろう。

 顔を青くして女神アクアを止めようと温泉に踵を返したカズマ少年だったが、そんな彼の懸念を断ち切ったのは穏やかに微笑むトリスタンだった。

 

「それでしたら大丈夫ですよ。その時は温泉ではなく、アクア様の残り湯として私達が大切に扱いますのでご安心ください」

「残り湯って…………ん? あいつ、お姉さんに名前名乗ったんですか? アクアって」

 

 身バレの危険に眉を顰めたカズマ少年にトリスタンは首を横に振って答える。

 

「いえいえ、まずですね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、水に入っただけで浄化出来るなんて、アクシズ教のアークプリーストだろうが無理ですよそんな事」

「あー……それはつまり……」

 

 やはりというべきか、トリスタンは女神アクアの正体に気付いていたようだ。

 言葉の節々からそうではないかとは思っていたが。

 

「それに、アクシズ教徒である私達がアクア様を見て分からない筈がないじゃないですか! お美しい青髪、類稀なる美貌、何にでも好奇心旺盛で、やる事なす事空回りしそうなあのフワフワ感! あの一人では放っておけないダメな感じ!」

 

 興奮して捲くし立てるトリスタンにカズマ少年は気圧されている。あるいは閉口しているのか。

 狂信者ならこれくらいは普通、むしろ狂気的でないだけ大人しいくらいだとあなたは思っているのだが。

 

「最初に馬車から降りてきた時にアクア様を見た女性信者が、あれは間違いない、女神様がアルカンレティアに遊びに来られたと触れ回りまして。この街の信者達は皆慈しむ目でアクア様を見守っておりますよ」

 

 女神アクアが今も浄化を行っている温泉を三人で見やる。

 

「どうか、あなた方にアクア様の加護があらん事を。このような事が起きた以上、私達としても今までのように大人しくしているわけにはいきません。温泉に毒を盛った存在する価値の無いゲロカス……失礼、下手人に生まれた事を後悔させるべく、アクア様にアクシズ教団の力と結束を存分にお見せしますから期待していてくださいね」

 

 ニッコリと笑うトリスタンだが、発言が剣呑すぎる上に目が全く笑っていない。

 ノースティリスで慣れ親しんだ、狂信者が放つ特有のひりついた空気に懐かしさと頼もしさを覚え、釣られて笑うあなただったが、高位アクシズ教徒の眼光に威圧されたカズマ少年が怯えたようにブルリと震えていた。

 

 

 

 

 

 

 そうしてカズマ少年達と宿に戻り、解散した後の夜。

 あなたは温泉宿の中、三つの入り口が並ぶ温泉の入り口に立っていた。

 

 右から男湯、混浴、女湯と書かれているが、あなたは躊躇い無く真ん中、つまり混浴に足を踏み入れる。

 昨日あなたは男湯に入ったので、今日は混浴に入ってみる事にしたのだ。

 これはウィズ曰く従業員が太鼓判を押す風呂だからであって、決して何かを期待しているわけではない。そもそもこれは合法であって覗きのような犯罪行為ではないのだ。他人にとやかく言われる筋合いなどどこにもないだろう。

 

 そもそもここに来る前にウィズの部屋に顔を出したあなただったが、彼女は持ち帰った毒の解析作業を行っていた。ゆんゆんは作業の邪魔にならないようにめぐみんの部屋に行っている。ゆんゆんはともかくウィズが温泉にいる筈がない。

 

 そんな事を考えながら脱衣所に入ったあなただったが、衣服が入った籠は一つも無い。

 どうやらあなたの貸切り状態のようだ。

 

 若干残念に思いながらも服を脱ぎ、温泉に続く引き戸を開ける。

 もうもうと湯気を立てる綺麗で大きな温泉に、アクシズ教団の秘湯程ではないにせよ、それでも言うだけの事はあるとあなたは感心した。

 混浴はおろか、仕切りを隔てた両側の温泉からも人の気配も声もしない。カズマ少年達を除外しても客はゼロではないだろうが、運がいいとあなたは笑う。貸し切りの温泉はさぞ気持ちよく入浴出来る事だろう。愛剣も自分を出して洗うようにと声なき声をあげている。

 しかし件の騒ぎでアルカンレティア全体から客足が遠のいている状況とはいえ、これだけの温泉を遊ばせているというのは実に勿体無いものである。

 

 さっさと騒ぎを片付けてゆっくりアルカンレティアを楽しみたいものだと考えながら体と愛剣を洗うあなただったが、ふと混浴の脱衣所から人の気配がした。

 慌てて愛剣を洗い流し四次元に収納する。愛剣が抗議の意思を発しているようだが、温泉に武器を持ち込んではいけないと温泉の注意書きに書かれていたので仕方ない。

 

 何食わぬ顔であなたが体を洗い終え、湯船に浸かった所で入り口の引き戸がスパン、という音と共に勢い良く開かれた。

 

「…………」

 

 そしらぬ風に、しかし期待を隠しきれていない顔で周囲をつぶさに観察しているのはカズマ少年だ。

 期待に沿えずに申し訳ないが、現在混浴にはあなたしかいない。願いの杖が使えれば悪戯で性転換をやってみせてもよかったのだが。

 女となった自身を見た時のウィズやゆんゆんの反応も気にならないと言えば嘘になるだろう。

 

「…………はぁ」

 

 混浴風呂にあなたしかいないと理解したのか、溜息を吐かれてしまった。さしものあなたも思わず苦笑いを浮かべる。

 洗い場に向かう途中、あなたと軽く挨拶を交わしながらも落胆を隠そうともしないカズマ少年。健全な青少年で大変結構だと思うも、彼はどこかベルディアと気が合いそうである。

 

 体を洗うカズマ少年の特に鍛えられているという事も無い背中を見ながら、あなたはふと思った。

 カズマ少年とこうして二人きり、というのは初めてではないだろうか。

 記憶を漁ってみれば、あなたと会った時のカズマ少年は基本的にパーティーの誰かしらを伴っていたように思えるし、カズマ少年が一人の時はあなたの傍に誰かがいた。

 だからどうした、というわけではないが、きっとたまたまそうだったのだろう。

 

「あー……その、なんだ。毒は本当に大丈夫だったのか? 宿に帰るまでもウィズとか滅茶苦茶心配してたみたいだけど」

 

 やがて湯船に入ってきたカズマ少年だが、沈黙に耐えかねたのか、若干気まずそうに口を開き始めた。

 先も言ったように自分は毒は飲みなれているし、実際に体調は万全である旨をあなたは説明する。あの苦味も慣れれば悪くないものだ。

 

「お、おう……いや、なんで笑顔で毒を飲み慣れてるとか言えちゃうのかは全く分からないけど」

 

 やはり死んで覚える、当たって砕けろの精神は異世界の人間には理解されがたいのか引かれてしまったが、それでも彼の緊張を解す程度の効果はあったようだ。

 

「なんていうか、やっぱ凄い鍛えてるんだな。毒の件といい、そういうちょっとやそっとじゃ動じないくらいの心身の強さがリッチーなウィズと付き合っていくのに大事なのか? ……え? 最初に仲良くなった切っ掛けは金? そんな身も蓋も無い話は俺は聞きたくなかった……」

 

 あなたとカズマ少年は男同士で温泉の中で裸の付き合いをしながら少しずつ会話の花を咲かせていく。

 

「さっきはウィズとゆんゆんの手前ああ言ったけど、正直この中で一番レベルが低い上に職業が冒険者の俺がいてもこの件で何かの役に立つとは思えないんだけど。むしろ俺としてはそっちとアクシズ教徒の連中に全面的に丸投げする方向で行きたいというか」

 

 相変わらず全力でやる気の無いカズマ少年の話を聞いたり。

 

「へ? 日本人について聞きたい? ……ああ、そういやそっちも魔剣のマツルギさんと交流があったんだっけか。そうだなー、ラノベでよくあるチート転生者……って言ってもわかんないか。日本人ってのはあれだ、魔王を倒してこの世界を救う為にアクアに選ばれたとかそんな感じの人間だよ。相当の数が送られてるらしいけど魔王はピンピンしてるし、何やってるんだかな」

 

 異世界人であるニホンジンについての話を簡単に教えてもらったり。

 

「そりゃ俺もさ、突然凄まじい潜在能力を開花させたり、他の転生者さん達みたいにチート能力とか武器を手に入れてイージーモードな異世界で楽しくよろしくやりたかったさ。なんだかんだで今はそこそこ金も手に入ったし安定した生活を送れてるけど、あの時に戻れたら絶対にそれを選ぶのだけは止めろって当時の俺に言ってやりたい」

 

 彼が普段仲間に言わない、言っても理解出来ないような愚痴を聞いたり。

 

 そんなこんなで、華は無くとも中々に充実した時間を過ごすあなた達だったが……

 

「ほう! 私が爆裂魔法で作った温泉ほどではないですが、流石は高級宿の温泉! 泳げる広さではないですか!」

 

 壁を挟んだ女湯から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「おいめぐみん、温泉で泳ぐのはマナー違反だぞ」

「そ、そうよめぐみん。というか何でタオル巻いてないの? いくら女湯っていっても恥ずかしくないの?」

 

 声でもかけておこうかと思ったあなただったが、それまでの饒舌さからは一転し黙りこくったカズマ少年が、あなたに黙っているようにジェスチャーをしながら、見た事の無い真剣な表情で静かに女湯の方に泳いでいく。

 声を聞くに、どうやら女湯のメンバーにウィズはいないようだ。あなたは言われたとおり黙ってカズマ少年を見送る事にした。

 

「え、ちょ、何を……きゃああああああ!?」

「こらっ、止めろめぐみん! タオルを剥ごうとするな……わああっ!?」

「全く、ダクネスもゆんゆんも混浴でもないのに何を恥ずかしがっているのですか。荒くれ稼業の冒険者である私達がそんな女々しい様でどうするのです! さっさと全裸になりなさい!」

「それとこれとは話が別でしょ!?」

「そうだ、その理屈はおかしい! というか、めぐみんは妙なところで男らしすぎる! だ、だからタオルを返してほしいのだが……!」

 

 女三人寄れば姦しいというが、まさにその通りの有様である。

 混浴はおろか男湯にまで響き渡りそうな黄色い声にあなたは苦笑した。

 

 女湯と混浴を隔てるのは天井部分が開いたあまり高くない壁だ。ある程度洗面器を重ねれば十分に覗けるだろう。しかしカズマ少年は壁に耳を当ててこそいるものの、それ以上はする気は無いようで、さも当然とばかりに何食わぬ顔で湯船に浸かっている。

 若かりし日々の自分を見ているようでくつくつと声を殺して笑うあなただったが、やがて女湯から体を洗う音、そしてザブザブとお湯に入る音が聞こえてきた。

 

「ふう……たまにはこうして温泉というのも悪くないですね。ゆんゆん、私に感謝してもいいんですよ?」

「確かに温泉は凄く気持ちいいけど。ここで私が感謝する相手って旅行に誘ってくれたウィズさん達じゃない? というかめぐみん私に何も言ってくれなかったし……」

「旅行に行くのを決めたのは急でしたからね。物臭なカズマとアクアを外に連れ出し、アクアに引き寄せられたアンデッドでも狩ろうと思っていたのですが。走り鷹鳶でレベルもちょっと上がりましたし旅先をここに選んだのは正解でした。ここら辺のモンスターはレベルも高いですし、ウィズのテレポートで一瞬なドリスではこうはいかなかったでしょう」

「ええっ!? そんな理由でアルカンレティアを選んだの!?」

「……まあ、あのまま街にいても、あの二人では当分討伐に行こうとは言わなかっただろうからな」

 

 ダクネスがどこか色気のある、深い溜息を吐く音が混浴まで聞こえてきた。

 カズマ少年が小さく喉を鳴らす。

 

「まったく、カズマは本当にどういう男なのだ。保守的で臆病かと思えば、大胆なセクハラをしてくるし、カエル相手に逃げ回ったかと思えば、魔王軍の幹部相手に渡り合ったりデストロイヤー戦の指揮を執ったり。本当に変わった奴というか、不思議な奴というか」

「シッ! ダクネス、それ以上言うのは待ってください。この隣は混浴になっています。目の前に混浴と男湯があるとすれば、カズマが選ぶのはどちらだと思いますか?」

「言うまでも無く混浴だな。小心者で肝心な場面でヘタレるカズマだが、こういった大義名分がある場合は堂々と混浴に入ってくるだろう」

 

 カズマ少年の行動は完全に仲間達に把握されていた。

 本人は何か言いたそうにしているが、実際こうして混浴に入っているので何も言い返せないようだ。

 

「ね、ねえめぐみん、本当に隣にカズマさんいるの? 私なんか恥ずかしくなってきたんだけど……」

「馬鹿ですね、恥ずかしがってはむしろカズマを喜ばせるだけですよ。私みたいに堂々としていなさい」

「めぐみんは堂々としすぎだと思うの!」

「やれやれ……カズマー! そこにいるのでしょう!? どうせカズマの事ですから壁に耳をくっつけて、ダクネスがどこから体を洗うのか想像したり湯船に浸かったゆんゆんの肢体を妄想してハァハァ言っているのでしょう!!」

「ちょっ、めぐみん!?」

 

 めぐみんの発言は大体合っていた。

 ハァハァと息を荒くしてはいないが、実際に壁に耳を当ててはいる。

 

「め、めぐみん、お前、何故自分ではなく私達を引き合いに……! おいカズマ、いるんだろう? そこにいるのは分かっているぞ!」

「いるんですか!? カズマさん、壁に耳を当ててるんですか!? 私でハァハァしてるんですか!?」

 

 散々な言われようだが、カズマ少年は沈黙を保っている。

 若干悔しそうな顔をしている気がするが、きっとあなたの気のせいだろう。

 

 あなた達が無言を貫いていると、やがて小さな声が聞こえてきた。

 

「……ね、ねえめぐみん、カズマさんいないみたいだけど。というかこれを他の人が聞いてたら私達凄く恥ずかしい事やってると思うんだけどどう思う……?」

「おかしいですね。いないのでしょうか? あの何を考えているのかまるで分からない頭のおかしいのならまだしも、分かりやすいカズマに限ってそんな筈は……」

「だが一向に返事が無いのだが……」

 

 そして一分ほどが経過し……

 

「ふむ、どうやら本当にいないみたいですね。私とした事がカズマを疑ってしまいました。後でさり気なくジュースでも奢ってあげましょう」

「確かに、少し失礼だったな。一方的に決め付けてしまった」

「わ、私も……カズマさん、ごめんなさい……後でコーヒー牛乳をプレゼントしますから許してください……」

 

 気まずそうに彼女達はそう言った。

 

「ゆんゆんは知らないでしょうが、なんだかんだいってもカズマはアレで結構頼りになる人間ですからね。疑った事は反省しなくてはいけません」

「うむ、アイツは普段はやる気がなさそうに見えても、本当に仲間が困っている時は必ず助けてくれる男だ。素直じゃないだけで、根は良い奴なのは間違いない。反省せねばな……」

 

 あなたはカズマ少年の仲間ではない。

 これ以上彼女達の話を盗み聞きするというのも些か野暮というものだろう。

 あなたは気まずそうにしているカズマ少年に手を振り、音を立てずに温泉から出る事にした。

 

 それに気付いたカズマ少年もあなたに続いて温泉から出ようとしたのだが……

 

「ところで二人とも、先ほどから気になっていたのだが、その、下半身の……」

 

 ダクネスの意味深な言葉が聞こえた瞬間に、カズマ少年は再び壁に張り付いていた。

 

「おおっと、それ以上は幾らダクネスでもタダでは済みませんよ! まったく、ゆんゆんといいダクネスといい、このけしからん物は何なのですか! 私への当て付けのつもりですか!」

「ちょっ、めぐみん! そこは駄目だってば! お願いだからやめてえええええ!」

 

 壁の向こう側から聞こえてきたダクネスとゆんゆんの悲鳴を無視し、引き際が肝心だとばかりにあなたは気配を断って風呂から姿を消すのだった。

 脱衣所から去る際、カズマ少年とめぐみんの怒声が聞こえてきたがきっと気のせいだろう。そういう事にしておく。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえウィズー、まだ終わらないのー? アンタあのリッチーなんでしょー?」

「す、すみませんアクア様、幾つもの種類が混じったタイプの複雑な毒みたいでして……モンスターから抽出されたものだという事は分かっていますので、今しばらく時間をいただければ……」

 

 風呂からあがったあなたがウィズの部屋を訪ねてみると、錬金術の器具に似た道具で毒の解析を行っているウィズをいびりながら、女神アクアが煎餅を齧り全力で寛いでいた。

 自分の部屋に戻ったら誰もいなかったので、唯一部屋にいたウィズの所に遊びに来たらしい。

 秘湯の浄化は終わったのだろうか。

 

「晩ご飯に間に合うようにちゃんと終わらせてきたわよ。でも毒と一緒に温泉までお湯に変わっちゃったの。仕方が無かった事とはいえ、流石にやりすぎた気がしてごめんなさいって謝ったんだけど、トリスタンさんは笑って許してくれたわ。流石は私の信者だけあって心が広いわよね!」

 

 人懐っこい犬のような笑顔を見せる女神アクア。

 トリスタンが言っていたように、女神アクアが去った後の浄化された温泉は女神の残り湯としてアクシズ教徒に扱われるのだろう。

 初めて癒しの女神があなたの家の風呂に入った際、その残り湯をこっそりと大事に保管し、その後本人に露見し凄まじく怒られ三日ほど口を利いてもらえなくなった経験を持っているあなたは、アクシズ教徒達の名誉を守る為、この件について黙秘を貫く事を決意した。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。