このすば*Elona   作:hasebe

61 / 148
第60話 暴力を振るって良い相手は化け物と異教徒だけ

 エリス教徒にセクハラを敢行して衛兵にしょっぴかれるアクシズ教徒の自由っぷりなどを傍目に楽しみつつ散歩を終え、夕刻前に宿に戻ったあなただったが、前回と違って一人部屋というのはどうにも退屈でいけない。やはりベルディアも連れてくるべきだっただろうか。

 

 ――話し相手なら私がいるよお兄ちゃん!

 

 毒電波が何かを言っているようだが、会話にならない相手は却下である。

 ならばとウィズが泊まっている隣の部屋を訪ねてみると、一足先に部屋に帰ってきていた彼女はあなたを快く迎え入れてくれた。

 

「適当に座ってください。今お茶淹れますから」

 

 お構いなく、と返しつつあなたは部屋を見渡す。

 姿の見えないゆんゆんは旅館内の散策に出ているらしい。

 一方のウィズは作業中だったようだ。邪魔をしてしまったかもしれない。

 

「いえ、ちょうど休憩しようと思っていた所ですから」

 

 ご機嫌に鼻歌を歌いながら湯を沸かすウィズはそう言ってくれたが、実際の所は定かではない。しかし今更出て行くと逆に気を使わせてしまいそうなのでそういう事にしておく。

 

 今の今まで作業中だったと思わしき部屋中央の大きな円形テーブルには魔法関連の様々な資料や文献、写し書きが山のように積まれている。

 彼女がどんなものを読んでいるのだろうかと興味を抱いたあなたは、その中の本の一冊を手にとってぱらぱらと捲ってみた。

 

 

 ……難解だ!

 

 

 高い読書スキルもあって決して読めないわけではない。しかしこの世界独自の理論と専門用語が乱れ飛ぶ高度な内容に頭痛を覚えたあなたは十秒で匙を投げる。

 呻き声をあげながら眉間を揉み解していると、ウィズにくすくすと笑われてしまった。

 

「もしよろしければ私がお教えしますよ?」

 

 ぽわぽわりっちぃウィズ先生のはちみつ授業。

 あまりにも甘く蕩けそうな、非常に魅力的な響きの言葉があなたの極彩色の脳細胞を刺激するも、そこまで本気で興味があったわけではないあなたは謹んで遠慮しておいた。あなたがこの世界の薬学などを学ぶ場合、殆ど一から始める必要があるだろう。とてもではないが食指は動かない。それなら神器狩りに精を出す方を選ぶ。あなたはそういう人間である。

 

 ただ眼鏡をかけたウィズはとても見たいと思う。伊達とはいえ、あれはいい物だった。

 

 あなたがそんなかなり頭の悪い事を考えていると、ふと部屋の隅、彼女達の荷物に混じって安置されている物に目が留まった。

 大きさ二十センチほどの、とても見覚えのある女性の人形だ。

 

「あれですか? あれはバニルさんへのお土産のエリス様人形ですよ」

 

 バニルは神々と敵対する悪魔である。そんな彼に女神エリスを模した人形を渡すなどウィズなりの彼への抗議と嫌がらせだろうか。

 

「バニルさんはお人形趣味があるのでお土産にと思ったんです。店主さんに買ったらきっと幸運になれるって言われましたし」

 

 きっと店主はウィズが幸薄そうな顔をしていると思ったのだろう。否定は出来ない。

 ただ、あなたが見たバニルは迷宮内で人形作りに精を出していたが、あれは駆逐の為に爆弾を作っていただけであり人形が趣味かどうかは若干怪しいものがある。エリス人形を爆弾に変えて自爆させようものならば神罰がくだりそうだ。

 

 なんて事を考えながらあなたはエリス人形を手に取った。

 

 以前祭で手に入れたエリス人形はぬいぐるみだったが、今回の物はフィギュアだ。

 女神エリスの像を模しているのか、人形の造形自体は本物によく似ている。

 似ているのだが、あなたはどうにも人形に違和感を感じていた。

 

 そして考えること暫し。あなたは違和感の原因に思い至る。

 この人形は胸がおかしい。

 女神エリスの化身であるクリスは美少年と言われればそうかもしれないと思ってしまう程度には胸が無いのに、人形には一目でそれと分かる程度には膨らみがあるのだ。

 

 思い起こせば女神エリスの像や肖像画、そして女神エリスの幻影にも胸はそれなりにあった。しかしクリスには無い。全く無い。本当に無い。

 これは一体どういう事なのか。本人に確認するのは容易いが、とても怒られそうな予感しかしない。女神アクアに次に会った時にでも聞いてみる事にしよう。

 

 固く決意をしつつ、あなたはなんとなく女神エリスの人形のスカートを捲ってみた。ウィズに見つかるとまた怒られそうなので隙を突いてこっそりと。

 意外と言っては失礼なのだろうが、人形はちゃんと作りこまれているようで、スカートを捲ると白いパンツを履いている。

 しかしあなたの持っている女神エリスのパンツではない。細部のディティールが甘いとあなたはスカートの中身を見ながら小さく笑う。傍から見る限りでは完全に変態だった。変態ロリコンストーカーフィギュアフェチと友人の間で評判の元素の神の信者な友人と同程度には変態だった。

 友人内にロリコンが二名とか正直ちょっと勘弁してほしいというのがロリコンとロリ以外の総意である。まあ変態以下略の方はロリを愛でるだけで食べたりはしないのだが。性的な意味でも食べない。

 

 そして女神エリスの人形のパンツを眺めながら、あなたはふと思う。

 

 ウィズはどの神を信仰しているのだろうか。アクシズ教徒ではないのでやはりエリス教徒だろうか。あるいは同僚である女神ウォルバクか。

 しかし数ヶ月ほど同居している間柄であるにも関わらず、あなたは彼女が神に祈りや供物を捧げるといった、信仰者らしい事をしている場面を一度も見た事が無い。

 若干気になったあなたは本人に直接聞いてみる事にした。

 

「……今は特別、これといった特定の神様は信仰していませんね。現役の頃はエリス教徒だったのですが」

 

 ウィズのその返答はあなたに小さくない衝撃を与えた。

 信じられないとばかりに目を見開くあなたにウィズは苦笑を浮かべる。

 

「ほら、私ってリッチーじゃないですか。だから悪魔は見つけ次第滅ぼすべし、みたいなエリス教徒としては相応しくないんです。アンデッドと悪魔は違いますが討伐対象である事に違いは無いですし。かといって魔族の方が信仰するような邪神を信仰する気にはなれないですし……なので今は無宗教、とでも言えばいいんですかね?」

 

 少しだけ寂しそうに微笑むウィズに、あなたは彼女に異世界の神を信仰するつもりはあるだろうかと思った。勿論この異世界とはイルヴァだ。

 人種どころか種族の坩堝であるイルヴァの神々は彼女のようなアンデッドだろうがゴブリンだろうがかたつむりだろうがカブだろうがモトラド(注:二輪車。空を飛ばないものだけを指す)だろうが頭と腰と首が複数生えた異形だろうが、来る者は拒まずのスタンスだ。去る者は割と許されないが。

 

 ちなみにあなた個人としては、ウィズには自身と同じく癒しの女神を信仰してもらいたいと思っている。当然の話だ。

 あなたは女神の寵愛を賜っている自覚があるし、そんなあなたと懇意にしているウィズもそれなり以上に目をかけてもらえるだろう。二人とも苦労人気質なので、意外と気が合ったりするかもしれない。

 

 しかしあなたは祭壇こそ持ち込んでいるし筆頭信徒としての習いで洗礼も行えるが、女神の声が聞こえないこの世界においてはウィズは本当の意味で癒しの女神の信徒になる事は出来ない。通信手段を確立するか、ウィズがイルヴァに赴く、あるいは女神に直接この世界に出向いてもらう必要があるだろう。

 ウィズが差し出してきた茶を口に含みながらあなたは帰還の決意を新たにするのだった。

 

「そういえば聞きましたか? 店員さんが言っていたんですが、ここの温泉、特に混浴はとっても広いらしいですよ」

 

 あなたの決意をいざ知らず、茶を飲みながら、さも世間話を振るかのような気軽さでウィズがそう言った。

 彼女の方から混浴の話題を振ってくるなど、これはまさか友人同士の裸の付き合いに誘われているのだろうかと思わないでもないが、天然気味のウィズの事なのできっと深い意味は無いのだろう。

 とりあえず後で一緒に入る事を約束しておく。

 

「…………うぇっ、一緒に!? あ、ちがっ、すみません、今のは決してそういう意味で言ったわけではなくてですね!?」

 

 真っ赤な顔でわたわたと慌て、頭から盛大に湯気を放出しているぽわぽわりっちぃにあなたは表面上は笑いながら分かっていると返しつつも、内心ではなんだ違うのかと盛大に溜息を吐いた。

 

 ウィズが高い善性と常識、良識を兼ね備えた女性である事は最早誰にも否定しようの無い事実であるし、それ自体はきっと尊く素晴らしい事なのだろう。あなたとて否定するつもりなど毛頭無い。

 ただ、時々。本当に時々だが、ウィズはもう少しでいいので畜生になってくれないだろうかとあなたは考える事がある。具体的にはめぐみんと同じ程度にはっちゃけてくれれば、あなたも相応にウィズに対して雑に対応出来るのだ。

 贅沢極まりない話だが、彼女以外のあなたの友人は基本的に畜生揃いで互いに遠慮など一切無用の間柄である以上、そう思ってしまうのも無理は無い事であった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 その日はアクシズ教徒の様子がおかしかった。

 彼らは朝から全体的にテンションが高く、衛兵に追いまわされたり入信書をばらまいたり通行人に無理矢理押し付けていたのだ。

 

「あの、アクシズ教徒の人の様子がおかしいのっていつもの事なのでは?」

 

 朝食の席であなたが散歩中に見たアクシズ教徒の奇行の話を聞き、ゆんゆんが地味に辛辣な毒を吐いた。

 彼女の言っている事はあなたとしても同意したい所なのだが、この場合は少し違う。

 あなたの目には彼らがどうにも浮き足立っているように見えたのだ。それとなく話を聞いてみても祭の前日のようにワクワクしっぱなしでどうにも要領を得ず、更に本人達にも原因が分かっていなかった。

 

 中々の異常事態である。

 

「……ですから、それもいつもの事ですよね?」

 

 本当に不思議そうにゆんゆんは首を傾げた。あなたが何を言っているのか、心の底から理解出来ないといった表情である。

 彼女はアクシズ教徒に恨みでもあるのだろうか。以前の来訪で余程散々な目にあったと見える。

 しかしそれを差し引いてもこのナチュラルな毒の吐きっぷり。ウィズの溺愛気味な教育方針が間違っていたのではないだろうか。

 

「それを言ったら私としましても、あなたの痛くなければ覚えませぬ、死ななきゃ安い、みたいな教育方針にちょっとだけ物申したい所があるんですが。以前にも同じ事を言った気がしますが、ゆんゆんさんは幾ら紅魔族といってもまだ十三歳の子供なんですよ?」

 

 見解の相違というやつだろう。あなたとしては砂糖をふんだんに使い、蜂蜜と練乳をたっぷり染み込ませたワッフル、通称バスターワッフル程度にゲロ甘でやっているつもりなのだが。その証拠にゆんゆんはまだ一回も死んでいない。

 お母さんがああ言えばお父さんがこう言うとばかりに、ああでもないこうでもないとゆんゆんについて語り合うあなた達。普段より遠慮の無いやりとりにウィズはそこはかとなく楽しそうなのだが、何故か加速度的にゆんゆんから表情が消えていく。

 そしてやがて影を背負ったゆんゆんが右手を上げてこう言った。

 

「す、すみません、出来たら私をダシにいちゃいちゃしないでもらえると私は嬉しいといいますか……その、凄くこの場に居辛いといいますか……普通にお邪魔虫ですよね私。ごめんなさい……」

「誤解ですよゆんゆんさん、イチャイチャだなんてそんな! それにお邪魔虫とか全然そんな事無いですから!」

 

 ……とまあそんな事があったわけだが、アクシズ教徒の謎の異常の原因は怪しい事件が原因ではなく、知ってしまえば成る程、確かにそうなるなと頷かざるを得ないものであった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ? そっちもこの宿に泊まってたのか」

 

 あなたが作業を一区切りさせたウィズとアクシズ教徒を警戒するゆんゆんを連れて街に繰り出そうとした所、宿のロビーで荷物を預けている最中のカズマ少年達と遭遇した。先日アクセルを発った彼らは予定通りアルカンレティアに到着していたようだ。

 

「こんにちはカズマさん。同じ宿を選ぶなんて奇遇ですね。……何やらお疲れみたいですが大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと道中で色々あってな……ウィズは元気そうだな。いつもより顔色もいいし、やけにツヤツヤしてるし」

「温泉のお蔭ですよ。ドリスに負けず劣らずの素晴らしい温泉でした!」

 

 ぺかーと顔を輝かせるぽわぽわりっちぃの尊い笑顔を見て、カズマ少年は溜息を吐いた。

 

「温泉か……結構疲れてるし、俺もこのまま入っちまおうかな……ダクネスはどうする?」

「ふむ、私としては風呂の前に少し観光したい所だな」

 

 馬車に揺られていたせいか、カズマ少年の表情には気疲れが見えるものの、タフなダクネスは平気そうな顔をしている。

 しかしこの場にいるのはカズマ少年とダクネスの二人だけ。女神アクアとめぐみんの姿はどこにも見えない。気になったのかゆんゆんが直接問いかけた。

 

「あの、すみません。めぐみんはどちらに? 一緒に来てるんですよね?」

「めぐみんならアクシズ教団の本部に遊びに行ったアクアが心配だからって一緒に付いていったぞ」

「めぐみん……迷惑かけてないといいんだけど……」

「むしろ俺としてはあの二人が迷惑をかけてないか不安で仕方ないんだが。アクアとか滅茶苦茶テンションが高かったし」

 

 アルカンレティアは自身の信者の総本山であるからして、女神アクアのはしゃぎっぷりは当然といったところだろう。

 そこまで考えて、あなたは朝からアクシズ教徒の様子がおかしかったのは女神アクアがアルカンレティアに来訪するのを勘で察知していたのではないかと思い至った。

 同じ信仰者、いや狂信者としてあなたは彼らの気持ちがよく分かった。もしかしたら女神アクアがアルカンレティアに降臨した今日はアクシズ教の記念日になるかもしれない。

 

「折角の慰安旅行だってのに商隊の人達に散々迷惑かけちまったし、正直俺はウィズ達と一緒にテレポートで飛べば良かったと思ってるくらいだ」

「私はバインドで縛られた状態でカズマに馬車で引き摺られて大満足だったが」

「俺が発案したみたいに言うな! お前がやれって言ったんだろ! ……いやちょっと待て、ウィズもゆんゆんも誤解だから!」

「カズマさん……」

「ひ、酷い……」

 

 非難の視線を向ける二人に必死に弁解するカズマ少年曰く、彼らは何度かモンスターの襲撃にあったようだ。

 激突すると大惨事になりそうな硬いもの目掛けて突っ込んでくる走り鷹鳶、そしてアンデッドの夜襲。

 前者は各種防御スキルのせいで凄まじい硬さを誇るダクネス、後者は女神アクアに惹かれてやってきたのだという。

 

「ほんとダクネスのガチムチの筋肉とアンデッドを引き寄せる体質なアクアのせいで散々な目にあった……実の所、この宿も商隊の人にモンスターを退けてくれたお礼にってチケットを貰ったんだけど……」

「だ、だから走り鷹鳶が襲ってきたのは私の鎧や防御スキルに惹きつけられただけであって、決して腹筋のせいでは……二の腕だってちゃんとぷにぷにだから……っ!」

「どっちにしてもお前らに惹きつけられたのを俺達が退治したんだから完全にマッチポンプじゃねえか! しかもお前鷹鳶退治する時散々愉しんでただろ! 盗賊の人が使ったバインドにわざと突っ込んだり!」

 

 涙目でぷるぷると震えながらのダクネスの抗議をカズマ少年は一喝した。

 ダクネスは性癖を除けば常識人であるとはいえ、彼の苦労が偲ばれる一幕である。

 

「はぁ……まあこっちはこんな感じだったんだけど、そっちはどうだったんだ?」

「どう、と言われましても……」

 

 あなたはカズマ少年達と別れた後の事を思い返し、これといって特に何も起きない極めて平和な旅路であったと返答した。

 

「!?」

 

 何故かウィズとゆんゆんが驚愕の表情を浮かべ、凄い勢いであなたの方を振り向いてきた。理由が不明なので無視しておく。

 一方であなたの言葉を受け、カズマ少年はだよなあ……テレポートで一瞬だもんな……と羨ましそうに呟く。

 そして健康そうなウィズとゆんゆん、そして若干鎧に傷が残ったままのダクネス他二名の自身の仲間の荷物を見比べたかと思うと、笑顔でこう言った。

 

「なあダクネス、突然だけど俺こっちの家の子になるわ」

「……はぁ!?」

「アクアとめぐみんにはよろしく言っておいてくれ」

「お、おいカズマ、冗談だよな!? ダストの時みたいに一日だけお試しとかそういうアレだろう!?」

「圧倒的にマジだよ。というわけだからゆんゆん、俺の事はこれからはお兄ちゃんって呼んでもいいんだ……う゛っ?」

 

 ダクネスの有無を言わさぬ無言の鉄拳が隙だらけのカズマ少年の顎を打ち抜いた。ガクリと崩れ落ちるカズマ少年。

 武器スキルを取得していないダクネスだが、決して攻撃が当てられないわけではないらしい。

 

「すまない。カズマは慣れない馬車の旅で心と体が疲れているようだ。早く休ませてあげなければ」

「そ、そうみたいですね。ゆっくり休ませてあげてください」

 

 カズマ少年を傷つける事無く脳を揺らすという器用な真似で沈めたダクネスに、ウィズとゆんゆんが引き攣った笑みを返す。端的に言ってドン引きしていた。どっちにドン引きしていたのかは不明だが。

 

「では私達はこれで失礼する。ほら行くぞカズマ」

「…………」

 

 返事が無い。ただの屍のようだ。

 そしてやってきた宿の人間に部屋まで案内されるダクネスと、彼女に軽々と引き摺られるカズマ少年を見送るあなた達。

 

「……大変そうですね」

「……そうですね」

 

 彼らを見つめながらゆんゆんがぽつりと呟き、ウィズが苦笑しながらも同意を示す。

 しかしそれは濃いパーティーメンバーに囲まれて苦労の絶えない日々を送っているカズマ少年の事を言っているのか、それともなんだかんだいって彼女達に相応しいと言える程度にははっちゃけているカズマ少年と行動を共にするダクネス達の事を言っているのか。あなたでは判断が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 女神アクアがいるせいか昨日よりも激しくなった宗教勧誘の攻勢を時に物理で退けながらも楽しく三人で観光を行い、ベルディアやノースティリスの友人達、癒しの女神に配る土産物を買い漁るあなた達だったが、ある一軒の温泉宿の前に人だかりが出来ていた。

 ひそひそと語り合う彼らは妙に顔色が暗い。

 

「何かあったんでしょうか?」

 

 事件でも起きたのかもしれない。

 女神アクアがいるというのに縁起が悪いと思いつつもあなたは集団に近付き、見物人の一人に話を聞いてみた。

 

「……ん? ああ、また例のアレだよ。ついさっき家族連れが運ばれていったけど、幸いにも命に別状は無いそうだ。これで何件目だっけなあ」

 

 返ってきたのはどうにも要領を得ないものだった。

 あなたは自分がこの街に来たばかりの観光客である事をアピールし、もう少し具体的に頼むと言ってみると、男性は納得したとばかりに頷いて詳細を説明してくれた。

 

「なんだ、アンタ観光客だったのかい。随分と馴染んでるから俺はてっきり街に住んでる奴かと……いやな、実はここ最近、街のあちこちで温泉の質が悪くなるっていう事件が起きてるんだよ。その被害者がまた出ちまったんだ」

 

 男性の話では、最近になって一部の温泉に入った客の肌がかぶれたり、体調が悪くなったり、酷い時には意識を失う事件が起きているのだという。

 仮にも水と温泉の名を冠する都で水質騒ぎとは穏やかな話ではない。

 意識を失うなど、まるで温泉に毒でも流されているかのようだ。

 

「アルカンレティアといえば温泉だろ? それがこのザマじゃ商売あがったりだってんで、王都やドリスから温泉の質を調査する専門家まで呼んでるんだが、ご覧のとおり今も原因不明みたいでな……兄ちゃんみたいな観光客にオススメな、若い女の子に大人気の混浴もあったんだが……この騒ぎが原因で休業しちまってるしなあ。温泉目当ての観光客もだいぶドリスに流れちまってるんだよ」

 

 

 という、あなたが聞いた話を二人にも教えるとウィズは不安げな表情になり、ゆんゆんも同じだったが、ややあって何かを思い悩むような表情に変わった。

 

「……あの、それはところてんスライムじゃなくてですか?」

「ところてんスライム? もしかしてそれは冷やすと固まる、喉越しの良さから子供やお年寄りに人気の、あのところてんスライムの事ですか?」

「はい。以前私が来た時に魔王軍によるところてんスライムを使った無差別テロ……テロ? が発生したんです」

 

 あなたは思わずウィズを白い目で見つめた。

 彼女がこの件と無関係だと分かってはいるが、魔王軍は何をやっているのだろう。本当に何をやっているのだろう。

 

「ゆ、ゆんゆんさん、それって本当に魔王軍の関係者の仕業だったんですか? 私の知っている魔王軍の破壊工作と随分と毛色が違うといいますか、失礼ながらそういうのはアクシズ教徒の方の十八番な気が……」

「事件と前後して女悪魔が街中で目撃されてるんです。なのでアクシズ教団の人達がこれは間違いなく魔王軍の仕業だ、むしろこの街で起こった悪い事は全部魔王軍の仕業って事にしておこうって事になったみたいでして……」

「ええー……」

 

 さて、魔王軍とアクシズ教団、本当に悪いのはどちらなのか。

 

 過ぎた事を言っても仕方ないが、問題は現在アルカンレティアを悩ませている毒らしきものだ。

 流石のアクシズ教団であっても信仰する女神が司る水に毒を流すような真似はしないだろう。そしてこんな水の綺麗な街の温泉を汚す者はあなたにとって許されざる怨敵である。

 何が目的かは知らないが呆れた輩だ、生かしておけぬ。

 慢性的な水不足に喘ぐノースティリスの冒険者を代表して、是が非でも下手人は見つけ出してぶち殺さねばなるまい。とりあえず殺害方法は水の大切さを知ってもらうために溺死がいいだろうか。

 殺意という名の暗い炎を人知れず瞳に灯し、あなたはそんな決意を固めた。

 

「あの……すみません、私、話を聞くために一回アクシズ教団の本部の方に行ってみます。あそこの人達とは一応顔見知りですし、何かお手伝いが出来るかもしれないので」

 

 一方、正義感の強いゆんゆんはどうやら放っておけない案件だと判断したようだ。

 依頼以外では基本的に私利私欲か私怨か独善でしか動かない自分とは正反対であるとあなたは若干彼女が眩しく見える。まああなたにはそんな自分を直すつもりもさらさら無いのだが。

 

「水臭い事言わないでくださいよゆんゆんさん。私も御一緒します。生憎プリーストではないので温泉の浄化は出来ませんが……あなたはどうしますか?」

 

 若干考えた後、あなたは二人についていく事にした。

 二人に比べるとこの世界に非常に疎いあなたが出来るのは主に敵を殺す事くらいだが、アクシズ教団の本部というものにも若干興味があったのだ。リッチーであるウィズが心配だったというのもあるが。

 

 万が一ウィズとアクシズ教団が敵対する事になっても、何も問題は無い。

 終末の炎で全てを焼き尽くし、立ちはだかる者が一人もいなくなれば……敵を皆殺しにすれば世界は平和になる。子供でも分かる簡単な理屈だ。

 そしてあなたは()()()()()()にあらゆる手段を躊躇うつもりは無い。そう、かつて墓地で女神アクア達と相対した時と同じように。例えウィズ本人がそれを望まなかったとしても。

 

 

 

 

 

 

「あー……掃除とか普通にめんどくさいわ……ゼスタ様に押し付ければよかった……いやでもこれは真面目にやっている私を見てもらうチャンス……」

 

 アルカンレティアを代表する美麗かつ巨大な湖。

 その畔に立っているアクシズ教団の本部である教会の扉を開けると、一人の女性信者がブツブツとぼやきながら床を磨いている最中だった。

 本部であるにも関わらず他の信者の姿は見えない。

 あなたが女性に声をかけると女性は立ち上がり、ニコリと愛想よく微笑んだ。

 

「ようこそ、アクシズ教団本部へ。入信ですか? 洗礼ですか? それともた、わ、し?」

 

 中々パンチの効いた挨拶である。特にたわしが。

 格好からして高位の信徒と思わしき女性は右手に持ったたわしをやけに強調している。

 ここで好奇心に負けてたわしを選んだらどうなるのだろう。やはり掃除を手伝わされるのだろうか。

 思わずたわしを選びそうになったあなただったが、その前にゆんゆんが一歩前に出た。

 

「えっと、どうも、お久しぶりです……トリスタンさん、でしたよね」

「貴女は……確かユン・ゲラーさんでしたっけ。それともユンカー・ユニコーンさん? どうでもいいですが魔力と素早さが高そうだったり見た目だけ派手でその実クソほども役に立たない産廃っぽい名前ですよね。いえ、他意は無いですが」

「ゆんゆんです! 紅魔族のゆんゆん!」

「ええ、勿論覚えていますよ。今のはちょっとした挨拶じゃないですか。お久しぶりです、その節はどうも。今日はどうされました?」

 

 のっけからアクセル全開のアクシズ教徒にゆんゆんは溜息を吐く。

 ウィズは早くも諦観状態である。

 一方であなたは楽しくなってきていた。やはりアクシズ教徒は高位であればあるほどキレが増す。勿論悪い意味で。

 

「私はこのお二人と観光に来てるんですが、また温泉に異常が発生してるっていうのでこちらで話を聞こうと……ところでゼスタさんはいないんですか?」

「最高司祭のゼスタ様は他の信者の方達と一緒に布教活動という名のお遊び……ではなくエリス教徒の女神官にセクハラ……でもなくアクア様の名を広めるために活動に出掛けて留守にしてますよ。私はこの通り教会の掃除中なので話が聞きたいのなら誰かが帰ってくるのを待つか掃除を手伝ってください。真面目にやらないと給料減るんですよ」

「…………」

 

 ゆんゆんにそんな助けてください、みたいな目で見ないでほしいとあなたは無言で肩を竦めた。実際どうしろというのか。

 

「じゃ、じゃあめぐみんは来てませんか?」

「来ていますよ。お連れの方とは別ですが、あちらの教会の奥にいます。会いに行くのでしたら御自由にどうぞ。どうせ掃除中の私以外信者はいませんから」

「自由すぎますよ……」

 

 めぐみんの連れというと間違いなく女神アクアだ。教会の奥で何をやっているのだろう。

 あなたの内心の疑問に答えるかのように、トリスタンとゆんゆんが呼んだ女性信者は教会の中にある小部屋に目をやった。

 部屋の入り口には懺悔室と書かれているプレートが。

 

「お連れ様の一人はあそこにおられます。現在当教会のプリーストは一人残らず出払っておりますので、あのアークプリースト様に懺悔室の方をお任せしているのです」

「そ、それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃない理由がこれっぽちもありませんね」

 

 ゆんゆんの疑問を一刀両断するトリスタンだが、まあそうだろうなとあなたとウィズは得心したように顔を見合わせた。

 自分達はアクア様を一目見れば本物かどうか分かると断言したアクセルのアクシズ教徒達と同じように、彼女もまた女神アクアの正体に気付いているだろう。

 本物の女神が懺悔を聞いてくれるというのも中々に得難い体験である。あなたはよく信仰する女神にちょっとした世間話を聞いてもらったり愚痴を聞かされたりしているが。

 

 

 

 

 

 

 めぐみんや温泉の毒の詳細についてはゆんゆんとウィズに任せ、あなたは懺悔室に入った。

 

「ようこそ迷える子羊よ。さあ、あなたの罪を打ち明けなさい。あるいはあなたの罪を数えなさい。神はそれを聞き、きっと赦しを与えてくれるでしょう」

 

 仕切りの向こうから女神アクアがそう言った。

 あなたから高級酒を贈られては目を輝かせている女神と同一人物とは思えない、とても厳かな声だ。

 教会の、それも懺悔室という空間がそうさせているのか。

 しかし罪を数えろと言われても今更数え切れないのが困りものである。四桁程度では到底足りない事だけは確かなのだが、こんな所で正直に口走るのも憚られる。

 しばし考えた後、あなたは先日抱いた疑問をぶつける事にした。これもまた罪の一つだろう。

 

「……なるほど、エリスの像や肖像画の胸が気になる、と」

 

 微妙にニュアンスが違っている気がしないでもないが、そういう事だ。

 

「迷える子羊よ、汝は素晴らしい慧眼を持っていますね。どこぞのクソニートと違って美しい水の女神、アクアを敬う姿勢といい、異教徒にしておくには実に惜しい人材です。リッチーや悪魔と仲良くやっているのが玉に瑕ですが……まあ汝がアンデッドや悪魔にならない限りは大目に見ましょう」

 

 仕切りの向こうで女神アクアが頷いている気配がした。

 今の所人間を止める予定は無い。

 

「汝、信徒でないにも関わらずいつも美味しいお酒を奉納してくれる親切な人よ。今日はこの聖なる呪文を胸に刻み込んで帰りなさい――エリスの胸はパッド入り」

 

 エリスの胸はパッド入り。

 エリスの胸はパッド入り……。

 エリスの胸はパッド入り…………。

 

 ああ、なるほど。

 山彦のように懺悔室にエコーするその言葉に、あなたは目の前の深い霧が一瞬で晴れた気分になった。

 相手は名高い女神という事もあり、あなたの頭の中にその発想は全く無かったのだ。流石は女神エリスの先輩である。

 健やかな気分で礼を言う。

 

「迷いは晴れましたか? ではお行きなさい。私はここで次の迷える子羊を待ちましょう」

 

 思わず腰を上げて部屋を出て行きそうになったあなただったが、ドアノブに手をかけた所で違う、そうじゃないと思いとどまった。

 つい神聖かつ荘厳な雰囲気に引き摺られてしまったが、元々あなたは女神アクアに用事があったわけであり、女神エリスの胸について聞きに来たわけではないのだ。

 

「え? 懺悔じゃなくて私に用事? どしたの?」

 

 一瞬で素に戻った女神アクアにあなたは本来の用事を告げる。

 つまり、アルカンレティア各地の温泉に異常が発生している案件の事だ。

 アクシズ教徒に信仰されている女神として見過ごす事は出来ないだろう。

 

「…………ハァ!? ここの温泉に毒が流されてる可能性があるですってぇ!?」

 

 やはりというべきか、女神アクアは聞き捨てならぬとばかりに懺悔室の仕切りを開け放ち、怒りに満ちた大声で懺悔室をびりびりと揺るがせた。

 

「ちょっと何それ私聞いてないんですけど! よりにもよってアルカンレティアに毒を流すとかどこの不信心者の仕業なの!? 早く犯人を教えなさいよこうなったら聖戦だわ聖戦、ジハードよ! 私の信者を悲しませるような奴はゴッドブローで消し飛ばしてやるんだから!!」

 

 あなたの肩を揺らしながら血走った目で拳を眩く輝かせる女神アクアを何とか落ち着かせる。

 確かに非常に怪しいし毒の可能性も高いのだが、まだ実際に毒と決まったわけではないのだ。あと今の所アクシズ教徒はこの件で悲しんではいない。

 

「むう……けど、そうとなったらいつまでも懺悔室に篭っちゃいられないわ。可愛い信者達の為にも、私が一刻も早く事件を解決してあげないと」

 

 女神アクアはやる気満々である。

 自身の信者の為なので当たり前といえば当たり前だが。

 

 懺悔室から出て行く直前、女神アクアがあなたの方を向いてこう言った。

 

「ねえねえ、そういえばアルカンレティアはどうだった? そっちは昨日から来てるんでしょ?」

 

 あなたがこの街の感想を嘘偽り無く告げると、女神アクアは満足そうに笑った。

 

「ふふん、まあ当然よね。なんたってここにはこの私の信者達が――――」

「オイこら責任者出てこいっ! 説教してやるクソッタレが!!」

 

 女神アクアの言葉を遮って、乱暴に教会の入り口の扉を開け放つ音と、凄まじい憤怒に満ちた怒鳴り声が懺悔室の中にまで聞こえてきた。

 声の主はカズマ少年だ。宿で寝ていると思ったのだが、起きていたらしい。

 怒りの原因については大体想像が付く。ここはそういう場所であるが故に。

 

「全く、私の教会にカチコミとか日本でどんな教育受けてたのかしらあのクソニート」

 

 憮然とした面持ちで女神アクアは懺悔室の扉を開け放つ。

 

「ちょっとー、うっさいわよカズマー! アンタここどこだか分かってんのー? 名高いアクシズ教の神聖な教会なんですけどー? アンタみたいな無学なクソニートが土足で上がりこんでいい場所じゃないんですけどー!!」

「うるせえぞこの邪神が! お前のとこの邪教徒のせいで俺とダクネスは散々な目にあったんだ!」

「誰が邪神で邪教徒よ! 調子ぶっこいてると仕舞いにゃマジで天罰食らわすわよ!! 具体的にはアンタがトイレにいった時水漏れが起きるんだから!」

「そうなったら掃除するのはトイレ掃除担当のお前だけどな!!」

 

 怒り心頭に発するとばかりに勢いよくカズマ少年に掴みかかる女神アクアだが、あなたの目にはどこか彼女が楽しそうに見えた。

 微笑ましい気分で二人の喧嘩を眺めるあなただったが、教会の玄関先でダクネスが子供達に囲まれ石を投げられ、頭を抱えてしゃがみ込んでいる光景を見て真顔に戻った。

 

「や、止めろぉ! 私はエリス教徒のクルセイダーだぞ! エリス教徒は決してこのような不当な暴力に屈したりはしない!!」

 

 エリス教徒をアピールするたびに心なしか勢いを増していく石をぶつけられながら悦びの声をあげるダクネスはともかく、容赦なくリンチを行うその様は同門が異教徒をサンドバッグに吊るす光景を髣髴とさせる。

 本当にアクシズ教徒は癒しの女神の狂信者にそっくりである。

 

 

 ――――私はこの仕事に向いているのかなあ。

 

 

 懐古に浸ると同時、久しぶりに自身の敬愛する癒しの女神の電波が聞こえた気がした。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。